『上半分の猫』作者:水芭蕉猫 / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
弟を兄さんと呼ぶ兄とナルシストな弟の話。電波。
全角2366文字
容量4732 bytes
原稿用紙約5.92枚
 古臭いアパートの玄関を一歩入ると、お帰り兄さん。という声が聞こえたのでふとそちらを見ると後ろ手に両手と両足をビニールヒモで縛られた俺より年上のはずの暫定弟が床の上を尺取虫のように体をもぞもぞ動かしながらこちらへやってきた。
 ふさいでいたはずの口のガムテープは、俺が仕事に行ってるうちに剥がれたのか自分でどこかにこすり付けて剥がしたのか、彼の頭の方に丸まった感じでべったりついていたので、そういえば今朝はいつも以上に朝鮮の陰謀がどーのとか宇宙からの電波がこーのとかぐちゃぐちゃと五月蝿かったので手足を縛りあげるついでに口もふさいでおいたんだということを思い出した。
「ただいま兄貴。大人しく良い子にしてたかい」
 靴を脱ぎながら、床の上に転がって顔だけを俺に向けてにへらと笑う暫定弟実質兄にそう言ってやると、彼は今朝方自分が俺にされたことを忘れてるのか、労うような言葉を俺にかけてきた。
「もちろんだよ。それより兄さんお仕事お疲れ様でした。本当なら風呂か食事でも用意しておこうかと思ったけれど何故か出来なかったから兄さんには申し訳ないけれど自分でやってもらうしかないけれどそれでも良い?」
 切れ間の無い長々とした文章を紡ぐ兄貴だけれど、意味は何となくしかわからない。もちろんそれは今に始まったことではないから「別にいつものことだから問題無いよ」と答えてやると、あぁそれは良かったと言ってから兄貴は「ありがとう」を連発した。
「本当は俺も兄さんと一緒に働いて家計に貢献したいところなんだけれども生憎俺は馬鹿だからそれは出来ないからとても心苦しいよ」
 そういう彼に、俺は包み隠さず「良いよ別に。兄貴なんか働いたら俺までキチガイみたいに思われるから兄貴は部屋で大人しく待っててくれれば良いんだよ」と言ってやると、兄貴はそうだねぇそうだねぇと意味がわかっているのか解ってないのか大仰に何度も頷いた。そうして床の上で何度も頷いている兄貴の服の襟首を猫みたいに摘み上げると、俺は玄関から居間まで兄貴をずりずり引っ張っていった。


 兄貴がおかしいのは何も今に始まったことではない。
 俺がまだ幼稚園で、兄貴が小学生くらいのときから兄貴は既におかしかったように思える。一番思い出深いのは、猫事件だろうか。
 今は既に兄のキチガイぶりに痺れを切らして出て行った両親がまだ一緒に住んでいた頃、兄が猫を拾ってきた。
 但し上半身だけ。
 その上半身もカラスかなんかに突っつかれたのか目玉は取れかけウジは沸き放題。汁なんだか体液何だか血なんだか肉なんだかよく解らないものをべちゃべちゃと滴らせたそれを大事そうに胸に抱いて帰ってきた兄は、母親に向かって開口一番「これ飼って良い?」とハエがぶんぶん飛び回る中それをキラキラした目で突き出した。
 もちろん兄貴はしこたま怒られ、上半分の猫は兄貴が責任を持って、当時あちらこちらにあったどこかの畑に母親の厳しい言いつけどおり埋めてきたようだ。後で恐る恐る猫の下半身はどうしたのかと兄貴に聞くと、下半身は道路にへばりついてて取れなかったとか何とか聞いた覚えがあるが、何で猫の上半身なんぞを拾ってこようと思った兄の思考を俺は今でも理解する事が出来ていない。まぁ、理解できれば毎朝毎朝放っておけばどこぞへふらふらと出かけてしまうような放浪癖のある自分の兄を縛り上げて仕事へ行くということなどしなくて良いのだろうけれど。
 兄貴は今、となりで眠っている。
 手足の縛めは夕食の時に既に解いてあるから、前みたいに朝起きたときにヒモが食い込んで両手が壊死しかけてたとか言う事故は起こらないだろう。代わりに朝起きたら居なかったという事故なら起こりそうだが。
 布団で寝転がりながらぼんやりいろんなことを思い出していると、暗闇で肩まで律儀に布団をすっぽり被った兄貴が隣で「兄さん」と俺を呼んだ。
俺はもう既に兄貴は寝ていると思っていたから、ほんの少し驚いた。黙っていると、「兄さん、兄さん眠ってしまったかい?」と兄貴が尋ねてきた。
 兄貴が俺を兄さんと呼ぶようになったのは、親がどこぞに出て行って、俺がアパートを借りてやって、言動がおかしい兄の代わりに俺が働いて兄を養い始めた辺りか。
 女よりも自分と同じ性別の男が好きで、尚且つ誰より何より自分が一番好きな俺は別に兄なんて存在はどうでも良かったが、誰かと結婚する決定や予定は過去も未来もさらさらない上、兄が自分に少し顔貌が似ているのが好きなのと、自分の足元で這い蹲る兄貴の姿が滑稽で面白かったのと、自分に似てる存在を手元に置いて飼うという行為が酷く楽しそうだったので、自分が家を出て働き始めるのを機にどこかの施設に入れる予定だった兄貴を半ば飼うつもりで強引に養うことにしたのだが、ある日仕事帰りにどっちが弟か解らんなと皮肉交じりに言ってやったら兄貴が「じゃあ、俺は今日から弟になるよ」なんてわけの解らんことを言い出して、それから兄貴は俺を「兄さん」と呼ぶ。
「起きてるなんだ?」
 と、すこしタイムラグをおいてごろりと寝返りを打ち向き直ってそう尋ねると、彼は「あのときの飼えなかった猫は畑になったけれど、俺は死んだら何になるんだろうね」と突然真顔で尋ねてきた。あのときの猫というのは、多分あの上半身しかない猫のことなんだろう。確信はないが。
「墓石になるんだよ」と適当に答えてやったら「さすが兄さん」と兄貴は偉く満足げに笑った。それからいきなり「俺は兄さんと居れて幸せだよ」と何の脈絡もためらいも無く言ってきたから、「兄貴は墓石になるまで俺が一生飼ってやるから安心しな」と少し自分に似てる兄に笑いながら言ってやった。
2007-05-29 23:57:45公開 / 作者:水芭蕉猫
■この作品の著作権は水芭蕉猫さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
お久しぶりですそして始めまして水芭蕉です。
一回投稿して下げてそしてまた投稿するというポカをしでかしましたが、多分これで大丈夫です。
猫の上半身だけを拾ってくる話のと、MとSとナルシストがない交ぜになった人物とのほんのりボーイズラブチックなのが書きたかったのです。そんな感じが出ていれば、幸いです。
お手柔らかにお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
 こんにちは、水芭蕉猫さま。上野文です。
 『上半分の猫』 を拝読しました。
 猫のエピソードが端的に二人の関係を見せていて、唸らされました。
 兄さんも弟も、どこか壊れているはずのに、ユーモラスで、楽しそうですね。
 陰があるのに朗らかで、面白かったです。
 ではえは、また。
2007-05-30 12:39:56【☆☆☆☆☆】上野文
感想は一言で言うならば変ですね。知っているかわかりませんが、ねこじるを描いていた作者に近いものをこの作品に感じました。変で刺激があったので、退屈せず読むことができました。
2007-05-30 20:36:34【☆☆☆☆☆】猫舌ソーセージ
[簡易感想]おもしろかったです。
2007-05-30 20:52:50【☆☆☆☆☆】座席
ども、読ませてもらいました。
さすが、というべきか、普通の作品とは一線を書いた作風だなぁと変に感心してます。
この上半分の猫に於ける、よく分からなさが私は好きです。何というか、自然に狂ってる感じも好きです。
強いて言うなら、もう少しボリュームが欲しかったですね。というか、もっとこの狂った模様を読みたかったというのが本音です。

ではでは〜
2007-05-30 21:03:02【★★★★☆】rathi
2007-05-30 21:06:00【☆☆☆☆☆】J
こんにちは。個性的で不思議な世界観ですね。おもしろかったです。(上の、失敗…)
2007-05-30 21:10:06【☆☆☆☆☆】J
 拝読しました。
 奇妙なリズムが全編通してありましたね。意外と心地よかったです。ホモじゃないけど。
 ある映画監督が「作品に重要なのはポリシー」と語っていて、記者が「ポリシーとは?」と聞いた所「雰囲気だろ」と答えたそうです。
 そういう観点においてこの作品は素晴らしい。独特の雰囲気を確立していますよね。それも読み手がすんなりと受け取れるような。
 次回作品にも独特の雰囲気を期待しています。
2007-05-30 21:50:27【☆☆☆☆☆】無関心ネコ
rathi様に同調。『天国〜』級の情報量をとは言いませんが、まだまだこの電波世界に浸りたかったです。この世界には、抗しがたい魅力を感じます。
そして、夜間道路にへばりついている猫など、つい新聞紙かなんかに包んで拾ってしまう(さすがに家では飼わずにすぐ埋めますが)自分としては、この兄をとても愛しく感じました。
情動量に見合う情報量があったら、思わず最高点を入れていたかもしれません。
2007-05-30 22:50:56【★★★★☆】バニラダヌキ
どうも。勿桍筑ィです。
この話、続きなら良かった。そう読み終えた後に感じました。この兄弟のこれからの生活を覗いてみたいな。そう思ったわけです。そうでなきゃ、この話が読み込めない。最初、ホラーも絡んでるのかな? と思い込んでいましたが、そんなことはないようで。短い話でしたが、続きは無いようですが、面白かったです。
ただ、最後の方は正直、なんて言ったらいいか分らんのですが、分からなかったです。オチが分らなかったといえば、いいですかね。

では、次回作品も期待してます。
2007-05-31 00:31:29【☆☆☆☆☆】勿桍筑ィ
拝読しました。読んでいて不思議な空気を感じさせます。文章がうまいのですね、うん。
 兄は知的に問題があり、適切な対応が弟も含む「家族」によってなされていない。その適切な対応のなさが言い訳によって埋められてしまっている。
 良くあるのかもしれません。DV関係にある恋人や夫婦、虐待関係にある親子・・・。そこに愛情はあるし、双方向性の問題を含む場合が多い。ある種の関係性は出来上がってしまうとそれを維持しようと努めてしまうところがあるのかもしれません。こうした怖さって弟のエゴイストぶりよりもそうでありながらも「家族」や「同居」という関係が出来上がってしまう事にあるのでしょうね。どのようなルールよりも恐らくは「関係性の維持」が優先してしまう。僕が感じたのはこうした怖さでありました。
 次回作も期待しています。
2007-05-31 05:46:52【☆☆☆☆☆】カメメ
[簡易感想]読み易く、そして飽きなくてよかったです。
2007-05-31 12:12:31【☆☆☆☆☆】ヒントはミ
『上半分の猫』読ませていただきました。
読んでいて飽きなかったです。失礼かもしれませんが、作品の内容より文章に惹かれてしまいました。なんというか、今までに読んだことの無い文章でした。だから、もっと読みたい! という気持ちになりました。
もっと読みたい! とは思いましたが、ちょうど良い長さでそこがまたよかったです。
アドバイス等ができず申し訳ありません。でも、それくらい良い作品でした。
2007-05-31 19:44:31【☆☆☆☆☆】コーヒーCUP
作品を読ませていただきました。普通の人間が一線をひいて踏み入れるべきではない世界のはずなのに、この作品は不快感も嫌悪感もなく禁じられた領域に誘ってくれる。未知の領域を垣間見る背徳的な愉悦だ。それどころかふふふと笑ってしまう面白味も含有している。ん〜楽しかったです。欲をいえば、もっと読みたかったです。このリズムでもう少し長ければ……ただ、作者コメントにある「ほんのりボーイズラブチック」ですが、BLテイストは感じられなかったですね。でも無理やりBLテイストを強調するとこのリズムが変わってしまう気もするなぁ。今回はこの形でよかったと思います。長々と戯れ言を失礼しました。では、次回作品を期待しています。
2007-05-31 22:07:59【☆☆☆☆☆】甘木
上野文様>
お読みいただきありがとう御座います。壊れている中でも明るい世界は構築されるものなんだと私は思ってたりします。ちなみに弟にとって上半分だけの猫は半ばトラウマ化していて実は猫嫌いという隠れエピソードがあったりします。ユーモラスとのお言葉誠に感謝します。感想ありがとう御座いました。
猫舌ソーセージ様>
お読みいただきありがとう御座います。ねこぢるは部屋に置いておきたくないけれど古本屋で見かけたら真っ先に立ち読みするタイプだったりします。確かにあの世界観に近いのかもしれません。飽きないというのは大変嬉しいです。感想ありがとう御座いました。
座席様>
お読みくださりありがとう御座います。面白かったですか? ありがとう御座います。これからもこんな電波ですが日々精進いたします。
rahti様>
お読みくださりありがとう御座います。普通と違うというか自分で言うのもなんですが、これは書いてて楽しかった話だったりします。私もなんだか解るんだか解らないんだかよく解らない空間が大好きなモノですから(笑)もう少し長くしても良かったかな。と今は思います。ただ、今回は長く考えてると手がブルブル震えてくるような異常感覚が長続きしなかったのでここらが切りどころかなと思いました。言い訳ですね。次はもっと長くなるように頑張ります。感想ありがとう御座いました。
J様>
お読みいただきありがとう御座いました。おもしろいとのお言葉ありがとう御座います。不思議、というよりただの電波なのかもしれません。感想ありがとう御座いました。
無関心ネコ様>
お読みいただきありがとう御座いました。えぇ、書いた当初はホモっぽさがあるような気がしたんですけれど、指摘されると別にそうでもないような……という気もしてきました。これが独特なのかは自分では少々判断がつきかねますが、読者様に受け取りやすい形になっていたのならば私にとっては至上の幸いです。感想ありがとう御座いました。
バニラダヌキ様>
お読みいただきありがとう御座いました。『天国〜』級の情報量はちょっとまだ充電不足なのかガッツリと詰め込むことが出来ませんでした。本当はアレくらいの分量をぎっちり詰め込んだほうが電波っぽくて良いのでしょう。道路にへばりついてる猫やらイタチやらを見ても私は連れ帰ることが出来ずに居ます。特にカラスなんかが突っついてたりすると怖くて近寄れなかったりします。この兄は私も結構好きなので、愛しく感じていただけたなら私も非常に嬉しいです。感想ありがとう御座いました。
勿桍筑ィ様>
お読みいただきありがとう御座いました。この話はホラーでもなければ感動できるような話でもなくただ単に電波が延々連なるような話だったりします。なのでオチは無いのですが、強いて言えば「上半分しかない猫は飼えなかったけど上半分の猫くらいしか知恵が無い兄はずっと養ってやるぜ」的なオチだと自分では解釈しています。解りづらくて申し訳ありませんでした。次回があるのなら、今度はもっと解りやすくを精進します。感想ありがとう御座いました。
カメメ様>
お読みいただきありがとうございました。本当のところはどうなのでしょうね。家族の関係維持というのは確かにそうだと思います。一度関係が構築されてしまうと、壊れるのが恐ろしくて恐ろしくて仕方がないのですね。ただ、まぁこの話の場合は兄は別に今の関係を苦痛と思ってるわけでは無く、弟は兄が居なくても別になんとも思わないだろうと思いますので、きっと脆い共依存的な関係なんだと思います。で、きっと適切な処置として第三者が介入してくるよりは幸せなのかもしれないと私は何となく思っています。感想ありがとう御座いました。
ヒントはミ様
お読みいただきありがとう御座いました。読みやすく飽きないというのは私の目指すと所の一部でありますので大変有り難く思います。感想ありがとう御座いました。
コーヒーCUP様>
お読みいただきありがとう御座います。確かにこの文体はあまり見かけないかもしれませんね。一文章にぎっちり詰め込んでいっぺんにどっすんと下ろすのは結構快感だったりしますよ(笑)やっぱりこれはこのくらいが丁度良かったのだと思うことにします。いえいえ感想を頂いたというだけで私としては至上の幸福です。感想ありがとう御座いました。
甘木様>
お読みいただきありがとう御座いました。不快感も嫌悪感もありませんでしたか? 気持ち悪いといわれるだろうことは覚悟の上の投稿だったのですが、もしそうだったのであれば大変嬉しく思います。未知の世界というのはどうなっているのかさっぱり解らないのでそっと覗き見ると楽しいのです。常に頭の中でこんな展開が繰り広げられると私がおかしいのか周りがおかしいのか解らなくなるのが難点だったりします(笑)BLテイストについては投稿直後は自分の中でそんな感じだと思っていたのですが、今日考えてみると何か違うような違わないようなという気分になってきました。言われて見ればやっぱり違うのかもしれません。感想ありがとう御座いました。
2007-06-01 00:14:25【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
計:8点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。