『虚無の旅』作者:鷹雪 / t@^W[ - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
僕の時間はもう動いていない。何時から止まっていたのかは分からない。でも、もう僕の時は動いてくれない。気付いたときには独りだった。誰の慰めも無く、旅をしてきた。目的も無く。ただ呆然と、当ても無く続く時間軸の中を立ち尽くしてきた。生きる意味なんて考えずに、生きてきた。でも、ある日を境に、僕の旅は目的有るものに変化した…
全角19236.5文字
容量38473 bytes
原稿用紙約48.09枚



第一話 新たな旅立ち



ここは樹と雫の街、ウォルティア。この街の最南端に位置する市場に、少年はいた。
少年の名は無い。彼は捨て子である。少年を引き取ってくれた老夫婦も、三年程前に他界してしまっている。だから、彼は当ても無い旅に出るしか道は無かったのである。
彼は市場の林檎を手に取った。
(へぇ、結構詰まってる)
「これ、いくらなんだ?」
少年は市場の大部分を陣取っている果物屋の親父に尋ねた。
「そうだなぁ、大体銅貨三枚程度か」
「安いな、ここは。買うよ」
「毎度」
少年は程よく中身の詰まった林檎を受け取ると、市場から離れ、中央広場へと向かった。
中央広場には、一際大きい噴水と、その中にポセイドンをイメージさせる、手に鉾を持った荒々しい、これまた巨大な銅像が設置されていた。
広場の周りには所々天然の樹が生えており、全体の雰囲気を落ち着かせている。
少年は手近に在ったベンチに腰掛けた。ベンチは樹の直側に在り、そのお陰で涼しそうな木陰が出来ている。小休憩には丁度良い場所である。
少年は市場で購入した林檎に、早速齧り付いた。思った通り、身がぎっしり詰まっていて瑞々しかった。
(買い溜めしようかな。でも腐るか)
そんな他愛も無い事を考えている内に、どんどん林檎は削られてゆき、終いには芯だけになっていた。
(はぁ〜旨かった〜)
少年は伸びをし、ベンチに寝そべった。
何時の間にか寝てしまったらしい。もう太陽が沈みかけている。
少年はゆっくりと起き上がった。
(さてと、宿探ししなきゃな)
本当はこんなにのんびりしている暇は無い筈なのだが、少年はマイペースで大通りへと足を運んだ。
この時間帯、大通りは一番の賑わいを見せていた。夕暮れ時になると、大通りには沢山の屋台が立ち並び、観光客の五感を惑わしている。
惑わすと言っても、旅人の少年は目もくれない。
少年は小奇麗な宿屋に辿り着いた。他の宿は、何処も観光客で部屋が満室なので、此処がダメだったら、もう野宿しか道は無い。
宿の名前は雫亭。如何にも雨漏りしそうな宿だ。それでも、少年は躊躇い無く、宿の扉を押し開けた。眼帯を着けた、髪の長い店主が出迎えた。
「いらっしゃい」
「空室は?」
「幾らか有りますよ。でも、子供一人を泊める訳には」
「頼む!」
眼帯を着けた店主は困ったような表情を見せた。少年はしめたとばかりに拝み倒す。
「此処に泊めて貰わないと野宿なんだよ。良いだろ?」
「…解りました。今回だけですよ」
少年はその言葉を聞くと、料金を払い、足早に部屋へと向かった。
外見と同じく、部屋の中も綺麗であった。清潔そうなベッド、薄いカーテン。一時の間、高級な生活が出来そうだ。
何だか居心地が悪い。味わった事の無い高級感など、そんなものである。
少年は暇が出来たので、宿の入り口まで戻り、ソファーに座って、しばしば通行する客達に見入った。
そんな暇潰しにも飽きてきたので、部屋に戻ろうとした瞬間、宿の扉を強く押し開けて、眼帯を装着した、屈強そうな男が目に入った。男は暫く店主と話していたが、急に少年の方を向いた。そして何やらまた話し込んでいる。少年はもどかしくなり、立ち上がって眼帯男に歩み寄った。
「俺に何か用?」
「いや、特に無いな。それより、お前は旅人なのか?子供なのに」
「失礼な! 子供だけど立派な旅人だ!」
「そうか…旅人か」
眼帯男は何か憂いに浸るような表情を見せた。
「君は部屋に戻りなさい。大事な話があるんだ」
何時もの少年ならそう簡単には戻らなかっただろう。しかし、疲労困憊した今の状況では、従う以外無い。
少年は、部屋に入ると、直にベッドに倒れこんだ。体が休養を求めている。
身体の欲求に逆らう事が出来ず、少年は瞼を閉じ、眼を暗闇に染めた。
苦しい。右足部がとてつもなく苦しい。体が苦痛を訴えているのは確かだった。そう、言葉にするのであれば、折れるような痛みだ。
見えない何かが足を粉々に粉砕しようとしている。異常な苦痛、異常な暗闇。そして、異常な孤独。
少年は飛び上がるように起床した。いや、起床というより、苦痛からの脱出だった。
瞳は剥目され、汗の量は尋常ではなかった。しかし、先刻の苦しみは嘘のように消滅していた。
少年は気分が悪くなり、コートを羽織り、小荷物用のトランクを牽いて、さっさと部屋を出て行った。
フロントでは、昨日と同じ光景が展開されていた。眼帯男と店主のヒソヒソ話である。
少年は二人の中に割って入り、文句をぶちまけた。
「此処の宿は何か憑いてんのか!」
「はぁ?」
少年の怒りは店主の商売人らしくない返事の所為でさらに燃え上がった。
「だ か ら! 此処の宿は何か憑き物でもあんのかって聞いてんだよ!」
「いえ、そのような物は初耳です」
眼帯男は直傍に居るのに、口も挟まず、つまらんと言わんばかりに欠伸をした。
「今朝何か寝てるとき右足が痛かったんだよ!」
店主と眼帯男は互いに顔を見合わせた。
「おいガキ! それは本当か?」
「何で嘘つかなきゃいけねーんだよ!」
少年は苛ついて地団太を踏んだ。
「話がある。表に出ろ」
「上等だ!」
眼帯男は少年を連れて外に出て行こうとした。店主も急いで付いて行こうとしたが、眼帯男に止められた。
「俺に任せろ。偶然か戯言だ。直に片付く」
自分だけ無知のようなもどかしさが湧き上がった。
眼帯男は中央広場まで歩いた。少年は何故此処まで来なければいけないのか、疑問に思ったが、今は怒りともどかしさで頭がいっぱいだった。
噴水の前まで来ると、眼帯男は歩みを止めた。そして、少年に向き直った。
「な、なんだよ! やんのか!」
少年は拳を構えた。しかし、腰が引けていた。
「まず、一つ目の質問だ。お前に過去の記憶はあるか?」
唐突だったので質問の意味が解らず困惑した。
少年は暫くの間、声が出なかった。突然すぎたからだ。振り返っていきなり、そんな質問されるとは夢にも思っていなかった。
暫くの沈黙。噴水の音だけが響いた。
眼帯男は急かそうともせず、静かに答えを待っていた。
「記憶…」
今までそんな事考えずに生きてきた。でも、今思えば、逃げてきただけなのかもしれない。
「無い」
「本当か?」
眼帯男は鸚鵡返しのように素早く疑いの言葉を発した。
「本当だよ。…気付いたら、無かった」
眼帯男はゆっくりとベンチに移動した。そして、少年を座らせ、自分も腰掛けた。
「辛いか?」
再び、思っても見ない言葉が眼帯男の口から放たれた。
「別に。今は無くても変わらないから」
眼帯男は再び、唐突に質問した。
「二つ目の質問だ」
少年は息を呑んだ。どんとこい!
「お前の記憶の始まりの場所は何処だ?」
余りにも以外で、意味不明な質問。待ち構えていても、回答には時間を有する。
少年は懸命に記憶を探った。でも、記憶の始まりなど解る筈が無い。
「…解らない」
「解らない、か…仕方がないか」
眼帯男はあっさりと諦めた。
「それで良いのか?」
「良いんだよ。寧ろ、はっきり答えられた方が困る」
眼帯男は暫く空を見上げていた。今日は雲ひとつ無い晴天である。
「質問はもう無いのか?」
「ん? ああ、質問か…」
眼帯男は質問しようかしまいか迷っていた。
少年は眼帯男の心情を察し、無理やり質問に迫ろうとはしなかった。恐らく、眼帯男も少年を思って悩んでいるのであろう。それならば核心に迫る事は無い。
「最後の質問だ」
眼帯男は重い口を開いた。
「セオ…という者を知っているか?」
「…知らない」
眼帯男は深い、安堵の息を吐いた。
「ならいい。宿へ戻れ」
「何であの宿に戻らなきゃいけねぇんだよ! 俺は旅人だ! 自由なんだよ!」
あんな苦痛は二度と味わいたくない。といった感じだ。しかし、眼帯男は少年の言葉を聞き入れず、冷徹に言い放った。
「いいから戻れ!」
少年は渋々、宿に戻った。
宿に着くと、眼帯男は少年を部屋に追い払った。どうやら、ヒソヒソ話が再開されるらしい。
少年は小荷物用トランクを部屋に投げ入れた。
「あいつ等! 絶対何か隠してる! 俺には教えねぇって魂胆か!」
不安と悔しさで胸がいっぱいだった。
少年は不意に立ち上がった。
「そうだ! 盗み聞きしてやろう!」
少年は抜き足差し足でロビーに向かった。案の定、二人は密かに話し合っていた。
少年は、物陰から爪先立ちで、会話を聞き取ろうとした。しかし、よく聞こえない。
「…しかないな」
「…が…だろ」
言葉の断片だけしか聞こえない。さらに良く聞き取ろうとして、少年は更に爪先立ちになった。
しかし、無理な体勢のためか、少年は前のめりになって転倒した。
「痛てて…」
頭を擦る少年の姿を、二人は訝しげに見た。少なくとも眼帯男の方は。
「聞いてたのか?」
「い、いや。断片的にしか聞こえなかった」
二人は神妙な面持ちで顔を合わせ、頷いた。
「部屋に行くぞ。話がある」
少年は大して抵抗はせず、素直に部屋に向かった。店主は付いて来ないようだ。
部屋に入ると、眼帯男はドアを静かに閉めた。
「話ってのは?」
「…お前、これから向かう所は決まってんのか?」
「いや、はっきりとは決まってないけど」
「ならガビウスへ行くんだ。そこにはお前自身の記憶があるかもしれん。一寸した試練があるがな」
喜びと、同量の驚きで暫く口が利けなかった。
「…本当…なのか?」
「ああ、嘘は言わん」
「じゃあ、試練ってのは?」
「着いたら話す」
その言葉に疑問が浮かんだ。
「あんたも行くのか?」
「あ? 当然だ」
窓から、少年の髪を撫でるように、優しい風が吹いた。
「…セオって、誰なんだ? 宿での痛みは何だったんだ? 広場で、何であんな質問したんだ?」
前々から思っていた疑問が大挙して、少年の口から放たれた。
「今は…答えを知るべきじゃない。何れ知るときが来る。その時に、腰据えてしっかりと受け止めればいい。お前の旅の目的は、自分の過去を知るためのものだ」
それが旅の目的。僕の時間は、やっと動き出しました…


第二話 血と武器と竜と



僕の時間は、ずっと前から動いていなかった。動こうとしなかった。
でも、宿屋で眼帯男に言われた、“お前の旅の目的は、自分の過去をしるためのものだ”と言う言葉に僕の心は大きく後押しされた。
僕は自分の過去を知るために、ガビウスへ行く。たとえ、困難が待ち受けていても、僕はもう立ち止まらない。それが僕の道だから…



明朝に、僕達は宿を発った。昨晩は、足の激痛を感じる事は無かった。
眼帯男の名は、ジン。それ以外は、何一つ自分の事は語りませんでした。
広い、果てしなく広い草原の上。絶える事の無い西風が、緑の海を波立たせます。
少年は、口数少なく、黙々と歩く。自分の過去へと続く、長い長い道程を…
何キロ、或いは何十キロ歩いたか解らない位、歩を進めました。草原も、何時の間にか街道に変わっていました。
「後どの位だ?」
少年は疲れきった様子で、ジンに聞いた。
「もう直だ」
少年は後一歩、後一歩、と自分を奮い立たせ、何とかジンに着いて行った。ジンは後ろを 振り返ろうとはせず、ただ黙々と歩き続けた。この程度の道程、休憩を取る必要すら無い、とでも言わんばかりに。
ジンが言った通り、関所は段々と姿を現してきた。長槍を持った門番が二人いる。
二人とも、豪華な鎧を身に着け、随所に、宝石の散りばめられたアクセサリーが、陽光を浴び、輝いていた。
「貴方は旅の方でしょうか?」
「ああ、そうだ」
「通行許可書を御見せ下さい」
ジンは許可書を取り出し、門番に見せた。
「どうぞ、御通り下さい」
少年の目には、豪華で、非の打ち所の無い家々が立ち並んでいた。普通の家など存在しないかのように見せた。
「ここが、ガビウス。武器と紳士の街だ」
ここが、ガビウス。失われた記憶を取り戻せる街。
少年は自然と浮き足立った。
「宿を取るぞ」
そう言って、ジンは歩き出した。何キロも歩いたと思わせない、歩みの速さだった。
少年は置いて行かれないように、足を速めた。
ジンは歩みを止めた。
他の家々よりも一層豪華な建物が其処に在った。ジンは躊躇わずに、宿の扉を開けた。
「いらっしゃ…」
い。と続く筈が、急に言葉が途絶えた。そして、その代わりに。
「御金は御持ちでしょうか?」
という、皆目、宿の受付とは思えない言葉が放たれた。
ジンは受付係の目の前に、銀貨の入った袋を突き出した。
「はい、結構です」
受付係は、ジンが金を持っていると知ると、急に態度を変え、愛想笑いを作った。
「此方は宿泊部屋選決制度を取っておりまして、ブロンズ、シルバー、ゴールド、三種類の部屋がありますが、どちらに致しましょう?」
どの部屋が高級かは、はっきりとしていた。
「やっぱりゴールドがいいな」
受付係は蔓延の笑みを浮かべた。解りやすい奴だ。
ジンは少年の頭を叩いた。
「痛って!何すんだ!」
ジンは少年の胸倉を掴み、囁いた。
「余計な事言うな」
少年は、ジンがそれ程金を持っていない事に気付いた。
「ブロンズだ」
「解りました」
そう言って、受付係は部屋の鍵を渡した。
「ごゆっくり、御くつろぎ下さい」
ジンは受付係の言葉を無視して、部屋へと足早に向かった。
「金、あれしかないんでしょ」
「仕方ねーだろ。ブロンズが限界だ」
部屋は、ウォルティアの部屋とは比べ物にならない位、豪華であった。
言葉にするのなら、夢のようだ。
「十三竜の話、聞いた事あるか?」
ジンは、突然質問した。
「え?」
余りにも突然だったので、間抜けな声が飛び出した。
「知ってるのか? 知らないのか?」
「あ、ああ。天地海の番人って奴だろ?」
ジンはこれまでに無いほど、真剣な顔つきになった。
「知ってる所まで話してみろ」
「え〜と、確か。天の竜、地の竜、海の竜、合わせて十三頭の竜がこの世の理を統べている、って御伽噺。ま、そん位かな」
「そこまで…か」
「一体それが何なんだよ」
焦らすような態度をとるジンに苛つきを感じた。
「その竜達が記憶の理を統べている」
「それって、まさか…」
竜が記憶を統べている。紛れも無く、それは。
「記憶を取り戻せる」
「で、でも、御伽噺だろ!?」
ジンはゆっくりと首を振った。
「竜は人間に擬態している」
驚愕した。よもやそんな事があろうとは。
「じゃ、じゃあ、ジンはなんでそんな事知ってんだ!?」
ジンは微笑した。
「そんな事気にすんな。今は、記憶を取り戻す事が最優先だ」
「…竜は、竜は誰なんだ」
「竜は、最も安全で、人間達を見やすい所にいる。決して、挫かれる事の無い位置だ」
「それって、もしかして…」
「そうだ。国々の王だ」
意外だった。そんな近い位置で人間達を観察しているとは。同時に、納得した。国々の王なら、最も高い地位にあり、挫かれる事は万が一にも、あり得ない。
「じゃあ、この街の城にいる王も…」
「竜だ」
余りにも、漠然としていて、信じがたい事だった。
「その竜達が人々の記憶を管理している。知らなくて良い事は、全て消している」
「…記憶を取り戻すには、如何すればいいんだ」
「竜を…殺せば記憶は戻る。十三竜、全てだ。今更だが、お前の進む道は、茨の道だ。止めるなら、それでいい」
自分の記憶を取り戻すには、竜を殺すしかない。突き付けられた、現実。
「…俺は、俺の記憶を取り戻す!」
「…そうか」
少年の決意は並々ならぬものだった。竜が記憶を奪ったのなら、奪い返してやる!
「準備が必要だな」
「え、何で?」
ジンは心底呆れたようだった。
「丸腰で竜が殺せるか!」
「あ、そうか」
「まず武器屋へ行こう」
武器屋も、豪華な建物だった。さすが、武器と紳士の街と言うだけある。
ジンは先に中に入った。少年も遅れまいと付いて行った。
剣、槍、斧、弓矢、盾、、、、数え切れないほどの武器が所狭しと展示されていた。
「如何いった武器を御望みでしょう? 獣狩なら弓矢、決闘なら剣がおすすめですよ」
「実際どの位大きいか解らんが、翼のある、巨大な獣だな」
「はい、それでしたら槍、長剣、斧、弓矢が妥当でしょう。腕力のある獣でしたら、槍、長剣で翻弄するのが宜しいでしょう。素早いのであれば、軽斧、弓矢が最適ですよ」
良く喋る店主だな。と思った。
「好きに選べ」
「この槍にするよ」
「そうか…幾らだ?」
「銀貨十枚です」
驚くほど高かった。少年はやっぱりやめようと思ったが。
「いいだろう」
心底驚いてしまった。なんてきっぱりとしているんだろう。
「さあ、行くぞ」
「なぁ、どうやって城に入るんだよ?」
武器屋を出てから、少し離れた所で少年は疑問をぶつけた。
「この国は軍隊の募集をしているんだ。城に入るなど、簡単だ」
「そうなのか…」
何処からその前情報を仕入れたんだろう。と思ったが、どうせ教えてくれないんだ、聞く必要は無い。と思い直した。
「着いたぞ、竜の城だ」
従来の城の堅固さはなく、逆に華やかさが感じられるほどだった。
「ここが…」
「ほら、置いてくぞ」
ジンはもう、既に番兵の方へと行っていた。少年は足を早め、ジンに追いついた。
「何の用でしょう?」
「軍隊に入りたいんだが」
「でしたら、どうぞお入りください。受付は右手前の建物の中に御座います」
門を抜けると、巨大な庭と、負けず劣らず巨大な城が構えていた。今から王を殺しに行く少年にとっては、敵地のように感じられた。
「解りやすい城だな。王は此処に居ますって、行ってるようなものだな」
確かに、奥の建物はとても立派で、目に付きやすかった。それに、縦に大きくないので、玉座までは、案外容易く行けそうだ。
「じゃあ、侵入するか…」
少年は頷いた。
ジンは、途中途中隠れながら城の奥へと進んでいった。少年も、ジンの後に続いた。
衛兵達から隠れながら、進んだが、玉座の前の扉に居る衛兵だけは、どうしようもなかった。
「素早く、気絶させるんだ」
「解った」
「1、2の、3!」
二人は物陰から飛び出し、間髪入れずに気絶させた。衛兵は、仲間を呼ぶことすらできなかった。
「行くぞ…」
ジンは思いっきり扉を押し開けた。まず始めに、目に入ったのは、見事な装飾達だった。この街は、何処もかしこも豪華だ。
玉座に座る男も、沢山の装飾を身に着けていた。
玉座の男は微笑を浮かべていた。恐らく、来るのを待っていたのだろう。それ位出来て当然だ。
ジンは玉座の男に剣を向けた。
「十三竜の一頭、ニオン。貴様には役目を終えてもらう」
少年は動かなかった。いや、動けなかった。
「覚悟!」
ジンはニオンに向かっていった。しかし、直に弾き飛ばされた。ニオンの手には、先刻まではなかった物が握られていた。細い体には、不釣合いな、冷たい刺鉄球。
少年は斧を握り締めた。でも、体はニオンに向かおうとはしない。立っているだけで精一杯だった。
ニオンは、初めて少年を確認した。そして、予想だにしないものが顔に浮かんだ。
邪悪な笑み。
ニオンが段々と距離を詰める。後ずさりしようとしたが、体は此処に留まった。まるで、ニオンを迎え入れるように。
「く、来るな! 来ないでくれ!」
そう言ったときには、もう目の前にいた。少年は耐え切れなくなって、目を剃らした。しかし、ニオンは貴族特有の白手袋を填めた手で、少年を剥き合わせた。そして、じっくりと、目を見た。
息が段々荒くなってゆく。嫌だ、嫌だ、嫌だ。怖い、自分を知るのが、怖い…
暫くの間、ニオンは少年の目を見つめ続けていたが、急に手を離し、心底残念そうな顔をした。
「まだ…覚醒してないのか…」
意味の解らない言葉が少年の耳に届いた。
「俺の…記憶を…返せ」
「不憫だな…その目に在るべきものが宿れば、答えは見出せると言うのに…自身は全て虚無。彼は正面、器は背のみ…素子に戻るがいい、因子に、喜怒哀楽、五感は不要であったか…仕方がない…」
ニオンは鉄球を振り上げた。
「無に帰せ」
恐ろしい威力の鉄球が少年を吹き飛ばした。しかし、斧で防いだためか、無傷だった。体の自由も、効くようになっていた。
「やっと…反撃できる!」
「愚かな因子だ…」
少年は槍を構えた。
「如何攻撃しよう」
(よし、行くぞ!)
少年は程々に距離を詰めた。そこに鉄球が飛ぶ。
少年は飛躍してかわすと共に、槍で肩を突こうとした。しかし、ニオンは然も軽そうにかわした。少年はそのまま、ニオンの腹部を狙った。
見事に命中し、鮮血が舞った。そのまま、足を狙った。しかし、ニオンは後方に跳び、避けた。
もう一発だ!
(よし、行くぞ!)
少年は一気に距離を詰めた。そこに鉄球が飛ぶ。
少年は鉄球をしゃがみ込んでかわし、足を狙った。
見事に決まり、ニオンはよろめいた。
しめたと思い、一気に腹部を狙った。しかし、ニオンの鉄球を直に受けてしまった。
少年は致命的なダメージを負った。
ニオンの鉄球を受けた所為か、目眩がする。
武器も、もう使い物にならない。
しかし、ニオンは容赦なく鉄球を振るった。
目眩の所為か、鉄球が二つに見える。
如何しよう。
少年は、余計な事はせず、その場から動かなかった。
その方が有効だと考えたのだ。
案の定、鉄球は右部を粉砕した。
ニオンが鉄球を引き戻そうとした瞬間、腹部から、剣が突き出た。いや、ジンが後ろから突き刺したのだった。
「…愚かな…素子め…」
そう言った直後、ニオンの背から翼が生え、体躯は巨大化し、顔は爬虫類に近いものになった。
竜だ。
竜の体は、この街に相応しく、宝石で出来ていた。
数々の宝石が夕焼けを十分に浴びて、燦々と光り輝いている。
街の方が、段々騒がしくなってきた。無理は無い。こんな竜が城を破壊して現れたのだから。
こんな竜、どう倒せばいいんだ。
そう考えている内に、一本の矢が放たれ、竜のオパールを砕き、突き刺さった。それに呼応するかのように、何本もの矢が、滝のように放たれた。
殆どの矢は薙ぎ払っているのだが、量が量である。何本も突き刺さっている。
竜は一鳴きして、倒れこんだ。力尽きたのであろう。
少年はゆっくりと、竜に歩み寄った。
「俺の、俺の記憶…返してくれ」
「記憶…感受の因子よ…それを求めるなら…己の記憶の始まりへ行け…待つものは亡き答え、無限の問い…秩序は器を迎え入れはしない」
その言葉と共に、竜は空気に溶けるように消滅した。少年は項垂れた。
「記憶は、戻ったのか?」
ジンは躊躇い無く聞いた。
「いや…でも、向かう所は解った」
「俺は、記憶の始まりに行く」
「思い出せるのか?」
少年はゆっくりと首を振った。
「だから、俺は竜に会う。竜は何かを知っている」
ジンは微笑した。
少年もつられて笑った。
僕の旅は、過去へ繋がる旅です…
もう、過去を恐れません…



第三話 海峡のヌシ



“己の記憶の始まりへ行け”ニオンが天命の最期に残した、言葉。
それは、助言じゃないかもしれない。でも、僕には、その言葉の行き先へ向かう。
僕は僕自身の過去を知る。その道は、決して平坦ではないけれど、僕は怖れないで進む。例え、どんな障壁が待ち構えていたとしても、立ち止まらない。
それが、過去への道だから…



何処までも続いていく、澄み切った青の世界が広がっている。
此処は、クリシア。海境からの柔らかい潮風が頬を撫でる、港町。
此処には、城の類は一切無い。でも、不思議には思わなかった。どうせ、此処から船出して、王都へ行くのだと、確信しているからだ。ジンは、何一つ、自分達行き先を少年には説明しなかった。
少年から見れば、何か思いつめている様子だった。何か悩むような事が出来たのだろうか。
少年は意を決して、尋ねる事にした。
「なぁ、ジン。何か考えてんの?」
ジンは暫く上の空だった。
「ん? 嗚呼、何でも無い。お前の気にする事じゃあ無い」
何時も、この返事だ。そろそろ、知ってる事を教えてもらいたい。
再び、少年は決心して、詰問する事にした。
「ジン…そろそろ、俺について知ってる事、話してくれよ」
ジンの目付きは、急に鋭くなった。
「…時が来たら、全て話す」
ジンの言葉には、何故かそれ以上の干渉を避けさせるような、抑制力があった。
少年は、それ以上は何も質問しなかった。疑問は沢山ある。でも、触れてはいけない事も、同じ位、存在する。
ただ黙々と、港への道を進んでいった。
初めてみる港が、少年の目に、美しく映った。巨大な港と、それに相応しい、巨大な船が少年の子供心を刺激した。
ジンは何か考えに耽っているような顔をしている、船長らしき人物に近づいていった。
「エルシードまでだ。幾らかかる?」
船長のような人物は、溜息をついた。
「だめだ。船は出せん。陸路で行くんだな」
何か、思いつめているようだった。
「何かあったのか?」
ジンは持ち前の、躊躇いの無い口調で迫った。
船長は、酷く落ち込んだ様子で、ジンを見た。
「一週間位前…此処から少し離れた海峡に、ヌシが出たんだ」
「ヌシ?」
少年は、こういう類の話は大好きなので、思わず聞いてしまった。
「知らなくても無理は無いな…」
「あんたら旅人だから解らんか…ヌシってのはな、この地に残る伝説に登場する、神様だ」
「…その伝説、詳しく聞かせてくれ」
船長は躊躇いがちに頷いた。
「この地は、十三の竜様が統べてるんだ」
二人とも、驚愕した。十三竜の話が絡んでくるのであれば、尚更聞く価値がある。
「続けてくれ」
船長は小さく頷いた。
「その十三竜は、この地を創造した後、それぞれ、この地の元、つまり、風や水になったんだ。だがなぁ、一頭だけ、この地に、形ある生物として残るといったんだ。他の竜は反対し、そいつを勝手にさせたんだ。それで、その竜は海峡付近の山からこの世界を見とるんだ。そいつを、何時しかヌシと呼ぶようになったんだがなぁ…」
そこで一端、言葉が途切れた。
「どうした? 続けてくれ」
船長は苦悶の表情を浮かべた。
「…そいつが、海峡を通りかかったわしらの船を襲ったんだ…船は無事だったんだがなぁ…わしの、わしの仲間達が…」
船長は涙を見せた。
「…解った。船を借りるぞ」
ジンは少年に目配せした。少年は短く頷いた。
「あんたら…ヌシを、どうするんだ?」
「殺す」
ジンは短く、小声で言った。はっきりと聞き取れる声で。
「いかん! ヌシを殺しちゃあいかん!」
「…仲間が殺されてもか?」
船長は押し黙った。
「行くぞ」
ジンは少年に言った。
「ま、まて」
ジンは船長に向き直った。
「何か?」
「わ、わしも行かせてくれ! 仲間の、仲間の仇が討ちたい」
ジンは微笑した。
「良いだろう。どうせ船はあんたしか操縦できないんだし」
少年は心底驚いた。船長が付いて来ると耶麻を張ってたのか。何て周到なんだ。
直に、船は出港した。
船長は慣れた手つきで舵を取った。少年は甲板の上での、見張りを命じられた。
少年は、何しろ初めての航海なので、胸の高まりを押さえきれなかった。船の上を、そこら中走り回り、初めての感覚を堪能した。
海の上には、時々、イルカやアザラシといった海洋生物が姿を現した。図鑑でしか見た事の無い生物が、少年の心に、ゆとりと潤いを与えた。
暫く、少年は、動き回っては、海を覗き、動き回っては、海を覗き、を繰り返していた。
尽きる事の無い感動が心の奥から湧き上がってくる。見れば見るほどに、海というもの
に魅了されていく。
数時間が経った頃に、天気は急に悪くなった。之も竜の仕業なのだろうか。
とうとう、雨まで降ってきた。しかし、風は全くといって良いほどに静まっていた。
ジンの声が、甲板に響いた。
「海峡に入ったぞ!」
ジンは少年に、剣を投げ渡した。
「持ってろ!」
少年が返事する間も無く、ジンは船長室へ行ってしまった。
辺りには、雨音だけが響いていた。少年は、強く剣を握った。ニオン戦での苦戦を思い出したからだ。
そして、竜は突然姿を現した…
「わっ!!」
少年は、突風に吹かれた。竜が、羽ばたいて、強風を起こしている。
少年は再び、剣を握りなおした。
少年は意を決して、竜に接近した。しかし、突風の所為か、余り近づくことは出来なかった。
距離で言えば、十メートル位だろうか。
少年は思い切って武器を投げつけた。しかし、あわや突風に流され、船長室に深々と突き刺さった。
直後、ジンは現れた。
「大丈夫だな!?」
ジンは竜に接近していった。
竜は何か吼えたようだが、解釈する事は出来なかった。
「おら!!」
ジンは剣を投げつけた。
剣は竜の翼に突き刺さった。しかし、竜はこの程度の傷、痛みなど無いとでも言わんばかりに、突風を起こした。
「これじゃダメだ!」
少年はジンに叫んだ。
「よく見てろ」
ジンは、こんな時でも、冷静を保ちつづけた。いや、本当に得策があるのだろ。でなければ、よく見てろなどとは言わない筈だ。
竜は勝ち誇ったかのように一鳴きした。
急に、突風が途絶えた。少年は前のめりになり、甲板に叩きつけられた。
「おい! 早く立て!!」
目の前には、大口を開けた竜が迫ってきていた。足がすくんで、立つ事が出来ない。
竜に食われてしまった。と思った瞬間に、ジンは少年の服を引っ張り、間一髪の所で、かわしていた。
「ありがとう」
「礼はいい! しっかり前向いてろ!!」
竜は再び突風を起こし始めた。
今度は倒れまい、と思って、しっかりと船の木柵に捉まっていた。
竜は、突風を起こすだけでは獲物を捕らえられないと解ったのか、今度は木柵をがっしりと掴み、船を揺らし始めた。
少年は目を瞑って一心にしがみ付いていた。
竜は一瞬動きを止めた。少年が手を緩めた瞬間。
竜は激しく、揺らした。
とうとう少年は上空に打ち上げられた。竜が口を開けた。
瞬間。
閃光が轟いた。そう、竜の翼に雷が落ちたのだ。竜は無茶苦茶に翼を動かした。そして海の遠く向こうまで飛んでいってしまった。
少年は暫くの間、足がすくんで動けなかった。
それでも、時間が経つと、冷静さを取り戻し、先刻の光景がフラッシュバックした。
耳を劈くような竜の悲鳴が耳に、色濃く残っている。
ジンは甲板に座り込んだ。
「まったく、ヒヤヒヤさせんなよ」
「悪い…」
「…気にするな」
それだけ言うと、船長室に戻っていった。
自分のした事、それが正しいのかは解らなかった。でも、あの竜の叫びは、少年の心を真っ二つに裂いた。
雨は何時の間にか止み、青空が広がっていた。しかし、いくら空が晴れても、少年の心が晴れる事は無かった。
何かが、海の上に浮かんでいた。白っぽい、船よりは大きい物体であった。
その物体は、少なくとも、木では出来ていなかった。おそらく、金属だろう。
そんな鉄の塊が海に浮いているのだから、少年の驚きは並みのものではなかった。
遠くて解り辛いが、巨大な鉄の塊から、何やら、小さい鉄の塊がこっちに向かってきている。何なのだろう。
それが、小型の動力船(ボート)だと気付くのには、もう少し時間が必要だった。
動力船は、瞬く間に、船に接近した。
「其処のもの! 船を止めろ!!」
動力船の中から、声が響いた。
「何事だ!?」
ジンは船長室から飛び出してきた。
「動くな!!」
動力船から、弓を構えた人が現れた。
「大人しく付いて来るんだ!!」
数分で、あの巨大な鉄の塊に着いた。
近くで見てやっと気付いた。これは要塞だ。
船長が、船で移動したので、船は無事だった。
「来い!!」
鎧を身に着けていない、剣を手に持った兵士達がジンと少年と船長を連れ立って、要塞の内部へと足を踏み入れた。
ジンは終始、文句ばかり呟いていた。
要塞の内部は、何の物質で出来ているかは解らなかったが、そこ等中、機械だらけだった。
兵士が手を翳せば開くドアもあったし、自動で開くドアもあった。少年にとっては、甲板の時と同じ位、新鮮だった。
兵士は一つのドアの前で立ち止まった。
「お連れしました!!」
「…入れなさい」
ドアの向こうから聞こえてきたのは、張りのある、女性の声だった。
兵士は、手を翳し、中に入った。少年達は、後に続いた。手足はいたって自由である。その代わり、沢山の兵士が、剣を向けていた。
部屋に入ると、一人の女性が、ゆったりとした、背凭れ付きの椅子に座っていた。ロングヘアで、後ろ髪を結んでいた。さらに、海のような青の目。そして、隠し切れない、怒り。
「…座りなさい」
女性は少年達を座るよう、促した。
少年達には、あの女性が座ってるのと同じ位、座り心地が良さそうな椅子が用意されていた。
ジンは真っ先に、躊躇い無く座った。
その後で少年が座り、最後船長が、おどおどと座った。
「…なぜ連行されたのか解りますね?」
「ヌシ殺しだろ。どうせ」
ジンは然程興味無さそうに言い返した。
女性は、兵士達に、部屋を出るよう、命じた。
「ヌシ殺しは大罪です」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 船長はヌシに仲間を殺されたんですよ!?」
女性は少年を睨みつけた。怒りを含んだ青で。
「黙りなさい。その海峡を通る方が、悪いのです」
「で、、、でも、い、いまま」
「今までヌシが人を食う事は無かったってよ」
ジンは、びくびくしている船長の変わりに、反論した。
「それでも、です」
女性は有無を言わさない口調で納めた。
「くだらん」
ジンは鼻で笑った。
直後、女性は机を、ドン、と叩いた。
その目には、涙。
「…許さない」
常人には聞き取れないほど小さな声だが、少年の耳にははっきりと聞こえた。
「なぜそんなに、ヌシに肩入れするんだ」
「貴方達は…あのコの事を何一つ解っていない!!」
あのコ?何でそんな風な呼び方するんだ?

意味するものは


第四話 激戦の水上要塞


海峡のヌシはもう居ない。僕達が、尊き生命を奪ってしまったから…
この要塞で出会った女性は何でヌシをあのコと呼ぶんだろう…
あの女の人は、とても悲しんでいた。
僕の旅は今のままで良いんだろうか?


「あのコ…?」
船長は恐る恐る繰り返した。
「あんたは、ヌシの何なんだ…?」
女性は、下を向いてしまった。
「私は…」
そこで声が途絶えた。
直後、女性は、少年達を睨んだ。先程の美しい顔立ちは、憎しみに塗り潰されてしまっていた。
「私は…ヌシの姉だ」
先刻の声とは、まるで違う、憎しみの篭った声が響いた。口調も、すっかり変わってしまった。
「あ、姉!?」
驚く船長を、ジンが静止させた。
「あんたは竜か?」
「ええ、そうよ。アンタ達が殺した竜、カークの姉よ!!」
その言葉は、少年の心を粉々にした。
僕は、他人の家族を奪った…?
ジンは、腹に仕込んでいた小型のナイフを、取り出した。
「弟の元へ行きな!」
「やめてくれ!!」
少年は、ジンを制止させた。
ジンは驚いたような顔をした。いや、本当に驚いたのだろう。
「あいつはお前の敵だろ!?」
「もう…やめてくれよ…」
「俺は…記憶を奪われた。でも…俺は、俺はあの人の家族を奪った…」
涙が、涙腺から注がれる。涙は、頬を伝い、床に落ちた。
少年は、女性に跪いた。
「…ごめんなさい…あなたの、大切な人を奪って…」
女性は物音一つ立てずに、少年を凝視していた。
「…入りなさい。エルフィン」
その声と共に、金髪の兵士が部屋に入ってきた。
「この者達を電子牢に入れなさい」
「畏まりました。クルックノット様」
それだけ言うと、また何人かの兵士が現れた。
少年達は、機械性の牢屋に入れられた。
「無駄な抵抗はしないほうが身のためだ」
エルフィンと呼ばれた男は、そう言い捨てて牢屋を去った。
暫くして、ジンが口を開いた。
「もう、いいのか?」
「え?」
「お前の、記憶の事だ」
少年は俯いた。
「記憶は…取り戻したい。だけど…俺は、あの人の家族を…奪ったんだ。一生を…奪ったんだ…」
「もともと、お前の敵だったならいいだろ」
少年は沈黙した。
「ここで、旅をやめちまうのか?」
「…やめる…他の命を奪ってまで…俺は自分を優先できない…」
ジンは考えに耽った。
「…お前との旅は…もう終わりだ」
「…ああ」
船長は二人の顔を交互に見つめ、困惑した様子で二人に尋ねた。
「に、逃げ出せんかね?」
「無理だろ。この要塞の防護は完璧だ」
ジンは溜息をついた。
直後、床が大きく揺れた。少年は驚き、飛び上がった。
「な、何だ!?」
「船が揺れてる。この揺れは…」
言った瞬間、二発目の揺れが三人を襲った。
「もしや…砲弾!?」
船長は、確信したように大声で言った。
船の中に、けたたましいサイレンが響いた。
「西方に戦艦在り! 船員は各ブロックの砲台に急行! Cブロック、砲台破損! Cブロック船員はB、A、Dブロックへ!」
船内に、緊急指令が響いた。勿論、少年達の耳にも入った。
目の前を、何人もの兵士が通り過ぎていった。
「おい! 牢を開けろ!!」
ジンは叫んだが、誰一人として聞き入れようとはしない。
苛ついて、ジンは通り過ぎようとする兵士の一人の胸倉を掴んだ。
「牢を開けろ!!」
兵士は困ったような顔をして見せた。
「い、急いでるんだ! 離せ!」
「お前の手を翳せば開くんだろ!!! 早く翳せ!!」
「し、しかし、勝手な行動は…」
「黙れ!!!!」
ジンは有無を言わさない態度で命令した。兵士はびくびくしながら、素早く手を翳した。すると、先程まで少年達を閉じ込めていた、堅固な牢屋が消えるように、無くなった。
ジンは真っ先に左の方向に飛んでいってしまった。
少年は、遅れずに付いて行こうとしたが。
「そうか…もう、旅は終わったんだ…」
踏み止まった。船長は、少年を右の方向へと促した。
「多分こっちにわしの船がある」
少年は半信半疑で付いて行った。
「ホントに分かるの?」
「わしをなめるなよ。元海上軍隊のエリートだ」
船長は自慢げに言った。
程なくして、二人は空の下に出た。其処には、船長の船があった。
「あった!」
と、始めは喜んだのだが、その歓喜も消え去った。
なぜなら、そこが砲台だったからだ。
「普通砲台はもっと高いところにあるのだが…」
船長は首を傾げた。
少年は、船長の手を引き、一気に船へと駆け出した。
絶対に見つかると思ったが、案外容易く船まで行けた。
「直に出航しよう」
船長はそう言って、船長室へ足を向けた。
「まってくれ…俺は…ジンを呼んでくる」
船長は微笑み、親指を立てた。
少年はわき目も振らず、駆け出した、が。
「待て!」
兵士の一人が立ち塞がった。
金髪の髪。紛れも無く、エルフィンだった。
「どうやって抜け出したかは不問にしよう。しかし、これ以上この要塞で勝手な事はさせない!」
「…俺は…ジンを、仲間を連れ戻すんだ。要塞を壊したりしない。だから、其処を通してくれ」
少年は頭を下げた。
「…私も同行しよう」
「え?」
「お前一人では、何を仕出かすか分からん」
「彼が何処へ行ったか分かるか?」
エルフィンは走りながら聞いた。
「確か…牢屋の左側だった」
エルフィンは突如、足を速めた。
「ど、どうしたんだ!?」
「…彼の向かった先には、クルックノット様がいる」
驚愕した。という事は…
少年は全速力でエルフィンに付いて行った。
遂に、クルックノットの部屋についた。
部屋は開け放たれ、兵士が倒れていた。そこに、ジンとクルックノットは居なかった。
エルフィンは倒れている兵士達の一人に詰め寄った。
「おい! おい、聞こえるか! クルックノット様はどうした!!」
「…敵船に乗り込むと言って…出て行かれた…あの男と一緒に…」
あの男、それはジン。
エルフィンは何も言わずに部屋から飛び出した。
「あ、待てよ」
少年も走り出した。エルフィンの後を追って。
「何処行くんだよ」
「発着場だ。そこには小動力船がある」
まさか…
「敵船に行くのか!?」
「当たり前だ。そこには、傷つけてはならない人がいる!」
そう、クルックノット。
発着場には直着いた。
エルフィンは先に乗り込み、操縦の準備をした。
その後で、少年は乗り込んだ。小型の動力船が、白波を切り、敵船へと進んでゆく。
運良く、敵船はこちらに気付いていない。
敵船も、鉄製だった。木製はもう廃れてしまったのだろうか。
二人は、動力船を止め、敵船に乗り込んだ。
クルックノットの要塞と同じく、中も鉄製だった。唯一つ違うのは、要塞ほどの大量の機器が無いという事である。
「船長室に向かおう。恐らく、其処にいる」
いる。と言うのは、クルックノットに対して使われたもので、ジンには向けられていないのだろう。エルフィンにとっては、ジンも、この戦艦の人間も、同じ敵なのだ。
少年は何も言わず、エルフィンに付いて行った。
「思ったより広いな…」
「如何する?」
エルフィンは、検討も付かない、という顔をした。
「上だ!」
少年は駆け出した。エルフィンは呆気に取られたが、直に駆け出した。
「待て!! お前ら何者だ!!」
見つかってしまった。こうなっては戦うしかない。
そう思った瞬間にはもうエルフィンが剣の柄で船員を気絶させていた。一応、少年も小刀を持っていたのだが、使うときを与えなかった。
「何人もの船員に会ったら終わりだぞ」
「分かってる」
少年とエルフィンは更に進んでいった。
「…分かれ道だ」
どっちに行こう?
「よし! 右だ!」
そう言った瞬間。なんて運が無いんだ。
五人の船員に見つかってしまった。
「戦うしかないな…」
流石の二人でも五体一となれば勝ち目は無かった。
ロープでぐるぐる巻きにされてしまった。
「お前らは牢屋行きだ!!」
少年とエルフィンは、部屋をそのまま牢屋に改造した所に放り込まれた。
自分達の他に、もう一人この牢獄に拘留されているらしき人物が居た。
髭を綺麗に整えた、老人である。その瞳は、騒乱の全盛期を想像させる。
そんな老人を尻目に、エルフィンは一人で脱走のシナリオを練っていた。
「如何すれば此処を抜けられる…」
答えるかのように、老人はエルフィンに目を向けた。
「貴公達、牢から抜けたいと見える…」
「ええ、そうですが?」
「我が名、ガデュウ。ここは一つ、手を組まんか?」
数分後、二人は屋上へ駈けていた。老人は合鍵のようなものを持っており、何時でも抜け出せたのだが、時が来るまで使わなかったらしい。
老人が命令した事は一つ、屋上で、この船の長と対峙している女性、つまりクルックノットを止めるだけでいいらしい。
程なくして、二人は屋上に着いた。
其処には、見た事も無い、髪の長い男と、もう一人、知らない男。さらに、クルックノットとジンが居た。
両者睨み合っている。よかった。まだ戦いは始っていない。
「クルックノット様!!」
「エルフィン!?」
クルックノットは多少困惑した様子だった。
ジンも少年に気付いた。
「…ジン…」
「何だ。辛気臭そうな顔しやがって」
少年は思い切って言った。
「俺…旅はやめない…でも、竜も殺さない…他の命を奪うぐらいなら、説得して、記憶を返してもらう!」
「…思い切ったじゃねぇか…ま、お前らしいか」
ジンは微笑した。
直後、髪の長い男が、家来らしきもう一人の男に、何か耳打ちした。
家来は小さく頷いて、少年の方を向いた。
「クルックノット…その少年が因子なのだよ。つまりお前は最優先すべき公約を軽んじたのだ」
何を言っているのか全く分からなかった。
「知らないよ。第一、私はアンタ達と一緒の者じゃない」
「フン、体で味合わせてやろう。どれだけ自分が愚かだったかを」
「行け」
家来は剣を片手に、クルックノットに向かっていった。
「御守りします!」
エルフィンの剣と家来の剣がぶつかり合う。
決着は直についた。エルフィンの剣が家来の腹を射貫いたのだ。家来は呻き、倒れこんだ。
「使えん…」
「其処までよ! イクスノイド!」
クルックノットの剣が、何時の間にか髪の長い男の喉元を捕らえていた。
「ハハハ、分かった。降参だ。しかし…人間としてだがな!!」
イクスノイドの体が変貌する。翼が生え、体躯は巨大化し、顔は爬虫類に…そう、ニオンの時と同じだ。ただ一つ、違ったのは、体が氷で出来ている事だ。
イクスノイドは、竜だ。
「竜約を死守出来なかった貴様の負けだ!!」
イクスノイドは凍てつく、吹雪を吐いた。
船のそこ等中が凍りついていく。
異常が起きたのは、少年が寒気に耐えられなくなった時だった。
氷は溶け、辺りは異様な熱気に満ちている。
「何が…起こった…?」
「とうとう禁を破ったな。イクスノイド」
上空から、綺麗に整えられた髭を垂らした老人が舞い降りた。
「我が名、ガデュウ。破禁者に罰を下す者」



ガデュウ…まるで救世主の如く舞い降りた老人。彼も、また、僕の記憶の一端を知る竜の一匹なのだろうか。ならば、知りたい。僕の、過去を…
それがどんな物でも、受け止める覚悟はある…


2006-08-28 02:35:40公開 / 作者:鷹雪
■この作品の著作権は鷹雪さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めまして、鷹雪と申します。何年かかけて個人的に製作した小説を投稿しようと思いました。きっかけはClanさんの小説です。Clanさんの小説を読んで、投稿する勇気が湧きました。どうもありがとうございます。
実はこの小説、パワーポイントを使って作成したんです。主人公の立場になって読み進められる方式だったんですけど、このままじゃ無理そうなので一つのストーリーにしました。
もしよかったら感想、意見をください。よろしくお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
> 2.登竜門では複数のHNを用い投稿する事を禁止しています(自演とか)。見つけ次第問答無用で公開します。
> 鷹雪 虚無の旅 125.214.159.61
> Clan 貸屋 125.214.159.61
知り合い同士で『きっかけは…』とかいう自作自演はやめようね。
2006-08-28 02:41:46【☆☆☆☆☆】。。。
計:0点
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