『善と悪』作者:猫舌ソーセージ / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
善な行いをすると不幸な目に遭い、悪な行いをすると幸せになれる世界のお話。
全角1423文字
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原稿用紙約3.56枚
 老婆が杖をつきながら歩く。その後ろを少年がつける。ひと気がなくなった所を見計らって少年は後ろから老婆を突き飛ばした。老婆は咄嗟の事に体勢を崩し、頭からコンクリートの地面に激突した。老婆は数秒間痙攣した後、全く動かなくなる。どす黒い血が地面に川を作っていく。少年は老婆の体を探り、財布を見つけるとそれを取ってその場を去ろうとした。
「何してるんだ!」
 少年の背後から人影が現れた。少年が振り向くと、スーツ姿の男が老婆に駆け寄る。
「大丈夫ですか! 聞こえますか! ……くっ、脈がない」
 男は老婆へ必死に声を掛けたが、すでに事切れていた。
「馬鹿じゃないの」
 少年はそう呟くと、踵を返し歩き出そうとする。それを男は少年の腕を掴み止めた。
「なんだよ?」
 男を少年は睨みつける。
「……ふざけるな、こんな事が許される筈がない! どうしてだ、なんで殺した! 痛まないのか! 心が!」
 男は自分の胸に拳を当て少年に訴える。しかし、少年は冷めた目で男を見つめ、素早くなんの躊躇もなく、腰に身に付けていたダガーナイフを取り出し、掴む男の腕に突き刺した。
「ぐあっ!」
 男は激痛により少年から腕を放す。その隙を狙って少年は逃げ出した。

 少年の名は柊 勇気。物心付いた頃から、あらゆる悪さをしてきた悪童である。多くの犯罪を行ってきた勇気だが、ただの一度も捕まった事はない。捕まえようという人間がいないのだ。この世界は悪さをすればする程幸せが手に入り、逆に良い行いをすればする程不幸になるように出来ている。それは、人間が作ったルール、仕組みという訳ではない。りんごを持った手を離せば地面にりんごが落ちるのと同じように、ごく当たり前の現象である。

 勇気に腕を刺された男、新藤 啓二は善人である。善人であるが為に、今までに多くの不幸を体験した。良い行いをすれば必ず不幸が訪れる。そんな世界のルールに数多くの人々が善人を辞め悪人へと変貌していった。だが、啓二はそれでも善人である事を貫き通す。何があっても悪事を働く事は正しくない。その信念の元に。

 腕の痛みを堪えながら、啓二は妻と子の待つ自宅へと戻る。啓二にとって唯一安息の地だった。今日までは――。

 部屋に転がる妻と子の遺体。全身にナイフで刺された傷跡があり、血だまりが出来上がっていた。啓二はその光景を見て、膝から崩れ落ちる。悪事を働いた少年を捕まえようとした善の行い。その代償がこれだった。
「……なん……で……。こんな……こんな世界……間違っているだろぉっ!」
 強く両腕を床に叩きつける。愛する妻が殺された。愛する子が殺された。啓二の信念が揺らぐ。今までは良い行いをしても、不幸は自分の身に起こるだけだった。だが、今回は自分の愛する者の死によって不幸が訪れた。正しい行為が本当に正しいのか、啓二にはわからなくなっていた。正しい行為をして愛する者が死ぬのなら、それは正しい行為ではないのではないか。悪事を働いてでも家族を守るべきだったのではないか。自分のエゴによって家族が殺されたのではないか。本当の悪は自分なのではないか。啓二の信念の壁が――壊れた。

 世界には、善人は数える程しかいなくなった。その善人達の全てが独り身である。善を貫き通す為には、孤独でなければならない。

 ――善を貫き通す為には、愛を捨てなければならない。
2008-09-02 14:00:30公開 / 作者:猫舌ソーセージ
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■作者からのメッセージ
初めましての方は初めまして。お久しぶりの方はお久しぶりです。どれくらいぶりになるでしょうか。実は、重度の欝病になってしまいまして、ずっと顔を出せずにいました。今もまだ完治はしていないのですが、文章を書く事が意欲につながり、良いリハビリになるとの事で、なんとか文章を書こうという所までは復帰できたので、投稿しました。これだけの文章を書くだけで、毎日一時間(が限界)一週間かけて書き上げました。早く昔の元気だけが取り得の私に戻りたいです。感想などお待ちしています。
この作品に対する感想 - 昇順
お久しぶりです。覚えておられないかもしれませんが、お話しした事があります。
作品読ませていただきました。非常にメッセージ性の作品だなと思い、またそれがいいメッセージだと感じました。「善をしたら不幸になり、悪をしたら幸せになる」まるでパラレルワールドのような設定なのに、どこか現実と似ている。善人であることは難しい。啓二のような人はきっと現実にも溢れかえっているんでしょうね。
自分のしている行為が悪なのか善なのか。周りがそうしているなら、それに同調するのが「善」なのかもしれない。ほんと、今の社会を振り返れますね。
最後の一文には震えました。昔聞いた言葉で「善をするのにはとても勇気がいる」というのがあるんです。きっと最後の一文のことだと思います。
考えさせられました。
2008-09-03 00:04:37【★★★★☆】コーヒーCUP
読ませて頂きました。
同じく最後の一文に持っていかれました。とても考えさせられる言葉だと思います。
「孤独でなければならない」
思い当たる節が沢山ありますね。うーん思わず唸ってしまいます。
短い文章の中に強いメッセージ性を感じました。
2008-09-03 00:39:28【★★★★☆】神風
おひさしぶりです。お帰りなさい。

イヤーな話だけど、一面の真理ですね。
こういうことは知らないふりをしてないと、なかなか生きていきにくいけど……。
2008-09-03 01:02:22【☆☆☆☆☆】中村ケイタロウ
はじめまして。

短いお話の中にこういった表現がてんこもりにされる時代なんですね。
受け止め方は人それぞれでしょうが。

わたしには説得力が無かった。善人は不幸になることを証明する材料がこの話からは欠けているような気がします。もしそれが猫舌ソーセージさんの中ではっきりしているなら描いてほしかったなあと思います。そしたらわたしにもこの世界の考え方がわかるかもしれない。

これは感想なので感じたことを述べますが・・・
>――善を貫き通す為には、愛を捨てなければならない。
この一文を読んで改めて思いました。
愛を捨てて善行?いやむしろ、愛情の無い善なんてないんじゃないかなって。


2008-09-03 01:13:14【☆☆☆☆☆】茉田
愛の対義語は? 『無関心』 マザーテレサが言ったそうです。

なんにせよ、夢オチであることを祈ります。 失礼しました。
2008-09-03 12:09:25【☆☆☆☆☆】名無し
>>コーヒーCUP様
お久しぶりです。もちろん覚えています。現実には、何一つ悪い事をしていない、正しい生き方をしてきた人でも病気や事故などで理不尽な不幸に陥っている人がいますね。そしてその逆もしかり。私達の世界も間違っているのかもしれません。環境によって善悪は変わります。戦争をしていた時代には、敵国の人間を殺す事が善とされ、ほとんどの人間がそれを疑わなかった。今私達が認識している善悪も正しいのかどうかわかりません。
>>神風様
感想ありがとうございます。最後の一行には、矛盾も含まれています。これは、私自身が善とは何なのか答えに辿り着いていないという意味も含めて、矛盾の一行を入れさせていただきました。
>>中村ケイタロウ様
必ずしも真実を知る事が良い事ではない、ですね。人は多くのことに目を瞑って誤魔化してようやく生きていけるのかもしれません。例えば、目に見えない微生物とか細菌とかが目で見えるようになって、体中にびっしりとくっついていて、空気中にも漂っていてそれを呼吸するたびに食べている。なんて考えたらとても生きていけないですね。
>>茉田様
愛情の無い善なんてない。理想ですよね。最後には、理想に辿り着く。努力すれば必ず報われる。そんな物語が私は好きです。
>>名無し
有名な方が言ったから、これはマザーテレサの言葉だと認識されていますが、実際に多くの方が気付いていた事だと思いますし、マザーテレサも誰かから聞いて話したのかもしれません。
2008-09-03 14:29:26【☆☆☆☆☆】猫舌ソーセージ
こんにちは!読ませて頂きました♪
お久しぶりです。面白かったです。どうしようもなく辛い(救われない)世界だなと思いました。それは、自分がその世界にいたら、どう行動するか解るような気がするからです。本当に?と問われると自信ないですが、選択肢の一つとして、確かにあります。それをしたくないと思うので怖いというのも感じました。まとまらないのですが、物語としては楽しめました。
では失礼します♪
2008-09-03 19:34:13【☆☆☆☆☆】羽堕
>>羽墜様
お久しぶりです。私はこの世界で善を貫き通す事は出来ません。みんなが悪さしているんだから、自分だってやってもいいと正当化してやるでしょう。ただ、それで手に入れた幸せを本当に幸せと呼べるのかは疑問ですけれど。
2008-09-04 13:52:25【☆☆☆☆☆】猫舌ソーセージ
短い中に巧く考えさせる内容を盛り込めていたと思います。
人間の善などあやふやです。最後の下りはニヤリとしてました。……そんな自分が笑えました。
次回作、お待ちしてます。
2008-09-05 13:59:31【☆☆☆☆☆】ミノタウロス
>>ミノタウロス様
お久しぶりです。法律も結局は人間が作ったモノなので間違いだらけなのでしょう。
それでも、間違っていたとしても、基礎となるモノがなければ、待っているのは
混沌だけなので仕方がありませんけど。
2008-09-05 16:13:30【☆☆☆☆☆】猫舌ソーセージ
お久しぶりです。時貞です。覚えてくださってますでしょうか? 作品を拝読させていただきました。僕的にはかなりキツイ内容で、読み終わったあと少しへこみました 汗 しかし、猫舌ソーセージ様は敢えてこのような物語を発表したかったのだろうな、と勝手に思っております。読み手がどう受け止めるか。勝手な解釈ながら、猫舌ソーセージ様は実際にはご自分のお考えと正反対の物語を書いたのではないでしょうか? しかし、敢えて救いのない物語を読み手に突きつけたのではないでしょうか? 僕の穿ちすぎですかね 汗 短くまとめられていながらも、読者に色々と考えさせる力のある作品。こういうの、僕もいつか書いてみたいですね。良い勉強をさせていただきました。今後とも猫舌ソーセージ様の作品を心待ちにしております。
2008-09-08 16:28:27【☆☆☆☆☆】時貞
>>時貞様
もちろん覚えております。時貞様の読みきり作品のファンなので。私は救いの全くない終わりというのは、あまり好きではありません。それでも敢えて書きました。ただ、もしかしたら時間があれば、救いのある続きを書くかもしれません。感想ありがとうございました。
2008-09-08 17:03:21【☆☆☆☆☆】猫舌ソーセージ
作品を読ませていただきました。善悪論をする気はないけど、「善」の部分「悪」の部分をもっとえげつなく書いて欲しかったな。その結果ラストが救いがあろうとなかろうと構わない。元々善悪なんて抽象的な物だから絶対的な結論など出ないものですからね。では、次回作品を期待しています。
2008-09-08 22:16:17【☆☆☆☆☆】甘木
えげつないの好きですもんね、甘木さんは(笑)思いっきりえげつなくするのも考えましたが、あんまりえげつない表現が浮かんできませんでした。そういう話は極力避けてますから。ホラーとかも嫌いです。リングとかいかにも作り話っぽいのは全然平気なんですけど、心霊写真特集とかなんかだと、もう見れません。
2008-09-10 02:03:08【☆☆☆☆☆】猫舌ソーセージ
計:8点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。