『セラフィンゲイン 27〜31話』作者:鋏屋 / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
 甘木殿より「量が多くて分割しないとPCが止まって読めない」とのご意見を頂きましたので、分割投稿させていただきました。ご迷惑をおかけいたしました。 ここから読む方も、下にあらすじをまとめておりますので、よろしければ参考にしてください。
全角63412.5文字
容量126825 bytes
原稿用紙約158.53枚
これまでのあらすじ
 仮想体感ロールプレイングゲーム「セラフィンゲイン」で英雄と称される傭兵魔法剣士、漆黒のシャドウのプレイヤー景浦智哉は、現実世界ではヘタレなヲタクダメ大学生。
 一方、同じくセラフィンゲインで最強と噂される魔導士、絶対零度の魔女『プラチナ・スノー』も智哉と同じ大学に通っていた。
 大学で出会った二人は雪乃の持ちかけでセラフィンゲインで新たなチームを結成することになった。同じ大学の同級生、類い希なる美貌を持ち、大学ミスコン2年連続ダントツ優勝という実績を持つハーフの美女であるが、その性格と体得するマーシャルアーツでしつこく交際を迫ってきた数人の男を病院送りにしたことから通称『ビジュアル系悪魔』と呼ばれる兵藤マリアを筆頭に、体格と顔がドズル中将に激似のオカマガンナー『マチルダ』 ゴルゴ13のディーク東郷似のリアルでも本物のお坊さんというビショップの『サモン』 切り裂き狂のダブルブレイド使い『リッパー』 なんちゃって黒人の槍使い『サム』を加えチーム『ラグナロク』を結成する。
 目指すは最強、狙うは伝説という大きな目標を掲げ、意気揚々とスタートしたシャドウ達だったが、レベル1からのスタートであるマリアことララの暴挙や、サムの大ボケなどで決して順風満帆とはいかない立ち上げだった。
 そんなチームラグナロクも、数々のクエストをこなし強力なチームに成長。かつてシャドウが所属していたチーム『ヨルムンガムド』のリーダーでシャドウの唯一の『友』だった鬼丸がスノーの兄であると言う事が判った事を契機に、より一層結束が強まったラグナロクメンバーは、いよいよ最上位クエストである『レベル6』に挑戦する。
 しかし、接続先に現れたセラフィンゲインの管理者であるAI『メタトロン』が、新型セラフ『バルンガモーフ』を使い、シャドウ達に攻撃を仕掛けてきた。なんとそのセラフは、セラフィンゲインで接続干渉事故『ロスト』を起こし、肉体に戻れなくなってしまったプレイヤーの意識がインストールされた戦慄のセラフだった。
 AIコントロールとは比べ物にならない戦闘力を誇るバルンガモーフにラグナロクは全滅寸前まで追い込まれる。だがその時、突如シャドウの持つ安綱が震えだし、シャドウが未知の力を覚醒させた。
 覚醒したシャドウの戦闘力は常軌を逸しており、散々手こずっていたバルンガモーフをいとも簡単に倒してしまう。自分の力に酔うシャドウに、メタトロンはシャドウが特殊な因子によって進化した脳を持つ人間『ガーディアン』であることを告げる。シャドウは驚愕するも、メタトロンが去ったと同時に意識を失い、接続が切れてしまった。
 死闘から一夜明けた智哉は、バルンガモーフとの戦闘の影響からか、全身筋肉痛と関節痛に悩まされつつも大学に行く。そこで再会した雪乃を交え昼食を取っていたが、ひょんな事から大騒ぎに発展。どうにか事を納めた智哉達はまた昼食を再開するが、そこでマリアが『スノーのレベル40達成記念』と称してラグナロクのオフ会をしようと提案した。
 この提案にスノーは快諾、他のメンバーも全員呼んで、新宿2丁目のマチルダが経営するオカマバー『クラブマチルダ』でオフ会を即日開催することになったのだが……

ここから読み始めて頂く方のために、簡単なあらすじをまとめてみました。
それと簡単なキャラ紹介&用語集を載せておきます。ご参考までに……

《セラフィンゲイン登場人物》

景浦 智哉【カゲウラ トモチカ】男
本編の主人公。キャラは魔法剣士『シャドウ』LV37
別名、『漆黒のシャドウ』後に『漆黒の大鴉【ブラン】』と呼ばれる事になる。
セラフィンゲインでは超人的な強さを誇り、愛刀『童子切り安綱』という太刀を振るう凄腕傭兵だが、リアルでは彼女居ない歴=人生、知り合い以上友達未満の友人関係しか築けていないオタクダメ大学生。しかも女子の前では緊張して極度などもり症が出て会話にならない持病を持つ。しかしリアルで『シャドウ』と呼ばれると、セラフィンゲインでの自分のキャラである『シャドウ』を演じてしまう仮想二重人格者。自分がセラフィンゲインで『英雄』であることをその存在意義とし、仮想世界で『狩り』を続けるプレイヤー。
下に挙げる女子2人からは『カゲチカ』と呼ばれ、しかもそのうちの一人はそれが本名だと思っている。


兵藤 マリア【ヒョウドウ マリア】女
キャラは武闘家【モンク】の『ララ』 Lv1スタートで現在Lv17へ。後に『疾風の聖拳』と呼ばれる事になる。
アメリカ人の父を持つハーフで智哉と同じ大学に通う超美形の女子大生。類い希なる容姿を持ち、智哉曰く「神の手による美貌」と賞されるが、その性格は悪魔的サディストで完全自分中心主義者。アメリカ陸軍突撃隊に所属する父からマーシャルアーツを学び、その腕前は横須賀基地内でも屈指の腕前。その美貌により通う大学のミスコンでは2年連続のダントツ優勝に輝き、当然周りの男から交際を申し込まれるが、その男達をことごとく病院送りにした事から、通称「ビジュアル系悪魔」と呼ばれる。
セラフィンゲインではLv1で、最上位の『クラスA』のフィールドに立つという快挙? をやってのけ、なおかつLv1で上級セラフ『ゲノ・グスターファ』のパンチをヒットさせるという、ある意味『伝説』をつくる。


世羅浜 雪乃【セラハマ ユキノ】女
キャラは魔導士の『スノー』でLv39。白銀の魔女『プラチナ・スノー』の通り名で知られる最強クラスの魔導士。元々魔導士の成長が遅い事もあってか、Lv30を超えた魔導士自体滅多に居ないという貴重キャラ。
セラフィンゲインでは冷徹・冷静沈着な彼女だが、リアルではしゃべり方の遅いおっとりとした女の子。美形なロリ顔を持ち、アニメのキャラクターがそのまま現実になったような超絶美少女。盲目であるが時折それを感じさせない仕草をし、智哉の脳をしばしば溶解させる。リアル、仮想のどちらにも多くの謎を持つミステリアスな少女である。
智哉やマリアと同じ大学に通っており、学食で偶然智哉達と出会い、彼女の主催でチーム『ラグナロク』を結成する。


マチルダ 本名、真藻鳥 竜平【マモトリ リュウヘイ】中性
弾丸に魔法を封入した特殊な『魔法弾』を砲撃する『撃滅砲』と言う武器を操る巨漢のガンナーでLv27。通称『ドンちゃん』
後に『千里の魔神』と呼ばれる。
その巨漢とフランケンのような顔立ちにもかかわらず、ニューハーフと言う事から『二丁目ドズル』と智哉に賞される。
新宿2丁目にキャラ名と同名のクラブを持ち、源氏名も同じ。キャラ名はお店の宣伝も兼ねているらしい。
戦闘時において自分たちの仲間の動きを読み、相手に確実にヒットさせる『予測射撃』のセンスは一級品でチームを後方から援護する。その容姿に似合わず仲間内のイザコザには非常に気を遣う。ただいま恋人募集中とのこと。


サモン 本名 庚庵【コウアン】男
回復と守護、及びサポート魔法を得意とする僧侶【ビショップ】でLv27。後に『沈黙の守護神』と呼ばれる。
ゴルゴ13のデューク東郷似の現職の曹洞宗僧侶。セラフィンゲインではほとんど言葉を発しない地蔵キャラだが、リアルでは結構しゃべり、また聞き上手で話し上手。
リーダーであるスノーのサポートに徹し、チーム内では彼女の副官的立ち位置。回復系と守護系の魔法を全て修得し、その熟練度もマスタークラスでチームにとっては欠かす事の出来ない存在。
あまり自分の考えを述べる事が苦手のようだが、サイドストーリー『雪乃さんのバレンタイン』ではドラムを叩くという意外な1面を見せる。


リッパー 本名、織我貴 臥璃雄【オリガキ ガリオ】男
セラフィンゲインでは不人気な『双斬剣』またの名を『ダブルブレイド』という2本1組の剣を使う二刀流の戦士でLv26。肉を切る感触に快感を覚える性癖があり、一度スイッチが入ってしますと一心不乱に相手を切り刻む凶戦士になってしまう事から、後に『狂気の白刃』と呼ばれる。
リアルで父親が経営する『織我貴精肉所』の2代目で、幼い頃から父親の手伝いで食用肉を捌いているうちに快感を覚えてしまったらしい。普段町を歩いている最中でも肉を切りたくなる衝動が出てしまい、それを押さえるのに自分の皮膚を切り痛みでその衝動を抑える事もしばしばというリアルでも危ない奴。


イーグルサム 本名、エポックビル・鷲尾アンダーソン・JR 男
通称サム。後に『暗黒の大鷲』と呼ばれるが、この呼び名はシャドウの『鴉』と被るので智哉は『サル』と呼ぶ事もしばしば。
セラフィンゲインでは、その扱いにくさと熟練度の成長スピードが遅い事から、リッパーの使うダブルブレイドと同じく不人気装備『槍』を使う黒人の『槍使い【ランサー】』でLv28。
槍はLv25を超えると攻防一体のスペシャルスキル『ジャンプ攻撃』を使える事が出来、そこまで成長した槍使いは珍しく、かなり貴重なキャラ。
リアルでは耳が悪くほとんど音が聞こえないにもかかわらず、DJをやっていて『雪乃さんのバレンタイン』では、彼のその辺りのところも登場予定。
日系のクオーターだが、智哉曰く『どう見ても日本人の遺伝子が混じってない』と言われるほど容姿が完璧な長身の黒人。一見するとNBAの選手のようだが、生まれてから一度も日本を出た事が無く、英語が一切喋れない。そのくせ和製英語を会話の端々に交ぜるので胡散臭いことこの上ない。腕は立つのだが余計な事をしてシャドウ他メンバー達を翻弄するお調子者のトラブルメーカー。チーム内の立ち位置はレベルの低いララの護衛でしかも彼女に惚れている。


オウル【梟】 本名 屋敷戸 拓也【ヤシキド タクヤ】男
秋葉原のゲーム・フィギアショップ『耳屋』の角野卓造似の店主でセラフィンゲインの古参のプレイヤー。シャドウと同じ傭兵で職業はドンちゃんことマチルダと同じくガンナー。かなりの情報通で色々な方面に不思議なパイプを持ち、時々智哉に情報や助言を与える。智哉にセラフィンゲインの存在や傭兵に誘ったのもこの人。智哉の過去やかつての『鬼丸』を知る数少ない存在。
奥さんと離婚したが、現在2人の子供の親権を巡って調停中。智哉にとっては、どことなく自分の未来像を見ている気がする微妙な人。


鬼丸 本名、世羅浜朋夜 【セラハマ トモヤ】 男
かつて、シャドウやサムが在籍していたチーム『ヨルムンガムド』のリーダー。Lv40を超える最強魔法剣士で伝説の『太刀使い』
智哉を『仲間』と呼び、リアル、バーチャルひっくるめても友達の居ない智哉自身『友』と慕った人物。『ヨルムンガムド』の解散を期に、その愛刀『童子切り安綱』をシャドウに託し行方不明になる。その行動、素性共に一切が謎に包まれている伝説の剣士。
実はセラフィンゲイン開発者『使徒』の一人で、さらに第16話でスノーこと雪乃の兄であることが判明する。


カイン 男
前にスノーが主催していたチーム『アポカリプス』の前衛を努めていた戦士。シャドウも一度傭兵時代に一緒にクエストに参加したので顔を知っている。
『アポカリプス』最後のクエストで、接続干渉事故『ロスト』を起こし、意識が戻らないMIA『未帰還者』となってしまったはずだが、前回のクエストでどういう訳か『セラフ』としてチーム『ラグナロク』に攻撃を仕掛けてきた。


在志野 元康 【アリシノ モトヤス】 男
世羅浜家に仕える使用人。執事長。一見品の良いロマンスグレーだが、きらりと光る細長眼鏡から覗く眼光には、何者も逆らえない迫力がある。雪乃と共にやってきた智哉に、何かと怖いツッコミを入れ智哉の恐怖を誘う。幼い頃から雪乃、朋夜兄妹を世話してきて、家にいることが少ない父親に変わって、2人の父親代わりを勤めてきた経緯もあってか、智哉が雪乃の『想い人』と感じ、何かにつけて智哉を吟味しようとする。雪乃曰く『気に入られている』とのことだが、どう考えても嫌われているとしか思えないプレッシャーを感じ、智哉にとっては超苦手な人でしかない。


折戸 英寿 【オリド ヒデトシ】
世羅浜家の専属運転手。以前は英国のとある良家のお抱え運転手だったのだが、4年前に当主が他界したのを期にそこを辞めて日本に帰ってきた。在志野とは旧知の間柄で彼の誘いで世羅浜家の運転手となる。非常に温厚な性格だが、若い頃はラリードライバーでパリダカールにも参加した経歴がある。


疾手 美由紀 【ハヤテ ミユキ】 女
世羅浜家のメイドさん。雪乃専属のお世話係で幼い頃から雪乃に仕えている。雪乃のお姉さん的存在。雪乃が智哉に想いを伝えるのに悩んでいるのを見て、助言を与える。一見クールな出来る女性の常識人っぽいが、ピューマであるジブリールとミカールを『大きな猫』と言い切ることから、常識人とは言い難い。


北野森 のりす 【キタノモリ ノリス】 女
雪乃の同じ研究室の同級生。本編には登場せず、サイドストーリーの『雪乃さんのバレンタイン』にのみ登場する雪乃の入学当時からの親友的存在。目の不自由な雪乃の事を何かと気に掛けてくれる。『雪乃さんのバレンタイン』では、智哉に密かに想いを寄せる雪乃に何かとアドバイスをする。彼女のツッコミに慌てた雪乃は反射的に嘘を付いて誤魔化してしまった事で、学生バンドを結成していることになってしまうのだが……


ジブリール・ミカール
世羅浜家の広大な庭で放し飼いになっている、美由紀曰く『大きな猫』とのことだが、本当は『ペンシルベニア・クーガー』というピューマ。雪乃の父親が、アメリカで狩人に母親を殺された2匹の子供のピューマを保護して日本に連れて帰り飼うことになった。非常に臆病でお客が来ると隠れて出てこないが、何故か智哉には興味を持ったようで、その姿を現した。『お手』の他に親しい者や、気を許した者だけに、相手の手を口にくわえる『握手』をする。智哉の世羅浜家の苦手な存在の一つ。


《基本用語》

『インナーブレインシステム』
仮想世界セラフィンゲインの核となる接続システム。大脳皮質へ微弱な電気信号を送る事で被験者の脳内にプログラムされた疑似空間を投影し、被験者があたかも現実に体感しているかのような認識を持たせる仮想領域体感システム。
本来は全く別の目的の為に開発された装置であるが、現在ではネットワーク型体感ロールプレイングゲーム、セラフィンゲインにのみ利用されている。


『ブレインギア』
セラフィンゲインに接続するためのリクライニングシート型の装置。下に挙げる『ウサギの巣』の地下に設置されている。


『ブレインギア・ベータ』
世羅浜家地下の研究室にある朋夜が開発した最初のブレインギア。基本的な機能は秋葉原他の『ウサギの巣』に設置してある物と変わらないが、禁呪やその他のアクセス制限リミッターを解除してある。基本的にこのリミッター解除タイプは『使徒』専用のブレインギアである。


『プログラム・エデン』
朋夜が開発したインナーブレインシステムに連動する最初の仮想領域プログラムで、現行のセラフィンゲインの原型とも言える。当初の目的が『医療メンタルケア』であったため、身障者にとっての『楽園』になればという思いを込め『エデン』と名付けられた。
目の不自由な妹、雪乃の『お兄さまを見てみたい』というたわいもない一言がきっかけで開発された。


『メタトロン』
セラフィンゲインに試験的に実装されている自立学習型高性能AI。世羅浜家当主、世羅浜朋朗【セラハマ トモアキ】が総帥として君臨する『セラフ・マゴイットグループ』の軍需進出のために開発されているAIで、セラフィンゲインにてその実施テストをしている。
神の代理人、または天使の王とも呼ばれる7大天使の1人である『メタトロン』からその名を取った。まさしくセラフィンゲイン【天使が統べる地】と言われる由縁である。


『ウサギの巣』
世界中にあるセラフィンゲインの接続端末のこと。とは言ってもその場所は公開されておらず、口コミや知っている人間からの紹介などでしかその場所を探す事が出来ない。智哉達は秋葉原にある端末から日々アクセスしているが、近い所では渋谷にもあるらしい。


『ターミナル』
接続したプレイヤーが最初に転送されるセラフィンゲイン内の町。エレメンタルガーデンという噴水広場やガス灯など、中世ヨーロッパの町並みを模した建物が並ぶちょっとオサレな場所。


『沢庵』
ターミナルにあるレストラン。店内の内装が洋風なのに名前が致命的に間違っており、開発者達のネーミングセンスを疑わざるを得ない。レストランなので当然スタミナ回復のための食事も可能だが、プレイヤー達のミーティングや待合所として利用される事が多い


『狩り者の寝床』
セラフィンゲイン内でのプレイヤーのためのプレイベートルーム。HP回復の為のベッドや集めたアイテムを収納するアイテムBOXなどが設置されている。


『ネスト』
本来の名前は『待ち人の社』と言い、プレイヤー同士の待ち合わせに用意された施設だったが、いつの間にか成り行き上発生した職業である『傭兵』達の集まる傭兵待機所になってしまった。傭兵を雇いたいチームは此処に立ち寄り、直接交渉して雇う事になる。


『セラフ』
セラフィンゲインに出現する怪物の総称。その種類は様々で小型、中型、大型と大きく分けて3タイプあるが、同名のセラフでも個体によって若干の違いが見られる。また形状、生態の違う亜種なども複数確認されており、細かく分けると数百種類になる。
種類によって強さが違い、その強さによって出現するクエストも違いプレイヤー達は自分のレベルにあったセラフを狩り経験を積む事になる。
ちなみに『セラフ』は天使、『セラフィンゲイン』は造語で【天使が統べる地】と言う意味がある。


『デッド』
プレイヤーがゲーム中に死亡判定を受けること。デッドすると強制的に意識が接続室に戻され再アクセスを余儀なくされる。クエスト中にデッドした場合、デッドするまでの経験値は失われ、プレイヤーのステータスは最後にセーブしたデータに戻される。


『リセット』
プレイヤーとセラフィンゲインの接続を強制的に切断する緊急脱出コマンドの事。デッド【死亡】判定にならない重傷を負って動けなくなったり、何らかのシステム障害に巻き込まれ行動不能に陥るなどのいわゆる『手詰まり』な場合の時に使用される。プレイヤーはその意志をもって叫ぶと、瞬時にセラフィンゲインとの接続を絶たれ意識が接続室に戻される。その場合は、先に挙げたデッド同様プレイヤーのステータスは最後のセーブデータに戻るわけだが、その判断がプレイヤー個人に委ねられている為、身勝手なリセット選択によりチーム内の揉め事になるケースが多い。


『ロスト』
セラフィンゲインとの接続が切れても意識が戻らない接続干渉事故のこと。ロストした場合、自分や他者への認識が不可能になり、意識喪失のまま病院のベッドに眠り続ける事になる。ロストした人間をプレイヤー達の間では、現実世界の戦争で行方不明になった兵士になぞらえてMIA【未帰還者】と呼ぶこともある。


『ブロックエントリー、オープンエントリー』
クエストの受注スタイルの事。ブロックエントリーはアクセスしたエントリーに他のチームが介在出来ないようアクセスブロックが掛かったエントリースタイル。オープンエントリーは別チームの介在を許可したエントリースタイル。
一般的なチームクエストの場合は先に挙げた『ブロックエントリー』を選択する。『オープンエントリー』は他チームとの交流を目的として設けられたスタイルなのだが、もっぱらチーム同士のイザコザを解決するための『チームバトル』の手段として使われるのと、傭兵を雇う場合によく使われる。


『使徒』
セラフィンゲインの開発者達の俗称。『使徒』とは本来の呼び名ではなかったが、セラフィンゲインという名前と、13人居たという噂からそう呼ばれるようになった。名前はおろかどんな人物達だったのかも全く公表されていない。またその存在自体確認されておらず、噂の域を出ない謎の存在。


『コンプリージョン・デリート』
一年半前、鬼丸が使用してセラフィンゲインのサポート側から使用禁止としてプロテクトが掛けられた『禁呪』に指定された魔法で、但し魔法と言ったが厳密に言うと魔法ではなく『強制削除コマンド』という外的プログラムである。このプログラムを作った人間がサポート側の監視の目を交わすため魔法のような形態を取っている。
第11話でかつてのチームメイトであるカインに襲われ、パニックに陥ったスノーがこの呪文を発動させてしまう。過去にこの呪文を体験し、その危険性と禁呪になった経緯を知るシャドウは、これを行使できるスノーを『使徒』ではないかと疑うが、スノーはプロテクト解除のパスワードを自分に教えた『鬼丸』こそが『使徒』だと語る。


『聖櫃』
クエストNo.66、『マビノの聖櫃』というクエストの通称。未だかつて誰もクリアした事がない難攻不落クエスト。セラフィンゲインのシンボルマウンテン『マビノ山』にあるフィールドでそこの最深部にある『聖櫃』というエリアを目指す。その『聖櫃』に行けさえすればクリアなのか、それともそこに居るかもしれないセラフを倒す事が目的なのか全くの謎。過去に数多くのチームがこのクエストに挑んだがいずれも全滅するかリセットを余儀なくされた。かつてシャドウも鬼丸と共にこのクエストに挑むが全滅した経験がある。


『童子切り安綱』
シャドウが使う漆黒の太刀。かつて所属していたチーム『ヨルムンガムド』のリーダー、鬼丸から譲り受けた物。現実世界にも同名の太刀が存在するが、そちらは国宝に認定されている名刀で、かつて京都の町を暴れ回った『酒呑童子』の腕を切り落としたと言う伝説があることからそう呼ばれる。
セラフィンゲインではロビーの端末でアイテム検索を掛けても出てこないレアアイテムだが、実は『アザゼル』という特殊因子を持つ脳の人間『ガーディアン』の専用装備で、ガーディアンサポートプログラム『ガーディアンシステム』の管理下に置かれると、その刃には先に挙げた禁呪『コンプリージョンデリート』と同様のデリート効果である『イレーサー』が付加される。


『アザゼル因子』
デジタル仮想世界で脳内の情報処理の量、速度を飛躍的に増大させる特殊因子。この因子を持つ人間の脳は常人とは比べ物にならないほどの桁違いな大容量の情報を信じられない伝達速度で脳に伝える事が出来る。ちなみにアザゼルとは、元グリゴレ隊所属の天使の名前。人間を管理する使命を忘れ、人間の女性を愛してしまい、天界の『知恵』を授けてしまったがために天界を追われ堕天使となる。


『ガーディアン』
上に挙げたアザゼル因子を持つ人間の総称。常人の数十倍の情報処理能力を誇る『進化した脳』の持ち主。現時点で判っているこの脳を持つキャラは、シャドウこと景浦智哉と、鬼丸こと世羅浜朋夜の2名。


『ガーディアン・システム』
ガーディアンの特化した脳をフルサポートするバックアッププログラム。インナーブレインシステム内での同調率が高まるとアクセスすることが出来る。


『ルシファーモード』
ガーディアンをその専用装備である童子切り安綱を介してダウンロードすることで『対アザゼル因子殲滅形態』という特殊な戦闘形態に移行させる補助プログラム。この形態に移行したガーディアンプレイヤーは、セラフィンゲインの通常の物理ルールから解き放たれ、常軌を逸する戦闘力を示し、さらに脳内麻薬の投与が促進され、痛覚遮断によりダメージを物ともせず『目標』を完全に消去するまで戦闘を継続する『狂戦士』となる。ガーディアンシステムの管理下に置かれると飛躍的に攻撃力が増大する童子切り安綱がアンテナのような働きをして、『アザゼル因子』またはそれに近い存在を感知すると、それに反応してアクセスする。またコレになるには、一方に偏った本人の『強い感情』が必要になる。


『愚者のマント』
シャドウが傭兵時代に以前参加したクエストで手に入れたフード付きマント。通常時は黒普通のマントだが、フードを深めに被ると周囲の背景と同化し、姿が見えなくなる『擬態』の効果を持つマジックレアアイテム。羽織る防具に制限が掛かるため下に装備する防具はあまり防御力の高い鎧を付けることが出来ないデメリットがある。


『韋駄天の靴』
槍使いであるサムが、ララに『出会いの記念』と称してプレゼントしたモンク専用の装備。装備することで素早さが大幅に上昇する効果がある。この靴のおかげで、ララはレベル1であるにもかかわらず、上級ボスセラフである『ゲノグスターファ』に直接攻撃をヒットさせるという快挙(?)を挙げる。


『携帯電話』
セラフィンゲインにアクセスするプレイヤーの標準装備品の携帯型端末。セラフィンゲイン内での仲間との交信に使われる。他にもステータス確認機能、アイテム閲覧機能、オートマッピング機能などを標準装備する優れもの。外観は現実世界の物とほとんど変わらず、ダイヤルボタンもあるが、基本的に番号をダイヤルして通信を行うことはない。なのに何故ダイヤルボタンがあるのかは謎。シャドウ曰く『形が携帯だからカッコが付かなかったのでは』とのこと。ターミナルにあるショップで好みの色に配色変更が可能。


『チーム・ラグナロク』
『プラチナスノー』こと雪乃が主人公である凄腕の傭兵『漆黒のシャドウ』こと智哉を誘って結成したセラフィンゲインのチーム。約1名を覗いてメンバーが全てレベル25オーバー、さらにそのうち2名がレベル30オーバーという、数値だけ見れば紛れもなく最強といえるハイレベルなチームだが、一人だけ、前代未聞のフィールドクラスAのクエストにもかかわらずキャラレベル1が在籍しているというある意味『伝説』のチーム。


『チーム・アポカリプス』
雪乃が以前主催していたチーム。現在は解散している。雪乃曰く『チームとしてのまとまりがなかった』との解散理由だが、はっきりとしたことは以前判らない。


『チーム・ヨルムンガムド』
かつて伝説の魔法剣士『鬼丸』こと朋夜が主催していた、当時『最強』と言われたチームで、主人公のシャドウ、並びに槍使いのサムも在籍していた経緯がある。1年半前、『聖櫃』での 鬼丸の暴挙によりチームメンバーから4人もの『未帰還者』を出し全滅。その後鬼丸の行方不明と共に解散した。


第27話 「鴉と鷲」


 世羅浜邸から30分ほど車を走らせ、僕らは新宿2丁目にあるクラブマチルダに到着した。ここまで乗せてくれた折戸さんにお礼を言って僕らは車を降りた。
「いえいえ、おやすい御用ですよ。それでは雪乃様、お帰りの際はご連絡下さい。お迎えに上がりますので」
 折戸さんはそう言って雪乃さんと僕らにまで丁寧にお辞儀をして運転席に乗り込むと走り去っていった。う〜ん、変わってる世羅浜家にちょっぴり染まってるけど本当にいい人だなぁ、折戸さんって。
「さあ雪乃、ここがドンちゃんの店、『クラブマチルダ』よ」
「わ〜 なんかわくわくしますぅ♪」
 マリアの言葉に応じて目を輝かせながらお店を見上げる雪乃さん。毎度の事ながら、もうホント見えてるとしか思えない仕草だよ。
 僕ら三人が店のドアに手を掛けた瞬間、後ろから声が掛かった。
「ヘイヘイヘ〜イ! キュートなレディ〜スにマイ・ブラザ〜ボ〜イっ!!」
 アホな台詞で振り向かなくてもわかる。だいたいいつからあんたのブラザーになったんだよ僕は……
「あ、サムだ〜! サムってホントに外人みたーい!」
 マリアの声に少し興味が沸いたので僕も振り返った。
 ジャマイカだかどこだか良くわからん七色のグラデーションTシャツにダウンのロングコート。8ボールのロゴが入ったキャップに首から提げた大きめのヘッドホン。僕の実家の台所に垂れ下がっているすだれのようなドレッドヘヤーを鬱陶しくまとわりつかせたのっぽの黒人がそこにいた。
 想像通りというか…… ニューヨークとかで道ばたで座ってたら間違いなくヒッピーだなお前は。しかもそのヘッドホン、コードの先が繋がって無いんだけど……
「フゥ〜っ! ララち〜ん、リア〜ルでもエキサイティングなセクスィーガール!! 突然『オウル』から連絡有ったときはどうしたものかとシンクしたけど、カムしてグーだったYo!」
 うぜぇ…… あっちでもウザイがリアルじゃウザさが2割り増しだ。さらに声もでかい。サムが何か喋る度に道行く人が振り返る。一緒にいたくないよまじで。あのさ、会話もそうだけど、何で事あるごとに奇声を上げるんだ?
「ウッホ、ブラザ〜ってばリアルも別の意味でブラック! ってかヲッタックぅ!」
 やかましいっ! ほっとけサルっ!! なんだその『ヲタック』って!? だからリアルじゃ会いたくないんだよ。特にコイツとだけは……っ!
「ああ、その声はサムさんですね、こんばんは〜」
 と律儀に挨拶する雪乃さん。
「わおっ! ユーはプリティースノー? Ho〜w キュートアンドベリーベリープリティーガールね♪ ……ホワッツ?」
 そう奇妙な声を上げ、サムは雪乃さんの右手に握られた白い杖に目を止めた。不意に黙ったサムに雰囲気を感じ取ったのか雪乃さんが答えた。
「私、目が見えないんですよ……」
 そう言って少し恥ずかしそうに微笑む雪乃さん。うわ〜可愛いすぎるっ! オイサムっ! 少しは察しろよ、雪乃さん困ってるじゃんかっ!
 しかしサムはもう一度「ホワッツ?」と聞き返す。あれ? と思ったが…… あ、そうだ思い出した。コイツ確か……
「ま、ま、マリア、さ、さ、サムは、み、み、みみ耳が、わ、わわわ悪いん、だ」
「えっ? そうなの?」
 そう、コイツ確かリアルじゃすげえ難聴なんだよ。前に聞いたことがある。なのに何故かクラブDJやってるんだよ…… どうやってやってるんだかさっぱりわからないんだけどな。
「スノーはねーっ! リアルじゃーっ! 目がーっ! 見えないのーっ! わーかーるーっ!!」
 マリアはサムの耳元ででかい声で叫んだ。サムもようやく聞こえたようで何度か頷いた。
「オーケー、オーケー。アンダースタンドだよララちん。ちょっとモーメントプリーズね……」
 そう言ってサムはポケットから何かを取り出し、耳に挟んだ。
「コレでノープロブレムね♪」
 そう言ってサムが耳に挟んだのは補聴器だった。お前…… そんなのあるなら常時装備してろよ……
「オ〜ウソーリー、プリティー・スノー。ユーのアイがルック出来ないなんて知らなかったYo〜 ミーの愛でユーのアイをあげた〜いネ!」
 とくだらないことをのたまいながら、乾いた笑いをするサム。やはり呼ぶべきではなかった……
「とにかく中に入りましょ」
 そのマリアの言葉に僕たち4人は店に入った。
「いらっしゃ〜い♪」
 入ると同時に例の『木馬ガールズ』が僕らを出迎えた。すでに店のコスチュームに着替え終わってるところを見ると、どうやら準備をして待ってくれていたらしい。
「マリアちゃーん、おひさしぶり〜」
 金髪美女(?)セイラさんがそう言いながらマリアに抱きついた。性別が微妙だが、ビジュアル的には問題なし。そういや前回来たときも結構良く喋っていたよなこの二人。どうやら仲良しになったみたいだ。
「わおセイラ、元気してた〜? 今日は約束通りお客として来たよ〜」
 マリア、お前やっぱりこの人ですら、もう呼び捨てなんだ。すげぇな、相変わらず。
「う〜んとサービスするから楽しんでって。あら? うわ〜、こっちの彼女もすっごい美少女じゃない!?」
 マリアの隣に立つ雪乃さんを見て、セイラさんがその微妙な声音を数オクターブ上げた驚きの声を上げる。いや無理もない。マリアと雪乃さんはちょっとあり得ないほどの天然美貌の持ち主だからね。
 そこへぬうっと現れた巨体。このクラブマチルダのオーナーママ。マチルダことドンちゃんだ。相変わらず全く似合ってない連邦軍女性士官のコスプレが、今にも引きちぎれそうなほどパッツンパッツンで登場。
「いらっしゃ〜い…… あら? あなたもしかしてスノー?」
 ドンちゃんが雪乃さんを見てそう質問した。
「はい。初めまして、世羅浜雪乃ですぅ。今日は突然だったのにオフ会の場所を設定して頂き、ありがとうございますぅ♪」
 そう言いながら雪乃さんはぺこりと頭を下げた。その可愛らしい姿にドンちゃんも驚いているようだった。
「いや〜ん雪乃ちゃん! 可愛いさが留まることを知らないわよ! もうマッハいくつよ? て感じ♪」
 あのねドンちゃん、気持ちもわかるし、言いたいことも何となくわかるけど、『可愛い』度はたぶん『マッハ』じゃ表せないと思ワレ……
「この子もママの知り合いなの?」
 そう言ってマリアと雪乃さんに群がる木馬ガールズ。口々に『可愛い〜!』を連発するコスプレオカマ軍団と、取り残される僕とサム。まあ、仕方ないよなこの場合。
「なかなかエキサイティングなクラブネ〜 ミーは気に入っちゃったYo」
 そう言って店内を見回し、店内に流れる『シャアが来る』の曲に合わせて妙なリズムを取るサム。鬱陶しいから少し離れて欲しい。
 あれ? そういやたしかもう一人居たよね、ここのホステスさん。
「私をお捜し?」
 いきなり耳元にそう声を掛けられ一瞬息が止まる。おわぁぁぁあっ!!
「また会えたわね。あ、そうそう、当たった? 私の占い」
 だからそのステルスモードで接近するのはやめて下さいララァさんっ! 心臓止まったらどうするんですかっ!? その相変わらずの怪しい衣装も胡散臭さに拍車を掛けてるんですから。
「その顔じゃ当たらずとも遠からず…… まだ鬼丸さんには会えてないみたいね」
「あ、ああ、い、い、いえ、も、もも、もうすぐ、あ、あ、あ会う、か、かかかも」
 どもりながらそう答えると、ララァさんはフッと笑って顔を近づけてくる。
「意識が永遠に生き続けたら拷問よ…… 私はあなた達二人の間に居たいだけ……」
 だからいちいちアッチの台詞をこじつけなくても良いですってっ! そもそも最初から鬼丸と僕の間にあなたは気配すら存在してませんから。
 すると、ララァさんの後ろにもう一人女性? が居るのに気づいた。この店の従業員さんみたいだからたぶんこの人もオカマさんだろう。黒いストールを羽織って腕を組み、顔は皆さんと同じく綺麗なんだけど、ちょっと高圧的な視線を投げかけてくるのが少し怖い。誰だろうこの人。そんな僕の困惑した表情に何かを感じ取ってくれたのか、ララァさんはその人を紹介してくれた。
「ああコレ、私の友達のハマーン。先週からこの店で働いてるの」
 ハマーン……
「何がコレだこの俗物が! そもそも私とお前がいつから友達になったのだ。私に友はいらん、人は生きる限り1人だからな。そう思わないか少年?」
 ははは…… だから同意を求めるなって。また変なのが入荷してるよこのお店……
「いつもこんな感じだから気にしないで。声帯いじって声まで変えたのに男口調なの。オカマなのに『男っぽい』っていうちょっと変わったオカマね。ちょっとややこしいから『男口調の直らないオカマ』でいいわ」
 えっと…… 元男で女になって男の真似…… あれ? それって女性になった意味あるんですか?
「違うぞララァ。何度言えばわかるのだ。私は『男口調の直らないオカマ』じゃ無くて『男口調の女性になりたいオカマ』だ。このハマーン、見くびって貰っては困る!」
 言葉にすると微妙な違いだけど、この人にすれば地球圏とアステロイドベルト以上の開きがあるらしい。僕の脳内メモリーには普通に『変なオカマ』とインプットされました。
「なかなかミステリアスなレディーだね」
 あのなサム、レディーじゃないと思うぞたぶん。つーかこの人相手に普通のリアクションするお前も凄いけどね。
「こんなんだけど評判良いのよ。今じゃハマーン目当ての客も多くて。でもなぜか8割方女性客なのよね」
 ああ、それ何となくわかる気がする…… あれだ、宝塚みたいな感覚なのかもしれない。
「ちょっと待て、私は普通に男が好きだぞ! 人を変態を見るような目で見るんじゃないっ!!」
 女性に好かれるのは男としては普通だけど、そもそもオカマって時点で…… いや、もう考えるのよそう。正直頭痛くなってきたし。
 そこに店の奥から僕らを呼ぶ声がした。
「よう、先にやってるぜ」
 見るとスーツ姿のリッパーと法衣を着たサモンさんが早くも飲み始めていた。この前来たときも思ったんだけど、そんな法衣姿でジョッキ煽って良いんですか? サモンさん……
「さ、さ、さ先に、つつ、つ着いて、い、いい、いたん、で、ですか?」
 どもる僕の言葉にリッパーはニヤリとして答えた。
「ああ、俺達もさっき来たトコだよ。ちょっと早かったんで、悪いと思ったんだが先に一杯やらせて貰ってたんだ」
 そう言ってリッパーは残りのビールを煽った。
「私も今日はここに来る予定は無かったんですが、リアルでスノーに会うってことで来てしまいましたよ」
 そう言って坊主頭をさすりながら苦笑いをするサモンさん。チームの副官としてはやはりチームリーダーのリアルの姿を見てみたかったんだろうね。
 そんなことを思いつつ、僕とサムは2人の前に座った。続けてテーブルにマリアと雪乃さんがやってきた。
「ああ、リッパーにサンちゃん。先に来てたんだね〜 はいはい2人ともお待ちかね、この娘がリアルスノーの雪乃だよ〜♪」
 そう言ってマリアは雪乃さんを二人に紹介した。
「こんばんはリッパーにサンちゃん。世羅浜雪乃ですぅ♪」
 そう言ってにっこりと微笑みながらお辞儀をする雪乃さん。2人とも雪乃さんの可愛さに一瞬言葉を無くしたようだった。
「あ…… ああ、こっちじゃ初めましてって事になるか。しかし本当に目が見えないんだな……」
「ええ。でもその分耳はいいですよぉ。一度聞いた声は忘れませんし」
「それになんつーか、その…… いや、何でもない……」
 そう言い淀んでリッパーはジョッキに口を付ける。雪乃さんの可愛さに動揺しているみたいだ。もしもしリッパー、そのジョッキもう空ですよ? リアルに動揺してませんか?
「さて、みんな揃ったことだし、改めて乾杯と行こうじゃない」
 そう言ってドンちゃんがジョッキやグラスを回す。
「やっぱこういう場合はリーダーよね」
 とマリアが雪乃さんに乾杯の音頭を促す。
「そりゃそうよね」
「当然じゃね?」
「ええ、もちろんですね」
「フルコ〜ス、オフコ〜スネ!」
「じ、じ、じじゃあ、ゆ、ゆ、ゆ雪乃さん……」
 一斉に一同雪乃さんを見る。何故か木馬ガールズやララァさん。それにハマーンさんまでも一緒にグラスを持って雪乃さんの言葉を待っていた。雪乃さんは少し照れたように笑いながら
「では……」
 少し目を閉じてから再び目を開くと、手にした杯を掲げた。
「チーム『ラグナロク』オフ会を開催します。みんな、乾杯っ!!」
「「かんぱ〜いっ!!」」
 雪乃さんの乾杯にみんなが復唱して杯を掲げ、続いて皆一斉に手にした杯に口を付けた。ドンちゃんなんか中ジョッキをほとんど一飲みだったよ?
 しかしなんか今の、まるでクエストのエントリー宣言みたいだったな。雪乃さん声スノーだったし…… まあ、そんなこんなでリアルでの『ラグナロク』オフ会が始まった。

 雪乃さんの乾杯から30分ほどで、テーブルに用意されていたオードブルの約3分の2がマリア一人のせいで無くなり、それに輪を掛けてドンちゃんとマリア、それに木馬ガールズの3人プラスサムの6人はアルコール消費量がハンパなかった。マリアなんか常に口がもぐもぐ動かしビールで流し込んでるし、ドンちゃんはほぼ一飲みで空の中ジョッキを量産し続け、木馬ガールズとサムは生ビールが底をついたので途中からハイボールにスイッチしたのだが、カウンターの向こうにいるクランプさん(源氏名)つーバーテンダーさん1人では、到底作るのが追いつかず、ついには作成量を消費量が大幅に上回るという緊急事態で、仕方なく「何で私が……っ!」とぶつぶつ言いながらもハマーンさんも手伝う羽目になった。
 あのさ、マリアやサムは良いとして、ドンちゃんと木馬ガールズは普通に従業員だよね? そりゃこういう水商売なんだから客の酒を飲むのはわかるけど、量考えませんか? さっき追加で生樽を買いに行ったララァさん、まだ帰ってこないよ?
 従業員がこんな状態なので、カランってドア鐘鳴らして一般客が入ってきても誰も気が付かず、仕方なく僕が案内しようとするが、案の定どもりで言葉が伝わらず店内をチラッと見ては渋い顔して帰っていく始末。流石にヤバイと思ったのでハマーンさんに対応をお願いしたのだけれど、この人、ドア開けて覗くお客さんに片っ端から『来たか、俗物どもっ!』とか『こんな時に来た己の身を呪うがいいっ!』ってな具合のアッチ風の台詞で暴言吐くもんだからやっぱり帰っちゃう。もしもしハマーンさん、あなた『お客』って言葉の意味わかって喋ってますか?
 これじゃ僕が対応しても一緒なので、結局『本日貸し切り』の札をドアの外に書けることになったわけですが、ホントにハマーンさんってここのホステスさんなんだろうか? どっか他の店が送り込んだ潜入工作員とかじゃね? この人に客の出迎え対応させてたら3日で閉店を余儀なくされる気がするんですけど…… 普段どんな接客してるんだろ?
 追っかけ始まったカラオケでは、ドンちゃんの『哀戦士』から始まりサンちゃん、リッパーと流行の歌を歌い、サムの『橋幸雄』は別にしてもマリアの歌声には驚いた。スゲー歌上手いんだもんよ! あいつ歌手でも食っていけるんじゃね?
 そして、なんと言っても雪乃さんの『黒田節』には驚いた! 目が見えないので歌詞を全て暗記しているらしいが、こんな萌える黒田節を聴いたのは、僕は生まれて初めてです! 雪乃さん、反則っすよそれ……
 え、僕ですか? 僕はどんな歌も全てラップになり、そのうち「あたたたた……」とケンシロウみたくなって、もはや断じて歌と呼べる代物ではなくなるので、ワンフレーズ20十秒でマリアが強制スキップしました。僕はカラオケ嫌いなんですよ……
 最初の乾杯のビール以降、終始ウーロン茶のハズなんだけど、店内の異様な熱気で顔回りが熱くなったので、僕はメインテーブルから離れ、隣のテーブルのソファーに腰を下ろした。腰掛ける際に未だに関節が痛むけど、朝よりだいぶ良くなったみたい。やれやれだよ。
 メインテーブル脇では、今度は木馬ガールズがキャンディーズの『年下の男の子』を歌い出し、皆手拍子でリズムを取っていた。ビジュアル的にはOKなんだけど、声が…… ミライさん、歌詞も微妙な上に、こっちに投げキッスするのはやめて下さい、背筋が寒くなるからっ!
 そんな妙な悪寒を感じながらウーロン茶をすすりつつ眺めていると、サムとハマーンさんが近寄ってきて僕の隣に座った。
「ヘイブラザ〜 モッコリあがってないね〜」
 それを言うなら『盛り上がってない』だろ! 余計なモン付けるな、意味が違っちゃうでしょっ!
「どうした少年? ガンダム30周年なのに出番のない大物声優みたいな顔して」
 どういう顔だよ…… つーか本人聞いたら怒りますよそれ? そもそも20歳すぎた僕に少年は無いでしょう?
「い、いい、いや、き、きき、今日は、ち、ちょっと、つつ、疲れてて」
 いやマジ疲れるよ今日は。楽しいけどね。
「ヘイ、時にブラザーシャドウ。やっぱり鬼丸は『聖櫃』にいるのかい?」

 カチリ

 サムに呼ばれた名前に反応し、僕の頭の中でスイッチが入る音がした。
「ああ、奴の意識は『聖櫃』にあるそうだ…… あそこを管理するクソガキが言ったんだから間違い無いだろうな」
 『俺』は眼鏡を外して蔓を畳むと静かにテーブルの上に置いた。
「あれ? オイ、どうしたんだ少年?」
 と俺の変化に驚いて隣に座るハマーンさんが訪ねる。
「ああ、気にしないでくれ。いつものことだ」
 そう言ってグラスに口を付けた。あれ? これウイスキーじゃん! またやっちゃったよ…… 眼鏡外すとダメだな。
「か、変わってるな、少年…… ああ、ちなみにその水割りは私のだが……」
 げげっ! ハマーンさんのだったの!? ……まあいっか。
「悪いな…… 出来ればもう一杯作ってくれないか?」
「あ、ああ、わ、わかった。ちょっと待っててくれ」
 そう言ってハマーンさんは席を立った。ゴメンナサイね、こうなっちゃうと、どうも性格まで変わっちゃうみたいなんですよ。
「そうか、鬼丸はやっぱりまだいるんだ、あの世界に…… ユーは彼に会ってどうするつもりなんだい?」
 前に同じ事を誰かに聞かれたな…… 
「そうだな…… 最近は聞きたいことが増えちまった。何故俺達を裏切ったのか。何故そうまでして『聖櫃』を目指すのか。そこに何があるのか。何故俺に『童子切り安綱』を託したのか…… 」
 そう言いながら空いたグラスに残る氷を眺めた。曲面の硝子の向こうに、鬼丸の笑顔を見る。するとハマーンさんが、俺の頼んだ水割りを持って戻ってきて、僕の隣に座ると同時にグラスを俺の前に静かに置いた。
「なあ、ブラザーシャドウ。もし鬼丸がミー達の知るかつての鬼丸じゃなかったら…… ユーはどうするネ」
 サムはいつになく真面目に聞いてきた。コイツがこんな顔を見るのは久しぶりだ。
「……どういう意味だ?」
 俺はサムが何を聞きたいのかわかっていながらそう聞いた。もしかしたらハッキリ聞かれるのを避けていたのかもしれない。
「ボケはミーの役だ。ユーには似合わない。彼が『敵』としてミー達の前に立ち塞がったらってことさ…… ユーの考えを聞いておきたい」
「そしたら間違いなく戦うさ、俺達全員で。なあシャドウ?」
 いつの間にか向かいの席にリッパーが座っていた。
「いくら伝説のプレイヤーだからって、俺達全員を相手じゃ……」
 リッパーがそう言いかけたとたん、サムが急に大声で笑い出した。元々声が大きいせいか、その声は店内中に響き渡り、他のメンバーも驚いたようにこっちを見た。
「HAHAHA…… いやソーリー、面白いジョークだったんでつい…… HAHAHAっ!」
 そう言って尚も含み笑いをするサム。俺は黙ってそんなサムの姿を眺めていた。
「おいサム、てめえ何がおかしいんだよ!」
 リッパーがそうサムに文句を言う。
「HA〜 ナイスジョ〜クだリッパー。ユーにジョークのセンスがあるとは思わなかった」
「どういう意味よサム」
 と今度はドンちゃんがサムに質問する。
「ミー達全員で戦えば…… なんなんだい? 鬼丸を倒せるって? それがジョークじゃなくてなんなんだYo〜」
 サムは前に集まったメンバー全員の顔を見てさらに続けた。
「言わせて貰うとネ、ミー達全員束になって掛かったって鬼丸には到底及ばない。絶対に勝てないネ。まあ知らないから無理もないけどネ。そんな妄想は知らないから言えるわけだから」
「いくら何でもお前……」
 尚もそう反論するリッパーの言葉を遮り、サムは話し続けた。
「鬼丸はね、ソロでレベルシックスを連続で4回もクリアできるんだよ? しかもノーダメージでね。彼の戦闘力はレベル40オーバーとかってキャラパラメータだけの話じゃない。もっと別の…… ミー達のイマジネーションの外にある何かだ。ユーならわかるだろう、シャドウ?」
 そう言って俺に視線を向けるサム。奴の言葉に静まりかえり息を飲む一同。俺はサムの言葉に無言の答えを返す。すなわち肯定だ。奴の言うとおり、鬼丸の強さは単純にレベル40オーバーのそれじゃない。恐らく……
「この前の話じゃ鬼丸は例の何とかっていう特殊な脳の持ち主って話だから、恐らくそれなんだろうネ。唯一勝機があるとするなら…… ブラザーシャドウ、彼と同じようなスペシャルな脳を持つユーと安綱だYo」
 そう言ってサムは手にしたグラスを煽った。
「そっか、同じ力を持つあんたなら勝てるって訳ね。なるほど」
「ノンノン、ララちん。そうじゃない。まともに戦えるってだけだYo ソロでやり合ったらたぶん勝てないネ。ブラザーシャドウのアレと、ミー達全員の連携を取れた攻撃をして、初めて互角かどうかってトコだネ」
 マリアの言葉にそう返して、サムは俺の方を向いた。
「そこでだ、ブラザーシャドウ…… 改めてユーに聞こう。ユーは戦える…… いや『斬れる』のかい、鬼丸を? その刃に触れる同族を確実に消し去る装備『童子切り安綱』で」
 いつになく真面目なサムのまなざしを、俺は真正面にとらえた。
 もし鬼丸が敵として俺達の前に現れたら…… 考えたくないが、あのロストプレイヤーの意識をインストールされたバルンガモーフと戦った今なら、その可能性は決して少なくないだろう。サムの言うとおり、鬼丸の強さはハンパない。通常の俺達じゃ鬼丸には太刀打ちできないだろう。だがサムは、そう言う奴の強さとは別の意味で俺に戦えるかを聞いたのだ。

『―――お前はもしかしたら、俺の唯一の 仲間 だった かもな……』

 俺が最後に見た鬼丸の姿が脳裏によみがえり、奴の最後の言葉が、俺の鼓膜にこびりついて剥がれない…… こんな状態で俺は…… 俺は奴を斬れるのだろうか。
 そんな心の動揺を誤魔化すかのように、俺はサムの言葉に答えた。
「愚問だな…… 俺を誰だと思っているんだ? 無用な心配だ。叩き斬られたいか? サム」
 それほど怒気を込めたつもりはないのだが、俺の横に座るハマーンさんが一瞬びくっと震えたのを感じる。サムは別段気圧された風でもなく、薄ら笑いを浮かべながら答えた。
「フフっ…… 期待以上のアンサーだよブラザーシャドウ。久しぶりにファンタスティックなトークを堪能した。オ〜ケ〜、ミーは持てる力の全てを使ってユーを援護しよう」
 そこでサムはいったん言葉を切り、再び続けた。
「だがもし…… ユーの刃が土壇場で迷う様なことがあれば、ミーの『グングニル』はユーの背中に風穴を開ける。努々忘れないことネ」
 そう言って俺を見るサムの目からは覆いようのない殺意が迸っていた。このときばかりは普段のボケをかますサルではなく、傭兵時代の異名『黒い大鷲』に相応しい気配を纏っていた。やはりコイツも『セラフィンゲイン』にその魂をも魅せられたプレイヤーだと、改めて思った。
「フンっ、上等だよサム、やれる物ならやってみろ。何なら今から秋葉に行って相手をしてやろうか?」
 俺も久しぶりに傭兵時代に戻ったような感覚でサムの殺気を跳ね返すべく言葉に怒気を込める。面白いじゃねぇか、お前がその気ならいつだって構わないんだぜ? そういやお前とは本気でやり合ったこと無かったよな?
「やめとくよ、ブラザーシャドウ。ミーはユーのことを気に入ってるんだYo〜 それに『マビノギの四分枝篇』の伝説の大鴉【ブラン】対ギリシャ神話の大鷲【ゼウシス】じゃ客引きの見せ物としてはマイナーすぎるネ」
 そう言って首を竦めるサムは、いつものとぼけたサムだった。サムはもう話したいことは全て話したと言った様子で「ミーはもう一曲歌うネ!」と言いながらマイクを取りに席を立った。全く…… 相変わらずつかみ所のない男だな、お前は。どこまで本気なのか全くわからない。
 すると、今まで隣で黙っていたハマーンさんが、不意に僕に微妙な視線を投げかけてきた。え、何?
「少年、眼鏡を外すとなかなかいい男だな。初めて見たときは、なよっちい奴だと思ったのだが、今のお前はなかなか渋くて私好みだ…… なあマチルダママ、この子お持ち帰りで構わないか?」
はい―――――――っ!? あなた何言ってるの―――――――っ!?
「ダメに決まってるでしょ――――がっ!!」
「ダメに決まってるでしょ――――がっ!!」
 とマリアさんと雪乃さんの声がハモった瞬間
「ただいま〜っ! ママ見て〜 酒屋さんで福引き券貰ってやったら旅行券5万円分当たっちゃった〜 私やっぱりニュータイプ…… あれ? どしたのみんな?」
 ララァさん帰還。片手に生樽、片手に福引き賞品の旅行券を掲げて固まっている。
「ララァちゃん、タイミングバッチリ。やっぱりあんたニュータイプよ♪」
 そう言うドンちゃんに「え? えっ?」と困惑気味に一同を見回すララァさん。福引きやってたんだ、道理で遅いと思ったよ……
「さて、生樽も届いた事だし、仕切直しといきますか」
 そんなドンちゃんの宣言に「わ〜っ!」と歓声を上げる木馬ガールズ。マチルダさんの答えを聞きそびれてしまったハマーンさんは「空気読め、愚民めっ!」と吐き捨てつつララァさんを一瞥して渋い表情をしていた。一方何か言ったはずのマリアと雪乃さんは、まるで何もなかったかのような顔をしてうつむき、静かにグラスを傾けていた。あれ? 今なんて言ったんだっけ?
 それにしてもドンちゃん、まだ飲むんデスカ……
   

第28話 『魔女の仮面』


 クラブマチルダでのオフ会の後、僕たち『ラグナロク』は数回のクエストをこなし、いよいよクエストNo.66『マビノの聖櫃』に挑むこととなった。
 一番レベルの低いララも、フィールドクラスAのレベル6クエストクリアで見事生還を果たし、晴れて上級者になった。いやー、初アクセスから約1ヶ月半でレベル6クエストクリアから生還するなんてたぶんララが初めてだ。確かにチームのメンバーの強さも桁違いだが、何よりララ本人の資質に寄るところが大きいね。
 リアルでも『格闘家』としてのセンスはあるんだろうけど、セラフィンゲインでは、リアルの肉体的な『性能』は一切反映されないはずだ。だが、ララはそれを覆して見せた。普通に考えてあり得ない。このまま成長したら、史上初の『モンクのソロプレイヤー』になるかもしれない。僕も冗談でマリアを『ビジュアル系悪魔』なんて呼んでるけど、もしかしたら、マリアは本当に『人間』じゃないのかもしれない……
 あ、でもマリアが例の『ガーディアン』じゃないことは確か。僕の持つ安綱がマリアに反応しないのが何よりの証拠。やっぱり、あの底なしの胃袋も含めて、ホントの悪魔なのかもしれないな……
 まあ、そんなララのことはさておき、僕たちは満を持して、あの難攻不落の代名詞、『マビノの聖櫃』に挑むことを決意したのだった……

「リッパーっ! 後ろだぁっ!!」
 俺の怒鳴り声に反応し、まるで鞭のようにしなりながら、唸りを上げて迫る銀色の尾の一撃を間一髪で交わしたリッパーは、即座に地面を蹴って跳躍した。
 馬鹿っ! それじゃ次が交わせないっ!
 俺はそう心の中で舌打ちし、瞬間的に視線を横に飛ばす。視線の先には、2本の尾に執拗に攻撃されて迂闊に懐に飛び込めないララが居た。ララも頑張ってはいるが、近接攻撃が主体なキャラだけに、こうも鞭のような長い尾の攻撃を乱舞されると捌くだけで精一杯なようだ。
 と、そこへ後方から放たれた魔法弾が着弾した。直撃した敵の首回りを飾る鬣が瞬間的に凍り付き、まるで教室の黒板を引っ掻くような不快な絶叫が迸り、幻龍種『マンティギアレス』はリッパーを追撃する機会を失って大きくよろめいた。
 いつもながら惚れ惚れする着弾タイミングだ。ドンちゃんの予測射撃はまさに神業と言っていいな。
「スノーっ! やめろっ!!」
 俺は視界の隅にとらえた純白のローブ姿の魔女にそう怒鳴りつけた。手にした杖を掲げ、呪文詠唱を始めようとしていたスノーが、杖を持ったまま硬直し俺に視線を移した。
「でも……っ!」
「よせ、スノーっ! 魔法はもう使うなっ!!」
 俺はスノーの言葉を遮り、そう叫んだ。ここまで来るのに冷却系の高位呪文を連続使用したせいで、かなり魔法力を消費しているはずだ。元々冷却系と雷撃系の魔法は爆炎系に比べ魔法力の消費が大きい。比較的に下位の冷却・雷撃魔法でセラフの行動を抑制し、前衛による直接攻撃でとどめを刺す方法で、この聖櫃に続く通路を突破するというスノーの基本戦略に乗っ取って行動してきたが、いかんせん遭遇するボスセラフの数が多かった。以前鬼丸と挑んだときよりも確実に多い。どうやら挑むチームレベルに対応しているようだ。
 ここから先は何があるかわからない。予想される聖櫃内部での戦闘を前提に考えるなら、もう彼女の魔法は使用できない。少なくともメテオバーストクラスを3,4発…… 先日のバルンガモーフの様な防御属性を変更するセラフに対処するには、少なくとも旧魔法である『ディメイションクライシス』を放てる魔力は残しておきたい。俺の『ルシファーモード』の発動条件がいまいち不明確な今は、スノーのあの呪文が唯一の切り札だ。この時点では、彼女の魔法無しで切り抜ける他にない!
 俺のそんな思考に答えるかのごとく、続いて何かが天井から急速に飛来するのが見えた。その手に神槍『グングニル』を構え、まるで獲物をとらえる本物の鷲のごとく急降下する黒い大鷲、サムだった。
「キエェェェェェッ!!」
 と、相変わらずの奇声を上げ、後頭部に矛先を突き立てる。相変わらずその奇声に何の意味があるのか、いやそもそも『奇襲』であるジャンプ攻撃に、何故奇声を上げるのか全く持って理解できないが、サムはまんまと龍族共通の弱点である『延髄』にその刃を突き立てた。
 俺は先ほどよりもさらにでかい鳴き声に鼓膜を痺れさせながら、尚も未練がましく振り下ろされた、獅子のような大きな前足の攻撃を安綱で弾いた。
 それを最後に、俺に弾かれたその前足は二度と地に付けることなく、マンティギアレスは、その後ろに横たわるもう1体に折り重なるように、ゆっくりとその身を横たえていった。
 俺は安綱の刃に付着したマンティギアレスの体液を1振りで払い落としつつ、肩で息をしながらリッパーに声を掛けた。
「はあっ…… リッパー、接敵が、長すぎるって……」
「ああ、今のは、ちょっと、危な、かった……」
 俺と同じように肩で息をしつつ、こめかみにしたたり落ちる血をぬぐいながらリッパーが答える。1体目で負傷した事にも起因しているのか、珍しく自分のミスを認めるリッパーも、いつもの軽口を吐く余裕もないようだ。確かに余裕なんてありはしないだろうな。やはりここはハンパ無い……
 かく言う俺も、つがいのマンティギアレスの前に倒したレオガルン戦で、2度の嘴攻撃を食らい、HPを大きく削られた。すかさずサンちゃんに掛けて貰った回復魔法でHPは全快近くまで回復しているが、相次ぐボスセラフの挟撃で体力とスタミナを回復する暇がなく、攻撃に隙が生じているのも確かだ。サンちゃんの回復魔法もこの先にある『聖櫃』が未知なだけに、温存しなければならず、今度ダメージを食らったら自前の回復液で回復するしかないと言う現状だ。
「だいぶスタミナを消費してるネ、シャドウ」
 そう言いながらサムが俺の側にやってきた。所々に血が滲む腕で槍を担いでいる。細かいダメージが蓄積しているはずだが、当の本人はケロっとした顔で笑っている。コイツ、疲れるって事知らないのか? 
「連戦、だからな…… さっきちょっと無理したし」
 俺はそう答えながら安綱をさやに戻し、ポーチの干し肉を千切って口の中に放り込んだ。
「確かに、マンティギアレスの首を一降りで斬り落とすなんて見たこと無いわ」
 とドンちゃんが撃滅砲をリロードしつつ寄ってきた。
 そうなのだ。つがいで現れたマンティギアレスのうち、1体目は俺が安綱で首を切り落としたのだ。
「確かにグレートだったネ。まるで鬼丸みたいだYo〜」
 サムの言葉に俺は答えなかった。確かにさっきは自分でもビックリだ。安綱の切れ味も凄かったが、何より自分の反応に驚いた。やはりコレは……
「ガーディアンシステムの影響…… もしかしたら、この前アクセスしたことにより、シャドウの脳がシステムに、よりダイレクトに反応できるよう同調率を上げて対応しているのかも……」
 スノーが俺を見ながらそう呟いた。確かにあり得る話だな……
「鬼丸の強さが、今なら理解できるな……」
 俺は口の中の干し肉を飲み込むと、スノーにそう言った。
「だが、確かに戦ってるときは良いんだが、一戦闘終える度に体力とスタミナをごっそり持って行かれる。こう連戦が続くと回復が間に合わない」
 それにさっきから体中の関節が鈍く痛み出していた。前回経験したあの『ルシファーモード』ではないものの、明らかに俺の現状ステータス以上の動きと反応速度だ。脚力と腕力にたっぷりパラメーターの数値を振り分けてはいるが、オーバーワークであることは間違いない。狂戦士【バーサーカー】の寿命は短い物と相場が決まっている。反則技には、それなりにリスクがあるってわけね……
 ここまで来るのに俺達が倒したボスセラフは6体。そのうち2体はレベル6セラフだ。この先にある聖櫃でも、恐らく何かある。こりゃあまたリアルで筋肉痛で動けなくなるかもな……
「でもここまで、誰も欠けることなく来たぜ。マジ凄くね? 俺達」
 とリッパーが呟く。
「ホント、ララちゃんも頑張ってるし」
 そう言いながらドンちゃんはララを見る。が、当のララは……
「うん(もぐもぐ) あたし(もぐもぐ) やれば出来る子だし(もぐもぐ)」
 と、持ってきた弁当を頬張りながら答えた。沢庵で売ってる携帯食料『特製沢庵弁当』なんて、買う奴がいるとは思わなかったよ。ネーミングも微妙だし……
 確かに体力回復の効果があるけど、あれってほとんど洒落で売ってるんだぜ? 経験値に余裕があるならレベルアップに回すとか考えねぇのかお前……
「みんな、見て……」
 ララのそんな姿に呆れていたところに、スノーの声が掛かった。見るとスノーが、奥に続く通路の先を見ている。俺達はスノーに引きずられるようにその視線の先を追った。すると馬鹿高い天井の通路が続き先に、大きな扉のような物が見える。
「あれってもしかして……!?」
 ドンちゃんがごくりと唾を飲み込みそう呟いた。
「ええ、恐らく……」
 ドンちゃんの質問に最後まで答えずに、スノーもまた息を飲む。
 横幅は6メートル前後、上部が丸みを帯びてアーチ型になっていて、その上端はこの高い天井にほとんどくっついている。未だかつて、ここまでたどり着いたプレイヤーがいないだけに、その形状すら謎だった『開かずの扉』
 青銅のような、若干青みがかった不思議な光沢を放つその表面には、海に浮かぶ島の上空から、優しそうな微笑を浮かべながら見下ろす、何枚も重なる大きな翼を広げた天使が彫刻され、まさに『天使が統べる地』と言う名を持つこの世界の最終地点に相応しい、荘厳な気配を纏いながら俺達を見下ろしていた。
「さあみんな、行きましょうか。伝説を創りに……」
 そう言ってスノーはメンバーに視線を移す。
「と言っても、私は兄のことを知りたかったってのもあるんですけどね……」
 スノーは少しおどけてそう言い、ぺろっと小さく舌を出した。
 ううっ、可愛い! 萌えすぎだろ――――――っ!?
「何言ってんの、スノーの望みは『ラグナロク』の望みでしょ?」
 弁当を食べ終わり、満足顔のララがそうスノーに声を掛ける。
「そうよ、今じゃあたしは、最強だの伝説だのって方より、スノーの目的の方が優先になっちゃってるんだからぁ〜」
 情に厚いドンちゃんだけに、確かにそうかもしれないけどさ、その顔でうるうるするのはやめてくれ。普通に怖いから。
「ミ〜は楽しめればグーYo〜 ララちんと一緒に笑い道極めれば本望ネ」
 ソロで極めろそんなモン。オフ会で俺に質問した人間と同一人物だとは思えねぇよマジで。
「う〜、やべえ、ゾクゾクしてきた〜っ! 何か出たら、のっけから全開モードで斬りまくらなきゃ治まんねんじゃね? この感じ」
 そう言って手にした双斬剣をくるくる回すリッパー。切り裂き狂なのはもう仕方ないけど、ちゃんと回りを見ろ。さっき自分で認めたのにまだ懲りねーんかお前は!
 スノーの傍らに、まるで従者のように控えるサンちゃんも、何か言いたそうにしているが、「むっ……」と声を漏らすだけで無言で頷いていた。いやあのさ、普通に喋れば良いんじゃないかと……
 全く、ここまで来てもよくわからんメンバーだな。だけど、俺、このメンバーでチームを組んで良かったと思っているよ。確かに皆少々変わっているが、仲間だという事をここまで意識したことは、今までなかったのだから……
 みな一応の装備の点検を終え、通路の向こうに見える扉に歩き出す。俺はその後ろ姿を見ながら、そんなことを考えた。
 リアル、バーチャルひっくるめ、胸を張って友達と呼べる存在なんて居なかった俺が、人生で初めて本当の意味で『仲間』を得た。喩え仮想の世界でも、共に死線をくぐり抜けてきたこのメンバーは、リアルで軽く言われる友達じゃない。
 たかがゲーム仲間だろ? って言う人は少なくないだろう。
 ああそうだ。確かにその通り。でも俺は逆にこう聞いてやる。じゃあそれが本当の死じゃなかったら、痛みや死の恐怖をわかってて、自分のために命を張ってくれる仲間がお前にはいるか? 襲い来る、身の竦むような恐怖の中で背中を任せられる仲間が、あんたにいるのかってな。
 リアルで普通に暮らして、世間や周囲に流されて、ただ単調に過ぎていく毎日を生きている中じゃ、まず得られない仲間が俺には居る。必要とされ、また自分も仲間を必要とする。『信用』なんて安っぽい言葉じゃない。機能としての絶対の『信頼』
 リアルでどんな形容詞で飾り立てた『友達』を表す言葉をささやかれても、この世界で、現実世界での地位や名誉、立場やコンプレックスなんか一切関係なく、襲いかかる脅威に共に立ち向かう仲間からの『任せろ!』の一言には敵わない。
 スノー、あんたには感謝してる。あんたに誘って貰わなかったら、このメンバーには出会えなかったのだから……
 だからこそ、俺はどうしても鬼丸に会わなければならない。

 喩え もう俺の知る あんたじゃなかったとしても な……

「よし、俺達も行こうぜスノー」
 俺は干し肉に続けて回復液を飲み下し、乱れた愚者のマントの留め金を直しながらスノーにそう声を掛けた。どうやら俺を待っているようだった。ん? どした?
「ねえシャドウ…… 聖櫃に入る前に、あなたに話しておきたいことがあるの」
 スノーはこの世界でのみ視力を持つ、その澄んだ瞳で俺を見る。
「……言ってみろ」
「この前ドンちゃんのお店でサムに、あなたが答えていた事。もし、本当に鬼丸が現れたら、確実に『消滅』させて欲しいの。敵であろうが、そうでなかろうが、あなたの持つその太刀『童子切り安綱で」
「スノー……」
 俺を見るスノーの目には、固い意志の光が宿っていた。
「本当は私がやるつもりだった…… 私の『コンプリージョン・デリート』で……」
 安綱に掛けた俺の左腕をそっと掴み、うつむきながら続ける。
「システム領域に近い聖櫃で、アレを使えばどんなことになるか…… 恐らく私や、その時聖櫃内にアクセスしているメンバーの意識も、削除される可能性が高い事は想像できたわ。でも…… 聖櫃に行くには、どうしてもチームでなければならなかった。私は、みんなを巻き添えにするつもりだったのよ……」
 左腕から伝わる振動に、スノーが少し震えているのがわかった。下を向いてうつむいているからその表情まではわからない。
「じゃあお前ははじめからそのつもりで、このチームを作ったのか? お前の兄である鬼丸の意識を消すために、メンバー全員をロストさせる事になるのを覚悟で……!」
 俺は声に怒気を込めた。おいスノーっ! それじゃ鬼丸と変わらねぇじゃねえかっ!!
「ええ…… そうよ。私にはどうしてもここまで来れる、仲間意識の強い『チーム』が必要だった。そして、どんなに窮地に陥っても、決して仲間を見捨てない傭兵『漆黒シャドウ』をメンバーに欲しかったのも、その目的のため…… 初心者であるマリアさんをチームに入れたのだって、あなたの彼女だと思ったから。彼女がいれば、より結束が強まるだろうという計算があったから。大学の学食で、あなたに会ったのも偶然じゃない…… 私はあなたが同じ大学だと言うことを前から知っていた。知っていてあなたに近づいた。あなたと安綱をどうしても手に入れるために……」
 俺の脳裏に、雪乃さんと初めてあったあの時のことが蘇る。

『それがあそこでの貴方の存在理由だから。貴方は逃げない……』

 あの時、妙に澄んだ瞳が、なんだか俺の心の中を見通されてるみたいで目をそらしたのだ。だがスノーは俺の心を見通そうとしていたのではなかった。ただ冷静に俺を観察し、俺の反応を伺いつつ、仲間に引き入れる為の計算を働かしていたのだ。
「ロストしたプレイヤーって、見たことある? ベッドで天井を見つめたままぴくりともしない。手を引かれて歩いていても、まるで人形のように表情を凍らせて、ただ引かれるまま…… 放っておいたら食事も取らずに、ただベッドで天井を見つめるだけ…… まるでOSのインストールを待つコンピュータ…… 意識を封入されるのを待つ素体の様な『人間』達…… 私は目が見えなくて良かった。そんな姿の兄を見たら、私はきっと壊れていたかもしれない…… 意識がないまま肉体が滅んで、体を焼かれて墓の下に収まっても、墓に手を合わせる残された私にとっては、それはあまりにも空しい儀式でしかない。あのお墓の下に眠る兄は、兄の抜け殻だけだもの……」
「だったらっ! そんな気持ちを味わったスノーなら! そんな人間を増やすだけの行為をやろうとする自分自身に、何も感じなかったのかよっ!!」
 俺のその言葉に、スノーはビクッと体を震わせた。
「……好き だったの。私は兄を 愛してたの…… 妹としてじゃなく、一人の女として……」
 下を向きうつむくスノーの顔から何かがしたたり落ち、俺の腕を掴む手のローブの袖に薄いシミを作る。
「前から薄々は感じてた…… 何となく意識しだしたのは私が中学生の頃。そして実験的にアクセスした『エデン』で初めて兄を見たとき、それは確信に変わった。ああ、やっぱりそうだったんだって…… でも同時に、絶対言えない事もよくわかった。兄は私を当たり前に『妹』として愛してくれていたんだって気が付いたから。
 それでも良い…… 喩え妹としてでも、兄が私にくれる愛情は嘘じゃないから。喩えそれが虚像の世界であっても、私に向かって微笑んでくれる笑顔は、私だけにくれた宝物だもの…… 私はそれで十分だったのよ。
 でもそんな兄が、人形のような姿で逝くなんて、私には絶対受け入れられ無かった。あの兄が、私が愛し、私を愛してくれた兄の死が、あんな不完全な死であって良いはずがない。あれは兄の…… いえ、人の死じゃない! 私はそう思って、兄の意識が無くなった最後のクエストを調べたの。
 兄が執拗に聖櫃を目指していたのは知っていたし、兄の『聖櫃はこの世界のシステム領域ではないか』と言う言葉を思い出して、私は兄の体から抜き取られた意識が、まだこの世界にあるんじゃないかって思ったの。もしそうなら、兄の意識を弔うのは、妹である私の役目、それが、私が兄を好きだった証…… 半身不随で普通の人間らしい生き方を送れなかった兄に、せめて人間らしい『死』を迎えさせてあげたかった……」
「だからって…… 仲間を巻き添えにしても構わないって話じゃない……」
 スノーの震える涙声に、俺は努めて冷静に言った。スノーの話は同情できる。でも、それに巻き込まれる人間には、当たり前だが罪はない。他のメンバーにだって、兄を失うスノーのように、残される人間はいる。悲しみが増えるだけの行為に他ならないのだから。
「あなたの言うとおりよ、シャドウ…… でも私にはこれしか考えつかなかった…… 考える度に怖くなって、みんなの笑顔を見る度に、胸が張り裂けそうになって、そのたびに、あの時のカインみたいに、抜け殻の様な兄の顔が脳裏に浮かんできて私を苦しめた。そして眠れない夜が増えていったわ。まるで何かの罰みたい……
 そんな気持ちを誤魔化すために、私は『絶対零度の魔女』の仮面を被り続けた。心に魔法を掛けて、冷血にすることで私は自分を保つようになった。今じゃもう、どちらが本当の自分かわからないぐらい」
 その言葉に俺は沢庵でのスノーを思い出す。みんなと笑いながらテーブルを囲み、皆相応に盛り上がっているのに、何故かその場にそぐわない冷たくて寂しそうな目は、そんな彼女の気持ちを表していたのかもしれない。
「でも、私は自分が思っていたよりも全然弱かった。いいえ、弱くなったって言った方が良いかもしれない。あの日リアルであなたと会ってから…… あなたやマリアさんと親しく過ごすようになってから、私はどんどん弱くなった。リアルだけじゃない…… 私は今まで土壇場でリセットしそうになる仲間を躊躇無く凍らせてきた…… 同じチームのメンバーからでさえ『絶対零度の魔女』と畏怖の念を込めて呼ばれていた私なのに……
 学食で、あなたと初めて2人で食事をした時、私はチームを作った目的を…… 自分が『魔女』であることを忘れた…… あなたの袖を掴んだ指の感触、あなたの声、あの時食べたオムライスの味…… ほんの些細なことで、地獄に堕ちても良いとさえ思っていた決心が、簡単に崩れていくのを感じた。その後マリアさんにからかわれて、私は自分の感情の変化に情けないほど動揺した。顔を覆うずれた仮面で声も出ないほどに……」
 うつむき、肩を振るわせながら話を続けるその姿は、味方からも恐れられる彼女の異名『絶対零度の魔女』のそれではなかった。
「あのバルンガモーフと戦う前に、あなたが言ったこと…… 憶えてる?」
「ああ、憶えている」
 あのとき、ロストプレイヤーの意識を強制的にインストールされたバルンガモーフに攻撃を仕掛ける際に、思い詰めた表情で固まるスノーに掛けた言葉。

『―――せめて同じプレイヤーである俺たちの手で消してやろう…… 少なくとも俺ならきっとそう願う!』

「あのバルンガモーフが、私には兄に見えた。それがたまらなく怖くて、私は逃げ出したくなった…… その時、あなたが言ってくれた言葉に、私は思い出したの。この世界に残存する兄の意識を消すのは、妹である私の義務なんだと…… 幼かった私が兄に言った一言が、兄をこの世界に縛り付ける原因なら、それはやっぱり私の責任なんだと思った。
 でももう私には出来そうにない。あなたやララ、リッパーやドンちゃん、サンちゃんにサム…… みんな私の目的のために付いてきてくれた。『伝説のチームを作ろう』なんて方便で、私が兄に会うためだけに聖櫃を目指しているってわかっても、みんなは私を『仲間』だって…… そんなみんなを巻き添えになんて、取れ掛かった仮面が支えて息も出来ないような今の私には、絶対に無理……」
 そう言うとスノーは顔を上げ、俺を見た。あふれる涙の奥に、透き通った悲しい色の瞳に俺の顔が映り込んでいる。
「だからお願いよ、シャドウ! 鬼丸を…… 兄の意識を、完全に消去して! 今の私には『コンプリージョン・デリート』は使えない。あなたの安綱だけが、みんなを巻き込まずに、兄の意識を消せる唯一の手段なの。今更こんなお願いなんて言えた義理じゃないこともわかってる。出来ることなら私がその安綱で兄を斬る…… でも安綱は『ガーディアン』じゃなきゃ使えない、あなたじゃなきゃガーディアンシステムにアクセスできない!
 気に入らないなら、その後で私も消して。どのみち『聖櫃』でコンプリージョン・デリートを使えば、術者だって無事じゃ済まなかったはず、覚悟してた事…… むしろあなたの手で消してくれた方が私は……」
 そう涙ながらに哀願するスノーの震える腕を、俺は右手でそっと放した。
「……もういいよ、スノー。あんたの言いたいことはよくわかった。俺が何とかする。ただ、敵だったらアレだけど、そうじゃなくて現れた場合は、あいつがそう望んだらって条件付きだけどな」
 反則だよスノー。あんたにそんな顔してお願いされて、断れる男がいたら会ってみたいよまじで。
「それに、あんたを斬るつーのも却下だ。俺の太刀は、何故か女を斬れないようになってるのさ」
 俺はちょっとキザっちく答えた。リアルの俺がやったんじゃ、絶対引かれる以前に、言葉にならないだろうけど、ここでの俺じゃアリだろう? 
「シャドウ……」
 俺の答えに、スノーは泣き濡れた顔できょとんとして俺を見る。
「この前、ドンちゃんの店で、サムにはああ言ったが、実は俺にも迷いがある…… あいつが敵として俺達の前に現れたとき、あいつを斬ることが出来るのか、正直自信がない。でも、あんたの今の話を聞いて、何となく決心が付いた。みんなをロストさせるわけにもいけないし、何よりあんたが『兄殺し』をするとこなんて見たくはないさ。もっとも、『ルシファーモード』になっても、あいつに太刀打ちできるのかつー方が先だけどな」
 そう言って俺は笑った。いやなに、スノーの顔が近いしさ……
「ゴメンね…… 友達だったあなたが、辛くないわけないのにね……」
「兄妹よりマシだろ。それにサムに刺されるのは願い下げだしな。なに俺は元傭兵だ。やっかい事には慣れているさ」
「なら私は、全力であなたをサポートする。私の全ての魔法を駆使してあなたの道を作るわ、シャドウ……」
 そう言ってスノーは涙に濡れた顔を近づけてきた。あわわっ! 顔近すぎるでしょっ!!
「で、でも傭兵を雇うには契約料がいる。当然腕利きは契約料も桁違いだ。俺の契約料は高いぜ、何せ俺は一流だったからな」
 潤んだ瞳のスノーの顔がやたら近く、俺は動揺を隠すようにそう軽口を吐いた。やべえ、まだクエスト中なのに、気絶どころか接続が切れそうだっ!
「経験値以外は取り引きしない…… 初めてあったときにそう言ってたね」
「ああ、だが今回は特別だ」
 スノーは涙を拭いながら、不思議そうな顔で俺を見る。ああ、なんて可愛いんだろう……
「沢庵でビネオワ…… つきあえよ? スノー」
 俺のその言葉に涙を拭うスノーの顔が一瞬ぽかんとし、続いてゆっくりと明るくなった。
「うん、ありがとう…… シャドウ」
 そう言いながら微笑むスノーの笑顔は、かつて『友』だった男が俺にくれた、あの極上の笑顔によく似ていた。
「おーい、何やってんのーっ!」
 とそこに、もうすでに扉の前に移動したララが大声で叫ぶ声がした。
「さあ、行こうぜスノー、あいつに会いに」
「ええ、そして全てを知るために」
 そう力強く言うスノーは、なんだか前より柔らかくなった気がするのは気のせいだろうか?
 それにしても、また一つ鬼丸に会って、やることが増えちまったな。聖櫃にいるなら待っていろよ鬼丸。もうすぐ会いに行くからな!
 俺はそんなことを心の中で呟きながら、通路の先に見える馬鹿でかい扉に向かって歩いていった。



第29話 『そして聖櫃へ』


 俺とスノーが扉の前間で来ると、ララが文句を言ってきた
「なにやってたの、2人とも〜 あれ? スノーなんか目が赤くない?」
「え? あ、いや、その……」
 と狼狽するスノーの言葉を遮り、俺はすかさずマリアに答える。
「さっきの戦闘で目にゴミが入ったんだとさ、そんでゴロゴロするから見てくれって言うから見てやってたんだよ、なぁ?」
 そう言う俺を、また少し潤んだ目で見るスノー。オイオイ、だからそんな目で見るなって……
 みんなに言う必要なんてないだろ? 俺とあんたで話は付いたんだし。俺は誰にも言うつもりはない。動機が何だったにしろ、スノーは別の道を選択した。もう仮面を被ることをやめたんだ。捨てた荷物の中身なんか、今更みんなに話したところで経験値1ポイントの得もない。世の中知らない方が良いことの方が、案外多いもんさ。
「ふ〜ん…… そうなのスノー? ホントはシャドウにセクハラとかされて泣かされてたんじゃないのぉ〜? 胸とかお尻とかこう……」
「するかアホっ!」
「そ、そんなことないですよっ!!」
「ホントぉ〜? なぁんか ア ヤ シ イ んだけど?」
 と尚も微妙なアクセントでツッコミを入れるララ。おいスノー、あんたもそこで赤い顔するなっ! 余計誤解されるでしょっ!! つーか、ララもそうだが、なんだお前らその微妙なまなざしはっ!!
「いくらスノーが可愛いからって、泣かしちゃ男が下がるわよシャドウ。それにスノーもお触りぐらいで泣いちゃダメよ? 安売りはダメだけど、今の時代女もたくましくなんなくちゃ。オカマのあたしが言うのも何だけど……」
 おいドンちゃんちょっとマテコラっ!
「オ〜ノ〜 同じメ〜ンとして、ミ〜はベリ〜悲しいネ。ムッツ〜リは世界共通で嫌われるYo〜 もっとオ〜プンでプリーズ!」
「うるせぇ! 黙れサルっ!!」
 背中から槍で突かれる前に、今ここで叩き斬った方が確実にいい気がする!
「つーかやっちまったモンは今更しょうがなくね? 減るもんでも無えだろうし……」
「リッパーてめぇ……っ!」
 とそこへララがまた余計な事を口走る。
「あら、あたしの時はリアルでもちろん請求してるわよ? この前は助けて貰ったからサービスだったけど……」
「ユーはリアルでララちんに、いったいどんなコトしてるか―――っ!?」
「知るかボケっ! ララっ! お前もいい加減にしろ!!」
 それにスノー! あんたも少しは反論しろっ! 何クスクス笑ってんだよっ!!
 するとスノーは、目にうっすらと涙を浮かべ、微笑みながら答えた。
「みんな、ありがと…… 私、間違いを犯さなくて良かった……」
 スノーそこ違―――――うっ! 気持ちはわかるが、そこで涙とか見せな―――――いっ!!
「「―――――シャドウっ!!」」
 全員の非難の声が、俺ただ一人に向けられた。

 お前ら全員ロストしてまえ――――――――――――――っ!!!!

 スノーの疑惑を隠して、逆に俺のセクハラ疑惑が浮上…… なあスノー、俺リセットして良いか……?
「さて、そろそろ踏み込もうじゃない、未知のフィールド『マビノの聖櫃』へ」
 と、アホな騒ぎをドンちゃんが締める。いや、そもそもあんたの言葉で、俺の疑惑が加速したんだが、またここでそれをつっこむと、いつまで経っても中に入れない。
 非常に納得行かないが、ここは口をつぐんでおこう。
「じゃあみんな、準備は良い?」
 スノーが双声を掛けると、皆一様に頷いた。いよいよ、俺達は難攻不落の代名詞、『聖櫃』にたどり着いた初めてのチームになる。数々のプレイヤー達の思いを拒み続けてきた未知の扉が、今開かれる。
「チームラグナロク、『聖櫃』に突入します!」
 スノーはそう宣言し、俺達はその大きな扉を内側へ押し開けた。

☆ ☆ ☆ ☆ 

 扉の内側に入った瞬間、俺達はまばゆい光に包まれ、俺は目を閉じると同時に意識を喪失した。足に接地感が無く、まるで自分が水の中ににでもいるような浮遊感味わう。
 瞼を開けようとするのだが、薄目を開けるだけで、失明しそうな強烈な光が瞳を襲い、たまらず目を閉じる。酷い耳鳴りが鼓膜を支配し、外部の音を拾うことが出来ない。天地が全く判らず、墜ちているようにも、上昇しているようにも、はたまた停滞しているようにも感じる奇妙な感覚に襲われ、手足を遮二無二動かしながら、半ばパニックに陥った頭で近くにいるはずのメンバーを確認しようとするのだが、叫ぶ自分の声さえ出ているのかが判らない状態では確認のしょうがない。
 ターミナルからフィールドに来るまでの『転送』の感覚に近いが、こうも激しい耳鳴りと不安定な浮遊感覚に襲われたのは初めてだった。
 もしかしたら、このままロストするのではないか? という恐怖が頭をよぎった瞬間、俺はざらつく床に膝を突く感触を憶え、心底安堵しながら目を開けた。そしてようやく開けた視界に広がる光景に、俺は息を飲んだ。
 そんな馬鹿な……っ!? 
 自分の目の前に広がる風景に、俺は脳内でそう詰問する。全てが自分の脳内に、デジタライズ技術で投影された偽りの視力を、このときばかりは本気で疑う。
 そんな俺の顔の前を流れる、風に舞った物体を無造作に掴み、震える手で広げてみた。
 萌え系美少女の絵がにっこり笑って『キメ』ポーズをする足下に、タイトルにかぶせる様に『本日入荷!!』と書かれたポップ文字が踊っている。
 それは俺も知ってる美少女系パソコンゲームの宣伝チラシだった。
 すると俺のすぐ後ろで、俺と同じような驚きを声に出す者がいた。
「うそだろっ!?」
 振り向くと、リッパーが周囲を見回し、驚愕の表情でそう叫んでいた。いや、リッパーだけじゃなく、他のメンバーも例外なく、みな驚いた顔であたりを見回していた。
 そしてその後ろに、あの荒涼感漂う倉庫のような建物と、ほんの1時間ほど前にくぐった、見覚えのある鉄製の扉が目に入る。
「な、なんであたし達、リアルにいるのよ……!?」
 ドンちゃんの震える声に、ようやく俺も自分の目を信じることが出来る。
 綺麗な黄昏色に染められた建物とアスファルト。ロリが入ったキャラクターが描かれた同人系チラシが、所狭しと貼られた電柱。3階建ての建物の向こうに頭だけ見えるのは、去年オープンしたアキバトリムだったっけ?
 あの通路で、確かに『聖櫃』だと思われる扉を開けて、そこに足を踏み入れたハズの俺達は、今セラフィンゲインの接続端末がある『ウサギの巣』の前にいた。
「ねえ、コレってどうなってんの?」
 とララが俺に聞いてきた。
「わからん…… 俺にも何がなんだかさっぱりだ」
 悪いが俺に聞くな。コッチが聞きたいくらいだぜ…… あれ? 俺、今さ……?
「ホワット? ミ〜達知らない間にリセットしたか〜い?」
 相変わらずとぼけたトーンの声で喋るサムだが、いつものようにボケ無いところを見ると、奴も相当驚いてるようだ。
「ここが…… ウサギの巣なの?」
 不意にスノーがぽつりと呟いた。やはり皆と同じように驚いているようだが、その目には若干の好奇心の色が伺える。そうだった…… 
「見えているんだな、スノー?」
 俺のその問いに、一瞬面食らったような表情をするが、俺の意図することが判ったのか、スノーはハッキリと頷いた。
「ええ、見えています。私は初めて見ますが、ここが、みんなが通う『ウサギの巣』に間違いないんですよね?」
 やはりな…… しかしなんつークオリティだよマジで。
「ああ…… そうさ、確かにここが俺達の通う端末、アキバの『ウサギの巣』だ。信じられないほど精巧に再現された『偽物』だけどな」
「偽物? コレがかよっ!?」
 俺の言葉に、リッパーが素っ頓狂な声を上げた。しかし――
「自分たちの装備を見てみろ。セラフィンゲインのキャラそのまんまだろ? それに俺がまともに喋れるし、リアルじゃ視力がないハズのスノーの目が見えているのが決定的だ」
 俺の言葉に、みんなが「あっ!」とした表情でスノーを見る。
「間違いない、俺達はまだセラフィンゲインの中にいる。これほどまで忠実に再現出来るシステムの力には正直未だに信じられないが、ここは俺達の住む現実世界じゃない。恐らく…… ここが『聖櫃』なんだ」
 俺の言葉に息を飲む一同。まあ無理もない。言った俺自身ちょっと信じられない気分だ。
 不意に吹く風に巻かれ、アスファルトの上を舞う落ち葉や捨てられたポケットチラシの群れ。道ばたの煙草の吸い殻や潰れた空き缶。その横に揺れる名も無き雑草。所々割れて歯抜けになってるままのネオン看板。道の向こうに駐車してある国産のワゴンとラオックスのコンテナトラック。
 店の出入り口にある自動ドアは、そのほとんどが巧妙に配置された見た目だけの『模像』なのだろうが、まるで今にも開いて、店から客が出てきそうなリアルさだ。
「それに静かすぎる。こんな静かな秋葉原はあり得ない。全く人の気配もしないしな」
 そう、ひしめき合う電気店の店内放送や宣伝放送。車や電車の音、客を呼び込む店員の声、街を行く人々の話し声や笑い声といった、駅周辺特有の雑踏の音が全くなかった。
「ここが、聖櫃……」
 スノーがそう呟きながらぐるりと周囲を見回した。彼女に取り、初めて目にする現実世界、いや正確にはそれの忠実なコピーだが、スノーは、その目に映る風景をまるで脳に焼き付けるように見つめていた。いま、スノーはどんな気分なのだろう……
 俺はそんなスノーの心中に思いを馳せながら、ふとある考えが浮かんだ。
 もしかしたら、この聖櫃って……!?
「とにかく移動しない? ここにいたって始まらないみたいだし」
 そのララの言葉に、俺達は移動を開始した。忠実に再現された秋葉原の街だけあって、俺達は迷うことなく路地を抜け、中央通りまでやってきた。
「すげぇなぁ〜 マジ本物としか思えねぇ…… おっ、ソフマップCD館だ。スゲー!」
 リッパーがそう感嘆の声を漏らした。確かにその通りだ。細部にまで手抜き無く、忠実に再現された『仮想秋葉原』は現実としか思えないクオリティだった。
「しっかし気味悪いわね〜 誰もいない街って。なんか人だけが突然消えちゃったみたい」
 ララが率直な感想を漏らす。全く持ってその通りだ。ここまでリアルに再現された街で、そこに欠かせない存在である人間がいないことが、これほど気味悪い物だとは思わなかった。ララじゃ無いが、ついさっきまで居たハズなのに、街ごと『神隠し』にあったかのような錯覚すら憶える。
「ああ、まるで陸の『メアリーセレスト』だな……」
 もっとも、ここははじめから人なんて居ないだろうけどね。
「なにそれ?」
 とララが質問してきた。まあ君の場合、自分のお腹とお金のこと以外、あまり興味がないだろうから知らないのも無理ないけどね。
「世界の航海史上で最大のミステリーって言われる事件の舞台になった19世紀の帆船の名前よ。1972年にニューヨークからジェノバに向かう途中、何らかの原因で乗組員10人全員が忽然と姿を消してしまったの。沖を漂流していた同船は、発見直後、『あたかも今までそこに人が居たかのような状態』だったって言われてて、今もってその原因が特定できないの。だから今じゃ不思議な『大量失踪事件』なんかを、よくその船の名前にちなんでそう呼ぶのよ」
 とスノーがその知識の一部を開陳しララに説明する。まあ、最近の研究では、後に伝えられた伝説めいた逸話は、かなり尾ひれの付いた眉唾な話しだそうだが、その言葉自体は未だに使われている。みんなそう言うオカルトめいた話が好きなのは、今も昔も変わらないってことさ。
「でも…… ホントに誰もいないのかしら?」
 あたりをぐるりと伺いながらドンちゃんが呟いた瞬間、全く別の声が掛かった。
「誰もいやしないさ、今はまだね」
 その声が耳に届いた瞬間、俺を始めメンバー全員が瞬間的に装備を手に取り、攻撃態勢のまま振り向いた。初めて見る聖櫃内部の異様な光景に、半ば『おのぼりさん』的な気分でいたとはいえ、そこは流石この聖櫃まで来れるハイレベルキャラ、思考より先に体が反応するんだろうね。
 俺達が立つ場所から数十メートル離れた先にその声の主は居た。この街の中心を南北に貫き、現実世界では休日になると歩行者天国になり、行き交う人々で、広い幅員が狭く感じられるその道路を、ここでは、俺達以外の唯一の人として、中央に配されたセンターラインに沿って、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
 年の頃は俺とさほど変わらないだろう。真新しいブルージーンズに白いスニーカーが、すらりとした高身長にはよく似合っている。フード付きのトレーナーの上から羽織った紺色のスタジャンのポケットに両手を突っ込み、現実世界でのこの街では、確実に浮いてしまうこと間違い無いと思われる、短髪の甘いマスクが、優しい笑顔を浮かべながら俺達を眺めていた。
「とうとうここまでたどり着いたね。チーム『ラグナロク』 ようこそ、この世界の始まりにして終わりの場所へ……」
 黄昏色に染まるその笑顔が、あまりにもさわやかで、逆にそれが、この人の気配を感じない無人の秋葉原とのギャップを感じて気味が悪いことこの上ない。まったく、相変わらずケレン味たっぷりな登場しやがって……
 初めて見るイケメン野郎だが、俺には誰だかすぐに判った。
「約束通りやってきたぜ。お前がここに居るって事は、どうやらここが『聖櫃』に間違いなさそうだ…… そうだろう? メタトロン」
 俺は冷静にそう聞いた。
「え、メタちゃん!? だって全然……」
 と驚くララ。だからその呼び方止めろって!
「あははっ いいねソレ♪ これからそう呼んでもらおっかな〜」
 そう言ってカラカラと笑うイケメンボーイ。お前も同意するなっ!!
 とぼけた口調にとぼけた格好…… そして、人の姿でありながら、人とは異質のこの威圧感。人の狂気を具現化した『戦争』を目的として生まれ、この世ならざるこの世界で、挑む者達の本質を試み続ける意志を持ったプログラム。『天使が統べる地』と言う意味を持つこの世界、セラフィンゲインで数多の天使【セラフ】を従える『天使の王』と『神の代理人』の称号を持つ人工天使メタトロン。
 たとえ姿が変わっても、お前から感じる、この得も言われぬ感覚を忘れるわけがない。
「そうだよシャドウ…… 君たちがアクセスしている端末のある『秋葉原の街』を忠実に再現しているだろ? 元々ここはね、かつて『使徒』の1人が、君の持つ『アザゼル因子』を調べるために作ったエリアプログラムなのさ。
 Abrrant Kinetic Inner Brain Area Proving ground【異種活動脳内領域実験場】その頭文字を取って、通称『AKIBA・PG』…… それを元に鬼丸が再生、改修したんだ。それが今君たちが目にしているこの『聖櫃』だ。現実世界の秋葉の街をコピーしたのは彼のオリジナルだよ。でもさ、ここは君たち『アザゼル因子』を持つ者にとってはなかなか粋な場所だろ? どうだいシャドウ? 気に入ってくれたかい?」
 そう言って笑いかける、美青年姿のメタトロン。唇の端からキラリと漏れる色つやの良い白い歯が、そのさわやかさをよりいっそう引き立てている。
 でも何故か、その爽やか成分100%の笑顔を見るとイラっとするのは、モテないキモヲタの僻みでしょうか?
「ああ、その話を聞いて、嬉しくって反吐が出そうだ」
 うん、口と体は正直だった。モルモット的な気分だし、それにさ……
「あれぇ? ヲタの君なら喜んでくれると思ったんだけどなぁ…… 秋葉原って君たちにとっては『聖地』なんじゃないの?」
「現実世界のはな…… こんな薄気味わりー秋葉は、嫌を通り越して怒りが沸いてくるぜ」
 だってそうだろう? 確かに人混みにウンザリすることだって多々あるが、それなりに人が居てこそ面白く、また楽しいのだ。確かにライバルが多すぎて買えないゲームやアニメのDVDなんかがあると、買える奴らに『お前ら全員逝ってヨシ!』みたいな感情を抱くことだってある。でも、誰もいない世界じゃ喩え思い通りになったって、そこにどんな価値を見いだせる? 自分が何かをして、それについて、良いにしろ悪いにしろ、それなりの評価や反応があってこそ、自分という存在に価値が生まれ、自分の行動に意味が生まれる。
 仲間もそう…… 同じ言葉や似たような価値観を持つ者達との繋がり、いや、それ以外の人達も全部ひっくるめて、その中で生きていく俺という存在。このチームでやってきて初めてそう気づいたんだ。そこに現実、非現実の区別無く……
 俺が必要だと思う仲間も、そうでない人も、俺を必要だと思ってくれる仲間も、そうでないその他大勢も、全部ひっくるめて俺の世界だし、俺という存在を世界や時間に刻みつけるファクターだって事。全てに意味があり、全てが『俺』と言う存在を証明するものだ。だから俺は、こんな街を認めない。こんな秋葉原を良いと思わない。
 だって、人って1人じゃ生きていけないし、絶対1人じゃないんだぜ? きっと誰かと繋がってるモンなんだよ。
「ここは、形だけの偽物だよ。悪ぃけど、ここには現実の秋葉の100分の1の魅力も感じないな」
 俺はそうこの世界を統べる天使に言ってやった。
「ふ〜ん、そういうモンかねぇ」
 メタトロンはあまり関心のない様子でそう呟いた。俺はその時、初めてコイツが『AI』だと感じた。コイツには血の通う事はない。所詮はプログラムだ。いかにどれだけ人間の行動や感情をサンプリングしようと、永久に本当の意味で人間を『理解』出来ないだろう。
 もしかしたらコイツは、それを知る為に制作者である『使徒』に逆らってまで、この聖櫃を維持しているのかもしれない……
 俺は何故かふとそんなことを思った。


第30話 『魔人再び』


「メタトロン…… そんなことはどうでも良い。それであいつは…… 鬼丸はどこにいる ?」
 俺は冷静にそうメタトロンに聞いた。
「会いたい? 彼に…… 彼にあってどうするの?」
 口元に微笑を湛えながら、逆にメタトロンが聞いた。
「……お前には関係ない」
 俺の無愛想な答えに、メタトロンは口を膨らませて文句を言う。
「ふふふっ まるで恋いこがれた想い人みたいだね。シャドウってもしかしてそっち系?」
「え、マジ!?」
 メタトロンの言葉にララが反応する。んなわけあるかっ!!
「アホっ! イチイチ反応するなっ!」
「あら〜 それならそうと言ってくれれば良いじゃない。色々アドバイスするわよ。なんならあたしの店で働いてみる?」
 とドンちゃんが目を輝かせて言う。ちょっと待ってくれドンちゃん、それ冗談に聞こえねぇってっ!
「ムッツ〜リでバイって…… ユ〜の頭の中一回見てみたいネ」
「だからちげーって言ってんだろっ!! おいリッパー! てめぇなに離れてんだよっ!!」
 サムの言葉にそうきり返すが、隣に居たリッパーが俺から少し距離を置き、さらにドンちゃんの隣に立つスノーの妙なまなざしが嫌すぎるっ!
 お、お前らな……っ!!
「わはははははっ! やっぱり君たちって最高だっ! ここまで来てそれをやる! ははは――――っ!」
 メタトロンが大声で笑いながらそう言った。その笑い方が、なぜかとても自然で、人間的で、きっと人が心の底から笑ったらそういう笑い方なんだろうって思えるような、そんな笑い声が、この誰もいない街に響き渡った。
 俺達はただ唖然として、そんなメタトロンの姿を見つめていた。
「はー、可笑しい。初めてだよ、こんな愉快に笑ったのは。君たち人間が笑うって、きっとこういう事なんだろうね」
 そう言いながら、尚もクスクスと含み笑いを堪えるメタトロン。AIと言うことを忘れるほど、その仕草は人間めいていた。
「AIである僕が笑うのが、そんなに可笑しいかい? まあ、無理もない。僕自身ちょっと不思議なんだから……」
 少し落ち着きを取り戻し、メタトロンは左手をポケットから出して前に突きだした。するとぼんやりと手が光り出し、チリチリとポリゴン化したテクスチャーが凝縮して何かが形になり始めた。
「ここを目指してクエストNo.66に挑戦してくるチームはたくさんあった。でも、このフィールの過剰な要求に応えきるチームは今まで無かった。諦める者、個人プレーに走る者…… 今まで連携の取れていたチームが、ほんの些細なことで呆気なく崩れていく。そんな姿を、僕は見続けてきた。皆口ではお互いを『仲間』と呼び合いながら、恐怖や打算によって、その『仲間』を簡単に裏切る…… 喩えそれが仮初めの世界であっても、土壇場でそれらが勇気をひっくりがえす。追いつめられることで、表に現れるのが人の本質なら、人間はかくも『自分勝手』な生き物…… 今まで僕はそう理解してきたよ」
 メタトロンの左手に集まる細かなポリゴンの粒子が、その手に握る得物を実体化させていく。紅い蔓で織り込まれた柄巻きから覗く目抜きが鈍い光を放ち、柄巻き同様紅い渡り巻きを施された鞘が、その反り返った長い刀身を包み込んでいる。
 間違いなくそれは、俺の持つ安綱同様、この世界で『太刀』と呼ばれる物だ。
「だけど、君たちは違った。ホントならここにたどり着いたチームには、あらかじめ用意された最終セラフと僕が相手をするのだけれど、君たちには試練になりそうにない……」
 メタトロンは完全に実体化したその太刀を、右手でゆっくりと鞘から抜きつつ続ける。
 俺もそれを見ながら、腰の安綱の柄を握り迎え撃つ準備をする。他のメンバーも俺と同じように得物を手に取り身構える。
「そんな君たちには、もっと別の試練を与えよう…… 良いよシャドウ、会わせてあげるよ、鬼丸にっ!」
 そう言い終わるが早いか、メタトロンは瞬きする一瞬で距離を詰め、鞘からその太刀を引き抜き、俺に斬りかかってきた。俺はかろうじて初太刀を交わしたものの、続いて繰り出される斬撃に安綱で受けるのが精一杯だった。予測していたとはいえ、その凄まじいスピードに完全に後手に回ったことを感じ舌打ちする。
 3激目の斬撃を安綱で受け止めたところで、右からリッパーが斬りつける。そのリッパーの攻撃を上体を逸らしてするりと交わし、さらには後方から突き出されたサムの槍を左手で掴むと、そのまま力任せに放り投げた。手の空いた左手だけで、槍を持つサムごと放り投げるその膂力は驚愕に値する。
 槍を持つサムごと飛んでいくのを視界の隅にとらえながら、俺は半身前進してメタトロンの刃をはじき返すと、返す刀で奴ののど元に突きを繰り出す。
「くらえっ!!」
 首筋に繰り出した俺の突きを、メタトロンは文字通り紙1枚で交わしたところで、今度は横合いからララが烈泊の気合いと共に爆拳を放った。
「痛つぅっ!」
 だが次の瞬間、ララがぐもったうめきを漏らした。確実にヒットしたかと思われたララの爆拳だったが、メタトロンはララの拳をなんと握った太刀の柄尻で受けていた。ララはすぐさま拳を引き後退するが、俺はララがその瞬間を追撃されないように安綱を袈裟切りに振るった。
 痺れるような手応えと共に、甲高い音を放って安綱の刃が、メタトロンの太刀に防がれ動きを止めた。初太刀からこの間わずか数秒。この一瞬で、しかもこの距離で繰り出された俺達前衛の攻撃は全て返された。凄まじい体捌きと反応速度だ。ドンちゃんやスノー達後衛の攻撃は、この至近距離では味方にまでダメージが及ぶから援護が出来ない。そこまで計算しての超近接戦闘に持ち込んでいるのかもしれない。
「上手く使えるようになったもんだ、完璧に交わしたと思ったんだけどな」
 俺の安綱の刃を、その手に握る太刀で受けながら、右頬の下からすぅっと血の筋をしたたらせつつメタトロンがそう言った。だが、その声は、さっきまで聞いていたメタトロンの声ではなかった。
「なっ…… お、お前は!?」
 黒光りする安綱の刃の向こうで、メタトロンの目がうっすらと赤みを帯び、口元がニヤリと緩む。続いてメタトロンの体が、先ほどの奴の太刀の出現時のようにチリチリと輝き出した。頭の中に警戒を告げるアラームが鳴り響いているにもかかわらず、俺は後退することも出来ずに、今は少し下を向きながらうつむくメタトロンを凝視する。俺はただただ、その異様な光景に魅入っていた。
 メタトロンの足下から這い上がる細かい光の粒が、さっきまで着ていたジーンズやスタジャンと言ったカジュアルなファッションを見る見る変貌させていく。変わりに現れる見覚えのある深紅の鎧……
 まばゆい光の粒子から出現する背中に垂れるマントが、まるで純白の翼が生えてくるように見える。そのマントの白さが、体を覆うその深紅の鎧の色を際だたせ、さっきまで短髪だった前髪がすうっと伸び、うつむく顔に影を作った。そしてその顔が、ゆっくりと持ち上がり俺に微笑んだ。
 あの、人の心を惹きつけて止まない、極上の笑顔で……!!
「久しぶりだな…… シャドウ」

―――――――――!?

 俺はその顔に一瞬息を飲んだ。一瞬の体の硬直をその男は見逃さず、安綱を弾くと流れるような動作で俺の腹に蹴りを打ち込むと、俺の膝を土台にしてふわっと中を回った。そして俺が片膝を突くと同時に、俺達の数メートル先に音もなく着地した。
 俺は蹴りを食らった脇腹の痛みを堪えながら、どことなく戦国時代の甲冑のような形の深紅の鎧姿を視界に捉えつつその男の名を漏らした。
「鬼丸……っ!」
「え? この人がっ!?」
 俺の呟きに、拳の痛みを忘れてララが素っ頓狂な声を漏らす。
「コイツが…… 鬼丸っ!?」
 ララに続いてリッパーもそう呟いた。
「お兄さま……」
 後方からスノーの声が聞こえる。やはりスノーの考えは正しかった。鬼丸の意識はまだこの世界に残留していたのだ。
「スノーも久しぶりだな。おお、サムじゃないか、今回は死なずに来れたみたいだな」
 そう言いながら笑う鬼丸。
 かつて、俺とサムが在籍していたチーム『ヨルムンガムド』の主催者にしてリーダー。俺の持つこの妖刀『童子切り安綱』の初代所有者で伝説の太刀使い。ハイレベルな魔導士に匹敵する威力の高位魔法を操り、その卓越した戦闘センスと、圧倒的とも言える戦闘能力、そして天才的な頭脳を併せ持ち、常に俺達の遙か高みを歩いていた最強の魔法剣士。トレードマークであるその深紅の鎧からか、いつしか他のプレイヤーから『紅の魔人』と呼ばれたパーフェクトプレイヤー
 その姿は、あのころと全く変わらない。この1年半ほどの間、肉体を離れ、意識だけになってこの世界を彷徨い続けた男は、まるで時間という概念を感じることのない笑顔で俺達の前に立っていた。
「鬼丸…… 会いたかったぜ。あんたには聞きたいことが山ほどある」
 俺はそう言いながら立ち上がった。
「俺もさ、シャドウ。お前がここに来るのを、俺はずっと待っていたんだからな」
 待っていた? 鬼丸が俺を? 俺がここに来ることを予測していたのか?
「どういう意味だ?」
「なに、時期に判るさ……」
 俺の質問を鬼丸はそう言ってはぐらかした。その顔には終始笑顔が浮かんでいる。
「何故あの時俺達を裏切った? お前がそうまでしてこの聖櫃を目指した理由はなんなんだ?」
「裏切る? オイオイ、そりゃ違うよシャドウ。初めから本気で『仲間』だなんて思ったこと無いんだから。前にも言ったろ? 『仲間意識』を利用したって。ここに来るにはそう言ったチームとしての『統一意識』みたいな物が必要だったんだよ。単純に戦闘力だけなら俺一人で十分突破できる。でもそれじゃ通路に入ったとたんに強制的にループ軌道に飛ばされて永久に彷徨うかリセットするしかない。面倒でもある程度チームで行動しないと聖櫃にはたどり着けないようになっているんだよ」
 俺の中で、かすかな希望が少しづつ崩れていくのを感じた。
「それで…… 用が済んだから切り捨てた…… そういうことかよ」
「リセットするなんて言いださなけりゃ聖櫃まで連れてってやろうかと思ったんだがなぁ…… 一度折れた人間は聖櫃にはたどり着けない。なら一緒にいる意味はないだろ?」
「だからってロストさせることはないだろうっ!」
 俺は怒気を込めて言った。鬼丸は気圧された風もなく、軽い口調で続ける。
「使徒である俺の生体コードは、システムを管理する側から常に監視対象にあった。あのままでは聖櫃に入る前に外部から接続を絶たれる恐れがあったんだ。だからシステムを一時的にダウンさせて、奴らの目を逸らす必要があったのさ」
 ただそれだけのために……っ!!
「たった…… それだけの理由で…… あんたはあの4人を……」
「案の定マビノのフィールド消失と1度に4人もの接続干渉事故でサポート側は大混乱。システム復旧とロストしたプレイヤーの対応に追われ、俺が聖櫃に侵入したことはおろか、システムサーバから俺のデータが消えているのにも気が付かない。結局コンプリージョンデリートの使用後、術者もロストって事で片が付いた。奴らは俺の行動を無謀と笑っただろうなぁ。それが目的だったとも知らずにさ……」
 鬼丸はそう言ってははっと乾いた笑いを漏らした。俺はそんな鬼丸の仕草に、沸々都沸き上がる感情を意識した。
「そうまでして…… ここに来ようとした目的は何なんだ?」
「俺は自分の肉体がもう限界だと感じていた。そこで俺は自分の意識と記憶を、このセラフィンゲインに補完させることを思いついた。
 セラフィンゲインに使われているインナーブレインシステムは、被験者の意識をプログラムとしてそのシステム内に一時的に移動することが出来る。もちろん一般的なプレイヤーは表層意識だけだが、俺達ガーディアンは接続同調率を引き上げることで、脳内の意識をかなりのところまでシステムに持ってくることが出来る。俺はそれを応用した。同調率を高めて、自分の記憶と意識をこのシステムのサーバー内に補完する…… ただし、それにはどうしてもシステム領域に自分の意識を持っていかなければならない…… それが問題だったんだ。何せここは、俺達使徒でさえ踏み込めない、文字通り『聖櫃』だったからな。
 だがここは、プレイヤーとしてなら侵入が可能だった。喩え俺が使徒といえど、『統一意志』を持つ『チーム』のプレイヤーとしてであれば、聖櫃はその姿を現す。だから俺はプレイヤーとしてチームを主催する必要があった訳だ」
「意識と記憶の補完…… 本当にそんなことが可能だと?」
 人間の意識とその記憶全てをデジタルデータとして補完することが、本当に可能なのだろうか? 
「人間の大脳をバイト換算すると、まあ、個体差もあるが約2.5ペタバイト程度だとも、実際はそれ以上だとも言われていて、正直な話し正確なところは判ってはいない。もっとも、神経や感覚を司る領域を含めた生体機能の複合体である生物の大脳を、トランジスタの複合体であるコンピューターのアーキテクチャと同列に考えること自体ナンセンスなんだが、そのうち神経回路や生存に必要な生体機能の部分、つまり学習能力のない『書き込み不能』のシステム領域を差し引くと、意識や記憶といった部分の量はたいして多くはない。精々10テラバイト前後だ。十分保存可能な量だろ?
 ただ問題はその人間の脳から、『意識』を抽出することだった。俺の作ったこのインナーブレインシステムは、人間のその意識に干渉することが出来る。ロマンチックに言うと『魂』に触れる事が出来るって言えるかもな。まあ間接的ではあるけど」
 鬼丸はまるで大学の優しい講師が、できの悪い生徒にかみ砕いて教えているような口調で続けた。
「俺達ガーディアンの特徴は聞いてるか?」
 前に初めてバルンガモーフと戦った時に、メタトロンが語った話を思い出す。アザゼル因子を持った俺の脳が、この世界に干渉するって話だ。
「ああ……」
「なら判るだろう? 俺達ガーディアンはこの世界の法則に物理的に干渉できる新人類だ。脳内で発生した情報信号をこの世界に送り込むことが出来る。と言うことはつまり……」
「自分の意識を、自分の意志で送り込むことが出来る……」
 俺は鬼丸の話を遮り、そうオチを付けた。
「う〜ん、まあぶっちゃけそうなんだが、実はそう簡単じゃない。いかに俺達ガーディアンでも、意識全てをこの世界に持ってくることは不可能だ。あくまでリアルに脳があってこその力だからな。だが、こちら側から何らかのサポートがあれば、接続した状態で意識を強制的にこちら側に持ってくることが出来る。そのサポート役にうってつけの存在がこの世界にいる事を、俺は思い出したんだ」
「メタトロンか……」
 自立学習型高性能戦術AIメタトロン。戦闘時の人間の行動パターンや心理変化をサンプリングするために人を試み続ける、その結果自ら自我を持ち、創造者である使徒の命令をも拒否するまでに成長した人工天使。
 奴は初めてあったとき『退屈だった』と言った。そんな退屈な時間をもてあましていた奴なら、鬼丸の提案を受け入れても不思議はない。
「そうだ、俺は奴のプログラムを依代とすることで、この世界のシステム領域に俺の意志と記憶を保存することに成功したってわけさ」
 メタトロンは確か『契約の天使』なんつー称号を持っていた。鬼丸はホントに、その天使と、くそったれな契約を結んだってわけかっ!
「なるほど、大体判った。そんなことのために、マトゥやリオン、レイスにライデンは犠牲になったって訳かよ……っ!」
 あの後、俺はあいつらが収容された病院を見舞いに回った。
 半ば口を開け、ぼんやりとした、何も感情の色を写さない瞳で病室の天井を眺める人間。いや、アレは人間じゃない。セラフィンゲインの経営側から、入院費用とは別に、毎月多額の慰謝料が家族に振り込まれるのに、なんの反応も、回復の見込みすら示さない本人に、家族すら見舞いに来ず、誰からも忘れ去られていく存在。ただ息をして、飯を食い、その結果として催す生理現象だけを繰り返す『生ける死体』【リビングデット】
 同じチームで、たとえ仮初めであろうと、生死を共にした戦友の変わり果てた姿を思うと、今でも胸が詰まる。それをこの男は……っ!
「何故…… 俺を…… 消さなかった……っ!?」
 そう…… それでも俺は消されなかった。あの時、鬼丸の言ったあの言葉が、俺の耳にこびりついて離れない。

『お前はもしかしたら…… 俺の唯一の 仲間 だった かもな―――』

 あの時の言葉と共に、こみ上げる感情を理性が抑える。心の中にわずかに残った物に、俺はなりふり構わず縋り付く。まるで、足下までうち寄せてきた波で、崩れかかった砂の城を必死になって補強しようともがく子供のようだ……
 途中から、聞かない方が良いと思いながらも、聞かずにはいられなかった。頭をよぎるかつての仲間達が、変わり果てた姿で俺の手を引く。何度振りほどいても、すぐに別の手が腕を掴み、俺を引きずっていこうとする。
「お前は唯一、俺の『友』だったから……」
 鬼丸のその言葉に、一瞬息が出来なくなった。振り向きスノーの顔を確認したい衝動に駆られる。俺は今どんな顔をしているのだろう……
 だが、次の瞬間、俺の心に残っていた大事な部分は、木っ端微塵に吹き飛ばされた。
「そう言って欲しかったのか、シャドウ? ははっ、そうかお前友達いなかったモンな」

―――――!!

「残念だが、お前を消さなかった理由は他にある。俺の『計画』の重要な役割を担うお前をあそこで消すわけにはいかなかった。『仲間意識』とか、そう言う理由じゃないんだ、悪いけどな」

『何言ってんだよシャドウ、仲間だろ? 俺達』

 眼前に差し出された、血糊で染まったグローブの向こうに浮かぶ少し困ったような笑顔。何度も励まされたあの極上の笑顔をが、俺はどうしても思い出せなくなっていた。脳裏に浮かぶ鬼丸の姿が、込み上げるどす黒い感情と共に、真っ黒いクレヨンで塗りつぶされていく。
「あの後、お前にああ言ったのも、お前が持つその安綱を譲ったのも、その計画の為だよ。その為の心理的計算って奴。安綱を渡してああ言えば、お前の性格から考えて、確実に勘違いすると踏んだ。その後俺が聖櫃に消えた事を知れば、お前は必ず俺を追いかけてくる。確信すらあったね。お前わかりやすいからさ。
 ここに訪れるプレイヤーは大体そうだけど、中でもお前ほど『仲間』とか『戦友』とかいうのに飢えている奴もいないだろ? リアルじゃよっぽど友達いないんだなぁって思ってちょっと同情したよ。でも俺にはその方が好都合だったけどな。元にほら、俺の考えたとおりに、お前はここにいるだろ?」
 全ては鬼丸の計画だった…… 俺はまんまと乗せられてここまで来たって訳か……
 いや、もうそれはいいんだよ。俺がマヌケだったって話だけ。初めて『仲間』なんて呼ばれたモンだから、それもあんたみたいなスゲー奴に言われたモンだから、つい舞い上がっちまったんだよ……
 だけど、あんたを信じて共に戦ってきたあいつらを、簡単に消して笑う事だけは我慢できねぇっ! 喩えあんたが作ったチームでも、喩えあんたが仲間と思っていなくても、あの4人は、間違いなく俺の『戦友』だったのだから……っ!!
「あんたさぁ、さっきから聞いてるけど、ちょっと間違ってるよ」
 とそこへ、ララの良く通る美声が響いてきた。
「間違い?」
 鬼丸が少し意外そうな声で聞き返す。
「そ、シャドウにリアルで友達がいないってトコ」
「ララ……」
「確かにリアルじゃヘタレだし、キモヲタだし、どもってまともに話が出来ない『天然ラッパー』なムッツリだけど、友達がいないってわけじゃない」
 ララ…… あの気持ちはその何つーか、凄い嬉しいんだけど、もう少し言い方考えてくれるともっと嬉しかったり……
「あんたの妹であるスノーも含めて、このチーム全員が仲間であり、シャドウの友達。もちろんリアル、バーチャルひっくるめてね。ウチのチームの交戦規定、『全員で戦い、全員で帰還する。決して仲間を見捨ててリセットしない』これってあんたが前にシャドウに言ったことと同じでしょ? シャドウはそれを忠実に守ってこれまで戦ってきた。どんなにピンチになったって、シャドウは仲間を一人でも多く救うために戦う。前に自分の左腕と引き替えにシャドウを助けたあんたの姿に、きっとシャドウは『英雄』ってもんを見たのよ。たとえそれが偽りだったとしてもね」
 いつになく真剣なまなざしでそう言うララ。オイオイ、どうしちゃったんだよ!?
「リアルじゃどんなにヘタレでも、ここでのシャドウは『英雄』よ。この前だって全滅しかかって全員動けなかったのに、シャドウだけは立ち上がった。勝てないかもしれないって思っても気絶したあたしを助けるためにね。
 シャドウはね、自分の弱さを知ってるの。リアルで伊達にヘタレを張ってない。でもだからこそ、ここではどんなにピンチでも諦めない。どんなに怖くても、どんなに痛い思いをしようとも、勇気を振り絞ってチャレンジする。自分のためだけを考えて、他の人間をシカトして当然のように切り捨てるようなあんたなんかより、自分の弱さを知りながらも、『英雄』であろうとするシャドウの方が何倍も強いし、何よりカッコイイよ」
 おお、やっべ――――っ! 今一瞬ぐらっと来たっ!! たぶん生まれて初めて女子から『カッコイイ』って言葉を言われた気がする!!
「なるほどね…… シャドウ、お前にも友達が出来たって訳か。良かったじゃないか」
 そう言って鬼丸はまた笑う。そんな鬼丸に尚もララは続ける。
「あんたさっき言ったよね、ここに来るのに『単純に戦闘力だけなら自分だけで突破できる』って。確かにその通りなんでしょうよ。でもね、それを聞いたときあたしなんか判っちゃったのよね」
「へぇ〜 何が判ったって言うんだい?」
 そうからかうように聞く鬼丸に、マリアはフンっと不敵にも鼻で笑いながらこう言った。
「あんたこそ友達いないでしょ? ここはもちろん、リアルでも。でもホントは欲しくてたまらない…… 違う?」
「……っ!」
 終始笑みを絶やさなかった鬼丸の表情が、ララの言葉に絶句して固まる。初めて見る鬼丸の動揺だった。
「羨ましいんじゃないの? あたし達が。ウチのチームはね、仲間の一人が辛いとほっとけない連中ばかりなの。ここへ来たのだって、スノーの『あんたに会いたい』って願いを叶える為。一人の願いはチーム全体の意志に変わる。それがウチら『ラグナロク』他のチーム知らないけど、あたしはこのチームが一番だと思ってるわ。だからシャドウに友達なんかいないなんて言わせない…… ちょっとシャドウ、あんたも何か言ってやんなさいよっ!」
 そう言って、膝をつく俺の方をパシンっと叩くララ。いや、言いたいこと全部お前が言ってくれたよララ。俺今ちょっと感動しちゃったよ。
「ごめんねースノー、聞いててちょっとイラってきちゃってさ。あんたのお兄さんなのに言いたいこと言っちゃった」
 そう振り向いてララがスノーに詫びた。そのララの言葉にスノーは首を横に振った。
「ううん、ララ…… ありがと」
 スノーが後ろからそう声を掛ける。
「ううぅ…… わたしぃ…… ちょっと感動じて泣きそうぅ……」
 いやドンちゃん、もう泣いてるって。
「まあな、なんだかんだ言って楽しいしなこのチーム。特にシャドウいじりはリアルでも」
 リッパーてめぇ……!
「う〜ん、まさにアレだ、『ワンフォアオール・ホールインワン』精神だネ」
 ちげーよっ! ゴルフしてどーすんだっ!! お前のその一言で台無しだよ。
 でも確かにララの言うとおりだ。このチームのメンバーは、一人残らず俺の仲間だ。人間性はどうあれ、これまで共に戦ってきた戦友だ。今まで、本当の意味で『友』が居なかった俺にとって、初めて出来たかけがえのない仲間…… 今まで傭兵として色々なチームで戦ってきたけど、このチームは最高だ。
「仲間か…… かつての俺はそれを望んでいたのかもな……」
 そう言う鬼丸は、少し寂しそうに笑った。だがそれも一瞬のことで、またさっきの笑顔に戻った。
「なかなか興味深い分析だったよ。でも、今の僕には伝わらない。何せ体がないんだからね。俺の計画が成ったら、改めて考えるとしよう」
 鬼丸は静かにそう言いながら、ゆっくりと手にした太刀を持ち上げ、腰だめに構える。
「ここまでは俺の計画通り…… さあ、最終段階だ」
 そう呟く鬼丸の顔には、あの極上の笑顔が浮かんでいた。


第31話 『天才』


「計画? 何のことだ。あんたは記憶をここに補完させることが目的だったんだろ?」
 俺は鬼丸の言葉にそう質問した。自分の朽ちかかった肉体に見切りをつけ、自分の記憶と意識を、このセラフィンゲインのシステム領域に移し替えることが鬼丸の目的だったんじゃないのか?
「それは俺の計画の第一段階にすぎない。ふふっ 今に解るよシャドウ。俺の計画にとって、お前は重要な役割を果たすんだからな」
 そう言いながら、鬼丸はその手に持つ太刀をすうっと鞘から引き抜いた。俺の持つ安綱によく似たその刀身は、鈍い光を放ちながら俺たちを威嚇しているようだった。
「あの日…… 安綱の代わりに持っていったお前の太刀『細雪』をベースに俺が創造したものだよ。刀名は『鬼丸國綱』…… お前にやった『童子切り安綱』と同じく、現実世界では『三日月宗近』『大典太光世』『数珠丸恒次』に並ぶ『天下五刀』に数えられる至宝の太刀だ」
 いや、天下五刀とか言われてもさっぱり解らない。つーか俺、マニアじゃないし…… だけど鬼丸らしいセンスだな。
「その昔、北条時政の夢に夜な夜な現れては時政を苦しめていた鬼の首を切り落としたとされる逸話からそう呼ばれるようになった太刀…… この世ならざる夢の世界『セラフィンゲイン』で、俺が持つ太刀には相応しいネーミングだと思わないか?」
 その言葉にまるで応えるかのように、鬼丸が持つ『鬼丸』がギラリと冷たい光を放った。やはり、鬼丸は俺たちと戦うつもりのようだ。にこやかな柔らかい笑顔とは裏腹に、全く隠そうとしない、あからさまな殺気がそれを物語っていた。俺は右手に握る安綱に力を込めた。すると、安綱がかすかに震えだした。
「安綱が反応し始めたな。その安綱はアザゼル因子に反応する…… 」
 鬼丸はそう言いながらククっと喉を鳴らす。
「俺はもう現実側に肉体が無いからアザゼル因子は無い。厳密にはガーディアンですらない。だが安綱はそれに似た存在に反応する様になっている。このデジタル仮想世界で、その物理法則やルールに干渉するような特殊な脳神経回路を形成するアザゼル因子、本来それはこの世界ではあってはならないイレギュラー…… そして、ロストプレイヤーの意識もあるべき物ではないイレギュラーなんだ。
 いずれもこの世界に招かれざる存在。そしてその存在を消去するために、同じ因子を持つ者の力で施行される削除方…… デジタル管理されたこの世界の物理法則をねじ曲げるほどの人の意志…… デジタル世界の存在から見れば、まさに悪魔の力。ルシファーモードとは、よく言った物だよ」
 鬼丸の声を聞きながらも、さらに震えを強くする安綱を、俺はその震えを押さえ込むかのように両手で握りしめた。確かに鬼丸の言うとおり安綱が反応し始めているのは確かなようだ。しかし、この前のバルンガモーフ戦の時のような、ガーディアンプログラムとそれに連なるルシファーモードの発動を促す、あの無機質な声は聞こえてこない。
 そう、なにか…… 何かが足りにような気がする。
「お兄さま……」
 そのとき、後ろからスノーの呟きのような声が聞こえてきた。
「私は…… お兄さまの意識を完全に消すために此処に来ました。でも、今お兄さまをこの目で見たとき、その考えが揺らいだ…… 初めて『エデン』でお兄さまを見たときと変わらない姿を見て、正直嬉しかった……」
 そう言うスノーの声が、俺の鼓膜を貫き、俺の心の奥に痛みを伴った針を穿つ。
「現実世界で、あんな風な姿で逝ったお兄さまが、私は不憫でならなかった。たとえ死がさけられない事実だったとしても、人間として逝ってほしかった。でないと私はお兄さまの死を受け入れられないって思っていた」
 俺に鬼丸の意識の抹殺を託したその想いが、声に乗って寂しく響いた。抜け殻の兄が眠る墓の前で、スノーはどんな想いで手を合わせていたのか…… 残された者にとって、いや、兄を愛していたスノーにとって納得できなかったのだろう。
「はははっ! 何言ってるんだよスノ〜!」
 そこに場違いな鬼丸の笑い声が響く。
「『人間として』だって? まともに人として扱われてこなかった俺が? 悪いが肉体もそうだけど、あの世界での生活にだって少しも未練なんて無いよ」
 鬼丸はスノーにそう言って笑いながらさらに続ける。
「俺はあの体のおかげで散々差別されてきた。お前だってそうだったろう、スノー? なあシャドウ、本当の差別ってどんなだと思う?」
 終始笑顔で話す鬼丸の目の中に、何かどす黒い物が見えたような気がした。
「幼い頃から出会うたびに『大変ね』だの『偉い』だの言われ、何かにつけて『がんばって』みたいなことを言われる。必要のない気を遣われ続ける。そのくせ瞳の奥では、明らかに見下した光を宿しているんだ。同情と好奇の入り交じった視線でな…… それがどんなにつらいか、お前にわかる?」
「いや…… だがそれは……」
 俺の言葉を遮り、鬼丸はなおも続ける。
「ああ、そうだ。そこに悪意はない…… だがな、それは俺にとっては差別にしか感じない。そんな言葉を聞くたびに、まるで『お前は不完全な人間だ』と改めて言われているようで正直胸くそ悪くなる。そんな言葉をかける相手にも反吐が出る思いさ。そんな言葉を吐く連中はな、その言葉を言った時点で相手を高慢に見下しているのと同じだって気が付いていない。健常者の傲りって奴だね。
 俺はな、世の中で悪意のない差別ほど質が悪いものはないと思ってるよ。本人たちにとってそれは『善意』だと思っているし、端から見れば善意であり好意であるだろうからな」
 善意のつもりでも、それが障害を持っている人にとっては差別に感じる。俺はそんなことを初めて考えた。何気ない好意や善意が相手を傷つける…… そこに悪意が無くても、そのことで傷つく人がいることを俺は初めて知った。いや、『善意』と思っていること自体、鬼丸の言う『健常者の傲り』なのかもしれない。
「言葉だけじゃないさ。車いす用のスロープ前に投げ捨てられた空き缶。障害者用の駐車スペースに堂々と駐車する健常者の車。駅前の歩道に備え付けられた点字ブロックの上に延々と続く違法駐輪車の列…… どれもそこに明確な悪意は無い。そのことで、それに頼る者達がどれだけ迷惑するかなど考えもしない。そんなことに1バイトの興味も無い。当事者でなければ考える必要性すら感じない。他人に指摘されて初めてそうだと気づく。自分たちが生きている社会に、そういう存在が居ることすら忘れているんだよ。そして口をそろえて言う。『悪気はない、そんなつもりはなかった』ってな。だからこそ、差別はなくならない……
 差別のない平等な世界の実現…… それが建前と判っていながら、さも当たり前のように喧伝されるのが現実世界の一般社会ってわけだ。そんな物はこのセラフィンゲインのような仮想現実でないと実現できないファンタジーなのかもな」
 そう言う鬼丸の顔は、どこか寂しそうだった。
「だから現実世界に見切りをつけ、肉体を捨ててこの世界に意識を補完させたってわけかよ……」
 俺は鬼丸の境遇に同情しはじめていた。もしかしたら鬼丸は、そんな自分の境遇を改善するためもあってインナーブレインシステムを作り上げたのかもしれない。
「でも、残された者はどうすればいいの……? 触れれば暖かいのに、まるで死体のように何の反応も示さない『人形』のような状態を受け入れなければならなかった私は……」
 まるで何かにすがるようなスノーの声に、さっきの彼女の告白が重なり、俺は胸が締め付けられる思いだった。
「アレは単なる『入れ物』だよ。それもかなり壊れかけた。それにどういう感情を抱こうがお前の勝手だが、その答えを俺に求めるのは正直迷惑だな」
 鬼丸のその答えに絶句するスノー。そして同時に俺の心の奥をぞわりと撫でる黒い感情。何かとてつもなく嫌なものを聞いた気がする。俺がこの目の前に立つ男に初めて抱く感情だった。
 ここに来て、鬼丸を見てもやはり戦う理由を見いだせなかった俺に、わずかばかりその理由が芽生え始めるのを実感した。

 迷惑…… だと?

「だがなに、心配しなくとも俺は復活する。そのためにシャドウ、俺はお前を待っていたんだからな」
「復活? 現実世界にってことか? あっち側にもう肉体がないのにどうやって復活するんだよ」
 ざわざわと泡立ち始める心のコップに満たされた黒い感情を抑えながら、俺は疑問を投げかけた。奴の肉体はもはや現実世界には存在しない。なら、奴は何を持って復活するって言うんだ?
 だが鬼丸はその俺の疑問にクスリと微笑しながら答えた。
「確かにその通りだ。現実側の俺の肉体は存在しない。だけどさっきから言ってるだろ? あんなポンコツの肉体に興味は無いって」
 鬼丸はそこでいったん言葉を切り、俺を眺めつつさらに続ける。
「ヒビが入ったグラスに、ワインは注げない…… さてシャドウ、お前ならどうする?」
 ひびが入ったグラスにワイン? 何言ってんだ? そんなのグラスを……

―――――――――!?

 不意によぎった考えの馬鹿馬鹿しさに呆れ、捨て去ろうとしたが上手くいかなかった。そして俺が今考えた事と寸分違わぬ考えをした者の声が、背中からかかった。
「器を変える…… お兄さま、あなたは……っ!?」
 二の句をつなげないでいるスノーに、鬼丸は静かに語る。
「俺の意識をこうしてシステムにアップロード出来たんだ。なら、ダウンロードも出来るはず…… ただし、違う器にね」
「意識と記憶のダウンロード…… そんなこと……」
「いろいろと条件はあるけど理論上では可能だ」
「第一体はどうすんだよ? 死体でも探してきてインナーブレインに繋ぐってのかよ!?」
 俺は鬼丸の言葉にそう返す。だがすぐにスノーがそれを否定する。
「無理よ。意識があって初めて同調できるのだから。生命活動が停止した大脳皮質ではシステムにアクセスすることは出来ない…… まさか、未帰還者を……!?」
 そうか、ロストは脳の干渉事故だ。生命活動が停止したわけではない。ロストした被験者の肉体ならシステムに繋ぐことが可能かもしれない。
 だが、鬼丸はそれを否定した。
「惜しい! 実はそれも考えた。でもインナーブレインがこの世界に運んでくるのは、あくまで『表層意識』だ。意識や記憶の大半は脳にある。いいか、此処はあくまでイメージの世界だ。被験者の脳に偽りの景色や感覚を見せたり与えたりしているにすぎない。だからロストプレイヤーにダウンロードすると、同じ肉体に2人分の意識と記憶が同時に存在することになってしまうだろ? そんな状態を人間の脳が耐えられないはずだ。よく聞く『乖離性同一性症候群』いわゆる『多重人格症』だって、価値観や考え方が違う『本人の意識』なんだぜ」
 じゃあ鬼丸はどうやって新しい肉体を手に入れようとしているんだ?
「だが、発想は間違っちゃいない。問題は脳の中にある意識をどれだけこちら側に持ってこれるかってことだ」
 まるで教師ができの悪い生徒に教えているときのような口調で鬼丸は語っている。
「そして思い当たったのさ。このイメージの世界にたった一つだけ自分の意識や記憶のほとんどを持ってこれる存在がある…… 」
 そう言いながら、鬼丸は手にした太刀の切っ先を俺に向けた。
「もう判るだろ? アザゼル因子を持つ特殊脳の人類、ガーディアンだ。ガーディアンはその内包するアザゼル因子の影響で意識をダイレクトにデジタル媒体にシンクロさせることが出来る。同調率が高いのはその為…… そして、カーディアンシステムの管理下では桁外れな同調率を示す。
 あのルシファーモードに移行した際に見せる圧倒的な攻撃力と殺人的な機動力は、驚異的なスピードで肥大化し、増殖した脳内シナプスから逆流する感情という『化学反応』によって生成された意識電流が大量にこちら側のプログラムに送り込まれている結果なんだ。設定されたステータス数値をスキップし、こちら側の物理法則にまで干渉する強い意志の力…… 同調率が上がることで、自分の意志の力がこの世界に及ぼす影響が強くなる。それがルシファーモードの戦闘力の源だ」
 そう言いつつ、鬼丸は白い歯を見せながら笑う。あの極上の笑顔で。
「アザゼル因子を持つガーディアンであること。ガーディアンシステムに単独でアクセスできること。そして、ルシファーモードを発動できる鍵『童子切り安綱』を使いこなせる人間であること…… それが生きたまま脳内の自分の意識のほとんどをこの世界に移行できる条件だ。そして、その条件に合う存在…… シャドウ、悪いがお前の体をもらう」
 鬼丸の言葉に俺は絶句した。
 体を貰う? 乗っ取るって事か? 馬鹿言ってんじゃねぇよっ!
「つまり、シャドウの体めあてだったってことなの!?」
 と、ドンちゃんが心配そうな声で叫んだ。あのさ……
 言葉も意味も間違っちゃいないけど、その言い方は止めてくれ。ドンちゃんが言うとなんか違う意味に聞こえてくるし。
「俺の意志を無視してか? そんなの無理に決まってるだろ。第一、『体をくれ』って言われて『はいどうぞ』って簡単にやれるかっ!」
「まあ、そりゃそうだ」
 俺の言葉に鬼丸はあっさり納得した。
「『貰う』じゃなくて、この場合『奪う』って言った方がいいな」
 鬼丸の目が冷たい光を放ち始めた。それを認めたスノーの声が飛ぶ。
「あなたは私の知る兄ではない。そんな他人の体を平然と『奪う』なんて、何の抵抗もなく口にするような人が…… 目の見えない私でさえ、その笑顔がはっきりと頭に浮かぶような優しい声で語りかけてくれた、あのお兄さまであるわけがない! あなたにシャドウの体なんて絶対に奪わせないわっ!!」
「大丈夫だスノー、ようはルシファーモードにならなきゃ良いんだ。それにいざとなったらリセットすりゃいいんだからな」
 俺がそう言った瞬間、鬼丸の笑い声が響き渡った。
「あははは―――――――っ! オイオイ此処は使徒でさえアクセス不能な『聖櫃』だぜ。本来のシステムエリアじゃないこのフィールドで、通常リセットが可能だと思っているのか? 此処は出現した最終標的を倒さない限り戻れなし、リセットも不能。そして、この状況では、最終標的はこの俺だ。つまり、この俺を倒さない限り、システムから抜け出すことは出来ない。『帰らずの扉』を潜ったとき、すでにお前達は囚われていたってことさ。だからこのAKIBA・PJにお前達が足を踏み入れた時点で俺の計画は8割方達成されたことになるのさっ!」
 そしてその言葉が言い終わるが早いか、鬼丸は一気に間合いを詰め上段から斬りかかってきた。虚をつかれた俺だったが、危ういところで鬼丸の暫撃を安綱で受け止めた。だが、受け止めた瞬間、太刀を握る鬼丸の左手がスルリと離れつつ、鬼丸の口元から素早く詠唱が響く。速いっ!!
「ボムフレイア!」
 俺の鳩尾あたりで炎が爆ぜ、それと同時に前進に浴びる衝撃波と熱風に炙られた俺の体は後方に弾け飛ばされた。ボムフレイアはフレイアの強化版でメガフレイアとの中間に当たる比較的下位の魔法だが、対象1つに限定されるフレイアと違い、放たれる火球が対象付近で爆発し広範囲に広がることで攻撃対象が密集している場合複数の対象にダメージを与えることが出来る。
「うぐぅ……っ!」
 思わずうめきが漏れ、片膝がアスファルトを舐める。不意をつかれた太刀の暫激を受け止めたことで完全に無防備状態で、しかもゼロ距離の超至近で食らったため結構効いちまった。しかしなんつースピードだ。
「シャドウっっ!!」
 ララとスノーの叫びが響き、リッパーとサムが得物を構えた途端……
「ギガボルトンっ!」
 再び鬼丸の呪文名が轟き、轟音とともに閃光と衝撃がメンバーに襲いかかった。
 速すぎる! 呪文の詠唱スピードが尋常じゃないっ! サポートマジック専門の高位聖職者【ハイビショップ】であるサンちゃんのプロテクションが間に合わないなんて……
 皆同じようにダメージを食らって蹲り、驚愕するメンバー達に鬼丸の声が響きわたる。
「ルシファーモードにならなけりゃいいって? シャドウ、アレなしで俺に勝てるのか?」
 俺は心の中で舌打ちしつつ、震える膝を叱咤し立ち上がった。
「野郎っ!」
 と叫びつつ、リッパーが横合いから斬りつけた。鬼丸はこともなくその一撃を軽くいなす。その隙に俺は一気に間合いを詰め、水平に構えた安綱で、鬼丸の喉元に突きを入れる。鬼丸はリッパーの攻撃を太刀ではじき、その反動を利用して俺の突きを交わすと、そのまま後方に飛び退いた。
 さすがは鬼丸だ。戦い慣れしている…… と敵であるにもかかわらず思わず胸中で賞賛した瞬間、独特の飛来音とともに鬼丸の着地を狙った魔法弾が数発、鬼丸の体に殺到するのが見えた。相変わらず職人芸のようなタイミングで放たれるドンちゃんの攻撃だ。
 だが、鬼丸は殺到した数発の魔法弾を、なんと手にした太刀でことごとく空中でたたき落として見せたのだ。
「うそぉ! なんて奴!?」
 後方のドンちゃんが驚きの声を上げる。いや、無理もない。着地を狙われ、しかも音速を超えるスピードで飛来する弾丸をたたき落とすなんて芸当、普通じゃ考えられないからな。
 たたき落とす際に至近に落ちた魔法弾から爆ぜた炎の火の粉を、マントの裾で払いながらゆっくりとした動作で太刀を構える紅の魔神。体を覆う紅い鎧の色が、アスファルトから立ち上る爆ぜた炎に煽られ鮮やかに浮かび上がる。ゆらゆらと蜃気楼のように薄くぼやけ、まるで己自信が紅蓮の炎のように燃えているような錯覚をみせる。その姿は神話や物語にたびたび登場する炎の魔人『イフリート』を連想させた。
「この程度じゃ勝てないぜ?」
 不意に後方で鬼丸の声がして、戦慄とともに振り返る。すると視界に、サムの腕を切り落とす鬼丸の姿が見えた。
「馬鹿なっ!?」
 切り落とされた左腕がアスファルトに落ちると同時に、サムの肩口から血しぶきが舞いサムの絶叫が響き渡った。
 サムは絶叫しつつも、残った右手に握った槍を振り向きざまに鬼丸に向け放つが、鬼丸は難なく交わし流れるような動作でサムの脇腹に強烈な蹴りをみまった。サムは肩口から鮮血をまき散らしながら吹っ飛ばされた。
「サム――――――――っ!!」
 悲鳴のようなララの声を聞きながら、俺は驚愕で打ち震えていた。
 馬鹿なっ、いつ後方に回ったんだ!? 鬼丸の動きが全く見えなかったっ!!!!?
 ドンちゃんの攻撃を凌いだときは間違いなく俺の前に居たはずなのに、次の瞬間鬼丸はサムの背後から腕を切り落としていたのだ。まるで瞬間移動したかのように……
「よくも……っ!!」
 ララが叫びながら鬼丸に突っ込む。ララのスピードはレベルは低いが、モンク専用レアアイテム『韋駄天の靴』でチーム内最速を誇る。
 一瞬遅れたようにララの方を向く鬼丸の顔面に、ララの必殺の爆拳が炸裂した!
 ……と思った瞬間、ララの右拳が空を切り、代わりにララの脇腹から太刀の刃先が生えていた。
「あ……、あ、が……っ」
 声にならない呻きがララの口から漏れ、その背中に太刀を突き立てた鬼丸が立っている。鬼丸が完全に動きを止めたララの背中に膝を当て、力任せに太刀を引き抜くと、何の躊躇いも無く太刀を低く振るい、ララの両足を切断した。支えを失ったララの体は、まるで糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。
「ララ――――――っ!!」
 自分の血だまりの中で体を痙攣させるように藻掻くララの姿を見た瞬間、一時的に思考が停止した。
 鬼丸はそんなララの姿をチラリと見下ろし、興味の尽きた表情で太刀の刃に付着した血糊を振るい落としてこちらを向いた。
「まずは2人……」
 そうつぶやき、鬼丸はにやりと唇を歪めた。あっという間だった。鬼丸が攻撃を仕掛けてから僅か数十秒でメンバー2人が深刻なダメージを食らい戦線から離脱を余儀なくされた。
「サンちゃん、ディケアを……」
「リディアルコン!」
 とりあえずララとサムの回復をサンちゃんに言おうとした瞬間、鬼丸の声が俺の声をかき消した。ララとサムに回復魔法のディケアをかけようとしていたサンちゃんの体が仄かにピンク色に輝いた。鬼丸のかけたサポート魔法『リディアルコン』が対象者をとらえた合図だった。サンちゃんはすぐさま呪文詠唱を中止し沈黙する。奥歯をかみしめ、ギリっと歯が軋む音が聞こえてきそうな悔しい顔をする。
「おいサモン! なにやってんだよっ!!」
 サンちゃんのその行動に納得がいかず、リッパーが怒鳴りつけるが、俺がそれを押さえる。
「いや今はだめだ。サンちゃんの回復魔法は今の鬼丸の魔法で封じられたんだ!」
「封じられた? 魔法が使えなくなる魔法だったのか、今の?」
「違う。セラフィンゲインの魔法に『魔法を封じる』つーアンチマジックは存在しない。だが…… くそ、こんな方法があったとは……っ!」
 サポート魔法『リディアルコン』は対象者の魔法の効果ベクトルを反転させる魔法だ。つまり攻撃属性の魔法は回復、若しくは範囲効果に、その逆に回復効果の魔法は攻撃の魔法になる。要するにこの場合、サンちゃんの専門である回復魔法、若しくは範囲効果魔法はすべて対象者にダメージを与えてしまう『攻撃』属性の魔法に変換されてしまうのだ。
 本来は魔法を使用するセラフに対して、長い詠唱時間を必要とする高位攻撃魔法を唱える魔導師のいわば『時間稼ぎ』のために使用されるが、それもまれで、ほとんど使用されない魔法の一つだった。
 先ほど言ったようにセラフィンゲインに術者の魔法を使えなくしてしまう『アンチマジック』は存在しない。だが今のリディアルコンで、一時的ではあるがサンちゃんの回復魔法は完全に封じられた事になる。
「リディアルコンの効果時間は確か20分前後…… その間俺たちは回復を自前で行わなければならない事になる」
「マジかよ……」
 俺の言葉にリッパーが呻くように呟いた。地味すぎてその存在自体忘れていたリディアルコンにこんな使い方があったなんて考えてもいなかった。
「ちっ、気がついたか。ホントはその状態で回復魔法をかけさせるのを狙ったんだがな…… そこまで馬鹿じゃなかったようだ。なかなか正確な判断が出来るビショップだな」
 鬼丸はそうサンちゃんを評価する。
「回復魔法はその特性上敵にかけることは出来ない。そもそもこの魔法を敵から受ける事なんてチームバトルぐらいだ。地味な魔法だが自分たちが食らうとやっかいだろう?」
 鬼丸はおかしそうに笑ってそう言った。
 確かにその通りだ。しかし、鬼丸の戦略には舌を巻く思いだ。その天才的な頭脳に加え、セラフィンゲインを知り尽くしている。1年半前、そばで散々見てきた奴の天才的戦略を改めて思い出していた。敵に回すとこれほど恐ろしい奴はいない。
 俺はチラリとスノーを見た。サムがやられ、ララが戦闘不能。そして回復とサポートの要であるサンちゃんが魔法を封じられた今、彼女の強力な攻撃魔法だけが頼りだ。だが、前衛が2人戦線に復帰できない状態では、彼女の『メテオ・バースト』や先日の『ディメイション・クライシス』を詠唱している最中に前衛を突破されるだろう。
 いや、仮にサムとララが万全だったとして、あの理解不能なスピードでは同じかもしれない。スノーもきっとそれが判っているからうかつに魔法を唱えないのだろう。鬼丸は『リディアルコン』でサンちゃんを、そして自分の攻撃スピードでスノーを無力化しているのだ。
「どうだシャドウ、この状況でまだルシファーモード無しで戦いになると本気で思うか?」
 鬼丸の唇に不敵な笑みが浮かぶ。鬼丸の言うことはつくづくもっともだ。ルシファーモードになれば鬼丸のスピードについていけるかもしれない…… だが、本当に鬼丸のスピードはいったい何なのだろう。先ほどサムの背後に回ったときなど、全く判らなかった。普通に考えて、肉眼でとらえられないスピードなんてあり得ない。ホントに移瞬間移動したとしか思えない。
「お、おい、シャドウっ!?」
 そこにリッパーの慌てたような声が届く。俺がリッパーの顔を見ると、リッパーは血の気の失った表情でくいっと首を捻って俺に視線の先を指示する。俺はリッパーの視線の先を見て言葉を失った。
 見ると先ほど鬼丸に切り落とされたサムの腕が、切り口からチリチリと細かなポリゴンを散らしつつ消失していくところだった。
「これは安綱と同じ……!?」
 すぐに視線をララに移すと、ララの切断された両足も同じように消失しかけていた。
「そう、この『鬼丸國綱』の刃にもお前の持つその『童子切り安綱』と同じ、『イレーサー』が付加されているのさ」
 鬼丸がさも面白そうにそう言った瞬間、まるで心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われた。
「鬼丸、てめぇ……っ!!」
 ララが消える。そう思った瞬間、口から出た声は、自分の声ではないような憎しみを含んだ低い声だった。
「なかなか威圧的な気配を纏うようになったじゃないか、シャドウ」
 そうからかうように言いながら、倒れているララの前に立つ鬼丸を睨みつつ俺は手にした安綱を振りかぶって一気に間合いを詰め、鬼丸に斬りかかった。だが鬼丸は俺の攻撃を易々と國綱で受け止めるとすかさず反撃してくる。
「そこをどけっ! 鬼丸っ!!」
 鬼丸と斬り合いながら、俺はそう叫んだ。数合斬り結んだとき、鬼丸の口から呪文が飛び出す。
「メガフレイア!」
 瞬間的に愚者のマントを翻したが、ほとんどゼロ距離で食らったため、ちょうど鳩尾あたりで爆発が起こり、俺は後方に吹っ飛ばされ地面に這い蹲った。愚者のマントである程度緩和されてはいるが、全身がバラバラになりそうな衝撃だ。さっきもそうだが太刀での戦闘中に魔法攻撃を仕掛けるなんて聞いたことがない。いったいいつ詠唱したんだ!?
「ちくしょう……っ!」
 震える膝を押さえつつ、安綱を杖代わりにして立ち上がり鬼丸を睨むと、リッパーが攻撃を仕掛けていた。怒濤のようなリッパーの連続攻撃だが、鬼丸は涼しい顔で捌いている。スピードが圧倒的に違うのが端で見ているとよくわかる。
 そのとき、鬼丸の後ろで未だにポリゴンを散らしながら消えゆくララの両足が目に入った。
 ――――――あれ?
 俺の頭の中に一つの疑問が浮かび上がる。

 『なぜまだ…… 消滅していないんだ?』

 前のバルンガモーフの時は、斬ったそばから数秒で消滅していったはずだ。なのにララの両足は未だに消滅しきっていない。見ると僅かではあるが、サムの腕も未だに残っている。安綱と同じ『イレーサー』を付加された装備と言っていたが、アイテムでそのスピードに個体差でもあるのか?
「何で当たらないのよーっ!」
 ドンちゃんの叫び声とともに、撃滅砲の発射音が連続して響く。リッパーのダブルブレイドの攻撃を交わし後方に飛び退く鬼丸を追尾するかのように迫る魔法弾をことごとく空中でたたき落とす鬼丸。飛んでくる弾丸を黙視できるって、どんな動体視力だよっ!? 鬼丸には弾丸がスローモーションで見えてるってのか?
 ――――――!?
 俺の頭の中で、あることがひらめいた。
「スローモーション……」
 そう口に出しながら、俺はもう一度ララの方を見る。ララの斬られた両足は確かに消滅しかかってはいるものの、やはり未だに存在していた。
 圧倒的なスピードの差…… 
 鬼丸のスピードの速さ…… 確かにそれもある。だが、鬼丸が速すぎるのではなく、俺たちが遅すぎるのだとしたら……
 頭の中にその仮定が浮かび、やがてそれが確信へと変わっていった。
「そうだったのか……」
 そう呟いた瞬間、鬼丸と斬り合いを演じていたリッパーの右腕が、鮮血とともに宙を舞い、リッパーの口から絶叫がほとばしった。
「ギガボルトン!」
 リッパーの絶叫に被るように鬼丸が呪文名を叫び、強烈な青白い光とともに雷鳴が轟き、リッパーは崩れ落ちるようにその場に倒れ込んだ。
「リッパーっ!!」
 悲鳴のようなドンちゃんの声が、薄れゆく雷鳴の反響音に乗って俺の鼓膜を刺激した。
「おっ? その顔はやっと判ったみたいだな、シャドウ。手品のタネが」
 鬼丸は太刀の刃に付着したリッパーの血糊を振り落としつつそう言った。俺はそんな鬼丸を畏怖の念を込めた目で見据えた。
「『クロノスフォール』…… まさか魔法剣士であるあんたが『時間魔法』まで操れるとは思わなかった。いつかけられたのか全く判らない……」
 そう言いながら、俺はどの場面でかけられたのかを必死に思い返してみたが、鬼丸のそんな素振りは全く思いあたらなかった。
「此処に来てすぐにだよ。正確には自分のスピードを加速させる『クロノスゲイン』もな。時間魔法はその効果が最大になるまでに時間がかかる。それまでに解除魔法『リディン』をかけられるとリセットされるから、それまでお前達に悟られないように俺が離れつつあるお前達との時間差にあわせていたのさ。わざとゆっくり動いてな」
 やられた……! 俺たちは完全に鬼丸の罠にはまっていたのだ。鬼丸が徐々に離れていく俺たちとの相対速度に素直に従って動いていれば、もっと早い段階で気がついたはずだ。だが奴はその効果を最大限に生かすために、わざとスピードを殺して時間を稼いでいたのだ。やはりこの男はハンパ無い。『ガーディアン』というこの世界じゃ半ば反則的な肉体を使わずとも、この世界の法則【ルール】に則った戦闘方で、完全に俺たちを圧倒している。『天才』とは、まさにこの男の為にあるような言葉に思えてならなかった。
「さて、そろそろなってもらおうか…… 『ルシファーモード』に」
 そう言いながら俺を見る鬼丸の瞳が怪しく光っていた。
2010-02-06 11:13:53公開 / 作者:鋏屋
■この作品の著作権は鋏屋さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めて読んでくださった方、ありがとうございます。
毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。
第31話更新いたしました。
年末から年始にかけてやたらと忙しく、ぜんぜん書く暇がなくってもう嫌!(涙 お気に入りの作品も通勤電車で読んでるのに感コメ入れられない死! みんな凄いな〜 コンスタンスにUPしてて、しかも面白いんだもん。ぶつぶつ……スイマセン追々感コメ入れていきます。
さて、もうのっけから無敵っぷりを発揮する鬼丸の目的がハッキリしました。勘のいい読み手さんには、にわかにばれていた気もしますが、まあこういう訳です。ガチガチのベタ王道ですが、楽しめていただけるなら幸いです。もう少しだけこのしょーもない物語におつき合い下さいませ。
鋏屋でした。
この作品に対する感想 - 昇順
千尋です。
 ま、またもや、フード&スタジャンですかっ? 一瞬、美青年の正体を勘違いするところでしたよw
 いや、私はまったく予想してませんでしたよ。何故かっていうのも。でも、雪乃は良かったですね、仮想とはいえ、現実の街を見ることができて。目と耳と、どちらがダメになったほうがショックかというと、やっぱり目です。普通に文字が読めなくなることが、一番怖いです。
 ヲタクのカゲチカも、やっぱりちゃんと生きている実感ってやつを愛しているんだなって、分かって嬉しいですね。
 最後、メタトロンが、「関心がない」とあるのに、次で人間を理解しようとしている、とあるのが、ちょっと違和感がありました。……私の読み間違いかな?
 いよいよクライマックスですかね。続きも楽しみにしています!
2009-12-19 17:53:29【☆☆☆☆☆】千尋
 さっそくですが誤字指摘。
「それにスノーも今時お障りぐらいで泣いちゃダメよ?」
 「お障り」ではなく「お触り」かと。ちょっと面白い誤字なので思わず吹いてしまいました。いったい何をした!? てな感じで。
 かつて就職活動中に早朝の秋葉原でよく時間を潰してました。エクセル・シオールでコーヒーを飲みながら、経営書の類を読んだりして。その時間帯は街にほとんど人が居なかったので、鋏屋さんの文章を読んでその光景を思い浮かべてました。早朝の空気だから人が居なくてもおかしくないけれど、昼間の明るさで人が居ないと気持ち悪く感じるのかもしれませんね。まあ、早朝と言えども全く居ないわけではありませんし。
 とりあえず今回は鋏屋さんの秋葉原に対する愛を確認する回と認識しました。なんだかまた秋葉原に行きたくなりました(笑) それでは。
2009-12-20 04:20:24【☆☆☆☆☆】プリウス
こんにちは! 羽堕です♪
 スノーの、めちゃくちゃナイスなタイミングでの「間違いを」、そりゃみんな勘違いするよなって笑わされましたw チームの仲間も半分は冗談なんだろうけど、読む方としても良い感じに力が抜けて、よし『聖櫃』だ! って改めて気合いが入った感じです。
 秋葉原という現実の街を再現したという事とスノーの反応から、鬼丸がしようとしていた事に気づいた様なシャドウ、色々と想像してしまうけど、やっぱりここは次回の『魔人再び』を待つしかないです!!
 普段、賑やかな街だけに誰もいないというのは、不気味ですね。でも少し触れてみたいという気持ちは湧くかもです。不用意に触るべきじゃないけど、質感とか確かめてみたいな。
 29話の前半の方には誤字が少しと、こちらも2、3箇所ですが冗長な感じな部分があったかもです。
であ続きを楽しみにしています♪
2009-12-20 11:56:23【☆☆☆☆☆】羽堕
続きを読ませていただきました。27話の前半部は作者の趣味が前面に出過ぎていて少々しつこさを感じました。28話のスノーの告白に移るシーンは上手いなぁ。それまでのシーンとの温度差が深刻さを見事に表現するツールになっていたと思います。29話は文体そのものが軽くなった印象を受けました。リアルではない秋葉原に接した時の違和感とかをもっと描いても面白かったと思います。全体としては27話の後半から作品のスピード感が良い感じに上がってきて読んでいてワクワクとした気持ちが沸いています。29話はもう少し落ち着いた書き方でも良かったとは思うけど。今回は28話に対しポイントを入れさせていただきます。では、次回更新を期待しています。
メアリーセレスト号事件はロイズの海洋保険の規約のせいで起こったやらせ事件でしょう。あの当時漂流船を発見し確保した場合はロイズから航行の安全を守ったと言うことで報奨金(結構大金)が出たけど、その規約には漂流船には航海能力を有した人間が乗り合わせていた場合は漂流船に認められなかったから……乗組員はいなかったことにすればウマーですからね。
2009-12-21 00:10:03【★★★★☆】甘木
拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。
メアリーセレスト号事件について、説明が書いているにも関わらずググって探したアホ猫参上。物語はきちんと最後まで読みましょう。メタトロン参上ということで、どんどん物語が盛り上がってまいりましたね。聖櫃があそこという町なのは実は全然予想出来ていなかったので、少しびっくらしたりしました。うん。私は単純なのです。誰も居ない町って景色は同じでも、全然違う感じがしますよね。朝とか誰も居ない町を歩くとつくづくそう思うことがあります。
次は魔人さん出てきますか。きっとあの人かなと予想を立てつつ次回楽しみにしております。
2009-12-21 21:22:16【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
》プリウス殿
毎度の感想どうもです〜 あわわ、ホントだ。ご指摘感謝です。修正いれときます!
秋葉でコーヒーなんてオサレな事はしないですね〜 つーかコーヒー飲んでる暇がないつーのが正直なところw アニ缶路上で一気飲み、ハイ次! って感じで回ってますw(オイ! 秋葉に限らず、普段人の多い街が誰もいなくなったら不気味だろうなぁって思いますよ。ハロウィンのTDL見たいな混み方は嫌だけど、あそこも人がそれなりにいないと寂しいでしょうし。あ、今入り口で一人でぽつんとして空見てるミッキー想像して切なくなりましたw
鋏屋でした。

》羽墜殿
感想どうもです。かる〜く力がほぐれて何よりです。誰もいない街って気味悪いですよね〜 当初はNPCとかを歩き回らせて現実そっくりにする予定だったのですが、それだと収集つかない事態に陥りそうだったので変更しました。コッチの方が雰囲気出て良いかなぁってw 誰もいない黄昏の街ってのが、ここがあくまで虚像の世界だと印象づけるのでは? と思ったのです。
やや、また誤字がありましたか。どこだろう? 探してみます。確かに前半は単調かもです。ああ、繋ぎの地の文が上手く行かない! 引き出しすくねぇなぁ……
鋏屋でした。

》甘木殿
感想&ポイントまで!? ありがとうございます。
あ、そうそう、読みにくくてスイマセンでした。登場人物紹介とか入れたんでまた重くなったかもしれません。もう1話ぐらい投稿したらまた引っ越ししなきゃだめかもデス。
秋葉原の街の描写をリアルに書こう書こうと思い、逆にそっちを無視していたのかもしれませんね。あ、でももっと違和感を細かく書いたらリアルに繋がったってことか…… あ、なんかちょっと目から鱗な感じだ。
メアリーセレスト号事件ってそうなんです? それは私にとって新説です。でもなるほどね。積み荷がメチルアルコールだったので、小火が発生して慌てた船長が号令を出して全員脱出したって話が一般的かと思ったんですが、それはあるかもしれませんね。『今さっきまで居たような状況』ってのは後から出来た小説の話が広まったんだってありました。でも『神隠し』って方を私は信じたいデスねw 夢があってww
鋏屋でした。

》猫殿
感想どうもです〜 メアリーセレスト号事件は、まあ物語には全く関係ないのでスルーして構いませんよ〜 ちょっと不気味感を出したくて入れてみただけですからw
う〜ん、秋葉原ってのは別にしても、聖櫃が現実世界(の偽物)ってのはバレてると思ってましたw スノーが現実世界で目が見えないっていう設定だったので…… 思いの外皆さんの予想を裏切っていたんですね。作者としては微妙な心境だったりw
ええもうあの人登場です。普通に引っ張りすぎた感がありますが、私も好きなキャラなので『やっと書ける』って心境です。な、長かった……
鋏屋でした。
2009-12-22 17:32:26【☆☆☆☆☆】鋏屋
千尋です。
 いや、ほんと、今回グッときました。人間性っていうのは、どんなものにも現れるものです。次にどんな行動をとるのか、どんな言葉を選ぶのかっていう、ささいなことにも。リアルとか非リアルとか関係なしに。そして、それを感じ取れるかどうかっていうのも、大事な感受性なんですよね。ラグナロクのメンバーは、みんな、そんな感受性をキチンともちあわせた、素敵な『人間たち』ですね。
 そして、ララの「あんたこそ友達いないでしょ?」は、すごい鋭い!と感心しました。さすが、悪魔、急所をズバリと突くなあ。
 なんか、こんな鬼丸を見ているスノーのことを思うと、またつらいですけど、私的には、やっぱり心のどこかで鬼丸を信じたい気持ちがまだあったりします。
 勘はとてもニブイため、まったく予測できませんので、ただひたすら続きをお待ちしたいと思います!
2009-12-23 10:27:12【★★★★☆】千尋
 ども! よませていただきました!
 今回はララを見直した回でした。何気によく見てるんだなぁ、と。人の事をよく見ているから適切な悪態がつけるのでしょうね。そう思うと、マリアってカゲチカをよく見ているんだなぁ……と、なんだかマリアが可愛く思えてきますね。
 どことなく冷たさを感じる鬼丸ですが、きっと彼にもまだ人間的な弱点が残っているはず、と信じています。あ、それと質問なのですが、最後らへんの台詞で“僕”と“俺”という一人称が混じっているのは、メタトロンの意識と鬼丸の意識が同時に現れているっていう事なんでしょうか? 
 それでは、次回も楽しみにしております^^
2009-12-23 11:05:58【☆☆☆☆☆】湖悠
こんにちは! 羽堕です♪
 キッターーーーー!! という感じですかね。待ちに待った鬼丸です。出だしから、なかなか圧倒的な力を見せつけてくれて、嬉しいです。感情を司る様な部分も補完されているんだろうけど、でもそれもどこか機械的になっているんじゃないかと心配になってしまったり。記憶や思い出から出てくる感情はリアルだとしても、新たな言葉に対しては、どうなんだろうと思ったのですが、ララに対しての対応を読んで大丈夫そうだなと変な安心をしてしまいした。
 スノーも言いたい事はあるだろうに、我慢してるのかな。兄妹の会話も是非とも読みたいです!!
 とにかく今回はララですね♪ 夢中でララの言葉を目で追ってしまいました。好きです! そして鬼丸も、まだ本心を出し切っていないような所が感じられて、最終決戦? になるのかな、期待しております。
 意味は通じるし間違いか分からないのですが29話で‘水の中ににでも’‘浮遊感味わう’、あとは‘確認しようとするのだが’の後に出てくる‘確認の’は削ってもいいかなとかだったのですが、何だか申し訳ないです。
であ続きを楽しみにしています♪
2009-12-23 13:39:34【★★★★☆】羽堕
こんばんは、最近ワルツに心が傾いている木沢井です。
 ついに登場しましたね鬼丸。初っ端からアクションに語りにと見せ付けられました。つまるところ、心配されるほどのものはないかと思われます。
 皆様も仰っていますが、今回はララがいい働きをしてくれましたね。そしてカゲチカ君、友達がいなかった人間というだけあって、彼の思いは自然と説得力を持っていました。いやはや、つくづく彼は『人間』ですよ。彼らのような面々を、いつかは私も描いてみたいものですが、それはいつになるのやら……とまあ、こういった下らない独り言はどうでもいいとして、王道的展開をここまで表現できる鋏屋様の手腕に、一票。
 僭越ながら忠告ですが、時々誤字、というか誤変換が散見しておりましたので、どうぞご確認を。
以上、人生のメリーゴーランドの編曲に頭を悩ませる木沢井でした。最終決戦、実に楽しみにしています。
2009-12-23 21:30:04【☆☆☆☆☆】木沢井
すみません、評点を忘れていました。
2009-12-23 21:30:49【★★★★☆】木沢井
続きを読ませていただきました。鬼丸は面白いキャラだなぁ。目論見といい確固たる信念といい気に入りました。物語的にはマリアの啖呵は必要不可欠なのだろうけど、定番過ぎてやや鼻につきました。鬼丸とシャドウの会話からマリア(マリア以外でもいいのですが)の啖呵が来ることが予測がつくだけにワンクッション的なシーン(シャドウの自問自答でも良いし、怜悧に笑う鬼丸の姿でもなんでもいい)が欲しかった。あまりにも王道的だったなぁ。全体のバランスとしては硬軟取り入れていて良かったです。
さて、重箱の隅を突くか。
 ●俺達はただ唖然として 一人称で書いているので他人が唖然としているかは解らないはず
 ●クスクスと含み笑いを堪える クスクスの時点で堪えていない
 ●少し落ち着きを取り戻し、メタトロンは シャドウ視点なのに他者の心情が読めるのは神の視点
 ●このフィールの過剰な フィールド?
 ●瞬きする一瞬 二重表現だから表現を変えた方が望ましい
 ●初太刀を交わす 避けるという意味なら「躱す」。ただ難しい字なので平仮名が望ましい
 ●3激目の斬撃 3撃目
 ●「槍を持つサムごと放り投げる」のすぐあとに「槍を持つサムごと飛んでいく」は表現がまどろっこしい
 ●突きを繰り出す 「突き」と「出す」は同義語。表現を変えた方が望ましい
 ●「のど元に」突きを入れたはずなのに2行後には「首筋」になっている。のど元は主に正面。首筋は主に側面
 ●烈泊 裂帛
 ●変わりに現れる見覚えある 代わりに現れる
 ●蹴りを打ち込む 蹴りを入れる。打つは主に手で行う動作
 ●中を回った 宙を舞う
 ●俺が片膝を突く 片膝を着く
 ●時期に判る 直に判る
 ●沸々都沸き上がる 沸々と沸き上がる ただし二重表現だから変えた方が望ましい
 ●元にほら 現にほら
一読しただけで気づいた部分です。まだ他にあるかもしれないけど、推敲は作者の義務ですから残りの赤字は鋏屋さんにお任せしましょう。投稿を急がずに推敲を忘れずに♪
では、次回更新を期待しています。
2009-12-24 01:09:54【☆☆☆☆☆】甘木
拝読しました。水芭蕉猫です。
うぅ、ヤバいなぁ……シャドウとララと鬼丸のやりとりに目頭が……;;えぇ、なんかもうね、自分の弱さを知りながら、それでも英雄たろうとする話に弱いのですよ私は……。カゲチカは最初は確かに友達居なかったけど、今はそうだね。皆居るんですよね。ララとか、カゲチカに色々たかってたけどきちんとシャドウのこと見ている子だったんだなぁと思うと何だかもう心にキュンときますね。ドンちゃんとかサムとかリッパーとか、多分だけどサモンももうカゲチカの友達なんだねと思うと唐突に胸が……。何かもう、素敵でした。次回心よりお待ちしております。
2009-12-26 21:51:46【★★★★☆】水芭蕉猫
 こんばんは、鋏屋様。上野文です。
 御作を読みました。
 鬼丸、よくカゲチカのこと分かってるなあ…。
 絶対に聖櫃に辿り着くと、ある意味で無謬の信頼を置いていたのかも。
 …背伸びした、あるいは仮面をかぶった英雄でなく、ここ数節のカゲチカ君は、ちゃんとした強い心を持つ男の子だと、そう感じました。
 面白かったです!
2009-12-28 08:29:07【☆☆☆☆☆】上野文
こんにちは、白たんぽぽです。
セラフィンゲイン読ませていただきました。ボリューム満点だったのですが、面白くて、一気に 30 話まで読んでしまいました。オンライン RPG の小説は大好きなので、楽しんで読めました。
話は王道的な作りがすばらしいです。お約束もきっちり守っていて、すごく安心感があります。展開も少年漫画的で、とてもわくわくします。今後、どんな終末に向かって物語が加速していくのか、とっても楽しみです。
設定が面白いので、外伝とかで、主人公が強くなる過程や、ララのレベルアップ過程のクエストとかが読みたいな、なんて思いました。本編が一段落した後とかに読めたら、なんて勝手ながら願ってます(笑)。
物語の方は、クライマックスで最高に盛り上がってますね、ついに鬼丸との決戦、どんな決着を迎えるのか目が離せません。
聖櫃が秋葉原だった、というのがとても意外でした。でもよくよく考えてみると、鬼丸が妹のために外を見せたいと思って形成された世界がセラフィンゲインなのだから、聖櫃が秋葉原だったというのは、結構理にかなっていますね。うーん、でもそれが秋葉原であった理由というのも今後明かされていきそうな感じですし、まだまだ謎が多いですね。深いです。
バトルパートも迫力満点なので、鬼丸との戦闘がどんなものになるかも期待しています。バトルなど描写が難しいものも、迫力たっぷりに描写しきれる表現力がうらやましいです。うーん、僕はまだこういったバトルものやファンタジーものは描いたことがないのですが、いつかは描いてみたいものだと考えています。そのためには、もっともっとレベルアップしなければいけないのですが、表現力は一朝一夕では身につかないので歯がゆい毎日を送っています。
次回の更新楽しみにしてます。今までの謎がどんな形で紐解かれていくのか、とても期待してます。次回も感想描かせてくださいね。ではでは。
2009-12-31 21:49:13【☆☆☆☆☆】白たんぽぽ
〉千尋殿
感想&ポイント感謝です! おおっ、物語の登場人物に「人間性」を感じてくれたことに嬉しく思いますw 私の書く物語は、何故かどこか空々しく人間くさくないキャラばかりなので、そう言って貰えると嬉しいですよ。
ララはね、智哉のことをよく見ていますよw いつも自分勝手で凶暴で食べてばかりですが、鋭い感性の持ち主です。なんせ…… おっと、またやって仕舞うところだった。あぶないあぶない。また是非おつき合い下さいませ。
それにしても千尋殿は凄いなぁ…… 1本長い連載を持ちつつも、さらにもう1本連載を書けるなんてw しかもどちらも超面白いんだもの……
鋏屋でした。

〉湖悠殿
感想どうもです〜 鬼丸はもはや人ではないのでどうなんでしょうね?(オイ!) マリアを可愛く思っていただけて何よりです。私的には雪乃より好きなキャラなんですよw
『僕』と『俺』は単純に間違いです(汗!) 修正入れておきます。
鋏屋でした。

〉羽墜殿
感想&ポイント感謝です〜! 鬼丸は強いですよ〜!! 何せ彼はほぼ完全に『ガーデイアンシステム』をコントロール出来ますのでw 現在の状態では無理ですけど。なにせ脳がありませんからw でもそれを感じさせぬほど圧倒的に強いです。ララを好きって言って頂けて何よりですw 良かった〜 ちょっとクサイかなって思ってたんですよ。
ご指摘感謝です。修正を入れさせて頂きます。
鋏屋でした。

〉木沢井殿
感想&ポイントどうもデス〜! 人間らしく書けて良かったですw 確かに王道展開ですね(汗) 『王道こそ正道』なんつって開き直ってマスが、実力の乏しさを露呈している感があります…… 誤字が多くてスイマセン。最近ちょっと急いでいるせいか、チェックがおざなりになってしまいました。反省します。また是非おつき合い下さいませ
鋏屋でした。

〉甘木殿
感想&ご指摘感謝です! またこんなにあったか…… いやほんと申し訳ない。年末年始がかなり忙しくなるから年内に書けるトコまでと、急ぎすぎた結果ですね。急ぐとだめだなまじで。修正を入れると共に、次回は少しじっくりチェックしましょう。
そうそう、私も正直ワンクッション入れるかどうか迷ったんです。それで、鬼丸が色々喋るシーンを書いてみたのですが、書いていくうちに鬼丸の計画をゲロさせてしまう事になってしまうのでやめたんですが…… だからちょっとバランスが上手くいってないかもしれません。このあたりのテクニックを身につけていきたいなぁ……
また、次回もお付き合いくださいませ。
鋏屋でした。

〉猫殿
感想&ポイントどうもです〜!!
ああもうホントよかったです。こんなありがちな王道展開なのに……(感!) 素敵とか言われると舞い上がってしまうデスw 仲間とか友達つーのがこの物語のテーマの一つなので、そう感じてくれるとものすごく嬉しいです〜ww 次回もまたおつき合い下さいませ。
鋏屋でした。

〉文殿
感想ありがとうございます〜! 鬼丸は智哉の行動を完全に読んでいたって訳ではありませんが、かなり自信があったみたいです。智哉はリアルじゃダメダメですけどセラフィンゲインでは強いですよ〜w また次回もおつき合い下さいませ。

〉白たんぽぽ殿
感想どうもです〜!! わおっ! 一気読みですか!? 疲れたでしょうに…… スイマセン、長くて(汗)  ありきたりな王道展開ですが、面白いと言っていただけると、ちょっと安心しましたw 次回もそう思っていただけるよう頑張ります。
鋏屋でした。
2009-12-31 23:33:36【☆☆☆☆☆】鋏屋
千尋です。
 わーい、待望のセラフィンゲインの更新だ♪ ということで、さっそく読ませていただきました。なるほど、鬼丸、外道まっしぐらですな〜。さてさて、これが王道路線で、どのようにまとめてゆくのか、楽しみです^^。
 鬼丸の説明がムツカシクて、ヘーホーと一生懸命読んでいましたが、その影でそんなことを企んでいたとは。もしかして、話し方も微妙に調整していた? すごいよ、鬼丸!いやさ、鋏屋様!
 アクションシーンが素晴らしいですね。目の前に見えるよう。とっても羨ましいです!
 実は、御作の影響で、ついにガンダムシリーズを観始めちゃいました! 世間に遅れること、ン十年。一式を貸してくれた人に「これを新鮮な気持ちで観られることが羨ましい」とか、言われながら、ようやく今、0080の半分まで観終わりました。ウフフ。ドンちゃんの顔ってこんな感じだったのか、そりゃマチルダの源氏名は無理があるだろ!とか、より御作の理解が深まったようで、嬉しいです。全部観たら、鋏屋様のように素敵なアクションシーンが書けるようになるかな、ならねーよ!などと一人突っ込みをしつつ、続きも楽しみにしています!
2010-02-06 20:58:10【★★★★☆】千尋
こんにちは! 羽堕です♪
 鬼丸の気持ちは分かる様な気がしました。気づかない所での「健常者の傲り」ってあるのか知れないですから、でもその想いが強すぎて鬼丸自身も見えていないモノがあるんじゃないかなと思いました。それと、ここまでの計画は、本当に自分自身の為だけなんだろうかって、そうでないと言って欲しいって、まだどこかで期待してしまいます。
 鬼丸のしようとしている事は、本当に怖いなって思いました。強者だけがする事が可能の様で、一度してしまったら、それを繰り返さずにはいられないような魅力も感じてしまいます。そして期待を裏切らないドンちゃんのツッコミには、この緊張感の中でも笑ってしまいましたw
 圧倒的な力でジワジワとシャドウを追い詰める鬼丸、そして、その仕掛けの見事さと、今は敵ながらカッコイイですね。久しぶりのセラフィンゲインの世界、面白かったです!
であ続きを楽しみにしています♪
2010-02-07 11:33:12【★★★★☆】羽堕
拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。
おお。今回で鬼丸の真意が明らかになりましたな。しかし、なんというか、カゲチカの体を奪ったとしても、姿はカゲチカそのままだと思われるので、中身は彼が鬼丸であったとしても周囲の扱いはカゲチカのままだとしたら、何だかとても虚しいんじゃないかなと。だってカゲチカの詳しい周辺事情までは鬼丸だって解らないだろうし、それでカゲチカの周囲との齟齬が発生したら……それはとても虚しい気持ちになるんじゃないかなー、なんて思ったり思わなかったり(おい)まぁ、鬼丸が自分で何とか出来るというのなら別ですが。
んで、アクションはやっぱしカッコイイや。素直にスゲーと思いますよ。そして今回サモンが大活躍してて何だか嬉しいよ(笑)だって彼はいつも影が薄いからさ(おい
期待を裏切らないドンちゃんも素敵!
これはもう次も楽しみにするしかないでしょう!(笑
2010-02-07 22:06:20【★★★★☆】水芭蕉猫
 こんばんは、鋏屋様。上野文です。
 御作を読みました。
 鬼丸、大きなこといってますけど、衝動の根源は、めちゃめちゃ私情ですね。
 自分自身が誰よりも他者を敵視し、自分以外の誰をも見下しながら、他者に俺を見るな、(偽りと俺が感じる)善意を向けるな、なんて。
 自分以外の「誰か」になりたかったのは、自分を誰よりも呪っているのは、鬼丸自身だろうに。そんなことを感じました。アクションもメリハリがきいて、面白かったです!
2010-02-09 00:18:34【☆☆☆☆☆】上野文
 お久しぶりです。待ってましたよ^^
 なる程、カゲチカの身体を乗っ取ろうとしていたわけですか。ようやく行動の謎が明かされましたなぁ。
 戦闘シーンでのタネ明かしは予想外でした。鬼丸が強すぎたわけではなかったのですね; 相変わらずスピード感&緊張感のある戦闘で楽しかったですよ^^ ララとかが斬られた時は「ええっ!」と目を見開いてしまいました。
 余談ですが、
『そう、なにか…… 何かが足りにような気がする。』 
 という所に誤字を発見しました。
 それでは、次回更新も楽しみにしております^^
2010-02-10 22:56:18【☆☆☆☆☆】湖悠
こんばんは、財布を忘れたために昼食と夕食を食べ損ねた木沢井です。
 やられた〜、と思わず声に出してしまいたくなった引き方ですね。相変わらずグイグイと話の中に引っ張り込まれますので、更新分の最後まで来ますと、まるで勢いをつけて前に投げ出されるような気分になります。何といいましょうか、ここまできてそりゃないだろ!? と言いたくなるような。これだけでも、ポイントを差し上げたくなりますね。
 鬼丸、当初は反則的なパラメータに物を言わせての力押しでくるのかと予想していましたが、そんな私のお粗末極まる予想をいい意味で裏切る戦いっぷりに唸りました。ここから先で、どういった展開が繰り広げられるのか、カゲチカがどのように盛り返していくのかが楽しみです。
 以上、大山のぶ代時代のドラえもんに思いを馳せる木沢井でした。
2010-02-13 00:52:41【★★★★☆】木沢井
》千尋殿
感想&ポイント感謝です。鬼丸は体を失う前はもっと強かったのかもしれません。だってこの戦略にガーディアンでしたからw
アクションシーンを褒めて頂いて嬉しいです。私の場合、過去漫画屋志望だったせいか、脳内にコマ割りとかを思い浮かべて書く癖があるのです。だから漫画チックになっちゃうのかも…… ああ、ここにもまた一人ガノタが増えましたw 来月のユニコーンも是非見てくださいな。Z→ZZ→逆シャア→ユニコーンと見ていけば大まかな話が理解できると思いますよん。

》羽墜殿
毎度毎度感コメ&ポイントありがとうございます。健常者の傲りって言うのかな、何つーか「ほっといてくれ」って気持ちはあるんじゃないかなって思ったんです。私も駅とかでお体の不自由な方々を見かけると、ついつい目が行ってしまいます。そういうのって、相手の方から見れば嫌なことなんじゃないかなぁって思ったんですよ。私がそんなことを考えること自体失礼な話ですけど。
ドンちゃんの台詞は後から付け加えました。良いアクセントになるか、はたまたブレーキになるか微妙でしたが、面白い『お約束』と思っていただけて胸をなで下ろしましたw

》猫殿
感想&ポイントまで、どうもありがとうです!
そうですね、結局は智哉の体なんですから。確かにそのあたりにちょっと無理がある気がします。う〜ん…… ただ鬼丸は復活してあることをしようとしています。次回ではそのことに触れるつもりですが、その内容がまた微妙で…… 納得いかないかもしれません(オイ)何はともあれ、あとちょっとですが、最後までおつき合い下されば嬉しいです。

》文殿
感想どうもです〜! ほんとお久しぶりでございます。
うん、文殿のコメントを見て、きっと文殿は私の中にある鬼丸像を正確に理解してくれている気がします。鬼丸の自分の体のことで、どんどんマイナス思考になっていく課程の説明がいまいち弱かった気がするので、なかなか理解されないかもしれませんけどw ああ、こういう心情の伝え方をもっと上手くなりたいなぁ……

》湖悠殿
感想ありがとうございます。
ララは最初刺されるだけだったのですが、彼女の性格から考えると、刺されるだけだと勝手に動き回りそうなので足切断って事にしました(オイ!
いやあそこでララを動かすと収集付かなくなりそうだったので……
やや、誤字がありましたか。修正入れておきます。でも最近PCのネット環境が悪いのか、修正にスゲー時間掛かるんですよ。普通にフリーズするし…… 皆さんどうです?

》木沢井殿
感想&ポイント感謝です〜w
ええもう投げますよ〜 一本背おいでW(オイ! ふー、ふー、ふー(←ドラえもん※大山のぶ代バージョン) 悶々としてやったぜww
いや私も最初は鬼丸は木沢井殿と同じ考えを持っておりました。ゲロすると現実に書いてましたし…… でも途中で「脳が無いのにガーディアン? おかしくね?」って思ったんです。さあ困った〜 やべぇどうしよう って思っていた時、ギアスのR2のDVDを見てたら、ふと思いついたんです。幸い鬼丸は『天才』って設定だし、これはいけるんじゃね? って思って書いてみたらピッタリはまってくれましたw いや〜アニメってホント、良いもんですね(←水野春男風)w

皆様方、感想&ポイント、本当にありがとうございました。完結間近ですが皆様の納得のいく着地になるか、全く自信がありません。「ふざけんなよ!」って声が聞こえてくる幻聴に悩まされつつも、頑張って書いていこうと思います。
鋏屋でした。
2010-02-20 11:46:09【☆☆☆☆☆】鋏屋
計:36点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。