『文字』作者:TAKE / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
世にも奇妙な物語。
全角1443.5文字
容量2887 bytes
原稿用紙約3.61枚
 原稿用紙を前に、男は悩んでいた。
 作家業を営んでいるのだが、この日はストーリーが全くもって思い浮かばない。コーヒーを飲み、好きな音楽を聴いて気分転換をしても効果は無い。
 どうする? 締め切りが迫っている。来月の雑誌掲載分の小説を早いところ済ませなければ、書き進めている長編に移る事が出来ない。
 男は閃いた。短編なのならば、今現在の自分を主人公にすればどうか。実際に自分が直面している危機を描けば、きっと楽に書けるに違いない。
 男はスランプに悩む作家を描き始めた。

 原稿用紙を前に、男は悩んでいた。

 男の綴る文字で構成された主人公が、同じ文面の小説を書いている。

 どうする? 締め切りが迫っている。来月の雑誌掲載分の小説を早いとこ済ませなければ――。

 男は悩んでいた。

 小説の中の男が書く小説の主人公も、同じ文章を書いていた。

 どうする?
 
 そしてそれは延々と、際限なく繰り返される。

 原稿用紙を前に――
 思い浮かばない。
 雑誌……
 短編なのならば――
 男は閃いた。
 今の自分自身を――

 合わせ鏡のように何度も、幾重にも、コピーされてゆく。
 突然、文字が蠢き、黒で縁取られた映像となった。
 男が机に向かうところを上から見下ろした画面の中に、また同じ画面。その中にも、また画面。
 果てしなく続いてゆく。

 男は恐れ、筆を手から離した。
 一体何が起こっている?
 口から出た言葉も、文字となった。それは原稿用紙に吸い込まれ、中に居る何百人という同じ男にも、その現象は繰り返される。

 一体何が――
 何が……
 起こって――
 起こっている?

 文字が増えるごとに、紙の上の線は増殖し、輪郭に厚みを帯びてくる。

 一種の恐怖が空間を、心を支配する。

 わけが分からない。

 すると考えただけで、黒い線が更に盛り上がった。

 怖い。

 とうとうその細い文字の塊は、原稿用紙をはみ出そうとしている。

 逃げ出したい。

 文字は傍らにあった万年筆を蝕み始めた。音も無く、木製の軸が消えてゆく。

 男は弾けるように、椅子から離れた。

 何も考えるな。考えれば、それだけこいつは大きくなる。
 考えるな。考えるな。考えるな――。

 何も考えないようにするという事を考えてしまい、文字が部屋を支配する範囲は更に広がった。
 机を喰らい、引出しの中へと侵入し、大蛇のようにのたうちながら移動してゆく。そして全てのモノを、消し去ってゆく。

 部屋から出なければ。

 男はドアへ向かい、ノブに手を掛けようとした。

 しかし、文字はそれに気付き、触れる前に喰らい尽くした。
 窓から出ようにも、部屋は地上5階に位置し、足掛かりになる物体は皆無である。

 どうしようというのか。

 更に文字が増殖した。
 電話に手を伸ばした。受話器を取り上げる。

 誰に掛ける?

 親、友人、雑誌の編集者……。

 助けを求めたところで――
 誰が信じる?

 そこで、また考えてしまった自分に気付く。

 文字の塊は既に、男を喰らうのに充分な大きさにまで成長している。

 どうする――?
 思考が化け物に吸い取られる。

 どうする――?
2009-09-07 01:25:11公開 / 作者:TAKE
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■作者からのメッセージ
学祭用に短編書かなきゃいけなくて、ネタが全く思い浮かばなかった時に書いたものです。
この作品に対する感想 - 昇順
作品を読ませていただきました。作中劇という手法は色々とあるだけにラストにもう少しインパクトが欲しかったです。では、次回作品を期待しています。
2009-09-28 00:33:24【☆☆☆☆☆】甘木
計:0点
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