『ハッピースカッシュ』作者: / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
 もしもあなたが自分の家の冷蔵庫に、買った覚えのない「ハッピースカッシュ」を見つけたら。 それはあなたが、誰かにちょっぴり……妬まれている証拠、なのかもしれません――。
全角1905文字
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原稿用紙約4.76枚
 昨日の晩、飲みすぎたらしい。喉の渇きで目が覚める。時計は真夜中午前2時を指している。冷蔵庫を開ける。灯りをつけなくても、冷蔵庫の場所は分かっている。
 ワンルームマンションの狭い部屋。あるのは、ベッドと冷蔵庫、テレビぐらいのもの。
 小さな冷蔵庫の中に、買った覚えのないジュースの缶を見つけた。友人の誰かが置いていったのだろうか。

「ハッピースカッシュ」
 冷蔵庫の灯りで、ピンク色の缶の、赤い英字を読む。炭酸飲料のようだ。丁度いい。喉が渇いて仕方がない。冷蔵庫の扉を閉めると、また暗闇が戻った。
 缶を開け、中身をごくごくと飲み干していく。
 次第に暗い部屋に目が慣れてくる。
 なんだか、ちょっぴり楽しい気持ちになって、俺はまた、布団にもぐりこんだ。

 喉の渇きで目が覚めた。時計は真夜中の午前2時を指している。冷蔵庫を開ける。灯りをつけなくても、冷蔵庫の場所は分かっている。確か、さっきも喉が渇いて起きたはずだ。テーブルの上に、空き缶がひとつ。夢ではない。とにかく、さっきよりも喉が渇いていた。

「ハッピースカッシュ」
冷蔵庫の中の灯りで、ピンク色の缶の、赤い英字を読む。もう一度読む。缶は、二本並んでそこにあった。
 ああ、丁度いい。まだあったなんて、これはラッキーだ。缶を開け、中身をごくごくと飲み干していく。ためらうことなく二本目も空けた。
 なんだか、とっても楽しい気持ちになって、また布団にもぐりこんだ。

 何度目なのか分からない喉の渇きで目が覚める。時計はまだ、真夜中の午前2時を指している。
冷蔵庫を開けると、ハッピースカッシュがぎっしり詰まっている。部屋中が、ピンクの空き缶で一杯になっている。

「ハッピースカッシュ」
 部屋の明かりをつけて、ピンク色の缶の、赤い英字を読む。何度も読む。
 ああ、なんて楽しいのだろう。こんなに楽しい気持ちになったことなんて、今まで一度でもあっただろうか。
 飲んでも飲んでも、少しも満たされない。
 喉の渇きは、ますます激しくなる。
 だから、また飲む。飲めば飲むほど、美味しくなる。
 そして、もっともっともっと、飲みたくなる。
 気が付くと、俺は裸でハッピースカッシュの海に浮かんでいた。ピンク色の炭酸飲料。たくさんの泡。ぷかぷかと浮かぶ、空き缶と一緒に、俺は漂う。一緒に浮かんで漂い続ける。
ああ、なんて幸せ。これこそが、幸せ。きっと、たぶん、そうに違いない。

 どこからか、強大なハッピースカッシュの空き缶が、流れてきた。
 巨大なピンク色の缶の、巨大な赤い英字を読んだ。
「ハッピースカッシュ」
 その下に、ピンクの缶に、ピンクの文字で、分かりにくい注意書きがあった。

『この商品は、飲みすぎると幻覚幻聴などが起こったりします。中毒性がありますので、飲みすぎにはご覚悟下さい』

 ああ、なんて幸せなんだろう。そうか、昨日の晩、同期の奴らが集まって、俺の昇進祝いをしてくれたんだったな。みんな、おめでとうなんて笑顔で言ってくれて、俺は「ありがとう」なんて言っていた。

 あいつらの心の冷蔵庫には、俺に飲ませたいハッピースカッシュが詰まっていた、ってわけか。
 ありがとう。俺は幸せだよ。みんなよりちょっと先に出世して、ちょっと余計に妬まれて、ハッピースカッシュの海で溺れる。
 ここはいいぞー、楽しいぞー。一緒に来いよー。快楽の海で楽しく溺れようぜ。あはははははは。

 目覚ましの音で目が覚める。時計は6時を指している。ああ、変な夢を見ちまった。「ハッピースカッシュ」だってさ。
 昨夜はちょっと飲みすぎたらしい。同期の中で一人だけ、昇進決めた奴の祝いに駆けつけたんだ。いいよな、仕事ができる奴はさ。しかも、もうすぐ綺麗な彼女と結婚するんだってさ。俺なんて彼女どころか、デートさえも未経験だよ。あははははははは、はっ、はっ、はー。
 一人きりの部屋で自分を笑うと、最後には必ずため息に変わる。
 喉が渇いている。冷蔵庫の扉を開ける。冷蔵庫の中に、買った覚えのないジュースの缶を見つけた。嫌というほど見覚えのある、ピンク色の缶の、赤い英字を読む。

「ハッピースカッシュ」

 さぁ、どうする、俺。もう一度、ちょっと幸せになってみようか。
 それとも、俺より幸せそうな、アイツに飲ませてやろうか?

 俺はゆっくりと手を伸ばして、ピンク色の缶を、掴んだ。
 冷蔵庫の扉を閉める。
 さぁ、どうする?
 俺。
 
2006-10-03 13:20:38公開 / 作者:碧
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■作者からのメッセージ
また性懲りもなく、書いてしまいました。読んで下さった方に、心よりお礼申し上げます。何かありましたら、遠慮なくビシビシおっしゃって下さいね。
この作品に対する感想 - 昇順
こんにちは。作品読みました、何かとても恐ろしい影を感じる作品ですね……。主人公はあの後「ハッピースカッシュ」飲んだのでしょうか?考えさせられます。とてもブラックユーモアに富んだ作品だと思います、こう言うのは大好きです。僕自身、夢が正夢になったことが何度かありますが(笑)でもこんなに怖い内容ではありませんでした。それでは、次回作も期待しています。ではでは、
2006-10-03 18:20:34【☆☆☆☆☆】こーんぽたーじゅ
どうする? 俺。の一文がとても気に入りました。ハッピースカッシュおいしそうですね。現世が嫌な人間には丁度良い逃げ材料になりそうで、私も是非一本欲しいところ(笑)
2006-10-03 23:16:47【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
>こーんぽたーじゅさま

この話は、私の夢から書いたものなのです。朝、目覚めたら、「ハッピースカッシュ」という言葉だけが、夢の記憶として残っていたんですよ。これぞ正夢かもしれません。前回の反省を踏まえて、今度書くものは、読んだ人が「自分ならどうするか? 」を考えたくなるようなものにしたいというのがありました。ですので、この後どうしたのかな?と考えて頂けたという感想は、嬉しい限りです。ありがとうございました。

>水芭蕉猫さま

「ハッピースカッシュ」がじわじわと世界を侵食していく、というラストを私は望んでいたのです。またまた私の独りよがりな世界を展開させてしまいそうになるのを、
どうにか食い止めた、「俺」でした。地球も宇宙もハッピースカッシュの海に溺れさせてしまえ!という乱暴な気持ちを、自分で抑えた自分自身を、自分でこっそり褒めてあげようと思います。読んでくださってありがとうございます。ちなみに、ハッピースカッシュの味は……あまりお勧めできません(笑)
2006-10-04 18:25:59【☆☆☆☆☆】碧
 こんにちは、コーヒーCUPというものです。怪しいものじゃございません。
 ハッピースカッシュ、という題名を見て、……どういう作品なのか? と気になって最後まで読んでみたら、気になって仕方ないところで話が終わっていて、やられた! と思いました。
 気になります、実に主人公の今後の行動が気になります。でも、なんだかそれが楽しめました。今後とも、碧さんの作品期待しています
2006-10-06 15:17:17【☆☆☆☆☆】コーヒーCUP
>コーヒーCUPさま

怪しいものではないことは存じ上げておりますよ。読んで下さってありがとうございます。誰かを羨む気持ち、妬む気持ち。羨ましがられる気持ち、妬まれる気持ち。どちらも経験あるかと思います。そしてどちらの立場でも、あまり嬉しくもなければ、楽しくもないような気がするんです。でも、どちらの立場でも実害はなくて。私は自分がどこに向かおうとしているのか、どこに行きたいのか、自分でもよく分からないまま、ここにいます。そんな「迷い」を少しだけ形にすることができたような気がしています。ありがとうございました。
2006-10-06 18:59:31【☆☆☆☆☆】碧
作品を読ませて頂きました。バランス良く書かれていてテンポ良く読めました。物語自体はややありがちのオチだったのでインパクトが弱かったです。ダークサイドなり、ライトサイドなりオチで作品の色をもっと明確にしても良かったと思います。では、次回作品を期待しています。
2006-10-07 09:33:01【☆☆☆☆☆】甘木
>甘木さま

いつもありがとうございます。夢オチもそうですが、こういう話の転換は、ありがちですよね。書きたいと思っている長編の異世界ファンタジーに躓くたびに、何故か別の話を思いつき、心のままに書いてしまいます。私は長編異世界ファンタジーが書きたいのか、それとも、こういったものを書きたいのか、どちらなのか分からなくなっています。だから、両方書いて、共倒れになる方を選ぼうと思っています。節操ないなぁ、と自分でも思います。
2006-10-07 22:29:44【☆☆☆☆☆】碧
計:0点
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