『夢人 第三章』作者: / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角5851文字
容量11702 bytes
原稿用紙約14.63枚
「隣町、ペルガン」



「着いたわ!」
フィルはすっかりバテきっている。ボクも少し汗をかいた。

町に入る前の門。真昼だというのに、緑やピンクに光る電球で飾られて、非常にけばけばしい(ボクの村の質素な木の門を見習ってほしいよ、と思った)。
その横に、門に負けないくらいけばけばしい、紫色の看板が置かれている。

ボクが何気なく振り返ると、フィルの顔が目の前にあった。一瞬心臓が波打ったが、どうやら彼女の目は、ボクを通り越してもっと遠くの物を見ているようだ。
そして、急に口を開いたので、また心臓の鼓動がガンガン響く。外にも聴こえそうな位。
でも、もしそれ位鼓動が大きくても聞こえない位大きい声で、フィルは言った。

「あーっ、ここってもしかして、あの大ピアニストのティルさんが来てるとこ?」
彼女が見ていたのはあの看板のようだった。少しほっとしたが、目の前でぎゃあぎゃあ喚かれたらホッとする所では無い。
暫くそのままでいてみたが、相手が一向に動く気配が無いので、ボクから離れる事にした。
離れてからもずっと喚き続けている。
―――いい加減呆れたので、試しに尋ねた。すると、シェルの声も重なってくる。苛立ったような声だ。
「何…?だいぴあにす…」
「大ピアニストのティル・アーティム様!知らないの?」
ティル・アーティムか、と思ってボクは頷いた(シェルはまだ尋ね続け、「しつこい!」とフィルに怒鳴られた)。

ティル・アーティムというのは、最近人気の、『旅人ピアニスト』って奴らしい。
ボクはいつもそれを見てサーカスみたいなもんだと認識していたが、フィルがシェルに熱弁を語っているのを小耳に挟んだところ、『高貴な薔薇の貴公子』なんだそうだ。
紫色の看板を見ると、確かに『薔薇の貴公子ティル・アーティム、上陸!』なんて、でかでかと書いてあった。
看板の中の男は金色の髪を掻き揚げ、こちらに向かって美しい蒼い目を向け、取って付けたような(これはボクの認識だが)微笑を向けていた。

…こんな奴の何処が良いんだろう?どうも好きになれそうに無い。
しかも、紫色の看板を見ていると目がちかちかして痛い。シェルも同感らしく、フィルに向かって「もっと眼に優しい色の看板を選べないのかこいつは!えらくセンスが悪いな!」等と喚き散らしていた。
…この二人の喧嘩はとにかく長く、下らない。ボクは長年付き合ってきて、今、改めてそう思った。

「ふー…もういいよ、ティル、フィル。町に入ろう」
ボクがそう言うと、フィルは渋々その場を離れ、シェルは鞄を探り、ブツブツ呟きながら、のろのろついてきた。
のろのろ、よたよたついてくるシェルを見るに見かねて、フィルが聞いた。
「シェル、何やってるのよ?」
のろのろしているシェルにしびれをきらしたフィルが尋ね、彼が答えようとした、そのとき。

「うああああああああああああああああ!」

叫びながら、男の人が倒れこんできた。
その男の人はボクに思いっきり覆い被さってくる。
「うあああああああああ!変態だ―――!」
ボクが叫び、反射的に蹴っても、彼は全く反応を返さずに、ぱったんと音を立てて仰向けに倒れた。

ちょっと顔を見る。失神してる…情けない顔だ…。

次に地面に目をやる。途端に、溢れ出る真っ赤な鮮血が目に飛び込んできた。
「お前、力強く蹴りすぎたんじゃねーの?」
シェルが冗談を言ったが、冗談じゃ無い位、血はだくだく溢れていた。まさか蹴り一発でこんなに出血したらびっくりだ。
なので相手にせず、あえて動揺しているフィルに、やや大げさに演技しながら呼びかけた。
「大変だ、この人!血を流してる!フィル、早く町に入って救急車を呼んで!」
狙いは良かったらしい。動転してあたふたしているフィルに、シェルが「落ち着け」みたいな事を話し掛け、結局二人で行くようである。

二人が街並みに消えたのを確認すると、手当てをするため、ガサガサ自分の鞄をあさってみる。
バンソウコウを取り出そうとすると、やや興奮気味で後からフィルがひょっこり顔を出した。
「カルル!」
さっきいなくなったはずのフィルが、息を切らして走ってくる。
「フィル。どうしたんだよ?」
「その人、多分、多分だけどさ」
彼女は大きく息を吸い、チラシをひらひらっと降った。

読んでみる。なになに…『天才ピアニスト・公演日守らず!捜索するも、旅立ちの予感』
…変な見出し。
そして、横にある大きな写真を見る。あの看板の中の男が映っていた。
―――まさか!
嫌な予感がするので、恐る恐る写真と、変態を見比べてみる。
にたっとフィルが笑った―――悪魔の笑みに見える―――。
「ティル様だよね?」

ティルさんはすぐ血が止まった。どうやら右腕から出血していたらしい。そんなに致命傷ではなさそうだ。
彼は血が止まり、意識が正常に戻ると髪の毛を掻き揚げてボクにきっと視線を向けた。
あの看板にあった姿とそっくりだ。金糸のような髪の毛をさらりとなびかせ、偽善者っぽい微笑を浮かべている。
視線はボクからゆっくりとシェルへ、最後にフィルへ向けられていく。フィルは小さな悲鳴をあげていたが、多分嬉しい悲鳴だろう。
そしてまた顔を急にボク側に向けたので、思わず飛び退きそうになった。本日二回目の、早鐘の音が聴こえた。
彼は唐突に口を開き、良く通る声で高らかに話し始めた。

「いや、どうも有難う諸君。私の名前はティル・アーティム。さすらいの旅人さ」

やっぱり、ボクはこいつが好きになれそうに無い。あの一言で分かった気がする。
シェルは口の中で『高貴な薔薇の貴公子』と連続して呟いて笑い、呆然とするボクを見て笑いを繰り返していた。
しかし、約一名はもごもごしている彼を物凄い眼差しで睨みつけていた。哀れなシェル。アーメン。

そして、また唐突に貴公子は、きっと言いなれたであろう台詞をさらりと言おうとした。
「そうだ、君たち、僕を一晩泊めてくれな」
「だめです」
この「だめです」だけは、僕ら三人が同時に言った。さすがにティルさんも気分を害したらしい。無理も無いか?
彼はまた髪の毛を掻き揚げ、斜め上空に瞳を向けて、寂しそうな顔を作った(と思う)。
「ふ〜、分かった分かった。しかし参ったな、そうすると今晩は宿がない」
絶対、僕らに「じゃあ泊まってください」みたいな事を言わせようとしている。しかし、こんな奴と一晩いるのは最悪だ。その上、泊めてもらう家は人の家だし、その人が許してくれるか判らない。
この人の傍にいたら厄介。ボクたちはとっさに判断をそう下し、ほぼ同時に、ほぼ同じ台詞を言った。
「ごめんなさい」
そういった後、その場をダッシュで離れた。
「君達?おいっ、君達!」
遠くから、貴公子の哀れな叫び声が聞こえてきた。ざまあみろ、とボクは内心小気味良かった。


「ばあちゃん、いるか?」
シェルに案内されるまま付いて来たのは、一軒の小さなアパートの一室。
二回までで四部屋しかないのに、『12』『1』『1/12』『365』と扉に書いてある。
どうやら、シェルの親戚が居るのは365号室のようだ。茶色い扉で、戸口には良く手入れされた花壇が窮屈に収まっていた。

何回かチャイムを鳴らしてみるが、リンローン、としか返ってこない。
「くそ、いないのかよ」
シェルは小さく舌打ちし、ポケットからするりと針金を取り出す。さっき鞄を探ったのはこれを出すためだったのだろうか?
「シェル、あんた犯罪者みたいな事でもするつもり?」
聞かれると、彼はにやりと笑って、鍵穴に針金をシュッと差し込んだ。
「おい、人聞きが悪いな。こういうのはピッキングっていうんだよ。俺はピッキングの名人なんだ、少しは信用しろ」
そんな事を言っている間に、カチッという気持ちいい音がする。ものの10秒もしない間に、鍵は開いてしまった。

部屋の中は、まるで何日も抜け殻だったかのように冷え切っていたが、良く掃除が行き届いていて、仄かに洗剤の香りがする。
どうやら2DKらしい。あまり広いとはいえなかったが、インテリアが凝っていて、シェルの親戚とは思えない位綺麗で、暖かかった。
3人でちゃぶ台を囲むと、今度はお腹がすいてくる。すると、シェルがまた舌打ちして立ち上がった。
「ばあちゃんがいないみたいだし…俺がもてなしてやるよ」
立ち上がった彼はぱたぱたとキッチンに向かい、ポットで湯を沸かし始めた。火をつけ、沸くまでの間に人数分のカップを手際良く用意する。
「おい、ティーパックでもいいか?」
ボクがいいよ、と答えようとすると、すかさずもう一つの声が遮った。
「ちゃんとしたお茶の葉っぱがいいなぁ?」
エプロンを巻き始めた彼はムッとした顔をし、その声に向かって反発した。
「はい、ティーパックに決定。」
そして、棚を開けて色々なパックを捜し始める。

シェルは意外と器用で(ピッキングできる位だし)、ボコボコと色々な物を出し始めた。
まずは紅茶。
「ほれ、豪華な紅茶だ、感謝しろよ。」
フィルの前には良い香りのお茶が置かれた。彼女がうっとり紅茶を見ていると、僕の前にも紅茶が置かれる。
「カルルはもう1ランク上の奴だ、気にしなくて良いけどな」
フィルが頬を膨らませると、ケラケラとシェルが笑った。ボクは少し肩身が狭かったが、シェルは良いから良いから、と半ば無理矢理紅茶を飲ませた。
すると急に生クリームを泡立て、ロールケーキを作り、あっという間にちゃぶ台に人数分並べた。
その次にはサラダが出てきて、トーストが出てきた。
本人もそれが苦では無さそうで、むしろ楽しんでいる。たしかに、「もてなし」としては最高だ。食べ物の組み合わせを考えなければ、ランチサービスといって過言ではないだろう。

「ほれ、食えよ」
シェルが促す。そして、またちゃぶ台の上に視線を戻し、食事をながめる。その途端、ボクとフィルは同時に笑い出した。
「何だよ、何が可笑しいんだよ」
彼は棚を片付けながら言った。
あの横着者のシェルが、こんなに細かい作業をしている姿を想像すると、自然に笑いがこみ上げてきたのだ。


シェルはまだ不機嫌そうに、言う。
「オイ、何で俺が料理作っちゃいけねーんだよ」
よっぽど癪に障ったのだろう。ずっとこっちを睨んでいる。
「普段の行動がいけないのよ。言動とか仕草とか色々含めて。」
フィルはなるべく間髪入れずに反撃した。シェルは詰まる。
「…俺が作った料理食べながら最もらしいこと言うな」
確かに、おっしゃる通りである。
この二人のお喋りを聞くのはなかなか面白いが、ボクはフォローした。
カ「でもさ、その点フィルはさ、シェルを良く観察してるよねぇ」
フ「・・・!」
フォローのつもりが逆効果。彼女が本気で受け止めたらしかったので、これはシェルとフィルの為に良くないと察し、ボクは弁解する。
「あ…そういう訳じゃなくて」
「やだもうカルルったら♪」
ばこ、っと背中が叩かれる。飲み込みかけていたロールケーキが、喉で中途半端につかえた。
「…今の台詞さ、俺が言ったら完全にスルーだったよな…」
きっとシェルは冗談でなく、皮肉でそう言ったのだろう。そこを見ると、やっぱり彼も本気で受け止めていたようだ。
「何か言った?」
「いいえ。何にも言っておりませんお嬢様」
「ム。」

その光景を見て、ボクは割と自然に言った。
「この二人を見てるとさ、何ていうか、家族っぽさを感じるよね?」
「えー、何何?私がお母さんで〜、カルルがお父さんで〜、シェルが下僕?」
しかし、シェルから一向に反論の声は聞こえなくなった。



「なぁ、…リールはさ、何処に行ったんだろうな?」

途端に、ボクもフィルも黙り込んだ。家族、という単語に反応したのだろうか。
かちゃん、と、皿の上にフォークが置かれる。仄かにトーストから湯気が漂っていた。
きっとフィルも感づいていたとは思うが。
シェルが付いて来たのは、きっと『何かしてから死にたい』なんていう理由ではない。そんな事をわざわざするような人ではないのだ。

全ては、リールの為。そう判っているからこそ―――少なくともボクは―――リールの件は話さずに黙殺していたのである。

兄は、遠くを見ていた。遥か遠く。きっと、彼以外の人には見えない、遥か彼方を、遠い目で、瞬きもせずに見つめていたのだと思う。
すると、彼の目からじんわりと涙が滲んだ。瞬きをしなかったせいなのか、寂しさからなのかは、未だに判らない雫が、頬をゆっくりと伝い、零れ落ちる。
ほんの、一瞬だけだったが、彼の顔が、天使のように朗らかで、清らかに見えた。真っ赤な夕日に照らされながら、見えるはずの無い幻覚が映った。
彼の傍に、大きな翼が見えたのだ。
その翼は、夕日の中へ溶け込んで行った、気がした。

シェルは満面の笑みで涙をふき取り、明るい声で言った。
「暗くなっちまったな。よし、片付けるか!」
まるで、さっきの事が嘘のような明るさだ。彼には芯の強さがある。笑顔を貼り付けるのにも、慣れていた。

そんなこんなで、ボクとフィルは何故か皿洗いをしている。
「ねーカルル?」
「何」
ボクは至って素っ気無く答えた。すると、フィルは皿を洗う、いや擦るのをやめて言った。彼女のスポンジからは、いくら洗剤をつけても泡が立たないのだ。
「…どうしてそう冷たいかな。で、何でさ、シェルってああいう風になるのかな、時々。」
居間に目をやる。話題になっているその人は、いびきをかいて、座ったまま寝ていた。
皿洗いの手は止めずに、ボクは答えた。
「あいつって正体がわかんないんだよ」
「何で?両親だっていたし、親戚も居たわよ」

ぴた、とボクは動きを止め、今度は真剣に答えた。

「空から降ってきたんだってさ」
2003-11-14 19:33:29公開 / 作者:棗
■この作品の著作権は棗さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
()の表現が少し多すぎたかな、と少し反省しております。読んで頂いた方、ありがとうございましたv
この作品に対する感想 - 昇順
感想記事の投稿は現在ありません。
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。