『アウトネスト』作者:K一郎 / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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緋色の夕日
凄く綺麗だ。いや、綺麗なんかじゃない。
だってあれは、俺が何よりも嫌っている太陽じゃないか。

いや、太陽が嫌いなんじゃない。
人が嫌いなんだ。もう少し厳密に言えば、人と接するのが怖い。人を見るのが怖い。


―普通の人を見れば見るほど、自分が否定されて行く


俺の名前は大樹。{だいき}じゃない、{ひろき}だ。
あと二ヶ月程で二十六歳になる。あれ? 誕生日あと二ヶ月だったっけ。
まあいいさ。そんなもの覚えていても、何の足しにもならない。

仕事は何をしているのかって?
無職さ。アルバイトもしていない。
それ以前に、ここ数年一歩も外に出た事がない。

Not in Education, Employment or Training
通称:ニート。
否、この場合は「肩書:ニート」の方が適正か?
その通りさ。俺はニート。その上、引き篭もり。
ニートで引き篭もり。鬼に金棒だ。

別にニートである事に、何の後ろめたさなんざ感じちゃない。
この狭い日本列島に、今や六十万人も同志が居るんだ。
不安、恐怖、そんな感情さらさら持ち合わしてはいない。
寧ろ、社会に出るという所業に底知れぬ恐怖を感じる。
今の生活が、心底から心地良い。そう思っている。

友人は勿論居ない。恋人? 何それ食べれるの?
家族は父親が一人。とは言っても遥か遠方、茨城の大洗って所に住んでる。
母親は俺が高校に上がったと同時に父と離婚している。それ以降は一度も会っちゃいない。

あ、友人…居る事は居た。
紹介するよ。俺の親友、FMV-650NU7C/Lだ。
…ボロボロのノートパソコンだ。

こいつは凄く俺想いでね。社会を知らない俺に、回線を伝って「空虚な世界」を映し出してくれる。
こいつを媒介に俺は、社会と繋がっているわけだ。この細い糸一本でね。

お気に入りのサイトは何て言ったって「2ちゃんねる」だ。
何故お気に入りかって?それは勿論、このサイトが下衆の掃き溜めだからだ。
下衆が群がり、下賎な感情を愚劣な文章に投影し、そしてネット上にゴキブリの卵鞘の様に産み落とす。
社会で下らない生活を送り、下らない笑顔と幸せを味わう外界の者達を彼等は、完膚無きまでに叩く、叩く、叩きのめしている。
時には社会参加をしている者を偽って、社会を叩く勇姿まで居る。

その様子を見るのが、俺はたまらなく快感だ。
…他人事の様に述べてすまん。この俺も当然の如く、その下衆の中に含まれている。
一日の書き込み数は多い時には五百を超える。
どんなトピックに書き込むかって?
そうだな。主にニュース系だろうか。高尚だろう?

外界の人間が犯罪を犯せば即座に、「さっさと死刑にしろ」
韓国、中国…特定アジア関連のニュースであらば、「チョンとシナはさっさと絶滅しろ」
外界の人間にとっての朗報であらば、内容は問わない。荒らす。何かに憑り付かれたかの様に、荒らす。
スクリプトなんてそんなまどろっこしい物は一切使わない。感情、それこそが最凶のスクリプトだ。

韓国中国叩き…これは長年ネット生活をしている際に、自然と身に付いた物だ。
実際日本人も韓国人、中国人並みにエゴ丸出しなわけだが、隣国嫌悪は致し方無い物なのだろう。ここ数年の特ア叩きは病的な物を感じるが、
正直、どうでも良い。

俺にとって重要なのは、外界の人間。
まぁ要は、「普通の人間」さ。
これが俺の心で渦巻く、どす黒い影だ。

昔からそうだった分けじゃない。
かといってつい最近芽生えた物じゃない。
普通の人を見ていると、自分が否定されて行く。
特化した能力があるわけでもない。特別裕福なわけでもなければ、容姿端麗でもない。
そういう極々、普通の人間。強いて言えば、生に積極的な人種。それは生物的に可笑しな事では無い。
ただ、なんて言えばいいのだろうか。そういう人間を見ると、自分を見失って行く。

俺はいつしかそういった普通の人間にどうしようもない激しい嫌悪感を覚える様になった。
普通の定義? そんな物、その時の俺の気分と場合によって決める。


腹が減った。
飯を食べるとしよう。
俺は冷蔵庫から生卵を、冷凍庫から冷凍された白米を取り出す。
白米を壊れかけて中でプラズマを発生させる電子レンジで暖め、その上に生卵を掛けた。
醤油…切れてる。まぁいいや。
使い古しの割り箸で卵掛けご飯をかき混ぜ、そしてそれを啜る様に食べる。噛まないのだから、飲むと表現した方が適正だろうか。
何て言ったって、俺には歯が五本しかない。四年前から虫歯を放置していたら、こうなってしまった。
まあいいさ。虫歯は想像していたよりかは痛まなかったし、喋るとちょっとおかしくなるが喋る相手が居ない。
笑って歯を見せるととんでもい阿呆面だが、笑い掛ける相手もいない。あ、FMV-650NU7C/Lを忘れてた。

ああ、生卵が腐ってたみたいだ。
腹部がサイドからキリキリと痛む。これは…ちょっと苦痛だ。
まあいいさ。社会に出るのと比べれば、屁でもない。本当、屁でもない。


こうして俺は、この外界という天敵から護られた巣穴に篭る生活を五年もの間続けている。

正直、飽きてきた。

かと言って社会に出る気なんて、さらさら無い。
多分、俺は病気なんだろう。
独り言が多ければ、自分の糞を食う事もある。その時の俺は、勃起までしている。
やはり俺は病気だ。今の俺が犯罪を犯しても、恐らく責任能力の欠如で無罪になるだろう。

無罪か…。
ここまで堕ちた生活をしているのだ。
罪を犯したくなるのも、極々自然の感情だ。そうは思わないか?
無罪にならなくとも、刑務所はここに代わる良い巣穴になってくれるだろう。少なくとも、腐った卵を飯に出される事も無いだろうし。

俺はキッチンの戸棚から錆び付いた包丁を取り出し、手に取った。
自慢じゃないが、服もそうだが俺は使った食器は洗わない。
そのおかげで、この包丁、凄まじい臭いを放っている。
俺はそれを水でさっと一洗いし、床拭き用の雑巾でふいた。

そして箪笥からずっと使っていないコートを取り出し、羽織る。埃が凄い。
黒のニット帽、サングラス、そして防花粉用のマスクを装備。
包丁を懐にしのばせ、俺はドアノブに手を掛けた。

ドアを開けると、ぶわっと凍てつく風が俺の顔を押した。
風が俺に思い留まれとでも言っているのだろうか?
生き物でもないくせに、忌々しい。

俺は階段を下り、そして完全に外界にその醜い身体を顕とした。
現在、夜の十一時。太陽が無い分、あまり抵抗は無い。
夜は好きだ。陽が無いのもそうだが、人気(ひとけ)も無い。

俺は五年前の記憶を頼りに、駅に通じそして人気の無い通路まで歩んだ。

着いた。五年前と何も変わっちゃいない。強いて言えば、あそこのコロッケ屋が潰れたという位か。
…しめた。二十代前半と思われる女がこっちに向かってくる。
ぴっちりしたスーツが、彼女が仕事帰りのOLだと言う事を教えてくれている。

俺は立ち止まり、そして女が俺を通りすがるのを待った。
怪しまれない様、電柱に向かい立小便のポーズを取った。

そして、女は俺を通りすがる。
俺はその女を背後から尾行した。

女は俺に気付いていない。
当然だ。俺の影の薄さをなめてもらっちゃあ困る。
俺は懐にしのばせた包丁を取り出し、そして矛先を女に向けた。

俺は女の尻の少し上の方に目掛け、突進する。

刺した。
でもなんだろうか、人間を刺した様な感触じゃない。
まるで石をハサミで突いたかのような硬い手応え。

女はあっと一声あげると、その場に倒れこんだ。
叫び声はあげないんだな。無言のまま、その場で傷を抑え悶えている。

手元の包丁を見ると、刃の先端が折れている。人間って意外と硬いんだな。
悶える女を見ると、俺はむしょうに嬉しくなった。やはり俺は病気だ。
俺はその女に馬乗りに飛び付き、折れた包丁でメッタ刺しにした。
この時ばかりは、甲高い叫び声をあげる女。
俺のその時の表情は、恐らく不気味に笑んでいる。
いやぁ、楽しい。これは気持ち良い。これがシリアルキラーの気持ちか。
女を刺す度に、俺が肯定される。


俺の脚がビクンと動いた。
レストレスレッグ症候群と言われる身体現象だ。
睡眠中に、身体の一部、特に脹脛などが突如痙攣して動く現象。
夢の中でサッカーボールを蹴ったり、ジャンプしたり、そういった時によく起きるらしい。

俺は、ベッドの中に居た。
窓からは嫌いな陽光が差し込めている。

俺はすぐさま起き上がり、キッチンに向かった。
戸棚の中には汚い包丁がしまってある。つい最近に、取り外された形跡は無い。

…夢か。

お偉いお偉い普通の人間ならば、この時安堵の気持ちで満たされるのだろう。
だが俺はその逆だ。激しい喪失感が、俺を襲う。


くそっ

俺は口でそう言い放った。別に険しい表情で言ったわけじゃない。
無表情で、俯きながら、小声で言った。

俺はすぐさま、昨晩の夢と同様の装備を整えた。
コート、ニット、マスク、サングラス、包丁。


畜生。畜生。畜生。
あの快感を、俺が肯定されて行く、あのオーガズムにも近いあの快感を、俺はもう一度味わってやる。

俺はもう、こんな臭い巣穴から抜け出してやる。
かといって社会なんて肥溜めみたいな所に行くのは、死んでも御免だ。
俺は俺自身が十二分に満足が行く様な、巣立ちを成功してみせる。

俺は相棒のノートパソコンを開き、エキサイト翻訳というサイトで「巣穴から出る」を英語に訳した。
Out..Nest...

よし。俺は成功してみせる。天敵である普通の人間を一匹でもいい、この手で殺し、そして、
この巣穴から抜け出す。


―プロジェクト・アウトネスト…始動だ。




外に出て気付いた。
俺は何言ってんだ?アウトネスト?
ふん、こういうのをネット住民からして見れば
中二病と言うのだ。

エターナルフォースブリザード
カミソリドラゴン
卍開・光輝王乃大剣

実に餓鬼臭い。
さっきのプロジェクトなんとやらというのは、忘れてくれ。
人間、興奮すると何故か格好つけたがるものなのだ。

そんな事を独り言でブツブツと呟いていると、前方に倒れ込む少女を発見した。
小学校低学年ほどであろうか。このご時世に珍しい、三つ網ヘアー。

何を隠そう、この俺はロリコンだ。
いや、昔からそうだったわけではない。
ネットの所為だ。児童ポルノ法が施行され、少女の裸は非合法となり、
抑止の反動と言うべきか…、ネットではもう少女性愛がポピュラーとなっている。
成人女性の裸の画像の方が今や珍しい。そんな世界に長年居た所為か、俺も自然とその性癖が身についてしまった。

何が言いたいかって?
みなまで言わすな。

俺は、その少女の元へと歩み寄った。
その子は泣いていた。
俺は優しく、声をかけた。

―大丈夫かい?

どうやらその子は、通学途中に足を挫いてしまい、このザマらしい。
確かに付近に民家は無い。助けを呼びたくても、大声を出しただけじゃ人は来ないだろう。
俺が、第一発見者だ。未成年を保護する、義務がある。

俺はその子の前で中腰になり、背を見せた。

―ほら、背中に乗んな

その子は泣きながらも、俺の背中に飛び乗って来た。
…子供でも、結構重いもんなんだな。

その子は俺の首をしめるかの如く、強く腕で掴まっている。いや、本当に痛いのだが。
だが、良い匂いだ。
ミルクとリンスの混ざった匂い…兎に角、とても良い匂い。ネットで見たが、これがフェロモンって奴か?
こんなに幼いのに、フェロモン発するんだな。

そういや、なんだかデジャヴを感じる。
こういうのが、前にも何度か有った様な。

そうだ。思い出した。すっかり忘れていた。
冒頭で紹介し忘れていたのだが、俺には家族がもう一人居た。
妹が居たのだ。年の差は十歳近くも違う。

両親が離婚する際、妹がまだ幼かったのが理由で母親が引き取る事になった。
俺と妹は、いわば生き別れって奴になる。

俺が高一の頃だっただろうか。
まだ小学校に上がる前の妹を、公園に遊びに連れて行っては、
遊び疲れた妹をこうしておんぶし家まで連れ帰っていたなぁ。

そういやぁ、あの時の俺は、何のひねた感情も無く外に出れていた。
何でだろうか。大人という後ろ盾によって護られている存在であったからだろうか。
悩みが少なかったからであろうか。相談しあえる友人が居たからであろうか。
うーむ、わからない。

そうこう考えている内に、気がつくと小学校の前にまで来ていた。
俺は立ち止まり少し考え、そして校門を開け中に入った。

今日はもう良いや。
何故、昔の俺はあんなにも綺麗な心を持っていたのか、それだけを考えていよう。今日、一日。

俺は一階にある職員室の前で立ち止まった。
窓越しに俺と少女の存在に気付いたのであろうか、女の教諭が出てきた。

俺は少女を降ろすと、少女は教諭にことの事情を話した。

「ご親切に、有難うございます」

いいえどういたしまして。
俺は胸糞が悪かった。
俺はその娘を、強姦した上で殺そうとさっきまで企んでいたのだ。
それを心境の都合で中断しただけだっていうのに…五年ぶりにお礼を言われた。
くそっ、俺はピエロか。


俺は帰路に着き、そしてパソコンを起動させた。
あぁ、今日も相変わらずこうしてインターネット。
このネットという微温湯に、だらだらと浸かり続けるのだ。
早く、この巣穴から抜け出したい。アウトネストしたい。



暇だ。
そういえば、ネットのコンテンツは別に2ちゃんねるだけという分けではない。
今の世の中には、オンラインゲームと呼ばれる文明の利器がある。
企業が用意したサーバー内に、一度に世界中の人々がアクセスし、そして気の会う仲間でパーティを結成し、冒険に出る。

顔も知らなければ、年齢、本当の性別、真の性格、何もかもがわからない。
だがそれが、このオンラインゲームの魅力なのかもしれない。

だが、残念ながら俺の低スペックパソコンでは3Dのゲームは起動すらしない。
ドット絵だろうが、容量のでかいファイルを落とし解凍する事すらままならない。

ってな事で、ブラウザでできる簡単なゲームを探した。
そして、見つけた。

ブラウザ上でプレイできるものなのだが、俺の様なパソコンしか持っていない者ばかりなのであろうか、意外と人は多いみたいだ。
ものすごい量の、パーティメンバー募集の看板。

俺のパラメータは全て初期値。
まぁいい、手頃なパーティに編入させてもらおう。

「ダンジョン"死神の樹海"に一緒に行ってくれるPTめんばぁを募集☆ 移動手段もスモッグ魔法もこちらで用意してあります♪ @一名」

おっ、@一名…あと一人で募集を打ち切るって事だな。
丁度いいや。あそこのパーティに参加しよう。

―すいません、入れてくれますか?

お願いをすると、パーティリーダーと思しき若い女の方が快く了承してくれた。
そして俺はめでたく、この五人の勇者が集いしパーティで冒険に出る事となる。

仮想の世界だが、これでも一応アウトネストをした事にしよう。そうしよう。
俺は心でそう自分に言い聞かせた。


パーティメンバーは、
少し小太りの中年男性キャラ。ジョブ(職業)は聖者だろうか? 哀愁が漂っている。
眼鏡を掛けた青年キャラ。頼りがいは無さそうだが、こちらのジョブは雰囲気から察して魔法使いだろう。
がりっがりに痩せこけた若そうな女性キャラ。こんなに痩せているのだから、恐らく身軽な踊り子かアサシンだろう。
そして、パーティリーダー。いつもニコニコしている可愛い女性キャラ。だが、リーダーの肩書きは飾りではない。
ジョブは戦士らしく、ニコニコ微笑んではいるが、戦闘でこさえた顔の生傷が彼女の強さを物語っていると言えよう。
そして、俺。ジョブはまだだ。一定のレベルにならないと就けないらしい。

一同は、リーダーの用意した移動用の乗り物でダンジョン死神の樹海に向かった。

目的地に到着。
メンバー達は緊張しているのだろうか、皆強張った顔をしている。
だが相変わらず、リーダーだけは笑顔を絶やさない。怖いくらいに。今まで幾度と無く死線を潜り抜けてきたのだろう。

するとリーダーは、皆にアイテムを配布した。
アイテムは、ドーナツ。体力回復用だろうか、とても用意が良い。
メンバーの何人かが「結構です」と断ったのだが、食べてくださいと推している。
うーん、健気だなぁ。

俺は、要らないという人の分も食べてしまった。

するとリーダーは、まだ乗り物の中だというのに、魔法を詠唱した。
乗り物の中に、既に魔物が侵入していたのだろうか。俺は攻撃の姿勢を取った。
リーダーの放った魔法は、魔石という特殊なアイテムを使用しスモッグ=死の黒煙を発生させる物だった。


あぁ、話には聞いていたが、オンラインゲームっていうのはやっていて眠たくなるものだなぁ。



そういえば、妹の名前何だったけ……そうだ、由佳だ。元気にやっているかな。
もう一度だけ、会いたかったな。もう、おんぶはできないだろうけど。
駄目だ、眠い。寝オチしてしまいそうだ。

やっぱ人間の巣っていうのは、地上全般を指すと思うんだ。俺は眠い目をこすりながら、そう思った。
だから、やはり本当にアウトネスト……巣立ちしたかったら、空に逃げるべきだな。


人生、普通にやるのが一番大変なんだね。

おやすみ





2007-12-10 19:34:05公開 / 作者:K一郎
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初投稿です。
寒いですよね。早く暖まらないかなぁ、と思ってこの作品を書きました。
時間がおありの方は、お読みになってください。
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