『不透明少女』作者:甘木 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
透明人間になりたかった少女のお話
全角1284文字
容量2568 bytes
原稿用紙約3.21枚
 もしなれるのなら私は透明人間になりたい。
 平凡や無個性という言葉に置き換えてもいい。誰にも気付かれず社会に埋没してしまうような人間になりたい。誰かが私の姿を目にしても十秒後には見たことすら忘れてしまうような存在に。




 私は生まれた時から車椅子という名の檻の中の捕囚だった。
 私の腕はねじ曲がっている──まるで荒野の松のように捻れている。私の意思で動かせるのは左手の人差し指と中指だけ。服を着替えることも、ご飯を食べることも、すべて他人の世話にならなければ何一つできない。
 私の足は萎え大地を踏みしめる力はない──長さの違う足は枯れ枝のように私の下半身から生えているだけ。どれだけ念じても寸毫も動いてくれない。トイレに行くことさえできない。
 そう、私は歪んだ身体で生まれてきた──背骨はくの字に湾曲し、首は右を向いたまま動いてくれない。そして手は私の意思とは関係なくいつも勝手な動きを見せ、まるで阿呆の踊りのように四六時中小刻みに揺れている。この手に掴める物などない。人間は己の手で未来を掴み取るものらしいけど、私の手は生まれた時から未来を放棄していた。
 私が発する言葉は不明瞭でオンボロ機械の軋みのような音にしか聞こえないだろう。犬や猫がエサ欲しさに鳴く声の方が、私が三十分費やして紡ぐ言葉より明確に相手に伝わるだろう。さらには硬直した喉は唾を上手く飲んでくれず、いつも口の端からよだれを垂らしている。私は十六歳になったというのに、まるで赤ん坊のようによだれかけをしなければならない。
 なんて惨めな私。




 私の人生は車椅子と共にあった。
 この身体は私という存在を拘束する檻のようなもの。車椅子がなければ一歩分の距離すら動けない。だけど、車椅子で動くたびに私は新たな檻に入れられる。
 街で私を初めて見た人たちは一応に驚きの表情を浮かべ、次の瞬間にはそんな表情を浮かべたことを恥じ入るように顔を背ける。きっと私が何の罰でこんな身体に生まれてきてしまったのか、過ちで象られたこの身体から何を教訓として得られるかを思案しているのだ。そして人々は議論を始める。この娘に私たちがしてやれることはないかと……お願いだから放っておいて。私はただの人間なの。あなたたちと同じ人間なの!
 だけど他人は私を何かのシンボルのように見て、善意や親切という見えない檻に私を入れる。家族の団欒の時に私のことを思い出すたびに、口の中に何とも言えない苦い想いがこみ上げてくるにもかかわらず。私の名前を聞くたびに健常であることを贖罪するくせに。


 神様お願いです、私を透明人間にして下さい。私をこの檻から解放して下さい。
 あなたが歪んでつくったのですから……




 私が眠りにつく寸前、いつもまぶたに浮かぶ光景がある。
 それは美人じゃなくてもお金持ちじゃなくてもいい、自分の足で立って、自分が選んだ服を自分で着て街を歩く姿。誰にも気付かれることはないけど、未来に向かってしっかりと進む自分の姿を。 
2009-10-28 00:37:46公開 / 作者:甘木
■この作品の著作権は甘木さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
模造の冠を被ったお犬さまの「透明少女」の感想を考えているうちに浮かんできて一気に書いてしまいました。
元々は前から温めていたネタです。でもいままで短篇にまとめられなかったけど「透明少女」を読んで妙な方向でまとまってしまった。
実は短篇って苦手なので、これが短篇の範疇にはいるのか解らないけど、自分ではPV的なイメージで書いてみました。
この作品に対する感想 - 昇順
こんにちは! 羽堕です♪
 切なくて苦しくなりました。自分の今までの行為にも、疑問や不安を持ってしまう様な話でした。私達が当たり前だと思っている事が、当たり前じゃない少女にとって、透明人間になりたいと思う気持ちは切実なんだろうなと感じれました。少女にとっての本当の苦しみや悲しみを、私には理解できないだろうし、私が持っているような感情では救えないだろうなって分かって、やり切れないじゃないけど、ちょっとそれに似た感情が湧いてきます。
であ、あちらの続きと次回作を楽しみにしています♪
2009-10-28 13:49:59【☆☆☆☆☆】羽堕
どうも、鋏屋でございます。
正直ちょっとビビった。甘木殿の書いた作品じゃないみたいだ。こういう作品も書くんですね。
PV的ってありますが、なんだろ、確かに何かのCMみたいなイメージが沸きました。
ただ私は駄目です。私は影響されやすい人間なのでこういう身を切られるような文章は読んでて普通に苦しくなりましたよw
鋏屋でした。 
2009-10-28 13:55:57【☆☆☆☆☆】鋏屋
 湖悠です。
 胸が苦しくなりました。切ないですね。俺自身、車いすに乗っている人が居たら、気を使ってしまうと思います。普通の人に対する態度と同じようにはできないでしょう。
 「可哀そう」と思ってしまうのが、一番の侮辱。わかっていても、自然とそういう感情は沸いてしまいます。だからこそ同情を寄せられているほうも、何もできない。悪意のない侮辱だから、余計につらいのかもしれません。
 色々と考えさせられました。短い文章でも色んな事が伝えられるんですね。凄いです。
 それではっ。
2009-10-28 20:22:18【☆☆☆☆☆】湖悠
拝読しました。あぁ、何だろう。奇妙な感覚ですね。うん。短くても物凄い考えることが出来ます。
確かに私も少女のような人物に出会ったら、似たようなことを考えて巷の人々と同じ態度を取るでしょうが、その裏にあるのは自分じゃなくて良かったという真っ黒な感情もあるのでしょうね。
放っておいてあげたいけれど、放っておいたら何も出来ないのはこの少女の方でしょう。「可哀想」と思うのは侮辱でも、そう他人に思わせなければ生きていけない。それはとても難儀だなと思いました。
2009-10-28 20:56:50【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
 こんばんは。
 僕は良い子なので、別に露悪的な言い方をしたいわけじゃないんですが、「卑怯な小説だなあ」と思いました。読み手の罪悪感を掻き立てておいて、その罪悪感をテコにまた読み手を突く。罪悪感が罪悪感を生む仕掛け。もがけば食い込む、まるでトラバサミみたい。ああああ。
 卑怯だよなー。どーせ甘木さんだってさー、所詮健常者だろうにさー。(たぶん、ですが)

 しかし、まさにこの「卑怯さ」こそ、書き手としては大いに賞賛されるべきものだと僕は思います。ですので、僭越ながら一点を投じさせていただきます。こういうの好きか、と問われたら、まあ、好きじゃないんですが。気持ちが重苦しくなるから。

「短編の範疇に入るのか」などといった躊躇いは無用のものと思います。小説としてちゃんと有効に機能している以上、これは正真正銘の小説です。「描写がないから小説じゃない」とか「登場人物がいないから小説じゃない」とか、批判的なニュアンスで言う人がもし出てきたら、僕は全力で反論したい。これが小説でなくて、何が小説ですか。
2009-10-28 21:16:02【★★★★☆】中村ケイタロウ
 こんばんは、甘木様。上野文です。
 御作を読みました。
 久しぶりに、甘木さんの、情動を叩きつけるような物語を拝見した気がします。

 ……中村さんが触れたように、えげつないところ、毒のある物語だと思います。
 でも、エンターテイメント性を廃してなお、読み手の心を打つのは、やはりこの作品が巧みな小説だからだと思います。たいへん感じ入りました。
 次なる物語を楽しみにお待ちしています。
2009-10-28 22:06:30【★★★★☆】上野文
こんばんは甘木様。明日の事も考えず、午前3時になっても作品を読もうとする愚か者、頼家です。
うーむ小説か小説じゃないか……うーむ……っと考えた所で私などに定義云々が判るわけがないので、私は勝手に小説と結論付けて、早速感想をばww
良いですね^^;この人間の弱い部分、暗部を(『主人公』と『読者』を切り離す事によって)抉るような作品。そして主人公の抱いた(夢見た)一抹の希望。またそれが叶えられるという確証は無く、そもそも可能性自体がほぼ皆無。その事が作品自体をより悲しげな物に仕立て上げる……っといった印象を受けました^^私の受けた印象としては、世の中の不条理や理不尽に対する巧みに描かれた『足掻き』のようにも見受けられ、(人格を疑われる事を恐れず申しあげるならば)大変面白い作品でした。
それでは次回作、連載の続きもお待ちしております^^
                      頼家
2009-10-29 02:45:29【☆☆☆☆☆】有馬 頼家
えーと、単体作品としての評価は、すでに皆様がなさっておりますので、別方面から。
わーお! お犬様作品と真っ向微塵にガチンコ! この板で、こーゆー形の作品そのものによるガチンコ、それも形だけじゃなく作者様それぞれの独自感性や策略に根ざすガチンコを経験できたのは、何年ぶりでしょう。
「父ちゃん! 俺は今、猛烈に感動している!」
 ……誰?
2009-10-29 02:49:59【★★★★☆】バニラダヌキ
 私は身体障害者や知的障害者を純真な人間のように見る人間が嫌いです。彼等も嘘もつくし他人を傷つけます。だから私は彼等が好きです。

 >羽堕さん、ありがとうございます。これを読んで切なくなったり苦しくなったりするのは普通の人間の感覚を持っている証拠ですよ。でも私たちの憐憫の情や善意は時によっては他人を苦しめ追いつめることもある。そんなことを考えて、そしてちょっと意地悪くそれを思い出させるため書いてみました。普通=健常人の世界ではなく、普通=色々な人間がいる世界。なのに私たちは忘れているんですよね。

 >鋏屋さん、ありがとうございます。ふははは、私はこういうのも書くのですよ。最近はコメディが多いですが、私の本質はこのようなダークな作品ですよ(鋏屋さんは私にどんなイメージを抱いていたのだろう?)。ただ、こういう作品は書いていて楽しくないから滅多に書かないけど。この作品で鋏屋さんの感情を励起できたとしたら書いた甲斐があったですよ。

 >湖悠さん、ありがとうございます。以前、私は特別支援教育学校(障害児のための学校)の文化祭に行ったことがあるのですが、初っぱなに水頭症による肢体麻痺児を見た途端「うわぁ! これ人間か?」と思ってしまい行ったことを後悔しましたが、30分もそんな子どもたちしかいない学校にいたら単なる個性にしか見えなくなりました。自画自賛するワケじゃないですが、私は差別的な視線をなくせました。読んだ人にも彼等が普通の人と言うこと知って欲しくて書いてみました。

 >水芭蕉猫さん、ありがとうございます。たぶん誰でもが持つ感覚や感情だと思うんですよ。だから口の中に苦い感情が湧いてくるのは普通のことだと思います。確かに彼女は他人の補助を受けなければ日常生活もままならないでしょうが、私たちだって誰かのフォローを受けているのですからおあいこだと思うんですよね。だから彼女は「可哀想」と思わせる必要はないのですよ。堂々と主張すればいい。それが当たり前に受け入れられる社会になって欲しいです。

 >中村ケイタロウさん、ありがとうございます。卑怯者の甘木です(笑。わぁーい、ここにも罠にかかった人がいる♪ 仕掛けが成功して喜んでいます。こういう仕掛けは普段は考えてもでないのに、他人の作品が刺激になってパッと出てくるから不思議ですよね。ちなみに私はモテない、金無い、才能がないとヘレン・ケラーばりの三重苦ですが、容姿や知能を除けば五体は満足です。本当はもっと辛さとか恨みを書こうかなと思ったのですが、お犬様の作品の枚数に合わせようと思って贅肉を削ぎまくったら「これって本当に小説?」って気分になりました。しかし、中村さんをはじめ皆様から小説だと認証して頂けてほっとしています。これだけ短い作品を書いたことがなかったものですから。しかし、こういう作品はコンスタントには書けないのが私のネックですよ。困ったものです……。

 >上野文さん、ありがとうございます。書いている時は案外淡々と書いているんですよ。こういう作品は自分の感情が暴れちゃうと書けませんから。特に毒(仕掛け)を書く時は感情を抑えないと失敗しますからね。その甲斐あって上野さんをはじめ読んでいただけた方の感情を少しばかり動かすことに成功したようです。書き手にとってある意味書きごたえのある作品でした。

 >頼家さん、ありがとうございます。少女が見る夢は私自身、書いていて嫌になった部分ですよ。だって決して叶わないんだもん。でも、書き手としてはここを書かないと少女が普通の人間であり、普通を渇望していることを伝えられないと思いましたから。だから頼家さんの感想は凄く嬉しかったです。でも、失礼を承知で書きますが、この作品が面白いと感じられるのはヤバイですよ。楽しいことをして気分転換をした方がいいですよ。ところで頼家さんの読み方はヨリイエ? ライカ? ヨリカ?

 >バニラダヌキさん、ありがとうございます。ガチンコなんてあおらないで下さいよ……ああ、模造の冠を被ったお犬さまが対抗するように新しい作品を投稿している。そりゃ私が悪戯心でこんな作品を投稿したのが悪いんだけど……失敗したかなぁ。こんどは「不在の在」がテーマなのかな、ネタが浮かぶかなぁ。どうせならバニラダヌキさんも真っ向勝負に加わって下さいよ。悪意ある(?)切磋琢磨をしていきましょうよ。

 読んで下さった皆様、わざわざ感想を下さった皆様、本当にありがとうございます。
2009-10-29 21:32:18【☆☆☆☆☆】甘木
こんにちは。
読ませていただきました。
そういえば乙武さんってどうしてるのかなあ。最近見ないけど。
小説というより、人権団体のキャッチコピーを読んでいるような感じを受けました。感想書こうかどうか迷いましたが、とても巧みな文章だなという印象しか申し訳ないけどありません。
強烈に訴えかけられるのですが、私にはそれは受け止められません。難しすぎて。
すみません。
次回作もお待ちしております。

2009-10-30 10:49:57【☆☆☆☆☆】オレンジ
 具体的な病名が書かれていないこと以外は甘木さんらしい小説だと思いました。が・ちんこ。
2009-10-31 02:11:08【☆☆☆☆☆】模造の冠を被ったお犬さま
どもです。
祭りには出店が付き物。ということでふらりと寄りました。
随分と前に見たテレビ番組で、同じような障害者が出てきたとき、「頼むから放って置いてくれ」という台詞を言ったのを思い出しました。
可哀相と思う事も、普通として扱おうという意識も、差別に繋がることがあるから非常に難しいですわ。
世間に岩石を投じるような、どストレートな小説だと思いました。

ではでは〜
2009-11-01 20:58:05【☆☆☆☆☆】rathi
 >模造の冠を被ったお犬さま(さん?)、ありがとうございます。私らしいと言うのがいったいどのようなものか解りませんが、私らしかったでしょう。

 >rathiさん、ありがとうございます。やはり本当の障害者さんも同じ気持ちなのか、私は健常者で想像だけで書いたけど間違っていなかったんだなぁ。貴重な情報ありがとうございます、間違ってなくてよかったよかった。有形無形の差別、善意悪意の差別って難しい問題ですよ。岩石? 私としては小石程度のつもりなのですが。

 読んで下さった皆様、わざわざ感想まで書いて下さった皆様、本当にありがとうございます。
2009-11-02 19:46:25【☆☆☆☆☆】甘木
とてもおもしろかったです、

早く続きを読みたいです。
2011-05-23 20:12:21【★★★★☆】T君
計:16点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。