『夢人 第一章』作者: / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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「故郷」

いくら悲しくても
いくら嘆いても
二度と帰ってこない、これない。
二度と。



ボクを悲痛な目で見つめるひとがいる。
涙ぐみながら、必死に訴えかけてくる。

助けて…。
助けて…。

――――やめてくれ、ボクをそんな目で見ないでくれ…。

そのひとはなおも訴えかける。
苦しい…。

大きな水晶玉の中で、その人はもがいている。
誰かが、それをあざ笑いながら見ている。
ボクは何も出来ず、ただ立ち尽くす。
「ごめん…。」
ただそう言いながら。
訴えながら、喘ぎながら
何かが、飲み込まれた。
何かに。


「カルル!いつまで寝てるつもり?」
「う〜、もう少し寝かせて…。」
「ダメよ!さあ、起きて!」
いつものような朝。鬼のような顔をした母さんが、ボクのことを見下ろしてる。
いやいや起き上がり、ふと思った。
――悪い夢を見たな。
少し汗をかいている。
夢が気がかりだったが、ボクはベッドから這い出すと、身支度を済ませた。悪夢に怯えるなんて、馬鹿馬鹿しい。
「行ってきます」
いつものように鞄を背負い、いつものように出かけて行くボク。
後から呆れたように見守っている母さん、妹のジェリー、犬のアイヌ。
ボクは、とっても幸せな、平凡な毎日を過ごしていたんだ。

「おはよう、カルル!」
前方から元気の良い声が近寄ってくる。
―――またか。
ボクは内心そう思いながら、間髪入れずに言った。
「おはようフィル」
フィルはにこにこしながらボクの顔を覗き込んでくる。
フィルと言うのは、『アルカートニー孤児院』で拾われた、いわゆる捨て子である。しかしながら、明るさや活発さは人一倍、人二倍。
逆にうるさい位だ。

夢の中のひとが頭の中でまた呼びかける。

――――助けて まだ間に合う

「うーん…。」
「どうしたのぉ、カルル?元気ないよ」
…お前が元気ありすぎるんだよ
なんて、心の中で言っては見たもののやっぱり勇気は出ない。フィルはホントに怖い。だから言った。
「いつも通りだよ」

朝日が眩しい。
小鳥達のさえずりが、いつものようなフィルとの愚痴のこぼしあいや(殆んどフィルが喋っているが)お喋りが、耳に入ってくる。

あのひとの訴えに応えなかったボクが、どうかしていたんだ。

平凡で幸せな毎日に、うぬぼれて。



退屈な授業。
友達との楽しい会話。
ちょっとしたスリル。
ボクはいつも笑っていた。
『笑い上戸』なんて呼ばれた事もあった位だ。
この平凡なひと時が楽しくて、退屈な冗談が可笑しくて。

でも、今日は違った。
いつまでもあの夢が、ボクの中で度々甦ってくる。

――――苦しい
その度、ボクは変なうなり声を上げて、周りに心配された。


いつもの帰り道。
「カルル、お前いつもより笑わないなぁ」
友人のシェルが言った。シェルの弟のリールも頷く。
「カルル兄ちゃん、どうしたの?」
悪い夢を見たからだよ、なんて言ったら、シェルはもちろん年下のリールにさえ笑われるだろう。
だから、ボクはただ苦笑した。
「分かんないよ。リールだって時々、何でもないのに悲しい事があるだろ」
リールは首を振る。
そして、しばらく間をおいて、「ないよ」と、一言返してくれた。

鮮やかな夕焼けが、山々をほんのりと紅く照らし、ぼんやりと霞んだ雲が辺りの空を包み込んでいる。
紅い光は僕らの歩いて行く道を照らし、夕方の風がふっと横切っていく。
山のふもとから、うっすらと紫色の夜空が顔を覗かせ始めた。

その時だ。まさに、その瞬間。

「キャ―――ッ、やめてよぉ!」

静かな空気を、一つの声が引き裂いた。
「今のは?」
シェルがボクに聞く。リールはただ、怯えたように兄にしがみついている。
「間違いない」
ボクは言った。
「――フィルの声だ。」

リールには、自分の家まで気をつけて帰るように説得した。シェルにも同伴を頼んだ。
そして、余裕があったらフィルの自宅に電話するように頼む。
ボクは、声がした方へ走っていく。

「フィル!どこだ?フィル!」
フィルの名を呼ぶ。
返ってくるのは自分の声の余韻。
風の音。
そして、自分の鼓動。

走りすぎたらしい。息が切れて、地面に座り込んでしまう。
――――――――もう探すのは諦めようか?
そうすると、またあの叫び声が甦る。あの声が甦る。全てが、リフレインする。

苦しそうな顔が、瞳で訴えかける。
ボクの名前を呼びながら、暗い闇に飲み込まれていく。

「何でボクは今まで気付かなかったんだ?」
息切れしながら、ボクは自分に問いかけた。
後悔が渦を巻いてボクを飲み込もうとする。あのひとが、また呼びかける。

――――――あなたは どうなってもいいの

声を張り上げて、叫ぶ。その名を。
そして、ただただ前に突っ走った。
その時だ。

「カルル!おい、カルル!」
ぱっと振り向くと、呆れたようにこっちを見ているシェルがいた。
「シェル!どうだった?」
「どうだったも何も…お前今、街の状況を把握してるのか?」
確かにその通り。上空を見上げるとあちこちの電線が切れている。
「何かあったんだ」
ボクはそう言うしかなかった。
シェルの言葉はまだ続いている。
「あのな、カルル。お前、バカみたいにフィルって叫びすぎて、俺の声が聞こえなかったんだろ?」
言われて見れば、シェルの声は確かにかすれ、声を出しすぎた感じがした。
「だって一方通行だぜ?俺もカルルも叫びながら同じ方向に走ってるんだから…。周りから見れば、ただの発狂二人組だ」
「静かにしろ、シェル。ボクが聞いてるのはバカさ加減じゃなくて、フィルの居場所を突き止めたかどうかだよ」
ボクの目を見て、彼は一瞬すくんだが、首を横に振った。
「分からない。声がした方まで走ってきたら、お前がいたんだよ」
長い沈黙。
そして、長い溜息。
「仕方ない、手分けして捜そうか」
そうボクが切り出すと、シェルも頷く。
「フィル捜索☆作戦、開始!」
「お前…やる気あるか?」
ボクは笑い、シェルもにやりと笑った。
やる気も復活、さぁ行こうとばかり、シェルが胸を張って歩き始めたその時。
「兄ちゃん―――!」

その声にシェルは反応した。
ボクもだ。
そう、その叫び声は
フィルと全く同じ方向から聞こえてきたのだから。

「シェル!シェル!待ってくれよ!」
ついさっきまでの能天気さはどこへやら、血相を変えてシェルが走り出した。
「今の声は間違いない」
シェルの顔はいつに無く真剣だ。しかし、真剣な顔が似合わないのも事実で、ボクはその声を聞くまでシェルがどれだけ真剣か察しをつけることができなかったが、この後の一言からその気持ちは伝わった。
「神様…」
この後ボクは、ひたすらフィルのことを考えるしかなくなった。

どれぐらい走っただろうか?街灯が目立つ時間帯になってきた。
走っていくスピードも落ち、ジョギングしているオヤジに先を越されたのはちょっとショックだった。
声なんてもう出す余裕もないし、叫んだところで枯れているし全く通らない。
その時だ。
急に大雨が降り出した。まるでバケツを引っくり返したような大雨。
たちまちシェルとボクはびしょ濡れになり、通り過ぎて行ったオヤジも濡れ鼠の様になって帰って行く。
ざまあみろ、とボクは心の中で笑った。
シェルは水溜りに思い切り足を突っ込み、ズボンの裾がビチャビチャいい始めてから足を止めた。
「リールが…」そう言って。
ボクも、藁にもすがる思いでさっきのシェルと同じ言葉を発した。
「神様…」

稲妻が轟く音。凄い風が吹いてきた。
何処かから聞こえてくるざわめき。伝わってくる熱気。
どこかで、火事が起こっているようだ。空気がとても悪い。
人影も見当たらなくなり、ついさっきまで繁盛していた店も嘘のように静まり返ってしまった。
―――母さん、心配してるかな?
微笑んだ母さんの顔が、ボクの頭の中を一瞬よぎる。
妹の顔が。アイヌの顔が。父さんの顔が。
「う…っ」
するとボクは、例の変な唸り声を上げて蹲った。
シェルは、背後から追いかけてくる足音が消えたのに気付き、慌てて足を止める。
「どうした、カルル!大丈夫か?」
声が遠のき、別の声が近づいてくる。
あの声が、また聞こえる。
                          ――――見捨てないで
                          ――――カルル
「うっ」
ボクが変によろけたので、シェルが受け止めた。
「疲れたのか?返事しろ、おい!」

稲妻が鳴り響く音、風が唸る音。
時々僕らを照らす、紫色の閃光。
暗闇の中、何かに導かれるようにして、ボクは瞼を閉じた。


「ほほう、神ともあろう者が随分落ちぶれたものだ」
――――――誰かの声がする。知らない人の声だ。―――――
「…お婆様。そろそろ苛めるのはおやめになられた方が?」
「ペレル、お主は全く分かっとらん。覚醒させるのに…」
――――――もう一つの声。どこかで聞いたことのある声――――
「フィル!?」
ボクは目を見開き、思いっきり体を起こした。
そこには、ずっと捜していた少女が、気味の悪いお婆さんの横で椅子に腰掛けている。
「ずっと捜したんだよ!何処にいたんだよ!―――ていうか、ここは何処!」
「ごめんなさい、カルル」
そうやって謝る少女は、ボクの知っているフィルではない。何だか…凄く大人しすぎる。
「悪気は無かったの。許してくれるかしら?」
「ん?…あ、あぁもちろんだけど」
――何だ、コレ。
「よく来た、小さな神よ」
気味の悪い婆さんが口を開く。
「良く来ただって?ボクはこんな所全然来たくなかったんだけど」
「まぁ聞け、小僧。…フィル、茶を入れて来い」
「はいお婆様」
フィルはすっと立ち上がると、台所らしき方向へ歩いていった。
彼女がいなくなると、非常に微妙な空気が流れた。
お婆さんはずっとボクを見てる。ボクはそんなお婆さんが気持ち悪くて目をそらす。

―――それだけ。
そんな空気がボタボタと過ぎ、しばらくするとボクは遂に叫んだ。
「埒があかない!」
お婆さんは笑う。―――できれば笑って欲しくないな、とボクはこの時思った。
「神よ、良く聞け。」
「神!」
お婆さん、大丈夫?と声をかけてやりたい位。ここはどこかの病院の精神科なのかな?
「…だとしたら、ボクは精神病だと診断されてここにいるのか?だとしたらフィルは…」
「やかましい、小僧。ここは精神科ではない」
また微妙な空気。
ボクはいい加減いらいらしてきた。
このおばあさんに聞くんじゃ埒があかない、自分で推理しようと思い立った位だ。
しかし、結論が見えてこない。
お婆さんは相変わらずにやにやしている。
「すいません、ここは何処ですか?」
僕は素直に尋ねる事にした。お婆さんは一層顔を歪めて(笑ったつもりだろうが歪んでいるようにしか見えない)、答えた。
「天国だ」
あぁ、どうなってんだろ。ボクは天国まで上ってきたのか、このババアがどうかしているのか、フィルはどうなってるのか。
あー、とか、うー、とか言いながら頭を抱えていると、お婆さんはボクがどうかしていると思ったのだろうか、哀れみの眼差しでこっちを見た。
ボクはさすがにムッとし、椅子にきちんと座りなおして面と向かい合ってみた。

・・・長い沈黙。

「すいません、天国ってどういうことですか?」
ボクはやっと、かすれた声でそう聞けた。
お婆さんは相変わらずニヤニヤ。フィルがお茶を持ってくる。
と、その瞬間である。
お茶を一口すすった途端、おばあさんの顔が歪み始めたのだ。
先程までの通常な(?)歪みではない。グニャグニャしている。
「うわぁ」
吐き気がする。ものすごく気持ち悪い。卒倒しそうだ。
「どうなってるんだ・・・」
その言葉を最後に、ボクはぱったりと床に倒れた。

「…ル!カルル!」
どこかでボクを呼ぶ声がする。誰だ…?
目を開いて見る。すると、シェルの泣きそうな顔が見えた。
「おい、リールもいないのにお前が死んだらどーすんだよ、ってあ!カルル生きてる!騙したな!」
「…騙したつもりは無いんですけど」
ボクはむくっと起き上がる。雨はますますひどくなり、ボクはくしゃみをした。

その時

シェルの肩越しに―――ボクの目に信じられないものが映る。めらめらと燃える炎。黒い煙。崩れていく街。

「…悪い。こんな訳だ。」
しばらく呆然とするしかなかった。
――ボクの平凡な日常は
                           声が、聴こえる
                                                 ボクと逢ったたくさんの人
                                            全ての声が
                                        聴こえる
                                     なんで

 どうして

「ねぇ、母さんは?ジェリーは?アイヌは?ボクの家はどこに」
――どこに行ってしまったんだ?
                            かえってきて
                           もういちどだけ
                           すがたをみせて
                           わらってみせて
                           こえをきかせて

シェルはただ黙り、そしてぽろりと一粒、大粒の涙を零した。
「リールは!フィルは!商店街は!何処に行ったんだよ」
ボクはシェルの肩をぐっと掴むと、前後に激しく揺らした。彼はそのまま、抵抗もせずに、静かに涙を零し続けていた。
嘆いたのは、大声で嘆いたのは、その暫く後―――


「――しくじりましたわね、お婆様」
「さすが神といったところか。ペレル、そろそろその娘の体を返してやれ」
はい、と彼女は小さく頷き、ヒュッと軽い音を立てて、姿が変わった。
「お前は本当に趣味が悪いのう…その趣味さえなければ」
「お婆様、人の趣味に口出し無用ですわ」
老婆は低い声で笑い、水晶玉を覗いた。
「まぁ、まだ力を引き出すための鍵は残っとるからの…。」
「私達の『楽園』を是非また…」
「うむ」

バサバサと真っ黒いカラスが集まり、そして離れていく。
真っ赤な夕焼け空に―――


「あれ…ここはどこ?」
一瞬、今まで捜し求めていた声が耳に入ってきた。
「えーっ、何これっ!どうなってるの〜?」
間違いない。あの能天気な声は…
「フィル!」
僕ら二人は、同時にその名を呼んだ。
「あ〜、シェル、カルル!奇遇ね、何処なのココ〜!」
シェルは彼女に問い詰めたい気持ちで一杯だったらしいが、それをボクが無理矢理押さえつけて聞いた。
「フィル、あの気色悪いばばぁは誰だったんだ?」
「え?気色悪いババアなんて見てないわ。何でかは知らないけど、私あそこで気絶してたみたい」
そう言ってフィルは指差す。元・自動販売機の前だ。
「カルル、お前だって気絶してただろ?ちなみに俺もババアは一人しか見てないし」
すかさずボクが食いつく。
「いつ!」
「今。目の前にいるだろ」
「あんた、殺されたい?」
二人がぎゃあぎゃあ争い始める。
ボクは一発大きな溜息をつき、朝から見続けた悪夢、気絶していた時に見た夢を二人に打ち明けてみた。

「ふーん、そりゃ大変だったわね」
「何であんなにお前を介抱してやってた俺が出てこないんだよ!」
…嗚呼、この二人に話した僕が間違いだった。
「ところでシェル、リール君は?」
ぴたっ、とシェルの動きが止まり、たちまち生気を失った。
「実はさ…」
ボクは出来る限りシェルの耳障りにならないよう、小声でフィルに言って見た。
「あら、そうなんだ」
僕らは努めて明るく振舞い、シェルの心を回復できるよう頑張ってみた。

しかし、だんだんと途方に暮れ始めた。
家も、家族も、財産も、何もかも奪われてしまったのだ。

『神よ』

「ボクがホントに神様だったら良いのに…」
「やだカルル、まだ夢の事気にしてるの?」

――もしボクが何か役立てるとしたら?こんな悪夢を二度と見なくなれるだろうか…?

ボクは、唐突に切り出した。自分でも唐突だと判っていたが、そんな事を気にはしなかった。
目の前で、真っ白く燃え尽きた町が、ボクの故郷が、消えていく様を見た後だ。もうどうなってもいいと、心の奥で思っていたのかも知れない。

「ボク、旅に出る」
「はぁ?」
二人は同時にボクに尋ねる。しかし、ボクの決意は固かった。
「何か役立ちたいんだ。こんな悲劇が、またどこかで起きないように」

「やぶからぼうにも程があるぞ?お前無一文だし」
シェルが呼び止める。ボクは至って冷静に反論した。
「そんな事言ったら、君だって状況は一緒だろ?ボクは死ぬんだったら何かしてからがいい」
「なら、私も付いてく」
フィルが明るく言った。
「え?フィルが?何でまた?」
「良いじゃない、気が向いたのよ。乙女心にはあまり触れないこと。」
「誰が乙女だよ…」
フィルの蹴りがシェルに炸裂する。
ひょい、とかわしながら、彼は笑って言った。
「俺もついて行くよ。カルル、お前の意見に賛成だ。何かしてから死にたいからな」
「じゃあ、行こうか?」
二人は頷く。ボクも頷く。そして、旅への一歩目を踏み出した。





2003-11-13 14:09:28公開 / 作者:棗
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■作者からのメッセージ
初めまして、棗と申します。
まだまだ小説は初心者ですが、どうぞ暖かく見守ってやって下さいv
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