『始まる前に終わる』作者:電子鼠 / RfB/΂ - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
アヤネにとって、修学旅行は最高のイベントだった。まさかこんなことになろうとは……。
全角1915.5文字
容量3831 bytes
原稿用紙約4.79枚
「楽しかったねぇ……、修学旅行」
「何言っとん」
 ド田舎を高速で駆け抜ける東海道新幹線の中、四方八方のクラスメートからツッコミを受けたアヤネは、深くため息をついて視線を落とした。アヤネのやや茶の混じったショートヘヤが、前に垂れて視界を塞いだ。

 修学旅行、そう修学旅行である。体力も特に無く、合唱も特に目立つわけでもないアヤネにとって、卒業式の次くらいに大事な行事である。アヤネの通う中学校では、東京へ向かうのが恒例となっている。岐阜県から東京に行くから、金額と時間を考慮して東海道新幹線を利用する。
 岐阜といえば、「ギフを知ってますか」「えぇ、まぁ」「じゃあ漢字で書けますか」「えぇ、無理っすわ」という微妙なポディションの岐阜だ。田舎の空気が流れていようとも、実際は「半田舎」とアヤネが称するように、微妙な都市化が進んでいる。
 しかし、そんな半田舎であろうと、首都・東京には適わない。古くは江戸、今はTOKYOと呼ばれるように、様々な政治やその他云々が集まる。だから、織田信長の居城があろうとも、鵜飼漁が行われていようとも、合掌造りがあろうとも、外見の立派さには圧倒される。

 田舎から見ても、半田舎から見ても、副都心・地方中枢都市から見たって、東京は魅力的なのだ。


 修学旅行なのである。
 先に断っておくが、アヤネたち一行は東京から帰ってきたわけではなく、今はまだ始まったばかりの初日なのである。新幹線の中は、すでに半田舎から隔絶されたハイテクの世界である。後戻りは出来ないのだ。

 例え財布を忘れようとも。

 正確には、「失くすといけないから」という田舎人的発想で、持っていく小遣いを二つの財布に分けたのだが、その一つを家に置き忘れるという殺傷能力抜群のミスである。
 今アヤネの手元にあるのは、「普通の生活用」のものだ。電車賃や食費がそれに当たる。東京で、確実に消費するお金だけがそこに入っている。最終的に財布は空になる。
 家にあるもう一方は、「お土産その他云々用」である。その他の通り、土産物などの私的に使う。致命的に、東京で買うジュースもそこにカウントされている。
 岐阜が東京に対して勝っている数少ない事柄の一つ、それが水の美味しさだ。田舎人に言わせれば毒物級の東京の水道水だが、田舎の水はとても美味しい。

 缶ジュース抜きで修学旅行を乗り切るのは限界があった。

 アヤネは、悲しいことに生活委員、という委員会に所属している。要するに風紀委員なのだが、その活動には「忘れ物なしキャンペーン」も含まれる。
 この状況、言うなれば動物愛護団体の人が動物を虐待するに等しいスキャンダルだ。
 言い出せなかった。

「終わった……、ああああああ、楽しかったなあああああ」
 もはや狂人。今のアヤネの状態は、麻薬を打ったときのポーッとした感じに近い(イメージ)。ただそれと違うのは、今アヤネの脳内を占領しているのが絶望ということだけだった。あははー、あの水の飲むのかあ帰ってくることには体中塩素でいっぱいだねへへへへへへへへ。
 アヤネは一度、千葉にある遊園地に行ったことがある。それは小学二年生のときだが、彼女には知識が無かった。のどが渇いた、という感情から、水を飲もう、と考えてしまった。あの消毒済みのプールの水ような味のあれを、だ。彼女はあまりの味におもわず飲み込み、そして数分後腹を壊す。ぐるるぐるる腹から鳴らせながら、彼女の千葉旅行は初日で撃沈した。
 彼女にとって、都市の水はトラウマだった。だからこそ、彼女は缶ジュースを買う。それを飲む。そうでもしないと、ヒートアイランドの東京からは逃れられない。ミイラみたいに干からびて(誇張)死ぬのがオチだ。彼女の修学旅行は、恐らく初日で撃沈する。

 昔の悲劇を思い出して、プライドと水分欲求の天秤が揺らいだ。
 借りよう……、一人だけに言やあ、広まることも無いやろ……。
 アヤネは意を決して、隣でチップスを摘んでいる友人の肩を叩く。
「ん? 何や、アヤネン」
 ……、……。
「て、ゆぅ事なんやて……、スマン! 旅行終わったら絶対返すから、千円だけでも貸して!」
 まるで神に懇願するように、額を友人の胸に押し付けて小さく叫んだ。どうした? どうした? と周りから声が上がる中、友人はそりゃアンタ……、と声を漏らす。非常事態と解して、耳打ちする。

 修学旅行は始まったばかりであった。

「スペアの財布は荷物と一緒に東京に送ったやらぁ? 入れ忘れたん……?」
2007-10-04 16:01:50公開 / 作者:電子鼠
■この作品の著作権は電子鼠さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
なんか言い訳がましいですが、エンタメ系小説の試験運用です。
どうでしょうか……?
この作品に対する感想 - 昇順
 こんにちは。
 岐阜ってたしかに微妙で、その微妙さゆえに、興味深いです。関西の人で関西弁のせりふを書く人は多いですが、岐阜弁(美濃弁っていうのかな?)のせりふとかの雰囲気が、すごく新鮮で楽しいです。「○○やらぁ」って言うんですねえ。地理的な位置のとおり、関西弁と名古屋弁の中間という感じですね。「都会に行くから財布を分ける」っていうの、ぼくも経験があるなあ。なかなかかわいいです。

 岐阜、全国的に見れば決して田舎ではないですよね。日本三大大都市圏のひとつである中京圏の一角を担う県だし、東海道新幹線が通る日本の中枢軸の一部でもあるし、岐阜市もけっこう大きい。むしろ都会のほうでしょう。車で走ってると、いろいろお店とかも多いですし。たしかに「半田舎」というのがぴったりですね。ぼくの県も、まあ、そんなところです。県庁が「新首都」誘致運動をやってるのも同じです。新幹線が無い点では負けてますけど。

 ところで、小さなことなんですが、「ポディション」と書いていらっしゃるところは、「ポジション」が正しいと思います。たしかに「ディ」の方が英語っぽいんですが、"podition"じゃなくて"position"ですから。

 「試験運用」とのことですが、できればもうちょっと長く投稿していただければうれしいです。あまり長いのも読みにくいですが、あまり短くても感想や評価をしにくくなると思いますので……。
 それでは失礼します。
 
2007-10-04 16:23:54【☆☆☆☆☆】中村ケイタロウ
前回に引き続きありがとうございます。

水が美味しい、名古屋が近い、新幹線がある、世界遺産もある……。
そんなこんなで岐阜大好きッ子の私ですが、今回はあえて自虐的にしてみました。

にしても……、岐阜って凄い微妙なところですよね……。
田舎って言うほど寂れてなく、都市って言うほど発展もしてない……。
私は半田舎の田舎サイドに住んでるんですけどね^^;
不自由はしないです。

ポジション……、悩みぬいた末「ディ」にした私はバレーを始めるべきですか?(汗)


エンタメを長く……、ふむ。
ドクロちゃんでも読んでみますか……(チョイス変)
2007-10-04 16:57:34【☆☆☆☆☆】電子鼠
 二度レスごめんなさい。
 
 なんか、岐阜の人って意外に愛県心が強いみたいですね。熊田曜子さんがそうなんですよね。あんまり好きじゃなかったんですが、岐阜への熱い思いを語っていらっしゃるのをテレビで見て、ちょっと好感を持ちました。
 でもこっちだって、水はそんなにひどくないし、大阪は近いし、新幹線は無いけど、世界遺産はめっちゃたくさんあるから負けてません。世界遺産登録件数が3件もあるのは、たぶんわが県だけですぜ。

 ポジションの件ですが、そうですね、やっぱり「si」は「ジ」、「di」は「ディ」であるはずですよね。ただ、もともと日本語には「ディ」の発音が無かったので、長年「ジ」や「デ」で代用してきたわけです。(「デズニーランド」とか「ジズニーランド」とか、おばあちゃんは言いますもんね)
 だから英語の「di」を「ジ」と表記するのは日本語としては伝統的にオッケーですが、逆に英語の「si」を「ディ」と表記するのは、これは「間違い」ということになっちゃうと思います。volley(ヴァレー)を「バレー」と書くのは日本語の伝統として許容されるけど、balletを「ヴァレー」と書くのは許容範囲外ということで。迷ったら「ジクショナリー」を引きましょう。
2007-10-04 17:20:22【☆☆☆☆☆】中村ケイタロウ
岐阜人ってのは、結構特殊なんですよ。
方言とかも結構特殊で……、
〜でしょう? → 〜やらぁ?
〜だ!    → 〜やげ!

もはや、関西弁とは品が変わってきます、正直言うと下品……(泣)
これを、今時の学生が何の躊躇も無く使います……。

県外に出て、一番大変だったのは方言の矯正だったと、先輩から聞いたことがあります。
2007-10-04 18:33:38【☆☆☆☆☆】電子鼠
読ませていただきましたー。分類がお笑いなので、もうほんと細かいことは抜き、肩の力を抜いて読むことができました。心に深く残るものがある、とか感動する、とか考えさせられる、とかいったものはまったく感じなかったのだけれど(ほんとに失礼な言い方してますすみません)、こう軽く「ぷふー」と笑えるところがいい感じ(笑)続きものかと思ったら、続かないんですか。
2007-10-05 14:48:06【☆☆☆☆☆】ゅぇ
すいませんでしたっ。

やっぱり、こうたくさんの人に感想を頂くと、エンタメ小説の奥の深さがよく分かります。
この作品を基点に、修学旅行全体のことを書いてみようか、と考えてます。

ご感想、ありがとうございました。
2007-10-05 17:20:27【☆☆☆☆☆】電子鼠
 財布を分けるって田舎的発想なんですか! え、わたし横浜生まれの横浜育ちですが、旅行に行くときは必ず財布を分けます。片方はすられたり失くしても大丈夫なお粗末なものと、もう一方は保険証などの貴重品と万札入りと……。そういえば、感覚が田舎の人間と言われたことが多々あったような。

 訛りって温かみがあっていいですよね。こう、ほんわかした気持ちになりました。とくに最後の台詞、「スペアの財布は荷物と一緒に東京に送ったやらぁ? 入れ忘れたん……?」がとても良い感じです。
2007-10-10 16:09:52【☆☆☆☆☆】奏瓏瑛
私の脳内判定は

田舎的「二つに分けて被害軽減」
都会的「失くす訳が無いだろう」
超都会的「現金なんて持ってない。全部カード」

になってますので……。
田舎と都会を比べさせるために、こういった文を書きました。


ありがとうございます……、とはいえ。
最後の部分は他者からアドバイスを受けてそうなったので、フクザツな気分……。

この力を自分の物にしないとっ。


ご感想ありがとうございました。
2007-10-10 16:56:01【☆☆☆☆☆】電子鼠
計:0点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。