『オセロを夢見る、灰色の俺達は』作者:スイ / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 そういえば、オセロだけはヒロキに負けなかった。
 16年、いや幼稚園の頃からだから18年一緒にいて勝てたものといえばそれくらいしか思い浮かばない。頭もスポーツもルックスも、友達や付き合った人の数まで全部負けっぱなしだった。何でずっと親友やっていられたんだろう? 今更になって考えると少し不思議だ。
 俺は上着を脱いで縁側に座り込む。就職用に買ったスーツなのに、一回目の使用が喪服代わりとはどうにも報われない。
 子供の頃のヒロキと俺はいつも一緒にいた。明るくて活動的でなヒロキに対して、俺はといえば人見知りが激しくて引っ込み思案で、という絵に描いたような地味な子供だった。
それでもヒロキは俺と一緒に遊んでくれた。いや、遊びたがっていた。その頃からヒロキの周りには常に人が集まっていたのに、だ。おかげで山の中で迷子になったり、川で溺れそうになったりとかなりやんちゃな少年時代を送ることになった。けど、俺はどんなときでもヒロキがそばにいてくれるだけで楽しかったし、誇らしい気持ちになれた。
 ヒロキは覚えていただろうか、子供の頃、この縁側で俺に言ってくれたあの言葉。
「他の奴といるよりお前といた方が楽しい」と。子供の俺は、そんなことが言えるヒロキの事がとても羨ましく、とても大好きだった。
 俺はタバコを取り出し100円ライターで火をつける。ぼわっと、機関車みたいに吐き出した煙が夜の空間に消えていく。
 今度はトモ子のことを思い出す。友達と旅行に行くと、子供みたいな笑顔で出て行ったあの後姿を。
 そう、トモ子は笑っていた。嬉しそうに楽しそうに、無邪気な顔で。
 トモ子は俺が初めて付き合った女性だった。内気で奥手な俺が始めて好きといえた相手。そしてトモ子も俺のことを好きといってくれた。俺らは生まれたときからそう決まっていたかのようにデートをして、手をつなぎ、体を抱き合い、唇を重ねあい、セックスをした。俺が人生で一番幸せだと感じた時間には、常にトモ子が隣にいてくれた。
 タバコの火が、のろのろとした動きでタバコを灰に変えていく。
 何がいけなかったんだろう。キャンパスでトモ子に声をかけたとき? 冬の道端で告白したとき? 二人で一緒に暮らそうといったとき? ヒロキに紹介したとき? それとも、
 灰が重さに耐え切れず、パラパラと地面に落ちた。
 俺が二人の死を知ったのは昼時の五分間ニュースだった。ニュースキャスターが読み上げる、無感情で無機質で、淡々と事実を伝えたあの言葉を今でもはっきり覚えている。“ニュージーランドで観光バスが転落、日本人二名を含む十二人が死亡しました。死亡した日本人は――”
 画面に出たのは、カタカナで記されたヒロキとトモ子のフルネームだった。

 俺は怒るべきなのか悲しむべきなのか。
 二人に挟まれてひっくり返った俺は、どこまでも不透明で不鮮明な沈むようなグレーだった。
 オセロみたいに黒と白ではっきり別れればいいのに、そう思った。それなら顔を真っ赤にして怒ることも、大声を出して泣き喚くことも出来たはずだ。
 だけど二人の死を直視した俺は声を荒げることなく目を濡らすこともなく、ただ静かに、そして機械的に手を合わせお線香を上げた。
 ふと気がつけばタバコがかなり短くなっていた。白い体は小さな火に犯され、灰色に成り代わっていた。
 俺も、いや人もこんな感じなのかなと思ってタバコを庭に投げ捨てた。
 最後に吐き出した煙はほんの少し揺らめいて、暗闇の世界に消えていった。
2007-03-08 01:39:10公開 / 作者:スイ
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