『霧でかすむ水平線』作者:春野藍海 / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約3.78枚
 いつの日かに父と一緒に作った巣箱の屋根は、今はもうどこかへ消えていた。「どれくらい前からだっけ」と途方もなくそう思ってみる。でも、誰も答えてくれない。なにも答えてくれない。その巣箱自体ですらも。
「嫌われちゃったのかな」
 肘を机につきながら、窓の向こうで容赦なく降下するぼた雪の群れに話しかける。
「あなたたちなら、その巣箱に尋ねてくれるような気がするんだ」
 無表情でそう考えてみても、何の返答もない。
 最近よく見る忙しない夢の雰囲気を、ふと思いだしてみた。ここ数カ月、めっきり姿を見せなくなった人――夢で最後に見かけた――の面影を重ねながら。
誰に追われているのか見当もつかないけれど、とにかく忙しいその夢の、ぽつりぽつりとなんとなく覚えているシチュエーションを必死にかき集めている自分を顧みて、「なんてムダなことしてるんだろう」と鼻で笑った。
 机についている肘の右斜めに腰をおろしている、煤けた灰色のマグカップに入った生ぬるい玄米茶を口に流し込む。どこかどろりとしている慣れない舌ざわりに、腐ってんじゃないかと一瞬思案した。でも、そんな物だろうがもう食道を過ぎてしまえば、どうでもよくなる。再び、意識を外の巣箱に移した。





 ―― 一定のリズムで、淡々と刻む電子音に腹が立って、機械をかち割りたくなった。
 弟は何かの作文にそう記していた。「そうか。あの時、同じことを思ってたんだね」となんだか安心した気持になれたのは、きっと私だけだろう。
 周りのモノ全て――今まで悩んできた――がどうでも良くなるような時間は、今度いつ来るのか。でも、あんな状況にならなきゃ、そういう時間が来ないと言うのなら、私はきっぱりとこの世を制する者に「いらない」と告げる。
 だって、あんな思い二度としたくないから。しばらくは、当分はしなくていい。……きっと、またいつかは来る思いなのだろうけど。



「今度、休みの日にまた来るからね」
 何度同じようなことを口にしたのか。数えても、数えようとしても、そんなことはしたくないと意志が途切れる。
どうして行かなかったのだろう。あんなに近くにいたのに。私が家族の中で一番近くにいたのに。
 今から思っても遅い悔い。どんなにエンドレスリピートしようが、現時点ではもう意味のないことだから。……でも、そう言うことを分かっていようが、同じことを繰り返してしまうのが人間の性。いや、私の性だ。
ごめん。ごめんなさい。許してとは言わないけれど、ごめんなさいだけは言わせてほしい。



 ――安い船があったから、この前買ったんだ。船って言っても遊覧船みたいな船だぞ。夏休みになったら乗りに来い。番茶とおやきでも持って、海に出よう。
 幻想と苦しさにうなされながら、酸素マスクをつけた祖父が私にそう話しかけた。
「うん、楽しみにしてるよ」
 泣かない。絶対におじいちゃんの前では泣かない。そう決めていたのに、涙は堰を切ったように溢れ出す。そんな私は、祖父にその言葉をかけるだけで精一杯だった。





 「これから買い物に行ってくるけど、何か買ってくるものある?」
 リビングから母の声が響き渡ってきた。なにもいらない、そう言いかけて私は台詞を訂正した。
 「おやき、二つ買ってきて!」 
 もう一度、外の壊れた巣箱を見つめる。寒空の下、僅かに雪を被りながら、壊れかけていても胸を張ってそこにいた。いつもと同じその場所に。
 
 一緒に船に乗って海に出よう。いつでも私は出られるよ。


2009-05-31 12:55:18公開 / 作者:春野藍海
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■作者からのメッセージ
 まだ薄っすらと雪が積もっている時に書いた作品なので、時期は少々ズレが生じています;連載の方がかなーり滞っているのもあり、短編でリハビリしようと書いてみました。ショートにしては短すぎると思うのですが、いろんな思いが詰まっていることもあり、どうしても投稿したい作品だったので、そのまま改訂せずに投稿してしまいました。少し、実体験も含まれていて主観的になっている部分もありますが、感想・アドバイス等を頂けると嬉しいです。

この作品に対する感想 - 昇順
こんばんは、若々しさとは天文単位で程遠い木沢井です。
 思いが詰まっているのはいいことですし、主人公のやるせなさも伝わってきましたが、やはり人に見せる以上、もう少し伝わりやすくしないと、お伝えしたいことも充分に伝わりきらないのではないでしょうか?
 あと、最後にですが、おそらく『私の所為』と書きたかったであろう箇所が『私の性』となっていました。
 以上、煌く明日もない木沢井でした。次回作も楽しみにしています。
2009-05-31 23:06:19【☆☆☆☆☆】木沢井
拝読しましたー。うん。とても良いモノローグだとは思いますが、少々短すぎる感がありました。結局何が何なのかよく解らないままに物語が進んで行き、結局よく解らないまま終了してしまったような感じです。よく解らないものは好きですが、何がそんなに苦しいのか、どうしてそんなに思っているのか、もっと解らないなりにハッキリと形作られれば良かったと思いました。ともあれ、読みやすい文章でしたのでそれぞれの感情は読み取れましたし、心地はよかったです。
2009-06-01 21:07:17【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
[簡易感想]軽く読めてよかったです。
2009-06-02 18:26:21【☆☆☆☆☆】氷島
計:0点
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