『I believe you forever――あなたが大好き――(改)』作者:白い子猫 / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
突然の大親友の自殺にショックを受ける涼花。何故、自殺なんかしたのか?何故、自分を頼ってくれなかったのか?悩む彼女を救ったのは……
全角13127.5文字
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原稿用紙約32.82枚
  プロローグ
――またあの夢だ。私はいつもわかる。同じ夢を見てしまう。何度も何度も。
  ビデオを繰り返して、再生するみたいに。
  次に何が起こるのか、わかっているのに私は目を背けられない。
  私は見てしまうのだ。
  かけがえのない、親友の最期を。

 第一章
 私は香沢涼花。中学二年生。家族はいない。七年前、両親が離婚して、私は母親に引き取られた。
 四歳年上の姉は、父親に引き取られ、今は女優として活躍している。
 そして、私が十二歳のとき、母は家を出たまま帰ってこなかった。それからずっと一人で生きてきた。
 そんな私を支えてくれたのが高城美和だった。優しくて、かわいくて、正義感の強い女の子だった。
 私が苦しいときも、つらいときも、いつも一緒にいてくれた。私が泣いている時、黙って近くにいて、一緒に涙を流してくれた。
 優しくて、明るくて、温かい心を持った子だった。私はそんな美和が大好きだった。

 チャイムが鳴って、クラスメイトたちが教室を出始める。がやがやとした賑わい。
「はぁ、今日も一日終わったねぇ」
 私は隣にいる美和に言った。美和がにっこり笑う。
「終わってないでしょ?涼花、今から部活じゃん」
「あー。、そうだった。めんどくさいなぁ……サボっちゃおっかな」
 美和が顔をしかめる。
「だめだよ。もうすぐ大会なんだから。サボっちゃダメ」
「いいな、美和は。すぐ家に帰れて」
 私が口を尖らせて言うと美和は私の背中をポン、と押した。
「ほら。頑張っておいでよ。陸上部のエース!」
「エースって……先輩たちにはかなわないでしょ」
「いいからいいから。ありがと。ここまで一緒に来てくれて」
 そう。私と美和は今年初めて違うクラスになった。だけど、離れられなくて、ここまで一緒に来たのだ。
 校門の前まで来たとき美和はここでいいよ、といった。
「バイバイ、涼花。また明日ね! 部活、サボっちゃダメだよ!!」
「わかったよ。じゃあね美和!」
 遠ざかる美和の背中を見送って、私は陸上部の活動場所に向かった。
 いつもと同じやり取り。いつもと同じ別れ方をしたつもりだった。
 明日になれば美和と一緒に過ごせる、と信じていた。

「美和?」
 部活が終わる少し前、私は美和に呼ばれた気がした。
 『涼花』と、優しいあの声で呼ばれた気がしたのだ。
「気のせい、だよね?」
 私は笑ってしまった。まったく。何で美和の声がするなんて思ったんだろう。
 いつも一緒だから、一緒に居ないと変な気がするのは事実だけど、幻聴なんて。
 そんなことを考えていたとき。校舎のほうからものすごい悲鳴が上がった。
 グランドにいる生徒全員の動きが止まった。その視線が校舎のほうを向く。
「何だ?」
「何があったんだ?」 
 ざわめく生徒たち。続けざまに悲鳴が上がる。
 何人かが校舎のほうへ様子を見に行った。慌てたように走って帰ってくる。
「何? 何があったの?」
 先輩たちが騒ぐ。私は何があったか知らないけれど、早く帰りたい、と思っていた。
 しかし、次の一言を聞いた瞬間、私は凍りついた。
「飛び降りだって。何ていったかなぁ……二年の高城?だかって言う女の子」
「え……」
 高城? 二年の? まさか。美和のはずがない。だって美和は帰ったんだもの。きっと間違った情報なんだ。
「涼花!」
 私がそんなことを考えていたとき、私の友達の天見由香が転がるように走ってきた。
「どうしたの? 由香」
「どうしたのって?! まだ聞いてないの? 美和ちゃんが飛び降りたって」 
「それ、間違ってない?」
「はぁ? 何言ってるの?! 美和ちゃんだよ!涼花の友達の!」
 私は動けなかった。何もいえなかった。信じたくない。嘘だ、きっと。
 遠くから救急車の音が近づいてきた。
「……嘘、でしょ?」
 
 夢ならいいのに。それか幻。どっちにしてもひどいものだ。美和が死ぬ夢なんて。
 だけど、夢ならいいのにと思ったことは、夢ではなく事実だった。
 美和は学校の屋上から飛び降りたんだ。鮮やかに色づいた葉が舞い散る季節に。
 まるで、枯れ葉が木から離れるみたいに、学校の屋上から飛び降りて。
 ……自殺だったんだ。
 美和は、自分で自分の命を絶ったんだ。

 私は美和のお葬式に出た。真っ黒い服を着て。美和の家に行った。
 美和にお別れを言おうと思ったけれど、出来なかった。何でかな?
 やたら儀式めいたことをした。お別れみたいなのをたくさんの人が言った。
 ねぇ、何で泣いてるの? 皆。何で泣いてるの? 美和のお父さん、お母さん。
 ねぇ、何で泣いてるの?……私。

 お葬式が終わった後。私はぼんやりといろんなことを考えていた。美和のことばかり、頭の中に浮かんでは消えた。
 遠足のとき、かえるに驚いて一人でどっかに行っちゃった美和。
 音楽会の時、一人だけランドセルで来ちゃって皆に笑われて、恥ずかしそうに頬を赤くしていた美和。
 運動会のとき、バトンを落とした私をずっと慰めてくれた美和。
 
 ねぇ、美和。何があったの? また明日って言ったよね?
 明日、英語の宿題あるから見せてって今日、言ってたよね?
「美和は……死んだの?」
 つぶやくように言うと、また涙があふれてきた。現実の波が押し寄せてくる。
 美和は死んだ。美和はもう居ない。もう、二度と会えない。
 それからしばらく、私は泣き続けた。泣いている私を慰めてくれる親友は、もう居なかった。

 美和の事件があった日から、私は同じ夢ばかり見るようになった。
 放課後の学校。秋風の吹く屋上に私は立っている。その数メートル先に、美和が静かに立っていた。
 彼女の長い髪が風で、右へ、左へ揺れる。フェンスのない屋上の端っこにある手すり。その手すりに手をかける美和。
 危ない。ダメだよ、美和。そんな所にいちゃダメだよ。
 私は必死に呼びかける。待ってほしいから。一人で行ってほしくないから。
 美和が私のほうを見る。悲しげな瞳。そして微かに笑う。寂しげに。
 手すりにかけた手に、ぐっと力を入れて、彼女は向こう側へ、飛んだ。
 待って!私は手を伸ばすけれど、届かない。
 ……そこでいつも目が覚める。そして私は涙をこぼす。
 美和の死は……確実に私へ大きなダメージを与えていた。
 
「涼花、ちょっといいか?」
「いいけど……」
 放課後、帰ろうとする私に声をかけてきたのは……青山雪矢。小さい頃から仲のいい男の子。
 近所の男子にいじめられていた私を助けてくれたのは彼だった。
 今思うと、私は守られてばっかりで生きてきたんだ。
「で? 何か用?」
「冷たいな。その言い方はないだろ」
「……ごめん」
「ま、いいんだけど。涼花、お前さ、最近鏡見たか?」
 私は首を振った。それがどうかしたのだろうか。
「自分の目、見てみろよ」
「は?」
「俺が言いたかったのはそれだけだ」
 雪矢は部活に行ってしまった。目を見てみろ?どういうことだろう。

 家に帰って、私は自分の部屋の鏡を見た。
 美和が死んで、私は陸上部をやめた。続けようと思えなかったのだ。
 鏡を見てはっとした。鏡に映る虚ろな瞳。何も見ていない、暗い瞳。
 涙も枯れて、何も映らない曇った瞳が、私を見つめ返していた。
「……美和」
 その瞳に、いつも夢で見てしまう、美和の寂しげで悲しげな瞳が重なる。
 生きていたとき、美和は一度もあんな目を見せたことはなかった。いつも、きらきらと目を輝かせて生きていた。
――美和。何が言いたいの?何を伝えたいの?
 涙がこぼれた。私は……これからどうやって生きていくんだろう……

 第二章
「おい、涼花。大丈夫かよ。顔色悪いぞ……」
 雪矢が心配そうに聞く。私の顔を覗き込む。
「平気」
 嘘。平気なんかじゃない。死んでしまいたい。そうしたら、また美和と一緒に過ごせる。
「私じゃダメだったのかなぁ……」
「え?」
「私じゃ美和を助けられなかった……。美和はいつも私を助けてくれたのに……
 私、美和を支えられなかった……。情けないね……」
「涼花……」
 ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。耐えることのない、涙。ぎゅ……と、雪矢が私の手を握った。
 雪矢は何も言わずに私の手を握って、一緒に歩いてくれた。優しくて暖かい手……
「雪矢、あの……」
「約束しろよ」
「へ?」
「何があっても自分を壊すな。お前は強い」
 雪矢は一言、そう言った。力強く、言い聞かせるように。
 雪矢はいつもそうだった。私が落ち込んでいるとき、泣いているとき、さりげなく励ましてくれた。
「約束だぞ」

 家に帰って私はひとり、部屋の真ん中に座った。ぼんやりした記憶がよみがえってくる。
 父さんと母さんが大喧嘩した日。母さんに連れられて前の家を出た日。母さんが家を出たまま帰ってこなかった夜。
 つらくて、悲しくて、苦しくて……死にたかった。消えてしまいたかった。そんな時、いつもそばにいてくれたのが美和だった。
 何かのメッセージみたいに美和は優しく歌を歌った。
――I believe you forever そばにいてほしい
  I believe you forever ぬくもり感じてたい
  そばに居てくれる君をずっと信じてるよ I believe you forever
 美和が教えてくれた歌。自分で作った歌だと、美和は照れくさそうに言っていた。前に美和は言っていた。
『私ね、大人になったらシンガーソングライターになりたいんだ!』
 うれしそうに話す彼女は輝いて見えた。
『それでね、たっくさんの人に、私の歌を聴いてもらいたいの。いつか……』
 ……馬鹿だな、美和。死んじゃったら、シンガーソングライターになれないじゃん。
 かっこよくて優しい人と結婚して、かわいい子供を生むんだって言ってたよね?
 それも、死んじゃったら出来ないじゃん。
 夢なんか一つも叶ってないのに、やりたいこともいっぱいあったはずなのに。
 天然で、優しくて、明るい美和は男子にも女子にも好かれていた。
 たくさんの友達が居たのに、真っ先に駆け寄るのは私のところだった。
――お待たせ涼花! 帰ろう!
 笑顔ばっかりで、弱気なところでさえ、私に見せたことがなかった。
――ねぇ、涼花。英語の宿題、見せて! お願い!
――涼花、今度一緒に映画見に行こう!
――ねぇ、涼花……
 美和の声が遠くで聞こえる気がした。また涙が溢れ出す。
 泣きながら私はいつの間にか、うとうとしてしまっていた。
 そして……見てしまう。夢の中で。大切な親友の最期を……

 年が明けて二月になった。とても寒い、冬の真ん中だ。
 相変わらず、夢を見てしまう。私はいつの間にか、一部の人としか話をしなくなった。雪矢はそんな一人だ。
「涼花、そりゃ、つらいのはわかるけど……。いつまでも悩んでても仕方ないだろ?
 だから少しずつでも……」
「うるさい」
 私はつっぱねるように言った。そんなのわかってる。いつまでめそめそしたって、悲しんでたって
 美和は帰ってこないってことくらいわかってる。
「そんなに簡単に忘れられるようなことじゃないの。雪矢もわかるでしょ?」 
「それは……」
 私は歩く速度を上げた。別に雪矢が嫌いなわけではない。だけど、もうこれ以上、誰かと話していたくなかった。
 もう何もかもがいやだった。理不尽なこの世界も、さよならも言わず、この世を去った美和も、
 いつまでもこんな風に……無力な自分も。
 何もいらない。もう何もいらない。何も望まないから……お願い。美和を返して。
 そんなことを考えながら歩いていたときだった。
「涼花?」
 目の前に美しい女性が立っていた。私のよく知っている人。
 私の……たった一人の……
「……お姉ちゃん?」
 たった一人の家族。

 第二章
「久しぶりね。元気だった?」
 私と、お姉ちゃんの……石川花凛は近所のカフェにいた。
 私のお姉ちゃんの石川花凛は、今じゃ有名な女優さんだった。
 ここ何年かあってなかったけれど、お姉ちゃんとの思い出は、まだくっきりと残っている。
 一緒に散歩したり、ボールで遊んだり、お姉ちゃんはいつも私の見方でいてくれた。
 お父さんたちが離婚した時、お父さんと離れ離れになることよりも、お姉ちゃんと別れることのほうが悲しかった。
「元気……だったよ。お姉ちゃんは? やっぱりお仕事忙しい?」
「忙しいよ。今日、久々の休みでね。小さい頃、住んでたここに来たの。あんまり変わってないね。この辺……」
 どことなくぎこちない会話。上手く言葉が続かない。
「どうかした?」
「え……?」
「今年の秋……この辺りで、女子中学生が自殺したってニュースあったよね?それ……あんたの友達だったんでしょう? 違う?」
「……何で?」
「うーん。姉のカンってヤツかな?」
 お姉ちゃんが微笑んだ。仕事用じゃない、美しい笑顔。
「……わかんないの」
「ん?」
「何で……美和があんなこと……だって、元気だったんだよ?
 その日もずっと。部活に行く前もずっと笑ってた。また明日ねって言ってたのに……何で?
 いじめられてたの? だったら、何で私に言ってくれないの? 私じゃダメだったの? 
 私じゃ……美和を守れなかったの? お姉ちゃん……私わかんないよぉ……」
 今まで人の前では泣けなかった。誰にも見せられなかった。自分の涙を。だけど、お姉ちゃんには見せられた。本当の私を。

「大丈夫?」
 私はしばらく泣いていた。お姉ちゃんに頭をなでられながら。
「うん……」
「涼花。ケータイ持ってるよね?貸して」
 私がケータイを渡すとお姉ちゃんはしばらくそれをしばらくいじっていた。
「はい。ありがと」
「……? 何したの?」
「私のアドレスと番号、入れといたから。何かあったら連絡して。ただし、一つ約束して。絶対自分を壊さないって」
 お姉ちゃんは私の手にケータイをしっかり握らせた。あたたかい手が私の手を包み込む。
「涼花は一人じゃないからね」

 お姉ちゃんと別れた後、私は小さい頃のことを思い出していた。
 お父さんとお母さんが離婚したのは、私が小学校一年生のとき。
 泣きながらお姉ちゃんとお父さんと別れて、私はお母さんに連れられて家を出て行った。
 お母さんと一緒に新しい家に住んだ。綺麗なお家だった。美和や雪矢とであったのもこの頃だったはず。
 その頃は幸せだった。寂しくても雪矢と美和がそばにいてくれたから。
 私が小学校六年生になった年のある日。家に帰ったときのことだ。
『ただいま!』
 いつもならおかえり、と明るい声で迎えてくれるお母さんがいなかった。
『買い物にでも行ったのかな?』
 私はひとりで待っていた。お母さんが帰ってくるのを。遅くなってごめんね、と笑って言ってくれるのを信じて待っていた。
 だけど、お母さんは帰ってこなかった。それっきり。

『美和……私、一人になっちゃったよ……!』
 寂しくて、悲しくて、くじけそうだったとき、美和は私のそばにいてくれた。
『大丈夫。涼花は一人じゃないよ。私がずっとそばにいてあげるから』
 美和の言葉を思い出す。そばに居ると言ってくれたのに。何で?
 美和、何で私をおいて行っちゃったの……?

 ある日の放課後、私は屋上に行った。あの日、美和は何を見て、何を感じていたのだろう?
 夢にも出てきたあの景色が目の前に広がる。
 フェンスのない屋上。もうすぐ工事すると聞いた。
 何でもっと早くそうしなかったんだろう。そうすれば美和は……
 私は夢で美和が立っている場所に立ってみた。高い。かなりの高さだ。美和は怖くなかったのだろうか?
 ここは天に近い。死にも近い。ここは、美しくて、危険な場所なんだ。
 私はちょっと後ろを振り返ってみた。砂が舞っていて景色がぼやける。そして、手すりに手をかける。
 もし……この手に力を込めたら、そのまま向こう側にいけるだろう。
――帰らなきゃ。
 手すりから手を離さなきゃ。そう思うのに、手を放せない。
 そんなことをしちゃいけないとわかっているのに、しっかりわかっているのに美和のところに行きたいと願う自分がいる。
 ドキン、ドキン、と鼓動が大きくなる。呼吸が早くなる。
 頭が痛い。めまいがする。息が苦しい……。頭がぼんやりしてくる。手に力がこもる。
 ぐっと大きく身を乗り出した瞬間、誰かに力強く引き戻された。
「何やってんだ!」
 雪矢だった。息があがっている。
「馬鹿! 何やってんだよ、お前!! 何しようとしてたんだ!!」
「…………」
 私と彼は硬いコンクリートに座り込んでいた。
「……もういいの」
「は?」
「全部いやなの。何もいらないの。この世界も、命も……もう、何も望まないから……」
 美和を返して。私が代わりに罰を受けるから。何でもする。美和のためなら何だって出来る。だから……
 美和を返して。美和に会いたいの。
 私はもう一度、手すりの方へ行こうとした。
「やめろ!」
 雪矢が力いっぱい、私の腕を引っ張った。
「やめてよ、離してよ! 私は美和に会いたいの!」
「いやだ、離さない!!」
 ぎゅうっと抱きしめられる。息が苦しいほどに、強く。
「絶対行かせない。高城のところになんか……絶対に」
 雪矢の声は絞り出すようなかすれた声で、それでも力強い声だった。
「言ったろ? 自分を壊すなって。自分で自分を壊すなって……! 俺が守ってやるから。ずっと……守ってやるから!!」
 雪矢が私に言う。でも、そんなこと言ったって美和は帰ってこない。死んでしまった、美和には会えない。
「雪矢にはわかんないよ。私の気持ちなんか……! 雪矢には友達も、家族もいるじゃん! 私にはいないんだよ? 
 支えてくれる人がいっぱいいる雪矢に……私の気持ちがわかるわけない! わかるなんて……簡単に言わないで!」
 私はそういい捨て、屋上から逃げ出した。本当はあんなこと言いたくなかった。だけど……
 気がつくと雨が降っていた。急に強くなる、冷たい雨。その中を私は歩いていた。冷たい雫を全身に浴びながら。
――涼花。
 はっとして振り向いた。美和に呼ばれた気がしたのだ。
――風邪引いちゃうよ。傘、一緒に使おう?
 美和がそういって傘を差し出してくれた……ように感じた。
 幻。もう二度と会えない、大親友の幻……
「美和……美和ぁ……」
 涙が溢れ出した。寂しい。寂しくて、つらい……
 私は急いで家に帰った。

 バタン、とドアを閉めると、もう限界だった。
「美和……会いたいよ……!」
 私は玄関でひざをつき、声を上げて泣き出した。
――美和、私わかんないよ。どうしたらいいの……?何で美和はいなくなっちゃったの?
  私……美和がいなきゃ生きていけないよ。私は弱いよ。一人じゃ生きて行けない。
  美和に会いたい。会いたいよ……本当に大好きだったから……もう一度会いたいよ……!
  大好きだった。本当に大好きで、失いたくなかった。
  神様。私、もう何もいらないよ。何も望まないよ。だから……お願いします。
  美和に会わせて。美和を返してよ……!

 第三章
 その夜、私は久しぶりに平和な夢を見た。小さい頃からの美和との思い出。
 夏祭りに一緒に行った。浴衣を着て行ったこともあった。
 雪のように真っ白い浴衣を着た美和。白地に散った桜色の花がかわいかった。
 長い髪をポニーテールにした美和の隣にいた私。藍色の布地に向日葵が描かれた浴衣を私は着ていた。
 対照的な私たちの姿は人目を引いた。
 夜店のライト、空に上がる花火、美和が持っていた綿飴……断片的な記憶がよみがえる。
 プールや海で泳いだ。キャンプに行って星を見た。修学旅行で夜更かしして先生に怒られた。
 たくさんの思い出に重なる美和の笑顔、笑顔、笑顔……

 目が覚めた後、私は眠れなくて、本棚からアルバムを取り出した。
 床の上に写真が散らばった。アルバムに貼りきれなかったたくさんの写真が床に散らばっている。
 小学校の入学式、音楽界、運動会、修学旅行や遠足、卒業式の写真……
 中学の制服を着ている写真もあった。少し緊張しているような表情。
 美和の隣で笑っているのはいつも私。これからもずっとそうだと思っていた。
 そんな写真たちの中に、一番新しい写真を見つけた。
 何も特別な写真じゃない。美和が死ぬ二週間くらい前に二人で行った、日帰り旅行の写真だ。
 きれいな紅葉が私たちのまわりを舞っている写真。私も美和も笑っている。
 この写真が……美和と撮った最後の写真……。
 ポタポタッと、涙が落ちた。あの時、これが最後の写真になるなんて思ってなかった。
 美和、あなたに会いたい。会って、話をしたい。
 何であなたが死んだのか。あなたは何を思っていたのか。それを知りたい。知りたいよ……

 次の日の朝、私は学校に行くために家を出た。
「……あ」
 家の前に誰かが立っていた。朝日に照らし出される、長身のシルエット。
「雪矢……」
 気まずい空気。私は、昨日彼に言ってしまった言葉を思い出した。
――私の気持ちがわかるなんて……簡単に言わないで……!
「……あの……」
「ごめん」
 雪矢が頭を下げた。
「なんで?」
「俺、無神経だった。ごめん、涼花……」
「違うよ。私が悪いの。ごめんね。ひどいことばっかり言って……」
 私がそういうと、雪矢は小さなメモ用紙を差し出した。
「何、これ?」
「三組の……高城のクラスメイトに渡された。涼花に渡してくれって」
 メモ用紙には女子の字で『二年三組 石井七瀬』と書いてあった。
 裏返すと『渡したいものがある。放課後、図書室に来てほしい』と、ある。
「どんな子?石井さんって。同じクラスになったことなくて……」
「何ていうか……謎なヤツだな。俺もよく知らない」
 雪矢と私は一緒に投稿した。あれは、雪矢の気遣いだったかもしれない。
 私がまた変な思いに駆られて、道路に飛び出したりしないように。
 彼はとても優しい人なんだ……

 放課後、私は図書室に言った。陽はもうすでに傾いている。オレンジ色の夕日に染まる図書室のいすに彼女は座っていた。
「石井さん?」
 私が声をかけると、彼女はスッと顔を上げた。ショートカットの黒髪に、切れ長の鋭い目。
 よく言えば凛々しい、悪く言えば冷たそうな少女だった。
「……あの」
「私のこと、七瀬って呼んで。堅苦しいの、嫌い」
「……わかった。じゃあ七瀬、渡したいものって、何?」
「これ」
 渡されたのはハート柄の手紙った。封は開けられていない。
「誰の?」
「あんたに渡しといって、って頼まれた」
 私は手紙をひっくり返した。はっとする。見覚えのある文字。
『高城美和』
「これ……!」
「あの子は私にこれを渡した。あんたに渡してほしいって。何で自分で渡さないのかって聞いたけど……」
――私が渡しちゃいけないの……
 美和はそう言っていたらしい。その直後、美和は屋上に行ったそうだ。
「…………」
 私は封を開けることが出来なかった。怖かったのだ。それが美和からの最後のメッセージだと思うから。
「見るのも見ないのもあんた次第だと思う。だけど、あの子にとって……美和にとって、あんたは一番大切な存在だったと思う。
 だから、あんたは逃げちゃいけない。彼女と向き合うべきだと私は思う。それが彼女の……最期の願いだったと思うから……」
 私にそういう七瀬の瞳は凛とした光をたたえていた。その清らかな瞳と、凛とした口調に私の気持ちは揺れた。
 怖い。怖いけど私は逃げちゃいけない。しっかりしなきゃいけないんだ。
「ねぇ、七瀬。一つ訊いていい?」
「何?」
「美和は、いじめられてたの?」
「……違うよ。それは違う」
「だったらどうして……!?」
「私は答えられない。私はそれを知っちゃいけない。答えはきっとその手紙の中にある」
 七瀬はそういうと立ち上がった。
「話は終わりだよ。早く出て。鍵、閉めるから」
「……うん」
 七瀬の声に促されて、私は席を立った。バッグの中に美和の手紙が入っている。
 美和の最期のメッセージ。私にだけ伝えたかったメッセージ……。
 私はきっと、それを聞き届けるべきだ。それが美和の、最期の願いだから……

 私は自分の部屋で手紙を開けた。懐かしい、小さな文字が並んでいる。
 最後まで読み終わると、私はもう一度最初から読んだ。何度も、何度も……
 五回、繰り返して読んでから、ようやく私は手紙をおいた。
「美和……」
 つぶやくように呼んでみる。大親友の名前。涙がこぼれた。
「美和……美和……」
 私は涙をこぼしながら手紙を抱きしめた。愛しい……大親友の最期の手紙……

 第四章
 涼花へ
 まず最初に誤っておきます。ごめんなさい。自分勝手でごめんなさい。
 もしこの先を読みたくなかったら、びりびりに破いて捨ててください。この手紙がただの言い訳に見えるかもしれないから。
 本題に入ります。あなたがこれを読んでいるってことは、もう私はこの世にはいません。
 きっと七瀬ちゃんにこれを渡してもらったってことですよね?
 私がこんなことをした理由を説明させてください。
 私は涼花に一つだけ隠し事をしていました。今までずっと。涼花に知られたくなかったからです。
 私は病気でした。小さい頃からずっと。それが最近悪くなってしまいました。
 もうすぐ入院することになっていました。それでも治ることはないかもしれません。
 痛みや苦しみに耐えた挙句に死んでしまうかもしれない。私が助かる可能性はゼロに近いとお医者さんも言っていました。
 私は涼花にそんな姿を見せたくない。苦しんで、苦しんで……死んでいく私を見られたくないの。
 だから私は今、ここから去ります。
 涼花が私の笑顔を覚えていてくれている間に。私が涼花の笑顔を覚えていられるうちに。
 私は涼花が大好きでした。小さい頃から大好きでした。今でも大好きです。
 涼花の優しい声も、笑顔も、仕草の一つ一つが本当に大好きでした。
 そんな涼花と分かれるのは悲しいです。本当はずっとそばに居たい。
 だけど、私にはわかっています。その願いだけは絶対に叶わないってことが。
 だから、少しずるいけれど、私はいなくなることにします。今ここから。
 きっと涼花は悲しむことになると思います。涼花は優しいから……
 本当にごめん。自分勝手で本当にごめんね。
 最後に私が作った詩を入れます。一番気に入っていた詩です。歌にしたので楽譜も入れます。よかったら弾いてみてください。
 後、私の部屋にノートがあります。詩のノートです。それを涼花に託します。持っていてください。
 涼花、今まで本当にありがとう。本当にごめんなさい。
 許してください。あなたを置いて、一人で行ってしまうことを……
                                  美和より

 美和の手紙を読んで、私はしばらく泣き続けた。そんな風には感じなかった。病気だったなんて。
 それで、自殺するなんて。私に苦しむ姿を見せないために……
 その後、私は美和のノートを引き取りに行った。たくさんの詩が書かれていた。美和の感じた言葉が優しく描かれている。
 私は美和が一番好きだった詩をピアノで弾いた。
 それは美和が教えてくれた歌『I believe you forever――いつまでも君のそばで――』だった。
――I believe you forever そばにいてほしい
  I believe you forever ぬくもり感じてたい
  そばに居てくれる君をずっと信じてるよ I believe you forever
 私は口ずさんでいた。大親友の歌を。私を置いていってしまった美和を恨んでいたのかもしれない。
「ごめんね」
 私は謝った。ごめんね、美和。恨んだりしてごめん。信じなくってごめんね。いざというとき力になれなくてごめんね。
 でも、私も……大好きだった。

 次の朝……
「おはよう雪矢!」
「えっ……おはよう、涼花」
 雪矢は明らかに困惑している。
「どうしたんだ?涼花……」
「何でもないよ」
 私は答えた。なんでもないよ。美和が私を助けてくれただけ。
「あ、ねぇ、雪矢! お姉ちゃんね、今度ドラマに出るんだって!」
「え、姉さんって……石川花凛?」
「そう! すごいでしょ?」
 私のテンションの高さに困惑しっぱなしの雪矢。
「涼花、大丈夫か?」
「え? 何が?」
「だって……」
「美和のこと? 大丈夫。私が泣いてちゃいけないんだよ。泣きたいのは美和のほうなんだから、私が泣いたら美和がかわいそう」
 私は微笑む。美和の願いはただ一つ。
『私が笑って生きること』
 美和が一番見たくないのは私の涙。私は笑って生きるべきなんだ。大親友のためにも。

「ねぇ、お姉ちゃん」
 私はお姉ちゃんに電話した。
「私は一人じゃないんだよね?」
『もちろん。私もいるし、友達もいるでしょう?』
「……そうだね。……ねぇ、私……」
『ん?』
「笑って生きて、いいんだよね?」
『……いいんだよ。あんたがいいと思ったように生きな』
 お姉ちゃんの優しい言葉に私はうなずいた。

 私は七瀬と友達になった。七瀬はとても優しくて、思いやりのある子だった。
 美和が私の次に信頼していた子……嘘をつかない、まっすぐで、純粋な子だった。
 たまに二人で美和のことを話す。楽しかったこと、美和のいいところ……
「ねえ、七瀬。美和は私のこと覚えているかなぁ?」
「……忘れてるはずない。あの子の一番はいつもあんただったよ」
「……そうだね」
 私は七瀬と笑いあった。七瀬の心にも、私の心にも、美和が居る。
 ねぇ、美和?あんたは一人じゃないよ。忘れられてないよ。あんたのことが大好きだった人がいるんだから……

 エピローグ
 数年後。私達は高校を卒業した。満開の桜の下を通って、私と雪矢は美和のところに来た。
「久しぶりだね。ここに二人で来るの……」
「そうだな」
 私は美和のお墓を布で拭いた。
「ごめんね。最近あんまりこられなくて……」
 雪矢も私の横にしゃがんだ。
「早いなぁ……あれからもう五年もたつのか……」
「そうだね……」
 私は美和が大好きだったチューリップの花を供えた。
「美和」
 私は優しく彼女の名前を読んだ。
 美和。大好きだよ。どんなに遠くにいたって。
「……帰るか、涼花。今日は花凛さん、くるんだろ?」
「うん」
 私と雪矢はもと来た道を帰っていった。

 ……I believe you forever 私はあなたを永遠に信じています。
 大好きだよ。美和。
 あなたは永遠に私の……最高の親友です。
2009-08-22 17:05:53公開 / 作者:白い子猫
■この作品の著作権は白い子猫さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ここまで読んでくださってありがとうございました。今回は少し長めにかけたかな?という感じです。数人、何故出てきたの?というような人もいるし、存在感や、役目があまり無い人がいるのが気になります。まだまだ未熟な作品です。コメント、アドバイス、よろしくお願いします。

八月六日
少し書き足したり、削ったりしました。コメント、よろしくお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
 はじめまして、白い子猫様。上野文と申します。
 御作を読みました。
 とても強いメッセージ性があって、感情を込められている、と思いました。
 ですが、前作のIF――もしも時間が戻るなら――にも、共通する点ですが、”それ”だけでは、読み手の胸に響かないのです。
 お話聞いてね、といきなり耳元で怒鳴られたら、「待って、まずは落ち着いて」って反応が返ってくるでしょう?
 具体的に書くと、登場人物たちの人物像が固まる前に「親友」「自殺」「永遠」とジェットコースターのように走るため、実感が伴わないのです。
 大切なこと、大切なテーマは、それだけ慎重な扱いを心がけてください。長くなくていい。ワンシーンを切り取るのも立派な小説です。
 貴方の努力が報われますように。
2009-07-28 22:26:39【☆☆☆☆☆】上野文
上野文様
アドバイス、ありがとうございます。とてもうれしかったです。
私は、普段も一人で突っ走ってしまう癖があって、それが文章にも出てしまっているんだなぁ、と実感しました。
やはり、登場人物の説明というか……をもう少し、固めてからのほうがいいのですね。参考になりました。美和の優しさとか、涼花の孤独とか、雪矢の涼花への思い等をもう少し詳しく書きたかったです。
次回からも少しずつ、頑張っていきます。
貴重なお言葉、本当にありがとうございました。
2009-07-29 09:26:27【☆☆☆☆☆】白い子猫
計:0点
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