『ある勇者の話』作者:水芭蕉猫 / ِE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 昔々、ずっと昔。まだ世界を魔王が支配していた戦乱の世界。
 そんな世界に一人の勇者が生まれました。何故その子が勇者か解ったかと言うと、世界で一番偉い占い師がそう決めたからです。お母さんもお父さんも大喜びでした。この世界が平和になるし、何より単なる農民夫婦である自分たちの子供がそんな大物だなんて思っても見なかったからです。
 だから勇者は生まれた時から勇者として育てられました。
 それから、いろんな人から「勇者は魔王を倒して世界を平和にしなければならない」といわれて育ちました。
 魔王さえ居なければ、世界は本当は物凄く平和で、皆が仲良く暮らすことが出来て、毎日笑って過ごすことができて、天災も無くいつも美味しいパンやスープを食べることができて、人が過労死するほど働かなくて済むのだと、親兄弟親戚となりのおじさんおばさん果ては村長さんやもっともっと偉い人まで毎日のように勇者に教えました。
 だから勇者は小さいころから、魔王さえ倒せばこの世界はそういう風になるのだと信じて疑いませんでした。
 だから毎日両親の言うことをよく聞いてよく働いて他人の面倒を良く見て自分よりも他人を優先させて人々がよく言っている勇者らしく振舞いました。それから毎日毎日毎日毎日剣術の腕を磨いたり、いつの日か魔王討伐に旅立つ為の草木の知識を深めたり、そういうことをしていました。
 それでもたまには苦痛になって少しでもサボろうものなら、周りから「勇者らしくない」と咎められたので、嫌でも勇者らしく振舞いました。
 そういう風に育って、勇者が思春期も過ぎる頃には、勇者はすっかり人々の思い通りの勇者になりました。優しくて強くてかっこよくて人のお手本になれそうなそんな素晴らしい勇者です。もちろん思考も完璧な勇者で、『いつの日か魔王を倒して世界を平和にする』ということを第一目標にしています。



 そして、そういう風に勇者として育った勇者はついに魔王討伐の旅に出ました。
 そして、幾月か流れた後、勇者は見事に魔王に打ち勝ったと勇者の村に知らせがありました。
 しかし、勇者はその後帰ってきませんでした。
 色々な噂が流れました。それで、結局勇者は魔王と相打ちになったのだろうというふうになりました。
 世界は平和になりました。
 しかし、すぐに終りました。
 この国の国王が、魔王が居なくなったと知ったと同時に隣の国に戦争を仕掛けたからです。
 また世界は平和じゃなくなりました。
 しかも、今度は魔王が居る頃よりも更に酷い有様になっていました。とれた作物の殆どが税に取られ、餓死者が出るほどでした。それから兵士も段々足りなくなって、勇者の居た村からも沢山の人間が国に取られていきました。
 村も国もボロボロのガタガタのズタズタになってしまった時、魔王討伐に旅たっていた勇者が村へ帰ってきました。
 木の根っこを齧ってようやく命を繋いでいた、がりがりにやせ細った勇者の両親が、同じくやせ細った勇者を出迎えました。恐らく、勇者もココ最近何も食べていないのだろうと思います。この辺りにあった食べれそうな草木は全て村の人で食べてしまいましたし、今では痩せた野鼠さえ立派なご馳走です。
「おかえり。よく帰ってきたね」
 勇者の母親は言いました。
「おかえり。お前が帰ってきたらこの村も安泰だな」
 父親が言いました。
「お前の帰りを待っていたんだよ。お前さえ帰って来てくれれば、あとはなんとかなるだろう。なんてったって魔王を倒した勇者だもんな」
 しかし勇者は何も言いませんでした。
旅立つ前はとてもハンサムだった勇者はどこへやらで、薄汚れて痩せこけ薄汚くなった勇者は落ち窪んだ瞳で廃村と化した村の辺りをきょろきょろ見回しまし、そして大声で両親に向かって怒鳴りました。
「うそつき!!!!」
 びっくりした両親は顔を見合わせましたが、勇者はギラギラした目で二人を睨めつけると、勇者はげらげらと笑い出しました。そして村中に国中に天国や地獄にまでも届きそうな声で言いました。
 うそつき! 皆うそつきだ! 平和になるなんて嘘だったんだな! 皆で俺を騙しやがって! うそつき! うそつき! うそつき!!!
 そういう風に勇者は言いながらゲタゲタと笑いました。笑って笑って笑って、ひとしきり笑った後、何か怖いものでも見るようにしている両親に勇者は微笑みかけました。ありったけの笑みでした。
「ただいま。父さん母さん。産んでくれてありがとう」



 その夜のうちに、勇者は家の中で首を吊りました。


 終
2006-08-22 00:07:03公開 / 作者:水芭蕉猫
■この作品の著作権は水芭蕉猫さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めまして。お久しぶりです。水芭蕉猫です。
久しぶりに文を書いた気がします。魔王と勇者の王道ファンタジーが好きで書いてみましたが、何か色々退化してます。妄想と構成が追いつくまで生暖かい目で見てやってくれると嬉しいかと思います。
それから軽くさらりと読む事が出来ればとても嬉しいです。
この作品に対する感想 - 昇順
作品を読ませていただきました。お久しぶりです。善が善ならず、正義が正義ならずと言った展開は好きですが、簡潔に書きすぎているので物足りなく感じています。文章のテンポの良さ、どんでん返しのような展開と勇者の最後の笑みなど心に残るシーンがあるだけにもったいないな。勇者が見た現実に−−−理念や正義だけでは対処できない人間の醜さ−−−触れて欲しかったですね。
でもこれって魂の救済の物語にも感じられる。勇者の笑みって映画の「リチャード3世」のエンディングのようでいいなぁ。映画のリチャード3世も絶望的な状況の中でもの凄い良い笑みを浮かべて炎の中に身を投じる。勇者もリチャード3世も絶望の中で「死」という魂の救済を求めたんだろうなぁ。
長々と戯れ言失礼しました。では、次回作品を楽しみにしています。
2006-08-22 07:16:57【☆☆☆☆☆】甘木
お久しぶりです。早速拝読させていただきました。これまで水芭蕉猫様が手掛けられてきた作品とは随分イメージの違う文体で仕掛けてこられましたね。童話タッチでいかにもファンタジー然とした前半と、風刺を効かせたダークなトーンの後半、そして、地獄の底のように暗く救いの無いラスト……。これぞショートx2といった物語展開の妙は流石でございます。決して後味の良いラストではありませんが、読後になんとも言えないほど濃く深〜い余韻が残って印象的でした。この重さはやはり水芭蕉猫様らしいかな、と(良い意味でですよ(笑))。膨らませようによってはもっと更に奥の深い物語になったとも思われますが、ショートx2として巧くまとめられた作品であったと思います。それでは、水芭蕉猫様の今後の御作品を楽しみにお待ちしております。乱文失礼致しました。
2006-08-22 13:21:14【☆☆☆☆☆】時貞
 絶対の解体、という構図になっているけれど、それって今日ではもうやりつくされた観があるかなあと。むしろ現代的であるのって、一度は解体された絶対の灰の中から、今一度別の神話を到来させることじゃないか、と作品とぜんぜん違うことを思い浮かべてしまいました。
 敢えて作りこまず、童話風の言葉運びで造形している、その辺りの筆の運び具合が上手い、と思いつつ、この体裁の選択それ自体はどうだろう、もっと別のスタンスで行くべきか否か、と考えましたね。
2006-08-22 18:53:07【☆☆☆☆☆】タカハシジュン
こんにちは。読ませて頂きました。かなり重たい雰囲気の物語でしたね。絵本のように語り掛けて、ピンチの時に勇者が帰ってきて、ああ、これでハッピーエンドなのかな。と思うと、実はそうではない。結局、世界を救ったはずの勇者は絶望の中死んでしまう。そんな哀しい話だったのにびっくりでした。短い内容だけれども、とても想像しやすい描写で読みやすくてよかったです。
次回作も楽しみにしています^^
2006-08-22 18:56:49【☆☆☆☆☆】聖藤斗
 はじめまして、水芭蕉猫様。上野文と申します。
 御作品を拝見しました。
 自分の信じていた正義が、現実の根拠をもたないデタラメだと知ったら、そりゃショックだと思います。
 勇者が純粋過ぎて疑おうとは思わなかったのか、国自体がカルト思想で汚染されてでもいたのか。
 ただ、狂って死ぬくらいなら、「自分の意志で」国を立て直すために戦おうとは思わなかったのでしょうか?
 興味深く、面白かったです。では。
2006-08-22 23:33:48【☆☆☆☆☆】上野文
甘木様>
 お読みいただきありがとう御座います。長い描写が書けない症候群というものがあるというのなら、多分現在進行形でソレになっている可能性があります。久しぶりに書いてみたら不思議で、簡潔というよりもブツ切り状態になってしまいました。元通りに戻るまで少し時間が掛かるかと思います。勇者が見た現実は、ちょこっと入れようとして挫折しました。が、今なら何かかけそうな気がするので何とかなるかもしれません。「リチャード三世」実は結構気になってたりしますが、探そうとしてもすぐ忘れてしまうという阿呆な状態がいつも続いております。感想ありがとう御座いました。

時貞様>
 お久しぶりです感想ありがとう御座います。はいもう私が今までこちらで書いてきたものとはガラリと変わってしまいました。というのも実はちょっと前に民話や童話や絵本や落語を読み漁ってまして、それに感化されてこういう具合になりました。後味は物凄く悪いんじゃないかと思いますが、こういう話もちょっとした理想だったりもします。いえ、もちろん完全な理想ではないんですけれどね。多分、これを膨らませるなり描写を増やすなりしたらもう少し理想に近くなった気がしますが、肺活量が足りませんでした。私らしいというのはとても嬉しいです。ありがとう御座います(笑)

タカハシジュン様>
 お読みいただきありがとう御座います。まさか拙作に感想を頂くとは思っても見ませんでした。えぇと、やりつくされたことが好きだからやったとしか言いようが無いです。あと、絶対の解体というよりは絶対なんて最初から無いのです。だから灰から別の神話を到来させるなんて出来ません。
 体裁に関しては、とりあえず悔いはありません。感想ありがとう御座いました。

聖藤斗様>
お読みくださりありがとう御座います。ありようによってはバカじゃねーの? の一言で済ませることも出来ます。垂直式ハッピーエンドという文字は私の辞書には小さくしか載ってません(笑)でも読みやすいというのは大変嬉しいです。絵本を読んでいるような感覚で読めたりすると嬉しかったりします。感想ありがとう御座いました。
2006-08-22 23:43:38【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
上野文様>
初めまして。水芭蕉 猫と申します。
感想ありがとう御座いました。えぇと、私は勇者じゃないので解りませんが、もしかしたら勇者は狂ってないのかもしれません。
勇者なんかなりたくなかったのかもしれません。
もしかしたら、自分にそういう役目を与えたくせに何の見返りも用意してなかった人間に対して怒ったのかもしれません。
だから、もう一度自分を頼ろうとした都合のいい両親(もしくは国)へのささやかな復讐のつもりで死んだのかもしれません。
あるいは、魔王との戦いで何かあったのかもしれませんし、本当にただ絶望して狂い死んだのかもしれません。
この世に見切りをつけてしまったのかもしれません。
興味深いというお言葉大変嬉しいです。感想ありがとう御座いました。
2006-08-22 23:54:34【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
はじめまして無関心ネコです。
話の筋は好きです。やっぱり王様は裸なんですよね、そうやってビシッと指差す作者さんとは一緒にご飯を食べて小一時間話がしたいくらいです。
ただ、この話には新しい発見がない。既成の話の転換でしかなく、オチもわかってしまう。
普段よく分かっていると思っている事でも深く抉られるとハッとする。後味の悪さは抉った傷の痛みみたいなもの。……とか、そういうのがバットエンドの味だと僕は思います。この話はバットエンドだけが目立って抉りが浅い……ように思います(僕個人の身勝手な感想です……他の考えのかたもたくさんおられるでしょうからたくさんある意見の一つとして聞いて下さい)怒りか驚愕か恐怖か……とにかく強烈な一発が欲しい……かな。どこぞの文学論者は『情報とはいざなうモノでなくてはならない』『既にわかっている既知の情報は読み取り手にとってなんの意味もないクズ情報以外の何物でもない』とか偉そうに言っていましたし(しかしクズはいい過ぎだろ……)、やはり『新たな発見』が無くてはならないと思います。つまりタカハシさんとほぼ同じ意見というわけです。はい。
さて、長々とえっらそうに語ってしまいましたが、文体やつづられる言葉の端々に見受けられるユーモラス、テンポ、それらからはなかなかの才能を感じました。その辺りを次回作にも期待しています。頑張って下さいね(^-^)
2006-08-23 13:53:43【☆☆☆☆☆】無関心ネコ

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