『或る自殺志願者の話』作者:カオス / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
或る自殺志願者の死場所探し。
全角1894文字
容量3788 bytes
原稿用紙約4.74枚

私は何時も、沈み行くように、落ち行くように、目覚める。

そうして、今日も私は目覚めた。

『或る自殺志願者の話』

ジー。
ジージー。
ジージージー。
ジージージージー。
ジージージージージー。
蝉が鳴いている。
只でさえ少ない命をすり減らしながら、蝉が鳴いている。
私は、湿った土の上をゆっくりと歩き出した。
思うにこれから、私が行う行為は最低な行為だ。もし、蝉たちが私と何らかのコミニュケーションが取れれば、私は蝉に抹殺されるか手酷いめに遭うことだろう。
バッグの中には太く長いロープ__私の一人の体重を支えられる程の__と簡素な手紙が入っている。
夏休みを利用して、私はこの自殺の名所まで遥々やってきた。もちろん、理由は簡単だ。
自殺するためだ。
特にそれに、これといった理由はない。
芥川龍之介の自殺理由が、将来に対するただぼんやりとした不安だったのと同じく、私はただぼんやりとしたモノのためにここまでやって来た。
そして、ここで首を括ることにした。
蝉時雨の中、私はまるで夢遊病患者のように進む。
頭の中が、ふわふわとして、現実なのか夢なのか判断が出来なくなる。



私は、特に裕福でもなく、貧しくもない家庭に育った。
両親と姉と私の四人で、狭くもなく広くもない、マンションの一室で私は育った。
工場のベルトコンベアのように、小学校に入学し、中学、高校、大学と進んだ。
特に楽しくも、辛くもなかった。
私は只、与えられた仕事をこなして行った。
毎日は淡々と過ぎ去り、小学校を卒業し、中学、高校、大学を卒業した。そして、今は社会人として生活している。
両親は定年後、ボランティアに励んでおり、まだまだ元気そうだ。
姉は、官僚として頑張っている。
幼い頃から、私の周りはキラキラと光っていた。今鳴いている蝉のように、命を削ってまで、自ら光ろうとしていた。
私の頭上に輝いている太陽でさえ、何時かは燃焼することが出来なくなる。
恒星は、自らを燃やしてまで光ろうとしている。私の周りには、そのような人物が多かった。
その、反動なのか、それとも本来の気質なのか、私は物事を淡々と見ていた。
もしかすると、それが理由なのかもしれない。
だが、もうどうでも良いことだ。



暫く鬱蒼とした、緑の中を進むと、開けた場所に出る。
青い空に入道雲がモクモクと、居座っている。
日差しが眩しい。
一気に夢から、現実へと戻された気分だ。
そこは、生々しい緑の__生命の園だ。
嗚呼。
無意識に言葉が、溢れ出る。
此処こそが、私が求めている死場所なのかもしれない。
一本の逞しい樹が視界に入る。
この開けた場所の長老のように、堂々としかし、粛々とそこに存在している。
私は踊るように、その樹に近づく。
木陰が、私を受け入れる。ひんやりとしたそこは、心地が良い。
間近で見るその樹は、どっしりとしている。幹はごつごつとしていて、生きて来た年月の長さを物語っている。枝も、私の太腿ぐらいの太さがある。
その形も素晴しいが、私の心を魅了して止まないのは、その香りだ。
咽せる程の生の香り。
それが、私の心を魅了して止まない。
花のように芳しい訳でもなく、若葉のように青臭い訳でもない。
私の貧しい語彙では、表現できない程の香りが、私の心を魅了して止まないのだ。
ごつごつした幹に背を預け、私はその木の根元にしゃがみ込む。そうして、ゆっくりと瞼を閉じる。
さわさわと、葉の擦れ合う音。
蝉の声。
鳥のさえずり。
そして、生の香り。
ここまで、死場所に相応しい場所が他に存在するだろうか?
私はゆっくりと、瞼を開く。
葉の緑と空の青が網膜に突き刺さる。それですら、今の私には心地よい。
バッグから取り出した、ロープを一番太い枝に掛け、硬く結ぶ。
近くに落ちていた石を踏み台にし、首にロープを掛ける。
ゆっくりと瞼を閉じる。視界が真っ黒に染まる。
私は、肺一杯に生の香りを吸い込む。次の瞬間、それは私の血肉に変わる。
嗚呼。
生きている。
そう感じた瞬間、私は重力から解放される。



ジー。
ジージー。
ジージージー。
ジージージージー。
ジージージージージー。
蝉が鳴いている。
そうやって、沈み行くように、落ち行くように。
私は今日、自宅のベッドの上で目覚めたのだ。



生きたいと、何故か私は、痛烈に思う。

2008-08-02 22:29:07公開 / 作者:カオス
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この作品に対する感想 - 昇順
 こんにちは。
 たいへんしっかりした文章で、自然描写がよかったです。ただ、全体に紋切り型の感じがしました。また、自殺を考えるにいたった理由に、あまり説得力が無いんじゃないかなと思いました。その結果、ラストの一行の効果も減殺されているのではないかと。全体をもっと長くしたほうがいいと思うのですが、いかがでしょうか?

 形式について申しますと、原稿用紙を使うときと同様に、段落の頭は一文字下げなければなりません。それから、ダッシュは”__”ではなくて”――”を使います。

 失礼いたしました。次回作をお待ちしています――と申し上げたいところですが、この作品を繰り返し推敲されることをお考えになってみてもいいのではないかと思います。
2008-08-02 22:41:13【☆☆☆☆☆】中村ケイタロウ
こんにちは!読ませて頂きました♪
苦しくても生きている人からは、自殺なんて卑怯に思えるのかもしれませんね。例え、それが蝉でも。なので、蝉に抹殺という所は、ユーモラスでもあり良かったです。最後に主人公が生へ執着してくれて、単純な私なんか良かったなと思ってしまいました。
では次回作、期待しています♪
2008-08-03 18:54:00【☆☆☆☆☆】羽堕
作品を読ませていただきました。芥川龍之介は『漠然とした不安』を自殺理由にしたかもしれませんが、内面では懊悩や葛藤があったはずです。この主人公も自殺を決意するにはそれなりの理由があったと思います。そのあたりをしっかり書いた方がラストが生きてくると思います。特に描写がしっかりしているだけに心情面がアッサリしすぎていてアンバランスさを感じました。では、次回作品を期待しています。
2008-08-14 10:11:42【☆☆☆☆☆】甘木
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