『月の涙』作者:五条アリカ / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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「あの月は泣いているのかな」
 そんな、問いとも独語ともとれる言葉が、私の耳朶を揺らした。見上げた先には満月が、光のない空に独り浮かんでいた。人気のない河原に二人、草の上に腰を下ろし、空の鏡を静かに見上げる。
 月を遮る雲はない。しかし、暗い夜空には星もなかった。透き通る闇の中で、月だけがぼんやりと空に佇んでいる。星の儚い光は月光に塗り潰されて、一つ残らずなりをひそめているのだろう。
「……わからない。でも、独りで輝く月を見てると」
 ――涙が出そうになる。
 その言葉が私の口から零れることはなく、代わりに真白な息だけが漏れた。冬の澄んだ空気を、暖かい吐息がくぐり抜ける。白く濁ったそれは、冷気に滲んで、間もなくとけた。
 ふと、思う。
 月は太陽の光を受けて、切れるような、冷たい銀光を放っている。月は太陽の光を反射して輝くが、太陽が月の光に気づくことはない。その様は、永劫届くことのない太陽に向かって、届かないとわかっていても必死になって手を伸ばしているようで、
「あの月は……可哀想だ」
 知らず、私はそんな言葉を口走っていた。
 ――あなたも、この空の繋がるどこかで、この月を見上げているのですか? そこでは、優しい涙を流せていたらいいのだけれど。
 月がその問いに答えるはずもなく、ただその銀色の瞳で、変わらぬ光を地上に零す。
 私の隣で月を見上げる横顔が、ゆっくりとこちらに向けられた。
「そうだね、そうかも知れない。でも……今日は、いい月夜だと思わない?」
 そう言って私を見つめるその顔には、優しげな笑みが浮かんでいる。
「ああ、それは間違いないね」
 だから、私も笑って月を見上げた。月を遮る雲はなく、空を彩る星もなかった。
 ただ空に輝く満月に、心奪われていた冬の夜。
 またひとすじ、銀の雫が零れて落ちた。
2008-08-18 15:50:26公開 / 作者:五条アリカ
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■作者からのメッセージ
二人が会話している、ただそれだけの作品です。
それでも、何か心に残るものがありますように。
この作品に対する感想 - 昇順
こんにちは!読ませて頂きました♪
二人はどこで月を見てるのかな?って思ってしまいました。そんな現実的な事は考えるべきじゃないのかな?とも思いつつ、どっか不思議な場所という気もするし、都会のビルの屋上なのかな。とそんな不思議な感じが残った気がします。
では次回作も期待しています♪
2008-08-18 17:16:09【☆☆☆☆☆】羽堕
羽堕さん。
感想ありがとうございます。
そうですね、どこぞの『人気のない河原』、という所でここは一つ。
どこでもあり、誰でもある。というのが、この作品のコンセプトの一つだったので。
不思議な感じが伝わったら、これ幸いです。
2008-08-18 19:25:10【☆☆☆☆☆】五条アリカ
この類の詩的な描写は好きですが、この短さで、読者を唸らせる為には、もっと月の冷たさを銀の輝きをあなた様にしか出来ない表現で試みるべきです。
張り詰めた静寂やキンとした冷たさの漂う世界観――それらが不足気味と思います。
満月を「かわいそう」だと言う感覚が好きでした。

2008-08-18 23:23:24【☆☆☆☆☆】ミノタウロス
はじめまして。時貞と申します。作品を拝読させていただきました。「月は無慈悲な夜の女王」という小説を思い浮かべてしまいました。とても洗練された美しい言葉で綴られており、静寂な月夜の下で読んでいるような心地になりました。僕にはとても真似できない表現ですね。深い感銘を受けるというまでには至りませんでしたが、個人的に読後感は快かったです。静謐な気分になって。五条アリカ様の長めの作品を読んでみたくなりました。なにやらまとまりの無い感想で申し訳ございません。次回作も期待しております。
2008-08-19 09:25:07【☆☆☆☆☆】時貞
 こんばんは。はじめまして。

 確かに言葉は、大変美しいです。しかし、全体が、あまりにもあまりにも「美しい」言葉で満たされすぎていて、一つ一つの言葉の重みや効果が失われてしまっているきらいはないでしょうか。
 たいへん失礼な言い方で申し訳ありませんが、このような表現をなさるときに不可欠であると思われる、「どうしても必要な箇所で、どうしても必要な言葉を使う」という、ぎりぎりの選択が為されていないのではないかと――たとえば、このたった700字あまりの短い文章の中に「零」という漢字が三回も使われている点などに――感じてしまったのですが、いかが思われますでしょうか。
 
2008-08-19 23:39:02【☆☆☆☆☆】中村ケイタロウ
作品を読ませていただきました。綺麗な作品ですね。でももっと月の表現を読んでみたかったというのが本音です。『冷たい銀光』という表現も美しいとは思うけどあまりにも曖昧すぎる。この作品では『冷たい銀光』『銀色の瞳』と銀を単純なキーワードにしすぎて銀のもつ深みや美しさを弱めてしまっている感じを受けました。では、次回作品を期待しています。
2008-08-24 12:13:48【☆☆☆☆☆】甘木
計:0点
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