『Door of the moment 扉を繋ぐ思い』作者:現在楽識 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
「この世界なんて退屈じゃないか」 夏休みも近づく七月、神無刹那は親友にそうつぶやいた。 何の変哲もないはずのこの世界、しかし、刹那はこの世界の常識とは違う常識をもった世界の幻想を持ち続ける。  刹那の幻想、五年前のあの日、永遠に続く日常、いつも共に過ごす仲間たち、そして、刹那が見る夢。 それぞれがつながり、壊れ、散り、ゆがむ時、扉は開く。 真実へとつながる扉が…… 
全角13183.5文字
容量26367 bytes
原稿用紙約32.96枚
 暗い、闇の中に一人の少女が立っている。
「聞こえる?」
 闇の中といっても少女の姿をはっきりと確認でき、少女は水面に立っていた。
 長い黒髪はしっかりと結ばれ、緑色のガラス玉が付いた髪飾りが何らかの法則があるかのようにたくさんつけられていた。
 体にしっかりとまとわれる白い布、それと相反するように肩から手首、胸から腰、太ももから足首にゆったりと巻かれ、水面に浸る透き通る桃色の布。
 少女の手首から伸びる桃色の布は水面へ、そして、水面から少女の目の前へとまるで支えのあるかのように垂直に上へと伸び、二つの布は絡まりあい、円を作り上げ、円の内部からは光が漏れる。
「聞こえるのなら……答えて」
 少女は円の向こう側に向かって呼びかける。
 しかし、いくら呼びかけても返事は返ってこない。
「やっぱり……聞こえないのかな」
 少女は悲しそうに目を閉じて、その場に座り込む、水面にひざを付き、水面が揺れる。
 揺れることによって写っていた少女の虚像が乱れていく。
 『彼』はその円の向こう側から少女を見ていた。
「こうして繋がってるのに……あと、もう少しなのに」
 少女の頬に一筋の涙が下へと流れる。
 円の向こう側にいる『彼』はその様子を見ても身動きひとつ、瞬きすらしない。いや、そもそも少女の姿を捉えているのかどうかも怪しい。
「本当にあと少しなのに、どうして……どうして!! どうしてなの!!」
 少女は自分の胸を強く握り、悔しそうに叫ぶ。
 円の中にいる『彼』をつかもうと手を入れようと試みるが、指先……少し伸びた爪が円の中に入った瞬間、手を引っ込めた。
「だめ……できない」
 ほんの少し、円の中に入った爪が長く、先ほどまで指から少しはみ出ていただけなのにもう指と同じ長さにまで伸びている。
 それを見て、少女は中に入る勇気が削がれてしまう。
「絶対に……あきらめない」
 少女は手首に纏わりつく円を作り上げている桃色の布を静かに引っ張り、絡まりを解こうとした。
「絶対にあきらめない」
 絡まりを完全に解く前に、もう一度少女は自分の思いを口にした。
「絶対にあなたに会いに行くから」
 絡まりが解かれ、桃色の布が少女を纏う白い布に絡みつく。
「私は絶対にあきらめない」
 三度目になる決意の言葉は前の二回とは比べ物にならないくらい、強い思いがこめられていた。


序章『扉の外にある世界』

 夢はかなうことがないから夢と言う、しかし、夢をかなえるために人は努力するとも言う。
「でも、努力もできない夢ってどうすればいいのやら」
 そうつぶやきつつ、神無刹那(かみなしせつな)はいつものように学校の屋上でコンクリートの床に寝そべりながら空を見続けていた。
 七月の夏真っ盛りの日差しが刹那の体を容赦無く突き刺す。
「ああ、どこかに行きたい」
 刹那はそうつぶやいて左手で左目をふさぐ。
 まるで、今、自分の目に映るものを否定するかの様に、ふさぐことでこことは違う世界を見ようとするように。
 左手に巻かれた腕時計は十二時二十五分を示し、四時間目の終わりが近いことを告げている。
 別に、学校が嫌いなわけではない。だからといって四時間目の授業がいやなわけではない。純粋にやる気が起きないだけだった。
「どこかに行きたい」
 もう一度、刹那はそう言った。
「くどいぞ、その台詞は聞き飽きた」
 刹那の隣から呆れたような声が聞こえてきた。顔を横に九十度動かすと黒髪の少年が先ほど放たれた声にこもった感情と寸分違わない表情を浮かべながらパンをかじっていた。
 まるで、刹那の隣に居ることが当たり前のように、たとえそれが地獄の底であろうと、漆黒の闇の中でも、神々が争う聖書級崩壊の真っ最中でも刹那の隣にいる。それが彼、黒桐龍(くろきりりゅう)の当たり前のことだ。
「でもよ、龍……」
 刹那はカレーパンをほおばる龍を横目に今まで左手で塞いでいた左目をさらし、静かに目を開く。
 青い瞳である右目とは対照的に真っ赤な瞳が龍の目に映る。
「この世界なんて退屈じゃないか?」

 神無刹那は、幻想を見ている。

 『こういう風になりたい』や『こんなことをしたい』という夢ではなく、『こんな世界に行きたい』という幻想。
 夢と幻想は言葉が似てはいるものの、意味はまったく違う。
 なぜ、彼がそんな幻想を見ているのか、それは本人ですらよく分かっていない。
 普段……たとえば勉強をしているとき、普通の人ならその勉強のことだけを考えているだろう。一部の例外として勉強のことなんて何にも考えていない人もいるが、刹那の場合、勉強のことを考え、その思考回路と同時に別の幻想を考えてしまうのだ。
 ただ、幻想を思い浮かべるたびに感じてしまうのはこの日常に対する退屈、そう、純粋な退屈という思いだった。
「でもな、俺たちはこの世界でこうやって生きてるんだ。幻想を抱くのは今に始まったことじゃないから止めはしないけど、この世界でお前の退屈を忘れさせるものを見つけようぜ?」
 龍はコーヒー牛乳を片手に色違いの瞳を持つ親友を見据える。
「それに、お前が幻想を抱くようになっちまったのはあのことがあってからだろ?」
 その言葉に刹那の顔が険しくなる。
「そんな顔をするなよ、俺はお前を怒らせるつもりでしゃべってるわけじゃない」
 刹那を見ながら龍はコーヒー牛乳を飲み干してから、ふと……あることを思い出した。
(そういえば、明日があの日か)
 あの日……今から五年も前に起きた刹那の幻想を抱かせるきっかけとなった事件が起きた日。
 あの日、病院で目を覚ましてから刹那はこの世界とは別の世界の幻想を見るようになった。
「ずっと、夢に出て来るんだ」
 刹那はそう切り出し、言葉を濁す。
「眠って夢を見るたびにこことは違うどこかの光景が目に映る」
 その言葉を口にしている刹那の顔を龍はよく観察して、ため息をつく。
(眠って……夢を見るたびねぇ) 
 四時間目の終了を告げるチャイムが鳴り響き、ふたりは立ち上がった。
「さて、食堂に行くか」
 刹那は自分の財布の中身をチェックしつつ、腰を浮かせた。
「ああ、どうせみんなも先に行ってるだろうし」
 龍も食べていたパンや空のコーヒー牛乳の容器をビニール袋につめて立ち上がった。
「つーか、お前はまだ食べる気か?」
 刹那は龍の手に握られたごみの袋を見てたずねた。
「ん? ああ、たかがパン二つじゃ腹は満たされないからな」
 そう言って龍は屋上の扉を抜ける。刹那は一度空を見上げて、ふと思う。
(どうして、俺はこんな幻想を持つんだ?)
 空はきっと、どんな幻想の世界でも変わることはないだろう。
 しかし、空から目線を下ろすと今、自分がいる現実の世界となってしまう。
「俺は……どこに行けるのだろう?」
 刹那は屋上を出る前にもう一度空を見上げ、そうつぶやいた。


 強く、たくましく。
 あらゆる状況下で生き抜くにはこの言葉は必要不可欠ではないのかと刹那は思う。
 たとえ、目の前で何があっても同時に別の幻想を考えてしまう刹那でさえ昼食のときだけは、特に食料を入手するときだけは頭で考える幻想を無視してしまう。
 なぜなら、目の前の状況はたとえるなら一言、『戦場』だ。
 刹那たちが通う私立双塔学園は中等部と高等部に分かれており、各学年に十クラス以上あるため、生徒数は三千人は超えているのに、食堂は全敷地内にひとつしかない。
 しかも、何が楽しいのか、最上階に食堂があるのだ。
 そうなると必然的に事前に昼食を準備していない生徒たちはほぼ全員ここになだれ込んでくる。その数およそ四分の一、つまり七百人ほどの人間がある程度の量が決まっている食料を入手するために争い、ある生徒は傷つき、ある生徒は勝利の栄冠を手に入れ、ある生徒は戦うことをあきらめ、策をめぐらせる。
 刹那と龍は無論、この日常の中の戦争で敗北者になるつもりはまったくない。かと言って面倒な策をめぐらせる気にもならない。そうなると残る選択肢は一つしか残っていない。
「それじゃあ、俺たちも参戦しますかな」
 龍はそういうと全身の骨をコキコキと鳴らし始める。
「ああ、さっさと行かないと売り切れそうだからな」
 刹那は目の前に群がる人の波を凝視する。
 二人のやり方は簡単なことで、人の波の中に突撃し、突破し、無事に帰還する。
 言葉にすればシンプルだが、要求される技術は何気に高く、一つ目に確実なルートを見極める判断力、二つ目にそのルートを確保するための腕力と脚力、三つ目に無事に目的の物を入手した後それを無傷で持ち帰るための身体バランス。
 どれかが足りないだけでこの方法は失敗してしまうのだが、二人にはそんな心配は一切ない。
 数分後、二人の手にはトレーに乗った丼物と箸が握られていた。
「さてと……あ、いたいた」
 刹那はあたりを見回して窓際の一番奥のテーブルのほうへと歩き出す。
「おーい、吹雪」
 刹那に呼ばれて一人の少年が振り返る。
「あ、セツ兄、リュウ兄」
 吹雪と呼ばれた少年は手を振りながら刹那と龍を呼んだ。
 その少年の顔をよく観察すれば大半の人間はあることに気が付くだろう。刹那の顔を少し幼くしたように思えるくらいによく似ている。そして、刹那と同じように左の瞳は赤い。きっと、刹那と並んでいればすぐに分かるだろう。この少年が刹那の弟、神無吹雪(かみなしふぶき)だということを。
「一人か?」
 刹那は吹雪の隣に、刹那に向かい合うように龍がテーブルに付く。
「うん、トウヤもマナ姉もまだあの中にいるみたい」
 吹雪は自分の昼食であるオムライスをスプーンですくいながら未だに続いている戦場を見ている。
「ところで、二人のは?」
 刹那は吹雪に自分の昼食を見せた。
 何のそっけもない狐うどん、しかも唐辛子などの調味料的なトッピングは一切していない。
「ほんと、セツ兄はまたそのまんまか」
 吹雪はそう言いつつ、現在進行形で減り続けている龍の昼食を覗いてみた。
「ごふぉ!!」
 しかし、顔を近づけただけで吹雪は咳き込み、目を押さえた。
「ん……どうした?」
 目を必死に押さえる吹雪を不思議に思い、刹那は龍の手にもたれている丼を覗く。
「……お前、何食ってるんだよ」
 目を攻撃するかの様に刺激があり、その丼から湧き上がる湯気を鼻や口に取り込むたびにひりひりする。そして、何よりもヤバイのはその色だった。
 赤を通り越し、限りなく黒に近いくらいに、まるで血のようなスープのラーメンが丼の中に入っていた。
「新メニューのドラゴンストライクラーメンだけど?」
 龍はそんなラーメンを顔色ひとつ変えず、汗ひとつかかないでズルズルと麺を口に運んでいる。
「挑戦状を叩きつけてるようなメニューが存在するのか」
 刹那はもはやその危険物に近寄りたくないのか、おとなしく自分の狐うどんをズルズルとすすった。隣をちらりと見るとまだ吹雪は目をこすっている。
「あんまりこするなよ、ひどくなるぞ」
 刹那の背後から声が聞こえてくる。
「はい、目薬」
 先ほどとは違う女の子の声が聞こえると同時に吹雪と刹那の間から目薬が握られた手がスッと現れる。
「灯夜、真奈、時間がかかった見ないだな」
 刹那は首を上に思いっきり向けて後ろにいる二人の姿上目使いでみた。一組の男子生徒と女子生徒がたっており、まったく同じ顔をしている。
 上条真奈(かみじょうまな)と上条灯夜(かみじょうとうや)、世の中に珍しい一卵性の異性双生児だ。
「いつ見てもお前らの顔は気持ち悪いくらいに似てるな」
 龍は危険物の入った器に直接口をつけて飲み干したあと、そういった。
「うるせぇ、こっちだって好きでそういう風に生まれてきたわけじゃねぇ、こんな女顔に生まれちまってるんだからな」
 灯夜はそう言って龍の隣に座り、カレーライスを口にし始める。
「ホントに、ほら吹雪、上向いてさしてあげるから」
 真奈はというと、吹雪の隣に座り、目薬をさしてあげている。
「食い足りないな」
 刹那はそういうと先ほど食い終わったうどんの丼を手に再び戦場へと歩き出した。
「あ、ついでに俺に甘いデザート頼む」
 親指をビシッと立ててお願いする龍に刹那は親指をさかさまに立てて答えた。
 先ほどよりかはある程度人が減っているとは言うものの、やはり最前線での戦闘は続いており、刹那はめんどくさそうにその中に入ろうとした。
「キャ……」
 入ろうとした矢先、人ごみからはじき出された何かが刹那にぶつかった。
「お、朱鷺か」
 刹那はぶつかった者を倒れないように支え、体勢を立て直させた。
「あ、刹那君」
 体勢を立て直すと、白くて長い髪をなびかせながら汀目朱鷺(みぎわめとき)は刹那のほうに向きなおした。
「無理するなよ、何買うんだ?」
 あくまでもピークを過ぎて収まってはいるもののこれから始まる第二ラウンドのことを考えると女の子では危険すぎる。なぜなら、これから来るやつらはピーク時に買うことができなくて空腹感が限界に達している餓鬼共だ。
 そのことをよく知っている刹那は笑いながら朱鷺の顔を見る。
「あ、いえ……自分で買いますから」
 朱鷺は頑張って人ごみに入っては行くものの、押し返されまた刹那の元へと戻ってくる。
 何度もそれが繰り返されていく様子を見ていると刹那はだんだんイライラしてくる。
「しゃーねぇな、ほら、後ろにしっかりと付いて来い」
 刹那は朱鷺の手をつかみ、自分が先行する形で人ごみの中に入っていく。力任せに前にいる生徒たちを押しのけ、カウンターまで朱鷺を連れて行く。
「サンドイッチセット1つください」
「あ、俺もサンドイッチセット」
 食堂のオバチャンたちが忙しく動き回り、ほんの十秒ほどで刹那と朱鷺の前にサンドイッチセットが置かれる。それを受け取り、再び人ごみを押しのけて脱出した瞬間、
 シャー、シャーと何かが回転する音が近づいてくる。
「おっと、危ない」
 刹那は朱鷺を軽く引き寄せた。ついさっきまで朱鷺がいたところに一つの風が通り抜ける。
「どけ、轢かれたくなかったら前を開けろ!!」
 そんな声が聞こえるが、人ごみの中にいる生徒たちにそんな言葉は聞こえるわけはなく、風は人ごみの中に突撃、人々を撥ね退けてから戻ってきた。
「皆人、流石にローラーブレードはまずいだろ」
 刹那は先ほどまで吹いていた風の正体、片手に丼をつかみ、両足にゴチャゴチャしたローラーブレードを装備した少年、蕪坂皆人(かぶらざきみまと)を見据えて突っ込みを入れる。
「仕方ないだろ、こうでもしないと第二波に巻き込まれるだろ。それより、いつまでお前はそうしてるんだ?」
 皆人に指差され、刹那はようやく自分の状況を確認した。
 先ほど朱鷺を引き寄せてから皆人に突っ込みを入れることに意識を集中していたので気が付かなかったが、刹那は朱鷺の腰に手を当て抱き込むようにしていた。
 すぐさま朱鷺を開放するが、朱鷺の顔は赤くなっている。
「おい、しっかりしろ」
 刹那は朱鷺のほほを人差し指と中指で軽くペチペチとたたき、正気に戻させる。
「刹那君……人前でこういうことはちょっと」
 正気に戻って恥ずかしそうにしている朱鷺に刹那は二、三言謝ってから先ほどからニヤニヤしている一行の元に戻った。
 刹那は元の場所に座り、その隣に朱鷺、朱鷺の向かい側、灯夜とは反対側に皆人が座った。
「白昼堂々とよくやるな」
 龍は邪悪な笑みを浮かべながら刹那に絡んでくる。
「うるせぇ、別に意味も感情も無しに自然にそうなっただけだ」
 反論しながら刹那はサンドイッチを口にする。
「本当に朱鷺もいやならすぐに離れればいいのに、無言でいるなんてどうかしてるんじゃないの?」
 真奈はカレーにナンを浸しながら真奈はワイドショーを見るオバチャンのように朱鷺を見る。灯夜は特にそのことを触れずにチャーハンを蓮華で口に運び続ける。
「いえ、別にいやって言うわけじゃないですし」
 その言葉に刹那を除く全員が顔を朱鷺に向けた。
「おいおい、ここでラブトーク発動ですか?」
 皆人はラーメンを口にしながら嫌みったらしくいう。龍はあきれながらも笑っており、真奈はあらあらと楽しそうに見ている。
「まったく、お前らなぁ、別に俺は朱鷺と付き合ってるわけじゃないんだからラブラブでもなんでもないって」
 刹那の言葉に朱鷺の動きが凍りつく。それと同時に朱鷺を除く全員から一発ずつ、そして、なぜか最後に吹雪と龍からチョップを食らった。
「おまえなぁ……普通気が付くだろ」
「セツ兄、相変わらず鈍感だ」
 実の弟にまで殴られて、おまけに鈍感と言う不名誉なレッテルを貼り付けられてしまったため、刹那は吹雪のコメカミを親指と小指ではさみ、力をこめてお仕置きをした。
「これでも俺はかなり敏感なほうだと自覚してるんだ〜け〜ど〜な〜」
 吹雪の頭から骨がきしむ音が聞こえ、もがき苦しみだす。
 必死に押さえている指をはずそうと吹雪は奮闘するが、なかなか外れない。
「こらこら、自分の弟でしょ? もっと手加減しなさいよ」
 真奈が刹那の手首をつかみ、吹雪を開放させる。
「あ〜〜、死ぬかと思った」
 吹雪は頭を抑えてうなっている。
「ホント、吹雪も何年同じような目にあってるのよ」
 真奈は呆れ顔で吹雪のコメカミをなでる。
「まあ、俺たちずっと一緒だからな……腐れ縁もここまでくれば笑うしかねぇ」
 灯夜はのスープを平らげて苦笑いをしている。
 刹那、龍、皆人、真奈、灯夜、朱鷺、家がみな近所で親同士の付き合いもあったため、幼い頃からずっと一緒に遊んでいた。
 大概の遊びという遊びは遊びつくしたといっても過言ではないくらいに遊びまくっており、友達という言葉ではすまないくらいにお互いのことをよく知っていると、それぞれが自覚している。
「ああ、玲がいたときからずっとな」
 刹那がポツリとつぶやくと、先ほどまで楽しそうにしていたはずのみんなの顔が一気に曇った。
「そういえば、もう五年になるんですね」
 朱鷺は心配そうに刹那と吹雪のほうをみる。
「ああ、だから……明日、みんなどうする?」
 刹那はみんなに問いかける。それぞれが五年という時をかけて見出した答えを求めて。しかし、誰も答えない。誰も、答えることができなかった。
「学校サボっていくか?」
 皆人の言葉にみんな素直に首を縦に振ることができない。
「俺は……元々、そうするつもりだったから」
 刹那はそう言ってテーブルにひじをつき、左手で左眼をふさいだ。
「俺もそのつもりだ」
 龍は窓の外を見ながらそっけなく答えた。
「なら、みんなで行く?」
 真奈の言葉にみんな頷いた。
「だったら、もうそんな辛気臭い表情はやめよう、ここで黙ってても始まらないしね」
 真奈の励ましにみんなはそうだな、といって普段と同じようにまたどうでもいい世間話を再開しようとしたその時、
「神無!! 黒桐!! 蕪坂!!」
 怒号のような声が食堂に響き渡り、名前を呼ばれた三人はおのおのの行動を起こした。
 刹那はコップに残っていた水を全部飲んで、何事もなかったかの様に座っている。
 龍はしまった、という顔をして笑っている。
 そして、皆人は……すでに龍の隣には居なかった。
「あ、こら!! 逃げるな!!」
 先ほど三人の名を呼んだ担任、長谷川美奈子はすぐに刹那たちのテーブルからすぐ近くの窓に向かってダッシュした。
「熱心に頑張るのはいいけどね〜〜、こっちはその手のプロだよ(笑)」
 皆人はすでに開け放たれた窓枠にローラーブレードの先端を乗せた状態で駆け寄ってくる女教師をあざ笑うようにそのまま……飛んだ。
「ちょ、ここは五階なのよ!!」
 女教師は完全に青ざめた顔で思考が巡るめく暴走して行く。
 自分の教え子が飛び降りるなんて考えもしなかったのだろうか。
 『教師、長谷川美奈子、教師歴三年目で早くも失格のレッテル』
 そう思いつつ、長谷川は飛び降りた窓から身を乗り出し、下を覗く。
「ハッセー、心配む〜よ〜だから」
 窓の下のほうにある出っ張りにフックのようなものを引っ掛けてワイヤーを握り締めてラベリングをする皆人の姿があった。
「あ、あいつ!!!」
 すぐさま追いかけようと振り返り、そのついでに残りの二人を捕まえようとおもったのだが、
「ハッセー、二人とももう逃げてるから」
 灯夜の言葉に愕然とするハッセーこと、長谷川は途方にくれかけていた。
「あのガッキャ!! 絶対に見つけてやる!!」
 消沈したかと思いきや、いきなり燃え上がる長谷川を横目に吹雪は灯夜に耳打ちする。
「ねえ、トウヤ、あの三人なにやったの?」
「刹那と龍は四時間目の授業をさぼったから、皆人は単純にローラーブレードが校則違反だから」
 その言葉を聞いて吹雪は完全にあきれていた。
「あんたたち!! あの三人を見つけたらつれてきなさいよ!!」
 長谷川はそう言って疾風のように走り去っていく。
「……バカばっかり」
 真奈は長谷川がいなくなったことを確認してからそうぼやいた。
「いつものことですよ、私たちの」
 朱鷺はそう言って開け放たれた窓の外にある空をみた。
 いつも、刹那が見ている空を、何も言わずに見続けている。
「いや〜〜〜危ない危ない」
 いきなり窓から皆人が戻ってきて何事もなかったかのようにいすに座った。
「あんた、相変わらず命知らずね」
 真奈は完全にあきれて、これ以上の突っ込みすら思い浮かばなかった。

 
 学校が終わり、刹那たちは皆で帰路についていた。
「ウチでなんかやるか?」
 龍の提案に皆は賛同した。
「そうね、どうせ家にいても面白くないからね」
 真奈と灯夜はお互いに顔を見合う。
「まあ、今日は特に予定はないからちょうどいい」
 皆人は携帯電話のスケジュールを確認し、バイトがないことを確認する。
「それじゃあ、ひと勝負といきますか」
「また負けるのが目に見えてるくせに、言うよ」
 刹那の一言に吹雪がいやみったらしく言ってくる。すかさず刹那の目が妖しく光るのを見てすぐさま龍が腰に手を当てた。
「こんなところで暴れるなよ〜〜」
 カシュン、カシュン、カシュン、カシュンと派手な音を立てて伸びる五段収納警棒が龍の手に握られ、夕日を受けて鈍く光る。
「また新しいの作ったんですか?」
 朱鷺が恐る恐る警棒を見ながら龍にたずねる。
 龍の趣味は物作り。
 プラモ作りから金属加工、さらにはパソコンを使ったグラフィックまで『物作り』と言う一点に絞ればかなりの多趣味と言える。刹那たちが今まで見ている中でもいろんなものをつくり、そのつど、刹那はつき合わされている。
「今回のやつはかなり頑丈に作ってあるからな、電柱を全力で殴ってもゆがみひとつできない特殊合金製だからな、作るのも一苦労だよ」
 言っていることとその言葉をしゃべる顔にかなりのギャップがあり、ものすごく楽しそうに自分の作品をクルクルと回している。
「まあ、これは俺向きじゃないからな〜〜、刹那、お前にやるよ」
 龍は一メートルほどの警棒を二十センチほどに収納し、刹那に投げわたす。
「こんなもん何に使うって言うんだよ」
 左手でキャッチし、腰につけたサイドバックに差し込んだ。
「いいじゃねえの? 護身用に持っておけよ」
 灯夜は警棒を欲しそうに見ている。
「ああ、灯夜のやつはもうチョイ待ってろ、面白改造してるから」
 龍の部屋になにやら作りかけのものがあったことを刹那は思い出す。
「それじゃあ、またあとで」
 皆人が自分の家の前で足を止めた。
「十五分後ぐらいに行くね」
「準備いておけよ」
 真奈と灯夜も自分の家の中に入っていく。
「私も、荷物置いてきます」
 朱鷺が一足先に走っていく。
 刹那と吹雪、龍は三人で目の前にある家の門をくぐる。
「ただいま〜〜」
「ただ〜〜いま」
「たっだいま〜〜〜〜」
 刹那、吹雪、龍の三人が順番に玄関で靴を脱ぎ、リビングに入った。
「はい、お帰りなさい」
 一人の女性が三人を迎え入れた。
 黒桐美里(くろきりみさと)、龍の母で、年齢は四十、ただし外見年齢がどこをどう見ても三十路前にしか見えない神秘、
 ここは龍の家だ。
 しかし、刹那と吹雪の家と言っても過言ではない。
 実際は刹那達の家はこの家の隣なのだが、ほとんどこの家で寝食を黒桐家と共にしている。
 刹那と吹雪には両親がいない。
 刹那が六歳の時、二人とも事故で亡くなっており、二人は六つ年上の兄と共に親戚に引き取られることになりかけたが、刹那達の母の親友であり、家族ぐるみの付き合いがあった美里がその親戚と話し合い、兄弟三人を引き取り、何かと世話を妬いてくれた。そのとき、どんなやり取りがあったのか、刹那もふぶきも知らないが、親戚は快く承諾してくれたらしい。それでも今年の三月、刹那と吹雪が双塔学園に通うことに決まってからこういう生活に切り替わった。その理由は簡単なことで、刹那の兄、蓮が大学を卒業し、就職をする際に家を離れなくてはならなくなったからだ。
「あ、フブちゃん、セッちゃん、それに龍、あなたたち明日、どうする気?」
 それぞれ自分たちの部屋に向かおうとした三人はドキッとした。
「学校サボるだけだから」
 龍は恐る恐る自分の母の顔色を伺う。その顔は笑顔だが、その笑顔の奥にあるよく分からないものを必死に読み取ろうとした。
「まあ、仕方ないわね……ところで、セッチャンは大丈夫なの?」
 瞳に奥に三人が恐怖する要素がないことを確認し、ほっと一安心している三人に苦笑しつつ、真剣なまなざしで刹那を見る。
「まだ、大丈夫」
 刹那の言葉を聞いて美里はこれ以上何も言わない。
 他人が気が付かなくても、少なくても美里には分かる。刹那がどう見ても大丈夫そうには見えない。
 それでも本人が大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。大丈夫だと信じている。
「無茶はしちゃだめだからね」
 その言葉に刹那は首を縦に振るだけだった。


 真っ暗な部屋の中にあるベットの上で刹那はうつぶせに倒れていたことに気が付いた。
「…………しまった」
 体を起こし、つけっぱなしの腕時計を見ると時間はすでに八時近くになっていた。
 大丈夫、と美里に言ったものの、刹那は大丈夫ではなかった。
 自分の部屋に入ってすぐにバランスを崩したことは覚えていたが、ソコから先は覚えていなかった。
「着替えるか」
 制服を脱ぎ、ズボンをハンガーにかけ、Yシャツは洗濯に出すために靴下とともに脱ぎ捨てた。
(みんな、もう帰ったのかな?)
 半そでのTシャツと寝巻き用の半ズボンをはき、扉を開けて階段をおりてリビングにつながる扉を開けた。
「あ、刹那君……大丈夫ですか?」
 リビングのソファに朱鷺が座っていた。
「ん、ああ、その辺は気にしなくてもいい」
 刹那はリビングを見渡した。
 龍と吹雪、灯夜、皆人の四人はテレビの前でゲームをしており、一進一退の攻防戦が繰り広げられている。
 ただし、ゲームの攻防戦ではなく、リアルの攻防戦が繰り広げられているのがいつものこと。
「あら、ようやく起きたのね」
 台所から料理が乗ったお盆を持った美里と真奈がやってくる。
「あの、状況を説明して欲しいんですけど」
 刹那の言葉にテレビから一切目を離さず、コントローラから意識を外さずに口を開く。
「こいつら四人ともウチで晩飯食べてくことになったんだよ」
 隙あり、と皆人と灯夜が同時に龍のコントローラめがけて蹴りが飛ぶ、しかし、
「注意がそれてるよ、二人とも」
 龍に攻撃することに集中している二人を吹雪がゲームの中で行動不能に陥れる。ちなみに龍は攻撃を肘と膝で二人の攻撃を防ぎ、残る吹雪をゲームで行動不能に陥れた。
「はいはい、四人ともゲームもほどほどにしておきなさい」
 配膳を終えて美里がパンパンと手をたたく。四人はもう一勝負と意気込んでるが、美里の目が鋭くなる。
「五秒前」
 それを聞くと四人ともすぐさまコントローラを投げて跳ぶようにテーブルに向かう。
「四」
 刹那もゆっくりいすに座った。
「三」
 四人がいすに座ると同時にテーブルの中央に置かれたなべのふたが開かれる。
「はい、お上がりなさい」
 いただきます。と七人が声を揃えて言うと大皿に乗った料理が減っていく。
「んで、みんな親無し?」
 刹那は茶碗に盛られたご飯を食べながらたずねた。
『親無し』とは、七人の中で通じる言葉で、今夜は家に両親がいないことを意味している。
「ウチは今日から海外旅行だからな」
 灯夜はサラダを食べながら真奈と顔を見合わせる。
「俺んちはオヤジが先週から単身赴任中で、お袋が今日からそっちに行ってるし」
 皆人は龍となべの肉を壮絶に取り合いながら(それでも箸の速度はまったく落ちてない)めんどくさそうに言う。
「私は……仕事で帰れないようなので」
 朱鷺は寂しそうに静かに大皿の料理を小皿に移していく。
 もともと、それぞれの両親は全員放任主義に近い。子供を放って親だけでどこでもいくような親ばかり、そんなときは美里がみなの世話を焼いていた。なので、七人で一緒にご飯を食べることなんで珍しいことでもない。
「セッちゃん、もう大丈夫なの?」
 まだ寝起きのせいなのかいまいち動きが鈍い刹那を美里は心配する。
「うん、大体もう大丈夫だから心配しないで」
「よく言うわよ、ただでさえ、頭の中のチャンネルが混戦してるのに、いつ燃料切れになるかこっちは毎日ヒヤヒヤものなんだから」
 真奈は刹那をにらみつける。ただし、その瞳には憎しみなどの不の感情ではなく、あくまで心配しているだけだった。
 刹那の幻想癖と並ぶもうひとつの特徴、それは極度の不眠症。
 完全に自分で眠ることができなくなってしまい、ある程度の期間が過ぎると、電池が切れたかのようにその場で眠りだしてしまう。長いときは十日間は眠らずにいて、それでもって起きてる間はそんな様子を一切他人に感じさせることなく動いている。しかも、限界に達したときの強制睡眠は本当に危険なことがあり、学校の授業中、通学途中、朝食の最中、など時間帯もばらばらな上に、道路、教室、屋上、乗り物の中など場所も選ばない。
 しかも、強制睡眠になると何が起きても起きることはなく、三時間ほどでまた起きてしまう。
「やっぱり、睡眠薬使ったほうがいいんじゃない?」
 吹雪は刹那の隣で心配そうにせつなを見る。
「ん? 睡眠薬がほしいなら俺が用意してやろうか?」
 皆人は携帯電話を取り出し、アドレスを検索し始める。
「いや、お前の危険なネットワークは別に必要ないし、それにそんなの使わなくても大丈夫だから」
 刹那は吹雪の頭をさすりながら笑って見せる。その笑顔を見ると、誰も刹那を止めることはできない。
「ちぇ、つまんねぇな〜〜せっかく超強力なやつ飲ませようと思ったのに」
 皆人はくやしそうに携帯電話をしまい、指を鳴らす。
「お前……俺を殺す気か!!」
 食卓には笑いが起きる。いつものように、そして、これからも続くと信じながら。 

2007-04-05 04:12:36公開 / 作者:現在楽識
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■作者からのメッセージ
この掲示板に本当に久しぶりに書き込んだ復帰作です。
実際、長く(それでも人によっては短いかも)小説を書いてはいるけど自分の能力が上昇したのやら暴走したのやら……
一応、今まで蓄積してきたネタ、ストーリー、思いを全部つぎ込み、完成させたいと思います。
どれくらいの長さになるかは今のところは不明!!(結構長くなりそうなのは分かってるけど)
でも、妥協はしたくないので、
また、一部表現において実体験を使用しておりますのであしからず。
お読みになられたかたがたはご感想、ご指摘などをオネガイシマス。

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