『シロクマさんと私』作者:水芭蕉猫 / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
シロクマさんの野望は『悪の大怪獣』を作ることらしいのです。
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原稿用紙約10.14枚
 私たちは、最後まで屋上から見ていました。
 巨大な怪獣になってしまったシロクマさんを。
 ヘリコプターや地上から打ち込まれるミサイルや銃弾や、様々な光線で、人類によって殺されてしまうその瞬間まで。


 私たちの仕事は、ある特殊な細胞から様々な生体パーツをオーダーメイドで作る仕事でした。毎日毎日私たちは様々なパーツをつくりました。例えば、目玉とか。肝臓や心臓。腎臓はもちろんのこと、腕や頭皮、骨や神経。場合によっては顔まで。早い話が、脳味噌以外は上からの指示さえあれば何でも作りました。そしてシロクマさんもそんな私たちのメンバーの一人でした。
 シロクマさん。というのは、もちろんあだ名。私の同僚で、男性で、頭がよくて、色白で、真っ白い髪の毛にテディベアみたいな穏やかな目をしているからシロクマさんと呼ばれています。
 シロクマさんは、白い毛をしているのだけれども、私と同じかちょっと上くらいの年齢で、先天性色素欠乏症というわけでも何かの病気というわけでもありません。しかし普通に歳をとって白髪になるには随分と若かったので、誰かにどうして白いのかと聞かれると、シロクマさんは決まって「薬の副作用」と笑いながら答えてましたが、それが何の薬かは誰も知りませんでした。いえ。本当は知っていたのですけれど、あえて誰も知らないフリをしていたのでしょう。
 シロクマさんには、その穏やかな外見に似合わず、ひそかな野望があるのだという噂は私たちの所属する社の研究所内のみならず、会社の内外ではとても有名でした。それはとても子供っぽくて、バカバカしくて、普通に聞くと思わず笑ってしまうようなそんな野望でしたが、毎日潔癖なまでに真っ白な白衣を着て顕微鏡からシャーレを熱心に覗き込む彼を見ていると、実際にやってしまいそうな気がする野望でした。
「シロクマさんの野望ってのは、『悪の大怪獣を作る』という野望なんだよ」
 そうこっそりと教えてくれたのは、確か同じ研究室にいたハヤタさんだったと思います。実を言うと、このことを教えてもらったのは随分と前のことなので、誰に教わったかとか、どういう状況で聞いたのかという詳細な事はすっかり忘れてしまったのですが、その声がとても慎重であまり聞かれたくない時に出すような小声だったのに、何故かとても楽しそうだったのはよく覚えていました。
「シロクマさんはね、誰の操作も受けないすごい怪獣を作ろうとして、実験に失敗したから白くなってしまったんだよ」
 今になって、もっと詳しく知りたいと思いましたが、ハヤタさんは昨年の夏に、体調不良を理由に引退し、その後すぐにどこか遠い場所に引っ越してしまったことを知りました。詳しい場所は、何故か誰に聞いてもわからず仕舞いでしたが、多分尋ねて行ってもきっと返ってくる答えはあの時と変わらないだろうと、何となく解りました。
「アキコさんみたいな女の子には理解しづらいと思うけれどね、怪獣は、怪獣であってこその怪獣だからね。誰かのために戦う正義の怪獣なんて、ちっともかっこよくないものねぇ」
 頭の中で、顕微鏡を覗き込みながらピンセットで生体細胞を弄るハヤタさんが楽しげに言っていた言葉が反芻しました。


 怪獣の末路は決まってるよ。人間や正義の怪獣や正義の超人に殺されなければならないんだ。けれど、それが決まってるから。だからこそ怪獣はかっこいいんだよ。
 帰り道にシロクマさんはそう言いました。
 ハヤタさんが引退した後、私はたまにビデオレンタルショップで特撮モノを借りることがたびたび出来ました。最近のは変に捻っているのが多いからという噂を聞いたので、なるべく昔々に造られた物を数多く借りては見ました。私はアパートに帰ると毎回三十分の間に怪獣が出てきては正義の味方にやっつけられる瞬間を一人で見ていました。
 そういうことを繰り返しているうちに、今まであまり会話もしなかったシロクマさんが私に話しかけてきました。会社は大きなものでしたが、私の所属する研究所は小さい研究所でしたから、私がたまにそういうビデオを借りているという話はすぐに研究所内に知れ渡ることになったからでしょう。
シロクマさんは、私を映画に誘いました。最近話題になっている、巨大怪獣が出てくる映画でした。
週末に、私は目一杯お洒落をして出て行ったにも関わらず、シロクマさんは研究所に居るときと似たような格好で、しかも私の姿よりも怪獣映画の方にばかり気をとられていましたから、私は少し不機嫌になって、帰り道に怪獣の良さを楽しげに語るシロクマさんに、私は噂になっているシロクマさんの野望について知っているにも関わらずこういいました。
 悪の怪獣なんて、迷惑なだけよ。ばっかみたい。
 私の言葉にシロクマさんは一瞬寂しそうな顔をしましたが、すぐに「そうかもしれないねぇ」とひとこと言っただけで黙ってしまいました。私はそんなシロクマさんを見て、少しだけ申し訳ない気持ちになりましたが、すぐにそんな気持ちは掻き消えてしまいました。
結局その日、それ以上は話さずに、私はシロクマさんと別れました。シロクマさんには、家まで送りましょうかと聞かれましたが、私は断りました。その時はそれ以上シロクマさんとは喋りたくありませんでした。
 シロクマさんが、会社を辞めたのはその三日後のことでした。
 辞めたというよりは、クビになったと言う方が近いかもしれませんが、会社にも世間体というものがあるのか自主退職という形で辞めたらしいということを私は噂で聞きました。
 噂には尾ひれや背びれがついていましたが、一貫していたのはなんでも、会社が扱っていた生体パーツや特殊細胞や培養液を使って、シロクマさんはひっそりと勝手なものを作っていたという話でした。勝手なものというのは、恐らく怪獣なんだろうと思います。そのことが本格的に会社にバレて、シロクマさんは退職せざるを得なくなったらしいのです。その勝手なものは完成してシロクマさんが持って帰って部屋で育てているのだとか、会社に没収されてしまったとか、シロクマさんが家を秘密基地にして、自分をクビにした会社に復讐するためにまだ研究しているのだとか、果ては慌てて自分の中に隠そうとしてシロクマさん自信が怪獣になってしまったのだとか根も葉もないことが色々言われていますが、ぽっかりと空いたシロクマさんの綺麗な机を見て、私はなんとも言えない気持ちになりました。


 シロクマさんから電話が掛かってきたのはほんの少し前の時間でした。
 私は残業で、一人で夜遅くまで研究室に残って書き物をしていたとき、携帯電話がブルブルと振動しながら鳴りました。着信は不明で、出ると電話の向こうには会社を辞めたはずのシロクマさんの声が聞こえました。久しぶりですね。と言うと、シロクマさんは穏やかに「そうですね」と言いました。「どうしたんですか?」と私が聞くと、シロクマさんは少しばかり言葉を濁し、「なんとなくアキコさんの声を聞きたくなったんだよ」と言いました。シロクマさんの声はなんだかくぐもった声で、「風邪ですか?」と聞くと、シロクマさんは「違うよ」と答えました。「ちょっと具合が悪いけれど、きっとすぐ良くなるから」と。それから電話の向こうでけほ、こほ。と小さな咳のような声が聞こえました。
「本当に大丈夫なんですか?」
 私はそう聞きました。しかしシロクマさんは、「本当に大丈夫ですよ。きっとすぐに良くなりますから」と、そう言いました。それから私たちは、ほんの少し他愛の無い話をして、電話は切れました。切れる直前、シロクマさんは最後に「ようやく夢が叶うんだ」と言ったような気がしましたが、私が慌ててもう一度電話を耳に押し当てる前に電話は切れていました。それきり何度リダイヤルしても、シロクマさんには繋がりませんでした。
 とても不思議な電話でした。


 翌日シロクマさんに会ったとき、シロクマさんはシロクマさんでは無くなっていました。
 シロクマさんは、卵みたいな楕円型の全身からマンモスみたいなもさもさと真っ白い柔らかそうな毛の生えた、全長三十メートル程の巨大怪獣になっていました。丁度顔の辺りからマンモスの鼻みたいな二つ穴の開いた長い一本の筋肉の管をぶらぶらと揺らしながら、太短い足をのんびりと動かして、朝日の眩しい街の中を歩くような速さで私たちの会社へ向かって移動している様子が生中継でテレビ放映されていました。元々そういう設計なのか、肥大化する最中に取り込むタンパク質が足りなくて変わりに空気を取り込んでスポンジ化したのか、大きさの割にちっとも壊れない町並みと、風で吹かれる度に吹っ飛びそうによろよろとよろけるその様子は、会社の屋上からもよく見えました。私は、何故かは解りませんが一目でシロクマさんだと解りました。シロクマさんが、どうにかして怪獣になってしまったんだと。それは、少しでもシロクマさんを知りえる人なら皆解ったと思います。会社から逃げ出す人に逆らって、研究所の皆で屋上へ登り、遠くに見えるもさもさの丸い怪獣を指差して、口々にシロクマさんだシロクマさんだと叫びました。すると、まるでそれに呼応するように怪獣が、どこか嬉しげにマンモスみたいな鼻を上へ持ち上げるのが見えました。
 私はそれを見て、何故かほんの少しだけ、シロクマさんに映画に誘われた時のようにドキドキしました。


 シロクマさんの最後はあっけないものでした。
 シロクマさんを倒したのは正義の味方でも宇宙超人でも巨大ヒーローでもありませんでした。シロクマさんの周りを沢山のヘリコプターや自衛隊の戦車が取り囲むのが見えたと思った瞬間には、シロクマさんはもふもふと奇妙な声を上げながら地面に崩れました。


 了
2007-03-10 13:48:18公開 / 作者:水芭蕉猫
■この作品の著作権は水芭蕉猫さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
高校時代、原稿用紙に書いた「シロクマさんとぼく」という話のリメイクです。
初代ウルトラマンを見てもう一度書きたい気持ちになりました。カヴァドンのお話が印象深いのです。
怪獣は怪獣らしく誰の言うことも聞かないのが怪獣なのです。ある種ロマンも一緒だろうと思います。大迷惑をかけると解っていても、止められない。
この作品に対する感想 - 昇順
 はじめまして、水芭蕉猫さま。上野文と申します。
 『シロクマさんと私』 を読みました。
 怪獣が自由の象徴かも、というご意見には頷けます。
 全編からシロクマさんの優しさが伝わってきて、勝手なんだろうけど、悲しいなあと思いました。
 面白かったです。では。
2007-03-11 18:06:43【☆☆☆☆☆】上野文
はじめましてです。作品拝読させていただきました。シロクマさんが羨ましくもあり、可哀相な気もしました。何となく『英雄にはなれない僕らだから』を思い出しました。軽く読めて面白かったです。文のテンポも読みやすかったです。ではでは。
2007-03-11 19:37:41【☆☆☆☆☆】マーモン
ども、読ませてもらいました。
実に短編らしい、何かを考えさせられる作品だと思います。
怪獣という生き物の性とか、そのあり方とか、いろいろと思うことがあったので、作品としての方向性に妙な共感を持ちました。
素直に楽しめました。

ではでは〜
2007-03-11 19:55:07【☆☆☆☆☆】rathi
 どうもです。『シロクマさんと私』読ませていただきました。
 昔から怪獣系の映画が大好きだったんです。「ゴジラ」シリーズも全て見て、ウルトラマンなども小学校低学年まで見ていました。
 この作品はそのゴジラやウルトラマンと違って、共感できる主人公でした。怪獣が出てくるから、正義のヒーローが出てくるわけでもない、怪獣小説。それにとても惹かれました。
 そして怪獣になっても、主人公に自分がシロクマさんとだと気づいてもらった彼が喜んでいるシーンがとてもよかったです。
2007-03-11 21:46:50【☆☆☆☆☆】コーヒーCUP
作品を読ませていただきました。北野勇作的な作品ですね。客観的に見れば恐い状況なのに、全然恐さが無く妙にメルヘンチックな雰囲気を持っていますね。淡々としていながらも読んでいるとポワポワとしたイメージが湧いてくるというのかな……ただ、ややどっちつかずな感じもしました。『怪獣』という滅ぼされて当然の存在に憧れるシロクマさんに対する主人公の立ち位置が不鮮明で、読者の下駄を預けすぎている観がありました。戯れ言を失礼しました。では、次回作品を期待しています。
2007-03-12 00:18:34【☆☆☆☆☆】甘木
『悪の大怪獣』には、人が良すぎてなれなかったのでしょうか。それとも、シロクマさんの物理的な失敗なのでしょうか。全体に、寓話的でもなく曖昧模糊として、ラストも悲壮感というより、なにかスッコぬけたナンセンスさを感じたのですが、最後までフワフワと風船のような味わい(?)は、とても快でした。
2007-03-12 02:14:11【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
 はじめまして。不思議な雰囲気の作品ですね。自己の要求と科学技術の同一視、「結果」を考えない事ほどの「目的」重視、問題としては一種のマッドサイエンティストの話しとしても読めるのでしょうが、シロクマさんの造詣と怪獣さんへのやわらかな愛情が独自の形にはなっているように思います。面白く読まさせてもらいました。
 次回作も期待しています。
2007-03-12 23:50:24【☆☆☆☆☆】カメメ
上野文様>
はじめまして。お読みいただきありがとう御座います。怪獣は一匹で大暴れしてこそ怪獣なのです。しかし周囲は大迷惑なんですよね。でもそれが傍から見る分には良いんです。感想ありがとう御座いました。
マーモン様>
お読みいただきありがとう御座います。『英雄にはなれない僕らだから』はまだ見たことがありませんが、わたしは『終らない鎮魂歌を歌おう』が好きだったりします。シロクマさんは少年の心を持った大人です。感想ありがとう御座いました。
rathi様>
お読みいただきありがとう御座います。なにやら妙な短編になってしまいましたが、楽しんでいただけたなら作者冥利にも尽きます。怪獣は本当はもっと大暴れして町やら建物やらをバッコンバッコン壊すべきなんでしょうけれど、こんな具合もアリなんじゃないかと思います。感想ありがとう御座いました。
コーヒーCUP様>
感想ありがとう御座いました。怪獣映画は私も好きです。全部は見てないのですが、どこか切なさを感じる怪獣は愛らしいと思います。怪獣が出てくるからといってヒーローが必ずしも必要という訳ではないと私は思います。いや、人類を守るやつなら、例えそれがヒーローじゃなくてもヒーローなのだろうと、そんなことを思ったりもします。感想ありがとう御座いました。
甘木様>
お読みいただきありがとう御座いました。前に言ったとおり北野勇作的話です(笑)こういうなんだかよく解らないぽわんぽわんしたゼリー状の話が大好きなんです。本当は主人公は『男のロマンが解らん女の気持ち』を象徴した立ち位置にする予定だったのですが、何かがどうなったのかこんな具合に……次の改変はそこらへんを考えて書いてみたいと思います。感想ありがとう御座いました。
バニラダヌキ様>
お読みいただきありがとう御座います。多分、何も壊さなくても大怪獣はそこに居るだけで『悪』なのかもしれません。カヴァドンのお話を見ているとどうにもそんな気がするのです。でもシロクマさん的には人の良さ+物理的失敗なのだろうと思います。ラストのスッコ抜けたものは意図してやってます(笑)風船みたいなぽわぽわが気持ち良くあれば幸いです。感想ありがとう御座いました。
カメメ様>
はじめまして。お読みいただきありがとう御座います。マッドサイエンティストから狂暴さを抜き取るとこんな感じになるんだろうと私は思ってます。童謡「かいじゅうのバラード」みたいな、そんなまったり加減です。面白いとのお言葉大変有り難く思います。感想ありがとう御座いました。
2007-03-13 21:37:45【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
 こんばんは、座席です。
 なぜかはわかりませんが、読後にまずきたのは「ふふっ」という笑いでした。それがほわほわした作風にのまれたものなのか、シロクマさんに対するおめでとうの感情が後を突いてでたのかはよくわかりませんでしたが、なんとも不思議で面白い作品でした。次回作もお待ちしております。
2007-03-13 22:14:09【★★★★☆】座席
 怪獣を熱く語るのではなく、『私』を介して客観的に書かれているところが好感でした。
2007-03-14 00:07:00【☆☆☆☆☆】模造の冠を被ったお犬さま
座席様>
お読みいただきありがとう御座います。面白いとのお言葉、至上の幸いです。不可思議なマシュマロみたいなふわんふわんさというのは私の目指すところでもあるので、非常に嬉しいです。シロクマさんは小心者のロマンチストなのでこれで良かったのだろうと思います。
模造の冠を被ったお犬さま>
お読みいただきありがとう御座います。熱く語ると溶けてしまいますので、『私』を使ってフリーズ製法で書いてみました。感想ありがとう御座います。
2007-03-14 20:57:31【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
読ませて頂きました。
なんだか童話っぽい雰囲気があるなぁと想いつつ見ていると、最後は悲しい結末に…。主人公視点で描かれているのがまた面白く、ほのぼのとしているのに、なんだか寂しい。という良く分からない感想が自分の中で生まれました。
乱文失礼しました。次回作を楽しみに待っております。
2007-03-15 00:01:51【☆☆☆☆☆】聖藤斗
聖藤斗様>
お読みいただきありがとう御座います。童話っぽい雰囲気を保ちつつ全く童話とは別物の話が大好きです。なんだかよく解らない感想を抱いていただけたのなら大変嬉しく思います。なんだか解らないけど何か沸く感覚が目指すところです。感想ありがとう御座いました。
2007-03-15 21:33:12【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
[簡易感想]おもしろかったです。
2007-03-17 00:37:31【☆☆☆☆☆】アナハイム
アナイハム様>
お読みいただきありがとう御座います。面白かったのなら何よりです。これからも面白い文を書ける様に日々精進します。感想ありがとう御座いました。
2007-03-18 17:01:16【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。