『真夜中の電話』作者: / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
真夜中に電話が鳴った。親となる人間は全ての子を愛すべきなのか。
全角1225文字
容量2450 bytes
原稿用紙約3.06枚
 不愉快な電子音が、煩わしく耳元に鳴り響く。
 無理にこじ開けた寝ぼけ眼で夜光の時計を覗き込むと、時刻は午前二時を少しまわった所。そして、騒音の正体は枕元の電話だった。
 受話器へと伸ばしかけた手が止まる。何か予感めいたものが、その時から胸中でうごめいていた。そうしている間も、深夜の電話は不協和音を奏で、私を促す。まるで何かの救いを欲するかのように。
『もしもし? お母さん?』
 受話器を取ると、少女の声が聞こえてきた。声が緊迫したように少し高い。私は思わず、曖昧に頷き返していた。
『あなた…』
 私の問いかけは、すぐに打ちとめられた。
『待って。お母さん、切らないで。ねぇお願い、聞いて。』
 声が上ずって、泣き出しそうな調子を帯びた。
『ごめん、ごめんね。心配したでしょ?あたし、馬鹿だった。あんな男に騙されて家出しちゃうなんて…』
 声にはとうとう嗚咽が入り混じった。呂律が廻らないところを見れば、アルコールが入っているのだろう。
『大丈夫、怒ってないわ。いまどこにいるの?』
 私はひとまず彼女を落ち着かせることにした。いつの間にか、隣に寝ていた夫も起きていたようで、怪訝そうに私を見つめていた。
 何かを言おうとした夫を手振りで制して、私は同じ問いを繰り返した。
『お母さん、帰るわ。今から帰るからね。』
 問いの答えは返ってこない。代わりに、錯乱したように彼女は何度も“帰る”という言葉を独り言のように呟いていた。
『わかったわ、タクシーを呼びなさい。』
 努めて冷静を装ったつもりだったが、私の声も震えていた。
『タクシーで家に帰るのよ。わかった? タクシーが来るまでそこを動かないで。』
 三度目の問いかけで、ようやく彼女は返事をくれた。涙声の承諾を最後に、電話は切れた。
 しばらく部屋を沈黙が包む。事態が飲み込めたらしい夫はベッドから上半身を起こして、私の傍に並んで座った。
 やがてどちらからとも無く、私達は娘の部屋へと向かった。
 年を取ってからできた一人娘を、私達夫妻は溺愛していた。されど近頃は、何かと会話をする機会が減り、親子関係にいびつな切れ間が生じつつあった。
 それを世間の親の誰もが通る道だと考えていた私達は、甘かったのかもしれない。
 ゆっくりとドアを開けると、娘の部屋は闇に包まれていた。
 扉にもたれかかって、その闇を眺めていると、何時の間にやら涙が目に浮かんでいた。私は手を口に当てて、込みあがってくる声を押し殺した。
『お母さん…、どうしたの?』
 不意に、娘の声がした。ベッドの中で、影が僅かに動いた。起こしてしまったようだ。
『なんでもないわ。』
 私は小さく笑って首を振った。
『ただの間違い電話よ。』
 夫がそっと後ろから私の肩を抱いた。
『いいや、間違いなんかじゃなかったさ。』
 私の涙の一滴が、夫の指を濡らした。
2006-12-29 01:28:42公開 / 作者:夜
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■作者からのメッセージ
テストが迫る中、現実逃避という名のショートショート。
改稿予定はございません。
この作品に対する感想 - 昇順
最後の父親の台詞にぐっときました。短い中にもアイデアがあってよかったです。
2006-12-29 05:19:20【★★★★☆】アナハイム
ご感想ありがとうございました。
テスト勉強中にふと脳裏に浮かんだネタをなんとなしに文章にしてみました。
何度か改稿を行い、ギリギリまで文字数を削りました。
アイディアに良い印象を頂けたのは、この上なく幸いです。
これからもよろしくお願いいたします。
2007-01-01 23:29:26【☆☆☆☆☆】夜
 こんばんは、座席です(死の情景で挨拶わすれてごめんなさry)。
 これだけ短い文章の中に、こういうギミックを組み込めるのはうらやましい限りです(ひどく掌編が苦手なもので)。間違い電話そのものと、それに対する対応が間違いかの問いかけが心に響きました。こちらも楽しく読ませていただきました。
2007-01-07 13:14:58【★★★★☆】座席
はじめまして、夜と申します。以降よろしくお願いいたします。
ずばりアイディアしかないお話でしたので、文章の長さは本当に最低限になるまで加減しました。
まだ十代の子供に過ぎない身でいささか小生意気かもしれませんが、人の親の気持ちを想像して書かせていただきました。
もったいないお励ましの言葉まことに有難うございました。
2007-01-08 01:00:08【☆☆☆☆☆】夜
計:8点
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