『Iと愛探して』作者:橋本マド / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角21518.5文字
容量43037 bytes
原稿用紙約53.8枚
プロローグ「始まりの惨劇」

 怖かった。全てを無くすのが
 恐かった。全てを亡くすのが
もしもう一度やり直せるなら、私はIを知りたい。
もしもう一度やり直せるなら、私は愛を知りたい。
  この世界に生きる貴方に最後に伝えたい言葉 いつかの約束守って欲しいこと
運命は消えないよ。きっと
      がちゃん

 辺りに電話の切れる音が鳴り響いた。古臭い公衆電話。乱暴に置かれた受話器がぶらんと垂れ下がっている。その目の前に1人の少年が突っ立っていた。表情には焦りが見える。
「あのバカ……」
 つぶやき、ため息をもらす。めんどくさそうに頭をかき小さく舌打ちをした。
……なんでこんなことになったんだよ。悲しそうでそれでいて苛立った顔。少年は複雑な気持ちだった。ため息まじりに電話に背を向けた。
 遠くで子供達の声が聞こえる。心が昔を懐かしんでいた。あの頃のことを。
「今更考えてどうすんだよ」
 がん、とアスファルトの地面を叩きつけた。足に痛みがはしる。その足で少年は駆け出した。昔、良くかっこつけて何度も足を怪我してた。そのたびに1人の少女が心配してくれた。

  『健児くん、大丈夫?』

 いつもおとなしかったあいつ。でもすごく優しかった。名前もほとんど覚えてない。でもそれ以外は覚えてる。そして今日、そいつから手紙が届いた。家のポストの中に丸めてはいっていた。
 最初はうれしくもなんともなかった。あいつからか、て簡単に終われたはずだった。なのに終われなかった。そこで終れたはずなのに。
 健児は手の中の小さな紙に目をやった。

  『健児くんへ』

 かすれたような薄い文字。見覚えのある文字。題名だけを確認すると、健児は足を速めていった。もう中身は確認したくなかったからだ。

  『健児くん。ひさしぶり。私今度ね
                   死ぬから』  
この手紙が嘘であってほしい。だが惨劇はもう始まっていた。

第1話「そこにいた少女」

 いくらぐらい走っただろう。息は切れて疲労もかなりたまっていた。
足は痛いし、体が熱い。初夏だったものの、地面に照りつける太陽の熱でおかしくなりそうだった。
 自分は何故走っているんだろう……何度も考えていた。
でもそのたびにある言葉が脳裏を横切る。

  『死ぬから』

 その言葉を考えただけで身もこおりそうになる。あの少女の口から、その言葉が出てくると思うと何も考えたくなくなる。なぜかとても怖くなる。
(いっそ、帰ってしまおうか)
 そのとたん足が止まった。自然と自分は帰り道へと足を進めていた。
考えてみればおかしな話だ。あいつが何故こんな事をしてきたのか。
答えはただの悪戯だ、それしかない。
切手も貼っていない安物の紙。あいつからは考えられない内容。
(そうだ、ただの悪戯だ)
 暇を持て余して遊びたくなったんだろう。そこで偶然自分が選ばれたんだ。
遊び相手としてただ選ばれただけ。だから自分が付き合う義務はない。
なんておかしな話だ。もう帰ろう。
  表情は笑っていたものの、心は泣き出しそうだった。
 足取りはそれに合わせて遅くなる。
「わかってたんだよ。あいつがこんな事しないなんて!」
叫びと共に足が完全に止まった。ゆっくりと空を見上げる。太陽があつく照りつけていた。
 本当はあいつからの手紙すごくうれしかった。また昔みたいに遊べると思ったんだ。あの手紙の内容も嘘だって、無理矢理思いこんだんだ。だから電話をかけた、あいつの家に。近くの公衆電話から。
      プルル……プルル
 長い時間誰も出なくて、少し心配だった。けどあいつとまた繋がるっておもうと嬉しくなった。今何してんのかとか、また遊べるかなとかいろいろ聞こうと思った。
 しばらくしてガチャンと出る音がした。健児は嬉しそうにしゃべりかけた。
「もしもし?俺、健児だけどさ。あの手紙何だよな。」
 彼の表情は明るかった。最初は少し心配だったものの、もうそんなものはなくなっていた。しかし、返事が返ってこない。妙な静けさが漂う。健児は少し表情を曇らせた。
「おいどうしたんだよ?あの手紙嘘なんだろ?」
 何も返ってこなかった。電話は繋がったはずなのに静かだった。あっちからの音は全て遮断されてしまったかのように、何の音も聞こえない。恐怖さえ感じてきそうなほど、二人の間の沈黙は静けさをつくった。今までこんなに静けさが怖かったことなんて無い。
 受話器を握った手に力が入る。体が少し震えていた。強がるように笑って見るものの、逆に怖くなるばかりだった。震える口が微かに動いた。
「なぁ……あの手紙嘘なんだろう?冗談なんだろう?」
 震えてうまく喋れない。しぼりきってやっと言葉になった。
 やはり何も返ってこなかった。聞こえて来て欲しい、なんでもいいから。彼女の声が聞きたい。そして嘘だと言って欲しい。そうすれば笑える、たぶん一緒に。
『……だよ。』
 微かに彼女の声が聞こえた。そのとたん食いつくように受話器を耳に近づけた。自然と顔が明るくなった。
「俺健児だよ!良かった、やっぱ嘘なんだな!」
       ザー…
「へっ?」
 まるでノイズがかかったような、不快な音が耳に入り込む。普通電話からはしない音だった。まるで電話じゃない別物からかかっているよう。不安になって小さく口を開けた。
「おいどうしたんだ?」
 ノイズは止んだ。今度は風のような音が聞こえる。随分高い所、風が風を集めるような不思議な音。彼女はどこにいるんだ。家ではないようだ。
『ここで……える』
 微かな声は昔と同じだった。消えるかと思うぐらい小さくて、それでいてとても綺麗な声。
どこまでも澄んでいるその声は、自分の中で深く響きわたる。彼女がいるんだと実感できる。
 なのに今は怖い。なんでかは知らない。でも確実なのはこの電話を受け取ったのが彼女だとゆうこと。繋がったのに、繋がっていないと感じる。コレは何故?どうして
『健児くん』
 呼ばれたとたん、体が震えた。彼女の優しい声。安心して笑ってみせる。
 良かった。何も変わってない。昔と何も変わってない、彼女は彼女だ。
「何?」
笑って答えてみせた。電話越しの彼女も笑ってる。彼女は答えた。

『もう死ぬね』
       ガチャン
 哀しく、切れた音が耳に入ってきた。そこで彼女と俺を繋ぐものは消え果てた。
 耳に入り込んでくるのは、プープーとゆう誰の声でもなかった。絶望だらけの繋がりだった。

++++

 いつのまにか健児はうずくまっていた。誰もいないような田舎道で1人哀しく。太陽は相変わらずまぶしくて、額に汗のせんが浮き出ていた。
 これからどうすればいいのか、自分はどうしていいのかわからない。さっきから走っているのもバカらしい。どこにいけばいいのかもしらないのに。正直、走ってないときつい。今止まっているのは嫌なんだ。嫌なことが頭に入り込んでくる。
『もう死ぬね……死ぬから』
 そう言って笑う彼女の顔が頭の中で強くイメージされる。そんなの彼女じゃない。
自分の知っていた彼女は、優しく笑う人だ。今もきっと。
 十年前に自分の前から消えたけど、きっと今も……
「……そういえば」
 健児はつぶやいた。そして静かに続ける。
「あいつはなんで俺の家を知っていた?」
 よくよく考えてみたら変だ。彼女と遊んでいたのは十年も前。彼女はそれから引越して家も違う場所。何故自分の家がわかったのだろう。あの手紙には切手が貼っていない。彼女が自分で持ってきたことになる。
 そしてもう一つ。
「なんで俺はあいつの家の電話番号がわかった?」
 知るはずのない彼女の家の電話番号。なのにさっきはすんなりと押していた。今は覚えていない。無意識のうちにおしていたようだ。でも何故そんなことが?
 健児はおもわず立ち上がった。
「どうしてこんなことが?あいつは何故……」
 後ろから微かに風が吹いてきた。
『健児くん』
 健児は目の色をかえる。勢い良く後ろを振り返った。
 その時、息をするのを忘れそうになった。そこにいる少女を見て。
『お久しぶりです。元気でした?』
 彼女の問いに健児は何も答えられなかった。そこにいたのは紛れもなく探していた少女。
 だけど……
「なっ、なんでその姿なんだ?」
『なんでって……』
 少女はクスクス笑って見せた。
 長い髪が風に舞い、いつも着ていたワンピースも風に揺れている。顔に浮かんだ笑顔は変わらず、優しげなイメージ。しかし、見つめていた健児には恐怖が訪れた。震えた体を止めてみる。でも震えが止まらない、寒気さえしてくる。
 健児は本当に小さく口を開けた。
「どうして俺の前に現れたんだ?」
 彼女は笑うことを止めた。しばらくずっと彼の顔を見つめた。
 そして何食わぬ顔で答えて見せた。
『貴方は会いたかったでしょ?それとも会いたくなかった?』
「答えになってない!俺は」
『怖いんでしょ?』
 健児の体が止まる。一緒に風も止んだ。少女はまた笑いだした。
『私が怖いんでしょ?消えて欲しいんでしょ?』
 そんな事無い、答える気力もなかった。ただ本当に目の前の少女が怖くて、何も解かんなくなってしまったみたいだ。どうして彼女があんな姿なのか。もうなにもわからない。笑えなくなったようだ。
『でも安心して。』
 彼女は健児に近づいてきた。顔には笑みがこぼれている。
 もう何も言わないで欲しい。その顔でもう何も……
彼女に願いは通じなかったようだ。
『私はもう消えるから。貴方の前で死んであげる』
 あの頃と何も変わらない姿で少女は言った。
 何も変わらないあの頃の少女が目の前にいたんだ。
『全て仕組まれたことなの』
 哀しげに彼女は言葉を吐いた。健児は静かに、そして今までにないくらい冷静な顔をした。
「誰が仕組んだ?」
 少女も答えて冷静な顔をする。
『さぁね。でも、死ぬ前にお願いがあるの』
 つぶらで大きな瞳が健児をとらえた。あの頃と同じ様に少しあどけなく。
『アイを見つけて』
「アイ?」
 彼女はうなずく。そしてにっこり笑ってみせた。
『貴方の思うアイを見つけて。私は待っている』
 そう残して彼女は消えた。
 そこに彼女がいた形跡もなかったが、彼女はいた。
俺は探すしかない、そこにいた少女を。

第2話「アイ、探して」

「いったいぜんたい何が起こってんだよ!」
 歩きながら叫び散らす。苛立ったように表情を歪め、おもいっきり不機嫌そうに目つきを鋭くする。前にだす足にもわざと力をいれめんどくさそうに手をぶらぶらさせた。
『アイを見つけて』
 ……アイってなんだ?どうゆう意味のアイなんだ?まったく検討がつかない。知らないものを探すなんて自分では出来ない。いや、他の奴だってきっとそうだ。
 納得して1人で頷く。田舎だったから良かったものの、都会にでもでれば変な人と思われたろう。独り言をもらしながら歩く様は怪しく、変にしか見えなかったからだ。
 でもとりあえず道が見えた。アイなんてものはよくわからないけど、彼女に繋がっているのなら行くしかない。
(だけどなんで俺はこんなに彼女にこだわるんだろう?)
 ずっと思っていた事。そもそもあの手紙から始まり、電話をかけて決心がついた。今思えば全て夢みたいだ。夢なら良かったのに。
 さっきあった彼女は昔と全く同じ姿をしていた。何故、あのままだったんだろう。普通ありえないことなのに、自分はそれが当たり前だと思い込みそうになる。もう十年もたっているのに。
「あいつが変わって無いのにはわけがあるのか?」
 考えてみるものも答えが出るわけでもなく、どうしようもなくなるばかりだった。
 遠くから蝉の鳴く音がきこえてくる。
「蝉か]
 昔、よく小さな神社で蝉をとってあそんでいた。今はもうそんなことしない。そんなことしてる年でもないし、したくなんかない。ガキと思われてしまうだろう。でも昔は良く遊んだ。あの少女と。
「懐かしいな……」
『昔のことでも思い出してるの?』
 突然後ろから冷たく優しい声が聞こえてくる。おもわず振り返るが、その前に自分のいた場所に目をうかがった。そこは昔よく遊んだ小さな神社だった。古ぼけた造りの建物に、昔からある大きな木。全部見覚えがある。
足の力が抜け、ぐらりと倒れそうになった。目の前で少女が笑う。
『昔にアイがあると思ったの?』
 答えようとするものの、何を言えばいいかわからない。自分が何故ここにいるかもわからなかった。どうして、いつのまにここに?
 鳴いていた蝉は神社の周りの木にしがみついていた。蝉が鳴くたびに頭の中に昔の光景が浮かび上がる。
 目の前の少女が静かに手を差し出した。
『さぁ、一緒に遊びましょ?』
 伸ばされた白い手が頭の中に強くイメージされた。昔もこうやって手を繋いで遊んだっけ。いつも最初に彼女が手を差し出してくれた。今と同じように。 自分は差し出された手に黙って重ねたっけ、そんなの昔のことだ。
「……」
 だけど健児の手はいつのまにか彼女に伸びていた。懐かしさに負けたんだ。こうすれば昔に戻れるって思った。そんな事ないのに。
 本当にこのままあの頃に戻れたら……俺はきっと幸せになるのかもしれない。つらい現実が薄い子供の頃、あの時が一番笑ってられた。もう一度戻れたらいいんだ。きっともう大丈夫だから。
 ぼやけていく視界に微かに二つの手が見えた。彼女の小さな手に健児の手が重なりそうになる。その時だった。
「助けて!」
「!?」
      バサバサバサ
 鳥の羽ばたく音と共に、健児は我に帰った感覚を覚える。いつのまにか少女は消え、目の前には何も残らなかった。
 健児は確認するように辺りを見回す。誰の姿も見えなかった。確認すると安心したようにため息をつく。
「いったい、なんだったんだ?」
 消えた少女の事より、微かにきこえた声のことが気になった。知らない声、一瞬でよくわからなかったが遠くから聞こえてきた。遠いはずなのに心で響く声。知らないのになぜかよく知っているような声、だけど知らない。一度も聞いた事はない。
さっきから鳴いていた蝉も鳴くことをやめていた。静まり返る神社。1人でいるのも少し嫌になるくらいまた静けさが漂う。時計を確認するものの、ほとんど始め見たときより針が進んでいなかった。また、ため息をもらす。
(いったい、どうなっているんだ……)
 今日だけで何度思ったことか。こう理解に困ることばかり起きると頭が混乱する。
何故こんなことばかり起きるのか、自分で何もわからなくなる。だがさっき、何故か知らない声が聞こえた時、俺は……
(あいつの手を拒んでしまった)
 触れそうになった時、声が聞こえた。そのとたん手に力が入って、彼女の手を振り払っていた。繋がるのを望んでいたはずなのに。
『怖いんでしょう?』
(あぁ、なにかがきっと怖いんだ。俺の中で何かが拒んでいるんだ)
 そのまま健児は立ち上がった。古臭い神社が目にうつると、ゆっくりとそれに近づいていった。古く変色した木の柱にそっと右手を置く。いくつかの落書きが小さくほりこまれていた。健児はかがみこみながらその文字を見つめた。ずっと昔に自分が書いた文字と、あの少女の文字だった。
「下手クソな文字だな」
 自分の文字をながめて苦笑する。気分を抑えるために少し頬に笑みを浮かべた。ずっと昔に書かれた文字が残っているのを見てうれしくなったからだ。書かれた文字をなぞるように手を動かしながら、懐かしい思い出がよみあがってきた。遠い昔の真昼のことを……

 『本当に書いていいのかな?』
 おびえるように少女は辺りを見回した。誰もいないのを確認するものの困った顔を少年に向けた。柱で遊んでいた彼は静かにため息をつくと少女の方を向きなおした。顔には幼い笑みがあふれていた。
「大丈夫だよ。ばれたって叱られもしないさ」
 笑っていったのに少女はまだ困った顔をする。それを見て少年も困りはててしまう。随分長い沈黙。蝉たちがうるさく二人の間で鳴いていた。その蝉もどこかに飛んでいく。小さく、羽ばたく音が耳に入ってきた。また沈黙がおとずれる……
『悪戯なんてしたら神様に怒られるよ?』
 つぶやくように笑って言った。いつのまにか少女は少年に近づいていて、後ろで手を組み顔を覗き込んでいた。
「神様なんていないって。いるわけないよ」
 答えるように苦笑する。そうすると彼女は隣に座ってきた。微笑んで柱に手を置く。まるで懐かしむように柱をなでていた。少年は小さなナイフを渡す。
「それで書けって、何でもいいぞ?」
『うん』
 彼女はおぼつかない手で古臭い柱を削った。随分長いことそんなことをしてあそんでいた。日が暮れるまで。

「ほんと、懐かしいな……」
 あの頃に戻ったみたいに、顔には幼い笑みがあふれていた。彼女の書いた文字をただながめる。覚えたての単語を並べて書いたような、子供の悪戯の文字。
「ん?」
 手が止まってしまった。自分の手になにか液体のようなものがつく。水ではない様だ。確認するように顔を近づける。見たとたん、息を忘れた。
「っち!血!?」
 手にべっとりとついていたのは真っ赤な血だった。指先についた血はまだ新しく、まだ温かい。独特ななんともいえない臭いが鼻に入り込んでくる。誰の血液なのか頭に濃く映ってきた。
(まさか彼女の?)
 吐き気に近いものが自分を襲った。おもわず口をおさえてしまう。手さきの血は手を赤色に染めていった。さらに気分が悪くなる。
 おそるおそる柱の裏側に顔をむける。案の定、そこには血があふれていた。まるでその柱から直接血液が流れているようで、赤くにごったものが神社の床まで染めていく。直視するのもきつい状況だった。
 ふと、血がもっとも濃いところに目がいった。口を押さえる手に力がはいる。目を細め、おそるおそるうかがう。文字らしきものがあった。
「おもいで?の、なつ……音、消した言葉」
 チンプンカンプンな内容の文。押さえていたはずの口からはもう吐き気はしなくなっていた。そのかわり、浮かびあがった血の文字を口を読み上げていった。そのまにも赤い血は、柱の割れた小さな割れ目からにじんでくる。
「昔と変わった踏み切り?3時に遊んだ……」
 その時、ある場所が頭をよぎった。
「あいつといつも待ち合わせしてた、あの踏み切りか?」
 そのとたん柱をたどっていた赤い血の線がいっきに消えていった。ぬれていた床も嘘のようにもとどうり。
その光景を目の当たりにした健児は目をパチパチさせた。まるで夢みたいにありえない出来事だったからだ。
 確認すると柱にはもう血の跡は残っていなかった。割れ目からも血どころか水の跡さえもうかがえない。ほっとするように胸をなでおろした。
      ビチャッ
 手から雫の様なものがたれた。水か?
健児は落ちた液体を目でとらえた。
「ひっ!?」
 口からもれた小さな悲鳴。震えながら顔の前に手を出した。そのとたん体から熱が消えた。

 『踏み切りの真ん中で私の死体を捜して』

 手にあふれた血の文字。震えるたびに雫が落ちていった、赤い血の雫が。
「うっ……わああぁぁ!!!」
 どこまでも響くぐらいの叫び声。吐き気をとおりこしたものが自分に襲ってきた。
 ただ意識を持ったような血が手の上で静かに動いていた。

++++

「よかった。やっと落ちた」
 手についた赤い血をはらいながら、ゆっくり足を進めていった。さっきの文字を表した血は、そのあとすぐに手から落ちていった。まるで意味を失くした物体のように、力なく手からすべりおちていった。あの時のことを考えると気分が悪くなる。頭でそのことしか考えられなくなった。
 神社をあとにしてから時間が経っていた。今は3時少しまえ。腕時計を確認しながら踏み切りまで足を進めた。途中何度も倒れそうになったが、今は冷静だった。さっきのあの血が効いたんだろう。もう何が来ても怖くないはずだった。
「……着いた」
 つぶやくと、そこには真新しい踏切があった。辺りには何も無い、小さな小川が近くに流れているばかりだった。田舎らしく健児の他には誰もいない。風が髪を揺らし、雑草たちの葉も風に揺れた。静寂が続くものの、今日のなかで唯一苦にならない静けさだった。柔らかい風がただ流れる。彼女のことさえ忘れていた。
「おい、健児!!」
 後ろから呼び止められる。彼女の声ではなかった。ゆっくり振り向くと、なだらかな坂を走る少年がいた。友達の翔太だった。
 彼が健児の隣までくると、遮断機が降りてきた。赤いランプが点灯し、音が鳴り出す。
 翔太は笑いながら健児の顔を覗き込んだ。
「お前こんなとこで何してるんだよ」
「いや、まあいろいろあってな。散歩だよ」
 無理に返し笑いをする健児。遠くから電車の音が聞こえてきた。
 翔太は少し真面目な顔をした。
「そういえばさ、あいつのこと覚えてるか?」
「あいつ?」
 そう、と翔太は頷いた。健児は首をかしげる。まったく検討もつかない。翔太は顔を近づけ小声で耳打ちする。
「ガキのころよく遊んだ奴だよ、ほら髪の長い女の子。いただろう?」
 そのとたん、頭の中に彼女の顔が浮かんだ。翔太がいっているのは彼女のことだった。彼もまた、昔から一緒に遊んでいた仲間だったからだ。
 目の色をかえた健児は翔太を睨むように見つめた。取ってかかりそうなぐらい、顔には真剣さがあふれていた。おもわず翔太はひるんだ。健児は大きく口を開ける。
「あいつがどうしたんだ!?」
「いや、なんでもねぇんだけどさ。たまたまさっき会ったから……」
「どこでだ?」
 さっきより強く目をとがらせた。襟首もつかみかけている。翔太は半分恐れの表情を表した。震えながら口を開けた。
「ここでだよ。さっきあいつ思いつめた顔してたから名前を呼んだんだよ」
「名前知ってるのか?」
 健児の目が大きく開いた。
知ってないのか?、と翔太は驚いた顔をする。
 ……あの頃から時間も経ってはいるが、なぜ自分だけ彼女の名を知っていないのか?
 心の奥底で考えながら顔を歪ませた。電車はもうすぐそこまで来ていた。
「あいつの名前ってなんだ?」
 少しためらって口を開けた。とがっていた目つきはほぐれ、かわりにさらに真剣な顔をした。目の前の翔太はため息まじりに答えようと口を開けた。
「あいつの名前は……」
     カンカンカンカン
 いきなり遮断機が降りる時の音が辺りに広がった。さっき降りたはずなのに、また遮断機が降りる。さっきとは別の物が。健児は目を疑った。そこはさっき自分がいる場所と異なっていたからだ。
 点滅した赤いランプは淡く光、錆び付いた遮断機は年期を感じる。古臭い臭いを発するこの踏み切りに見覚えを感じた。背景さえ変わったこの場所を、昔見た気がする。
「十年前と同じだ」
 少し近づいて呟いた。あの頃は今より寂しくて、近くには家一軒見当たらなかった。でもここは静かですごい好きだった。大人はこないし、人気は少ない。何も無いときは1人でここに来てずっと黙っていたこともあった。タンポポがたまに風に揺れて種を飛ばすのを見てたり、川で1人で遊んだり。あの頃は何をやっても楽しかった。しばらくここにいるといつもあいつが来たっけ。
 健児はぱっと顔を上げた。そして向かい側に人がいることにきづいた。もう誰がいるかは知っていた。軽く睨むように相手を見つめた。
『どう?ここ、懐かしいでしょう?』
 少女は笑いながらそう言った。気づいたら彼女は遮断機の中に入り、その上に少しだけ体重をかけていた。鳴り止まない音。赤いランプはずっと点滅している。
「どうしてここに呼んだんだ?」
『ここにしようと思ったのよ』
 彼女は立ち上がり、踏み切りの真ん中に立った。彼女の顔が瞳に映る。長い髪に手を置き、静かにたたずむ。
 健児はさらに聞いた。
「ここで何をしようとしたんだ?」
『何って……』
 笑い声を上げて大きく笑った。静かなこの場所でその声がよく響いた。寒気のしてきた体を隠すように、健児は右手を押さえた。少女は笑うのを止めていた。そして冷たい目をする。
『ここで死のうとしたの』 
「っ!」
 悪寒が背中を走った。彼女はまた笑い出す。今日だけで死ぬとゆう単語をいくら聞いただろう。聞きたくないのに耳に入り込んでくる。目の前で言われるのはかなり応えた。随分長い時間体がゆうこときかなかった。震えながらも口を開けた。
「そんなこと言うなよ!お前がそんなこと言うと悲しむ奴だっているんだよ!」
 言い終えると少女が強く自分を見つめてきた。瞳にはなにかにごる、暗い感じがした。撫でていた髪を指に絡めて、難しい顔を自分に向けてきた。少女とは思えない表情。おもわず息を飲み込んだ。
『嘘は言わないで。貴方は私を忘れていたくせに』
 鋭くとがった瞳。こわばった表情を健児に向け髪から手を離す。その手にはなにか液体のようなものが付いていた。人差し指からかたまって雫が線路の上にたれた。確認するとそれは赤い。血液だった。
 彼女の指に傷の跡は見つからない。細く白い肌が、赤い血を勝手につくっているように見えた。音をたてて落ちる血に嫌な感覚を覚え苦い顔をする健児。しかし彼女はこわばらせた表情を変えようとはしなかった。血は小さな水溜りほどに増えていった。
『どんな気持ち?』
「え?」
 人差し指を顔に近づけながら少女は問う。たれた血が白いワンピースを赤く染めた。
……何が言いたいんだ?心で呟きながら首を傾げた。さっきから赤いランプが点滅しているのに電車はこない。耳に入り込む音とゆう音はなぜか自分を不快にさせた。
 目の前の少女はクスッと笑う。
『自分の手が血で汚れてどう思った?』
 人差し指についた血を舐めて、少女は言った。手に溢れていた血が線路にどばっと落ちる。健児は顔を歪めて少女から顔を離した。赤い血を見ると嫌なことを思い出してしまう。さっきの血のことを考えるとなにかがこみ上げてくる。とても怖い何かが。 
 ふと、顔に笑みがこぼれていることに気づいた。勝手に口も開いていた。
「血で手が汚れるのは……初めてじゃない気がする」
……自分は何を言っているんだ?顔がこわばった。自分で手を口に近づけるものの、やはり口もとは笑っていた。勝手に口が動いた。そんな事思ったこともない。
(本当に?)
 心が自分に聞いてきた。強く否定したいのに出来ない。
 右手で胸をしっかりと押さえた。心音が早く波打っているのがよくわかった。
何故かつらい。胸がいたい。叫びそうになるほど心が痛がっていた。
 健児は少し下がっていた顔を上げた。よわよわしくそのまま彼女を見つめる。
「何で、お前は俺の前に現れた?」
 今頃?と、彼女は冷たく笑った。そしてそのまま口を開けた。
『アイを探せばわかるはずよ』
「アイってなんだよ!俺はもうこんなの嫌なんだ!」
 本音を全て吐き、苦い顔をした。少女は軽蔑と哀れみを混ぜた表情を向ける。あの頃の優しい顔は微塵も現れていない。全て忘れたかのようにただ笑いはしなかった。
 どれぐらいたっただろう。長い間こなかった電車がようやく見え始めた。しかし少女はそこにいて、退こうとは思わなかった。さっきより苦い顔で健児を見つめていた。電車の音がどんどん大きくなっていく。
 ようやく痺れが切れて健児は叫んだ。
「おい!危ないから早くどけ!!」
 少女は動こうとしない。相変わらず凛とした表情で健児をずっと見つめた。電車の走るスピードにあわせて風も強くなる。なのに少女は平気だといわんばかりにそこを一歩も動かない。ただ健気に立ち尽くした。
 なぜこんなに平気でいられるのだろう。健児にはわからなかった。自分ならきっと逃げ出したはずだ。前にも逃げ出した記憶がある。
 何から?誰から?
それはわからない。覚えていない。でもなにかから逃げ出した、これははっきりしている。
 そんなことを考えている間に電車はもうすぐ近くまで来ていた。もう時間がない。健児は遮断機に手を掛け、身をのりだした。
「早くこっちにこい!でないと死ぬぞ!?」
 いつになく真剣な声。伸ばしかけた手を彼女に向けた。しかしその手が握り返されることはなかった。
『そんな事言って……本当は何も思って無いくせに』
 冷たく言いはなって強く睨みつけてきた。おもわず出しかけた手が引っ込んでしまう。電車はもう少女の近くまできていた。時間は十秒もない。覚悟を決めて健児は乗り出そうとした。しかしその時彼女の瞳が目に入った。
『なんであの時は……』
 瞳に涙が溜まっている。今にも溢れそうだ。悲しそうにこらえようと我慢までしているようだ。
 健児の体が止まった。そして顔を下げる。強く涙を否定するかのように顔を深く下げた。
電車がついに目の前を横切った。
     
     ゴトンゴトンゴトン

 その音が鳴り響くと、いつのまにか元の新しい踏み切りに変わっていた。電車は目の前を通過していき、うるさい音が辺りに広がった。力なく肩を落としていた自分は新しい遮断機を眺めていた。
 少女を助けようと必死で強がっていたのに、いつにまにか怖くなって遮断機からも手を離していた。さっきの世界はまやかし、わかっていたのになぜ助けられなかったんだろう。やはり怖かったんだろう。
 ……何に脅えているんだ?死ぬとでも思ったのだろうか。それとも、彼女を助けようとは思わなかったのだろうか。差し出した手は微かに震え、ただだしただけだったのかもしれない。
 ため息まじりに苦い顔をした。電車はもう通りすぎていて、遮断機がゆっくりあがっていく。さっきの光景が頭の中に浮かび上がった。そして彼女の最後の涙……
『なんであの時は……』
 あの後、彼女は何が言いたかったんだろう。あの涙には何か深い意味があるんだろう。思いつめたように深く考え込んだ顔をして、彼女は何かを伝えようとした。自分になにを、どうして伝えたかったんだろう?
 ふと、健児は辺りを見回して気づいた。
「あれ?翔太の奴は?」
 時間もたっていないはずなのに彼はいつのまにか姿を消していた。辺りには自分以外見当たらない。静寂だけが訪れていた。必死に探したものの、それらしき人物はやはり見当たらなかった。
「あいつどこにいったんだ?」
 キョロキョロ辺りを見回しながら小さく呟いた。目に踏み切りの反対側が映りこんだ。人影だ。健児は嫌な予感をさせながら踏み切りに近づいた。案の定、その嫌な予感は的中した。あの少女がそこに突っ立っていたのだった。
 少女は冷たく無表情で自分を見つめてきた。それは睨みに近く、ただ黙って力強く見つめてきた。健児も返すように睨むと反対側にいる少女は少し顔を歪めた。怒りなのか悲しみなのかはわからないがその目には殺意さえ感じてしまった。しかし健児は怯まない。むしろさっきより強い目つきにしていた。
「……なんだよ?」
 機嫌悪そうに呟いた。喧嘩腰のままで二人はにらみ合った。遠くで鳥たちの鳴き声が響き聞こえてくる。なのにここは怖いくらい静かだった。会話はない。見つめあい、睨みあいながらお互いに口を開けようとはしなかった。 
 開ける気などはなかった。彼女が口を開けるまで自分からは話さないと決めていた。まるで子供みたいに意地をはっていただけだったが。
『……のに』
 小さく消えそうな声で彼女は言った。最後しか聞き取れなかったものの、彼女は顔色一つ変えずに冷静だった。まるでそれが当たり前みたいに。
「何だ?」
 機嫌悪そうに聞き返すと少女は表情を変えずに口を小さく開けた。
『私はここで死んで入れば良かったのに』
 そういって頬に嫌な笑みを浮かべた。不気味に不快な笑み。健児は少女を見つめながら何もしないで突っ立っていた。自分に出来ることが何も無いことを悟ったからだ。
 また、その場は静かになった。何の音も聞こえない。遠くの鳥の声さえも聞こえなかった。暗く生ぬるい沈黙が漂う。
 その沈黙を破ったのは健児の方だった。
「もう、こんな事やめないか?」
 そう言って健児は深くうな垂れた。顔を少し下げて力なく言葉を吐き出した。もう歩く気力さえない。なんで自分だけこんな目にあうんだろう、嫌だ。絶対嫌だ。こんな目にあうくらいなら今までの記憶全てを忘れてしまいたい。そして家でずっと大人しくしていたい。もう動く気はない。あぁ早く帰りたい。帰ってもうなにも見たくない。こんなのうんざりだ。
「帰してくれよ。もう俺に構わないでくれ!」
 張り裂けるくらいの大声。頭をかかえてどこまでもとどくくらいの大声を発した。何もしたくない、目の前の少女にその事をはっきり伝えたかったからだ。力なく沈んだ表情を顔にへばりつけて、やつれたような顔。もう、たくさんだ……
『最低……』
 ふっ、と鼻で笑い、軽蔑の眼差しを痛々しく健児に浴びつける。哀れみや情けを全て捨ててただ冷たく凍った視線を強く向けた。健児は顔を強張らせた。
『そうやって逃げてどうするの?自分だけが被害者のつもり?』
「うるさい!!」
 いつになく感情的になる。頭には血がのぼって何が何だかわからなくなる。
 自分は被害者だ。この少女に遊ばれておかしくなってしまったんだ。そう、こいつのせい。俺は悪くない。悪くないんだ。なのに最低だと?俺を侮辱した、俺を侮辱したんだ。こいつが俺を侮辱した。
 その時の俺には、冷静さなど微塵もなかった。ただ強い嫉妬と怒り、妬みや強い不の感情が心を汚していた。溢れるのは黒く嫌なものばかり。
 そして、殺意。
(殺してやる殺してやる殺してやる)
 無意識のうちに強く握っていた右手。顔には薄気味悪い笑みが表れていて、頭には一つの文字がいくつも浮かび上がっていた。
     「殺してやる」
 思わず口に笑みがこぼれていた。あきらかに、自分の感情は壊れていた。でも止められなどしない。いや、止めたくなどなかったんだろう。
「……もういらない。お前なんて」
 その時、少女は表情を変えた。あの頃とおなじ優しい笑顔。小さく口が開く。

『貴方なんて死ねばいいのに』

 笑い声が聞こえる。スピーカーのように耳で張り裂けるように響きあう。寒気が訪れて、嘘のくらいの静けさの中に彼女の高い笑い声が広がった。
『あははははははははははははははは』
 息継ぎもしないでずっと笑い続けていた。目はいっている。瞳孔は開ききっていて瞳には美しさや純粋な少女の色は表れていなかった。あせてよどんだ恐怖をよぶ色。見つめているだけで体は固まって動かない。あれは人の目なのだろうか?どうみてもそうは思えない。人があんな目をすることなんて出来ない。あれは怪物……いや、それ以上の目だ。
 健児の体はいつのまにか震えていた。さっきの殺意などどこに消えたのか、ただ恐怖が自分を襲う。嫌な汗が顔を伝いひんやりとした感触が全身にわたる。足もなにも動かない。口すらもほとんど開けられなかった。しかし少女は笑っている。
『はははは……』
 ようやく笑い声が止まった。動かなかった体も少しだが反応してきた。手も動く、口も開けた。安心したように胸をなでおろした。
『あ〜ぁ、健児くん気づいてないんだ?』
「?」
 少女が意味ありげな笑みを向けてきた。彼女はいつものように笑っている。健児は首をかしげた。
 彼女は口を開けた。
『翔太くんは私が消したの』
「えっ!!?」
 言葉を失った。彼女が何を言っているのかわからない。
 ……消した?どうゆうことだ?殺ったのか、こいつがあいつを?でもそれなら辻褄があう。彼が今居ないなら彼女が殺したことも理解できる……
(自分はなんで納得しているんだ!?)
 頭に手を当て髪を掻き分けた。頭はまるで心臓が入ったかのようにドクンドクンと鼓動のようなものさえ聞こえる。
 緊張しているのだろうか?頭の鼓動は早くなり音はうるさくなる。それは自分の中で深く響き、割れるかのような痛みが襲う。まやかしの痛みのはずなのに痛みは神経までを侵していく。張り裂けるような痛みが幾度となく襲ってくる。気はおかしくなりそうだった。
 そんな中小さく口を開けた。
「消したって……どうゆうことだ?」
 声は震えてかすれていた。口が渇いていて上手く話せない。嫌な汗がまたにじみでてくる。それでも彼女を見つめる目だけは話さなかった。しばらくして彼女が少し微笑んだ。そしてにっこり笑う。
『消したってこともわからないの?つまりいなくなったのよ』
 淡々と言う彼女の顔には、楽しそうな笑みしか溢れていなかった。遊ばれているのか、とも思ったが自分にはもう何も聞き返す余裕もない。翔太のことも何も考えられない。あとはもう、今日に決着をつけるだけだ。
 覚悟を決めると、足に力を入れて右手を強く握った。少し震えていたものの逆の左手で強く握った。痛みを覚えるが今はそれぐらいが丁度いい。健児は大きく口を開けた。
「さあ、後はどこにいけばいいんだ。俺はもう……逃げない」
 言い終わってから唇を強く噛んだ。やはり幾分か怖い。逃げ出したいし帰りたい。でももう逃げられない。彼女の言ったアイを見つけるまでは今日からは逃げ出せないんだ……。心で何度も言い聞かせ、無理して笑って見せる。
 反対側の彼女もにっこりと笑っていた。しかし口元に笑みは無い。目だけが笑っていた。少し寒気を感じたものの負けてはいられない。健児も返すように笑った。はたから見ればおかしな光景だったろう。だかこれでも真剣なんだ。相手に心を見据えられないために今は堪えるしかないんだ。
 そして長い時間、二人の間に沈黙が訪れた。電車は通らないし人も影すら見えない。いわば二人だけの空間だった。それにしては随分痛い空気が流れていたが。
『最後……』
 風に紛れて小さく透き通った声が聞こえた。彼女の声だ。さっきの答えが返ってくると思い、健児は真剣な顔をした。風が優しく頬をなでる。
『どこかで誰かと会いました。その人は出会った場所を覚えていません。最初であり最後の場所。その人は残酷なことに記憶を消し去ってしまいました』
 語るかのような口調で彼女は淡々と続けた。顔を上に向け、まだ明るい空を眺める。
 そんな少女をまじまじと見つめながら、健児は首をひねった。何を言いたいのかよくわからない。誰かとは誰なのか?そして何故いきなりそんなことを言い出したのか?理解は出来なかった。しかし何かを伝えたいと言うことはわかる。仕方ないので黙ってその語りを聞くことにした。
 少女は続ける。
『誰かと誰かはお互いの顔を見て驚きました。昔から十年経っています。顔など変わってしまうに決まっています。しかし二人は拒絶しました。特に彼は、彼女を拒絶したのです。』
 そういって上げていた顔をこちらに向けてきた。後ろで手を組み、少し怖い顔をして。反応して体が動く。健児は小さく口を開けた。
「誰かって……?」
 笑い声が聞こえた。苦笑のような冷たい笑い声。少女が自分にその笑みを浴びつけていたのだ。やはり口元は笑っていない。その口が微かに動く。
『貴方は本当に何も覚えていないのね。まあいいわ……最後は近いから』
 最後と言う言葉に思わず微笑んだ。やっとこれで終わる、ほっとため息をついた。何かから解放されたような安堵の表情だった。反対側の少女はただずっと無表情だったが。
「あとはどこにいけばいいんだ?」
 随分明るい笑顔で少女に問う。さっきまでの落胆ぶりが嘘のようだった。その変貌ぶりを横目に、少女は相変わらず無表情を装う。どこか遠くを見ている目をした。しかし健児はそんな事お構いなしに笑い続けた。
 彼女はため息をつく。
『最後がどうなるかも知らないくせに』
「え?」
 少女は哀れんだような顔を向けてきた。おもわず健児は笑うことを止め、手に入れていた力を抜いていた。そして目の前の少女の顔をまじまじと見つめた。
 ……あの頃と同じだ。あの頃と変わらない顔。見つめながら、心の中で思い続けた。
自分を心配する時にいつもこんな顔を自分に向けてくれた。思い出しながら心が痛くなるのを感じる。いつもの彼女、あの頃の彼女、優しかった頃の彼女。あの時と何も変わらない。
 いつのまにか健児の足は彼女の方へと進んでいた。あれだけ怖がっていたのに、あれだけ彼女を否定したのに、殺意まで感じたのに……なのに何故足が進むんだ?理解なんて出来ない。出来なくてもいい。
 最初から理解なんてしなかったんだから……
『それが貴方の本音なの?』
 自分が何も言わないのに彼女はそう聞いてきた。もしかしたら彼女はもう何もかもお見通しなのかもしれない。自分が何を考えて、なにを思っているのかも。ああそうだ、彼女は昔からそうだった。それがこいつだったんだ。
「本音なんて聞かなくても知っているだろう」
 頬に少しだけ笑みをまぜて健児は少女に問いかけた。しばらくの沈黙。しかしすぐに彼女は頬に笑みを浮かべた。そして返すように笑った。あの頃と同じ無邪気で少し大人しい笑み。何も変わらない顔だった。そしてそのまま少女は口を開ける。
『そうね。私はそれくらいお見通しだもの』
 触れてきた夏の暑い風。でも何故か、それが今ならとても優しく感じた。ひんやりしてて冷たくて心地いい。今日の出来事を忘れ去れるようだ。
本当にそうなったらいいんだけど。でも今は何でもいい。頬にあたるこの風をただ受けていたい。ずっと何時までも。
 健児は心の中で考えながら、静かにため息を付いた。
 しばらくの長い沈黙。しかしその沈黙は何かの前触れのように、静かで少し生ぬるい感じだった。肌に伝わってくる違和感。ぴりぴりと何かが伝わってくる。
 嫌なものか、それともいいものか、それともどちらでもないものか……自分にはわからない。ただわかるのは少女がなにか決意をしたこと。
その顔からは真剣さと焦り、戸惑いらしきものが溢れていた。珍しく、彼女はためらっていた。口も開けようとしない。開けようとして、閉めてしまう。
 そうしている間に時間は経って行く。太陽もさっきより位置が下がっていた。時間が流れ、音も消えていく。何もない空間に二人は取り残されたようだ。
辺りからは本当に何も聞こえない。虫の声、鳥の鳴き声、人々の会話の声……何も聞こえない。耳は麻痺して、音を欲しがっている。地下の下水道の水の音さえも欲しているのだ。
 あきらかにおかしくなっている。早く少女にしゃべって欲しい、でなければ自分から喋ろう。
 健児は息を吸い込んだ。
「何か、言いたいことでもあるの、か?」
 すっかり乾いた口。喋りにくいし声がでない。でもようやく音が戻ってきた。耳の麻痺は解除される。
 その時少女が顔を上げた。瞳が濃く光っている。
『今更だけどね、言いたいことがあるの。もう、遅いんだけど』
 苦々しい顔をして少女は言った。何か迷っているのだろう。今度はどんな告白をされるのやら。もうなにがなんだかわからない。
 とりあえず聞こう、健児は苦々しい顔をした彼女の顔を覗き込んだ。
 彼女は少しだけ微笑み、口を開けた。

『私、貴方のことが好きだったの』

 少女は笑い、消えていた。いや、違う。さっき来たはずの電車が健児の目の前を通過していったのだ。健児は時計を確認する。
 少女とここで会う前から時間がほとんど変わっていない。あれだけ話していたのに、何故?
    カンカンカン……
 電車が通過した。健児は思い切り顔を上げる。そこには誰もいない。何の影もない。
 健児は思わずその場に座り込んでしまった。わけがわからない、頭は混乱している。なにがあったんだ?それもよくわからない。
さっきの世界が過去の世界だったのだろうか、もしかしたら今も過去なのかもしれない。健児は辺りを見回した。
 遠くから人々の声が聞こえる。鳥たちも餌探しに空を飛び待っていた。蝉はまだ鳴き、いろんな音が混ざっている。その時確信した、ここは現在だと。
 それより理解できないのが少女のあの言葉。
『私、貴方のことが好きだったの』
 ズキンッ……その言葉を聴くだけで心に痛みが走った。引きちぎれるような深い痛み。思わず叫びそうになる。でも声がでない。
何でだろう?自分はそう言われて嬉しくないのだろうか?でも今までのことが祟って、素直に喜べない、むしろ怖い。
(なんか、情けない……)
 今日何度目かのため息をつく。そして安心した表情を見せると、健児はたちあがった。そして口を開ける。
「アイの意味、ようやくわかったよ」
 どこかで彼女の笑い声が聞こえた気がした。
 最初で最後の場所、健児はやっとわかった気がした。でもわかっていないのは彼女の言葉すべてだ。
 最初で最後の場所で全てが終わる。どうなるかは少女しか知らない。


第3話「沈黙の真実」

 流れる風、昼間とは大きく違っている。生ぬるくて少し寂しい風。今日という日に終わりを告げるかのようなだ。その中沈んでいく太陽が真っ赤に燃えている。人々は帰路の道を歩いている、みな家へと足を進める者ばかりだった。
 今日が終わり明日がくる。人間はその繰り返しで生きているものだ。そして積み重なり歳をとっていく。当たり前のようなこと。でももしかしたら明日は来ないかもしれない…
 健児はそんな事を考えながら走り続けていた。いつのまにか夕焼け色に染まった道路、白いガードレールにくっきりと影が出来ている。もうすっかり夕方だ。既に子供の姿はない。しかも田舎だけあって、外にはほとんど人がいない。たまに自転車が横を通っていくだけだった。しかし太陽はいつまでも光続けている。昼間と違う血のような真っ赤な色。田んぼの中の稲に光が当たり、オレンジ色に反射する。人気のない歩道の脇からはひぐらしの鳴き声が聞こえてきた。もう、側には誰もいない。静まり返る田舎道に自分1人だけ。
 どのくらい走っただろう。目の前に大きな階段がある。健児は白い手すりに摑まりその階段を上がっていった。この階段だけは真新しくなく古臭い感じがした。昔から何も変わっていない、あの時から何も…
「何年ぶりだろうな、ここ」
 ペンキが剥がれかかった手すりを眺め呟く。あの頃はこの階段をのぼるのにかなり時間がたったものの、今では普通にのぼれるようになった。あの頃とは違うんだ、もうなにもかも。
 その時、ふと何かが頭の中を横切った。何故だろう?、久しぶりに来たはずなのに何故か近い時間にここに来た気がする。この手すりの感触を前にも一度…。いつだかは覚えていないのに。知らないものが頭の中に入り込んでくる。強く強く神経までも犯していきそうな痛みが走った。がくっ、と体から力が抜ける。近くに生えていた針葉樹の葉が風に揺れ音を立てる。前にも聞いた音。いつ、誰と一緒に?
 頬に当たった風が景色を蘇らせる。静かな夕暮れ、聞こえるのは…
「お願い…」
 誰かの泣いている声。誰だろう、知らない人だ。細くて透き通っている女の声、すがるように耳に入り込んでくる。泣きじゃくる声がたまに聞こえてきて、聞き取れない言葉があった。知らないのに近くにいる感じ。本当に知らないはずなのに何故か耳の中で響き渡る。そして、景色が歪んだ。いろんな光景が頭の中で強くイメージされる。
 曲がったような空間。その中に1人…いや、二人だ。顔はわからないが誰かがいる。そして声を上げて泣いている。自分とゆう存在に泣きついているようだ。
 そして場面が移る。写ったのはどこだ?目の前は真っ暗で冷たい感じ。なにも感じないし手の感触もない。ただ何かの気配は感じる。誰かが自分をずっと監視している。誰が何のためにどこで…? 
「貴方がいけないの…」
 遠くから声が聞こえてくる。かぼそいくせに冷たくて震えた声。闇の底からのし上がってくるように聞こえてくる。健児も声を出そうとする、でも出ない。口がまるでなくなったようだ。
そんな事をしているうちに遠くに感じていたもう一つの存在がこちらに近づいてくる。ひたひたと足音がして闇のなかにシルエットが写りだされる。細く白い足が闇の中から静かに現れた。透き通るような色でまるでそこに存在しないかのような感じ、だがそこに確実にあるのを教える威圧感。嫌な空気が自分を襲ってくる。ぴりぴりと肌に空気の痛ささえ感じてしまった。
 一瞬、闇がさらに濃くなる。声が聞こえてきた。
「もし、貴方と会わなかったらきっと良かったのかもしれない」
 寂しそうな声。一つ一つの単語でさえ恐怖を感じる。息が苦しくなる、肌に感じる空気の汚れ。
 なんだこの空間は?誰がいて、誰が俺をおとしいれているんだ?早くこんなとこから抜け出したい。もうここで何もみたくない。でも目を瞑ることが出来ない。嫌なものは受け入れることしか出来なかった。
 逃げ出したい感覚、逃げ出したい心、逃げ出したい体。どれか一つでもいいからここから逃げ出したい。この沈黙と言う恐怖から帰ってしまいたい。でも恐怖は訪れる。嫌な音と共に、嫌な空気と共に。乾いた空気が闇のなかでいくつもの恐怖を呼んだ。
 白い足の上から笑い声が聞こえた。
「貴方は私と会わなければきっと幸せだった」
 聞いたことある笑い声。見たことのあるこの白い足。まさか、まさか彼女だと言うのだろうか。あまりに見覚えのある足と透き通った声が頭の中で響きわたる。それは頭と感じられる物体のようなもので、頭で考える感覚さえも忘れてしまうようだ。でも、目の前のそこにいる彼女の存在は確実にわかる。彼女のことを知っていることも、全てわかる。
(ああ、早くここを逃げ出したい)
 健児は呟くように闇の中で言った。ふと、目の前の白い足が強く濃く頭のなかに入り込んでくる。何故か知らないが白く美しいその足が目に何重にも重なり、深く頭のなかでイメージされる。
白くて細くて透通った足。どっちもどのくらいの力で折れるんだろう?いつのまにか恐怖はなくなっていた。考えられるのは目の前の足。自分が知っている少女の足。
昔からその白い足は皆から嫉妬されるほど綺麗で、本当になんの色にも犯されなかった。あの時から、自分もその足には嫉妬に近いものを感じていた。大人からは褒められ、通りすがりの人でさえその足の目を奪われたくらいだった。つまり少女は特別だったんだ。誰よりも綺麗な足をもつ少女、俺とは違う特別なもの。それが結構羨ましかったんだ。こうして目の前にしてその気持ちが蘇える。
 自分は大人から褒めてもらうことなどなかった。だけどこいつは違う。いろんな人に囃されてちやほやされて、それでいて図にのらない。何故かその態度がむしょうにむかついた。知らないけど、嫌だった。特別になりたいのに自分は許されない。平凡な力しかないから、誰も何も言われない。期待もされなければそれだけ絶望もされない。だから嫌だった。
 大人は自分を認めてくれない。親も親戚も先生も近所の人も、誰も自分を見てくれない。孤独に近いもの。だけどこいつは違う。大人に褒められている、認められている。
 
 


まだ書き途中です。
2006-07-23 07:03:28公開 / 作者:橋本マド
■この作品の著作権は橋本マドさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
とりあえず終わらすことに集中します。不器用な人間たちを、不器用な人間が表して行きたいと思います。
少し書き直し
この作品に対する感想 - 昇順
とっても良かったです!(いきなり何だ
続きが楽しみなのでがんばってくださいね♪

これで文章下手なんて…、むしろ逆ですよ!上手すぎです!

でわ、乱文失礼しましたっ。
2006-06-21 18:39:20【★★★★★】森塚 裕
初めまして、屋敷と言います。とても面白かったです!鳥肌立ちました(笑)ただ、主線が素晴らしいだけに、それを際立たせるなんらかの複線や二人以外の登場人物(例えば、昔の二人を知る人とか)があれば、もっと世界観が広がるのかな、と個人的には思いました。あと、凄く素敵な所っぽいのが多いのに場景描写が少ないなぁ、とおもいました。でも、初めてとは思えないほどなにもかも卓越していて、感動しました。続きを楽しみにしています!
2006-06-23 20:56:20【★★★★☆】屋敷
初めまして、感想ありがとうございます!!こんなバカの作品を読んでくれるなんて…。お二人とも、本当にありがとうございました!!さっそく直していきたいとおもいます。新しい場所からは場景描写多くします。新しい登場人物もだしていきたいです。でわ、ありがとうございました。
2006-06-24 06:45:34【☆☆☆☆☆】橋本マド
始めまして。聖と申します。
プロローグの、「死ぬね」という言葉にとてもインパクトがあったのですが、その後の内容が少し読み取りにくかったかな、と思いました。ですが、ストーリーの内容がしっかりとまとまっているので、これから色々な描写を絡めて行くと、かなり内容の読み取りやすいものになっていくと思います。
これからも、続き頑張って更新していってください。次回を楽しみに待っています^^
2006-06-25 20:27:05【☆☆☆☆☆】聖藤斗
初めまして聖様。ご指摘ありがとうございます。そうですか、少し読みにくかったですか。やっぱり見よう見まねで書いたから読みにくいですよね。これから直していきたいと思います。ありがとうございました!
2006-06-26 16:48:33【☆☆☆☆☆】橋本マド
初めまして。この度橋本さんの作品を拝読させて頂きました茂吉と申します。イヤー…凄いです。組み立て方も見せ方も、本当レベルの高さが際立ってますね。キャラクターの動きが自然でスルスルと読めました。続きを楽しみにしています。ではでは失礼しました。
2006-07-01 12:29:19【★★★★★】茂吉
初めまして茂吉様。ご感想ありがとうございます。自分にはもったいないお言葉をどうもです。うれしいですよ、ほんと。これからもっとがんばっていきたいです。ありがとうございました!
2006-07-01 12:49:36【☆☆☆☆☆】橋本マド
自宅からの投稿やHDやFD, USBに保存できる環境であるならば、『ある程度書き溜めてから』更新してください。
小刻みに何度も更新するのは見苦しいので控えていただければと。
2006-07-06 16:39:07【☆☆☆☆☆】紅堂
すいません、以後気をつけたいと思います。
本当にすいませんでした!
2006-07-06 18:16:55【☆☆☆☆☆】橋本マド
 まず好感を覚えるのは、しっかり書いていこうという気持ちが見て取れるところですね。書くという行為には様々な才能が関与するものですが、その中にあって最も大事なのは、誠実に書いていくという心、気持ち、そういう才能です。
 誠実であるというのは、読み手に対してもそうであるし、書いている自分自身に対してもそうだということです。自分のイメージに対して、描きたいものに対して、誠実であることがとても大事です。それを誠実に表現していくことがとても大事です。
 一生懸命書いているのがよくわかります。同じ書き手として、誠実に懸命に書くということが理解できるし共感できるのですね。執筆態度としてね。
 さて、それは今後も決して損なってはならないものですが、それを維持し続けることを前提にする中で、今後、この文章における様々な問題点の解消を目指していく必要がありますね。
 やはり目に付くのは、文章における粗密、濃淡、色彩のムラです。書いていく上でしっかりと個別の状況のイマジネーションを浮かべているのは見えてくるのですが、個々のシーンのつながりあう様子であるとか、イメージの連環や離合集散の中で必然的に一本スジが通る様子とか、ちょっとそういうものがない。チグハグな印象を受けるんですね。
 それは文章の表現レベルでの問題でもあるだろうし、イマジネーションそれ自体が整除されていない無秩序さにあるせいだとも見受けられるし、作品構成が弱いというのも原因のひとつだとも思う。
 また、書き手はあまりにストーリーの進行にばかり意識が行っているなとも感じますね。話のスジだけを延々と展開させるだけでは、それは小説にならないのですね。一本道路を作るのでなく、左右の並木、暖かな空気やせせらぎの音、歩く人間の楽しさや苦渋、そういう世界の全てをあたかもそこにいるかのように描いていくのが小説です。視覚、触覚、嗅覚、味覚、聴覚といった五感の全てに訴えかけるのが小説です。それをただ言葉の組み合わせによって行うのですね。
 ただまあ、現段階においてバランスが取れていないのはある意味当たり前。もっともっと芳醇なものをこれからずっと作っていこうという意思の継続。そのために、まずは完成を目指し、そこから自分自身で自分自身の世界をよく探してみてくださいね。
2006-07-06 21:47:45【☆☆☆☆☆】タカハシジュン
一つ一つの文章には特に大きな乱れは見られず、きれいに書かれていると思います。しかし、紅堂様のお心添えにあるような更新の仕方では、やはり物語にも、残念ながら疾走感が見られ、読者の皆さんがこの物語を理解するには、少々苦労がいるだろうな、そんなふうに思います。一つ一つの言葉の存在感は大きいものの、それらはすべてが物語りに還元されているわけではなく、やはりタカハシ様同様、ちぐはぐな感じがうかがえました。また、序盤から連発される『死ぬ』という言葉なのですが、少々手厳しいことを申し上げますと、この『死ぬ』という言葉には、ことごとく重さが感じられませんでした。単なる少女の我儘――申し訳ないのですが、自分には、そんなふうにしか受け取れませんでした。いっそ『死』という言葉は、序盤部分から一切取り除いてしまっても構わないかも。『死』という言葉がなくても、この物語は進められます。私はそんな気がします。あとは、擬音語の使い方の練習でしょうか。場景描写、心情描写の織り交ぜ方も、意識して創作活動を続けていけば自然と身につくことと思いますが、決して短時間でマスターしきれるものではありません。長い時間をかけて自分の作品と向き合い、少しずつ上手になっていきましょうね。
2006-07-07 18:08:20【☆☆☆☆☆】エテナ
お二人ともご指摘ありがとうございます。ええっと、何を言えばいいのかわかりませんが自分が未熟だと言うことがよくわかりました。
ですので、とりあえずこの話を終わらせます。とりあえずは自分が書きたいと思った終わりをなんとか書き上げたいと思います。
自分のやり方で書くので、どうなるかはわかりませんがとにかくこの話は終わらせます。
では、ありがとうございました
2006-07-16 21:40:54【☆☆☆☆☆】橋本マド
計:14点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。