『死神〜Leisure Break〜』作者:上下 / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
一人の不審な男。 静まり返った夜。  人気のない橋。   突然現れる少女。    二人の運命が交差する。
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 そこは暗い橋の上だった。それなりに大きな川が下を流れているのだが、街灯がやけに少ない。わざとそこに暗闇を作り出そうとしているような、そんな気分にまでさせる。

 川の両サイドはコンクリートで固められ、植物が生えるような場所はない。よって、ここを散歩しようとする人間などほとんどいない。それどころか、車さえも通ることがなく、人工的に発せられる音はほとどない。

 植物と植物のぶつかり合うような音はしない。しかし、強く吹き付ける風が橋に当たり、避けて音を立てる。

 下を流れている川も、それの影響からか、いつもより大きな音をしている。
 
 月明かりはかなり明るく、その橋の真ん中に立つ一人の男の姿を照らし続けている。

 年齢は40歳前後だろうか。少し掘りの深い顔が、外見を年上と勘違いさせる要因になっているかもしれない。格好はどこにでもいそうなスーツ姿だった。

 なにもそこにいることはおかしくはない。少し夜は遅いが、最終電車に乗り遅れたから歩いて帰るお父さんといえば納得はいく。肩を落としながら歩いている姿はストレス社会の代表のようにも思える。

 しかし、彼がここにいても当たり前なのは、この場所が普通の状態だったらの話である。

 今、橋は完全に封鎖されてしまっている。
 
 すっかり古くなったそれはいつ崩壊しても不思議ではなかったために全面禁止となっていた。近々取り壊すという話しもある。

 そんな場所に一人で歩いているのはおかしくはないだろうか。

 怪しいのはそこだけではなかった。いくら周りは暗くとも、月明かりがあるために影ができる。周りにある柵や明かりのついていない街灯にも多少なりとも存在している。
 
 だが、その男にはどこを探してもそれはなかった。いつでも自分のマネをし、それがあることにより自分の存在を確認することのできる影がどこにも見あたらない。

「早く帰らないと……。早く……」

 そんな言葉を延々と口走り続け、ひたすら長い橋を進み続ける。

 周りから確認できるするものがいれば明らかに異常者として警察に届けられても仕方がない。それほどまでに男は壊れてしまっている。

 いったいなにがあったのか、なにが彼をこんな風にさせたのかはわからない。ただ、同じことを繰り返しながら前に進み続ける。彼の望みは一つだけだった。

 男が橋の中腹まできたときだ。突如としてもう一つの人影が姿を現した。どこからか歩いてきたわけでもなく、飛んできたわけでも、正真正銘現れた。

 まだ、その影とはかなりの少し距離があるため男は止まらない。

 その細い体のラインと、長い髪の毛のシルエットは、女性なのだということ確信させる。それほど身長はない。男もそれほど身長は高くはないが、遠近法を除いても小さい。せいぜい高校生の平均的ぐらいだと思われる。年齢もおそらくそれぐらいだろう。まだ10代の中盤ぐらいという成長しきっていない顔立ちがそれを証明している。

 確かに彼女は女子高生にも見えなくはないが、不自然な所がいくつもある。一つはファッションもなにも考えていないような真っ黒のワンピースを着ている。ワンピースと言ってもかわいいとイメージは欠片もなく、不気味さしか醸し出していない。

 もう一つは、その手に大きな鎌が握られているということだ。利き腕なのか、右腕に握られているそれは彼女の身長をこえている。

 男は、彼女をみた瞬間にこう思ったに違いない。

 自分と同じ存在だと……。

 そう考えた瞬間、男の口元はつり上がった。それは、自分と同じような存在がいることに対してなのか、またはそれ以外の理由なのか…。

 男は、少女に近づいても足を止める気配はなく、それどころか早くなっていっている。

「残念だけど、私はあなたと同じような存在じゃないし」

 彼女の声にはまだ幼さが残っている。しかし、それでもしっかりした口調で言葉を発すれば十分な力を持っていた。

「喰われるつもりもないのよね!」

 少女の言葉は、どこか相手を見下ろしているような言い方だった。その一声を放った瞬間に、男は宙に舞い、彼女に飛びかかっていた。

 普通では考えられないような動きで、重力を感じさせない。かなりの速さで二人の距離は瞬時に縮まる。

 黒服の少女は、まるでその行動を呼んでいたような動きで回避行動を行い、それに成功した。

 予想以上の速さだったためか、彼女の肩は少し抉られ、血液の代わりに何か黒い霧状の物が漏れだしていた。

 その光景を見た男はまた口元を釣り上げる。

「あら、その体になると痛みなんてものはなくなるのかしら?」

 少女も同じように笑っていた。

 男のような不気味なものではなく、少女らしい笑顔。

 なぜ少女が笑い、あんな言葉を吐いたのか男には最初わからなかった。今の一撃で力の差は歴然としていた。来ることがわかっていながら、彼女は攻撃を避けることができなかった。スピードは自分の方が上だ。力だって、さっきのがヒットしていたら相手の体はひとたまりもない。

「今の言葉がわからなかったことが、あなたの敗因ね」

 不思議そうな顔をした男に対して彼女は何かを投げつける。なにかの武器ではない上に自分の元まで届かないそれを見つめて、初めて相手が言った意味がわかる。

 それは、先ほどまで自分にくっついていた左腕だった。

 今まで、この体になってからはけがをすることがなかったためにわからなかったが、たしかに彼の体は痛みなど感じないらしい。その証拠に、腕を失うという重傷を負っているというのにそれに気がつかなかった。

 切断された部分からは少女のように大量の黒い霧が漏れだしている。だが、その量は比ではない。少女が公園の噴水なら、彼は高いところから流れ落ちる滝。それほど出ている量が違う。

 無言で少女を見つめる。その顔は笑っている。
 
 今の一撃で二人の力の差は歴然だ。片や怪我。動かせないほどではない。

 片や切断。動かそうにも、その動かす部分が存在しない。

 両者がベストの状態でこの結果だ。事態がどのように転ぼうとも結果は見えている。

 確かに今の彼には痛覚がない。切られたことにすら気がつかなかったのがその証拠だ。

 だからどうした。それが男の考えだった。痛覚がなくても自分のやることはかわらない。ただ、前進し、そして目の前の少女を喰らう。それだけのこと。

 これだけ力の差がありながらも恐怖というものは感じていない。そもそも感じる必要がない。なぜなら、男は自分が勝つことを確信しているからだ。

「いったい、どこからそんな自信がうまれてくるのかしら……」

 今度も、少女の声が合図であるかのように男は距離を積めてきた。おそらく、一回目の攻撃よりも数段速い。先ほどでも少し当たっただけで体の一部をえぐられた。

 それを少し拍子抜けしたような顔で少女はこう言い放った。

「自信満々だったからなにかあると思ったのに、つまらないわね」

 そういう彼女は動こうとはしない。一方的に男だけが接近していく。

 結果として、男の攻撃は当たらなかった。

 彼が放った一撃は少し体を反らすだけで回避された。そして、無防備になった腕に向かって軽々と巨大な鎌を降り降ろした。

 まるで包丁で豆腐を切るような感覚で切られた腕は黒い霧に変わり、空中に消えていった。

 独腕だった男は一瞬にして無腕にされ、攻撃手段を失った。そして、それと同時に体中から力が抜けていき、戦意まで無くしてしまった。

 このような状態になっても、少女に対して恐怖というものは感じない。彼は元々この感情が欠落しているのかもしれない。

「あなたが助かる方法は、私を見た瞬間に逃げるという選択ししかなかったのよ。死神をなめないでね」

 少女は勝つことに喜びを全く感じていない。まるで像が蟻に勝負を仕掛けたときのように勝って当たり前だとしか思っていない。

 これだけ物騒なことが繰り広げられているのに、下を流れる川は変わらぬ穏やかさを保ち続け、風は時折強く吹くが、変化はない。

 流れ出る黒い霧を止めようにも、それを押さえるための腕もない男はじっとしたまま動こうとはしない。

 自称死神の少女は抵抗することのなくなった男に近づき、とどめをさそうと考える。
あなた、自分が死んでからどれだけの人間を殺したの?」

 彼女がいう人間には、生きているという言葉が付け加えられる。しかし、彼女にとって、無くても間違いではなかった。

 男も少女もそれではない。血と肉で出来ている人間に対し、2人は自らの意志や恨みなどを形にすることで体を構成している。

 物理的に接触することのできない霊体。そんなものが人間と言えるのだろうか。

 男は一言も口にすることはない。ただ苦しそうにそこでふさぎ込んでいる。目の前には死神などおらず、一人でいるかのように……。

 死神である彼女も、それ以外はなにもいわなかった。たが、その口元はここにきて以来、初めてのつり上がりを見せていた。よろこんでいるのだ。

 彼女には同じような存在の心、考えていること、記憶を感じることができる。それがどんなものなのかと聞かれたら少女も困るが、まるで自分のものであるかのようにわかるのだという。

 男は少女の言葉を聞いてはいなかった。現に、心の中でさえ彼女の質問に対する返答はなかった。

 記憶の中。答えはそこにあった。

 男はここを通る人間を次々と殺した。時には間接的に、時には直接。そして、殺した人間が霊体になった瞬間にそれを食らった。相手はおそらく、死んだことはおろか、食われたこともわからなかっただろう。

 最初がどうだったかは本人も覚えていないらしくわからないが、一度味を覚えた男はこの場所で幾度となくそれを続けた。

 相手がどんな者でも変わらない。ただ、食らえばそれだけ力が増す。それを何度も繰り返せばどんな弱者でもかなりの力を手に入れることができる。

 それと同時に、捕食者は自我という物が少しずつ消えていく。意志の塊を取り込むことで自分の意志と相手の意志が混ざりあい、どこからが自分なのかわからなくなってしまう。

 この男もそれの例外ではなかった。

 先ほどの彼からは自分という物が存在せず、本能で動いていた。ただ、自分の中に力を取り込みたいという欲。自我がなくなった中でも、それだけは働き続けた。

 そして、体からほかの意志が抜けた男は苦しみながらも一言発する。

「ここは?」

 今まで何人もの人間を殺して起きながら彼に記憶はない。霧がかったようにぼんやりしているわけではなく、存在していない。それはまるで、自分の意志じゃなかったため許してください、と言っているようだった。

 少女は無言で手に持った鎌を振り上げる。その行動をみて、男は恐怖に満ちた声をあげたが、だからといって助かるわけでもない。

 先ほどまで人間を殺し、同胞を食らっていた男はすでにいない。あまりにも多くの意志を取り込み、いくつも合わさったそれが新たなる人格を作り出してしまう。そう考えると、彼もまた被害者の一人なのかもしれない。

 しかし、罪を犯したことは事実。それが消えるわけではない。

 一瞬にして一つの意志が刈り取られた。

 死神は、鎌を相手の胸部の真ん中に勢いよく差し込んだ。そこには、人間の心臓にあたる核が存在している。彼らが人間としての意志、形を保つための最後の砦。

 それを破壊された男は文字通りに体が崩壊し、黒い霧に変わっていく。意志のなくなった人間の魂が空中をさまよう。

 仕事を終えた彼女にこの場所にいる意味はない。すぐにこの場をさるのだが、そうはしなかった。

 無表情のまま口を開けたかと思うと、空中をさまよっている黒い霧を、その体内へと取り込んでいる。

 夜空に紛れてそれはあまりはっきりとはしなかったが、確実に彼女の口の中へと入っていく。

 この行為は、男が行っていた食事とどこか違いはあるのだろうか。自分とは違う人間の意志を体の中に入れて力を得る。黒い霧は形をなすことができないだけで彼や、彼の体の一部になった者達の意志に代わりはない。

2008-10-17 09:58:23公開 / 作者:上下
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■作者からのメッセージ
皆様お久しぶりです。いや、忘れているというか、知らない人のほうが多いでしょう……。昔に存在していた上下 左右こと上下でございます。
実に4年ぶりぐらいの出現でございます。やはり、かなりの人が入れ替わっていますね♪歳は取りたくないものです(笑)
まったくもって知らない人にはわからないものですが、本当に久しぶりに書いたためにおかしなところは多数だと思いますが、ご賞味くださってありがとうございました。
 やはり、携帯で書くと一つ一つの文章が短くなるものですね。
それでは、次がいつになるかわかりませんがまた会えたら会いましょう♪
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