『ほんの少しものがなしい』作者:夢幻花 彩 / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
ほんの少しものがなしい。まだ頑張れる。まだ大丈夫。まだ、まだ、まだいける。
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原稿用紙約8.71枚

 ほんの少しものがなしい。


 
 誰もが笑っている。穏やかな、柔らかい笑顔を浮かべてそこに立っている。それは私を中心としている輪の中だ。みんなの浮かべているそれは、嘲笑でも何でもなくて、素直に私のことを祝ってくれているものだ。嬉しい。私は自分が認められているのだと判るから、この中で私は肯定されていて、私は必要だよって言われているようなものだから、心から嬉しいと思う。本当に本当に嬉しいと思う。だけど、私の今の感情をそのまま言葉にするとこんな感じで、別段胸が切り裂かれるようでも絶望に打ちひしがれるようでもないんだけど、でもどことなくかなしくて(この感情は哀しいのか悲しいのかよくわからない。だけどなんだかかなしい)、なんだか泣き出しそうになる。










 
『期待しているよ』
 誰かが言った。
『美緒ならできるから』『応援してるよ』『凄いね、頑張ってね』
 口々に同じ笑顔を浮かべた人々が私にそう激励の言葉をかけてくれて、私はだからもっと一生懸命になる。そうすると私のやらなくてはいけない仕事はもっともっと増えて、私はもっともっともっと頑張って凄いことをやろうとする。誰かに必要とされるから、私はそれに応えたい。期待してる、応援してる、頑張れ、頑張れって言ってくれた人たちのために、私は今以上に頑張ろうと思う。
 私は小さい頃から(自分で言うのもなんだけど)勉強が出来た。礼儀正しくて大人にちゃんとあいさつができた。だけど子供同士でもみんなの輪の中心で遊び、笑い、そして外れている子を仲間に入れてあげることもできた。もちろん、小さい子にだって優しかった。
 両親は私を可愛がってくれている。特に厳しい家でもないし、どちらかというと自由奔放に育てられた方だと思う。けれど私は夜遊びなんてしてないし、彼氏や友だちは親にちゃんと紹介できるような人としか付き合っていない。
 
 
 班長、学級委員長、学年委員長に図書委員長と放送委員長それから風紀委員。
 そして、私は中学校でとうとう生徒会長になった。
 誰もが私を褒めてくれた。落選した人まで、美緒ちゃんなら当然だよ、おめでとうと私を祝ってくれた。誰一人として、なんであの子がとか、私の悪口を言わなかった。
 
 だから私は、期待に応えなくてはいけない。
 
 面白そうな漫画が本屋さんに置いてあっても、私は問題集を買って一生懸命べんきょうしよう。そして定期テストで言い点数を取って、先生の激励の言葉に応えよう。だけど友だちともちゃんと仲良くしなくちゃ。皆に親切にして、いじめられたり、孤立なんかしてないよってお母さんも安心させなくてはいけない。引き受けた仕事はちゃんと頑張ろう。それから、弟や、近所の小さい子にだって優しくしなくちゃ。時々むっとすることも言うけれど、私を信頼して面倒を見て欲しいと頼むお母さんたちを裏切ってしまうことになる。
 辛くなんかない。
 大丈夫。まだまだ頑張れる。
 もう少し。
 あとほんの少しだけで良いから。
 良かった、美緒ちゃんにお願いしてよかったねって、みんなが思ってくれるように。
 


 生徒会長として、「夏休みに向けて」の説明をしなくてはならない朝だった。教室の学級文庫も整理する必要があったし、クラスのアンケート集計もしなくてはいけなかった。次の日に提出する予定だった古典のノートを尚子に貸してあげる日(昨日丁寧にまとめてきた)でもあったし、また次の服装検査についての生徒会議にもでなくちゃいけなかった朝だった。
 突然頭がくらりとして、目の前が真っ暗になった。足がぐらぐらして、私の世界はぐるりと反転した。



 
 気がつくと私は自分の家のベットの上で眠っていて、愛用のレモン色をした目覚まし時計がカチッ、カチッ、カチッと音をたてて時を刻んできた。
 頭の下に氷枕があって、頭の芯まで冷え切っていた。ところで、氷枕がしいてあるなんて私は熱があったんだろうか。そういえば体中がなんだかだるい。
 右側を見ると水色のカーテンが下がったわりと大きめの窓から太陽の光が差し込んでいて心地よかった。そのまま視線を左にずらすと壁に見慣れたセーラー服が干してあった。
 セーラー服。
 そうだ、今日は忙しいんだ。私、こんなところで寝ている場合じゃない。
 唐突に思い立って私は起き上がり制服を着る。髪の毛を束ねて、母のいるであろう居間に下りていく。

 知らない声が聞こえた。

 初老の男の人の声で、なんだか重々しい感じにも聞こえる。誰だろう。きちんとごあいさつしなくちゃ。私はそう思って居間に入ろうとして、

「もうこれ以上『頑張れ』って、言わないであげてください」
 声は、そう言った。
「今回倒れたのは頑張りすぎたせいです。いろんな仕事を引き受けて、人当たりも良くて勉強も頑張ってなんて、普通の人間はストレスで潰れてしまう。ただでさえそんな状態なのに、今の彼女に余計負担をかけたら、ますます悪化します。彼女は普通に生きて行けなくなってしまいます」
「……私たちが、あの子をこんなにしてしまったんですか」
 お母さんの嗚咽。

 しばらくして男の人のほうが私に気がついて、慌てたように目が覚めたかい、具合はどうだいなんて笑顔で聞いてきた。母は目の辺りをごしごしとこすって、今日は学校休んだら、とむりやりな笑顔で聞いてくる。私は胸がずきんとしたけれど、それでも笑った。
「そうしようかな」





 次の日初めて学校を休んでしまった緊張と、昨日あれだけのたくさんの仕事があったのに結果的にサボってしまった罪悪感でどろどろになりながら学校に行くと、意外にも皆優しくて、大丈夫って聞いてくれた。
「昨日、ごめんね。仕事一杯あったのに」
 そういうと、誰もがなんだそんなこと、といった表情をした。ちなみに私の体調が本調子になるまで、代理の人が全部やってくれるらしい。ますます申し訳ないと思って謝ると、みんなが苦笑した。
 美緒は無理しすぎなんだよ。あたし達でよければ、力になるからなんでも言ってね。
 その言葉が妙に耳に残って、私は誰にも聞かれない方に復唱してみる。
 ミオハムリシスギナンダヨ。アタシタチデヨケレバ、チカラニナルカラナンデモイッテネ。




 そのうち私は完全復帰して、前みたいに元気になったけれど、もう私に、誰も頑張ってとは言わない。
 期待してるよとか、応援してるよとか、凄いね、頑張ってね、流石美緒だね、なんて誰も言ってはくれない。
 私は必要とされなくなった訳じゃなくて、私がそのせいで倒れてしまったから、もうそんなことが無いようになのだと思う。私の為を思ってくれているからなんだと思う。
 だから私は、感謝しなくてはいけない。
 
 感謝しなくてはいけないのだ。本当なら、こんな風にいろんなことをでしゃばって引き受けておいたくせに、ある日突然倒れて人に仕事を押し付けた私なんか皆に嫌われて疎まれてしまうべきなのだ。ところが誰もが私を肯定して、良いよって言ってくれた。しょうがないよ、美緒は頑張っていたもん。美緒は悪くないよ、大丈夫だよ。
 だけど、誰も期待してくれない、誰も頑張れって言ってくれないのは、凄く怖かった。あんたなんかいなくてもいい、あたしたちはあんたなんかいなくても全然平気なんだよって言われてるみたいで、とてもとても、怖かった。
 だけど私は、きっとそれを口にすることは許されていない。



 






 ほんの少しものがなしい。


 
 誰もが笑っている。穏やかな、柔らかい笑顔を浮かべてそこに立っている。それは私を中心としている輪の中だ。みんなの浮かべているそれは、嘲笑でも何でもなくて、素直に私のことを祝ってくれているものだ。嬉しい。私は自分が認められているのだと判るから、この中で私は肯定されていて、私は必要だよって言われているようなものだから、心から嬉しいと思う。本当に本当に嬉しいと思う。だけど、私の今の感情をそのまま言葉にするとこんな感じで、別段胸が切り裂かれるようでも絶望に打ちひしがれるようでもないんだけど、でもどことなくかなしくて、なんだか泣き出しそうになる。



終わり
2006-03-30 00:27:21公開 / 作者:夢幻花 彩
■この作品の著作権は夢幻花 彩さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 連載中ですけど、こういう感じの話が書いてみたくなりました。
 一生懸命に頑張ろうとする人が物凄く好きです。無理をしても、自分なりに懸命にやる人っていうのは物凄く綺麗だし強いと思う。途中で壊れそうになったり、くじけそうになったら支えてあげようと思う。初めから何もしなくて私に迷惑をかけない人よりも、頑張って頑張って結果的に一杯私に迷惑をかけてくれる人のほうが好き。……とかって訳判んないことを口走ってる訳なのですが(汗)

多少の酷評(また中途半端な 汗)大歓迎です。レス、お待ちしています☆
この作品に対する感想 - 昇順
ああ……なんだか、よく解ります。自分も小学校高学年から中学にかけて、そんな立場をやってました。でも、当時は子供の心理だの重圧だのは、誰も考えてくれない時代でしたから、中2の春に自発的にドロップ・アウトして、それっきり好き勝手に浮いたり落ちこぼれたり……すみません。作品の感想になってないですね。
しかし、心理学者の方などがしっかり社会的になんかいろいろケアしてくれる昨今、この主人公のような、『救われつつもの悲しい』という感覚は、自然で微妙で繊細で、とても好ましく思われます。また一方それらの行き届きすぎたケアが、あまり微妙でも繊細でもない子供達にとっては『救われないけどとりあえずキショクいい』に甘えてしまう要因でもあるのかなあ、などとも思ったり――自爆型人間として、色々考えさせていただきました。
2006-03-30 02:53:55【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
読ませて頂きました。色々と共感するところがありました。頑張ってという言葉が気が付けば自分の中で圧力になっていたということが良くあります。自分は断れないたちなんで、気が付くと大量の仕事を頼まれて必死で片付けたりしていました。
主人公の真っ直ぐなものがとても伝わってきたし、本当に中身の濃い話だったような気がします。次回作品を楽しみにしています。失礼しました。
2006-03-30 08:45:49【☆☆☆☆☆】聖藤斗
私も頑張れ頑張れと(実力以上に)期待されて育ったタイプですが、「頑張らなくていいよ」なんて言われた日にはまっっったく頑張らない怠惰なだめだめな子になりますので、ちょうどよいのかもしれません(笑)わぁ情けない。常にほどほどのところで努力をとめてしまう人間です。だから少しだけ主人公の頑張りっぷりがうらやましくもあり、いじらしくもあり、若干イライラもしました。「私の今の感情をそのまま言葉にするとこんな感じで、別段胸が切り裂かれるようでも絶望に打ちひしがれるようでもないんだけど、でもどことなくかなしくて、なんだか泣き出しそうになる」がよかったかな。少しだけリズムの悪さを感じましたが、そこまで気になるものでもなかったし。連載がんばってねんー☆
2006-03-30 10:17:49【☆☆☆☆☆】ゅぇ
久々に、レス返しをしてみることに。
バニラダヌキさん☆周りの気遣いって、嬉しいようなかなしいような、微妙な気持ちになるんですよね。。
バニラダヌキさんもそういう立場に立っていらしたことがあるそうですが、私もそうなんです(だからこんな小説を書いたんですけどね 笑)ここまで私は頑張ってないですけど。
お読み頂きありがとうございました!!レス返しをしたくせに何を言いたいんだか判らなくなってしまいましたが(汗)
聖藤斗さん☆私はわりと「頑張れ」って言われるのは好きなタイプで、でも周りから見るとそれはやっぱり痛々しいそうです。
「主人公の真っ直ぐなもの」を出したいと思っていたので嬉しいです!!なんだか思ったよりも感情の薄い希薄な主人公になっちゃったなぁと自分で思っていたので(汗)お読み頂きありがとうございました♪
ゅぇさん☆イライラしてくれましたか!!う、嬉しい……(何)私も客観的に見てこの子イライラします。そこまで頑張んなくても良いじゃんってイライラするんです。だけどこういう人間好きだなぁって。真っ直ぐで、ちょっとイライラするんだけど、でも絶対見放したくないタイプの主人公を描きたかったので本当に安心しました(笑)読んでくれてありがとうございましたvリズムは頑張って今後直していきたいと思います(汗)連載も頑張ります♪応援しててくださいねっv
2006-03-30 22:39:23【☆☆☆☆☆】夢幻花 彩
 はじめまして、夢幻花 彩さま。
 上野文と申します。
『ほんの少しものがなしい』を拝読しました。
 誰かが期待してくれる。
 誰かが望んでくれる。
 それは、ひとりでいるより、ずっと大きな力になるのかもしれませんね…。
 頑張りやの美緒ちゃんが、とても魅力的に感じました。
 面白かったです。
 では…。
2006-03-30 23:59:25【☆☆☆☆☆】上野文
こんばんは、頑張らない人です。(?
周囲の期待や応援がプレッシャーになる、という感覚は私には到底分かりえないものなのですが、恐らくは主人公のようにキャパシティ以上に頑張る人に分かるものなのでしょうか。でもこういった微妙な心境の主人公、っていうのも結構好きです。そういう人も大好きです。(? やっぱり責任感強いんだろーなー……とか。私のふやけた脳味噌ではとくに思い立つような指摘等は御座いません。
それでは連載作品のほう頑張ってください。謎な発言目立ちまして失礼致しました。
2006-03-31 01:59:25【☆☆☆☆☆】蘇芳
上の文さん☆こちらこそ初めましてです。あぁ、そうか。誰かの期待に応えようとして必要以上に無理をするって言うのは、「ひとりでいるよりずっと大きな力になる」ことになるのか。。上の文さんのレスを拝見するまで全く気付きませんでした(汗)むしろびっくりです(笑)
 お読み頂きありがとうございました☆
蘇芳さん☆責任感が強い……というよりは、中途半端にしかやらなかったりサボったりすることで、周りに反感を持たれたり嫌われたりするのが怖いというか(私だけかもですが 汗)こう、特に私のようななんのとりえもない人間はあんまり期待されると困ります(笑)
 お読み頂き、ありがとうございました!!
2006-04-01 00:48:57【☆☆☆☆☆】夢幻花 彩
作品を読ませていただきました。ああ、一種の精神病だな、この主人公は。誰でもその傾向はあるとは言え、主人公の他者に頼られることのみ自己を確認できる不安定さが痛い……ここまで徹底していると、これからの自己の確立が大変だろうなぁ。私とは真逆の主人公のため、どうも感情移入がしづらかったですが、主人公の息苦しさは伝わってきました。では、次回作品及び連載の更新を期待しています。
2006-04-02 08:34:17【☆☆☆☆☆】甘木
遅くなりましたが、読ませてもらいました。しかしそうだよ、彩さんのこういう書き方が神夜は好きなのだ。痛々しい描写ではないのだけど、それでも心の奥に染みこんで来るような、そんな描写。読んでいてこれほどまでにしんみりさせられる描写はなかなかに珍しいのではないだろうか。こんな主人公とは正反対の立場にいるはずの神夜ですが、それなのにこの主人公と上手い具合にリンクさせてくれる。うむ、面白い。これでもうちょっと長さがあったら言うことなしなんだけどなあ(笑)それでは連載の方、楽しみにお待ちしております。
2006-04-02 19:25:31【☆☆☆☆☆】神夜
甘木さん☆一種の精神病。あぁなるほど、確かに(え)生きることに不慣れな主人公です。考えすぎて考えすぎて、自分の意味を求めすぎて溺れそうなんだと思います。
 ……息苦しさ伝わりました?ありがとうございますっ。せめてもう少しましな文章を書けるように精進して、感情移入しやすい小説が書けるよう心がけますっ。
お読み頂きありがとうございました!!連載……頑張ります(汗)
神夜さん☆実は、あんまり構想時間が無くてプロットも何も作らずに直接ここに入力していく一時間くらいしか使っていないショートの方が、時間をたくさんかけて作ったショートよりは出来が良いみたいです(涙)でもそんな素晴らしい描写能力は無いですよっ(汗)長さは無理です、このくらいじゃなければあとは長編(と言っても比較的短い)になってしまいますっ(涙)が、頑張ります。。
 読んでいただきありがとうございました☆連載あと少しで更新できるんですけど……しばしのお待ちをっ(汗)
2006-04-03 17:23:18【☆☆☆☆☆】夢幻花 彩
拝読しました。彩さんの話は初めて読んだのですが、痛っ、痛っ、痛っなんか凄く痛い。期待されることに自分を見出してる彼女が物凄く痛い。私も(大)昔はそんな感じでしたが、最近ではこの世と言うものに見切りがつき始めたのと期待されても何も出来ないことに気がついたのでまぁいいかあははうふふと生きております。私にとっては長さもコレぐらいが丁度良いかなと思います。
2006-04-06 23:06:54【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
水芭蕉猫さん☆初めて読んでいただいた小説がイタいものでごめんなさい……(汗)でも多分何読んでも対外痛いのでもっとごめんなさい(大汗)やっぱり期待することで自分を見いだすのは痛いみたいですね。。結構それも嬉しいんだけどなぁ(え)
この世に見切りがついたって……!そ、そんな(笑)
お読み頂きありがとうございました!!これ以上長く出来ない私にとっては、そう言っていただけると凄く嬉しいですっ(涙)
2006-04-07 21:37:34【☆☆☆☆☆】夢幻花 彩
計:0点
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