『翼のある彼女』作者:アンバラ / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約8.02枚

晴れやかな昼休み、僕が彼女と出会ったのは偶然だった。
昼休みに入り、昼食を食べ終えた僕は心地よい風を求めて屋上へと向かった。階段を上り屋上へと続く扉を開けると、僕以外にも数人の生徒が思い思いの姿で涼んでいた。僕は他の生徒達を避けるように、扉の横に設置されている梯子を上った。屋上から突き出るようなコンクリート製の箱の頂上に近づくにつれて給水タンクから低い機械音が僕の耳に届いてくる。広さとしては、人が三人ほど横になっても余るほどあるのだが、給水タンクからたえず聞こえてくる機械音とそこから伸びるパイプが遮るように横断しているため普段から利用するものはほとんどいなかった。梯子を上り終える頃、僕は梯子に集中していた頭を上げると、僕の視界に彼女の背中が映った。僕はその背中を見た瞬間、呼吸すら忘れ、彼女の背中に見入ってしまった。信じられないことだが、彼女の背中には美しい翼があった。透き通るように純白で、触れただけで折れてしまいそうな繊細さと共に、両手を広げても足りないほどの大きな翼からは力強さも感じた。彼女が呼吸するのと一緒に、背中の翼もゆっくりと揺らめき、風が翼を撫でるたびに羽の一枚一枚がサワサワと草原のような心地よい音色を響かせている。それは、僕の見た幻覚なのかもしれない。だとしても、僕の目は彼女の翼に釘付けになってしまいそらすことはできなくなっていた。
僕がその場から動けないでいると、さすがに彼女も僕に気付いたのかゆっくりこちらに振り向くとあきらかな驚きの表情を見せてその場に固まってしまった。そこで僕は、今の自分が傍からすればとても怪しい体勢であることに気付いた。梯子を中途半端に上った状態で、食い入るように彼女を背後から見つめていてはただの不審者でしかない。彼女が驚くのも無理のないことだ。
僕は、誤解をまねく前に彼女に謝りその場を立ち去ろうとしたが、意外なことに彼女は僕にやさしく微笑むと一緒に話しがしたいと言ってくれた。思いがけない事態に僕の鼓動は一気に加速する。緊張のあまりぎこちない動きになりながらも、僕は彼女と人一人分ほどの距離を開けて隣に座った。そんな僕の行動を見ていた彼女はクスクスと可愛らしく笑うと、軽く腰を浮かして距離を人半人分ほどに縮めてきた。彼女の大胆な行動に僕の思考は真っ白になり、体は石像のように固まってしまった。時折風に吹かれて舞う彼女の長い髪からは暖かな日の香りがした。そんな僕を見て、彼女は自分の顔に髪がかからないように手で払いながらもう一度クスクスと笑った。それから僕たちは昼休みが終わるまで時間を忘れて話続けた。僕はあまりの緊張に何を話したかよく覚えていなかったが、彼女の美しい翼とやさしい微笑みだけは僕の脳裏に鮮明に残った。
その日から、昼休みには彼女と屋上で話すのが僕の日課となった。普段は、廊下ですれ違っても言葉をかわすことはなかったが、昼休みに入ると僕は時間を惜しむように足早に屋上へと向かい、彼女との短い会話の時間を楽しんだ。僕の突然の変化に同じクラスの友人からひやかされ恥ずかしい思いもしたがその反面うれしさもあった。僕たちにとって昼休みの屋上は特別な場所で、特別な時間だった。出会って間もない頃の僕は、彼女の話を聞くだけで緊張してしまい会話をすることなどできなかった。けれど、日が進むにつれ僕の緊張は少しずつ和らいでいき、それと同時に彼女との距離も縮まっていった。昼休みだけだった僕と彼女の特別な時間は、気がつけば放課後も屋上で日が暮れるまで話すようになっていた。その頃からだろうか、僕が彼女の異変に気付いたのは、いや、本当は出会った頃から僕は気付いていた。ただ、気付かないふりをしていた。彼女のその部分に僕が触れてしまったら、この特別な時間が終わってしまうような気がしていたから。それがいいわけであることは僕もわかっている。
そんなある日、彼女が来るのを屋上で座ってまっていると、視界に映った夕陽が何故だか無性に腹立たしく思えた。それは、夕陽が僕と彼女の時間を奪っていくように感じられたからかもしれない。しばらくして、背後に人の気配を僕は感じた。それが彼女であることは確認するまでもなかった。いつものように僕と彼女は寄り添うように隣り合って座る、はずだった。けれど、今日はいつもとは違い彼女は、僕と距離を開けて座った。僕は少し驚いたが、それでもいつも通り彼女に話しかけると、そこには全身水浸しの彼女がいた。その姿は、彼女がいじめにあっていることを無言で証明していた。そんな姿をまの当たりにしても僕はいつも通り彼女に話をかけた。その時の僕はいつも通り接することが、僕にできる唯一のことだと思い込んでいた。この場で思い浮かぶ言葉は慰めじゃない、哀れみだ。それに、僕一人の力で彼女を助けられるなら世の中からいじめなんてものはなくなっているだろう。口にだすことこそなかったが、それは彼女からの無言の訴えだったのかもしれない。それなのに僕は、見てみぬふりをして会話を続けた。誤魔化すように。逃げるように。そんな僕に彼女はやさしく微笑んでくれた。
いつの間にか、彼女の顔には絆創膏が目立つようになり、背中の翼も灰色に染まり始めていた。僕はそれに気付いていながらも気付かないふりをした。関われば僕もいじめられるかもしれないから。そう考えたとき、僕は今まで自分のことしか考えていなかったことに気付き無性に腹が立った。自然と手には力が入る、心では彼女の力になろうと思っているのに、口から出るのは関係のない言葉ばかりだった。いつもと様子の違う僕を彼女は心配してくれるが、僕はそれを笑って誤魔化した。結局なにも行動に出すことが出来ないまま、日の暮れた屋上を彼女と共に降りていった。
その次の日のことだった。僕の通う学校で屋上から飛び降りて入院した生徒がでたのは。それが彼女だとわかるのにさほどの時間は必要としなかった。僕はいてもたってもいられず、先生から彼女の入院している病院を教えてもらうと、学校を抜け出し急いで病院へと向かった。病院へつくなり、僕は受付に詰め寄り彼女の病室と容態を確認した。看護婦さんの話では、奇跡的に軽症で彼女はすでに意識を取り戻し面会の出来る状態だという。僕の心は途端に軽くなり、早く彼女に会いたい気持ちに満たされた。看護婦さんに教えてもらった病室の前に辿りついた僕は、扉に手をかけた状態で動きを止めた。僕は彼女に会って何を話せばいいんだろう。彼女がいじめられているのを知っていながらなにもしなかった僕が、今更、彼女にあっていつも通りの会話などできるわけがない。僕は、直接ではないものの、彼女をいじめていた誰かと同じことをしていることに気付き、彼女に会うことなく病院から去っていった。誰よりも近くに感じられた彼女が、今では誰よりも遠い存在に感じられた。
それから数日が過ぎ、彼女は病院から退院したらしく、たまに廊下ですれ違うことはあったが、二度と屋上で会うことはなかった。自然と屋上への足も遠退き、教室での時間が増えていった。それでも、時折、思い出すかのように僕は屋上に向かい一人で空を眺めた。晴天の空を眺めていると遥か高くを飛ぶ、鳥の姿が目に入った。もしかしたら、彼女は飛ぼうとしたのかもしれない。なんの根拠もない考えが僕の頭の中をよぎった。僕にも彼女のような翼があったなら一緒に飛ぶことだって出来たかもしれないのに。気がつけば、僕の心には後悔の気持ちだけが強く残っていた。けれど、後悔したときには何もかもが手遅れだった。彼女はすでに転校した後で、僕がそれを知ったのはそれよりももっと後のことだった。
彼女が転校した後も、僕はたまに屋上に上り空を眺めている。彼女がどこに羽ばたこうとも、この空は繋がっているから……

2008-04-06 17:35:10公開 / 作者:アンバラ
■この作品の著作権はアンバラさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
気が向けば彼女の視点で書いて見たいと思います。
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして。作品を読ませていただきました。

まずは、お疲れ様でした。短いながら濃密に仕上がった作品だと感じています。読んでいる限り、安定した文章を書ける方なのだと思われます。羨ましいです。もしかして重箱の隅を突いているのかなと思いつつですが、終盤部まで使用していた「〜だ」調にいきなり「〜です」と敬語調がきてしまったことに驚いております。意図的であるなら、どうしてそうなさろうとしたのか教えていただきたいです。
また、作中の彼女はいじめを受けていた様子に感じました。ですが、何故いじめを受けていたのでしょうか? 背中に翼が生えていて、他人と違ったから? それともその翼が美しかったから(妬み)? それとも性格だったり、学年で一番人気の○○君に気に入られていたとか、そういった女事情でしょうか? えーと、すみません。久々に最後まですんなり気持ち良く読めたので、興奮してしまっているだけです。私は、この物語のことをもっとよく知りたいだけなので。いずれの理由にしても、“僕”はそのいじめを前にして、無力だったんですよね。大切な何かが無くなってしまう気がしながらも、無力だったのではないでしょうか。その無力さをもう少しストレートに表現してくださっても良かったように思います。“そう考えたとき、僕は自分のことしか考えていないことに腹が立った。”と表現してありますが。もっと強く表現していたら自分の好みだったというだけです。そうしたら、私はもっと心を強く掴まれていたと思います。
だらだらと偉そうにすみません。次回作品も期待しております。
2008-04-05 01:00:35【☆☆☆☆☆】目黒小夜子
 丁寧に言葉を綴っていこうという意思はわかるのですけれど、その意思から抜け落ちている部分がどうにも気になりました。
 『無力感』を書こうとしたことはよくわかります。ただ、その周辺の事柄にはあまり注意を払わずに書かれていたように思います。設定の類型、書こうとしているものに対して舞台や道具立てが安っぽい。
 また、言葉そのものを見ても吟味が足りていないように感じられます。二度、【たあいない】という言葉が出てきています。日常で頻出する語句ではないので二度はクドい。また、【たあいない】は正式には【たわいない】と表記します。その【たわいない】も、俗語に近い扱いなので『きれいな日本語』を使おうとするときは避けたほうが良いと思います。
 センテンスのつなぎ方もぎこちない部分がありました。

 表現しようとしていることは、文句ありません。技巧が追いついていないように思います。

 PS
 翼はメタファだよな。
2008-04-05 18:43:20【☆☆☆☆☆】模造の冠を被ったお犬さま
 前回の図書館の話とは違って、少々書き急ぎすぎたきらいが感じられます。丁寧さが『僕』の側に限定されてしまっている――いえ、『僕』の側もまだ足りない。
 たとえば導入部の屋上や梯子、その上の空間の構造など、するすると見えてきません。直後に目に入る『翼』が意外で鮮烈であればあるほど、そこに至る流れはスムーズに見たいわけで。またそこでの少女との会話なども、もう少々少女の『ニュアンス』の感じられる表現が欲しかったところです。
 この物語を生かすために必要なのは、少女の視点ではないのでは。むしろ『僕』の視点から、もっと少女や周囲を見つめてほしいと思います。
 あ、なんかお犬様と同じことを記しているような。『たわいない』は、『あ』の誤記を除けば言葉自体は気にならなかったのですが。
 それから、目黒様同様、『ですます』混入の意図が掴めませんでした。
2008-04-06 02:16:43【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
目黒小夜子さん
コメントありがとうどざいます。最後の部分が敬語になってしまったのは何の意味もありません、ただの間違いです。すぐに直しておきます。『彼女』のいじめられいた理由については内気な性格なため周りとうまく溶け込めずそうなってしまった。という設定は作ってあったのですが、『僕』はそれに気付いていなくて、『彼女』も『僕』と話している時は普段とは違い自然体でいられるとか、あるのですが、話の中で表現できていない時点でだめですね。いじめにしても色々な理由があることにコメントとを頂くまで気付けませんでした。とても参考になる言葉をありがとうございます。
模造の冠を被ったお犬さまさん
コメントありがとうございます。表現力も文章力も足りていないことは自分でもわかってはいたのですが、改めてコメントとしてもらうことで気を引き締め直して、今よりももっといい作品を書けるようがんばります。言葉の間違いの指摘もありがとうございます。間違っているとは思っていなかったので指摘されるまで知りませんでした。
バニラダヌキさん
今回もコメントを頂きありがとうございます。自分の中では『僕』と『彼女』二人の視点から書くことで互いに補足するような形にしてみようと思ったのですが、それは作品としての最低レベルを上回ってからすべきことだとコメントを頂き感じました。それと共に、セリフがないことの難しさを知りました。セリフがあればおおまかとはいえ、口調でその人物像を伝えることができると思うのですが、セリフをなくしたために表現がおろそかになってしまいました。本当は逆ですね。
頂いたコメントを元に直してはみたのですが、良くなっているのか少し不安なところです。また、考え付いたことなどがあったら修正していきます。
2008-04-06 15:27:00【☆☆☆☆☆】アンバラ
この作品とは関係がないのですが、お知らせと言うことでコメントを書かせていただきます。長編でこちらにのせていた『マジルカ』という作品ですが、最後まで完成はしたものの、読んで頂くにはあまりにもレベルが低すぎると思い、自分の勝手な都合ではありますが消去させてもらいました。こちらに書くべきことではないのですが、消去できるかためしているうちに間違えて消してしまったためこちらに書かせていただきます。
2008-04-06 18:26:10【☆☆☆☆☆】アンバラ
初めまして。実はここに来て初めて読んだのがこの作品だったりします。遅ればせながら感想を書かせていただきます。

話の流れは、すぅっと流れるように読めて個人的にはすごく好きです。『僕』のどうしようもない気持ちが伝わってきて私もキュンとしてしまいました。『彼女』の羽の感じも肌で感じられるほどです。
ただ……横槍になりそうですが、いじめられていた理由が「内気な性格だったから」とのこと。果たして内気な女の子が、屋上で初めて会った男の子に対して大胆に行動できるものなのでしょうか……? いや、作品中で理由については触れられていないのでいくらでもごまかしはききますが(!)、ちょっと考えてみて欲しいです。
あと、細かいことになりますが(申し訳ないです)……お犬さまさんも指摘された技巧のことで。あくまでも私の主観なので参考にするしないはアンバラさんにお任せします。
3行目、「僕は他の生徒達を避けるように〜」ですが、視点は『僕』ですよね。自分のことを語るのに「〜ように」という曖昧な言葉を使うのはちょっと違うような気がするのですが……。
それから5段落(多分)の「そんなある日、彼女が来るのを屋上で座ってまっていると、視界に映った夕陽が何故だか無性に腹立たしく思えた。」という部分ですね。『僕』が「座ってまっている」のと「腹立たしく思えた(腹立たしいと思った)」のは同時並行で行われたことですよね。なのにそれを「と」という接続助詞(…多分)で繋ぐと「まつ→思う」という時間的流れが出来てしまうように思うのです。

えっと、長々といろいろ言ってしまいましたが……私もそんな偉そうな口聞けるほど実力ないんですけど……もし、参考にしていただけるなら幸いです。
それでは、これからも楽しみにしています。
2008-04-07 21:40:41【☆☆☆☆☆】夕粋
計:0点
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