『Mother and I  〜お母さんと僕』作者:いおり / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
母子家庭の一人っ子の僕に、ある日災難が降りかかる。頼みの綱のお母さんが、どうやら強盗に占拠された電車の中に閉じ込められているらしい。やたら男らしいし、愚痴っぽいし、まともに御飯作ってくれないし。はっきりいって不満たらたらなお母さんだけど、僕にとってはたった一人の家族。僕は防犯用催涙スプレー片手に、夜の駅に向かって駆け出していった。
全角8368文字
容量16736 bytes
原稿用紙約20.92枚
     

        1

 平日六時半から始まるアニメは、大抵僕のお気に入りだった。
 だから前の番組が終わるとCMの間にあわててトイレへと駆け込み、食べっぱなしにしていたお菓子の袋やゲーム、漫画、友達と競って集めているカードなどなどを、僕は時間と追いかけっこで片付けた。けれどその前の番組だってぎりぎりまで見ているのだ。時折ゴミ箱に入れ損ねて少しだけ残っていたお菓子の残骸を周囲にばら撒いてしまったりもした。するとオープニングテーマからしっかり見るのをモットーにしているのに、僕は風呂場前においてある掃除機を出さなきゃならなくなる。
 友達に言わせればテッシュか何かでさっとまとめて捨てればいいじゃん、というところらしいのだが、それがどうも上手くいかない。ウチの居間にはやや毛足の長いカーペットが敷かれていて、暖かく座り心地は良いものの、一旦絡んでしまうと小さなゴミは沈んで取れ難くなってしまう。それに僕の目が悪いからかお母さんが特別神経質な人だからか、ごまかしはすぐにばれて、いつもお母さんの不機嫌に直結してしまっていた。古いとはいえウチはアパートの二階だったし、蟻がここまで列をつくるなんて全然思えなかったけれど、母子家庭の一人っ子、つまり僕にとっては唯一の家族であるお母さんの機嫌を損ねると非常に後が辛いことになるのだ。
 いつもは気楽な二人暮らしをエンジョイしていて不満に思うことなんてほとんどないのに、そういう時だけ僕は思う。フォローしてくれたり、間に入ってくれる家族がいるって事は、きっととても幸せなことなのだろうと……。

 その日も僕は何とか片付けを間に合わせ、前半十五分をきっちりと堪能することができた。
 自分で言うのもナンだが、なかなかに正確で無駄のない、良い仕事であったように思う。そして見ていたストーリーの展開にも大満足し、再びCMが始まるのを確認すると僕は鼻歌交じりに立ち上がった。幾つか頼まれていた手伝いの仕上げに、お湯を沸かしておかなければいけなかった。
 必要なのは、二人分のインスタント味噌汁とお母さんが食後に飲むコーヒー分。大した量ではないから、手間も時間もかかりはしない。最初から大きめな音量で見ていたから、台所と続きになっている居間からは進行状況が十分推測できるだけの音が漏れていたし、僕はやかんを火にかけると椅子代わり使っていた蓋付きのゴミ箱にのんびりと腰掛けた。
 か――。
 炎に包まれた底から、やや高い唸り声が上がりはじめた。
 だんだん段々と、それは切迫した音に変わってゆく。僕は小刻みに震える青いゆらめきを眺めながら、ご機嫌だった気分が次第に重くなっていくのを感じていた。僕はお母さんのことを考え始めていた。
 そろそろ電車がつく頃かなぁ……。
 振り返ると柱に掛けてあるお母さんお気に入りのミッキーマウスの手形の時計が、六時四十二分を指していた。いつも五十五分過ぎ――丁度エンディングテーマが終わる頃に、玄関からすぐ正面にある階段をカツカツと響かせてお母さんは帰宅するのだ。
 ……今日はどんな声で帰って来るだろう?
 第一声は決まって「ただいま」だった。
 ここのところ酷く寒い日が続いていたから、冷え性のお母さんが上機嫌で言うことはほとんどなかった。でも問題はその後がどう続くか、だ。
 僕が聞いてもどうしようもないような、上司や同僚に対する文句の日は良い方である。手を洗ってうがいして、買ってきたお惣菜をテーブルに並べながら、お小言が始まったら最悪だ。口に出すのも不愉快な何かがあったのだろうと、黙って推測するしかない。逆に学校のことなど、聞いてくる日は上機嫌だった。でも更に良い事があった日には、かえって厄介なことになる。台所の換気扇の下でタバコを吸いながらビールを飲み、延々とその話を繰り返すのだ。酔いが回ってくると僕の都合もお構いなしで絡んでくるから、本当に性質が悪い。
 一番上と、一番下と。具合が悪くなければいいというのが僕の本音だった。働いて育ててくれるのは本当に有難いと感謝していたけれど、色々な意味で素直なお母さんがその日あった出来事を家にそっくり以上に持ち込むのだけは止めて欲しかった。僕は短い溜息をついた。
 その時。
 ふっ……とCMが替わったのか終わったのか、テレビの音が聞き取り難いほど小さくなった。
 あれ?
 お湯はまだ完全に沸き切ってはいない。
 水が多かったかなぁ、と思いながらも僕は慌てて火を止めた。手早くポットに注ぎ、居間へと向かう。ま、何か言われたら早めに沸かしたからとでも言えばいいや、といった具合だ。
 ところが画面を一目見た僕はがっかりしてしまった。映っていたのは楽しみにしていたアニメの続きではない。見慣れぬオジさんが報道フロアとかいう落ち着きのないところを背景に、緊張した面持ちでしゃしゃり出ているのだ。
 何だよ、ニュースかよぅ。
 腹立たしさに、僕はチャンネルを変えようとした。
 ところがリモコンを向けた次の瞬間、僕は大きく目を見開いて、そのクソ面白くもない筈のニュースに釘付けになってしまった。
 交番とコンビニを左右に従えたような改札出口。カメラが切り替わりクローズアップしたのは、かなり見覚えのある駅前の風景だった。
 でもまさか全国には同じような駅も多くあるだろうし、封鎖の為テープが張られたり警官や報道関係らしき人達がごった返したりしていたから、暫くは見間違いかと思い眺めていた。しかしカメラがロングショットになり周囲を一周すると、ポストや使われているのをみたこともない張り紙だらけの公衆電話の位置、ロータリー中央の花壇の中から両手を空に翳す少女の像と、次々僕の記憶と符合するところが現れたのだ。
「……現場は報道規制が敷かれ、現在も緊迫した空気が流れております。只今甲東線は塩見駅を中心に上下線とも運休しており、事件の解決までは復旧の見通しがまるで立たないといった状況です」
 甲東線塩見駅。
 うおっ、ビンゴ!
 そこはウチから歩いて十五分ほどのところにある駅だった。出かける際には僕も、そして電車通勤をしているお母さんは平日毎日利用している最寄り駅だ。
 そんな近場で何が起こったというのか。
 番組は現場からスタジオへとかわり、回りくどいコメンテーターが何やら喋りだしたから、僕は急いでチャンネルをかえた。
「事件発生は今から約一時間前です。まずは現在現場となっている甲東線塩見駅から二駅離れた西元本町駅、駅前銀行が強盗に襲われたことから始まりました。四人から六人とみられる犯行グル−プは拳銃と爆発物らしきもの所持し、現金を要求しておりましたが強奪に失敗。人質を取ると逃走し、十八時五分発の通勤準急甲東本町行きを占拠した模様です。ただ今当該電車は犯人グループからの指示により塩見駅手前のトンネル内で緊急停止しており、全車両に乗っている方たちはまだなかに閉じ込められているということですが、先ほど犯行グループの一部が車外へ逃走したという情報も入りました」
「斉藤さん、それは正確に逃走したということなのでしょうか? 何か別の目的があっての行動ということはないのでしょうか?」
「あっと失礼致しました。詳しいところはまだ確認取れておりません。停止した車両から停止直後に二人ほどが下車したのを目撃したという証言があったということのようです。県警本部も三十分ほど前に捜査員の増員を要請し、必死に行方を追っておりますが、こちらにも未だその後の情報はありません。また車外に降りたとみられる一人は身長百七十センチほどで黒っぽいジャンパーとニット帽を被り、もう一人は灰色の作業服のような上下を着た百八十センチを超える大柄な男で、それぞれマスクや眼鏡等で顔を隠していたということです。近隣住民の皆さんは……」
 そこまで聞いて、僕はテレビを消した。
 は? うそだろ?
 冗談としか思えなかった。こんなにも自分に近いところで速報としてメディアに報じられるような大事件が起こるなんて、とても信じられない。
 半信半疑のまま、僕は居間の窓を開けた。白い息を吐きながら上半身を乗り出して、耳を澄ましたり眺めたり。流石に何かわかるほど近くもないのに、暫くはしつこく駅の方を窺ってみた。しかし特に変わった様子もなく、聞こえてきたのは隣近所の話し声と、犬の鳴き声。そしてウチの台所の掛時計からの、やたら暢気なミッキ−マウス・マーチだけだった。
 七時ちょうど。
 どくん、と。心臓が大きく鳴った。
 お母さんは元々丈夫なほうで、多少の風邪を引いても必ず仕事へ行く人だった。外せない学校行事や僕が病院へ行かなければならないほど具合が悪くなったときを除いて、休んでいるのを見たことがない。そのかわり残業はまったくしなかった。用事があって帰りが遅れるときは、必ず前もって電話をくれていた。そのお母さんから、今日は連絡もない。
 やっぱり本当だったんだ。巻き込まれたんだ……!
 急いで窓を閉めると、僕はランドセルの中に入れてあった携帯電話を取り出し、リダイヤルをかけてみた。もしもお母さんが犯人と同じ車両にいて、この電話が犯人を刺激することになったらどうしよう。そう思うと手は震え、途中何度か躊躇して、切ったりまた掛けなおしたりを繰り返してしまった。けれどプップップッという接続待ちのあとは結局《お掛けになった電話番号は……》と続き、その後は狂ったように何回も試みたものの、結果は同じ圏外であった。
 役立たずと乱暴に電話を投げつけて、僕は蹲った。かつてないほど状況は緊迫していて、言い表しきれぬほど困り果てていて、色々考えなければいけないはずなのに、頭の中は真っ白なまま凍りついてしまっていた。溜息をこぼし、ぼんやり過ごしていたさっきまでの日常が嘘のようだ。
 僕の出来る唯一の連絡手段――携帯電話。それが駄目なら他に安否を確認する手段なんて、ない。どうせ子供が警察に問い合わせたって、あのニュースの様子じゃ碌に取り合ってももらえないだろう。僕にはこんな時相談にのってもらったり、不安を訴えたりできるようなところだってなかった。
 途方にくれるって、こういうことだったんだ……。
 僕はふと、以前お使いで財布と地図をカバンごと落とし、挙句に迷子になった時のことを思い出した。ここに引っ越してきたばかりの頃、確か夕飯に食べるお弁当を買いに行ったときのことだ。お母さんは部屋を片付けながら心配してくれていたけど、僕はそれくらい出来るよと大人ぶって笑ってみせた。まだ携帯電話は持っておらず、土地勘もなく、交番もなく、日も暮れて、手をつないで幸せそうに通り過ぎる親子の姿を避けるように俯いて歩いた。そのうち足も疲れて、喉も渇いて、ぼろぼろになった僕は細々と灯る街灯の下にひとり立ち竦んでしまったのだ。寂しさと恐怖と不甲斐なさで僕の心はいっぱいだった。けれどそんななかでも、ちゃんとわかっていることもあった。周りに誰もいないのなら、泣いたって騒いだって何も変わりはしないのだということ……。
 今も同じだと、僕は思った。それに子供の僕がわが身も省みず外に飛び出したところで、周りに迷惑や心配をかけこそすれ、これっぽっちも事態を好転させることなんて出来はしない。
 先走っちゃだめなんだ、今は待つんだ……待つしかないんだ。
 僕は一生懸命自分に言い聞かせた。――冷静であれと、精一杯、念じた。
 
        2

 それからの二時間は悪夢のようだった。
 事件は完全な膠着状態に陥ってしまったからか、緊急特番は無情にも通常番組へと変わってしまっていた。今までの人生の中でこんなにもニュースを必要としたことなんてないのにと、僕はテレビ局を恨めしく思い、果てはいじめか嫌がらせでも受けているような気にさえなっていた。暫くは慣れない静寂に耐え切れず、テレビはつけたままでいたものの、いつも始まると叱られるほど笑い転げていたお笑い番組もちっとも面白くない。それどころか不愉快通り越して怒りたくなってくるから、さっさと消してしまった。
 ストーブの微かな音が響く沈黙の部屋で、僕はただじっと身を縮めていた。座布団にうつ伏せて、時計も出来るだけ見ないようにしていた。けれど否応なく三十分毎に例のお気楽な曲がかかってしまい、大体の時刻は常に把握していたように思う。こんなに胃に穴が開くんじゃないかと思うほど気を張っているのに、お腹が鳴りだす自分が不思議だった。

 朝御飯の残りのメロンパンを牛乳で流し込み終えると、僕はランドセルの上に置いてあるダウンジャンパーと電話を交互に睨みつけた。もう限界だった。駅へ行こうか、それとも警察に電話を掛けてみようか……。どちらを選ぶにしても躊躇いが消えたわけではなかったのだが、とにかく何かしないことには、おかしくなってしまいそうだった。
 ああもう嫌だ……どうしたらいいんだよぉ……。
 ついつい情けない呟きがこぼれる。もうこの際十円玉でも投げて決めてしまおう。そう思った時、窓の外から灯油の巡回販売とは違う、高いトーン声が小さく響いてきた。
「……の容疑者数名が、この周辺に潜んでいる可能性があります。安全のため、外出を避け、戸締りを御確認ください。繰り返します……」
 それを追うように、低速で走る車の音も聞こえてきた。どうやらパトカーが警戒を呼びかけながらパトロールしてまわっているらしい。僕はもしかしたら自分が今まで動転していて聞き逃していただけかも知れないのに、沸々と怒りがこみ上げてくるのを感じた。
 遅すぎる。事件直後ならともかく、そんなこと今更言われなくてもわかっている。
 こんなところを悠長に走っている暇があるなら、一人でも多く現場に行って、さっさと事件を解決して欲しかった。早くお母さんが戻ってこられるようにして欲しかった。窓を開け、僕は叫ぼうとした。
 ばかやろぉ! お母さんが帰ってないのに、戸締りなんかできるか! と。
 だが瞬間、出かかった言葉を飲み込んだ。
 パトカーに手を振り駆け寄る小さな人影が目に入ったからだ。下の部屋から漏れ出た光とライトに、薄紫のカーディガンと特徴的な姿勢のシルエットが照らし出された。
 一階に住んでいるおばあちゃんだ。
 こんな時間にどうしたというのだろう。僕が驚き眺めていると、おばあちゃんは咳なのか、叫んでいるのか、それとも泣いているのか、まったく判別つかない奇声を上げてパトカーの前に立ち塞がった。そして降りてきた婦警さんの足元に転がるようにして縋ると、身振り手振りを交えて、必死に何かを訴え始めたのだ。
「おっ落ち着いてください、どうされたんですかっ?!」
 勢いにのまれたのか、婦警さんもうわずった声をあげた。それでも一生懸命なだめたり背中を擦ったりして、暫くは言わんとすることを聞き取ろうと努力していたのだが、何しろ当のおばあちゃんが限界にきてしまっている。息も絶え絶えで「むすこが……むすこが……」と言ったきり言葉が続かない。隣の奥さんも含めた何軒かが何事かと顔を出したりもしていたが、時間をかけないことにはどうにも埒が明かないようで、その内には皆そろそろと部屋に引っ込んでしまった。
 ……ずっと胸の中にあった小さな罪悪感が、ずきんと痛んだ。
 僕は、おばあちゃんが息子さんと二人きりで暮らしているのを知っていた。
 息子さんはまだ帰っていないのだろか。ショッピングカートを小さくしたようなカゴを杖代わりに、よろよろ買い物に行くおばあちゃんが、パトカーの音を聞いて必死に飛び出してきた様子が浮かんだ。それとも息子さんを心配して、この一月の寒空の下、しかも強盗犯がうろついているかもしれない外でずっと待ち続けていたのだろうか。
 どちらにしても僕は叫ばなくて本当に良かったと思った。
 そして到底おばあちゃんには敵わないと思った。
 僕はお母さんの事ももちろん心配はしていたけれど、お母さんにもしものことがあった時どうしたらいいのか、可能性でしかない未来の自分の事も考えていた。あのおばあちゃんが息子さんを思うように、百パーセントお母さんの事を思っていたわけではない。今でもここから動かないと決めた一時間前の決断を、僕は間違ってはいなかったと思っていたけれど――でもだからといって。既にある程度の自己保身と計算高さを持ち合わせた僕が、子供だからと安全なところに隠れて、外では対応が遅くても上手くいかなくても何かを必死にしている人達がいるのに不満だけぶちまけていいわけがない。それに自分が動くことも儘ならないおばあちゃんやお母さんがいないだけで何もわからず泣き続ける小さな子ならともかく、僕は人並みには丈夫で、こんなふうに考えられるくらいには大人になっているのに、後ろめたさを理屈で押し殺して僕はどこまで待ち続ける気なのだろう……。
 部屋に下がり窓に鍵を掛けながら、僕はうな垂れていた顔を上げた。目の前のガラスに映るしょぼくれた自分の目をしっかりと見つめ直すために。
 そして強く唇を噛み締めると、眠りから覚めた頭の中が、ようやく氷を振り払って動き始めた。

 ニュースの後半。僕は半分上の空だったから、実際どのくらいの人が今も電車に閉じ込められているのか、正確な数字を知らなかった。けれど人質が多ければ多いほど、警察だって手がまわりきらなくなるだろう。泣いて土下座して頼んだって、おばあちゃんの息子さん一人を、僕のお母さん一人を、特に気にしてくれる筈もないのだ。警察にとって百人なら百人、その中の一人であるだけ……。
 でも僕にとってはたった一人のお母さんだった。たった一人の、家族なのだ。
 わがままで結構横暴で、外面ばっかり良いAB型だし、お酒を飲むし、タバコも吸うし、絡むし、煩いし、でも放任だし、週に一度か二度しかまともなご飯作ってくれないし、やたら男らしいし――でも。
 僕のお母さんだ。
 掴んだジャンパーの袖に僕は勢いよく腕を通した。そして座布団の横で転がっていた携帯電話を拾い上げると、ランドセルの横に引っ掛けてあった防犯ブザーと一緒にして、ポケットの中に仕舞い込んだ。後は下駄箱の上においてある携帯用の催涙スプレーを持っていこうと思っていた。それはいつだったか防犯のためにとお母さんが買ってきたものだ。本当は果物ナイフを護身用にしたいくらいではあったけれど、そんなものがポケットからはみ出していたら僕が補導されるに違いなかったし、転んだ拍子にカバーでも外れて自分が怪我したら目も当てられない。
 よし。
 僕は襟を立て、上がるところまでファスナーを押し上げると勢いよくドアを開けた。
 目の前に連なる幾つもの屋根。その上には冬特有の澄んだ深い闇が広がり、無数の星々が力強く瞬いていた。幸い強い風はふいていなかったものの、空気は窓際で感じたよりずっと鋭く僕の身体に突き刺さり、剥き出しの頭部は一瞬のうちに髪先まで強張ってしまった。息をしただけで乾燥し荒れていた鼻にツンとした痛みが走る。
 それでも僕は怯むことなく階段を下っていった。どんなに寒くても、走りだせば芯まで冷え切ってしまうことはない。そう思い胸を張った。きっと人生にはどんな些細な理由の為であれ、浅はかな結末を迎えようとも、走らなきゃいけない時が来る。僕の場合、きっと今がその時なのだ。
 家を飛び出したことで僕自身に何かあったら、正しく馬鹿そのものというように他人の目には映るのだろうが、後悔する小利口者より後悔しない愚か者に僕はなろうと思った。
 アニメのオープニングテーマが頭に過ぎる。
 お約束の熱血ヒーローよろしく、僕は駆け出していった。





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2008-02-09 00:23:21公開 / 作者:いおり
■この作品の著作権はいおりさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初投稿です、宜しくお願いします。

当初予定していたお話があまりに長くなってしまいそうだったので、短めのお話に切り替えての投稿です(^^;
本当はこのお話も全て書きあがってからアップしたかったのですが、幾つか不安に思っていることがありまして、御意見御感想がいただけましたら訂正変更のうえ、是非後半の参考にさせていただきたいと思います。
宜しくお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
 文章はお上手ですし、読み進ませるだけの力があったように思います。これから少年が強盗相手にどんな大立ち回りをしてくれるか大いに興味があります。
 問題点としては、相手がどんなに凶悪で強力かが書かかれていないことでしょうか。この場合、単純な恐怖でよいと思います、そういった心情を綴っておくと後々の盛り上がりをいっそう際立たせるのではないでしょうか。
 あとリアリティの面から考えて、強盗犯は電車で逃走するでしょうか。ジャックそれ自体が目的ではない限り、レールの上しか走れない電車に乗り込むとは思えません(電車が高速で走っていたとしても、中はただの箱なので逃げ道がない。次の駅に先回りされることも簡単に想定できる)。それも、トンネル内で停車させるのは自殺行為です。もし私が犯人で停車させるとしても、警察がどこに張りこんでいるのかわかるように見晴らしのいい場所にします(それだと物語の舞台として使えないのでしょうけれど)。
 もう少し丁寧に舞台を整えていただかないと、私も騙されてあげられません。
2008-02-08 20:42:34【☆☆☆☆☆】模造の冠を被ったお犬さま
模造の冠を被ったお犬さま……様……??

 早速の御指摘ありがとうございました。
実は私、リレーばかりやっていて一人で完全に書ききったお話は3作くらいしかないんです。
ですので、もっと文章や流れに関しての御指摘を受けると思っていたので、ちょっと御指摘ポイントにびっくりです。
 凶悪な強盗という点は私も考えました。けれどマセてはいても日本に住む子供の視点からある程度書きたいので、ニュースからそこまでの想像をさせるのは止めました。
書いていただいた通り、私も中盤からの単純な恐怖を、と思っております。
 また、このお話は模造の冠を被ったお犬さま……様のご期待には添えないかもしれないのですが、あまり大活劇??にはしない予定です。あまり先を書きたくはないのですが、寧ろ全体的にへっぴりな内容でまとめたいのです。多少の立ち回りは予定していますが……これは私の最初の作品紹介の文も悪かったですね、すみません。 少し考えなおしてみます。
 ともあれ全て私がラストまでに上手く辻褄合わせられるかなのですが(あ、でもちゃんと考えてはありますよ!!)いただいたお言葉を真摯に受け止め、この先も頑張ろうと思います。
ありがとうございました。
2008-02-09 00:01:31【☆☆☆☆☆】いおり
引きこまれました。面白いと思いますよ。続きが気になりますね。お母さんどうなるんだろ。

アニメ番組を楽しみにしていて、ランドセルと防犯ブザーを持っている。小学四五年生ぐらいだと思う。この年齢の子供の視点にしては大人びた表現がいくつか見受けられました。

例を挙げると、

「するとオープニングテーマからしっかり見るのをモットーにしているのに、僕は風呂場前においてある掃除機を出さなきゃならなくなる」=> 子供だと「はじめから見ることにしているのに、……」ぐらいでしょう。

「その日も僕は何とか片付けを間に合わせ、前半十五分をきっちりと堪能することができた。」=> 「……、最初の十五分をちゃんと見ることができた」ぐらいかな。

「番組は現場からスタジオへとかわり、回りくどいコメンテーターが何やら喋りだしたから、僕は急いでチャンネルをかえた。」や、
「ロータリー中央の花壇の中から両手を空に翳す少女の像と、次々僕の記憶と符合するところが現れたのだ。」なども少し大人びています。

ストーリ損なうほどではないので、とりあえず最後まで話を完結させるのを優先すべきです。その後で、より子供らしい視点になるように、細部をブラッシュアップすれば良いと思います。
2008-02-09 00:27:00【★★★★☆】プラクライマ
プラクライマ様

的確な御指摘ありがとうございました。
そして点数まで入れてくださって、もう感謝!感激!!です。

私も敢えて主人公の年齢は書くのを避けていたのですが、ご想像のとおり、大体4・5年生の設定です。母親があまり構ってやれない分それなりに自立した、ちょっとマセてるともいえる子なのですが、確かに「符号」はないですよね(汗)
プラクライマ様のいうとおり、作品をきちんと完結させることを優先させたいと思いますが、後々は読み返してカタカナで書くか、変更するか、どちらかはしていきたいです。

この先も出来るだけ丁寧に、頑張って進めようと思いますので、またお時間いただけましたら是非御感想宜しくお願いします。


2008-02-09 23:34:30【☆☆☆☆☆】いおり
作品を読ませていただきました。文章そのものは読みやすく、テンポよく読み進められました。だた、この作品を構成する情報が少ない印象を受けました。
主人公がランドセルを使っているから小学生とは分かるけど、高学年と低学年では行動に対して大きな差違がでてくると思います。作者はそれを明示したくないとプラクライマさんの感想に書かれていますが意図が分かりませんでした。
電車を乗っ取ったとありますが、電車に対する情報がなかったです。地方のローカル電車なら通勤準急でも1両編成や2両編成もあるだろうし、首都圏などでは10両編成以上です。どれだけの人が人質になり、どのような状況下に置かれているのか不明です。また、模造の冠を被ったお犬さまも指摘されますがトンネル内での停車は自殺行為でしょう。主人公の子供視点で進めたいとありましたが、事件そのものはある程度年齢の人物が行っているのでしょう。背景には現実感を持たせた方がいいのではないでしょうか。
母親像が鮮明ではない印象でした。「やたら男らしい」との表現がありましたが、それが粗雑という意味で使っているのか豪放磊落という意味で使っているのかよく分かりませんでした。が、前述されていた「特別神経質」と結びつきづらかったです。
冒頭のシーンにあった「僕の目が悪い」も分かりづらい表現でした。近視のような矯正可能なものなのか、先天的な視覚障害で矯正不可能なものなのか、それとも注意力散漫という意味の暗喩なのか分かりませんでした。
細かいことをグダグダ書きましたが、主人公のこれからの活躍を楽しみにしています。では、次回更新を楽しみに待っています。
2008-02-10 09:06:06【☆☆☆☆☆】甘木
2008-02-10 23:00:54【☆☆☆☆☆】いおり
すみません、返答を書こうとしたところ、間違えて投稿をクリックしてしまいました!!
ちょっと削除の仕方がわからないのですが、このままでも特に支障がなければいいのですが……。
管理者さまの方に連絡した方がいいのでしょうか?お手を煩わせることはないのでしょうか?
どなたか教えてくださったら嬉しいです。

甘木様

お読みくださってありがとうございます。
 早速年齢の件ですが、まずは子供とはいっても精神年齢に差があるということです。私の家には実際小学生がおり、周囲の方のお話も伺いますし、そう書いても差し支えない程度の実感をもっているつもりでおります。とはいえ一・二年生と六年生ではかなりの違いがあります。でも逆をいえば一・二年生と五・六年生は間違い難いということだと思います。
けれど本当に書きたくなかった理由は、読み手の方に推測していただきたかったからです。周りのお子さんを思い出してこの位かな?とか、時代は多少違っても自分の昔を思い出して想像したり。例えばきっと皆さん一度は「はじめてのお留守番」経験したことがあるのではないでしょうか?そこで電話がなったら、こうしなさいっていわれていたことがあったりして、ちょっとだけ電話が鳴るのを怖かったり、逆に期待をしていたり。そういった種類の経験があまりにも派手だったね、という風にしたいと思っておりました。 
特に心情などを中心に主張したいところははっきり主張するつもりでおりますが、それ以外のところは、この後多少のアクションのなかで身体能力など推測できる要素も入れる予定でありますし、お許しいただけませんでしょうか。
あと正直なところ、今回の書き方の中で「僕は田中 一、小学校五年生」という記述を上手くこなせるだけの文章力に自信がなかったというところもあります(涙)
 母親の件と電車の件ですが、こちらは子供が情報を得るにはニュースからが主になってしまうことを考え、説明文を分散させることにしたからです。
実はこのすぐ後からメインではありませんが母親視点にかわる予定でおります。そちらから書いていったほうがいいと私は判断しておりました。
ですが模造の冠を被ったお犬さま……様へのお返事でもかかせていただいたのですが、私はリレーばかりやっており、また書き直しや追加が多いため、場面や話の切り替わりが自然であるか心配でここまででとりあえずアップしたのですが、こちらでは全部書き上げてからのアップのほうが良いのでしょうか? 
もしそうでしたら、私も一度削除して出直したほうが気が楽なのですが、できましたらお返事いただけるとありがたいのです。
 犯人像に関しては、私がニュースを見ていた中で「は?なんで?」と一報で思えるものが最近多かったこともありまして、後からの報道で内容が分かっていくというものを書きたかったからなんですけど、実際種あかしをすれば自殺行為なんです。ただ自殺する前に、恨みをわからせたい、世間に自分達を知って欲しいと願う部分があり、電車を使ったのにはそれしかなかったという理由も一応あるんです。
どこまで書けばいいのでしょうか??
あと目のお話ですが、不器用って話もありますね(笑)
これも特に重要なこととは思っていなかったのですが、文中にメガネが手放せないとは書いていませんでしたし、とりあえず不自由なくコンロを使ってますし、おばあちゃんのカーディガンの色とシルエットは判別がついている程度に書いていました。性格の問題として注意力散漫と言われれば、ゴミ捨て損ねてばら撒いてますし外れてはいないかもしれませんが、アニメやゲームが好きな子にありがちな小道具的設定とおもっておりましたので、これも読み手の方の想像にお任せしたかったのです。
逆にそこを詳細に書く必要性がわからないものですから、本当に嫌味ではなく、お時間がありましたらどう誤解を生む可能性があるのかをお教えいただけたら嬉しいです。
不躾なお願いが続いてしまいましたが、宜しくお願いします。
2008-02-11 00:19:56【☆☆☆☆☆】いおり
 狙って自殺行為なのか。それは差し出がましい真似をした。
 だけれど、だからこそ流すように読ませる必要があるのではないと思う。気付く人だけ気付くほんのちょっぴりの違和感を残す、それが伏線だと思っているので。ま、この辺は感覚による部分が大きいか。ミステリではないから難易度を持ち出すのも馬鹿げているな。
 書き物を刻んで投稿するなら誤解を恐れていてはできないだろう。最後まで読めば納得できても、途中までだと投げ出すこともあるし。例えまったく同じ物語でもそれはあるだろう(私の場合、評価が途中から上がることはほとんどないのだけれど)。単に分量があると読めない人間もいるし、その采配は伏線以上に感覚によるところがあるだろうから口出しはしない。
 ただ、登竜門の書き物を読んでいるとヘタレほど内容もないまま煩雑にアップしてくるし、「読者の想像に任せます」と書く人間は程度が低いことが多い。
 ここは書き物の練習場だと思っている。書けばいいってものではないのだろうけれど、書かないよりは書いたほうが上達するだろう。“想像に任”している部分は、書き手にその描写が出来るのだろうか。できないから読者に委ねているのではないか。“できるけどしない”のと“できないからしない”のは違う。一般論とは違って、書き物は“できないからしない”ほうが性質が悪い。
 (それが過剰であれ)目に浮かぶほどの描写力、というのはあまり見かけない。内容がなくてもそれだけで「熟練者だな」と思わせることができる。少なくとも私はそう思う。
 50枚以上は読まないがなっ。

 ちなみに、私は削除によい感情を抱かない。感想も一緒に捨てる行為だと認識している。
2008-02-11 01:37:03【☆☆☆☆☆】模造の冠を被ったお犬さま
模造の冠を被ったお犬さま様
いつも御意見ありがとうございます。
こちらが書き手の練習場であることを前提として、模造の冠を被ったお犬さまにお教えいただきたいことがあります。
事件の内容を、私は伏線として入れるために、ニュースのレポーターのセリフとして書きました。
確かにミステリーのつもりではありませんので、「おかしな事件だな」と思っていただければいいと思っていました。また説明をはじめると長くなってしまうのですが、犯人は就学ビザ(でも実際は出稼ぎ)で入国していた未成年者なのです。なのでお母さん視点になったとき、まだ子供なのかなという確証はもてないまでも、彼らのパニックぶりを目の前にして我が子を心配するという流れにいくつもりでしたので、ニュースのセリフをそれなりにそれっぽくまとめて中に「事件の違和感」をある程度確実に予感させてもいいかなとと思っていました。伏線なのですが結果として後ででてくるだけの真相の伏線ではなく、すぐ後からはじまるお母さんと絡みをもってくる伏線だったのです。これに関してはどう思われますでしょうか?
風邪を引き込み体調不良ですので、この後のベースは書き終わっているものの、アップにはまだまだかかってしまうと思います。変更はある程度できますので、またお時間いただけましたら御意見おきかせください。
なお補足させていただけましたら嬉しいのですが、私は「髪の色は〜で、目は〜。〜が印象的な〜であった」という人物表現から離れたいという思いからも、今回主人公像は行動とその時々場当たり的な説明で積み重ねていこうと思いました。まだ不足としてもこの書き方に関してはどう思われますか?
そちらも出来ましたら、御意見ください。
宜しくお願いいたします。
2008-02-11 11:38:39【☆☆☆☆☆】いおり
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。