『宇宙と大地の間で愛を叫ぶ』作者:豆腐 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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俺が宇宙飛行士になったのは、親父がそうだったからだ。
 俺がまだガキの頃、親父はよく肩車をしてくれた。そして、嬉しそうに笑いながら、仕事仲間のことや、親父が携わってきた仕事について語った。何度も、何度も。家からそう遠くない公園、二人で真っ青な空を眺めながら。
「宇宙はいいぜ。おっかねぇがな」
 それが、親父の口癖。『おっかねぇ』なんて言ってはいても、その言葉を口に出すときはいつだって笑っていた。
「初めて泳いだときはよ、やばかったね。マジでションベンちびりそうだったぜ。真っ黒なのがよ、目の前にずーっと広がっててもう、全身鳥肌モンよ。今にも食われちまいそうで半べそだったんだぜ、この親父サマがよ。地上(した)で見るほど星は明るくねぇし、ホント、停電になっちまった真夜中ってぇ感じよ」
 だけど――。
「だけどよ、その真っ暗な海によ、ぷかぁんと浮かんでんのよ。ぴかぴか光ってて、でっけぇのがよォ。青くて、でっかくて、ホント、綺麗でよ。……ああ、あそこっから俺ァ、ここまで来たんだな。そう思うとよ、まァた、泣けてくんだよ。感動で、こう、なんつーかなぁ、胸が一杯になっちまってよォ……」
 そう言って、鼻をすすり、目を擦る。
「親父ー、泣いてんのかー?」
「ぶ、ぶぁッきゃろい! 泣くわけねーだろ!?」
「ははッ、涙声で何言ってんだー」
「う、うぅぅぅるッッせい! テメー、生意気ばっか言ってっと、晩飯抜きだぞ、コラァ!」
「おまわりさーん、僕虐待されそーでーす」
「テメッ、どこでそんな知恵つけやがった? 洒落ンなんねーぞ……って、うおい! いきなり来たぞ、警官! 何張り切ってんだよ、公務員!」
「ははッ、逃げろ、逃げろー。捕まったらブタ箱行きだぞー」

 キャッチボールもするし、車の自慢だってする。抜け毛に悩みもすれば、マイホームのローンに頭を抱えることもある。フツーの親父さ。今時宇宙飛行士なんてそう珍しくもないからな。
 だけどさ、馬鹿みたいに何度も、何度も。ガキみたいに目を輝かせて、何度も、何度も。宇宙の話をするんだぜ? そんな親父がいて、頭ン中で親父が見てきた宇宙を想像しながら毎日毎日そんな話を聞いてりゃよ、フツー思うだろ? 俺もそうなりてぇ……ってよ。
 テレビや本やゲームの、ファンタジーやSFはいらなかった。親父さえいれば、もっともっと最高な話を聞ける。しかも、ソレはフィクションなんかじゃない、リアルなんだぜ? 手を伸ばしても届かない幻想や、まだまだ遠い世界のアンドロイドなんてメじゃない。俺も、親父と同じ場所へ行ける。そう思うたびにブツブツ出てくる腕の鳥肌感じながら、目指してきたんだ。
 宇宙飛行士ってヤツを。

 

 そんで、念願かなって俺が宇宙飛行士になれたその日。
 親父は、死んだ。
 
 外ではざぁざぁと、雨が降っていたよ。
 ガッコーから親父がいる家まですっ飛んでいったね。親父にピカピカのライセンスを自慢してやりたかったからさ。俺はさ、そん時、親父が死ぬなんて思ってもみなかった。寧ろ逆にさ、俺のライセンス見てさ、『息子にゃ、負けてらんねぇ! 俺ももっかい行くぞ!」なんて言い出すと思ってたんだよ。
 ガッコーは、家からだとかなりの距離がある。だから、俺は寮生活ってヤツだった。それで家には全然よりつかねぇで、勉強ばっかやってたんだ。だからよ、気付けなかった。
 親父が――、親父の身体が、ボロボロだったってことに。
 大した役者さ。医者にはよ、俺が十になるまでもたねぇって言われてたんだと。ははッ、俺がライセンス取ったのは二十ンときなんだぜ? 十年もよ、ボロボロの身体引き摺ってよ、必死ンなって激痛に耐えてたんだ。たまに帰ったときはよ、「親父サマ恋しさに帰ってくるようじゃ、いつまでたっても宇宙(うえ)にゃぁ、いけねぇよ」なんて言ってくれてよ。そのまんまガッコーまでトンボ帰りしたこともあった。電話かけた時だってよ、「静かで快適だから、もう一生帰ってこなくていーぜ」なんて言いやがる。
 ……きづかねーよ。
 そんな嫌がらせにしか見えないことが全部、俺が気兼ねなく勉強するために親父が必死こいて芝居してくれてたなんてよ。
「よぅ。ひさしぶりだなぁ、オイ」    
 ベッドの上で笑う親父は、骨と皮だけって感じで。
「どれ、見せてみろよ、ライセンス。試験じゃ大方、カンニングかヤマが当たったんだろ?」
 そのくせ、態度はいつもの親父と変わりゃしねぇ。
「ははッ、そりゃ親父のこったろ? それによ、『実技さえできてりゃ、後はなんとかなる』ってのが親父の持論だったじゃねぇか」
「はっは……。違いねぇ」
 ――だったら。
 だったらよ、親父がいつも通りに振舞ってんなら、それは、俺にもそうしろっていう意味なんだよな?
 そうだよな。今にもくたばりそうな親父に抱きついて、『ああ、お父さん! 今までありがとうございます!』なんてアホ臭くてやってらんねぇやな。
「うおッ、なんだよ、最近のライセンスってこんなカッケーのかよ? 俺ンなんて、ねぇと仕事ができねぇから、仕方なく持ってる、ってくらいダッセーのによ。ふーん、形はおんなじか。カード形ライセンス。ははッ、こういうトコは変わらねぇのなァ」
「ああ、あの酒臭いライセンスな。でもよ、俺には親父のとそんな変わんねーように見えんだけど?」
 元気そうな声だけど、喋るたびに咳は出るわ、むせるわでさ。正直……、見てられねぇって思ってたよ。そん時さ、落ちたんだよ、親父の手から、俺のライセンスが。
 おいおい、なくさねーでくれよ、なんて言いながら落ちたライセンスを拾うとさ。親父がさ、手ぇ、ばたばたさせてんだ。苦しいのか、って思って急いで近寄るとよ。ワリィ、どこいっちまったかな? なんて言ってよ、床に手ぇつけて、ばたばた、ばたばた、ってやってんのさ。探してたんだよ、落っことした俺のライセンスをよ。俺が目の前で拾ったはずの、俺のライセンスをよ。
 何だよ、馬鹿野郎。
 目ぇ、見えてねぇのかよ……。
 見えてもねぇのによ、カッケーなんて言ってんじゃねぇよ……。いつまでも、いつまでもよぉ……。それこそ十年以上も、そんなんなるまで無理してんじゃねーよ。

 宇宙病ってヤツだった。
 俺にはよくわかんねぇ、放射線だか何だかがよ、身体ン中入り込んで、片っ端からぐちゃぐちゃにしてくんだと。そんでもって治る見込みはゼロ。無茶苦茶強ぇクスリ使っても、痛みは治まらねぇ。そのあまりにも酷い症状によ、全世界的に認められてんのさ。宇宙病にかかっちまった患者は、本人が望みさえすりゃ、安楽死させてもらえるってよ。
 親父は、耐えてたんだ。
 ろくに変わりゃしねぇけど、それでもちったぁマシだからって、クスリ打ちながらよ。死にたくなっちまうような痛みをずっと、ずっと。クスリの副作用で、目ぇ見えなくなっても使うのやめねーで、十年も苦しみ続けたんだ。

「親父よぅ……」
 それ以上は、無理だったよ。耐えられなかった。いつも通りになんて、振舞えなかった。
 親父譲りの不細工なツラをよ、涙でぐしゃぐしゃにしながらよ、聞いちまったのさ。
「身体、痛くねぇのかよ、宇宙病なんだろ? もう死にそうなんだろ? なんで、そんなんなるまで耐えられんだよ……」
「……痛ぇさ、大声でわんわん泣き叫びてぇくらい、痛ぇよ」
「だったら! 泣けよ! わめけよ! 辛ぇだろ? それ……。痛ぇの我慢して、痛くねぇなんて無理してよぉ……。何で言わねぇんだよ? 何でそんな意地はってんだよ? 医者の前とかだったら、まだわかるよ。ダセェところ見せたくねぇって、俺だって思うよ。だけどよ、だけどよォ! 自分の息子の前でくらい、我慢しなくたっていいだろうが! 何でそんな、他人行儀なんだよ!」
 久々だった。あんなに泣いたのはよ。俺は、言って欲しかったよ、辛いってよ。痛いってよ。他の誰の前で意地張ってもいいからよ、俺の前にいる時くらい、弱ェところも見せて欲しかったよ。今まで散々、世話ンなったんだ。少しくらい恩を返してやりたかった。すぐにぽっきりいっちまいそうな貧弱なモンでもよ、親父の支えになりたかったんだよ。
 だけど、そんな俺に向かって、親父は一言、言ったのさ。
 馬鹿野郎……ってな。
「逆なんだよ、馬鹿。医者の前で我慢なんかするかよ……。昨日だって、一昨日だって、散々叫んでやったさ。痛ぇぞ、馬鹿野郎。なんとかしろよ、ヤブ医者ってな。泣いて、泣いて、涙枯らして。叫んで、わめいて、喉も潰した。鼻水だってだらだら垂らしたさ」
 ベッドからしわくちゃの腕が伸びてきた。俺の声を頼りに動かしているのだろう。動く方向が定まらず、ゆらゆらと揺れている。俺はその手を、ぎゅっ、と両手で握った。
「……それでもよ。死にたいくらい痛くてもよ。俺ァ、お前のいるところじゃ、泣かねぇのよ」
「何で、泣かねぇのさ?」
「当ッたり前だろうが……。俺はよ、こんなぼろぼろンなってもよ、やつれてもよ。死神に首根っこ引っ掴まれてもよ。俺ァ……、お前の親父なんだぜ?」
 親父の手が、そっと、俺の手を握り返してきた。それが嘘みてぇに力強くてよ、死にそうなのは親父の方なのによ、俺の方が励まされたって感じだったんだ。
「格好、つけてぇじゃねぇか……。他の奴らにはよ、みっともねぇジジイでいい。クソ喧しい、くたばりぞこないの患者でいい。……でもよ、俺ァよ、お前にとってはよ、死ぬまで格好いい親父でいたかったんだよ」
 親父の目から涙が流れた。一粒だけ、すぅっと。流れ星みたいだって思ったのを、今でも覚えてるよ。
「……いるわけねぇよ。ウチの親父より格好いい親父なんてよ。そんなヤツ、いやしねぇよ」
「そうかい……。そんじゃぁ、胸張って会えるなぁ。先に逝っちまったお前のお袋にもよぅ……」
「おう、バンバンに張ってやれ。お袋、きっと惚れ直すぜ」
 二人して笑ったよ。腹の底から、思いっきりな。ひとしきり笑ってから、親父が思い出したように言ったんだ。
「……おう、聞け。親父サマからの遺言だ」



「それで、お義父さまは何ておっしゃったんですか?」
 モニタの向こうにいる俺の嫁サンが聞いてきた。
「ははッ。それがよ……っと、悪ぃな、ちょいと待ってくれ」
 モニタの向こうには見えないように、咳をする。なんだか暑ィな。
 ……ああ、なんだよ、もうこの部屋まで火ィ、入ってきてるじゃねぇか。閻魔サマもケチくせぇな、最後の別れくらいのんびりさせてくれてもいいだろうによ。

 
 親父が死んでから、俺は宇宙飛行士として頑張ってきた。
 親父の仲間だったベテラン連中にしごかれ、経験を積んでいった。最新の船にも乗ったし、今にも沈みそうなオンボロにも乗った。太陽系の外側で死にそうになって、月でのんびり給料泥棒もした。やっぱり、宇宙はすげぇ。ガキに戻ったみたいにはしゃぎまくっては、「親父にそっくりだ」と笑われもした。
 時間が流れ、親父の仲間たちが一足先に親父ンところに逝ったくらいの時、嫁サンと会って、結婚した。今は、腹ン中にガキができた嫁サンを地上(した)に残して一人、地球のすぐ側にステーションをえっちらおっちらと建設中さ。
 嫁サンとは、「俺らがコイツを造るのが先か、嫁サンが俺らのガキを産むのが先か勝負だぜ」なんて言ってたよ。
 だけどよ、ああ、畜生!
 なんだってこんな風になっちまうのかねぇ……。
 俺のお勤め先の、建築中ステーションで事故が発生しやがった。しかも、そのヤバさは桁外れ。このまま最悪の事態が起きればよ、人類史上にもでかでかと載るくらいの大惨事ときたもんだ。
 学者サマの設計ミスか、それともテロか。
 ステーションが地球に向けて落下を始めやがった。
 対応は早かったね。すぐに指示が来た。
 ま、簡単に言っちまえば、ステーションをバラバラにしてどうにかしちまおう、ってこった。
 ステーションは九割方できあがってる。このまま落ちていっても大気摩擦で少しは小さくなるだろうが、人間にしてみても、地球の生態系にしても、大打撃は避けられない。そこで、一個のステーションを何百個ものパーツに解体して大気摩擦で燃やしちまうって魂胆さ。
 勿論、人間サマも馬鹿じゃあない。こういった事態も想定してあるさ。メインコンピュータをぱぱっとイジって、ハイ、解体完了、くらいのプログラムは仕組まれてある。
 だけど、所詮人間。神サマみたいに万能ってわけにはいかない。
 ここにきてプログラムに異常発生。一箇所だけ、応答しない区画がでてきやがった。
 そして、悲しいかな、そこは俺が担当する区画。一応、十数年もこの仕事を続けてたわけだから、俺はその区画の責任者を任せられていた。そいでもってメインコンピュータからの命令は受け付けないが、そこの区画まで行けば、なんとか解体できるらしい。
 ――だけど。
 ははッ……、お約束だけどよ、助からないってよ。
 畜生。
 二週間くらい前になるのかな。嫁サンから連絡があったんだ。「あの勝負は私の勝ちです」ってよ。写真が送られてきて、そこにサルみてぇな顔したガキがよ、嫁サンの隣にいたんだよ。
 畜生……。
 必死ンなって、名前考えて、仲間と馬鹿みてぇに騒いだ。
 畜生、畜生、畜生……!
 ガキの頃の俺の夢は、親父みてぇな宇宙飛行士になることだった。
 そんで、嫁サンができて、ガキが生まれてからはよ。
 親父みてぇな親父になることが、俺の夢になったんだ――。
 ……ああ、そうだ。
 なるって、決めちまったんだよ。格好いい親父になるってよ。だから、行かねぇわけにはいかねぇよ。あの区画は、俺の区画だ。責任者の俺がいかなくて、誰が行くってぇんだ。
 解体は、無事終ったよ。途中、爆発が何回か起きて、ここ以外は火の海さ。……なぁにが、解体だってんだ。こういうのはよ、自爆っていうんだぜ。馬ッ鹿野郎。
 まァ、いいさ……。最高の冥途の土産ってヤツをくれたんだからな。
 モニタの向こうは、地上(した)のどっか――アメリカあたりだったかな――にある基地と、繋がってる。そこにウチの嫁サンとガキを連れてきてくれたのさ。これが最後だってのによ、ウチの嫁サンはすげぇんだぜ。いつもとおんなじ、綺麗な顔してよ、こっちを見てる。女は男なんかよりずっと強ぇ、って話を聞いたことがあるがよ、ホント、その通りみてぇだな。俺なんてなっさけねぇことに膝は笑うは、もう涙が出てきて、溢れてきて、しょうがねぇ。
 ホント、嫁サンは凄ぇよ……。
 勿論、必死ンなって取り乱さないようにしてる、っていうのは知ってるさ。嫁サンが取り乱しちまったら、腕ン中のガキにも不安が移る。そんで、怯えたガキがすることは一つ。ぎゃんぎゃんと泣きわめくことさ。悲しみってヤツはどうにもこうにも厄介で、風邪みたいに、ひょいひょいっと他のヤツにまで移っちまう。俺も嫁サンもガキも、皆泣いちまったら、最後の思い出がよ、湿っぽいのになっちまう。
 そうならないように、嫁サンは一生懸命堪えてるのさ。……格好いいぜ、嫁サン。
 そして、嫁サンは言ったんだ。「あなたと、お義父さまのことを、この子に聞かせてあげて」ってよ。
 おうともよ、教えてやらァ。
 お前の親父と、親父の親父の話をよ。

 ああ、煙い煙い。煙いったらねぇぜ、畜生。
「げほっ、げほ、げほっ……っと、悪いな。あぁ、と、どこまで話したんだっけ?」
「お義父さまからの遺言をお聞きになるところですよ」
 おう、そうだ、そうだ、そうだった。
「ははッ、それがよ……。親父のヤツ、最後の最後でこう言ったのさ。もしも惚れた女に結婚を申し込む時にはよ、『世界で一番アナタが好き』なんて言うんじゃねぇぞ……だとさ」
 まぁ、と嫁サンは目を丸くした。
「嫁サンも、何言ってんだよって思うだろ?」
「ふふ、では、あなたはお義父さまの遺言を破ってしまったのですね?」
「しょうがねぇさ。俺ァ、世界で一番嫁サンのことが好きなんだからよ」
 嬉しいです、と嫁サンは言った。
 その時、モニタの向こう、嫁サンの腕の中で、ガキが動いた。あの野郎、ようやく起きやがったか。まったく、最後の最後だってのに、俺の話を聞かずにぐーすか寝やがってよ。ま、ガキなんて食って、寝て、泣いてナンボだからなァ。
「おう、ガキ。こっち向け。顔、見せろや」
 嫁サンがガキをモニタに映るように動いてくれて、モニタ一面にガキの顔が出てくる。……ははッ、ちっちぇえなァ、コイツ。ガキはモニタに映る俺を、しげしげと眺めている。
「おッ、俺のツラ見て泣かねぇとはよ。いい度胸してるぜ、お前。よーし、聞け。似るんなら嫁サンに似ろよ。外も中身も、ついでに頭ン中も。嫁サンに似ていけば間違いねぇからな」
 こつこつと、モニタを指で叩くと、俺の指を掴もうと手を伸ばしてくる。俺の指と、ガキの掌が、モニタ越しに触れる。触れたモニタは、当然のように無機質で冷たい。
 それが、どうしようもなく、やるせなかった……。
「おう……、息子よぅ。お前、いい手してるぜ。でっかくて、……あったけぇ。ははッ、俺や、俺の親父の手とおんなじよォ。なぁ、おい。男前に、育つんだぜ」
 その時、嫁サンが、息子の身体に顔を埋めた。……嗚咽が、聞こえる。嫁サンの変化がわかるのか、息子もまた、不安そうな顔になっていった。多分、泣いちまうんだろうなァ。俺は、そう思って疑わなかったよ。
 だけどよ、違ったんだ。
 息子はもぞもぞと嫁サンの腕の中で動き、俺に背を向け、嫁サンの方を向いた。
 そして、その、小さな手で――
 嫁サンの頭を撫でたんだ。
「……ははッ」
 凄ぇよ。
「あっはははははッ!」
 俺の家族は、本当に凄ぇよ。
 親父も、嫁サンも、息子も――。
 そして、はっとした。
 はっとして、そのことに気付いて、叫んだ。
「いいぜ! 息子、その調子だ! お前が守ってくんだぜ、お前の母ちゃんをよォッ」
 一際でっけぇ爆発がして、もう時間がないことを知る。
 ああ、ぎりぎりだったけどよォ、やっとわかったぜ……。
「よぉ、嫁サン。聞こえるかい?」
「……はい、……はい。聞こえます」
 最後まで、眼は閉じねぇぞ。焼きつけるんだ、この二人のことをよ。
「ウチの親父はよォ、やっぱ凄ぇや。……いや、どこの家でもよ、親父ってのはそういうモンなのかもなぁ」
 大きく、揺れる室内。
「遺言の意味がよォ……、今、ようやくわかったよ。嫁サン、一番ってのはさ、本ッ当に一つだけなんだ。他のどれとも並ばねぇ、たった一つだけ」
 大人しく言うこと聞ィときゃよかったよ、そう言って、頭を掻いて笑った。
「ごめんな、嫁サン、俺が嫁サンに言ったアレよ、嘘みてぇなんだ。世界で一番嫁サンが好きだ、ってやつ」
 嫁サンをじっと眺めてた息子が、振り返り、こっちを見る。俺は笑ったまま、モニタに手を伸ばした。息子も、そうする。再び、モニタ越しに触れる手と手。
 畜生……、この手で抱いてやりたかったなァ。
「嫁サンは、一番じゃねぇよ。首位タイってヤツなんだ。一番なんて、無理さ」
 知らず、泣いていた。親父みたいに一粒だけじゃなく、ぼろぼろ、ぼろぼろと。号泣しちまったよ。
 随分とへんてこな遺言を聞いて、俺は親父になんだよ、そりゃ、と聞いた。
 ――そのうちわかるさ、嫁サンと同じくらい好きで好きでたまらねぇモンができちまうのさ。
 親父は嬉しそうに笑いながら言った。
 俺は、その好きで好きでたまらないものってのは、きっと宇宙のことなんだと思ってた。
 だけど、違ったんだな。
 ――子供(おれ)のことだったんだよな、親父。
 違いねぇよ、親父。
 俺も親父になって、そんで、息子の顔見てやっとわかったよ。
「だって、そうだろ? もうよ、コイツがいるんだぜ? 俺と嫁サンの息子がよ。……嫁サンのことは好きだ。だけどよ、一番じゃねぇんだ。無理に、決まってる。俺ァよ、嫁サンと同じくらい、コイツのことが、好きで好きでしょうがねぇんだよ!」
 愛さずには、いられない。
 叫んだよ。
 好きだと、会いたいと、抱きたいと。
 愛しいと、遊んでやりたいと、肩車をしてやりてぇと。
 そんで、嫁サンが俺を呼んで、我慢強かった息子も、ついに泣いちまって……。
 俺ァよ、モニタを抱きしめたんだ。
 抱きしめながら、強く、叫んだよ。
「嫁サン、息子! ……俺の遺言だ、聞いてくれ」
 親父と俺が大好きだった宇宙と、
 俺の、大好きな二人がいる大地の間で――

 愛してるぜ。
 
 ただ一言、そう呟いたんだ。



 了
2006-08-27 03:31:08公開 / 作者:豆腐
■この作品の著作権は豆腐さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
はじめまして、もしくは、お久しぶりです。
豆腐という名で投稿していた者です。
さて、今回のテーマは「親父」。
地元に帰ると、友達が親父(ここでは父親の意。おっさんくさくなってるのとは違います)になってることがちらほらありましたので、その辺りの親子愛などを少しでも描写できていれば、と思います。
この作品に対する感想 - 昇順
はじめまして無関心ネコです。
僕は親父にはとてつもなく世話になっていて、成長した今になってその偉大さに気付いたっていう時期です。だからこういう話を読むとホント親父ってどこまで親父なんだよと呆れる程尊敬してしまう。
構成も人間性も素晴らしいですね。最初の方に乗れなかったので「うーん」でしたが、最後の盛り上がりは個人的には凄く心動かされました。僕もこういう親父になれるかなぁ……ていうかなろう!
どこまでもただの感想で申し訳ないのですが、ここで失礼させていただきます。次回作も大いに期待しています(o^-')b
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2006-08-27 19:30:14【】無関心ネコ

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