『心の中の、夏の日は  ―完―』作者:神夜 / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
わたしたちが迷い込んでしまったのは、『映し身の世界』。そこで出遭ったのはわたしたち自身。ここから出る方法はひとつだけ。    ――自分が、自分自身を殺すこと。
全角123761文字
容量247522 bytes
原稿用紙約309.4枚





 ――夢を、見ていた。

 それは夢。だけど現実。
 夢だけど、起こるべき事実。
 いつかはわからないけど、そう遠くない未来に、必ず起こる出来事。
 正夢、なんて言葉にすれば少し和らぐかもしれないけど、そんな表現ではない。
 予知夢、ともまた少し違う。それは夢であって、夢ではない光景。
 《わたしは、夢の中で、ちょっとだけ先の未来を体験する》ことができる。
 だから首を絞められている苦しさ、痛さ、怖さ、それと手を通して伝わってくる相手の正確な体温まで感じ取ることができる。できるからこそその夢がただの『夢』という言葉で締め括れる状況ではなく、ある種の現実なのだということをこの身に叩きつける。呼吸ができない息苦しさ、皮膚を締めることで生まれる痛さ、そのふたつが混ざり合って浮かび上がる怖さ。ああ、このまま死んじゃうんだと、白くなる意識の中で思うことさえもが明確に意識できるところがどこか異様だった。
 ただひとつ、わからないことがある。
 なぜ、《『わたし』が『わたし』の首を絞めているのか》。
 今、首を絞められているのがわたしならば、首を絞めているのも同じわたしだった。
 わたしがわたし自身の首を絞めているのではなく、『もう一人のわたしが、このわたしの首を絞めている』のだ。
 まるで鏡を見ているかのよう。毎朝、洗面所の鏡に映る見慣れたわたしが、見慣れない歪んだ笑顔を浮かべ、聞き取ることができない何事かをつぶやきながらわたしの首を強く、強く、一刻も早く息の根を止めるべくに締め上げている。この人は誰だろうと、首を絞められているわたしは思わない。誰も何もないからだ。この人は『わたし』であって『わたし』ではない誰か。『わたし』と対極を成す『わたし』なのだ。考えることはない。なぜならわかっているから。首を絞められるその理由さえもが、首を絞められている『わたし』にはちゃんとわかっているから。こうしなければ、どちらか一方が消えるのではなく、両方が消えてしまうから。
 それでも黙ってこのまま死んでしまうことはないと思う。首を絞めている『わたし』が消えたくないと願うのなら、首を絞められている『わたし』も当然、消えたくないと願うに決まっている。だから『わたし』は苦しさ、痛さ、怖さを吹き飛ばして、手を伸ばして首を絞める『わたし』の首へと、同じように手を添える。躊躇いはあった。だけど、こうしなければ両方とも消えてしまうから。そうしなければ、もうここから帰れないから。
 ごめんね――と、なぜかそう、つぶやいていた。

 それは、夢。だけど、現実。
 夢だけど、起こるべき事実。
 そう遠くない未来に、わたしは、ちゃんとした現実の軸の上で、これと同じことを繰り返す。
 そこから先のことについては、わたしはもう何も知らない。知る術を持たない。
 なぜなら、
 ――夢は、そこで終わってしまったから。
 ここから先のことを知るのはもう少しだけ先の、夢ではない現実での出来事。
 そこで『わたし』は、『わたし』の首を絞めている。
 それはきっと、揺るがない事実。
 それはきっと、逃れられない真実。
 なぜなら、

 ――わたしの『夢』は、そういう『夢』だから。





     「七不思議」



 授業の終わりを告げるチャイムの音を聞いてもまだ魂は窓の外に向けられたままで、開けたくせに結局は少しも使われなかったノートは白紙で置き去りにされ、握り締めたシャーペンは消しゴムの横っ面を串刺しにしており、ぼんやりとすると口を少し開けてしまう癖をどうにか直したいと日々頑張っているのにも関わらず、こうなってしまうと無駄な努力でしかないことが証明されていて、休み時間の喧騒の中に自らの間抜け顔を無料で晒し続けていることに神宮心夏(じんぐうここな)は最後まで気づかない。
「――年頃の娘がそのような顔をするのはどうかと思うぞ」
 額をシャーペンの反対側で小突かれてようやく我に返る。
「え、なに、遙ちゃん? あ、さっきの問題ならわたし、ちゃんとわかったよ」
 申し訳程度に膨らんだ胸を張り、心夏は教科書にパンダの絵と共に書き記された公式の答えを口にする。
「3」
「不正解」
「嘘!?」
「ちなみに授業はもう終わっている」
「ええっ、嘘っ!?」
 辺りを見回して初めて、物静かな教室はすでになく、休み時間の空気が漂っていることに気づく。
 記憶が飛んでいる。授業開始十分後に訪れた眠気をどうにかしようと思って窓の外に視線を移して、校門の前の道路を走る車をずっと行ったり来たりと追っていたところまでは憶えているのだが、そこから額を小突かれるまでの時間がすっぽりと抜けている。どうやら半分放心状態に陥っていたらしい。こうなると少しだけ得したような気がするが、よくよく考えるとひとつの問題を浮上させた。
 心夏は恐る恐るつぶやく。
「……もしかしてわたし、やっちゃってた?」
 もしかするとわたしは口を半開きにして馬鹿面を晒していましたか?、の意である。
 答えは容赦なく、
「大安売りでな。時祢が見たらそれだけで笑い転げていただろう」
「……わたしの今までの努力って、一体何だったのかな……」
 笑い声が返って来た。
「セロテープで口を止めることが努力と言うのかね心夏。それで癖が治るのならこれほどまでに面白い話はない」
「……酷いよ、遙ちゃん……」
 恨めし気に見つめると、心夏の前の席に座っていた御堂遙(みどうはるか)は綺麗に笑った。
 彼女は癖っ気一切なしの自慢の長い髪とフランス人形みたいに整った顔立ちが特徴のスーパーガールだ。何がスーパーなのかと言えば、それは御堂遙という女の子の灰色の脳細胞にある。都筑(つづき)高校始まって以来の天才、テストでは常に満点で突っ走り、全国模試でもすべての教科において上位五位までには必ずランクし、一位の座に座ったことも一度や二度ではない。おまけに天下の御堂財閥のご令嬢と来ているのだから、神様はどこまでも不公平という言葉が好きらしい。
 心夏はいそいそと出しっぱなしになっていたノートや筆箱を机の中にしまい、次の授業は何だったかと黒板に視線を移しそうとして、唐突に腹の虫が鳴いた。それが合図となり、心夏は視線を黒板に移す途中で時計に向け、時刻を確認する。只今の時刻、十二時四十八分。つまりは四時間目の数学が終わり、今は昼休みということになる。だからお腹が鳴るんだ、なんだ、わたしの腹時計もまだ捨てたものじゃないよね、と心夏は思う。
 机の横に引っ掛けてあった鞄に手を突っ込んで弁当箱を探り当てる。
「遙ちゃん、お昼食べよう」
 弁当箱を机の上に置きながらそう言うと、遙はすでに用意を済ましていた。
 遙が手に持つのはコンビニで買えるサンドイッチとパックのフルーツ牛乳。いつもと同じような昼食だった。
 心夏は弁当箱の包みを開けながら、
「またそんなの食べて。いつもそんなのじゃ体壊しちゃうよ?」
 遙は苦笑し、
「そう言うな。家ではいつも堅苦しい食事ばかりなんだ、学校にいるくらい好きなものが食べたい」
 その言い分もわかる、と心夏は思う。
 一度だけ遙の家、つまりは御堂本家に遊びに行ったことがあるのだが、あそこで出された夕食の料理には随分と驚いた。テレビでしか見ることができないような高級レストランの料理の数々。テーブルマナーがわからないだけでも焦るのに、周りには御堂本家に雇われた家政婦さんがたくさん待機していて、何かひとつでも間違えばとんでもないことになるような気がなぜかして、ビクビクしながら食べた料理の味はついにわからなかった。
 あんな凄い料理を食べている点から見ればコンビニのサンドイッチなど口に合わないような気がするのだが、毎日あのような緊張感溢れる場所で食事していたら、少しは気軽に食べれるものが恋しくなるのかもしれない。
 そういう考えはわかるのだがしかし、譲れないものが心夏にだってある。
「駄目。わたしのおかずあげるから、それも食べる」
 遙は目を細めて笑い、
「心夏は良い母親になるだろうな」
 そうつぶやいて、ご令嬢からは考えられない、手で直接おかずを摘むという行動に出る。
 だけどこれが当たり前だった。学校にいる間だけ、御堂の重みから少しだけ遠ざかることができるのだと、前に遙がそう言っていたことがある。その意味の深くはあまりよくわからないけど、漠然としたことならばわかる。庶民の心夏では想像もつかないような御家のプレッシャー、というものがあるのだろう。それを一身に受けている遙が唯一羽を伸ばせる所が、学校という空間なのかもしれない。
 唐揚げを食べながらふと思う。
「そういえば縞ちゃんと時祢ちゃんは?」
 フルーツ牛乳のストローから口を離し、遙が「ああ」と肯く。
「あの二人なら購買に行っているはずだ。嫌がる縞を時祢が拉致していたのを見た」
「拉致ってそんな大袈裟な」
「拉致ではないのなら誘拐だろうな。あの二人を見ているとそう思えてくるから面白い」
 拉致も誘拐も面白くないよ遙ちゃん。そう思ったが、心夏はついに言葉にできなかった。
 なぜなら、心夏もまた、たまにそう思えてしまうときがあるからだ。あの二人を簡単に表現するのなら凸凹コンビとか、そういう類の言葉なのではないだろうか。大動物と小動物という表現も似合うかもしれない。あの二人は学校一の、おかしな組み合わせなのだ。ただおかしな組み合わせなのに、学校一上手く回っている組み合わせだとも思う。人間関係の複雑な糸というのは、今の科学からでは解明できないことなのだろう。
 遙がサンドイッチを食べながら、
「ほれ、帰って来たぞ」
 噂をすれば何とやら、廊下から騒々しい足音が聞こえて来る。
 足音はこの教室のドアの前で止まり、同時に大きな音を立ててドアが開き、そこから大柄な女の子とその脇に抱えられる小さな女の子が現れる。離して降ろして怖い怖いと叫ぶ小さな女の子が桜井縞(さくらいしま)で、縞の叫びを無視して豪快な足取りでこちらに歩み寄っている女の子が猪川時祢(いがわときね)であり、この学校一の凸凹でおかしな組み合わせの二人だった。
 時祢はそのまま心夏と遙の席まで歩いて来て、近場の椅子に片手で持ち上げた縞を座らせ、その隣の机に自分自身が座り込む。
「何だよ、もう昼飯食ってんのかよ。あたしたちが帰って来るまで待っててくれてもいいじゃん」
 などと言いながら大量のパンが詰め込まれた購買の紙袋を取り出し、中から適当なパンを取り出して封を切り、思いっきり齧りつく。女の子らしくない上品ではない、と言ってしまえばそれまでだが、そうして食べても不思議とカッコイイのが時祢の凄い所である。
 そしてその足元の椅子に座り、半分涙目でメロンパンの袋を握り締めるのが、小動物の縞だ。怖かった、と一人でつぶやく縞は思わず抱き締めたくなるほど可愛い。この子は何を隠そうとも、プリティガールなのだ。実際の身長は144センチだが、誰かに身長を問われると本人は150センチだとあくまで言い張る。端から見れば子供が高校生の制服を着て遊んでいるようにも見えなくもない。実際、映画館などで高校生のチケットを頼んでも、受付のお姉さんから時々、「小学生料金の方が安いわよ? わかってる、お嬢ちゃん?」なんて本気で言われるくらいだ。そのたびに縞は一人で拗ねていじけている。
 だが、それも仕方がないことなのだ。元々小さな身長に加えて、トレードマークと言っていい頭の横で纏められたチョンボが実際以上に縞を幼く見せる。どこかの街角で見かけたら、心夏でも小学生だと思ってしまう。そう言うと縞が本当に怒るのでもちろん言わない。ただ、メロンパンの袋を握り締めて涙目の縞は冗談抜きでリスかハムターみたいに可愛く思えて、吹けば飛んで行ってしまいそうである。
 しかし、そんな縞が吹いても飛んで行かないのには明確な理由がある。
 縞を囲うのはカゴではなく、難攻不落の壁、ワイルドガールこと猪川時祢だ。
 活発なショートヘアーに凛々しい頬のライン、180センチの長身とスマートな体つきを持ち、スポーツ万能のワイルドガール。縞が衣装部の着せ替え人形にされるように、時祢は運動部の助っ人である。スポーツ万能の力は底が知れず、バスケットだろうがバレーだろうが陸上だろうが水泳だろうが、果てには剣道や柔道なんていう格闘技にまで天下無双の才能は異端なく発揮され、全校集会のときに渡される賞状は一枚や二枚ではない。ちなみに凸凹コンビの関係は、幼稚園からの幼馴染である。
 これでいつものメンバーが揃った。心夏、遙、縞、時祢。これがいつも一緒にいるメンバーだ。
 スーパーガール、プリティガール、ワイルドガールとくれば残る一人は何なのか、という話になる。なるのだが、強いて言うなれば、心夏はサイコガールである。成績は中の上、スポーツは中の下、趣味は読書とカラオケ、別段変わった所はない、極々普通な高校二年生である。が、普通と違う所がひとつだけ存在する。それが心夏がサイコガールたる所以に値するのだが、今はその話は置いておこう。
 向日葵の種のようにメロンパンを食べる縞が口を開き、
「そういえば心夏ちゃん、大丈夫だった?」
 突然の話に意味がわからず、
「何のこと?」
 言っていいのかどうかわからないけど、みたいな顔を縞はする。
「さっき、あの癖出てたでしょ?」
 思わず飲んでいたお茶を咽た。遙だけならまだしも、どうやら縞にまで見られていたらしい。
「……お願い、忘れて縞ちゃん」
 一体幾つ目のパンを食べているのか、横から時祢が大声で笑う。
「心夏、また口半開きにしてぼんやりてたの?」
「してない、絶対にしてない」
「していたではないか。わたしが言わなければまだああしていたと思うぞ」
 心夏の弁当のおかずを食べながら、心夏の言って欲しくないことをさらりと言う遙。
「遙ちゃん!」
「隠すことではないだろう。男子に見られたのならまだしも、ここにいる三人は心夏のあの顔を毎日のように見ているのだから」
「そう、かもしれな、」
 いや、やっぱり違う、
「それでも言っちゃ駄目!」
「いやぁ、あたしも見たかったわ。心夏のあの顔、あたしの携帯の待ち受け画像だからね」
「嘘っ!?」
 真相を求めて縞を振り返ると、まるでご臨終が確定した患者を供養する医者のように首を横に振った。
 とんでもない事実である。普段、時祢は携帯電話を不用意にも机の上に出しっぱなしにしたままどこかへ行ったりする。そこで何かが起きて、まったく知らない人にそのような待ち受け画像を見られた日には登校拒否児になってしまうかもしれない。今すぐに削除しなければならない。幸いなことかどうかはわからないが、時祢の携帯電話は今も机の上に出しっぱなしになっていた。
 慌てて席を立って時祢の携帯を開くと、本当に言った通りの待ち受け画像が出迎えた。口を半開きにして窓の外を眺める、間抜けな心夏そのものがベストアングルと断定できる具合に収めされていた。時祢の携帯電話の操作の仕方ならばわかる。待ち受け画像をキャンセル、画像フォルダから先の画像を見つけ出して削除、代わりに縞が衣装部にフリフリの洋服を着せられたときの画像を待ち受けにしておく。
 ひと息ついて席に戻ると、時祢がまるで残念そうではない風に、
「なんてことを。心夏のベストショットが消えてしまった」
 そして手品のように、手の中から一枚の小さな四角の何かを取り出す。
 SDカードだった。
「しかしこんなこともあろうかと対策は万全。この中には縞のコスプレ画像と一緒に心夏の画像もちゃんと保存されている」
 心夏と縞は、同時に行動を起こした。
 運動神経では決して敵わないはずの時祢に対し、心夏と縞は実に連携されたコンビネーションで隙を突いて動きを封じ込み、二人揃って時祢の手からSDカードを奪い取り、一瞬の躊躇いもなく圧し折った。ペキッ、と小さな音が鳴り響き、粉々に砕けたSDカードを窓の外に投げ捨てる心夏と縞。二階から投げられたSDカードの残骸が夏の風に吹かれて塵と化していく。それを見据えながら、心夏と縞は互いに握手をした。見事な笑みだった。
 その光景を見つめていた時祢はまだまったく懲りずに、
「ああ、なんてことだ。あたしのお宝画像の入ったSDカードが壊されてしまった」
 次いで手の中に登場するは、一枚のCD−ROM。
 本当の手品を見ているみたいだった。どうすることもできなかった。
「しかしこんなこともあろうかと対策は二重三重に万全。データはすべてあたしの家のパソコンに保存されてるし、加えてそのデータをディスクに焼いてあらゆる場所に隠してある。一枚でも残っていれば複製は容易い。甘いよ縞ちゃん。愚かだよ心夏くん。あんたたちじゃあたしには勝てないのだよ」
 勝ち誇ったように焼きそばパンを貪る時祢。
 完全なる敗北を叩きつけられた心夏と縞はどうすればバレないように放火できるかを話し合う。
 そして遙はそんな光景を見つめて、実に楽しそうにサンドイッチの最後のひと欠けらを口に入れる。
 そのひと口を飲み終わったとき、遙はふと思い出す。
「そうだ。もう少しで夏休みだな。皆、何か予定はあるのか?」
 焼きそばパンを口一杯に放り込みながら時祢が遙を見る。
「あたしはそうだな、助っ人で出る試合以外は特に」
 次いで縞が憂鬱気味に、
「……わたしは衣装部のお願いがなければ……」
 そんな縞の頭を心夏は撫でつつ、
「わたしも別にないよ。遙ちゃんは?」
「わたしは家の用事がなければ普段は大丈夫だろう。――そこでだ、夏休みに少し遊びに行く予定などでも立てないか?」
「あ、賛成」
「うん」
「あたしも異議なし」
 遙の提案にすぐさま三人が同意し、「どこに行くか」ということが議論され始める。
 時祢はすぐさま「海か山がいい!」と叫ぶ。この辺りもワイルドガールだと思う。
 縞が少しだけ考えてから「プールでもいいかな」と言う。控え目に言う辺り、プリティガールだと思う。
 提案者の遙が真面目に「寺で修行というのもいいかもな」とつぶやく。……スーパーガール以外の何者でもないと思う。
 その声に全員が声を沈め、まるで異物を見るかのように遙を見つめる。さすがに外したか、と遙は苦笑し、
「冗談だ。心夏はどこか行きたい所はあるか?」
 先に海も山もプールも言われてしまった。他に夏の定番で楽しめる所と言えばどこかあっただろうか。
 夏の定番。お泊りの旅行。その夜。好きな人の話とかそういうことが定番だと思う。でもそれでは行きたい所ではない。他に何かないだろうか。
 夏。夜。寺。――あ。
「わたし、肝試ししたい」
 遙と同じく、ふと思いついた冗談だった。
 みんなもそう取ってくれると思っていた。
 なのに、
「ほう、肝試しか。夏の定番だな」
「へえ、なんか面白そうじゃん。あたしもそれやりたいかも」
「……怖いのあんまり好きじゃない」
「大丈夫だって縞。幽霊が出て来たらあたしが千切ってやるから」
「え、あ、ちょっとみんな!?」などいう心夏の叫びはまるで流され、話は勝手に進んで行く。
「なぁ、そういうことなら今日に肝試ししない?」
 時祢の言葉に遙は眉を顰め、
「しかし肝試しができるようなスポットがこの近くにあったか?」
「あるじゃん。とびっきりの心霊スポットが」
「?」
 時祢は、指を窓の外に向けてからゆっくりと動かし、自らの足元を指した。
 ぽん、と遙が手を叩く。
「なるほど、それは確かにこれ以上ないくらいの心霊スポットだ」
 話が見えなかったのはどうやら心夏だけではなかったらしい。
 縞が首を傾げながら、
「どこ?」
 遙は笑う、
「ここだ、この学校。夜中の学校ほど面白そうなスポットも他にあるまい」
 ようやく納得した縞が顔を輝かせ、
「それ楽しそうかも! 学校なら幽霊とか出ないもんね!」
「いや縞、学校だから幽霊が出るんだよ? あんた七不思議とか知らないの?」
「そういえばこの学校の七不思議には何があるのだろう? 誰か詳しい者はいないものか」
 その場の三人が互いを見つめ、全員が知らないという結論に達したとき、視線が心夏に向けられた。
 サイコガールの出番だ、とでも言いたげである。話に入れてもらえたと思ったらこれだ。
「知らないよ。わたしの『これ』はそれとは別関係」
「まあもっともだ」と遙は思案し、またもや手を叩いて、
「古藤ならば知っているかもしれんな」
 時祢が意外そうな声で問う。
「古藤って、歴史の古藤? あの髭もじゃ?」
「そうだ、その髭もじゃ。確か以前、この学校の歴史について調べたとか何とか言っていたはずだ。もしかすると知っているかもしれん。どうせ肝試しをするのなら、その七不思議の箇所を回った方が面白いではないか」
「そらね。よし、そうと決まれば行くぞ縞!」
「え、ちょ、ちょっと待っ、きゃあっ!」
 椅子に座ったままだった縞を脇から抱え、時祢が教室を飛び出して行く。
 その背中を見据えながら、心夏は何とも言えない気分に浸っていた。
 まさか冗談で言ったことが実行に移されるとは。しかも決行日は今日だ。いやそれは別にいいのだ。今日の夜はすることもないし見たいテレビもなく、暇を持て余していたから。問題は、肝試しをするということにある。言い出しっぺのくせに、心夏はそういうオカルトっぽい話が大の苦手だった。サイコガールが何を言うかと突っ込みを受けそうな所であるが、『これ』とそれはまったくの別問題で、怖いものは怖いのである。まったくもってとんでもないことになってしまった。どうにかして中止させることはできないだろうか。
 そんなことを考える心夏の前で、遙が楽しそうに言う。
「夜の家を抜け出すのにもひと苦労なのに、学校に侵入しての肝試しだ。こんなに気持ちが昂ぶるのは小学生以来だな」
 そんなことを言われたら、遙の家の事情を知っている心夏には何も言えなくなってしまう。
 ちなみに、遙がわざとそう言って心夏の決心の後押しをしていることはもちろん本人しか知らない。
 そして先ほど飛び出して行ったばかりの時祢と縞が、あっと言う間に帰って来た。
「聞いて来たぞ、髭もじゃに」
 連れて行く意味など微塵もなかったはずの涙目の縞をまた椅子に座らせ、時祢は言われたままを説明する。
 どんな話が来るのかと心夏と遙は身構える。
「まず、第一の不思議。これは定番の動く人体模型。普段は使われないらしいんだけど、科学室の横の準備室の中に人体模型があって、夜中にそれが動くんだって。それで第二の不思議。これも定番、トイレの花子さん――かどうかは知らないけど、もしかしたら太郎くんかもしれないって髭もじゃは言ってた――だ。教室側とは違う、移動教室側の三階の女子トイレの一番奥。夜にそこに行くと便器の中から手が出てくるらしい。次いでの第三の不思議。勝手に鳴るピアノ。これも定番で、音楽室にあるピアノが勝手に鳴るらしい。さっきのふたつと違って、誰かが聞いたなんて証言もあるらしい。……それでここから、この学校に伝わる本当の不思議」
「ほう、ここまでが前フリなのか」と遙が相槌を打つ。
「その通り。本当の不思議はここからだ。第四の不思議だが、これは開かずの扉。あんたたちも知ってるだろ、下駄箱の隣にある防火扉。あの火事とかんときに閉まるやつ。ウチの学校は何かの拍子で閉まったっ切りそのままになってる。どうしても動かないからそのままにされてるけど、あれは夜にだけ開いて、そこから廊下に出るとまったく違う世界に飛ばされてしまうらしい」
「神隠し、というわけか」
「その通りだと思うって縞が質問したら髭もじゃが言ってた。それで第五の不思議だ。この学校が建つ前に、どうやらここには神社と沼があったらしい。昔、その沼で一人の子供が行方不明になってる。結局死体は上がらないままその上にこの学校が建ってるんだって。それで夜になるとその子供が床から手を出して助けを求めるって。これも随分と前だけど見たっていう人がいるっぽいよ」
「死体が下に埋まっている、というのは在りそうだな」
「でしょ。それと第六の不思議。これは実例がある。この学校も出来たばっかりの頃にはいろいろあったらしくてね、それでね、この学校が建ったばっかりの頃、新人教師が生徒たちのイジメに耐え切れずに自殺しちゃったんだって。それ以来、その教師の霊が夜になるとこの学校のどこかの教室に出没して、誰もいない教室に向って授業する。その教室に足を踏み入れたら最後、その人間は二度と戻って来れない黄泉の世界に連れて行かれるんだって」
「しかし誰か連れて行かれた人はいるのか?」
「いないでしょ。いたらこの学校なくなってるわよ。髭もじゃも知らないって言ってたし」
「――じゃあ、最後の不思議は何?」と、これは心夏だ。
 ふっふっふ、よくぞ訊いてくれたと時祢が拳を握り、こう言った。
「第七の不思議は、無いんだ」
「……ほえ?」
 間抜けな声を出す心夏を見つめ、時祢は続ける。
「第七の不思議は存在しない。七不思議なのにひとつだけ無い。だから不思議、合計して七不思議なんだ」
 とんちのような話だ、と遙は笑う。
「でも楽しそうじゃない? あたしと縞はもう行く気満々なんだけど」
 心夏が縞を見やると、満々、という風には見えなかった。どちらかと言えば嫌がっているようにも見える。
 が、もう止まらないだろう。猪川の名字のように、一度走り出したら猪のように時祢は止まらない。それを知っているからこそ、縞も諦めているのだと思う。拒否しても結末は同じなのだ。ならば最初から乗り気で挑もうではないか。大丈夫、もし何か出て来ても時祢がきっと千切ってくれる。こっちにはスーパーガール、プリティガール、ワイルドガール、そしてサイコガールまでいるのだ。幽霊になんて負けるはずがなかった。
 先に同意したのは遙だった。
「わたしも行く気がある。参加しよう」
 三人の視線が心夏に向けられる。
 覚悟を、決めた。
「わたしも行くっ。みんなで肝試しだっ!」
 半ばヤケクソだった。
 時祢が、満面の笑みで笑った。
「決まりッ! だったら今日の夜、みんなで学校へ不法侵入だ!」

 ――そうして、わたしたちの一足早い、長い夏の夜が始まった。


     ◎


 夢か現か、それを確認する手段なんて正確にはないけど、それでも心夏は何が『夢』で何が『現』なのかを感じ取ることができる。
 故に今、夜の学校に忍び込んで赴いた科学室での出来事は、夢なのだと自然と理解していた。どういう成り行きでこうなっているのか――意識は夢に沈んでいても、心夏はそれをしっかりと納得している。肝試しをするために、夜の学校へ忍び込んでいるのだ。メンバーはやはり心夏、遙、縞、時祢の四人である。ただわからないのは、どうして昼間の学校ではなく不法侵入で来ているのに、全員が制服を着ているのか、という点である。が、別にわからなくても困るようなことではないのでスルーする。
 夏の夜なのにも関わらず、心底怖がっていると体温が下がってしまうらしい。いつもは汗でベタベタになってしまう制服だが、今だけはその感触さえもが冷たい。先頭を切っているのは時祢で、その横にいるのが遙。心夏は遙の、縞は時祢の制服の袖を握り締めておっかなびっくりで後に続いている。夢の中なのだから少しくらい良い格好をしろよ、なんて言葉が聞こえてきそうだが、これは『夢』であって『夢』ではないのだ。遙曰く、『擬似夢』だという。
 その擬似夢の中で今、心夏たちはゆっくりと科学室を横切って準備室の方へと歩いて行く。
 七不思議に認定されている第一の不思議、動く人体模型。
 ここに来ているからには、目的はそれ以外にないと思う。でも準備室って普段は鍵が掛かっているから入れないんじゃないだろうか、との考えは、時祢が取り出した「科学準備室」というプレートが付いた鍵の出現により氷解する。ノブに鍵を突っ込んでロックを外し、ゆっくりと中へ踏み込んで行く四人。今になって、視界を照らし出すものは窓から射す月明かりと四つ分の懐中電灯であることに気づいた。懐中電灯で照らすと余計に怖いと感じてしまうのは気のせいではあるまい。
 そして時祢が準備室にある棚のすぐ近くにしゃがみ込み、埃の積もった戸棚に手をかけ、
 力任せにそれを、開けて――中から、生き物ではない何かが飛び出した。
 悲鳴を、上げた。
 あまりの驚きに体がびくりと震え上がり、眠気の余韻も何もかも吹き飛ばして目が覚めた。
 夢の中で落とし穴に落ちた感じに似ていた。少しだけ乱れた息を整えながら、ここがどこであるのかを確かめる。見慣れた部屋にある、見慣れたベットの上だった。つまりここは心夏自身の部屋で、窓の外を見るとすでに夕陽は落ちていて、辺りは薄暗くなり始めている。外から聞こえて来る蝉の声はまだ勢いがよく、耳についたそれらがここは現実なのだという答えを運んで来てくれた。
 擬似夢と現実の温度差に戸惑う。さっきまで寒くて寒くて震え上がっていたのに、今ではもう汗を掻き始めていた。
 心夏はひとりで苦笑し、ベットの棚に置いてあった携帯電話を手に取る。折り畳み式のそれを広げると、メールが一件、届いていた。送り主は時祢で、内容は『今日の八時、正確には二十時零分に校門前に集合! 作戦決行時の服装は各自自由、しかし制服ならば雰囲気が出てなおのことよし!』とだけ書かれていた。なるほど、と心夏は思う。擬似夢の中で全員が制服を着ていたのは、こういう指令が下ったからだったか。ここで心夏だけが私服で行っても意味はないので、やはり制服で行くことになるだろう。
 擬似夢を思い出す。これまで数々の擬似夢を見て来たが、このようにホラーチックな擬似夢は初めて見た。これがただの夢で終わるのならば問題はないのだが、擬似夢で体験したことはしっかりと現実の軸の上でもう一度繰り返すことになる。先に起こる出来事がわかっている分、僅かに動揺は減るだろうが、それでも今日の擬似夢は質が悪い。なぜなら、飛び出して来た肝心の「何か」の正体がわからないのだから。思うに、もしかしたらあそこから出て来たのは本当に不思議である、人体模型なのではないか。
 ぶんぶんと心夏は首を振る。そんなことがあるわけはなかった。あっていいはずなんてなかった。あって欲しくないと思う。
 そしてまたもや厄介なことに、擬似夢は一度見てしまえば最後、《絶対にそうなってしまう》という特典持ちだった。例えば小学生の頃、プールの授業で溺れかかる擬似夢を見たから理由をこじつけて見学したのだが、結局は友達の悪ふざけでプールに引っ張り込まれて溺れたり、中学生の頃、学校の階段から落ちる擬似夢を見たから一日階段は使わないように心掛けたのに、最後の最後、学校とはまったく違う、帰り道の公園の階段から落ちた。
 擬似夢で体験したことを意図的に避けても、結果はどの道を辿ろうともそうなってしまうのだ。仮定は違えど、溺れたり階段から落ちたりしたことには変わりない。故に《絶対にそうなってしまう》とわかっているから、近頃では逆らうことをやめていた。そして加えて言うなれば、普段の擬似夢は、そんな身の危険を伴うようなことはほとんどない。大概はテストで0点取ったとか、犬に追い掛け回されたとか、お店で万引き犯と間違われたりとか、そういう些細なことだった。だからきっと、今日のこともいつもと同じような、些細なことなのだと思う。だから避けても意味はないだろうし、そもそも人体模型が動くわけなんてないんだから、あまり気にする必要はないはずである。そうであって欲しいのである。
「でも大丈夫、もし万が一に人体模型が動いても時祢ちゃんが絶対に一本背負いでぶん投げてくれるもん」
 そんな完璧他人任せのことをつぶやきつつ、心夏はベットから立ち上がる。
 学校から帰って着替えたばかりの制服を着直し、鞄の中の教科書をすべて机の上に放り出し、代わりにタオルと買い置きしておいたお茶のペットボトル、小腹が空くといけないから細々したお菓子数点を突っ込み、まるで遠足にでも行くかのように軽やかな足取りで階段を下りる。制服の胸ポケットに入れた携帯電話で時刻を確認すると、もうすでに七時を回っていた。
 家から学校までは普段電車は使わない。自転車で行けば三十分もかからずに着いてしまうからだ。が、さすがに夜道の中、自転車を使って一人で帰って来るのは少し怖いので、バスで行こうと思う。最終バスが無くなるような時間帯まで学校で遊んではいないだろうし、仮にそうなってしまったらちょっと図々しいが時祢か誰かに自転車を出してもらおう。たぶん時祢は自転車で来るだろうから大丈夫。うん、わたしってば完璧に他人任せ。
 ちょっと出掛けてくるー、と両親に言い残して玄関を出る。こんな時間から一人娘が出掛けるのだ、普通なら止めるか行き先を訊くくらいはしそうであるのだが、神宮家のモットーは放任である。ただし家族関係が崩壊しているとかはない。親が子を、子が親を信頼しているからこそ成せる技なのだ。そうなのだと心夏は信じているのだ。大丈夫、パパとママは仲良いし、わたしも大好きだし。
 バス停に着くとちょうどバスが到着したところで、嬉しくなって上機嫌に乗り込む。バスの中を見回して空いている席を探すと、見知った顔と出会った。
「なんだ、心夏は自転車ではないのか?」
 その独特の口調の女の子を、心夏は一人しか知らない。
 スーパーガールこと、御堂遙だ。
 席を空けてくれた遙の隣に腰を下ろし、
「こんばんは遙ちゃん。だって自転車だと帰りが怖いから」
「ああ、なるほど。しかしバスだと帰りが危ういのではないか?」
「うん、そうなったら時祢ちゃんに頼もうかと思って」
「ふむ。ならば帰りはわたしの家の車で送って行こう」
「え、いいの? ……でも遙ちゃんって、」
 遙は、家を抜け出してここにいるのではなかったか。それなのに家に連絡を取って大丈夫なのだろうか。
 なんてことを思う心夏の心情を正確に感知し、遙が笑う。
「心配は無用。しっかりと断りを入れ了解を得てここに来たからな」
「あ、そうなんだ。大丈夫だった? 反対されたりは?」
「それなりの条件を置いてきたから問題はない」
 条件って何だろう。気になる。でも訊くと危ないかもしれないから触らないでおこう。
 そして気づけばやはり、遙も制服を着用していた。
「遙ちゃんもちゃんと制服着て来たんだね」
「ん? ああ、時祢から連絡があったからな。あの意見にはわたしも賛成だ」
「……やっぱりそうなるよね」
「やっぱり、というと?」
 首を傾げる遙を見つめ、心夏は苦笑する。
「また擬似夢見ちゃって。たぶん今日の夜の出来事。そこでわたしに遙ちゃん、縞ちゃんに時祢ちゃんはみんな制服着ててね、科学準備室に行くの。そこで時祢ちゃんが棚を空けたら何かが出て来て」
「何か、とは?」
「わかんない。そこで起きちゃったから」
 ほほう、と実に楽しそうに遙が目を輝かせた。
「ならば最初は科学準備室から回るとしよう。心夏が見たという擬似夢の正体を確かめようではないか。そこで出て来たのが動く人体模型ならばこれほどまでに楽しそうな出来事は他にあるまい」
 本気でスーパーガールだと思う。動く人体模型を楽しいと言い切った。遙ならば本当にそういう状況になっても楽しめるような気がするから恐ろしい。
 それから遙と荷物の話などをすると、どうやら擬似夢の中で見た懐中電灯は遙のものであったらしい。家に転がっていたから持って来た、と鞄の中に詰まった四つの懐中電灯を見せてくれた。それ以外のものについて言えば特に変わったものはなく、授業のない日の鞄の中身そのものだった。打って代わっての心夏の鞄の中身はまるで遠足だ。また随分と張り切っているな、と遙に笑われた。
 直通で学校へ向う自転車よりも少し長い時間をかけて、バスは都筑高校前に辿り着いた。お金を支払ってバスを降り、あまり目立たないように都筑高校に近づき、校門の所に到着する。が、どうやらまだ縞と時祢は来ていないらしかった。姿が見えないということはそういうことなのだろう。バスに乗っていたせいで聞こえなかった蝉の声はとっくの昔に闇に消えていて、聞こえているのは鈴虫の鳴き声だけだった。
 夜空を見上げる。雲がなく、星が綺麗に広がった空だった。真ん丸いお月様はなぜかドラ焼きに思えて、少しだけお腹が空いたな、なんてことを思う。風は生温い中に少しだけ冷気を含んでいて、気持ちよかった。
 そして振り返ったそこにあるのが、都筑高校だ。
 昼と夜では印象がまったく違う。まだこんな時間なのにもう教員すら残っていないのか、校舎に光が灯っている所は見当たらない。闇の中に沈んだ学校は獲物を待ち構える怪物のように思えて、今からこんな所に入り込むのかと思うと今さらに怖くなってきた。昼は全然そう思わないのに、夜だと今にも幽霊が出て来そうな雰囲気である。現実を目にすると、擬似夢の人体模型説もあながち嘘ではないと言わざるを得ない状況だった。
 隣の遙が一歩を踏み出そうとしたとき、その反対側からいきなり肩を掴まれた。
「ひゃうっ!?」
 おかしな悲鳴とおかしな足取りのせいでその場に転げそうになったところを支えられ、男の子のような力で引っ張り上げられる。
「おっと。あたしだよ心夏、幽霊じゃないから安心しな」
 振り返るとそこには時祢がいて、その隣には縞もいる。
 二人とも制服を着ていた。
「……びっくりさせないでよ、時祢ちゃん……」
 心臓がまだ早い鼓動を打っている。時祢は「悪い悪い」と実に楽しそうに笑う。
「さて、時祢。時刻は今でちょうど二十時零分であるが、ひとつ疑問に思うことがある」
 三人より少しだけ離れた場所に立っていた遙はそう言う。
「なに?」
「我々はこれから、どうやってこの学校に侵入するのかね?」
「あ」と、心夏と縞の声が重なった。
 すっかり忘れていた。不法侵入すると言ったはいいが、果たしてどうやって侵入したものか。都合良く鍵が開いているなんてないだろうし、かと言って窓ガラスを叩き割ったら犯罪になる。こんなことで退学になって人生を棒に振るようなことはしたくないのだ。だけどならば他にどうすることができるのだろう。入る手段がないから今日はお開き、では締まらない。
 時祢はもちろん、それを計算していたのだろう。遙の声に肯き、
「大丈夫。抜かりはないよ。よし、行こうか。さっき残ってた教師も帰ったし、もうここは無人だ」
 時祢に連れられてやって来た場所は、図書館だった。
 都筑高校は四つの建物から成っている。まず、正面の正門から入ると左右対称に作られた校舎が存在し、向って右が教室側、つまりは一年生から三年生が普通に教室で授業を受ける場所である。こっちの一階の一番奥には職員室もあり、購買もその隣に位置している。次いでその反対が移動教室側、主に音楽室や科学室やコンピューター室などの、教室ではできない授業をするために使われる、移動教室がまとめられた場所である。その校舎の奥には体育館が構えていて、その脇にあるのが図書館だ。ちなみにすべての建物は地上二階の場所に位置する渡り廊下によって繋がっているから、どこかひとつに入り込めれば全部の場所を行ったり来たりできる仕組みになっている。そりゃあ、重要な場所には鍵が掛かっているのは当たり前であるのだが。
 そして四つの建物の中でも最も人がいないことが予想される図書館の裏側に回り込み、時祢は「どこだったっけ」と辺りにくるくると視線を動かしながら歩いて行く。やがて唐突に立ち止まり、窓に手を当てて意味有り気に笑い、いきなりガラッと窓を開けた。手品でも起こしたのかと思った。
「ここ、結構穴場でさ。よく開けっ放しになってんの。まぁ、今日はあたしが開けっ放しにしたんだけどね」
 そう勝ち誇り、無造作に窓枠に足を掛けて攀じ登る時祢。
「と、時祢ちゃん! スカートだよ、忘れてる!?」
 心夏がそう叫ぶのだが、ものすごい位置まで捲れ上がったスカートを直すこともせず、
「いいじゃん、男いないし、減るもんじゃないし」
 ワイルドに言い放つのだった。
 一人先に侵入を果たした時祢が窓際で少しだけ姿勢を正して、王子様のように上体を屈め、
「ようこそ、我がパラダイスへ。本日、ここは貴女たちのために貸切です」
「なにそれ」
 笑ってそう言うと、時祢も笑い、
「遊びだよ遊び。さってと、探検するか探検」
 放っておくと先に行ってしまいそうだった時祢を追うように心夏も窓枠に足を掛けるのだが、さすがに時祢のようにスカート云々の恥を捨てることができず、何とも奇怪な登り方で時祢の三倍もの時間をかけて攀じ登ることに成功した。心夏が床にぺたんと座り込むと同時に、僅かに助走をつけた遙が飛び上がり、片手を窓枠に乗せて体重を移動させ、そのまま一気にこっちに入って来た。映画のワンシーンみたいな光景だった。
「うわぁ、遙ちゃん今のカッコイイ!」
 乱れた髪とスカートを押さえ、遙が「これくらいはな」と照れ臭そうに笑う。
 最後に向こう側に残ったのは縞だった。
 窓の外から「ちょっとみんな、助けてよぅ!」なんて声が聞こえて来る。が、身長が足りないせいで窓には縞の頭すら映らない。少し不思議で、少し笑える光景だった。こうなってみると本当に縞は子供みたいで、思わず「たかいたか〜い」などということをしたくなってしまう。したくなってしまう心夏とは正反対に、窓から身を乗り出した時祢が、縞の脇に手を入れてひょいっとこちら側に運んだ。なんかものすごく簡単にやってみせたけど、そこまで簡単にやれるものなのだろうか。
 子供扱いされた縞が膨れっ面になる。だけどその膨れっ面がなおさらにリスやハムターに見えて仕方がなく、心夏はその頬っぺたを指で突く。
「やめてよもう!」
 ぷんすか怒ってそっぽを向く縞を後ろから抱き締め、二人できゃあきゃあ叫んでじゃれ合う。
「ほれ、遊びはそこまでにして行くぞ。置いて行かれる」
 そう言われて見やると、すでに時祢は図書館にある階段を上り始めていた。
「あーっ、ちょっと待ってよ時祢ちゃん!」
 ワイルドガールがいなければ、有事の際に一体誰がプリティガールとサイコガールを守ってくれるというのか。
 二人が慌てて時祢の後を追う。遙から支給された懐中電灯の光を頼りに、歩き慣れたはずの学校の廊下を、まるで山道のように慎重に歩いて行く。
 夜の学校は、不気味な静寂に包まれていた。
 非常階段を示す緑色と非常蛍光灯の赤色が点々と廊下を照らし出している光景はまったく見慣れない場所に思えて、このまま進めば二度と知っている世界には帰って来れないような気がする。廊下に響く四人分の足音が壁や天井に反響して何十人分にも聞こえる。どうして昼と夜が違うだけで、ここまで印象が変わるのだろうか。とびっきりの心霊スポットだと時祢は言ったが、まさにその通りだった。
 擬似夢で体験したように心夏が遙の、縞が時祢の制服の裾を掴みながら歩いて行く。
 途中で時祢がふと、
「そう言えばどこから回る?」
 それに答えるは遙だ。
「科学室。今日、心夏がまた擬似夢を見たらしい。科学準備室にある棚の扉を時祢が開けたら中から何かが出て来たそうだ。それを確かめに行こうと思う」
「何かって、何……心夏ちゃん」
 心夏の隣で元々小さい身長をさらに小さくして縞が問う。
 が、心夏にもわからないので首を振る。
「まあ何でもいいじゃん、今から確かめに行くんだから。っと、まずは職員室だな。一階まで下りよう」
 図書館から行けるのは教室側の校舎の二階で、職員室は階段を下りればすぐである。
 移動教室に入るための鍵を調達するのだろう。ずんずんと遠慮なく歩いて行く遙と時祢の後を、実にへっぴり腰で追う心夏と縞。
 そして職員室に到着して、時祢がドアノブを回したとき、鍵が掛かっていることが判明した。この中にはいろいろと大事な書類とかもあるだろうから鍵が掛かっていて当然である。しかしそうなると厄介な事態が発生する。ここの鍵はたぶん、一番最後まで残っていた教員が持ち帰っているだろうし、まさか植木の下に置いておくなんてことはしないだろう。つまり、ここが開けられなければ移動教室側の教室を開けることはできなくなり、全滅、という結果に辿り着く。
「どうするのだ時祢?」
 遙が問うと、時祢は「任せといて」と肯く。
 時祢がポケットから取り出したのはキーホルダーも何も付いていない鍵だった。それをどうするのかと訊く前に時祢はそれをドアノブに突っ込んで回し、あっさりとロックを解除してしまった。
「部活の助っ人とかしてるとさ、いろいろ遅くまで残ったりするんだよ。で、そういうときに鍵を預けられたりするわけ。もしものときのために合鍵作っといて正解だったわ」
 なんて犯罪的なことをつぶやいて、満足気に中に入って行く時祢。
 今さらなのであるが、さすがに誰もいない職員室に入っていろいろ物色することは真面目な学生として当然の抵抗があって、心夏と縞は外で待つことにした。
 遙と時祢が教室の鍵が並べてある壁の前で何事かを話し合い、やがて戻って来る。
「とりあえず、科学室及び科学準備室、音楽室と家庭科室、体育館に体育倉庫の鍵を持って来たのだが、他に要る場所の鍵はあるか?」
 遙の言葉に心夏と縞は首を振ると、「ただ必要ならまた取りに来ればいいだけの話だがな」とつけ加えた。
 ふと気づく。
「――時祢ちゃんは?」
 遙の肩越しに職員室を覗き込むと、教員が使っている机の引き出しを開けて中身を物色する時祢の姿が見えた。
「時祢ちゃんっ! それは駄目だって!」
 返って来る声はどこまでも陽気で、
「こういうときしか見れないんだからちょっとくらいいいじゃん。別にテストの解答なんてものがあるわけでもないし」
「でも駄目だよ! 戻っておいで時祢ちゃん!」
 心夏ではどうしようもなかった。餌を探る猪のように頑として動いてくれない。
 ならばここはハムスター、じゃない縞の出番だ。
「時祢ちゃん、駄目だよ。……言いつけるよ」
 誰に、という突っ込みはしてはならない。
 縞の言葉に時祢は唐突に動きを止め、「そうだよね、こういうことはやっぱり駄目だよねあはははは」とこちらに向って歩き始める。二人の関係を見ると縞が絶対的に弱いような気がするのだが、このような場合には時祢よりも縞の方が強くなることの方が多い。学校一上手く回っている二人にはそういう原理が働いているからなのだと言っても過言ではあるまい。
 再び四人で集まり、最初の目的地である科学室に向う。が、どうせならその途中にある開かずの扉を先に見て行こうということになる。左右対称の校舎の真ん中に下駄箱があって、そこの廊下に閉まりっぱなしになった防火扉がある。これがあると向こう側の廊下に行く際には遠回りをしなければならなくなる、迷惑この上ない扉なのだ。
 そして七不思議ではここは夜になると開くと言われているのだが、夜に来てみてもまったく開いていなかった。時祢が試しに思いっきり蹴り飛ばしてみたのだが、扉はうるさい音を発するだけでビクともしない。やはり不思議は嘘だったのか、とその場の四人は納得する。だがまだひとつの謎が潰れただけだ。まだ後六つ、正確には五つもある。望みを捨てるのはまだ早い――と時祢は言ったが、心夏にしてみればそんな望みなんてこれぽっちもいらなかった。
 寄り道を経て辿り着いたのは、科学室。擬似夢で体験した場所だった。
 意識せずとも、擬似夢と同じように心夏は遙の後ろをおっかなびっくりでついて行く。
 職員室から調達した鍵で難なく中へと入り込み、どこか病院のような雰囲気が漂う室内を横切る。
 道中、遙が震えていた心夏を振り返り、
「そんなに怖いものなのか?」
 強がる、
「怖クナイデス」
「あたしはあんたのその顔が怖いよ」と時祢が真顔で突っ込んで来る。
 唯一の救いがあるのだとすれば、それは科学室には標本の類がないことか。中学の理科室にはホルマリン漬けにされた蛙などの死体が平気で置いてあった。今の状況でそれがあったら、見ただけで失神すると思う。それほどまでに、夜の学校の、しかも実験室という名の部屋は恐ろしかった。おまけにこれから心夏たちは、正体不明の「何か」を探り当てる。それが本当に動く人体模型なら、心夏は失神どころかそのまま魂がお花畑にランランラン、である。
 鍵束の中から時祢が「科学準備室」とのプレートが付いた鍵を差し出し、科学準備室のドアノブに突っ込んだ。ゆっくりと回すとあっさりとロックは外れ、この先へと続く場所に四人を導く。やめようよ、と忠告する、最後の瞬間だったのかもしれない。だがどの道、ここで制止させても棚を開ける事実は変わらないのだと思う。きっとやめさせれば、心夏か誰かが蹴躓いた拍子にうっかり開けてしまうとか、そういうオチになるだろう。擬似夢で見た結末は、絶対に変わることはないのだから。
 科学準備室に入った四人は辺りを見回し、
「心夏、どの棚?」
 時祢の言葉に、心夏は擬似夢で見た通りの場所を指差す。
 そこにしゃがみ込んで戸棚に手を掛け、時祢が後ろの三人を振り返った。
「――開けるよ」
 やめてください、と心夏は強く思ったが言葉にはできず、そんな思考を他所に、カウントダウンもクソもなく時祢が一気に戸棚を開けた。
 中から、擬似夢と同じように、何かが飛び出して来た。
 人間ではなかった。生き物でもなかった。
 遙の懐中電灯が照らし出したそれは、間違いなく、人体模型の顔だった。
 悲鳴を上げた。耳を劈くような心夏と縞の悲鳴が都筑高校から上がる。
 心夏はすぐさま縞の手を引いて科学準備室から飛び出して逃げる。パニックに陥っていた。そのせいで科学室にあった椅子の存在にまるで気づかず、見事に足が引っ掛かって転倒した。慌てて起き上がろうとするが上に乗っかっている縞と絡み合って上手く行かない。どうしようもない焦りが湧き出て来る。こうしている間にも人体模型が後を追って来るような気がする。中に残っているはずの遙と時祢の心配をしている余裕さえもなかった。
 そして、人体模型の顔が、本当に後を追って来た。
 懐中電灯の灯りに照らされているのは半分が人間の、もう半分が脳みそ剥き出しの子供の顔だ。その顔が宙に浮いて、心夏を真っ直ぐに見つめている。もはや悲鳴を上げることすらできず、腰を抜かして立つことができない。縞も同じようなもので、すべてを放棄した思考が泣き笑いにも似た表情を浮かばせている。ああここで食べられてしまう――、本気でそう思った。
 思ったと同時に、闇に慣れた目を潰すようなフラッシュが光った。
 一瞬だけ時間が止まり、動き出したときには時祢の笑い声が響いていた。
「いやー、いい顔してるね二人とも。思わず写真撮っちゃったよ」
 携帯電話のディスプレイがこちらに向けられ、そこに映っているのは他の誰でもない、今にも魂を口から吐き出してしまいそうな顔をしている心夏と縞だった。
「お宝画像が一枚増えた。これはプレミアものだね」
 そう言ってまだ笑い続ける時祢。何が何だかまるでわからなかった。
 無言の二人を置き去りに、遙が手に持っていた人体模型の顔をバスケットボールの如く指でくるくると回しながら、
「この通り、ただの人体模型の顔だ。転がり出て来たのはこれのパーツ。動くも何も、すでに解体されている人体模型は人体構造上、動くことは不可能だろう」
「あんたたち驚き過ぎ。たぶんさっきの悲鳴、町中に響き渡ってるね」
 満足気に携帯電話をポケットにしまい込み、時祢は遙の持っていた人体模型の顔を手にして科学準備室の方へ放り込む。中から激しい音が聞こえてきた。どうやら頭のパーツまでもが完璧に飛び散ってしまったらしい。
「さて、次に行こう。ここから一番近い場所は――トイレの花子さんだ。この上の階のトイレだったでしょ。ちょうどあたし、トイレ行きたかったから」
 先に歩いて行く時祢と遙を見つめながら、心夏と縞はいつまでも立ち上がろうとしない。
「どうした?」
 遙の問いに、心夏は言う。
「……腰が抜けて、立てない」
 縞も同意する。
「……わたしも」
 そんなわけで、心夏と縞が復活するまでには三十分ほどかかり、思わぬ所で時間を食ってしまった。
 七不思議の内、これで二つの不思議が潰れたことになる。次いで訪れる場所は、階段を上った所にある女子トイレ。ここにいるであろう花子さん、あるいは太郎くんが本当に実在するのかを確かめることが目的だ。だがふと思うと、花子さんなら問題はないのだが、女子トイレに出たのが太郎くんならどうするつもりなのだろう。これはこれで、表現上マズイのではないだろうか。だって女子トイレだし。なんてことを思ったおかげで、ここでは先ほどのような恐怖心は受けなかった。「じゃああたし、ちょっと行くわ」と極々普通に噂のトイレに入り、何の躊躇いもなく用を足す時祢の勇ましい背中の影響もあるのかもしれない。さすがにお前が入れと言われたら怖いだろうけど。
 水を流す音と共に時祢が出て来て、手を洗いながら、
「別に変わった所はなし。手も出て来なかった。ここもボツだね」
「ふむ、残念だ。時祢ならばその何者かを引っ張り出してくれると思ったんだが」
 便器の中にいる何者かを引っ張り出して、貴女はどうするつもりだったんですか遙ちゃん。
 こうして三つ目の不思議もすぐさま潰れ、いよいよもって七不思議はやはり存在しないのではないかという結論に近づき始める。
 とりあえず次に求める不思議は子供の手が床から出て来て助けを求める、というものに狙いを絞ったのだが、結局は無駄に廊下を歩き回るだけで潰れた。そもそも場所が特定できないのだからどうしようもない。これもデマだね、と時祢が結論を下し、次いで向うのは音楽室だ。聞いた人がいると噂がある、勝手に鳴るピアノ。これは今までで一番ありそうな気がするのだが、人体模型に比べれば勝手にピアノが鳴ってもあまり怖くないような気がするから平気だろう。
 音楽室の前に着いた一行は深呼吸の後、鍵でロックを外して中へ入り込む。
 防音設備が施された壁に囲まれ、まだ真新しいと言えるような机がずらりと並び、教卓の横に鎮座しているのが目下のピアノだろう。が、やはり勝手に鳴ることはなく、閉まったピアノはウンともスンとも言わない。これもデマなのだろう、と高をくくってピアノに近づく四人。その直後、唐突に縞がこうつぶやいた。
「――……ねえ、何か、聞こえない……?」
 そう言われて耳を澄ますと、本当に何かが聞こえて来る。
 ピアノの音ではない。そんな綺麗な音ではない。もっとこう、地獄の底から響いて来るような、獣の唸り声のような音。
 ものすごく近くから聞こえて来る。本当にすぐそこだ。そこにあるのはやはり、ピアノ以外になく、ならばこれが音の元凶なのか。勝手に鳴るピアノの不思議は実在していたのか――、なんてことを思ったのも束の間、
「ごめん、これあたしの腹の音」
 時祢が笑った。
 心夏が支給したお菓子をもぐもぐと食べながら、時祢を先頭に心夏たちは廊下を歩く。
 残された不思議は教師の霊と無いことだけ。後者はともかくとして、有力なのは前者であるのだが、今までの経験上、それももはや望み薄だろう。いや心夏としては出て欲しいなんてことは微塵も望んでいないのだが。
 そしてここまで来るとさすがに当初の恐怖はどこかへ飛んでしまっていて、時祢のようにスティックタイプのお菓子をぽりぽりと食べながら心夏は歩いて行く。最初は怖く思えていた廊下でさえ、人間慣れれば何でも受け入れることができるらしく、今では昼間とたいして変わらなかった。恐怖を感じないとなると突然に夏の熱気を思い出し、心夏は時祢よろしくで制服の上着をパタパタとさせて体温を冷ます。時祢も似たようなことをやっているのだが、心夏との違いは下着が丸見えになっていることである。やはり心夏では女の子しかいないとは言えそこまで恥を捨てられなかった。
 お菓子の包みを廊下に置いてあったゴミ箱に捨て、遙が口を開く。
「ところで我々はどこへ向っているのかね?」
 先頭の時祢は首を傾げ、
「さあてね。だって最後の不思議ってどっかの教室に出る教師の霊、なんだろ? だったらその辺ぶらぶらしないと見つけられないじゃん」
「まあもっともなんだが、その、なんだ、」
「なによ遙?」
「――いやな、わたしが見ているあれは、人影なのではないだろうかと」
 そんなことを、唐突に言った。
 残りの三人が慌てて立ち止まり、窓の外に向けられている遙の視線を追う。そこにあるのは教室側の校舎で、そこの一点に遙の視線は向けられている。一階ではない。三階までの高さでもない。つまりは二階、心夏たち二年生の教室がある階だ。どこに人影なんてものがあるのかと探るが、闇に沈み込む夜の教室内に人影を見つめることはなかなかに難しく、これは遙の気のせいではないかと思ったその瞬間、
 心夏は今、横切る視界の中で、確かに動くものを見たような気がした。
 視線を戻す。今度こそはっきりと、それを見た。確かに教室内に動く人影らしきものがある。だけどあの教室ってもしかすると、
「あたしたちの教室じゃん、あれ」
 どうやら時祢と縞も確認できたらしく、窓の外に見入っている。
 時祢が言った通り、人影がいる教室は心夏たち二年三組の教室だった。まさか幽霊が自分たちの教室に出るなんて思ってもみなかった。暗くて男か女かはわからないが、教卓の周りをうろうろしていることからおそらくは本当に教師なのだろう。最後の最後で当たりが出てしまった。さっきまで忘れていた恐怖心が一気に溢れ出す。暑さが一発で引っ込んで逆に冷汗が流れた。
「よしっ、行くぞ者共! あたしに続けー!」
 なんてことを小声で叫びながら走り出す時祢。
「ちょっと待って時祢ちゃん! どうするつもりっ?」
「御用だ! 幽霊とっ捕まえてテレビ局に売るっ!」
 真顔で言っていた。猪は止まらない。
 階段へ消えた背中を慌てて追う三人。
 それこそ移動教室側から教室側の校舎まではあっと言う間に着いてしまい、そこからは抜き足差し足忍び足で足音を立てずに慎重に近づいて行った。それに連れ、二年三組の教室から微かな物音が聞こえて来る。ぶつぶつと何事かをつぶやく声まで聞こえて来るのだから、もはや疑えないだろう。これは、本物だ。絶対に幽霊だ。時祢は本気で幽霊をとっ捕まえる気なのだろうか。やっぱりやめさせた方がいいのではないか。だって言い伝えじゃその教室に入ったら二度と戻って来れない黄泉の世界に連れて行かれると言われているのだから。
 が、時祢もやはりいきなり教室に飛び込むなんて真似はしなかった。教室のドアの前で立ち止まり、最初から少しだけ開いていた隙間から中の様子を窺う。その下に遙が、その下に心夏、一番下から縞が覗き込む。中は薄暗く、窓から射し込む月明かりでどうにか中を確認できた。
 そして教卓の前でうろうろしているその人影が、心夏にはカビおにぎりに思えた。そんな顔をしていた。ていうかあれ、もしかして、
「――髭もじゃ?」
 心夏の声に、三人が同様に肯く。
 二年三組の教室内にいたのは、歴史の古藤だった。時祢に七不思議を教えた三十代の教師である。
「でもなんで髭もじゃがいるの? あの人幽霊だったとか?」
 それに答えるは遙だ。
「いや、人間だろう。様子から察するに、何かを探しているのかもしれない。ちょっと耳を澄ましてみろ」
 ちょうど、古藤の独り言が大きさを増した。
 マズイよ、やっぱりどこにもねえよ、頼みの綱がここだったんだけどなぁ、どうしたもんか、このままだと給料日まで生きていられねえぞ。
 たぶん、そのようなことを言っていたのだと思う。
「……財布か何か失くしたのだろう。それで探しに来た、ということだろうな」
 なんだつまらない、と時祢が立ち上がり、そそくさと退散する。
「どこ行くの?」
 縞が訊ねると時祢は小声で、
「隠れるの。見つかったら洒落んなんねえでしょうが」
 もっともだ、と三人が肯いて、隣の教室の壁に寄り添って古藤が帰るまで待つ。
 古藤はそれから、実に一時間もの間、ぶつぶつと何事かをつぶやきながら未練たらしく教室内を練り回り、ようやく諦めて帰って行く頃にはすでに時刻は十二時前だった。
 バスの時間はとっくの昔に終っている。なにせもうすぐで日付が変わってしまうのだ。このまま学校に居続けても意味はないだろうし、帰りが遅過ぎると心配されてしまう。最終的にやはり七不思議は出鱈目だった、との結論が下り、無意味に校舎を一周してお開きとなった。何とも言えない気分のまま廊下を歩いて行く四人。しかし、楽しかったと言えば楽しかったような気がしないでもない。人体模型の件に関しては本当に死ぬほど驚いたが、いい経験だったと考えよう。
 一足早い夏の夜は、こうして幕を閉じるはずだった。

 ――時祢と縞が、途中で足を止めるまでは。

「……どうしたの、時祢ちゃん、縞ちゃん?」
 教室側の校舎の二階、職員室へと鍵を返しに行こうと廊下を歩いて階段を目指していたときだった。
 いつの間にか時祢と縞は立ち止まり、どこかおかしな方向を向いて凍りついていた。
 返事もしない二人を不思議に思って近づくと、ようやくその視線が何を捉えているのかがわかった。
 それは、おかしな空間だった。
 水の壁。そう表現するのが最も的確なのかもしれない。先ほど通って来たはずの廊下のど真ん中に、なぜか水の壁があった。それは本当に、水の壁と呼ぶに相応しい代物だった。なぜなら、心夏たちの姿を鏡のように綺麗に映し出すくせに、時折プールを掻き回したかのような波紋が走るからだ。どういう原理でこのようなものが出来上がり、どういう仕組みでこのようなものが形を留めているかはわからなかったけど、それはなぜか、とてつもなく、幻想的な光景に思えた。
「……なんだ、これは……」
 遙が怪訝な顔をしてそうつぶやくと、映し出された遙もまた、そうつぶやいていた。
 どうやらこの場にいる全員に、これは見えているらしい。
 では問題。これは本当に何なのだろう。まるで映画に出て来るかのような幻想的な現象。思わず触れてしまいそうになるほど美しく、月明かりに輝くそれは到底この世のものとは思えない。これには今までに感じたことのない、何か不思議な力――そう、強いて言うなれば、魔力みたいなものを感じる。魔力なんてものがどのようなものかは知らないけど、たぶんもし仮にこの世界に魔力があるのだとするのなら、これのことを言うのではないだろうか。
「綺麗……」
 縞がそう零して、水の壁へと向けてそっと手を伸ばし、触れるかどうかの寸前の所でぴたりと動きを止めた。
 有り得ない現象が、起きた。
 水に映し出された縞が、笑っていた。思わず見ずにはいられなかった。幻想的な光景に魅入られていた縞は感動を込めた表情を浮かべているものの、決して笑ってはいない。なのに、映し出された縞は笑っている。有ってはならないこと。有り得るはずがないこと。凍りついた顔をする縞とは裏腹に、同じように差し出した手をそのままに、水の壁の向こうの縞はくすくすと笑う。まるでその笑い声さえもが聞こえているような、そんな気がした。
 笑う縞が、ゆっくりと口を開いた。声は聞こえない。口の動きで言葉を理解する。
 こう、言っていた。
 お。い。で。
 お。い。で。も。う。ひ。と。り。の。わ。た。し。
 気づいたときには遅かった。
「――駄目だ縞ッ! 手を引けッ!!」
 遙の叫びが縞の耳に届くより早くに、それは現れた。
 水の壁の向こうにいた縞の体が揺れ動き、突き出された手が波紋を広げて、『こちら側』に伸びて来た。その手は中途半端に差し出されたままになっていた縞の手首を鷲掴んで、水の壁へと引っ張り込んで行く。
「縞っ!!」
 その事実に誰よりも先に行動をしたのは時祢だった。引っ張り込まれそうになっていた縞の体を掴むのだがしかし、そうすると映し出された時祢もまた大きく笑い、手を突き出して時祢自身を引っ張り込もうとする。それこそ、何をする暇もなかった。小さな叫び声を残して、『こちら側』から、縞と時祢の姿が消え失せた。水の壁に飲み込まれた二人はもうすでに映ってはおらず、そこに映るのは心夏と遙だけだった。
 映し出された心夏と遙もまた、こう言った。
 お。い。で。も。う。ひ。と。り。の。わ。た。し。
 悲鳴を上げなかっただけマシだったはずだ。踵を返して逃げ出そうと思えただけ立派だったはずだ。
 それでもそれをさせてくれるほど、甘くはなかった。
 一瞬だった。水の壁は一挙にその大きさを広げ、立ち竦んでいた心夏と遙を頭から飲み込んだ。水の中に入る、ということが本能的に心夏の息を止まらせて目を瞑らせる。が、頭の天辺から水を被ったはずなのにどうしてかそんな感じはしなくて、恐る恐る目を開けると、そこは別段変わったことはない、学校の廊下だった。さっきと何も変わらなかった。目の前には縞と時祢がいて、横には遙もいる。
 何が起きたのかさっぱりわからなかった。
 ただの夢だったのかと、そう思ったとき、後ろに気配を感じた。
 振り返ったそこに、信じられないものを見た。
「――映し身の世界へようこそ、もう一人のわたしたち」
 そこにいるのは、心夏だった。遙だった。縞だった。時祢だった。
 こっちにいるのも心夏であり、遙であり、縞であり、時祢であった。
 何が起きているのか、さっぱりとわからなかった。
「……誰、あなたたち……」
 もう一人の心夏は、見慣れたはずのその顔で、見慣れない笑顔を浮かべた。
「何を言ってるの? わたしは、あなたじゃない」
 そうだ。この人は、もう一人のわたしだ。でも、そんなことが、あるわけなかった。
「……名前を、聞こうか」
 そう問うたのは遙だった。するともう一人の遙が、遙の顔には似つかわしくない笑顔を浮かべる。
「わたしは、ハルカ」
 次いで口を開くのはもう一人の時祢。
「あたしは、トキネ」
 その後にはもう一人の縞。
「わたしは、シマ」
 最後が、
「――そしてわたしが、ココナ。わたしたちは、あなたたち自身よ」
 ココナは言うのだ。
「ここは映し身の世界。ここから出る術はひとつだけ。自分自身の手で、自分自身を殺すこと。相手を殺して生き残った方が『本物の自分』になって、この世界からあなたたちがいた世界の軸の上に戻ることができる。そして、自分を殺せるのは、自分だけ。例えば、」
 ココナは突如として体勢を崩し、いつの間にか手に持っていた一本の小さなナイフを、瞬間的に遙に向って投げた。
 抗う暇はなかった。気づけば鋭利なナイフはすでに遙の眉間の側にあったし、誰がどう動こうとも逃れられるものではなかった。そのまま行けば遙の眉間にナイフは突き刺さるはずだったのだがしかし、一体何が起きたのか、そのナイフは一瞬にして何かに弾かれた。無機質な音を響かせて廊下を転がるナイフから視線が外せず、聞こえて来た声を自然と耳に入れていた。
「こんな風にわたしが遙を殺そうとしても、絶対に殺せない。それは『ルール』違反だから。『ルール』は先に言った通り、自分を殺せるのは自分だけということ。わたしたちは『ルール』に従って『ルール』を説明することが役目だから、これだけは言わなくちゃならない。今から一時間後にチャイムが鳴る。それが鳴ったら殺し合い開始の合図。制限時間は十二時間。それ以内に自分自身を殺せなかった場合は、両方とも戻ることができないから注意が必要。範囲はこの学校の敷地内。敷地外に出ることは不可能、下手に超えるとその時点で肉体が崩壊するわよ。わたしたちは別にそうなってくれても一向に構わないのだけど、一応これも言うのが役目だから。一時間が経過するたびにチャイムは鳴るから、時間はそれで確認しなさい。……『ルール』説明は以上でお終い。また会いましょう、心夏」
 事務的な口調でそれだけ一気に喋ったココナたちは、そうして消えた。
 文字通り、本当に目の前から消えたのだ。
 何が起きているのか、それを理解している者は、この中には誰一人としていなかった。
 室内なのに、生温い風が吹いたような気がした。鈴虫の声は、いつの間にか聞こえなくなっていた。
 窓の外は月が照らしているように明るいのに、幾ら探しても、空に真ん丸い月は見えない。
 その代わりに、濁った空には巨大な鐘が浮かんでいる。
 心夏たちが持っている時計は、なぜかすべて、十一時五十九分で止まっていた。

 ――長い夏の夜が、こうして始まりの鐘を鳴らす。





     「鐘の音」



「国語の岸辺の真似。……お前らぁ、ちゃんと席に着けぇ、いいかぁ、学生の本分は勉強だぁ、ただ学校にいる間中全部が全部そうだとは言わんがぁ、授業中くらいわなぁ、ちゃんとするのが学生としてのだなぁ」
「あははは!」
「似てる似てるー!」
「よし、じゃあ次は英語の村田。……しゃらっぷびーくわいれっと! しっとだうん、みすときねいがわ! まったくもー、どうしてあなたはそんなにも落ち着きがないのでございましょう」
「あはははははは!」
「最高に似てるよ時祢ちゃん!」
 職員室の教師の机の上に仁王立ちしてモノマネを披露する時祢のオンステージを、目に涙まで浮かべて爆笑している心夏と縞。
 緊張感も何もあったものではない。切っ掛けは縞が古典の教師である盛岡の机の上に置いてあった妻と思わしき女性の写真を発見したことで、それから意味もなく時祢がモノマネを始め、当初の目的などまるで忘れてただただ笑い続けている。ムードメイカーでもある時祢は一度波に乗るとそのまま一気にレールを外れ、周りの者を飲み込んで超特急で脱線して行く天賦の才を持つ。それはもう、止まることを知らない。次から次へとモノマネを披露する時祢の言葉や表情ひとつひとつに爆笑し、心夏と縞はヒイヒイ言っている。
 そんな三人から少しだけ離れた机の椅子に腰掛け、遙は一人でため息を吐く。
「その辺で終わりにしたらどうだ。そういう状況でもないだろう」
 その言葉がモノマネを中止させ、机の上に立っていた時祢はもう少しでスカートの中が丸見えになるようなスピードで遙を振り返り、
「御堂先生、質問があります」
「何かね猪川くん?」
 時祢は言う。
「今のこの状況って、結局は何なの?」
 もっともな質問だった。そしてそれを調べるため、四人は職員室に訪れたのだ。
 遙は手に持っていたレポート用紙の束をぽんぽんと叩き、
「それを調べているのだろう。遊んでいないで少しくらい手伝う気はないのか?」
「だって髭もじゃの字を読めるのは遙だけだし」
 上に同じとばかりに心夏と縞が肯く。
「まったく」
 やれやれと肩を竦め、遙は再びレポート用紙に視線を落とす。
 心夏は近づく。
「何かわかった?」
 覗き込んだレポート用紙には、大きく題名が書かれていた。
 何とか読み取ることができた。
『都筑高校に伝わる怪談について』
 つまりは、そういうことなのだ。心夏たちがここへ来たのは、ここが最も今の状況を理解できる可能性があると踏んだからであり、頼みの綱は歴史の古藤のレポートだったのである。が、いざそれを発見して目を通してみるのだが、普段から字が汚いと評判の私用で書いた古藤の字を解読できるのは遙しかおらず、そうなると自然と遙が調べることになって、他の三人は暇潰しに職員室を探検し、そこで縞が写真を発見してモノマネ披露会に発展したのだ。
 遙はページを捲る。びっしりと書かれた汚い字はもはや本当に解読不能で、それを流し読みできる遙はやはりスーパーガールなのだろう。今のままでも十分に考古学者とかになれるのではないだろうか。
 何枚かページを捲っていた遙の手がふと止まり、僅かに表情が強張る。先よりは小さいが、それでも題名だと思われるものが書かれていた。だが今回はどうしても解読できず、わかったフリをして遙が肯くたびに「なるほど」と心夏も肯いてみる。しかしそれもすぐに飽きて時祢と縞の所へ戻ろうとしたとき、唐突に遙が首を回してコキコキと音を立てた。
「……時祢」
 視線はレポートに落としたまま、それでも遙は時祢の名を呼ぶ。
「なに?」
「……まさかとは思うが、七不思議のことを訊いたとき、髭もじゃは飯を食っていたのであるまいな?」
 否定してくれと言わんばかりの雰囲気が漂う遙を他所に、時祢は縞を見つめ、
「食ってたね。な、縞?」
 時祢の同意に縞は肯き、遙が盛大なため息を吐き出す。
「何を考えているんだ時祢。知っているはずだろう、古藤は飯を食っているときに話かけられることを何よりも嫌う。食事の最中に何か訊かれてもあいつは何も答えない人物だ。だけど今日は教えてくれた。それはなぜか。大方、時祢がしつこく訊いたから教えたのだろうが、面倒だったのだろうな、その話自体ツギハギだらけだ」
 だから?、というような顔を三人はしている。
 遙はレポート用紙をもう一枚だけ捲り、
「この学校には幼児向けの胡散臭いのまで合わせれば七不思議はごまんと存在する。時祢が聞いたのはそのほんの一部だ。いやまぁ、それはいいだ別に。どれもこれも似たようなものだから。ただ問題は、この学校が建つ前に、この場所には何があったのか、ということだ」
「……何があったの?」
 心夏が訊ねると、遙ははっきりと答えた。
「神社だ。ウツシミサマという神様を祭っていたそうだ。その神社についてのレポートがあるが、これがおそらく、今現在わたしたちが置かれている状況の根源だろう」
 レポートを机の上に投げ出しながら、
「ウツシミサマという神様は、人とまったく同じ姿に化けては人里に降りて悪さをする、少し頭のネジが外れた神様だったらしい。お偉いお坊さんがそのウツシミサマの悪さを止めるために神社に封印して、ある種の鍵を残した。が、何十年か前の大嵐で神社は壊れ、そのまましばらくは放置状態が続いたのだが、つい最近になってそこにこの都筑高校が建てられたわけだ」
 いつの間にか、心夏たちは遙の話す昔話に聞き入っていた。
「ここからは古藤のレポートを参考にわたしが考えた推測だ。そのつもりで聞いてくれ。まず、ウツシミサマを神社に封印していたが、その神社が壊れたことで多少、ウツシミサマは自由に動けるようになった。しかしお坊さんの残した鍵はまだ外れてはおらず、自らが完全に動き回ることはできなかった。暇潰しか、あるいは何か目的があるのかは知らないが、そこから考えついたのがおそらく、わたしたちがいるこの『映し身の世界』という空間なのだろう。だが誰それ構わずこの空間に引っ張り込めるわけではない。それにはきっと、条件が必要なのだろう。その条件を満たさなければ鍵はビクともしない」
「どうしてそんなことがわかるのさ遙?」
「古藤のレポートにそう書いてあるからだ。封印したとは言え、元を正せば神様だ。人間が封印できる容量を完璧に超えているのだろう。そこで条件付けの鍵が必要だった、と。もう一度言っておくが、これはレポートを参考に考えた推測だからな。このレポートに書いてある、例のお坊さんが残したとされる言葉がこうだ。『満月の刻、特異な力を持つ者が生贄を携え訪れるとき、鍵は共鳴せん』――この言葉が本当ならば、今までこの学校でこのようなことが起きなかったことに説明がつく。満月というのはウツシミサマの特性だと表記されているしな、満月の夜が最も力が発揮できる刻なのだろう。だからこそ今日、我々はこのような状況に陥っている」
 この辺りで、突拍子もない話にそろそろ心夏の意識はついて行けなくなる。
 精一杯頭を回転させて、言葉を紡ぐ。
「ええっと……満月の夜と生贄がわたしたちっていうのはわかるんだけど、特異な力を持った人って誰?」
「そんなこと、決まっているだろう」
 他の三人の視線が、計ったかのように心夏を見つめた。
「……へ? わ、わたしっ?」
「心夏の擬似夢。これを特異な力と呼ばずに何と呼ぶ」
 サイコガールの特徴が、ここへ来てとんでもない自体を引き起こす引き金になった、ということなのだろうか。
 遙は椅子から腰を上げ、
「しかしまぁ、この話はやはり仮説の域を出ないことだ。とりあえず、本当に外に出れないかどうか確かめてみよう」
 四人は職員室を後にする。
 つい数十分前と何も変わらない廊下を、つい数十分前とはまったく違った状況で進む。暗い廊下にはもう慣れたのだが、なぜか言い様のない不安のようなものが胸の奥に巣食っているような気がする。その理由はおそらく、音にある。ここは世界そのものが、静か過ぎるのだ。心夏たちの足音を除けば、響く音は何もない。鈴虫の鳴き声も風の咆哮も、どこかから聞こえて来る車のエンジン音さえもが、この世界には存在しない。まるで世界からこの学校だけが切り離されてしまったような、そんな気がする。
 そしてその考えが強ち外れてはいないことを、四人は校舎の外に出た瞬間に痛感した。
 そこにはすでに、見慣れた夜空は存在していなかった。縞がつぶやいた「宇宙みたい」という言葉が、最も的確な表現だと思う。
 学校の敷地だけが、宇宙のど真ん中に投げ出されたように浮いている。空に輝くはずの月がなければ星もなく、あるのはどこまでも続く僅かに光を放つ黒い靄みたいなもの。スモッグみたいな感じだが、それとは中身が根本的に違うのだろう。不思議な光景である。こんな光景、映画の中でも見たことがなかった。加えるのならば、仮にもしこれが映画だとしても、こんな空に大きな鐘なんてものは浮かんでいないだろう。
 教室側と移動教室側の校舎のちょうど中央の真上、距離は校舎の高さから想像して大体40メートルくらいか。そこに、結婚式などで打ち鳴らされるような鐘が浮かんでいる。見えない糸で引いているのではまさかない。あれはきっと、心夏たちの世界からでは理解できないような力によって浮いているのであろう。あの鐘が今の心夏たちに唯一、時間を教える存在だ。この世界に来てからまだ鐘は一度も鳴っていないことから、あれが本当に正確ならば一時間も経っていないはずである。
 夜空を見上げて歩いていたせいで、いきなり立ち止まった遙の背中にぶつかった。
「ふにゃっ…………どうしたの、遙ちゃん……?」
 鼻を摩りながら訊ねると、遙は前を指差す。
 視線を前方に移して初めて、心夏は理解する。
 この学校が宇宙のど真ん中に浮いている、という考えは、本当に限りなく近いのだろう。浮いているのが宇宙ではなく、よくわからない靄の中、という点だけが違うだけで、まさしくその通りなのである。学校の敷地だけが綺麗に繰り抜かれ、そこから一歩を踏み出せばそこにはもう地面は存在しない。ここから出ることは不可能だと、彼女たちは言った。言葉通りの意味である。ここから出ても、行き着く先は未知数だ。下がなければこの靄をどこまでも落ちて行くことになるかもしれない。
 遙がグラウンドにしゃがみ込み、何かを拾い上げる。小石だった。
 六つの視線が見守る中、遙がその小石を学校の敷地外に投げる。小石はゆっくりと空中を横断し、やがて見えない壁にぶつかったようにカツンと音を立てて跳ね返って来た。何となくわかっていたことだが、実際に見るとなかなか面白い光景だった。跳ね返って来た石を今度は心夏が拾い上げ、また投げつけてみる。カツン、という音の後にやっぱり戻って来る。次は縞が拾ってまた投げる。カツン。この流れのまま次は時祢が石を拾い上げて思いっきり投げることが常だった。だからこそ、心夏と縞は時祢を振り返った。
 なのに、そこに時祢はいなかった。
 不思議に思った次の瞬間に、グランドの遥か向こうから金属バットを振り回して走って来る時祢を見た。
 その姿はワイルド以外の何ものでもなく、金属バットを振り回しながらの笑顔がこれほどまでに似合う女の子はたぶん、世界中を探しても時祢だけではないだろうか。
「何に使うつもりだ時祢?」
 遙は問い、時祢は言う。
「これで壁をぶち破る」
 時祢ならば本当にできそうなことを、本気で言う。
 時祢はやると言ったらやる娘である。その場で深呼吸を一回、アメリカで活躍するメジャーリーガーのような格好でバットをゆっくりと構え、服の裾を僅かに上げ、まるでホームラン予告のようにポーズを決め、そこに見えないはずのピッチャー像を作り出す。状況は九回裏のツーアウト満塁、一打逆転のサヨナラ大チャンス。時祢ならば打ってくれる、というベンチで祈るように見つめるチームメイトの心の声までもが正確に伝わって来る。観客席はいつの間にか奇妙に静まり返り、誰もがこの一球の勝負の行方を固唾を呑んで見守っていた。ピッチャーが振り被り、球場に張り巡らされていた緊張の糸が一気に高まる。時祢の体重が左足に寄り込み、バットのタメが発生する。ピッチャーが渾身の一球を放ち、もはやメジャー級と言っていいほどの神速のストレートがキャッチャーミットに突っ込んで行く。それの軌道を完璧に見極め、時祢はバットを撃ち出す。そのとき、時祢の顔には笑顔さえ浮かび上がっていた。それもう、時祢の脳内ではすでに、打球はレフトスタンドに突き刺さっていた。バットは打球の軌道に乗り、一秒にも満たない時間の中、確かに真芯でミートした。カキィイィイン、なんていう、胸のスカッとするような心地良い音は聞こえなかった。代わりに、スイカを叩き割ったかのような鈍い音が響いた。
 束の間の妄想は瞬時に砕け散り、そこにはバットを取り落とす時祢がいた。
「……ワイらの夢は、ここで終いなんか……」
 何かのキャラに成り切っていたのか、今の時祢は膝を着いて本気で悲しんでいる。
 心夏は何だか気の毒になって、そっと近づいて慰めようとしたが、それより早くに時祢は復活し、
「いやまだや! ワイらの夢はまだ終いやないっ! あと一球のチャンスがある! みんな、ワイに力貸してくれ!」
 バットを再び握り返し、そのまま一気に見えない壁に突き立てた。
 ガヅンッ、との音を立ててバットは止まり、時祢の体重を乗せてもビクともしない。
 時祢が振り返る、
「ちょっと何やってんの、早く手伝ってよ」
 ぼんやりと見つめていた遙が我に返り、
「あ、ああ。すまない、ネタだと思っていた」
「違うに決まってんでしょ!」
 三人は慌てて時祢を手伝う。
 時祢の後ろから金属バットを握り締めて思いっきり押し出すのだが、やはりどうにもこうにも上手く行かない。しばらく格闘を挑んでいたのだが、途中で縞が自分の力に意味はないのではないかということに思い至り、ふっと列から外れていつかだったかに憶えたチアガールのフリを披露しながら「イッチ、ニー、サン、シー!」と他の三人が力を連にし易いようにタイミングを取る。
 その甲斐あってか、壁とバットに変化が訪れた。見えない空間にぶつかっていたバットの先端が、微かに動き始めたのだ。それに比例するかのように、空間から小さな雷のようなものが発生する。それは本当に小さい、まるで線香花火のようなものだった。その変化に勢いづいた時祢が「行くでっ! これがワイらの栄光や!」などとどこまでもネタを引っ張って一層に力を込め、一気に先端を壁へと突っ込んだ。
 ぐわぁあんと柔らかい音が鳴り響き、バットが半ばまで壁を越え、その刹那、
 線香花火は打ち上げ花火へと進化を遂げ、バットが吹っ飛んで時祢を先頭に心夏と遙が弾き飛ばされた。空に高々と舞い上がったバットが回転しならが縞の真横に落下し、悲鳴を上げならグランドに倒れ込んだ時祢に抱きつく。
 何が起きたのかさっぱりで、スカートについた砂を払いながら心夏が立ち上がると、手繰り寄せた金属バットを遙が差し出してきた。
 最初、心夏はこんなに短かったっけ、と思った。でも違う。最初はもっと長かったはずなのだ。文字通りに、金属バットは短くなっていた。壁を越えた部分が消し飛び、中の空洞が丸見えになっている。切断された部分はまだ湯気を放っていて、触ればきっと火傷を負うだろう。恐ろしかった。金属バットでさえ消し飛ばしてしまうのだ。これが人間ならばもっと酷いことになっているだろう。ようやくもって、ここから出られないのだということについて確信を得た。同時に、この期に及んでやっと、危機感が浮かび上がる。
 縞に抱きつかれたままで時祢は体を起こし、
「痛ったー。何なんだよまったく。なあ遙、これやっぱりピンチなのかな?」
 遙は金属バットをグラウンドに投げ捨てながら、
「ピンチだな。トイレを極限まで我慢した挙げ句、ようやく見つけたトイレには誰かが入っていたくらい危機的状況だ」
「うわあ、それはピンチだわ。その例え、ものすごくわかり易くて助かる」
「……もうちょっと上品な例えはないの?」と心夏がつぶやく。変な例え話のせいでせっかく浮上した緊張感が一気に消し飛んでしまった気分だった。
 心夏の発言を聞いた遙は「ふむ」とつぶやき、
「そうだな。高校の三年間ずっと思いを寄せていた相手に、卒業式の日、ようやくの勇気を振り絞って下駄箱にラブレターを入れたら、番号を間違えてとんでもないものが約束の場所に来たときくらいに危機的状況だ」
「微妙だけど、それは危機的状況だね……」
 わかるようなわからないような、そんな状況である。
 ただ、ここから出られないことだけは歴然としていて、無理に出ようとすれば、グラウンドに転がる金属バットの二の舞になってしまうのは避けられないことであろう。ならばここから出る方法は何があるのか。それはきっと、ひとつしかないのだろう。これより約十二時間後でなければ、ここから出ることはできない。しかも、それには条件がある。嘘か誠かはわからない、わからないがこの状況では、彼女たちが残した言葉だけが今では最も真実に近いのかもしれない。
 自分自身を殺し、十二時間後を迎えなければ、ここからは帰れない。
 ようやく、それを頭の芯で理解しつつある。
 しかし最後の一歩を踏み出すことができない。心のどこかではまだ、これは夢の類のなのではないかと考える自分がいる。それはきっと、遙たちも同じなのだろう。だからこそ、こうして笑っていられる。これがどうしようもない、揺るがない事実だと突きつけられたら、そのときは笑えないはずだ。今はまだ笑っていられる。なぜなら、この期に及んでも四人は未だに「他人事」のように思っているから。どうせすぐに何とかなると、高を括っているから。だがそれが正しい。そう思うことが、人間として最も当たり前な思考だ。こんなこと、現実に起こり得るはずはないのだから。
 グラウンドから立ち上がった四人は目的地などなしにふらふらと歩き出し、まるで放課後のような雰囲気を漂わせながら校舎の周りを回る。まったくもって無意味な行動この上ないことであるのだが、何かをしていなければ落ち着かないし、こうしていれば何かしらの発見があるかもしれないと考えている。望み薄ではあるが、どこか一点でじっとしているよりかは目的もなしに動いている方がよっぽどにマシだった。
 途中、遙がふと、誰もが気づきそうで気づいていないことを口にする。
「……やはり、生き物も我々以外には存在しないのだろうな」
 木々はともかくとして、意志を持って動き回る生物を、一匹も見ない。
 鳥は愚か、蟻の一匹もいないのだ。疑いようがなくなっていく。この世界は、本当に心夏たちがいた世界とは別の場所で、ここにいるのは心夏たち四人と、そして彼女たちだけなのだろう。
 頭の中で浮かんだ疑問は、無意識の内に口から漏れた。
「そういえばわたしたちって、どこにいるのかな?」
 前を歩いていた遙が怪訝な顔をして、
「どういう意味かね? ここにいるではないか」
「あ、そうじゃなくて。こっちに来たときに見た、もう一人のわたしたちは、って意味」
「ああ、なるほど。おそらく、どこかに姿を隠しているのだろう。鐘が鳴るまでは現れないはずだ」
 そこに口を挟むのは時祢である。
「どうしてそんなことわかるのさ?」
「それが『ルール』だと言っていただろう」
 遙は立ち止まり、
「おとぎ話や伝承の類には、そういう『ルール』が付き物なんだ。……そうだな、あれだ、『達磨さんが転んだ』という遊び。あれに例えると説明し易い。鬼が目を隠している間だけ、人は自由に動くことができる。しかし鬼が振り向いたときは絶対に動いてはならない。動いたら鬼に食べられてしまうから。だが鬼が振り返ったとき、そこに人は必ず存在する。だけど鬼は動かない人には危害を加えられない。なぜなら、それが『ルール』だからだ。つまり、だ。今現在のスポーツなんかで定着している『ルール』と元は同じでも、この系統の『ルール』はある種の『制約』なのだろう。故にそれを守ることが完全に決められている。『ルール』違反をすればきっと、ファウルや退場、仲間外れでは済まないことになる」
 三人はわかるようなわからないような、何とも微妙な表情を浮かべている。
 不意に縞が、
「じゃあ、とりあえず鐘が鳴るまでは安心なんだよね?」
「そういうことになるな。だが鐘が鳴った後にどうなるのかまでは予測できない」
 頭上に今もなお浮かび続けている巨大な鐘。
 あれが鳴ったとき、何かの均衡が崩れて、何かが起こるのだろう。何が起きるのかはわからないが、何かが起きないわけがない。彼女たちが言っていたような、自分が自分を狙う殺し合いが本当に始まってしまうのかもしれない。これからの出来事について断言できないことが怖い。あの鐘が鳴ったら目が覚めて現実世界に戻れるようにはならないだろうか。それもやっぱり、望み薄なのだろう。こういうとき、心夏は擬似夢の力を恨めしく思う。普段から何が夢で何が現かを瞬時に理解できる感覚を身につけてしまったせいで、今のこの状況が夢ではないことなど、誰よりも早く納得しているのだ。鐘が鳴っても目は覚めず、逆に状況は悪化するのだろう。
 あの鐘の音を想像する。
 学校で流されるチャイムの音は、あれは録音されたものだ。それが定時の時間に鳴るだけの、言わば偽物。しかしあの鐘は本物だ。大きな鐘が鳴らす生の音を、心夏は今までに聞いたことがない。どのようなものなのだろうか。ただうるさいだけなのか、それとも何かこう、祝福されるような音色なのだろうか。興味がないと言えば嘘になるが、鳴って欲しいとは思わない。鳴ったら、このままではいられなくなることは、容易に想像できることなのだから。
 鐘の音を、意識の彼方で想像する。
 意識の彼方から、鐘の音は徐々に近づいて来て、その輪郭を心夏が手探りで掴もうとしたその刹那、
 耳を裂くような巨大な音が鳴り響いた。
 空間が振動する。リズムは学校で何万回と聞いた憶えのあるチャイムのそれであるのだが、音量と響き具合がまるで違う。空間を振るわせた音は抜けることなどまったく知らずにいつまでも振動を伝え、学校中にあるガラスをガタガタと揺らす。爆音、なんて言葉で言い表せるようなものではなかった。それは、絶音。他の一切の音を遮断してしまう代物。実際、目の前の時祢が何かを大声で叫んでいるのだが、間近にいるのにも関わらず、まるで聞き取れなかった。
 耳を押さえて耐えるだけで精一杯だった。よくこれで鼓膜が破れないものだと感心するのだが、もしかするとすでに鼓膜なんてものは跡形もなく消し飛んでしまっているのかもしれない。地震のような絶音はまだ続く。感覚的にはもう二回、あの鐘が振れれば終わる。それがとんでもなく長く思えてしまう。カラオケで音量を最大にして大声で叫んでも、これの足元にも及ばないのではないだろうか。
 ある種の凶器だった。これを鳴らし続ければ、それだけ人を殺せそうな、そんな音だった。
 鐘が停止してチャイムの音色が終わったのだということになかなか気づけなかった。頭の中で反響し続けるそれがいつまでも消えない残響になっている。しばらくは誰一人として、口を開かなかった。開いても意味はなかったからだ。誰かが口を開けて何事かを叫んでも、まるで聞き取ることができない。鼓膜は当の昔に死に絶えてしまったのではないかと、半ば本気で思った。
 が、どうやら鼓膜は無事なのだと気づいたのは、チャイムが鳴り終わって実に十分ほどした後だった。
 小さな耳鳴りは聞こえるが、先に比べれば大分楽になっている。微かに歪む時祢の声が届く。
「……これから十二回も、あの音を聞くなんて無理だってば……」
 同意するしかなかった。
 あんな音を十二回も聞いていたら、自分自身に殺される前に発狂して自殺でもしてしまいそうである。
 それほどまでに、壮絶な絶音だったのだ。
 縞が水浴びを終えたハムスターのように頭をふるふると振りながら、
「うぅー、頭痛いよぉ」
「二日酔いのようだ」
 遙の同意に時祢が突っ込む。
「そんな感覚知らないって。あたしたちまだ未成年でしょうが」
 心底意外そうな声、
「どうしてだ? 未成年だろうが何だろうが、酒くらいならば誰でも一回は飲んだことあるだろう」
「一口くらいなら飲んだことあるけどさ、さすがに二日酔いになるまでは飲まないよ。つーか飲めない」
「そんなものなのか? ……あんなもの、ただの麦茶としか思えないのだが」
「……あんた、体と頭、大丈夫?」
 呆然とする時祢に不思議そうな顔をする遙。
 そんなミニコントみたいな光景を見ていた心夏が、ようやく話を切り出せる瞬間を得た。
「……えっと、御堂先生?」
 遙は心夏に視線を移す。
「どうした神宮くん?」
 心夏は言う。
「今、チャイムが鳴ったよね……?」
「鳴ったな。これで今日の授業は終わりなのだろう」
「そうじゃなくて。……これからどうなるのかな?」
「それはたぶん、殺し合いなのだろうな」
 平然と、遙はそう言った。
 時祢と縞も驚いて遙に視線を向ける。
「何を驚いた顔をしているんだ? もう一人のわたしたちがそう言っていただろう。おまけに、自分自身を殺さねばここからは帰れない。それが『ルール』なら、そうなのだろう。先にも言ったが、『ルール』を破ることはできない。必ずそれに従う形になるのだろう。だからこそ、動揺しても始まらない。ここに来てしまった以上、ここの『ルール』に従って生き残るしかない。これから十二時間の間に、自分自身を、殺すしかないんだ」
 心夏は堪らず、
「ちょ、ちょっと待ってよ遙ちゃん!? ほ、本気で言ってるの!?」
「無論だ。抵抗はあるが、これは避けられないことだと思う。ならば殺されないように殺すのは当然の道理だろう」
「……遙。あんた、本気で人を殺せるって思ってる?」
 時祢の言葉に遙は一瞬だけ言葉に詰まり、
「…………人、ではない。根本を辿れば神様だ。しかしその形は自分自身。見た目は人間。殺すことが怖くないかと言えば、それ以上の嘘もないだろう。土壇場になって怖気づくかもしれない。そのことについては言い切れない。だが、わたしには信念がある」
「信念?」
「まあこっちの話だ。ここで死ぬわけには行かないのは誰でも同じだろう。だったら、自分自身を殺すしかない」
 遙の言葉に、ついに三人は笑えなくなった。
 殺し合い開始の鐘が鳴って初めて、「他人事」という概念が消えた。今現在、自分たちが立たされている状況を思考の底から理解する。もう、逃げることはできないのだろう。逃げればきっと、二度と帰って来れなくなる。しかしだからと言って、よしじゃあもう一人の自分を殺しに行こう、なんてことを簡単に決められるはずもなく、決意は宙ぶらりんのまま何とも言えない状態で停滞する。
 人を殺せるかどうかを、考えてみる。
 例えば、突発的な殺人ならば、この先の未来であるかもしれない。普通はないだろうが、絶対に有り得ないとは言い切れないことだと思う。一時の感情に身を任せ、頭の中を真っ白にして人を殺してしまうことが、もしかしたらあるかもしれない。ただ、その殺人と今の殺人はまったくの別物だ。突発的なものとは対照的に、これは計画的な殺人に近いのではないだろうか。なにせすでに、殺そうと思っているのだから。それを突発的、と言うにはあまりに無理がある。
 以前、何かの本で読んだことがある。人を殺すことは、実に簡単なことである、と。
 刃物があるとする。それを心臓、或いは首筋に突き立てれば人間は死ぬだろう。刃物がないとする。ならば首を絞めれば死ぬだろうし、学校の屋上から落としても死ぬだろう。こうして考えてみると、人間の体とはなぜこうも脆いのかと思う。が、脆いからと言って、飛び回る蚊を手の平で潰すかの如くに人間の命を奪えるとは到底に思えない。幼い頃から根づいている、常識という思考がそれを拒む。
 仮にもう一人の自分を殺せたとしよう。
 しかしその後に残るものとは何なのだろう。現実世界に帰れた安堵か、自分もやればできるんだという満足感か。違う。予想でしかないが、その先に残るものはきっと、罪悪感と自己嫌悪しか存在しない。状況が状況と言えど、相手が人間ではないと言えど、自分は「人を殺してしまった」との罪悪感に死ぬまで苦しめられ、そんな自分自身を嫌悪するのだろう。
 人を殺すことは簡単だ。だけど、それを実行するのは簡単ではない。
 度胸や勇気なんて言葉ではない。それはある種の、覚悟なのだと思う。
 そしてそんな覚悟は、心夏には当たり前のようになかった。
「……どうにかして、」
 他の三人も同じようなことを考えていたのだろう。
 心夏の声にふとこちらを無表情に振り返った。
「どうにかして、ここから出る他の方法を見つけれないかな?」
 それに答えるは遙だ。
「……それがあるのなら最善だが、望み薄だろう」
「どうしてそう思うの?」
「この世界の秩序――つまりは『ルール』だ。そんなものが用意されているんだ、他の方法で『ルール』を越えてこの世界から抜け出せるとは思えない。もちろん、心夏の意見を尊重したいとはわたしも思う。髭もじゃのレポートが今は最も有力なものだ。薄い望みがあるのなら、職員室だろうな」
 一瞬の沈黙の後、心夏は言う。
「……そこに、何もなかったら?」
 遙は歩き出し、心夏をゆっくりと振り返って苦笑する。
「だったら別の方法を探すしかないだろう」
 四人は再びに職員室へと向うことになる。
 今度は時祢が机の上でモノマネを披露することはなく、古藤のレポートを四人で囲んで何とか解読しようと努める。しかし如何せん字が汚すぎて、小さく書き殴られている文字は心夏たちでは到底に理解できず、遙が翻訳してくれることを頼りに頭の中で整理していく。が、レポートのすべてを読み上げても最初に遙が話したウツシミサマの歴史以上のことは何も書かれてはおらず、時間だけが虚しく流れてすぐにお手上げ状態になってしまった。
 ウツシミサマ――それは、神様だ。数百年もの昔、人里に降りては人間に化けて悪さをする、頭のネジが一本外れた神様。行いだけを見て考えれば物の怪の類のような輩であるのだが、ここにはきっちりと神様と書かれているのだから物の怪の類ではないのだろう。ウツシミサマの行為を止めるべくに現れたお坊さん。どのような術を使ったのかまでは書かれていないが、それでもお坊さんの手によってウツシミサマは神社に祭られるのではなく、封印されたのだ。だが月日が流れての数十年前、その神社は大嵐の影響で壊れて放置され、そこにこの都筑高校が建てられた。まったくもって、どうして神社の跡地になんて高校を建てたのだろう。今となっては理事長の正気を疑う。
 ふと、喉に魚の小骨が刺さっているような気がした。
 ご飯でもあれば飲み込んで一緒に流し込めたのかもしれないのだが、生憎としてここにはご飯なんてないし、実際は喉に小骨なんて刺さっていないから意味はない。しかしどうしようもないもどかしさみたいなものがある。何かが違う。否、違うのではなく何かを忘れている、何かを落としている。どこかで何かを置いて来てしまったような、そんな不可解感。それの根本が思い出せない。思い出そうとすると小骨はさらに奥へ逃げて行ってしまう。何を忘れているのだろう。何を落としているのだろう。ウツシミサマは神様で、人間に化けて悪さをして、お坊さんに神社に封印されて、その神社が壊れてこの学校が建てられた――、忘れている、落としている、その中で確かに、何かが抜けている。
 何だろう。何が抜けているのだろう。
「――どうしたの心夏? 貧乏揺すりなんてして。トイレ行きたいの?」
 違うの、何か思い出せなくて、それがもどかしくて。
 心夏がまさにそう言おうとしたとき、ようやく小骨が取れた。
 あ。そっか。頭の上に電球が灯った気分だった。
「ねえ、遙ちゃん」
 レポート用紙から顔を上げた遙は真面目に、
「トイレならば時祢について行ってもらえ」
「そうじゃないってば。わたしね、ひとつ思ったんだけどね、」
 心夏は、深い考えもなしに、こう言った。
「――ウツシミサマの神社って今、どこにあるの?」
 レポート用紙に視線を戻そうとしていた遙の動きが、ピタリと止まった。
 奇妙な静寂が職員室に訪れ、三十秒以上も誰も口を聞かない状態が続き、ついに沈黙に耐え切れなくなった時祢が「よしじゃあトイレ行こうか心夏」と言おうとしたまさにその瞬間、唐突に遙が立ち上がった。そのまま満面の笑みを浮かべて近場にいた縞の頭をまるで孫の頭を撫でる祖父のように出鱈目に掻き回し、突然のことに呆然と立ち竦むしかできなかった縞を置き去りにして、遙は心夏を指差す。
「いい質問だ神宮くん。盲点だった。なぜそこに気づかなかったのだろう」
 言い出しっぺのくせに、心夏には遙の言わんとすることがよくわかっていない。
 助け舟を出してくれたのは時祢だった。
「何だよ突然? 縞が固まってるぞ」
 人形のように身動きひとつせず、ぐちゃぐちゃの髪をそのままに縞は放心している。
 遙は「あ、ああ、すまん」と縞の髪を手で直しつつ、
「神社だ。ウツシミサマが封印されたとされるその神社。そこならば何かわかるかもしれない。もしかすれば、この世界をどうにかできる可能性だってある。どこだったか、確か髭もじゃのレポートの中に神社があったとされる場所が記されていたはずだが――」
 片手で縞の髪を直し、片手でレポート用紙を驚くべきスピードで捲っていく遙は、やっぱりスーパーガールだった。
 レポート用紙を捲る手がピタリと止まる、
「あった、これだ。過去の地図と今の地図を照らし合わせると……ちょうど体育館の辺りだ」
 疑問が浮かぶ。
「ちょっと待って遙ちゃん。場所が体育館なら、神社なんてないんじゃないの?」
 少なくとも、その辺りに神社の残骸らしきものは見たことがなかった。
 しかし遙はまったく言い淀むことなく、
「普通ならば、な。だがここは普通ではない。ウツシミサマの力で出来ている世界なら、その力の根源が存在していても不思議はないだろう。体育館の中になかったらその周りや床下まで探してみるさ。可能性は少ないが、やるだけの価値はあるだろう。ここでじっとしていても始まらない、まずは体育館から探しに行こう」
 遙が椅子から立ち上がった瞬間を見計らうかのように、縞のスイッチが切り替わった。
「……あ、あれ?」
 何が起きたのかわからない、とでも言いたげに辺りを見回す縞に、遙は笑う。
「大丈夫だったか縞。今し方、お前に幽霊が憑依していた。一時はどうなることかと思ったが、時祢が成仏させた。もう安心していいぞ」
「……へ?」
「突然に白目を剥いて襲いかかって来たときは殺されるかと思った。しかし元通りになってよかったぞ縞」
「……な、何のこと?」
「幽霊を成仏させたことだ」
「ほ、ホントに言ってるの!?」
「嘘に決まっている。――行くか、体育館の鍵はすでにこの手にある」
 長い髪を舞わせて踵を返す遙の背中では、またもや放心する縞がいる。
「また説明するのは面倒だ」と時祢が脇に縞を抱えて遙に続き、最後に心夏が出る。
 職員室から廊下に出た刹那の一瞬に、心夏は何かに背中を撃ち抜かれたような気がした。背筋の凍るような刺激が脊髄を通して身体中に伝わる。慌てて背後を振り返るが、そこには誰の姿もない。目につくものと言えば出しっぱなしにされた古藤のレポート以外には何もなく、変わった所も見当たらない。振り返ったらすでに先に感じたようなことは何も感じなくなっていて、ただの気のせいだったのだろうか、と思うのだが、何かが腑に落ちない。その何かがわからなくて余計に不安になってしまう。
 肩を掴まれた。
「ふぇっ!?」
 おかしな悲鳴が出た。
「ど、どうしたのさ心夏?」
 逆に驚いた顔をする時祢がそこにいた。
 急に恥ずかしくなる。
「う、ううん、何でもないない。早く体育館行こう」
 時祢の背中をぐいぐいと押して廊下を歩く心夏。
 もうすでに、先の気配のようなものはどこにもなくなっていた。
 いつまでも脇に抱えられたままの縞は、何だか無性に可愛かった。やっぱりプリティガールだ。


     ◎


 移動教室側の校舎の屋上に場所は移る。
 普段、屋上へと続く鍵は完全封鎖されているのだが、この世界、『映し身の世界』においての彼女たちに、そのようなものはあってないようなものだった。あっても意味は成さないだろうし、もし意味を成してもその程度ならばどうとでも捻じ曲げることができるのだ。それくらいの範囲なら『ルール』違反にはならないし、それくらいで『ルール』違反になるのなら、これからすることなど完璧な退場ものである。
 風が吹く。風は校舎の壁を生き物のように攀じ登り、屋上から空の靄へと吹き上げる。
 その風にはためくスカートを押さえることもせず、ココナは屋上の先端に立ちながらある一箇所を見下げていた。
 その視線を追う。教室側の校舎の一階、その左の奥。そこにあるのは教室ではなく、職員室だ。カーテンは開けっ放しになっていて、角度的にすべてを見渡せるわけではないが、多少ならば中を窺うことができる。だからこそココナの視線の先に、ちらちらと人影が入り込んでいる。ここから見える範囲にいるのは二人。一人は大柄の女子生徒だ。間違いない、それは猪川時祢であろう。そしてその横にいるのが、ココナと全く同じ顔で全く同じ体型をした、神宮心夏。いや、言い換えよう。ココナと同じなのではなく、ココナが同じなのだ。なぜなら、本来のオリジナルは向こうなのだから。
 ココナは口を小さく歪めた。
 これから、この体は自らの所有物となる。オリジナルはコピーと入れ替わり、そのことに誰一人として気づく者はいない。素晴らしいことだと思う。外の世界で自由に動くことができるのだ。それ以上の楽しみなど、もはや存在しないのではないかとさえ思えてしまう。待ちに待ったこの刻が、ようやく訪れたのだ。この機を逃す手はない。どんなことをしても、どんな手を使っても、必ず自分自身を殺して、この世界から抜け出してみせる。そのためだけに、この世界に存在し続けたのだから。
 思わず感情が昂ぶってしまう。溢れ出した殺気を止められなかった。視界の先端で心夏が立ち止まり、こちらを振り返る。が、向こうからはちょうど角度が邪魔になっているから見つかることはない。殺気を抑え込む。まだ早い。もう少しだけの我慢。もう少ししたら、存分に殺すことができるから。それまでの我慢だ。今に感づかれたら意味はなくなってしまう。一思いに殺すなんて、そんな勿体無いことはできない。少しずつ少しずつ、手足の一本一本を捥ぎ取りながら殺して行かねばならない。オリジナルとはどのようなものなのか、隅から隅まで、拝見させてもらおう。
 感情が昂ぶってしまう。口を歪めながら必死に殺気を抑え込み続ける。
「――こんな所にいたのか、ココナ」
 唐突に聞こえた呼び声に振り返る。
 そこにはハルカがいて、その後ろにはトキネとシマもいる。
「どうしたの?」
「どうしたの、じゃないわよ。どこ行ったのかと思ったじゃない」
 トキネが不服そうに口を尖らせる。
 その気持ちはわからなくもない、とココナは思う。
「大丈夫よ。獲物を独り占めになんてしないから。みんなでここから出ないと意味はないしね」
「ところで、その獲物がどうやら祠の存在に気づいたみたい」
 そうつぶやくのはシマだが、そのことについてはココナもすでに気づいている。
「わかってるわ。さっき職員室から出て行ったところ。まだ十分に間に合う」
「間に合う、と言うからには『あれ』をする気か?」
「ええ。『ルール』違反にはならないし、大丈夫でしょ」
「まぁ、同意見だな。そうした方が一層に面白いだろう」
「いいねえ、あたしも賛成だよ」
「わたしも賛成」
「――なら、やりましょうか」
 ココナが再び屋上の先端に立つ。
 風に舞うスカートにはやはり気を払うこともせず、ココナは笑う。
「いつまでも四人一緒じゃ、つまらないものね」


     ◎


 二回目の、鐘が鳴った。

 それは殺し合い開始から一時間が経過した合図であるのだが、驚くべきことは、最初に聞いた音よりも遥かに小さいということだ。これでは学校で流れるチャイムと大差はない。しかし聞く分にしてみればこっちの方が耳にも心臓にもいいので願ったりである。きっとこの音が基準なのだろう。もう一度あの絶音が流れるのだとするのなら、それはきっと殺し合い終わりの合図のとき。つまりは今から十一回目の鐘が、絶音になるのだと思う。またあのような凄まじい鐘を聞かねばならないのかと思うと憂鬱になってしまうので、今は考えないでおこう。
 心夏たちは教室側の校舎から移動教室側の校舎へと向っていた。二階に位置する渡り廊下を使った方が早く体育館に行けるためである。
 今現在、四人が通っている渡り廊下は床以外がすべてガラス張りになっている少々珍しいもので、セクハラオヤジの欲求が存分に発揮されているのだと思う。床以外がガラス張り、ということはつまり、横から丸見えになるということで、加えてそれが地上二階に位置するとなると、女の子の制服にとってはとても相性が悪い渡り廊下なのである。なぜなら、下の階から上を見上げれば、上手い具合に制服のスカートがあるからだ。もちろん、昼間ならば女子生徒はスカートを押さえたり短パンを穿いたりして難を逃れているのだが、男子生徒もあの手この手で青春を高めようとしているため、ある種のイタチごっこになっていた。
 そのような理由からいつもならスカートを押さえて歩くのだが、今のこの時間、おまけにこの世界に男子生徒なんていないだろうから、心夏は何の気兼ねもなく歩いて行く。もっとも、普段からまるで気にせずに歩いて行く時祢は別格である。時祢は普段から本当にワイルドなのだ。別に見せてもいいじゃん、後でジュース奢ってもらうし、というのが時祢の口癖で、何人かの男子生徒が真面目にジュースを奢っている光景をしばしば見たことがある。ものすごくワイルドだと思う。
 そんな渡り廊下を抜け、移動教室側の校舎へと辿り着き、止まることなく体育館を目指して行く。
 先頭を歩くのは遙で、指には「体育館」とのプレートが付いた鍵がくるくると回っている。
 心夏はその後ろを歩きながら、
「遙ちゃん」
 遙は振り返らずに、
「ん?」
「ひとつ、訊いていい?」
「答えられることなら」
 気になっていたことがある。話の流れ上、あのときはスルーしてしまったけど、今になって思い出したこと。
「遙ちゃんの信念ってなに?」
 鍵を回していた指がピタリと止まるが、それでも歩調だけは止めず、
「ああ、それか。いやなに、別に大したことではない」
 それ以外の答えを返してくれるかもしれないと思ったのだが、どれだけ待っても遙は次の言葉を紡がなかった。
 それはつまり、触れられたくないことなのだと思う。好奇心で訊いてしまったことを少し後悔する。誰にでも人に言えないことはあるのだろう。それを無神経に訊いてしまうのはやっぱりよくない。そのことが遙にとって大切なことならばなおさらだ。
「……ごめんね、遙ちゃん」
 遙は少しだけこちらに視線を移す。
「あー、いや。謝られても困る。また機会があったら話せることだろうしな」
 遙は優しいと思う。心夏なんかよりずっと人間が出来ているのだと思う。
 本当にスーパーガールだ。
「時に時祢、いつまで縞を抱えているのだ?」
「え?」
 不意に振り返った遙はそう言い、時祢が無意識のような声を出す。
 そして自分が抱えていた縞を見つめると、いつの間にか精神状態は回復していて、すごく不機嫌そうな顔をしていた。
「あちゃ、忘れてた。ごめん縞」
 よっこらしょ、と縞を廊下に立たせる時祢。
「……気づくの遅いよ、時祢ちゃん」
 ハムスターかリスみたいに膨れっ面になる縞はやっぱり可愛くて、心夏が微笑みながらその頬っぺたを突こうとしたそのとき。
 学校の至る所に設置されているスピーカーから、木琴の音が一節だけ流れた。
 四人は動きを止め、近場にあったスピーカーに視線を移して黙りこくる。
 声が聞こえた。
『こんばんは、もう一人のわたしたち。さて、今で開始から一時間と十三分経ったわけだけど、このままじゃ同じことの繰り返しになると思うわけ。だから少し、趣向を凝らしてみようと考えたの。今から十秒後、この世界が一度だけ歪む。外に放り出されたくなかったら、手を校舎の床か壁につけておきなさい。以上』
 それは、心夏の声だった。否、ココナの声だ。
 放送の終わりは実に素っ気なく、木琴のメロディもなく、ブツッと鈍い音を立てて回線が落ちる。
 意味がわからずに立ち竦む四人が互いに視線を合わそうとしたその刹那、
 ぐにゃん、と校舎が文字通り歪んだ。コーヒーカップに乗った後のように世界が揺れていく。何が起きたのかさっぱりわからず、平衡感覚を頼りに体勢を立て直そうとするが上手く行かなくて、心夏はその場に尻餅を着いた。同じように近場で縞がコケて、次いで遙が壁に凭れかかった。そんな中で時祢だけが平然と立っていて、「大丈夫、あんたたち?」と不思議そうに訊ねて来る。信じられない平衡感覚だった。
 遙の叫び声、
「時祢! 床でも壁でもいい! 手をつけ!」
「え、なに?」
「だから手を、」
 縦揺れの地震が一度だけ巻き起こった。
 その反動で今度こそ時祢も廊下に尻餅を着き、結果的に手が床に触れた。
 それは、ガラスを叩き割ったかのような音だった。歪んだ世界がさらに歪み、すべてが掻き消えた。
 気づいたときにはどこでもない場所にいた。気づいたときには見慣れた場所にいたような気がする。
 心夏の意識は、そこでふっと途絶えた。


     ◎


 放送室のマイクの前で、ココナたちは笑う。
 「さあ、始めましょう。――わたしたちの、殺し合いを」





     「四対四」



 御堂遙が意識を取り戻した場所は、科学準備室だった。
 最初は自分がどこにいて、何をしているのかがまるでわからず、意識だけが甦って思考が停止しているような気分だった。ようやく頭が働いたのは視界が景色を捉えてから一分ほど後のことであり、思考が動き出すと同時に唐突にすべてが繋がった。
 まず、ここは科学準備室だ。それは一発で理解できた。なぜならつい数時間前に訪れたばかりだし、何よりも床に散乱した人体模型の頭のパーツ。これが決定的な判断材料となった。どうやら時祢の放り投げたこれは床に当たり、当然の如くに大破したのだろう。元から見栄えはよくないが、こうなってしまうとさらに見るも無残な姿である。遙はその場にしゃがみ込み、脳みその一部であると思われるパーツを手に取って形を指でなぞる。
 ここは科学準備室である。
 ではなぜ自分がここにいるのかを考えよう。
 それはたぶん、あれのせいだ。あれが何だっかはよくわからないからとりあえずは空間転移とかそれっぽい言葉で片づけよう。つまり自分はあのときに起きた空間転移でこの場所に飛ばされた、とかそういうことなのだろう。もはや何でもありなのだな、と遙は思う。この世界の存在そのものが出鱈目なのだからもう何が起きても大して驚かない。元から状況の変化にそんなに驚く方でもない。これくらいで取り乱していたら御堂の家ではとても生きていけないだろう。
 人体模型のパーツを投げ捨てながら立ち上がる。立ち上がろうとした。
 パーツを見下げてよく考えてみる。人体模型の頭を時祢が放り投げたのは、ちゃんとした現実世界での出来事だ。この世界では行われていない。なのにこれが散らばっている。時祢が頭を放り投げたことが、この世界でも行われたことになっている、ということか。映し身の世界、とはよく言ったものだ。細部まで完璧に映し出されているのだろう。いわゆる鏡の世界、というヤツなのかもしれない。左右が逆にならないのはきっと、この世界に入った時点で「この世界がちゃんとした世界として意識されている」からなのだと思う。反対を向いても同じことなのだろう。
 今度こそ本当に立ち上がる。
 厄介なことになった、と今になって思い至る。
 心夏たちとは絶対に離れないでおこうと決めていた。離れれば最後、本当に殺し合いが始まる可能性があると踏んでいたからだ。体育館を見てからでいいと考えていたのが裏目に出た。こんな早い段階でこうなるのなら、もし万が一にこのような事態になったときの対策でも考えておけばよかった。せめて逸れた際の集合場所くらいは決めておくべきだったのだ。浅はかだった己の思考が恨めしい。全国模試で一位を取っても、こういうときに役に立たなければ何の意味もないのだ。まったくもって迂闊である。
 しかしここにいても始まらない。何にせよ、まずは心夏たちを捜さねばならない。
 出鱈目に動くことは危険なのだが、さすがにこんな場所に心夏たちは来ないだろう。時祢ならばともかくとして、まず間違いなく、心夏と縞は来ない。少なくとも三人の共通の場所に行くことが先決だ。ならばそこはどこか、と思考を巡らす。行こうとしていた体育館が妥当なところなのだが、どうしてかそこに三人は来ないような気がする。理由はとくになかったが、たぶんこの何となくは正解であろう。故に体育館は削除。だったら他に三人が来るような所はあるか。
 あった。三人に共通の場所。それはつまり、二年三組の教室。
 そこが最も確率が高い。やはりこれにも理由はないが、この何となくも正解であるはず。
 遙は科学準備室を出た。人気のない科学室を横切って廊下に出ようとした所でふと足を止め、制服の胸ポケットに入れっぱなしになっていた携帯電話を取り出す。この世界に引っ張り込まれてから見るのは二回目だ。一回目は来てすぐだったが、その時点ですでに無駄なのだということはわかっていた。だけどもしかしたら、ということがある。が、その希望は瞬時に絶たれた。
 携帯電話を開くとディスプレイに光が灯り、通常の機能を稼動させるのだが、電波は圏外だし時計は二十三時五十九分、つまりは午後の十一時五十九分で止まったままだった。それ以外の機能はしっかりと生きている。カメラも回れば着メロだって流れる。なのに電波と時計が死に絶えている。現実世界の時間ならばすでに「今日」ではなく「明日」になっているのだろうが、この世界では未だに「今日」の日付である。本当に不思議な現象だ。一体どんな力が働いているのだろうか。
 廊下に歩み出し、そのまま二年三組の教室を目指す。
 遙は、普段からホラーなどに恐怖心を感じない。心夏や縞なら悲鳴を上げて卒倒しそうになる状況下に置かれても、取り乱すことなく突っ込みを入れられるくらいの自信がある。そこは少し遙の自慢だった。ポーカーフェイスというのだろうか。御堂の親類でカードゲームなどをするとき、常に言われる言葉だった。その仮面は心の芯まで包み込んでいて、いつ如何なるときでも冷静さを失わせない。これが便利なときもあれば不便なときもあるのだが、今は便利だろう。変に取り乱したりせずに済むことが有り難い。
 だからこそ、廊下を一人で歩いていてもまったく怖いと思わないし、どこかから窓ガラスの割れるような音が響いて来ても、遙は眉ひとつ動かさなかった。ただ思考だけが一瞬で動き出し、あっと言う間に結論を運んだ。時祢の仕業だろう。おそらく窓ガラスを叩き割れば音が響いて誰か来る、と思ったに違いない。そのような発想をするのは時祢しかいないし、例え現実世界でなくても心夏と縞には窓ガラスを叩き割るようなことはできないだろう。まったく手荒な合図だな、と遙は笑った。
 確証は持てないが、音は渡り廊下を通して聞こえたような気がする。ならば教室側の校舎か。やっぱり時祢も二年三組の教室に行こうと考えついたのだろう。この何となくは正解だったか。あとはこの音を頼りに心夏と縞が来てくれることを待つばかりであるのだが、下手をすると逆に怖がって来ないかもしれない。今頃どこかで小さくなって震えているかもしれないのだ。時祢と合流したら一緒に捜しに行ってやらねばなるまい。
 遙は歩みを再開させる。そのとき、背後から足音が響いて、振り返るより早くに声が届いた。
「遙ちゃんっ!」
 後ろから走って来たのは、半分涙目の心夏だった。
「おお、無事だったか心夏」
 隣まで走って来た心夏はすぐに遙の腕にしがみつき、
「怖かったよぉ……それに今の音ってなに……?」
 遙は心夏の頭を撫でながら、
「おそらく時祢だ。窓ガラスを割って我々に位置を教えようとしたのだろう」
「な、なるほど……時祢ちゃんらしいね」
「まったくだ」
 二人揃って歩き出す。
 腕にしがみついたままの心夏は、小さく震えていた。
 そこまで怖かったのか、と遙は思う。だが無理もないのだろう。科学準備室で人体模型のパーツを見ただけであれほどまでに取り乱したのだ。そういえば少し前、遊園地に行った際にはお化け屋敷で驚き過ぎて縞と一緒に出口ではなく非常出入り口から退出して行ったこともあった。根っからの怖がり屋がこのような場所に一人で取り残されることは本当に恐ろしいことなのだろう。心夏は縞がプリティガールで自分がサイコガールだとよく言うが、遙から言わせれば二人もプリティガールだ。このような反応、遙自身がしてもきっと似合わない。心夏と縞だからこそ、微笑ましく可愛いと思えるのだ。
 そう思ったからこそ、心夏が少しだけ歩調を遅らせたのも、別に不思議に感じなかった。
 遙が笑いながら振り返って言葉を紡ぐより早くに、心夏は行動に出ていた。
 気づけばしがみつかれていた左腕を捻り上げられ、バランスを崩したせいで一気に体重を持って行かれた。
 廊下に倒れ込むと同時に右腕が心夏の足に踏みつけられて動かせなくなり、そうこうしている間にも着実に腕は上に向けられていく。激痛が走った。骨の軋む音が正確に聞き取れる。手首を掴む力は心夏らしいひ弱なものであるのだがしかし、この体勢から振り払うのは遙の腕力では不可能に近い。時祢ならばどうにかなったのかもしれないが、さすがにあれほどまでの力は常人には存在しないのだろう。考えている間にも腕はさらに上へ上へと進んでいく。
 なぜ心夏がこんなことをしているのか。その考えは意味を成さない。
 なぜならこの者は心夏ではなく、――ココナなのだから。
 床に着いた頬から伝わる冷たい感触をそのままに、遙は苦痛の顔で笑う。
「……参った。まさかこんな手で来るとは」
 ココナは笑い返す。
「でしょう? さすがの遙も油断したようね」
「しかしなぜだ……? 自分は自分しか殺せないと、そう言ったのではないのか……?」
 だからこそ、油断した。
 自分を殺すのはもう一人の自分だと、『ルール』がそうだったからこそ、油断したのだ。もう一人の自分が目の前に現れたときだけ警戒すればいいと思っていた。『ルール』は破れないはずだから、それだけを警戒すればいいと信じ込んでいたのだ。なのにいきなり間違いを突きつけられた。ココナは今、間違いなく遙の腕を捩じ上げ、すぐにでも殺せるような状況に陥らせている。
 遙の疑問に対し、ココナは答える。
「その通りよ。自分自身しか殺せない」
「ならばどうして……?」
「別にわたしは、あなたを殺そうなんて思ってないもの」
 意味がわからなかった。
「わかる? わたしは『自分を殺せるのは自分だけ』と、そう言ったのよ。でも『自分を傷つけられるのが自分だけ』なんて台詞は、言っていない」
 ああ、そういうことか、と遙は思った。
「……つまり、お前にはわたしの腕を圧し折る気はあっても殺す気はないと、そう言いたいのだろう?」
「御名答。遙は物分りがよくて助かるわ。だからね、今は腕と足、一本ずつで許してあげる」
「――ちょっと待って欲しいのだが、いいか?」
 力を込めようとしたココナを遙は制す。あと少しでも力を入れれば本当に危険だった。
 ココナは引き金を引く一歩手前で止まり、下に位置する遙を見つめる。
「なに?」
「わたしの所にココナが来た、ということは、他の三人の所にも……」
 そんなことか、とでも言いたげにココナは言う。
「もちろん、他の三人もそれぞれの相手に出遭っているはずよ。あなたと同じように、腕か足は、なくなってると思った方がいいわ」
「そうか……だったら、仕方がない。少し気は引けるが、やらねばなるまい」
「何が、言いたいの?」
 怪訝な声と、苦痛の笑い声。
「大したことではない。わたしはわたしの信念に基づくだけだ」
 瞬間、遙は押さえ込まれていた右腕に有りっ丈の力を注ぎ込んだ。
 小さな悲鳴と共に上に乗っていたココナの体勢が崩れた一瞬を見逃さずに上体を起こし、捻り上げられていた左腕を振り払おうとする。が、ココナもそこまで甘くはなかった。全力の力で捩じ上げた腕を放すまいと必死に食らいついてくる。体勢が悪かった。対面していたらココナの力ならばどうにかなったかもしれないが、後ろを取られていたら上手く行かないのは当たり前だった。おまけに腕を捻られているせいで痛みが力を分散させる。
 立ち上がるだけで精一杯だった。背後のココナが意外そうに、
「驚いたわ遙。まさかこんなことするなんて」
「やらねばやられるからな」
「でもどうするの? もうお終い?」
「そうだな……このままでは何もできないだろう」
「そう。ならこの腕、貰うわね」
 片腕はこの際、捨てよう。その代わり、ココナの片腕を貰おう。
 腕を圧し折れば腕を放すだろう。そうなったら体勢を立て直して向き合える。片腕が使えなくても、向き合えばどうとでもなる。それくらいの力はある。御堂の家でのことがこんな所で役立つとは思わなかった。これからは御堂の家の習い事も馬鹿にはできない。そして今は、いつもならば嫌悪の塊でしかないこれを叩き込まれていてよかったとさえ思った。片腕だけでも、相手の片腕を頂くことくらいならばできるのだ。片腕対片腕になったらもはやこちらが有利である。信念に基づき、気分は乗らないが、残りの腕と両足を、貰い受けよう。
 背後のココナが遙の腕を掴む手にさらに力を込め、一気に限界まで捻り上げて折ろうとした。
 骨の曲がる鈍い音が聞こえるか否かの、激痛が脳内を駆け回るかどうかの一瞬、
「遙ちゃんっ!!」
 ココナは、離れた廊下のど真ん中から叫んだ。
 いや、違う。あれはココナではない。――心夏だ。
 もう一押しで完璧に圧し折っていた遙の腕を放しながら、ココナはこう言った。
「何やってるのよ、ハルカ」


    ◎


 猪川時祢は、二年三組の自らの席に座り込んでいた。
 授業中のような気分である。こうして黒板を真っ直ぐに見つめているくせに意識はお花畑に旅立っていて、蝶々を追い駆け回しながら「あははは」とか笑っているのだ。もう少し極めればきっと、目を開けたまま爆睡することだってできるかもしれない。時祢にはその自信が密かにある。高校を卒業するまで残り一年半だ。それまでにその技をマスターするのも悪くない。そうした方が授業中も楽しくなるだろう。
 机の上に置いた両手を動かすこともせず、瞬きもしない瞳は黒板を見つめ、時祢はいつまでもそうしている。
 ふとした疑問があった。
 なぜ、他の生徒がいなくて、教卓には教師すらいないのか。
 まさか移動教室で時祢だけが置き去りにされてしまったとか、そういうことなのだろうか。いや違う、仮に移動教室だったとするのなら、縞が絶対に教えてくれる。ならばクラス全員でボイコットだろうか。いやそれも違う、それならば時祢が先頭を切ってボイコットをしていなければおかしい。だったら今日が休日であり、時祢が間違えて登校して来てしまった、との考えが最も妥当か。うん、何だかそれなら有りそうな気がする。
 己が出した結論に満足し、時祢は頬を緩め、開けていた目をゆっくりと落とし、眠ろうと、
「……はっ!? な、何やってんだあたし!?」
 何の前触れもなく、現実に引っ張り戻された。
 慌てて席を立つ。教室内を見渡しても誰の姿もなく、人の気配は感じられない。今日が休日、なんてオチは絶対に存在しない。なぜなら窓の外が暗いからだ。さすがに間違えて夜の学校に来るほど馬鹿ではない。意識の底に眠っていた事実が浮上する。今日は縞たちと肝試しをしにここに来て、訳もわからない世界に連れ込まれ、どうにかして脱出する術はないかと考え、体育館に行こうとして、それで、
 スピーカー、木琴の音色、ココナの声、歪む校舎、地震のような一撃、
 気づいたら、ここにいた。
 縞たちはどこに行ったのだろうか。逸れてしまった、のだろう。これは、とてつもなくマズイ状況なのではないだろうか、と時祢は時祢なりに思う。普段から別段何も考えずに突き進む時祢であるのだが、さすがにこのような状況でまで浮かれてはいない。ここまで状況が悪化してもモノマネなんかやっていたら、それこそただの馬鹿だ。もちろん時祢は馬鹿ではない。そうなのだと信じたい。己を信じるために、時祢は深呼吸をひとつだけして本能を押さえ込み、理性を活性化させる。
 よし、落ち着いた。これからどうするべきかを考えよう。
 みんなはどこへ行ったのだろうか。それぞれがこの学校のどこかに飛ばされた、と考えるのが一番適当だろうか。ならば捜しに行くべきだろうか。いや待て、以前四人で遊園地に遊びに行った際に遙が縞に対して言っていたことを思い出せ。迷子になったら動かず、助けが来るのを待て。縞は怒っていたが、まさにその通りである。出鱈目に動き回ってすれ違いになったら目も当てられない。ならば捜索は遙に任せて、自分はここから動かない方が最もいいのではないか。
 ただ、ここにいるのだということは伝えた方がいい。どうやって居場所を伝えよう。大声で叫ぶべきか。だが大声で叫ぶのは何だか気乗りしない。しかし他に方法がないのも事実。どうしよう。何か良い案であり、面白い案はないだろうか。教室内をぐるりと見回して、時祢の中の悪魔がふと、こうつぶやいた。
 あるじゃん、楽しそうなものが。
 ああ、それがあるじゃん、と時祢は呆気なく同意した。
 一度でいいからやってみたかったこと。事故で割ったことなら数回ほどあるが、意図的にやったことは一度もないこと。全力で、破壊衝動に身を任せて、一度でいいから叩き割ってみたかった。教室の前のドアにある、大きなガラス。以前、教師に訊いたことがある。あのガラス一枚で一体幾らくらいするのかと。そのときに教師は答えた。確か二万くらいだと。あんな馬鹿げたガラス一枚で二万なんて笑わせる。どうせ三千円くらいで買えるに決まっているのだ。あんな詐欺ガラス、いっちょこのワイルドガールが成敗してくれよう。
 時祢は満面の笑みを浮かべ、近場にあった椅子を片手で持ち上げ、ゆっくりと近づいていく。
 目前にガラスが迫った所で立ち止まり、椅子を頭上に掲げて思いっきり振り下ろそうとしたその刹那、
「……時祢ちゃん?」
 聞き慣れたその声が耳に届いた。
 椅子を頭の上に振り上げたまま、時祢は右を振り返る。
 そこには教室の後ろのドアから一歩を踏み出して、こちらを見つめる縞がいた。
 縞はジト目で言うのだ。
「……何やってるの?」
「あー……いや別に大した意味はないよ。ただこの音でみんなを集めようかなって」
「そんなことしたら……わかってるよね?」
「あはははは、もちろんだよ縞」
 そして時祢が椅子を床に置くと同時に、唐突に縞が顔を歪めた。
「……縞?」
 小さな嗚咽が聞こえて来る。
 涙混じりで何事かを縞はつぶやく。何とか聞き取れた。
 怖かった、と縞は言っている。
 そんな縞を見つめ、時祢は笑う。まったく、小さい頃から人の十倍くらい泣き虫で怖がりな所は、まだ直っていない。ただ、だからこそ、そんな縞の隣には必ず時祢がいるのだ。守ってやるのだと、守ってやらねばならないのだと、そう決めていた。例え自分のすべての人生を懸けることになったとしても、猪川時祢は桜井縞を守り抜くのだと決めていた。それが二人の絆。揺らぐことはなく、切れることもなく、この世界のどんな絆よりも強く輝かしいもの。それが時祢の自慢だった。自分の隣に縞がいる。それだけでいいとさえ思えるのだ。それ以外に要らないとさえ思えてしまうのだ。時祢にとって、縞はすべてだった。
 時祢は少しだけ身を屈め、涙を拭う縞へと笑いかける。
「おいで縞。怖かっただろ」
 縞が一歩を踏み出し、二歩目からは走り出した。
 よっぽど怖かったのだろう。そして縞が時祢に抱きつくその一瞬、
 時祢の手が、縞の胸倉を問答無用で鷲掴み、まるで体重など無視して持ち上げると同時に遠心力をフルに利用して空間に舞わせ、何の躊躇いもなくドアにある窓ガラスへと小さな体を顔面から叩きつけた。それは、想像を絶するような破壊だった。窓ガラスは縞の体がぶつかる衝撃に耐え切れずに叩き割れ、時祢のとんでもない怪力はボロいドアもろとも一気に弾け飛ばした。ガラスの破片やドアと共に廊下に突っ込んだ縞が何回転かの後に壁に激突して止まる。
 廊下に血痕が広がる。震えながら上体を起こす縞の額がガラスによって切れ、そこから結構な量の血が溢れていた。
 見下げる時祢と、見上げる縞。――否、シマだ。
「……どうして、わたしが縞じゃないって、わかったの……?」
 時祢は笑う。
「あたしと縞の絆、甘くみるんじゃないわよ。見た目が一緒でもね、中身がまったく違うんじゃ話にならない」
 最初に見た瞬間からわかっていた。これが縞ではなく、シマなのだと。
 予想したわけでもないし、これが仮にココナやハルカだったらきっと騙されていた。だけどここに来たのはシマだった。だったら時祢が騙されるはずはない。見た目が同じだろうが声が同じだろうが、腹の底が違えば嫌でも気づく。表面だけで納得するほど、時祢は縞を知らないわけじゃない。それこそ、互いの腹の底まで知っている。だからその底が違えばすぐにわかる。これが縞ではなく、シマなのだと。まるで茶番である。自分たちのくせに、自分たちのことをまるでわかっちゃいない。
 時祢は一歩近づき、
「教えてもらうわ。縞の所には、誰が行ってる?」
 それだけが気がかりだった。
 時祢と同じく、縞もトキネが相手ならばすぐに違うのだと悟るだろう。だがココナやハルカならば非常にマズイ。縞のことだ、何の疑いもなく寄り添うだろう。そうなったら殺されはしないまでも、腕の一本や二本、持って行かれる。縞を傷つける者は誰であっても許さない。それが例え時祢自身であっても、必ず地の果てまで追いかけて潰してやる。この体に根づいている天下無双の才能は、そのためだけに存在していると言っても過言ではないのだ。
 顔の右半分を血に染め、縞は苦笑する。
「……どうやら選択を誤ったらしいわね。わたしたちがそこまで深いなんて思ってもみなかった」
「じゃあ、縞の所に行ってるのは?」
「ええ、トキネよ」
 だったら話は早い。一刻も早く縞を見つけ出して、時祢がトキネから守ってやらねばならない。
 踵を返そうとした時祢を、シマが呼び止める。
「待ちなさい。ここでわたしを、このままにしておいていいの?」
 腕の一本や二本くらい圧し折るのが普通ではないのかと、シマは言いたいのだろう。
 時祢は苦笑する。
「まあね。本当は圧し折ってやりたいとこなんだけど、今はあんたより縞の方が千倍は心配だから」
 走り出す。シマとこれ以上話していても意味はないのだとわかっていた。縞の居場所を訊いてもどうせ教えないだろうし、ならば自分自身の足で走った方がいい。どこにいるのかはわからない。わからないが捜す他に方法はない。一刻も早く、縞がトキネと出会う前に見つけ出さねばならない。
 時祢は、自分自身の力のことをよく理解している。普段から縞を軽々と持ち上げることができるのだ。それほどまでの力が一度牙を剥けば、先の再現通りのことが起きるだろう。そうなれば当たり前のように縞に抗う術はない。縞のあの小さな体では、この体から繰り出される力は止められない。殺されはしないはずだが、致命傷を負う可能性だって否定できないのだ。もし、万が一にでも、そうなってしまったら、時祢は、自分が何を仕出かすかまったくわからない。理性が消し飛んで本能が爆発すれば、この才能は完璧に発揮されるのだろう。その先にあるものは果たして何なのか。想像もできないことが恐ろしい。だから、そうなる前に、縞を見つけ出さなければならないのだ。
 全力疾走する。陸上部で計測したことがある。時祢の脚力は百メールを十一秒フラットで駆け抜けることができる。まさに万能な才能であろう。廊下を恐るべきスピードで駆け抜け、階段を二歩しか使わずに駆け下り、手摺を破壊するかの如くに握り締めて身体の向きを無理矢理に変え、できる限り視界をフル活用させて縞の姿を捜す。教室側は三階から一階まですべて見た。ならば次は移動教室側だ。そう思って二階の渡り廊下に行こうと思った際に、廊下の一番奥に、小さな体と大きな体を見た。
 どこから現れたのかは、この際考えない。
 それが縞とトキネであることは、判り切っていたからだ。
 時祢はあらん限りの声を張り上げる。
「縞ッ!!」


     ◎


 桜井縞は、教室側の校舎の横にある、非常階段の踊り場に佇んでいた。
 普段、心夏に対して口を半開きにしてぼけっとしているのは駄目だと言う縞だが、縞も人のことはあまりよく言えないのである。こういうとき、縞も時折口を開けてはぼーっと空を眺めていたりする。意識はあるのに思考が止まっているような、そんな感覚。非常階段の踊り場にいるのなんて初めてで、そこから見上げる空はなぜか少しだけ新鮮に思えた。
 汚れた屋根の一部に何かがあることに気づく。
 いつだったかにあれと同じようなものを見たことがあるような気がした。確かあれは小学生の頃の話だ。小学校の端っこにある、プールの更衣室の裏手。そこの屋根に、縞が今に見ているこれと同じようなものがあったはずである。あのときはそれが何なのかまったくわからず、時祢と共にその辺に落ちていた棒を手にして落とそうと考えた。最初は突いても何の反応も見せなかったので、時祢が思いっきり棒を振り被って叩き落したら、突如としてそれから大量の何かが飛び出して来たのだ。蜂だった。時祢にしがみついたまま更衣室の裏手から飛び出し、グラウンドを引き摺られるように逃げて、真相を知った先生にものすごく怒られた。
 つまり、あれは蜂の巣なのだろう。久々に見た、と縞は思う。
 だけどそこに蜂の姿は見えなくて、今なら落としても反撃を食らうことはないんじゃないかと考える。が、生憎として縞の身長では当たり前のように届かないし、その辺から箒を持って来ても当然のように足りない。時祢くらいの身長があったら何とかなるかもしれないが、それも望み薄かもしれないのだ。それよりも、いくら蜂がいないとは言え、蜂の巣を落とすのにはやっぱり恐怖心がある。どこからともなく蜂が来たら、時祢がいない今、縞は逃げることができずに刺されてしまうだろう。
 思う。
 時祢は、どこへ行ったのだろう。
 いつも隣にいるはずの時祢が、なぜか今はいない。それがどうしてか思い出せない。否、もう思い出しているのだが、それを納得したくないのだ。自分たちは、訳もわからない内に引き離され、ここに飛ばされた。一人ぼっちで学校の一角に放り出されているのだ。いつも守られている縞は、こういう場合、どうすればいいのかまったくわからなかった。情けない話であると思うのだが、小さな頃から隣に時祢がいることが当たり前だと思っていたせいで、免疫がないのだ。だからこそ、遊園地で迷子になったとき、迷子センターに行くよりも先に、隅っこで縮こまって泣きべそを掻くしかできなかったのだ。
 どうすればいいのかはわからないが、どうにかしなければならないとは思う。
 何をすればいいのだろうか。迷子センターなんてものはない。放送室が代わりになるかもしれないが、マイクの使い方なんてわからない。このままここにいても、こんな場所に時祢たちが来てくれるとは思えない。まずは、ここから出ることが先決なのではないか。そう思い立って踊り場の横にあるドアのドアノブに手を掛けて回してみるが、内側から鍵が掛かっていて開いてくれない。ならば階段を使って下まで下りるべきなのだろうが、どうしてか下りる気になれなかった。
 正直な話、怖かった。非常階段から下りる、というのが正体不明の恐怖心を運んで来る。
 どうしよう、どうすればいいんだろう、誰か来てくれないだろうか。
 ううん、と縞は首を振る。
 誰かに頼りっぱなしになっているのは、自分の悪い所だ。時祢がいない今、ここは自分自身の手でどうにかするしかないのである。それで時祢たちに「わたしだってやればできるんだもん、もう子供扱いしないで」と胸を張って言うのだ。そうと決まれば話は早い。まずは、ここから校舎の中に入るべきなのである。ここの踊り場の鍵は掛かっている、だったら一番下まで下りることが普通。怖いの何のって言っている場合ではない、こんな恐怖、お化け屋敷に比べればどうということはないのだ。そうに決まっているのだ。
 そう思って縞が一歩を踏み出そうとしたとき、突然にすぐ隣にあったドアがノックされた。
「っ!?」
 血の気が引いて、ドアの方を振り向くことができない。
 その間にもドアはノックされ続けていて、何者かがそこにいるのだということを伝えてくる。
 これを振り返ったら、そこに血塗れの誰かがいるような気がする。その血塗れの誰かは縞を狙ってやって来た者で、ここで振り返った瞬間にドアをぶち破って襲いかかり、縞の体内に流れる血を一滴残らず吸い取ってしまうのだ。そうすると干乾びた縞もまた、その者と同じような状態になり、今度は縞も一緒に獲物を求めて校舎を彷徨うのだ。絶対にそうだ。ここで振り返ってはならない、振り返ったらゾンビになってしまう、そんなのだけは、絶対に嫌だ。
 しかし本能とは悲しいもので、いつまでもノックの音を無視できるはずもなく、気づけばいつしか、無意識の内に振り返っていた。
 そこにいたのは、ドアのガラスに映った大柄の血塗れの女の子で、
 いや、それは縞が生んだ妄想でしかない。実際、そこにいたのは時祢だった。
 安堵の息は魂までも連れ去ってしまいそうだった。
「と、時祢ちゃんっ!」
 ようやくドアの鍵が内側から外れ、開く。
「捜したぞ縞。いつまでもそんなとこにいないでこっちおいで」
「うんっ。怖かったよ時祢ちゃ――」
 縞が、その一歩を踏み出そうとしたまさにその瞬間、
 頭の天辺から雷を落とされたような気がした。
 本能が訴える。これは、時祢じゃない、と。
 近づくどころか後ずさる縞を怪訝そうに見つめ、時祢は、否、トキネは言う。
「どうしたの、縞?」
「…………違う、」
 掠れた声が漏れる、
「…………あなたは、時祢ちゃんじゃ、ない……」
 意外そうな表情を浮かべた後、トキネは笑った。
「へえ、どうしてバレたのかな。別に何も怪しまれるようなことはしてないはずだけど」
 縞がもう一歩下がった所にはすでに、壁があった。
 左右は上りと下りの階段があるだけ。逃げ場はあるが、自分がトキネから逃げられるとは思えない。トキネの運動神経の凄さは、縞が最もよく理解している。自分なんかでは到底足元にも及ばない。逃げ出してもあっと言う間に捕まってしまうだろう。ならば無駄な抵抗はせず、せめて少しでも多く時間を懸けるべきなのだ。ここに、本当の時祢が来てくれるまで。
 声が震えてしまう、
「……と、時祢ちゃんは……?」
 トキネはふっと表情を緩め、
「さあてね。今頃、シマに腕の一本くらい折られてる頃じゃないの?」
 ああ、それなら大丈夫だ、と縞は瞬間的に思った。
 縞がこうして時祢が時祢ではないと気づいたのだから、時祢だって縞が縞じゃないと気づくはず。そうなればシマじゃ絶対に時祢に危害を加えることなんてできないだろうし、逆に返り討ちに遭うのは目に見えている。なぜなら、縞は自分と時祢の力の差を、最もよく理解している本人なのだから。だから時祢は大丈夫だ。まったく問題なんてないはずだ。それよりも問題があるのなら、それは縞の方である。
 シマが時祢に危害を加えられないのが明白であるのなら、縞がトキネに危害を加えることができないのもまた明白。
 逃げることはできず、立ち向かうこともできない。時間稼ぎをしたいところであるのだが、その術を縞は知らない。まさか奇声を発して飛びかかったところですぐさま押さえつけられるのがオチだし、踵を返して逃げ出してもトキネの足なら亀と兎であるだろうし、何かを話し始めてもすぐにネタが切れて終わってしまう。どうすることもできないのか。このままトキネに何かされてしまうのか。怖かった。幽霊なんかとはまったくの別次元の話で、トキネという存在そのものが怖かった。
 でも、だからこそ、やるべきことがあるのかもしれない。
 縞にしかできないこと。それは、時祢を信じるということだ。
「バレたんならしょうがないか。痛いけど我慢してよ縞」
 そう言って一歩を踏み出すトキネを、真っ向から見据える。
「……負けないもん」
「? 何に?」
 縞は、己が度胸を奮い起こす。
「わたしは、あなたなんかには絶対に負けないもんっ!」
 一瞬の間、にっこりとトキネは笑う。
「それは見上げた心意気だわ。見直したよ縞。だから、痛くないように折ってあげる」
 伸ばされる手から視線を外さず、決して逃げ出さず、縞は歯を食い縛って信じ続ける。
 そしてトキネの手が縞の腕を掴むかどうかの瞬間に、
 その声は響く。
「縞ッ!!」
 廊下に反響して縞の耳に届いたその叫び声を聞いたとき、一発で理解した。
 時祢の声だ。
 トキネは舌打ちをして手を引っ込め、背後を振り返りながらつぶやく。
「なんで時祢がここにいるのよ。まったく、シマは何やってんだか」
 そうしていきなり加速し、縞の横を通り過ぎて、非常階段の踊り場から一気に飛び降りた。
 二階分の高さから飛び降りたにも関わらず、トキネは地面に着地するや否やで痛がる素振りさえも見せずに走り去ってしまった。
 その光景を見つめていた縞は、ようやく前方に視線を向けた。そこには肩で息をする時祢が走り寄って来ていて、ドアを抜けて踊り場に出て来る。
「縞っ!? 大丈夫か!? どこか痛いところはない!?」
 ああ、時祢ちゃんだ――そう思うと、体に張り詰めていた緊張の糸が一気に切れた。
 力なくその場にへたり込み、思わず視界が涙で歪む。
 怖かった。本当に怖かった。
 どうすることもできず、精一杯の力を込めて時祢に抱きついた。
 それを時祢はちゃんと受け止めてくれて、頭を撫でてくれる。
 何だかもう、情けないだとかそんなのを全部無視して、ものすごく安心している自分がいた。


     ◎


 神宮心夏は、擬似夢を見ていた。
 場所は学校の、移動教室側の廊下だろうか。なぜか心夏は息も絶え絶えに走り続けていて、どうも何かから逃げているような素振りがある。何かに追われているのだろうか。だがどうしてか振り返ることができない。振り返ったらそこで終わってしまうような、そんな気がする。それでも走り続ける。目的地なんてものはきっとないのだろう。ただ逃げ切れるまで逃げ続ける。それしかきっと、取るべき道がないのだと思う。自分のことはやっぱり、自分自身が一番よくわかっているから。
 喉が焼けるように熱い。胸が締めつけられるように苦しい。頭が酸素を欲してぼんやりし始める。
 心夏は走り、逃げ続ける。階段を二段飛ばして駆け下り、そのまま突っ切って再び廊下に飛び出したとき、唐突に動きは止まる。
 心夏からすれば、それは奇妙な光景だった。
 なぜならそこには、遙の腕を捻り上げる心夏がいたのだから。
 考え込んでいたのは、時間にすれば一秒もなかったはずだ。だけどその一秒の時間がものすごく長く思えてしまうほどの思案を行った。どうしてここにいるはずの自分自身が遙の腕を捻っているのか。答えなんてものは判り切っている。それはつまり、遙は、心夏ではなく、ココナに腕を捻られているからだ。見た様子ではまだ遙は大丈夫だ。腕を捻られているだけで、折られているとかそういうことはないはずである。擬似夢で体験した光景であるのなら、現実でもそうであるはずだ。遙の腕が折られるより早くに、心夏はここへ来れるはず。ならば助け出すことができる。初めて擬似夢が意味ある形を成したような気がする。いつもは心夏自身のことばかりなのに、今だけはどうしてか他人のことを見せてくれる。不思議な感覚。だけど不可解ではない。これはきっと、友達を救おうと無意識に考える、心夏の意志が見せた擬似夢なのだと思う。だったら大丈夫。きっと、助け出せるから。擬似夢の中の出来事が、やがて完璧に現実の世界のこととしてリンクする。理由や状況さえもがすべて重なり合う。後は、本当の現実の軸の上でこれと同じことを繰り返すだけだ。
 心夏はその場で佇みながら、こう言った。

 待ってて、遙ちゃん――。

 そうして心夏は、音楽室に突っ伏していた体を起こした。
 寝起きのせいで僅かに意識がぼんやりする。それでも思考だけは生きていて、これから何をしなければならないのかを意志として運んで来てくれる。
 意外さがあった。初めて擬似夢を見たときと同じような感じ。ただただ不思議で仕方がない。今まで数多くの擬似夢を見てきたが、今の擬似夢ほど明確な目的があるものは他にないはずである。おまけに、これまでの経験上、一度擬似夢を見たら最低でも二週間は見ないのに、今日は夕方に見たのにも関わらず、もう見た。変化が起きている。特異な能力、と遙は言った。それがあったからこそ、心夏たちは今、ここにいる。そのことが関係しているのだろうか。引き金を引いたこの力が、この世界と何らかの形で共鳴しているのだろうか。真相はわからないけど、それでも今の擬似夢は本当の意味がある。
 遙を、助けに行かねばならない。
 心夏は立ち上がる。
 音楽室の中に視線を彷徨わせ、誰もいないことを確認する。音楽室は移動教室側の校舎の三階に位置する。遙がいるのはおそらく、階段を下りた二階か一階だ。擬似夢で階段を下りたのだからそうに決まっている。ならば今すぐに行動に移さねばならないのだが、それにも順序が存在する。擬似夢の中で体験したことは、現実世界でもまた、体験しなければならない。だから、擬似夢の中と同じように、心夏は何者かに追われなければならないのだ。
 それが何なのかはわからない、しかし結果は変わらない。
 心夏は逃げる途中で、遙に出遭う。仮定がどうであれ、そこに辿り着くのだ。
 予想する。
 擬似夢の中で、果たして自分は何から逃げていたのか。動く人体模型か、はたまた助けを求める子供の手か。それに遭遇したらまず間違いなく悲鳴を上げて逃げ出すだろうが、たぶんそういう類のものではない。あのときに感じていた恐怖心のようなものは、それから来る恐怖ではないはずである。だったら何なのだろう。自分は一体、何から逃げることになるのだろう。
 予想を深める。
 考える。擬似夢では、遙はココナに腕を捻り上げられていた。そこから連鎖的に物事を追求する。自分たちは今、彼女たちのせいでバラバラに引き離されている。きっと時祢や縞もこの校舎のどこにいるはずだ。その意図は何なのか。それは、一対一で殺し合いをするためだ。が、それならなぜ遙の所にハルカではなくココナがいたのか。もっと深く考えろ。答えが近づく。理由はある。遙が言ったように、『ルール』が『自分を殺せるのは自分自身だけ』ということが本当ならば、ココナが遙の所に現れて行うことはひとつだけだ。
 腕を捻り上げることは殺すことではない。腕を折ることだ。
 つまり、ココナが遙の所に現れたのは殺すのが目的なのではなく、腕を折ることが目的だということ。
 予想は確信に変わる。そこまで推理すれば答えはもう完成する。
 ココナたちは、心夏たちをバラバラに引き離して、ランダムにそれぞれの所に現れて、ココナなら心夏のフリをして近づき、殺す一歩手前のことをするつもりなのだ。それが手足を折ったりすることなのだろう。だから遙は腕を捻り上げられていた。だから擬似夢の中で心夏は、逃げていた。誰から、なんて言葉はすでに意味を成さない。なぜならもう、その何者かは、そこにいるのだから。
「――ここにいたのか、心夏」
 音楽室のドアを開け、遙が、否、ハルカがそう言った。
 擬似夢の中ですでに理解している。ココナがハルカの腕を取る意味はない。故に腕を捻られていたのはまず間違いなく遙だ。だからこそ、ここに現れた遙は遙ではなく、ハルカなのである。擬似夢の中の出来事がもっと先の未来ならば話は変わるのだが、その可能性は限りなく零に近い。先に見た擬似夢は、これまで見たものの中でもかなり特殊なものである。疑いようはない。
 そして、ここから重要だ。
 心夏が遙ではないとわかっていることを、ハルカに気づかれないようにしなければならない。
 心夏は椅子から立ち上がり、
「遙ちゃん。大丈夫だった?」
 震えたら駄目。平静を保って声を出して。
 勇気を出して真っ直ぐに見つめなくちゃ意味がない。
 ハルカは一歩を踏み出し、同時に心夏も一歩だけ踏み出す。
 感づかれてはならない。感づかれればどうなるかわからない。
「ね、時祢ちゃんと縞ちゃんは?」
 ハルカは少しだけ首を振り、
「まだ見つかっていない。どうやらこちらの校舎にはいないようだ」
「そっか。時祢ちゃんならいいけど、縞ちゃんは怖がってるから早く見つけてあげないと」
「そうだな。まずはここから出よう。行くぞ心夏」
 ハルカは、極自然に、手を差し出して来た。
 その姿が、その言葉が、いつかの遙と完全に重なり合う。あれは確か、遙たちと一緒に遊園地に行ったときのことである。お化け屋敷で驚き過ぎて縞と一緒に泣き叫んでいたとき、非常出入り口を見つけた遙は、そう言って心夏に手を差し出して来たのだ。そのとき、心夏は無我夢中でその手に縋った。だけど今は縋れない。縋ってしまえば、その手は使いものにならなくなってしまうから。そうなってしまうのだという恐怖が、胸の奥に根づいているから。
 でも、なんで、これって、
 違和感。この遙は、本当にハルカなのだろうか。
 擬似夢の中の出来事が本当ならば、この遙は間違いなくハルカなのだろう。だがもし万が一、擬似夢の内容を心夏が違った方向に間違って捉えていたのだとするのなら、それはまったくの逆になるのではないか。この遙こそが本当の遙で、ココナに腕を取られているあの遙がハルカなのではないのか。頭の中が混乱していく。先ほどまで手にしていたはずの確信が遠のいていく。目の前で手を差し出す遙が、どうしてもハルカであるとは思えなくなっていた。だってこれがハルカなら、さっきの言葉は、
 気づいたら、自らの手をゆっくりと遙に伸ばしていた。
 心夏が遙の手を掴むか否かの瞬間、
 どこからか、窓ガラスの割れる音が響いた。
 体中が反応して手を引っ込め、意識が一瞬の内に透き通る。
 我に返る。今、自分は一体、何をしようとしていたのか。これは遙ではなく、ハルカだ。目先のことに惑わされたら思うツボだ。自分自身の中にある遙を信じろ。擬似夢で見たことを思い出せ。何のための擬似夢だったと言うのか。あれは、遙のための擬似夢だ。ここから、ハルカから逃げなければならない。そうこうしている間に、間に合わなくなってしまう可能性がある。せっかくの擬似夢を無駄にする気か。大丈夫、自分自身を信じればいいだけだ。
「どうした心夏?」
 手を差し出したまま、首を傾げるハルカ。
 もう、騙されない。
 心夏は、己を奮い立たせるために、笑った。
「騙されないよ、ハルカちゃん?」
 ハルカが一瞬だけ驚いた表情を浮かべ、
「――……ほう。なぜ気づいたか、参考までに聞かせてもらおうか?」
「どうしてかな。答えは、ココナ(わたし)に聞くといいよ」
 踵を返す。全力で走り出す。
 突き出されたハルカの手が、刹那の差で空を掴む。
 机の合間を縫って走り抜け、音楽室の後ろ側のドアをぶち破るかの勢いで開け放ち、一度だけ左右を見渡してから一気に右へと走り出した。そのまま真っ直ぐに続く廊下を振り返ることなく進む。背後から心夏の足音に被さるようにもう一人の足音が聞こえる。ハルカが後を追って来ている。これが擬似夢の真相だ。ここで振り返らないのは、振り返る余裕がないのではなく、振り返れば決意が揺らぐような気がするからだ。もう迷ってはならない。迷わないためにも振り返ってはならない。突き進むしか道はない。遙が、待っているのだ。
 少ししか走っていないのに異様なほど疲労が激しい。喉が熱い、胸が苦しい、頭がぼんやりする。どうしてだろう、マラソン大会の最後の方のような気がする。ただ廊下を少し走ったくらいでこれだけ疲れるものなのか。たぶん、理由はあるのだろう。鬼ごっこなんかとは違う、本物の追われる恐怖。それが緊張となって疲労を何倍にも膨れ上がらせているのだと思う。体力云々の話ではなく、精神の話である。そしてその精神があるからこそ、遙を助けなければならないと思っているからこそ、心夏はまだ、走り続けてることができるのだ。
 階段を二段飛ばして駆け下り、再び廊下に差し掛かったとき、心夏は擬似夢と同じように、一瞬だけ立ち止まる。
 そこにはやはり、ココナに腕を捻られている遙がいた。
 今度こそ、その名を本気で叫ぶ。
「遙ちゃんっ!!」
 弾かれたようにココナがこちらを振り返り、不満げな表情を見せながら遙の腕を放し、何事かをつぶやいて踵を返しながら心夏とは反対の方向に走り出す。
 背後から迫っていたハルカもまた、状況を理解してそのままこちらには来ず、悪態をついて階段を駆け下りて行く。
 それを確認した後に心夏も走り出し、壁に凭れて左腕を押さえ込む遙へと近づく。
「大丈夫、遙ちゃん!?」
 微かに荒い呼吸を繰り返し、遙は心夏を見つめ、安心したように息を吐き出しながら、
「……ああ、問題はない。後一秒遅れていたら腕を折られていたが、助かった、心夏」
 よかった、と心の底から思う。やはり惑わされてはいけなかった。
 本物の心夏が一人しかいないように、遙もまた、一人しかいないのだ。
 遙は心夏の背後に視線を移してから壁から離れる。
「どうやら心夏の所にも誰か来ていたらしいな」
「うん。ハルカちゃんが来てた」
「そうか。よくわたしじゃないとわかったな」
 心夏はやっぱり、申し訳程度に膨らんだ胸を張る。
「こう見えてもわたし、鋭い女なんだよ」
「はは。そうは見えない」
「うぅ、酷いよ遙ちゃん……」
「――行くか、心夏。縞と時祢が心配だ」
 突然に真剣な表情を取り戻した遙に向かい、心夏は肯く。
「あ、でもどこにいるかわかるの?」
 遙は歩き出しながら、
「教室側の校舎から窓ガラスが割れる音が聞こえなかったか? 最初は時祢の合図なのだと思ったのだが、わたしと心夏の例から考えるとおそらく、時祢の所にも誰か来たのだろう。その煽りで窓ガラスが割れた、と考えるのが今は妥当だ」
 そう言えば窓ガラスの割れる音を聞いたような気がする。
 あの音がなければきっと、心夏は今頃、片腕が使いものにならなくなっていたはずである。
 しかしそうだとするのなら、窓ガラスが割れるほどのことを時祢はしていることになる。一体何をしたのだろう。
 二人揃って廊下を歩き出し、教室側の校舎へと続く渡り廊下を目指す。
 そして渡り廊下に辿り着いた瞬間、その向こう側にいた時祢と縞に出くわした。
「――――」
 四人が沈黙する。
 奇妙な構図になった。考えれば、この状況はものすごく不安定なのだと思う。今度は確信が持てないのだ。
 なぜなら、心夏と遙の所に来たのは、ココナとハルカだったのだから。教室側の校舎で起こったことは、二人には知る由もないことである。それはきっと、時祢と縞も同じなのだろう。だからこそ、互いにすぐに駆け寄ることはしない。疑わなければ腕を持って行かれることは、もはや証明されたことである。気を抜いた方が負ける。それは即ち、今度こそ本当に、危険な状態だということだ。
 四人の中で、誰よりも先に口を開いたのは時祢だった。
「……悪いけどさ、あんたたちが本物だっていう証拠、ある?」
 その意味が、今の心夏にははっきりとわかる。
「あんたたちのことは親友だって思ってる。けど、縞のように腹の底まで知ってるわけじゃないんだよ」
 遙は同意する。
「生憎として、それはこちらも同じ言い分だ。こちらは先ほど痛い目に遭わされたばかりなんだ。証拠が欲しいのはお互い様ということなのだろう」
 時祢は苦笑し、
「そらあたしたちも同じだよ。ところで、あんたたちは本物だって確認できてる?」
「無論。そちらは?」
「できてるよ」
 数秒だけまた無言が続き、次に口を開いたのもやはり時祢だった。
「だったらこうしよう。質問して本物かどうか確認する。どう?」
「わたしもそう思っていたところだ。なら、まずはそちらから」
 時祢はまったく迷うことなく、こう言った。
「『神社には?』」
 その意図を、遙は正確に読み取り、
「『巫女装束』。……『洋館には?』」
 時祢は笑う、
「『メイド服』」
 瞬間の間、次は同時だった。
「『満月の夜に出遭うのは猫耳少女』」
 なぜか、とんでもなく悲しい風が吹いたような気がする。
 ふと見ると、縞が耳まで真っ赤にして俯いている。それもそうだろう。先ほど二人が言った合言葉らしきものはすべて、縞がコスプレしたものだからだ。衣装部に頭を下げられて悩んでいたところを、面白いからという理由で時祢が勝手に了承し、それに連れられて心夏と遙は縞と共に衣装部に赴き、そこでコスプレ披露会を笑いながら見ていた経験がある。そこで縞が着たのが巫女装束にメイド服に、終いには猫耳カチューシャだったのだ。あのときの縞も、今と同じように耳まで真っ赤にしていた。
 だがこれで、確信が持てた。時間にすれば数十分くらいのことかもしれないが、ものすごく長く思えた。
 ようやく、四人が揃えた。
「時祢ちゃんっ! 縞ちゃんっ!」
 心夏は走り出す。いつまでも俯く縞に抱きついて力一杯に抱き締める。
 遙は時祢の所まで歩いて来て、
「まったく大変だった。そっちも随分と派手にやったみたいだな?」
 時祢はガッツポーズを作りながら、
「まあね。シマをガラスに突っ込ましたから」
「出鱈目だな、相変わらず。しかしそれでこそ時祢だ」
 そんな二人の横では、まだ恥ずかしがっている縞に心夏が頬ずりをしている。

 そして、三回目の鐘の音が鳴った。





     「明日」



 生温かい風が吹き抜ける。
 空に広がる靄は未だに揺らぐことはなく、そこに浮かぶ巨大な鐘は沈黙を守っている。無人の廊下、非常階段の緑と非常蛍光灯の赤が点々と続く無機質な場所。月明かりなんてものはないくせに、闇に慣れた目は正確に視界を保っている。体に異常は見当たらないのに、どうしてか奇妙な感覚があった。頭は澄み切っている感じがする、でも胸の中に何か引っ掛かりのようなものを持っている。そして心夏が見ている光景のそこには、ココナが立っている。
 心夏は今、見ているその光景が現なのではなく、夢であることを理解している。
 連続した擬似夢。夕方に見たはずなのに、一度見れば二週間は見ないはずなのに、今日一日で三回目の擬似夢を見ている。明らかにおかしい。擬似夢に異変が起きている。『映し身の世界』に引っ張り込まれた最もな原因が、ここに来て何らかの形で変化を遂げているのだろうか。この能力の深くを知らないから何とも言えないが、おそらくはどこかで共鳴し合っているのだろう。だからこそ、こうして連続した擬似夢を見ているのだろう。
 擬似夢――それは、夢だ。しかし単なる夢ではない。寝て見る夢。だけど起きて同じことを繰り返す夢。擬似夢の中で体験したことは、いつかはわからないけど、そう遠くない未来に、必ず現実の世界で起こる出来事。擬似夢が他の数多の夢と決定的に違って特殊なところは、その中で自分自身は、完全に《ちょっとだけ先の未来を体験する》ことにある。例えでも比喩でもない。間違いなく、その中で未来のことを体験するのだ。それはこれまでの擬似夢で疑いようもなく体感していることなのだ。
 だから、目の前にいたココナが歩き出し、憎悪の笑みを浮かべながら心夏の首を絞めるその仮定、空気を振動させる震えや吐息の感触さえもが、鮮明に感じ取ることができる。唐突に首を絞められる苦しさ、痛さ、怖さ、それと手を通して伝わってくる相手の正確な体温。疑うことはできないのだ。これがただの『夢』という言葉で締め括れる状況ならば、ここまで現実感が溢れることはまず有り得ないのだから。これは、ある種の現実。夢の中という不確かな世界で行われる、現実の形。呼吸ができない息苦しさ、皮膚を締めることで生まれる痛さ、そのふたつが混ざり合って浮かび上がる怖さ。それらすべてが、意識の中で己が意志として浮かび上がる。頬を抓れば痛さで夢は覚める、と誰かが言っていた。そんなの真っ赤な嘘だと心夏は思う。
 ココナは、心夏の首を絞め続ける。
 鏡を見ているような光景だ。毎朝、洗面所の鏡に映る見慣れた心夏自身の顔が、見慣れない歪んだ笑顔を浮かべ、聞き取ることができない何事かをつぶやきながら、ココナは心夏の首を強く、強く、一刻も早く息の根を止めるべくに締め上げている。状況を知らなければ、この人は誰だろう、と不思議に思ったはずだ。どうして自分が自分自身の首を絞めているのだろう、と疑問に思ったはずだ。しかし今の心夏はそうは思わない。なぜなら目の前にいる彼女が、ココナであると理解しているから。こうしなければ、どちらか一方が消えるのではなく、両方が消えてしまうとわかっているから。
 でも、それでも、黙ってこのまま死んでしまうことはないのだ。首を絞めているココナが消えたくないと願うのなら、首を絞められている心夏も当然、消えたくないと願うに決まっている。それが擬似夢の中の出来事でもあっても、擬似夢で絞め殺されれば現実世界でも絞め殺される。それを素直に受け入れる者が、どこにいようか。だから心夏は苦しさ、痛さ、怖さを吹き飛ばして、手を伸ばして首を絞めるココナの首へと、同じように手を添える。
 躊躇いはある。だけど、こうしなければ両方とも消えてしまうから。そうしなければ、もうここから帰れないから。
 自分には覚悟なんてできないのだと思っていた。人を殺す覚悟なんてものは、固まらないのだと思っていた。
 でもここから出るためには、遙や時祢や縞と一緒にここから出る方法は、それ以外には、もうないから。
 約束を守るためには、生きるしかないのだから。
 ココナのつぶやきは聞こえない。口の動きだけで理解する。
 こう、言っていた。
 き。え。ろ。
 き。え。ろ。
 き。え。て。し。ま。え。
 その気持ちはわかる、と心夏は思う。でも、それでも、
 こうするしか、ないから。

 ごめんね――と、なぜかそう、心夏はつぶやいていた。

 チャイムの音で目が覚めた。
 それは一体、幾度目のチャイムの音だったのだろう。
 規則正しいリズムを刻んで消えて行くチャイムの音を頭の隅で意識しつつ、心夏は机に突っ伏していた自らの体を起き上がらせる。見慣れた教室の、見慣れた席の上で、心夏は眠りに就いていた。ここから見据える黒板の角度さえもが見慣れたそれだった。たった三ヶ月ほどだが、すでに随分と馴染んでしまった席。都筑高校二年三組出席番号二十三番の神宮心夏の席は、窓際の後ろから三番目。席替えのたびにその場所に愛着を持っていたら途方もないのだが、それでも心夏はこの場所に微かな愛着を持っていた。
 ぼんやりとする視界を彷徨わせて、ようやく前の席に遙が座っていることに気づく。
 遙は横向きに座っていて、心夏からはその綺麗に整った横顔が見える。視線は手元に落とされていて、そこにあるのはレポート用紙の束。歴史の古藤が書いたこの学校についてのレポートだった。もう何回も見たはずなのに、それでも見落としがないか何度も見直すなんてこと、早々できることではないと思う。それが古藤の汚い字で綴られたレポートならなおのことだった。それでも遙は嫌な顔ひとつせず真剣に読んでいる。スーパーガールはどんなときでも予習復習を欠かさないのだろう。
 不意に遙がこちらを見つめ、心夏が起きたことを確認すると僅かに口を開きかけ、しかしすぐに止めて机の上に置いてあった何かを手に取り、それを心夏の口に突っ込んだ。思わず噛んでしまう。すると棒状のそれはすぐに折れて、口の中にビスケットの細々した感触が広がる。これは心夏が遠足のノリで家から持って来たお菓子のひとつだ。そういえば眠る前に、小腹を埋めるためにみんなで食べていたような気がする。
 我に返る、
「――!? な、何してるのっ、遙ちゃん!?」
 もごもごとお菓子を食べながら口を動かすと、遙は笑いながら、
「いや、いつものように口を半開きにしていたからついな」
「これは違うよ! ちょっと考えごとしてただけだよ!」
「端から見ればどちらも同じであろう」
 膨れっ面になりながら口の中に残っていたお菓子を飲み込む。
 そのときになってようやく、遙のことに思い至る。
「――もしかして遙ちゃん、寝てないの?」
 遙はまたレポート用紙に視線を落としながら、
「ん? ああ。仮眠なら行ったが心夏たちのように寝てはいない。それに見張りは必要だ」
「それなら言ってくれたら代わったのに! ていうか寝る前に時間が来たら起こしてって言ったでしょっ?」
「そう思ったんだが、心夏たちの寝顔を見ていると起こすのは忍びなくてな」
 ほれ、と遙が床に視線を落とす。それを追う心夏。
 そこには大の字に寝転がって爆睡している時祢と、その胸を枕代わりにして眠りこけている縞がいた。本当に気持ち良さそうに眠っている。こうして見ているとこの二人は親子か姉妹のように思える。なるほど、確かに時祢と縞を起こすのは忍びないだろう。が、それなら心夏を起こせばいいだけの話ではないだろうか。しかし考えると、もしかしたら心夏も時祢たちのように眠っていたのかもしれない。優しい遙ならばそれを起こせないのは無理もないのかもしれなかった。
 心夏は申し訳なくなって、
「……ごめんなさい」
「謝られても困る。それにわたしは必要最低限の睡眠さえとれば、七十二時間は活動できる」
 人間として間違っていそうだが、遙なら可能なのだろう、きっと。
 心夏は遙を不思議そうに見つめながら、その視界の隅に入った時計に気づいた。
 時刻はやはり、十一時五十九分で止まっている。
 疑問。
「ねえ、さっきのチャイムって何回目のチャイム?」
 遙は一言だけ、
「十回目」
「ええっ、嘘!?」
「嘘を言っても仕方がないだろう。実際、この世界に飛ばされてからすでに十時間が経過している。最初の鐘を除けばまだ九時間だが」
「そ、そんなに寝てたの!?」
「別に驚くことではない。我々がここに飛ばされた時刻を深夜零時として単純計算すると、眠ったのがおそらく早朝の四時だ。だから今は朝の十時ということになる。四時に寝れば起きるのだってそれくらいになるだろう」
 遙はレポートを机の上に置きながら、
「意外なのは、もう一人の我々があれからまるで音沙汰なしという点だ。もっと積極的に向って来るのかと思っていたのだが、心夏たちが眠ってからは一度も現れなかった。ああ、とりあえず先にひとつ言っておく。わたしはハルカではなく遙だ。嘘だと思うなら質問でも何でもしてくれていい」
 きっとそれはないのだろう、と心夏は思う。
 今、目の前にいる遙がハルカならば、心夏が起きるより前に何かしらの行動を起こしているはずだ。わざわざ起きるまで待っているなんてことはしないはずだ。だから疑わない。ここいるのは間違いなく、遙であるはず。
 それに今はそんなことより不思議に思うことがある。
「……どうしてわたしたちは来なかったのかな?」
 遙は腕を組み、
「それについてはわたしも考えていた。また単なる推測でしかないが、それでいいなら聞くか?」
「うん」
「まずひとつ目の例。我々がバラバラに引き離されたあの現象、わたしは空間転移と呼ぶことにしたのだが、それを行ったせいで何かしらの力が失われてしまったというケースだ。あれだけのことをするのにはそれなりの燃料が必要、と考えるが妥当。その燃料の補給をするために、この時間は現れなかった。そしてふたつ目の例が、シマのことだ。時祢がシマに怪我を負わせたらしいからな、もしそれを治癒できる能力を彼女たちが持っていて、今はそれを行っているケース。……今のところ、後者よりも前者の方が可能性としては高いんだが」
 なるほど、と心夏は何となく肯いてみる。
 確かに後者よりかは前者の方が可能性は高そうではある。
 それにしても、眠ってからかなりの時間が経過してしまったことが未だに驚きである。最初の絶音を響き鳴らす鐘の音が鳴ってから、すでに九時間も経っているのだ。ココナたちが言ったことが本当だとするのなら、残すところは三時間しかない。その間に、自分たちは自分たちを殺さねばならないのだ。そうしなければここから出ることはできない。
 思い出す。先の擬似夢で、自分は何を見たのか。
 心夏の表情の変化に気づいた遙は眉を潜め、
「どうした心夏? 何か思い詰めたような顔をしているが」
 話すべきか否か。その問いの答えは決まり切っている。
 なぜなら、擬似夢の中では周りには誰もいなかった。それはきっと、心夏だけで行動していたから。
「……わたしね、さっきも擬似夢を見たの」
 一瞬の沈黙、遙は問う。
「どんな擬似夢かね?」
「わたしが、ううん、ココナがわたしの首を絞める擬似夢。それでわたしもココナの首を絞め返すの。それからどうなったのかわからないけど、周りには誰もいなかった。それはたぶん、わたしたちがバラバラに行動してたからだと思う」
 遙は腕を組みながら何かを思案し、やがて小さく息を吐く。
「――つまり、我々が個々に殺し合いをする、という擬似夢のわけだな」
 断言はできないけど、それが最も適切だと思う。
 遙は再び問う。
「心夏はどうしたいのだ?」
 その意図がわからずに、
「何を?」
「個々で殺し合いをすることだ」
 返答できなかった。そして遙もまた、返答を待たなかった。
「今、我々にできることは限られている。体育館に行くことも選択肢のひとつだったが、それは閉ざされた。あそこへ繋がる道は今、完全に封鎖されている」
 そうなのだ。空間転移で引き離されて四人が集合した後、再び体育館に行こうとした。
 が、体育館に繋がるすべてに道に、学校の敷地を囲むような見えない壁が存在していたのだ。それを無理矢理抜ければどうなるのかを、心夏たちは知っている。金属バットでさえ消し飛ばしてしまう壁を突っ切ろうなんて考えはやはりできない。だから体育館にあるかもしれない神社のことは追求できず終いになり、どうしようかとガラスの破片が散らばる廊下を抜けてこの教室に辿り着いて、対策を考えながらお菓子を食べて、交代制で少し寝よう、ということになって今に至る。
 遙は続ける、
「限られた選択肢の中で取るべき行動は三通りある。何もせずに刻限を迎えて、そのときに起こる何かに賭けて待つこと。次がもう一人の我々に話し合いを持ちかけてどうにか解決すること。そして最後の選択肢が、心夏の擬似夢に繋がるであろう、『ルール』に乗っ取って殺し合いを始めること。どれが正解なのかはわからないし、どれが不正解なのかもわからない。ただ、何かしらのアクションを起こさない限り、おそらく我々はここから出ることはできないだろう。他に何か良い案があれば話は別だが、その三通り以外には特にないのが現状だ」
「遙ちゃんは、どうした方がいいと思うの?」
 遙は心夏を見つめてから、はっきりと答えを口にする。
「――……少し前にも言ったが、体育館への道が絶たれた今は正規の方法以外にここから出る方法はないと思う。だから、『ルール』に乗っ取ることが最善かもしれない」
 これだけは、どうしても聞いておきたいことがある。
「……遙ちゃんは、自分を殺すことができる?」
 答えは、明確な意志を伝えた。
「できる。それしか道がなく、それができなければ全員が元の世界に戻れないのであれば、わたしはわたし自身を殺す」
 一片の隙もない言葉に、心夏はついに何も言えなくなる。
 やはり遙はすごいと思う。やるべきことを決めたのなら、遙は断固たる意志でそれを遂行するのだろう。
 だったら、自分はどうするべきなのか。自分自身を殺すことが怖くないと言えばそれ以上の嘘はないだろうし、仮に殺すことができても、その先に残るのはおそらく負の感情でしかない。それなのに自分は自分自身を殺すことを覚悟できるのだろうか。いつもの自分ならばすぐに無理だと言うはずだ。だがここにいるのはいつもの自分ではない。特殊な環境に置かれた自分自身である。何もせずにこのまま過ごすか、ある種の希望をかけて話し合いを持ちかけるか、自分自身を殺すか、それだけしか道がない。そこを歩かなければ置き去りにされてしまう。どれを取るべきか。何もしないでここに置き去りにされるのか、危険を冒して話し合いを行うか、自分自身を殺すか。
 答えが出ない。自問自答が広がっていく。
 擬似夢の中の心夏は、明確な意志を持っていた。こうしなければならないのだと覚悟していた。あの覚悟はどこから来たのだろう。何か切っ掛けがあったのか、それとも自らの手で掴み取った覚悟なのか。自分は一体どうしたいのかを考える。ここから帰りたい。その考えに嘘はない。ただ、自分自身を殺してまで帰りたいと思っているのかがわからない。心の底から本気で帰りたいと思うのならば、どんな手を使おうとも帰ろうとするだろう。だがそれをしないのは、心夏が心の底から本気で帰りたいと思っていないからに他ならないのではないか。
 何が正しくて、何が間違っているのか。
 その答えは、今の心夏では掴み取ることができないのだと思う。
 それでも決めなければならない。時間はもう、残されていないのだから。
 覚悟を固めたわけではないし、答えを得たわけでもないが、それでも心夏は、こう言った。
「……わたしは、遙ちゃんと、時祢ちゃんと縞ちゃんと、一緒にここから帰りたい」
「…………それで、どうするつもりなのだ?」
「殺し合いをするって決めたわけじゃないけど、それでも、一人一人動いた方がいいと思う。もしかしたら話し合いでどうにかなるかもしれないし……」
 遙は真っ直ぐに心夏を見つめ、言葉を紡ぐ。
「心夏の言い分はわかる。そうなることに越したことはあるまい。しかしもし万が一に話し合いでどうにもならなかったとき、どうするつもりだ? 半端な覚悟で、相手を殺すのだと覚悟している者と対峙することになる。その結果がわからないわけでもないだろう?」
「わかってるよ。わかってる、けど……」
「……まぁ、心夏らしいと言えば心夏らしいな。ただ、個々に動くことに関して、心夏たちにはひとつだけ約束して欲しいことがある」
 顔を上げると、遙は願うように口を開く。
「何があっても、生きていて欲しい。心夏や時祢、縞はわたしの大切な親友だ。それを失うことだけは、耐えられそうにもない。だから生きていて欲しい。我侭な約束ではあるが、心夏はそれを守ってくれるか?」
 真剣に見据える遙の瞳から目を離さず、心夏は思う。
 遙が言っていた信念とは、こういうことなのだろう。
 答えは、もはやひとつしか存在しない。
「――うん。約束する」
「そうか。ならばわたしから言うことはもうない。……次は、時祢と縞の決意を聞こうか」
 遙は椅子から腰を上げ、床に膝を着いて大の字に寝転がる時祢を揺さ振った。
 しばらく揺さ振り続けると時祢は呻き声を漏らし、薄目を開けてもぞもぞと動き、自らの携帯電話をどこからともなく取り出して開け、時刻を確認するかのような素振りの後、「んだよぉ、今何時だと思ってんだよぉ、夜の十二時じゃんかよぉ、起こすなよぉ」などとつぶやいて再び寝てしまう。時計を確認することは正しい選択であるが、生憎としてその時計は正しくはないのだ。十二時一分前で止まってしまっている時計に、一体如何ほどの価値があるのだろう。
 心夏も遙に加勢し、
「時祢ちゃん! 起きて、起きないと死んじゃうよ?」
 が、そんな脅しが猪に通じるはずもないのだ。
 面倒臭そうに時祢は寝返りを打ち、その拍子に胸を枕にしていた縞がバランスを崩して床に落ちた。ガツン、とおでこがぶつかり、突如として縞が飛び起きる。辺りをくるくると見回しながらぶつけたおでこを摩り、寝惚け眼でふと、
「……痛」
「起きたか縞」
「ふえ? 遙ちゃん……なんで?」
「理由は後回しだ。まずは時祢を起こしてくれ」
 そう言われて縞は視線を横に移し、そこに爆睡する時祢を見つける。
 またこんな所で寝て、とまるで人のことは言えないことを縞はつぶやき、そっと時祢の耳元に口を寄せ、何事かを囁く。
 何とか聞き取れたそれは、こう言っていた。
「……起きないと言いつけるよ時祢ちゃん……」
 誰に、という突っ込みはやっぱりしてはならない。
 その言葉に一体どのような魔力が込められているのか、どれだけ揺さ振っても起きなかった時祢がびくんと反応し、上半身を起こして縞を見つめ、最悪の目覚めだとでも言いたげに冷汗を流しながら、
「いやー良い朝だね縞。最高の目覚めだよあはははは。きょ、今日も頑張って行こうっ!」
 これで全員が起きたことになる。
 ようやく今の状況を思い出した縞と時祢に、心夏と遙は先ほど話し合ったことをすべて話した。その話を何も言わずに聞き続ける縞と時祢。その表情からは確かな困惑が見て取れたが、最後に心夏や遙の考えを話すとふと考え込み、やがて真剣な顔をするようになる。話を終えた心夏と遙は口を閉ざし、二人の返答を待つ。しばらくは長い沈黙が続いていた。無理もないことだと思う。心夏が二人の立場なら、やはり同じように沈黙するだろう。
 そして沈黙を破るべくに口を開くのは、時祢だった。
「……あんたたちの言いたいことはわかる。あたしも賛成するよ。ただ、」
 様子を窺う時祢の視線が縞に向けられる。
「縞のことが心配だ。あたしや遙のように強くないだろ。それに関してはたぶん、心夏の方がよくわかってるんじゃない? あんたたち、何だかんだ言いながら結構似た者同士だし」
 その言葉に反論はない。確かに、心夏と縞は似ているのであろう。
 この中では、肉体的にも精神的にも、心夏と縞は弱いのだから。
 でも、だからこそ乗り越えなければならないものがある。が、かと言って無理強いだけはしたくなかった。
 心夏は縞の側に座り込み、
「あのね縞ちゃん。別にこれは決まったことじゃないから。無理ならそれでもいい。違う方法を考えよう。だからね、」
「…………」
 縞のつぶやきが小さ過ぎて聞き取れなかった。
「え?」
 聞き返す心夏に向かい、縞ははっきりと言葉を紡ぐ。
「大丈夫。できるよ。いつまでも、時祢ちゃんを頼ってばっかりじゃいられないから」
 その瞳には、今までの縞にはない強い意志が宿っているように思えた。
 時祢もまた、そんな縞は見たことがなかったのだろう。いつも以上に嬉しそうな顔をしているくせに、いつもよりぶっきら棒に笑い、
「よし、偉いぞ縞。それでこそ縞だ」
 頭を撫でてやるのだ。
 それを縞は嫌がる。
「子供扱いしないでよ時祢ちゃん!」
 じゃれ合う二人を見つめ、心夏は微笑む。
 そして、遙は立ち上がる。
「決まったな。全員、約束しよう。必ず全員でここから出て、全員で明日を迎える、と」
 三人が遙を見上げて肯く。
「ならば行くか」
 そう言って踵を返す遙に心夏は問う。
「どこ行くの?」
 遙はいつも口調で、こう言った。
「――宣戦布告だ」


     ◎


 場所は保健室に移る。
 教室側の校舎の一階、職員室の隣にあるのが保健室で、中から複数人の気配が感じ取れる。中に足を踏み入れる。まず目につくのは教室とは違うタイル張りの床で、中途半端に清潔感漂うそれがなぜか逆に不気味に思えてくる。掲示板には保健室にありがちな「風邪を治すには」や「人体の構造について」などのポスターが貼ってあり、そこの一角には誰が書いたのか、妙に上手い漫画のイラストが画鋲で展示されている。その掲示板の隣に視線を移すと味気ないデスクがあって、そこに無造作に散らばっているのは都筑高校に在校する生徒の身体検査の記録が記されたファイルだ。先ほどまで誰かが見ていたのか、窓から吹き抜ける風に煽られて揺れている。
 窓が開いている、ということはつまり、誰かがここにいるのだろう。
 人の気配を辿る。保健室の中を縦に別つかのようにカーテンが引かれていて、その向こう側には四人の人影があった。カーテンを抜ける。ベットが三つ、均等な感覚を保って並べられており、端には身長や視力を測るために用いられる用具が立て掛けられていて、座高を測る用具の座る箇所に救急箱が開けっ放しのまま放置されていた。どうやら窓を開けた目的はここにあるらしい。救急箱の中にあるはずのガーゼと消毒液がなくなっていて、窓を開けているのにまだ室内には薬の匂いが残っている。
 真ん中のベットには小柄な女の子――シマが座っていて、額には真新しいガーゼが貼られていた。真っ白いベットの上には生々しい血痕のついた布と取り替えられたガーゼが置かれていて、ガーゼを貼りつけるために使ったテープをそこに投げ捨てながら、怪我の手当てをし終えたハルカはため息をつく。
「どうにか血は止まったらしいな。さすがに針で縫う技術は持ち合わせていないから心配したぞ」
「……ごめん」
 シマはさらに小さくなってハルカに謝るのだが、ハルカはふと笑い、
「まあ気にするな。血は止まったのだから問題はないだろう」
「にしてもあれだ、時祢も出鱈目しやがるな」
 トキネがベットに踏ん反り返りながら不満の声を上げる。
 が、ハルカはトキネを振り返りながら、
「何を言う。時祢はトキネでもあるのだぞ」
「そうだけどさ、いきなりガラスに突っ込ませるか普通?」
「あなたたちならやりそうだわ」と、これはココナである。
 ココナはシマの傷が一応は塞がったことに安心してはいるものの、今は別のことに不安を抱いている。
 時間が、ないのだ。シマの安静を優先して、この数時間は待機していたが、残すところはあと二時間弱しかない。たったそれだけの時間で自分たちは自分たちを殺さねばならない。そんな心配をするくらいなら早く心夏たちを殺しに行けばよかったのだが、あの状態のシマを放置して行くことはできなかった。誰か一人でも欠ければ意味はなくなるのだ。全員でここから出ることが最優先事項。ようやく巡って来たこのチャンスを棒に振ることは絶対にできない。できないからこそ、それには全員が生き残ることが絶対の条件。それを満たさなければ、一人だけここから出ても、待っている結末は目に見えている。
 時間が惜しい。向こうも簡単に殺されてはくれないだろう。何せ遙がいるのだ。遙の考えは軽視できない。後手に回る前に、こちらも何か対策を練らなければならない。なのに時間が少な過ぎる。なるべく無鉄砲に突っ込むことはしたくないのだが、このまま時間だけが流れればそうすることも選択肢のひとつとしてなってしまう。どうすればいいのか。時間に急かされる苛立ちだけが募っていく。
 そんなココナの表情を見つめ、ハルカは諭すようにつぶやく。
「落ち着けココナ。それではできることもできなくなるぞ」
「……ええ、わかってるわ。でも、」
「時間が惜しいのはわかる。だが焦ったところで仕方がないだろう」
 トキネはベットに倒れ込んでいた体を一気に起こし、拳を握り締めて、
「面倒臭いことしないでさ、もう殴り込みでいいんじゃないの? あたしはそれでも負ける気はしないんだけど」
「それもひとつの案だが、忘れてはならないことがある。トキネの相手は時祢だ。自分自身なのだぞ」
「わかってるって。でも今から何かする時間なんてないじゃん。だったら一気に突っ込む方がいいだろ?」
「まだ二時間弱ある。決断するには僅かながらの余裕があるんだ。急ぐこともないだろう」
「でも、早く策を練らないとならないことには変わりないわ」
 ココナは、真っ直ぐに保健室の窓の外にある巨大な鐘を見据える。
 白状すると、ココナたちは心夏たちを甘く見ていた。最初の『あれ』で、向こう側は痛手を追うはずだった。なのに無傷で切り抜けられ、挙げ句にこちらはシマが負傷した。初っ端から出鼻を挫かれ、ココナはどうすればいいか一発でわからなくなってしまったのだ。時間が惜しい。一刻も早く状況を打破したいのに、それをさせてくれない。なぜ有利な立場に立っているはずの自分たちがこうも焦っているのかがわからない。わからないことがさらなる苛立ちを運ぶ。
 もう、それほど多く猶予は残されていないのだ。行動を起こすのなら、今からでも遅いくらいである。
 ココナは視線を鐘からシマへと移し、
「……シマ。大丈夫?」
 シマは肯く。
「大丈夫。ごめんね、わたしのせいで。でも平気だから」
 何かの拍子に傷口が開くことは零ではない。だがそれを気にしていたら何も始められない。
 そのことを、シマ自身も理解しているのだろう。決意の瞳を見据え、ココナは決めた。
 最後の策として考えたことを三人に話そうと口を開きかけたとき。
 保健室内に設置されたスピーカーから、木琴の音が一節だけ流れた。
 四人は動きを止め、壁に埋め込まれているスピーカーに視線を移して黙りこくる。
 声が聞こえた。
『こんばんは、もう一人のわたしたち。さて、残り時間もあと僅かになり、君たちがなぜ行動を起こして来ないのか我々にはよくわからない。たが理由があるのだろう。その理由はわからないが、我々もいつまでも受けに回っているつもりはない。今から我々四人は、完璧に別行動に出る。一対一で、君たちの望むことをしよう。この案を蹴るだけの余裕はそちら側にもないはずだ。そして君たちなら、我々四人がどこにいるのかがわかるだろう。一対一、自分自身の手で幕を引こうではないか。猶予はない。残された時間内で、結末を自分自身の手で手繰り寄せる覚悟が、我々にはある。以上』
 それは、ハルカの声だった。否、遙の声だ。
 放送の終わりは実に素っ気なく、木琴のメロディもなく、ブツッと鈍い音を立てて回線が落ちる。
 そうしてココナは、拳を握った。
「やってくれるわ……っ!」
 ハルカは、実に楽しそうに笑った。
「ここまでされて黙っていることもあるまい」
 シマがベットから立ち上がる。
「やろう、みんな」
 トキネは端からやる気満々だった。
「そうこなくちゃ面白くない!」
 三人の視線が集まる中、ココナは握った拳をそっと開き、言った。
「……ええ。思い知らせてあげましょう。結末は、わたしたちに傾くって」


     ◎


 放送室の中、マイクの電源を遙が切ったのを確認した後、心夏はこう言う。
「約束だよ、みんな。全員で、明日を迎えよう」


     ◎


 桜井縞が選択した場所は、衣装部の部室だった。
 ここの思い出と言えば、たぶん悪いことの方が多いような気がする。期待と憧れに胸を膨らませて都筑高校に入学した初日、部活の勧誘を行っていた衣装部の先輩たちにスカウトされ、面白半分で時祢と共にここへ足を運んだのがそもそもの間違いで、監禁に近いことをやらかされた挙げ句に何着もの服を着せられた。助けてくれると思っていたはずの時祢はいつまでも爆笑していて、そこから縞は衣装部の着せ替え人形として認定されてしまい、今では「百の衣装を着こなす少女」なんて不名誉以外の何ものでもない愛称までできてしまっているのだ。
 衣装部の部室は普通の教室の半分くらいで、壁に沿うようにして机が並べられており、その上には作りかけの洋服が何着も並べられている。そのサイズは標準サイズの女の子が着るのには明らかに小さい。その理由はおそらく、縞の寸法に合わせて作られているからなのだろう。衣装部の一角には大きなクローゼットがあって、そこには縞専用の服がごまんと眠っている。最近の衣装部は縞のために服を作っていると言っても過言ではないのだ。ほとんど娯楽の倶楽部に成り果てている。
 が、それは一応、実用を兼ねている。衣装部に繋がっている演劇部は、縞と時祢の関係に一目置いている。一年の頃の文化祭で披露された「ロミオとジュリエット」では、ロミオ役を時祢が、ジュリエット役を縞がこなしたのだ。演劇部に所属するホンモノはみんな、脇役や裏方に徹していた。一体何のための演劇部なのだろう。しかし縞と時祢の演じるそれは高く評価されたのだ。小さい縞がふりふりの洋服を着ると本当に「高貴なお姫様」という感じがして、大きい時祢がタキシードなどを着て髪をワックスで固めると本当に「高貴な王子様」という感じがする。最も、それでスーツを着れば時祢はホストにしか見えないのであるが。
 楽しくないと言えば嘘になるが、それでも恥ずかしい思いをした方が遥かに多いこの場所を、なぜ縞は選んだのか。
 それは、気を引き締めるためだ。
 約束したこと。みんなでここから出るのだと、みんなで明日を迎えるのだと、そう約束した。
 みんなとはつまり、時祢と遙と心夏だ。時祢とは幼稚園、物心突いたときからずっと一緒だったからさておき、遙や心夏と初めて出逢った場所は、ここであった。何の理由があったのかは知らないけど、二人が衣装部の活動を見に来たとき、偶然にも縞がちょうど何かのアニメのキャラのコスプレをしていたところで、そのキャラ名をズバリ遙が言い当てたことに時祢がどうしてか共感し、気づいたら一緒に学校の近くにある喫茶店でお茶をしていた。そして翌年に一緒のクラスになって、今のこの関係が出来ているのだ。
 四人が初めて出逢ったこの場所であるからこそ、縞は約束を忘れず、決意を胸に留めることができる。だからこそ、この場所を選んだのだ。ここにいれば何でもできるはずだった。今の関係が大好きな縞にとって、ここは運命の場所。ここがなければ今の関係はない。そして失いたくない関係を守るには勇気が必要だった。その勇気を、この場所は与えてくれるから。挫けそうになったとしても、自分を奮い起こすことができるはずだから。
 一人じゃない。自分だけの力じゃ駄目かもしれない。だからみんなの力を借りる。
 みんながいれば、怖いものなんて何ひとつ、ないはずだから。
 縞が決意を新たに小さな拳をきゅっと握ったとき、
 ノックも何もなく、無造作に衣装部のドアが開いた。
 体が自然に反応して、振り返っていた。
 そこにいたのは、やはり自分自身だった。ただ、今の縞と決定的に違う所が存在する。それは、額に真新しい大きなガーゼを貼っていることだ。時祢がシマに怪我を負わせたと言っていた。きっとそれの治療痕なのだろう。時祢は加減を知らない。きっと痛い思いをしたのだと思う。それについては時祢の分まで謝りたい気持ちであるのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。
 シマは一歩を踏み出して衣装部のドアを後ろ手で閉めながら、
「……まさかあなたが一人で待ってるとは思わなかった」
 時祢はどうした、とでも言いたげである。
 縞は勇気を掻き集め、
「もう時祢ちゃんにばっかり頼るのはやめたの」
「そう。でもそうした方がいいわ。わたしもそう思っていたから」
 意味がよくわからない。困惑の表情を浮かべる縞に向かい、シマはふっと表情を緩める。
「ねえ、縞。わたしたちの力じゃやれることなんて知れていると思うの。だから少し、お話をしましょう」
「お話?」
 眉を潜める縞を見つめ、シマは笑う。
「ええ。時祢のことについて、少し」
「時祢ちゃん……?」
 シマは縞の視界の中をゆっくりと歩き出して、近場にあった椅子にそっと腰掛ける。
 そして、こう言った。
「あなた、本当は時祢のこと、どう思っているの?」
 今度こそ本当に意味がわからなかった。
「どうって……」
「本当は時祢のこと、嫌いなんじゃないの?」
 何を言っているのか、と縞は呆れた。
「そんなことあるわけないもん。わたしは時祢ちゃんのこと大好きだよ」
 そのとき、シマは、縞が見せたことのないような笑みを浮かべた。
「それは、嘘。わたしはあなただからこそ、わかる」
 シマの瞳から、なぜだか視線が外せなくなる。
 そこから言葉は、まるで崩壊したダムのように溢れ出し始める。
「物心突いたときから一緒にいる時祢ちゃん。何かあったらすぐに助けてくれる時祢ちゃん。大好きな大好きな時祢ちゃん。明るくて格好良くて、人気者でいつでもどこでも人を惹きつける力がある時祢ちゃん。そんな時祢ちゃんのすぐ隣にいて、その時祢ちゃんと誰よりも仲の良いことが誇らしげだったわたし。隣にいればそれだけで嬉しかった。怖いことなんて何ひとつなかった。時祢ちゃんが側にいてくれれば、時祢ちゃんが何からも守ってくれた。まるでわたしの女神様のような人。そんな人が誰よりも大好きな親友。これ以上ないくらいの幸せ。でも、――本当にあなたは、そう思っているの?」
 縞は今、言葉を返すことができない。
 そうして、シマはさらなる言葉を紡ぐ。
「時祢ちゃんが隣にいてくれることが嬉しい。それに嘘偽りはない。だけど、本当にそれだけ? 嬉しいと思う反面、あなたは何を思っていたの? 深い深い闇に閉ざされた意識の中で、あなたは時祢ちゃんに対して、どんな想いを抱いていたの? わたしは、あなた。あなたは、わたし。だからこそ、わかることがある。一緒にいる時祢ちゃん、助けてくれる時祢ちゃん、大好きな時祢ちゃん。でもその実、本当はその時祢ちゃんのことを、疎ましく思っていたんじゃないの?」
「ちが――、」
「いいえ、違わない。時祢ちゃんはあなたにないものを沢山持っている。いつも一緒にいるからこそ、周りからそれを比較されたことがあるでしょう。そのたびにあなたはどう思っていたの? 人気者で、人を惹きつける力があって、誰からも好かれる時祢ちゃん。でも、それが自分にはない。どんなことをやらせても器用にこなしてしまう時祢ちゃんの隣で、自分はいつも失敗ばかり。そのたび、あなたは人から笑い者にされてきた。そのたび、時祢ちゃんをはじめ、見ず知らずの人からも子供扱いされてきた。そのたび、あなたは、その深い闇の意識の中で、何を思ってきたの?」
 やめて、
「それは、醜い感情。いつも一緒にいる時祢ちゃんが、邪魔だったと思っていた。いなくなっちゃえばいいって、そう思っていた。表では大好きだと言うけれど、その実、意識の底では大嫌いだと思っていた。いつも側にいることが、本当は疎ましく思っていた。時祢ちゃんが隣にいると、いつまで経っても子供扱いされる。それが嫌で嫌でどうしようもなかった。意識の底では、時祢に対する感情は、嫌悪しかなかったはずよ」
 やめて、
「あなたは否定するかもしれない。でも思ったことがあるはずよ」
 お願いだから、
「本当は、それが本心」
 それ以上、言わないで。
 シマは、笑い声と共に、その台詞を言った。
「――時祢なんて、死んじゃえばいいのに」
 心が、折れた。否、砕けた。
 胸の奥に抑えていたものが、一気に溢れ出す。
 醜い感情。いつも時祢の後ろにいることしかできなかった自分。何かをするたびに子供扱いしかされなかった自分。その原因は身長が小さいからということだけではない。それは、時祢が隣にいたからだ。時祢のせいで自分はいつも子供扱いされてきた。時祢が隣にいるせいで、これからもずっと子供扱いされていく。それは逃れられないこと。時祢が側にいるだけで、自分は未来永劫、オトナにはなれない。だから思っていた。誰にも言ったことはないけど、それでもわかっていたこと。どうすればオトナになれるのか。それは、時祢がいなくなることだ。邪魔者がいなくなってしまえば、自分はオトナになれると、そう思った。思ってしまったのだ。
 時祢なんて死んじゃえばいいのに。
 言葉にしたことはない。意識の中でも形にしたことはない。それでも胸の奥に、その言葉は存在した。
 それを引っ張り出されたのだ。もう止まらない。醜い。醜い。醜い。認めたくなかった自分の中の感情が暴き出される。これほどまでに嫌な自分自身が存在することを思い知らされた。いや、最初から知っていた。ただ、それを認めたくなかっただけの話。そんな部分はないのだと思い込んでいた。背を向けて耳を塞いでいた。そんなこと思う子なんて思われたくなかった。知られたくなかった。桜井縞という女の子は、もっと良い子だとそう信じていたかった。
「――オトナになりたいあなたが、良い子になる必要なんてないじゃない」
 心を読まれた。実際はそうではないのだろうが、今の縞では判断ができない。
 晒される。暴かれる。曝け出される。
 醜い自分自身が、その姿を現す。視界が涙で塞がっていく。床に着いた膝が自分のものであるとは思えない。涙が頬を伝って落ちるたび、綺麗な自分がひとつずつ消えていくような気がする。だけどそれを止めることができない。砕けた心はそれをさせない。何もかもを放り出して、ここからいなくなってしまいたい。こんな自分はもう、時祢に会ってはいけないのだ。時祢に会う勇気はなく、守ってもらう価値もなく、何より、こんな自分が時祢の隣にいる資格など、微塵も存在しない。隠したかった。こんな自分自身は、いなくなった方がいいのだ。
 消えてしまった方が、いいのだ。
「――あなたが、死ねばいい」
 それは、ある種の暗示。
 今の縞に、抗う術はなかった。
 ああそっか、わたしが死ねばいいんだと、縞は思う。
 死ねば会うこともないし、守ってもらうこともないし、隣にいることもなくなる。こんな醜い自分を見られずに済む。だから死ねばいい。もう楽になろう。こんなに辛い思いをするくらいなら死んで楽になってしまおう。誰も止めないから。止めてくれるはずの人を、縞は死んでしまえばいいと思っているから。支えは何もない。すべてを忘れる。償いがあるのだとするのなら、それは今ここで、桜井縞という人物が、死ぬことだけなのだろう。
 気づいたら、衣装部にある窓を開け、窓枠に手をかけていた。
 三階分の高さから落ちて死ねるかどうかわからない。死ねなかったら他の方法を考えよう。
 涙が流れる虚ろな瞳とは対照的に、その背中を見つめるのは艶かしい瞳。
 縞が己が体から力を抜き、体重を空に投げ出そうとしたその刹那、
 ――縞。
 そう言って笑う、時祢を見たような気がした。
 先の言葉が暗示だとするのなら、これもある種の暗示のようなものだったのかもしれない。
 縞は、一発で正気を取り戻した。
 遥か下の地面に落ちていく涙を拭い、縞は踵を返す。そこにいる、もう一人の自分を見据えた。
「……わたしは、死なないよ」
 怪訝な顔をするシマに向かい、縞は笑う。
「時祢ちゃんがいなくなっちゃえばいいって、そう思ったことはある。もう否定しない。でもね、きっとそんなこと、時祢ちゃんは知ってるよ」
「……どういうこと?」
「わたしと時祢ちゃんには、絆があるから」
 簡単なことに気づく前に命を捨てるところだった。
 どうして気づかなかったのか。時祢がいなくなればいいと思ったことがあることくらい、時祢ならばお見通しのはずである。なぜなら、縞もまた、時祢が同じことを思ったときがあることを、知っているからだ。縞と時祢は、そんじょそこらの幼馴染ではない。腹の底まで知り尽くしている親友だ。家族ではないけど、家族以上の絆がある。だからいつも共にいる。だからいつも側いる。だから、いつも一緒に肩を並べて歩いている。
 本当の絆というのは、相手の醜い所をすべて見て初めて、生まれるものだから。
 もう迷わない。もう失わない。繋ぎ合わされた心は、もう二度と、砕けない。
 約束を果たそう。みんなで、明日を迎えよう。
 縞は、確たる意志を持ってシマを見つめ、笑う。
「わたしは、もうあなたになんて負けないよ」


     ◎


 猪川時祢は、グラウンドのど真ん中に胡坐を掻いて座っていた。
 どうしてグラウンドのど真ん中を選択したのか。それは、たぶんここが一番やり易いと考えからだ。何がやり易いのか。否、字を変えよう。殺り易いだ。本当ならば体育館の下にある舞踏館という、柔道部などが使う畳張りの部屋がよかったのだが、生憎として体育館に続く道は使用不能なので、何もないここを選んだ。ここなら余計な邪魔は入らないだろうし、障害物に妨害されることもない。身近に獲物がないことも有り難い。相手が最初から獲物を持っていたら話は別だが、相手は自分自身である。獲物を持たないことを、誰よりも理解しているのはやはり時祢自身だった。その証拠に、時祢は素手だ。ブラジャーのワイヤー単位が獲物だと言うのなら話は別だが、それ以外は何も持っていない。だからこそ、トキネも素手で来るはずだった。
 武闘家の血、という表現は変かもしれないが、時祢の中にはそれに近い何かが流れているのだと思う。
 この体に宿る天下無双の才能の発端は、もしかしたらどこぞの過去の偉人の才能なのかもしれない。その偉人もまた、かなりの武闘家で、時祢はその生まれ変わりなのかもしれない。強ちそうではないと言い切れないところが凄い所である。この才能を卑怯だと言われたこともある、だが単に才能の一言で括りつけられる代物ではない。どのようなスポーツでもこなせるが、その裏では、時祢は誰にも負けない努力をしている。才能だけでは打ち破れない壁があることを知っているからこそ、その才能をフルに発揮するため、時祢は日頃からトレーニングを欠かさない。その行いが、最初からあった才能を天下無双にまで仕立て上げるのだ。が、初めて会った人、例えばスポーツの大会で会った人なんてのは、大概がその努力を知らず、ぽっと出で優勝を掻っ攫う素人の才能宝箱、とでも思っているのだろう。悲しいことであるのだが、それも仕方がないことなのだと思う。時祢が逆の立場なら、闇討ちでぶっ倒してやるくらいは思いそうなのだから。
 しかし何にせよ、今から戦うであろう人物は、そんなせせこましい奴ではない。
 なぜなら、今から戦うのは自分自身なのだ。誰よりも己が努力を理解した、誰よりも強い才能を持つ者。
 血が滾らないはずはなかった。空手や柔道の大会の決勝よりも遥かに高揚感がある。女の子がそんな武士みたいな顔したら駄目だよ、と縞はよく言うが、こればっかりは仕方がない。全力で戦える。今までの努力とその才能が、全力で発揮できる。状況はそんな簡単なものではないのだがしかし、殺り合うのなら全力で殺らねばならないし、手加減をすればまず間違いなく、こちらが殺される。忘れてはならない。今から戦うのは、自分自身なのだ。この力がどれほどのものか、そのことについても最もよく理解しているのは、やはり時祢であるのだ。
 そして、この高揚感は依然として冷めないまま、対戦者は現れた。
 昇降口から出て、ゆっくりと歩いて来る大柄な女子生徒。元々の身長に加え、殺気のようなものが姿を実際よりも大きく見せるような気がする。対峙して初めて気づくこと。自分は他人から見ればこれほどまでに大きいのか。大会の決勝ではきっと、時祢もこんな感じなのだろう。いつだったか、相手が時祢のことを獰猛な獣を見るような目で見ていたことがあることを思い出す。なるほど、これはまさしく猪だ。猪突猛進、ただひたすらに攻撃を繰り返す獣。その一撃たるや、常人から見れば怪物のようなものかもしれない。
 恐怖は感じない。逆に、武者震いが起こる。
 誰よりも強い相手。気を抜けば本当に殺られる対戦。
 数メートルの距離を残して立ち止まるトキネを見据えながら、時祢は立ち上がる。
 拳を握り締めながら指をコキコキと鳴らし、獣よろしくの獰猛な笑顔を浮かべる。
「いいねえ、一回でいいからあたしレベルの奴とやってみたかった」
 トキネも笑う、
「それはあたしも同じだよ。負ける気なんてさらさらにないしね」
「上等。……あたしたちに会話なんてもの、意味ないだろ?」
「もちろん。口を動かすより体を動かした方が手っ取り早いじゃない」
「そらあね。そんじゃまあ、いっちょやりますか」
 時祢とトキネは、同時に行動を起こした。
 腕を胸の前で交差させ、一気に振り払う。
 気合いの一声、
「押忍!!」
 まずは互いに様子見である。
 空手の教科書通りの構えを取って二人は微動だにしない。全く同じ体勢、全く同じ表情。鏡を見ているかのようだ。全身を映し出せるほど大きな鏡の前で、自らのファイティングポーズを確認しているときみたいである。先に動いた方が攻撃を食らう、というのが感覚として伝わって来る。それもそうだろう。もし仮に相手が先に動き出したら、そこに合わせてカウンターの正拳を叩き込めるだけの自信が、時祢にはある。時祢にあるのだからおそらく、トキネにもあるはずだ。己が身体能力の脅威は、己が最もよく理解している。
 動くに動けない均衡が続く。しかしいつまでも動かないままでは話にならない。下手をすればここまま二時間くらいは停滞して行きそうな勢いである。だが二時間が経ってしまえばすべては終ってしまう。それまでに、自分自身を殺さねばならないのだ。そして全力で戦っても、二時間で決着が着くとは思えないのが本音である。なぜなら、二時間で体力が力尽きるような半端な鍛え方を、時祢はしてない。何時間でもぶっ通しで戦えるだけの体力が、時祢にはある。故に勝負は持久戦。体力が駄目なら、攻めるは精神。精神が揺らいだとき、勝負は決するのだ。
 肝心なのは、最初の一撃。
 何が切っ掛けになったのか、相手が自分自身だからこそ成せる独特のタイミングで二人が同時に地面を蹴った。恐ろしいまでの低空姿勢で地面を這うように進み、空手の構えだったくせにそれはボクシングのアッパーに近いような拳。全力で振り切られたふたつの拳が金属バットを振り回したかのような風切り音で空を裂き、瓜ふたつの攻撃だったから軌道を見極められたのは互いに同じで、人間の限界を超えそうな身のこなしで上体を一気に逸らして顎への直撃を回避する。
 背筋が凍ったのは時祢だけではない。証拠に、トキネも冷汗を流して僅かな距離を取る。
 強いとは思っていた。自分自身の力は普通の人より遥かに強いのだと知っていた。しかし、まさかこれほどのものとは。今の一撃をまともに直撃していたら、顎が粉砕されるどころか、首の骨が持って行かれていたかもしれない。少なくとも無事では済まなかった。一撃必殺の拳。何かの大会で時祢につけられたあだ名がそれである。実に直球である表現だが、実に的を射ている。大会では無意識の内に力を加減する癖をつけた。だけど今はそれを外している。本当に化け物なんじゃないのかあたし、と時祢は思う。こんな力を通常に振るえば、それこそ凶器を持たない殺人鬼である。
 だが、今だけはそれでいい。今に手加減をしていたら間違いなく、次の一撃で殺られる。殺人鬼と対峙しているのは、同じ殺人鬼であるのだ。それを決して忘れてはならない。この拳を持つ相手に背を向ければ最後、一撃で意識諸共、魂まで刈り取られてしまうだろう。時祢も相手が背中を向ければきっと、そうする。どうすれば魂を刈り取れるのか――それを、時祢は知っている。この拳があってこその芸当。人間を撲殺するための急所ならば、格闘技を習う上で理解しているのだ。
 一撃必殺の拳。細々した技など意味はない。この一撃を先に決めた方が、勝ちだ。
 時祢は、地面を蹴る。同時にトキネも地面を蹴る。
 卑怯もクソもなかった。これはフェアな試合でもなければ真剣勝負でもない。ただひとつの汚点があるのだとするのなら、それは相手が自分自身だということだ。相手が同じなら考えることは一緒だろうし、手口も同じだろう。時祢のような性格ならばなおさらである。時祢とトキネは、突っ込んだフリをして手をグラウンドについて砂を掻き集め、互いの目に向けて思いっきり投げつけた。またもや先と同じことが起こる。手の内を理解する時間が早かったからこそ、完璧な目潰しには至らなかった。が、僅かな間、二人の目は潰れる。
 ここからは勘が頼りだった。
 先に行動を起こしたのは時祢である。左足に全体重を込めて回転させ、真っ直ぐに伸ばした右足をまるで鎌のように振るい、獲物の首を狙う理想の上段回し蹴りを実現させる。風切り音がやはり尋常ではない。その風切り音がなかったらトキネの首は圧し折れていたはずだが、時祢の蹴りは空を切り裂いた。下に潜り込まれた、と気配だけでそれを理解する。地面を蹴り上げて突っ込むトキネを意識の下で確認し、上段蹴りを空中で無理矢理に静止させ、角度を変えて踵落としへと変化させる。
 間一髪でそれに気づいて避けるトキネだが、地面を転がると同時に起き上がり、隙を見せた時祢の胸倉を鷲掴む。マズイ――そう感じたときにはもう遅い。空手からすでに体勢は柔道へと移っていて、足払いをされたと同時に天地がわからなくなる。豪快なまでの一本背負い。地面に叩きつけられる一瞬に何とか天地を理解して受身を取って転がる。この辺りで時祢の視力が回復し、気配を頼りにトキネの姿を目に捉え、
 トキネの姿より遥かに大きい拳が、目前にあった。
 反射神経以外の何ものでもなかった。意識してではなく、野性的な防衛本能が瞬時に首をズラして拳を避ける。とんでもない風圧を纏い、ついさっきまで時祢の顔があった場所を拳は通過する。息つく暇もなく、今度は時祢が反撃に回る。顔の真横にある腕を両手で掴んで間接を捻じ曲げ、相手がバランスを崩したところで足に蹴りを叩き込む。木っ端微塵に破壊された体のバランスでは立っていることは不可能で、落ちて来たトキネの鳩尾に足の裏を突っ込ませ、片腕を掴んだまま足の力でぶん投げた。技名も何もない、ただの出鱈目な投げである。見栄えやら何やらと形振り構っている余裕はなかった。もうそのような次元の話ではない。本当に、殺らねば殺られるのだ。
 先の時祢と同じように受身を取ってグラウンドを転がるトキネを追う。上半身を起こしたそこに、お返しだとばかりに拳を叩き込む。全く同じことが起こる。トキネは時祢のように拳を己の反射神経と防衛本能で避け、致命傷を紙一重で回避した。そして違うのはここからだ。時祢は打ち出した拳をすぐに引っ込め、死角から迫った蹴りをかわすために距離を取る。それを確認した後にトキネは立ち上がり、時祢を見据える。
 互いに溢れる、大きな深呼吸。
 有り得ない、と言ってしまえばそれまでのこと。正直な話、自分がこれほどまでに強いとは思ってもみなかった。もはや人間ではない。本当に自分はどこぞの武闘家の生まれ変わりなのではないだろうかと思う。体捌きが半端ではなく速い。拳が半端ではなく大きい。問答無用で一撃のみを狙うその覚悟。ほんの僅かな攻防で悟っていた。勝負は一瞬で着くか、永遠に着かないかのどちらか。冗談ではない。――これほどまでに強いってあんた、あたしってホントに何者?
 しかし何を考えていても始まらない。もう何も考える必要はない。
 ただ相手の急所を狙って一撃必殺の拳を叩き込むのみ。
 それが最も簡単で、最も自分自身に合ったことだ。
 時祢とトキネは同時に笑い、こう言った。
「さっすがあたし、強いわ、本当に」


     ◎


 御堂遙は、図書館の中心部に佇んでいる。
 なぜここを選んだのか。それはきっと、この学校の中でここが最も思い出の深い場所だからだ。
 今でも鮮明に憶えている。図書館の一番奥にある、窓側の席。入学式が終わって、一人でここへ来て本を読んでいた。新しいクラス、初めて顔を合わすクラスメイト。興味がなかったわけではないが、興味を持とうとはしなかった。なぜならそれが御堂遙という人物であると同時に、そうすることが一番適切であると考えたからである。どうせ知り合いから友達になったとしても、それほどまでに深く付き合うことはないのだ。だったら最初から「友達」ではなく「知り合い」で止めておくことが最善であるはずだった。
 前の学校でもそうだった。いや、前の学校がそうだったからこそ、その考えが骨の髄まで染み込んでいたのかもしれない。全国でも、下手をすれば全世界でもトップに君臨するかもしれない学校。一流企業で名を轟かせる人物のお坊ちゃんお嬢ちゃんが幼稚園から大学までエレベーター式で通う、エリートによるエリートのためのエリートの施設。そこでは肩書きが何よりも強い力を持つ、金と権力の渦巻く場所だ。表面では仲良しこよしのくせに、裏面では相手を蹴落としてナンボの世界だった。そしてそんな世界から、遙は見放された。否、遙が見放した。
「将来、あなた方が必ず納得するような人間になる。それで問題はないだろう」
 そう両親に言い放って、本来ならそのまま上がれるはずの高校を蹴り、遙は都筑高校に入学した。大した理由があって都筑高校に行こうと決めたわけではなく、ただ何となく、家から一番近い高校が都筑高校だったのだ。たったそれだけの理由である。たったそれだけの理由であったはずなのだが、何をどこでどう間違えてしまったのか、遙は入学式の日、少しばかり不思議な体験をすることになる。
 図書館の一番奥にある窓際の席で本を読んでいたところ、いつの間にか隣の席に見知らぬ女子生徒が座っていることに気づいた。が、見知らぬはずなのにどこかで見たことがあるような気がする。どこだったかすぐには思い出せず、隣の女子生徒の存在に気づいていないフリをしながら考えていた。やがてふと唐突に、そう言えば確か、自分のクラスにいたような気がすると思い出した。さすがに名前までは知らないが、間違いなく、この生徒は自分のクラスメイトだ。
 しかしわからないことがある。なぜこの娘は、自分の隣に座って、特に本も読まずにぼけっとしているのか。図書館には他に人の気配はなく、わざわざ遙の隣に座らなくとも閑古鳥が鳴いているのだから、他の席はすべて空席なのだ。なのになぜ、この娘は何を好き好んで遙の隣に座って、何もせずに口を半開きにしてぼけっとしているのか。遙は最初、その女子生徒がまるで未知の生物のように思えた。こんな謎の行動を起こす人間と、遙は今まで出逢ったことがない。今まで通っていた場所では遙もなかなかの特殊な人物だったが、この娘はそれとはまた一線違ったところで特殊な人物であると思われた。
 そして遙は、こう思った。触らぬ神に何とやら。
 もし仮に、この娘が精神異常者だったとするのなら危険である。話しかけた瞬間に襲いかかって来るかもしれない。そうなったとしても遙には撃退するだけの技術があるのだが、それでもそんな者に自ら関わるのは馬鹿がすることである。いつまでも気づかないフリを続けて、この娘が自分からどこかへ消えるのを待とう。もうちょっとしたらチャイムが鳴る。チャイムが鳴れば新しいクラスの担任が来るだろうし、幾ら精神異常者だと言っても分別くらいあるだろう。入学早々怒られるのは避けたいだろうから、チャイムが鳴ったらきっと去って行くはずだ。それまでの辛抱である。
 そのとき、遙はまだ間違いに気づいていなかった。
 その間違いが公になったのは、実にチャイムが鳴ってから二十分後のことである。放送で『一年一組の御堂遙さん、同じく一年一組の神宮心夏さん、至急教室まで来なさい』という呼び出しがかかっても、隣の女子生徒は一向に動こうとはしなかった。この娘、本当は死んでいるのではないかと遙は本気で思った。放送で呼び出されたのは遙と神宮心夏という生徒。状況から言って、この娘が神宮心夏なのだろう。だがどうしてこの娘は動かないのだろうか。魂が半開きの口から抜け出してしまっているようだ。
 遙は一か八かの賭けだとばかりに、読んでいた本を閉じ、心夏を放って教室に帰ろうとした。
 席から立ち上がっても反応はなし。近くの本棚に本を返却しても反応はなし。視界の中を横切っても反応はなし。階段を上っても反応はなし。階段を上り切ってから五分、それでも反応はなし。そろそろ異常だということに遙は気づく。このまま放っておくことに越したことはないのだろうが、もしこのままここで死なれれば後味が悪い。入学初日にクラスメイトを見殺しにしたのでは笑い話にもならない。遙はため息を吐き出しながら階段を下り、図書館内を横切って心夏の元に近づき、目の前で手をひらひらさせてみた。それでも一向に反応がないことに、ついに遙は我慢の限界を迎えた。
 一瞬の間の後、近場の本棚にあった分厚い辞書を手にして、角で能天気なその頭をぶっ叩いた。
 あのときの心夏の泣き顔は、遙は今でも忘れることができない。遙が知っている範囲では、心夏が本気で泣いたのは、後にも先にもそれっきりだった。
 わんわんと泣く心夏は、泣かした張本人である遙の胸に縋っていつまでも泣いていた。誰もいない図書館で、遙と心夏しか知らない出来事。一体、何をどこでどう間違えてしまったのか、ふと気づいたときには遙は泣き続ける心夏の頭を撫でていて、その頭に出来たびっくりするくらい大きなコブに苦笑したものである。遙が誰かを泣かしたのも、後にも先にもそれ一回きりだった。
 そうしていつの間にか二人は「知り合い」から「友達」になって、二人に加わった猪川時祢と桜井縞の四人は、一年と数ヶ月を迎える頃には立派な「親友」になっていた。最初は戸惑いの方が大きかった。しかし今ではこの関係を心地良いと思う。ずっと通っていた場所にいては絶対にできなかった経験、絶対にできなかった友達。必要がないと考えていたそれは、今では必要不可欠なものにまでなった。支え合うことが、これほどまでに力を与える関係なのだということを、十七年生きて初めて理解した。
 失うことはもうできない。なぜなら知ってしまったから。友達というものがどのようなものか、それがどのような力を与えるのかを、知ってしまったから。だからもう失うことができない。今では失うことが何よりも怖い。この関係、このぬくもりが何よりも尊い。故にこの関係を、このぬくもりを決して消させはしないと誓った。そう誓った日から遙には信念ができた。この先、例えどのようなことが起きても、自分は自分の命よりも優先して、この関係とぬくもりを失わせないと。
 素晴らしい親友たちを失うことが、今では何よりも怖い。
 だから――、
 遙は、手に持っていたカッターナイフの刃を露にする。
 図書館にある階段を下りて来たハルカの手にもまた、カッターナイフが握り締められている。
 相手が自分自身ならば、考えることはやはり同じ。御堂本家で習ったのは、合気道に似た格闘術。しかしそれは相手を屈服させる技術でしかない。屈服させるだけは意味がないのだ。今は、息の根を止める手段が必要だった。それには凶器が必要だった。身近にあり、なおかつ扱い易いもの。そう考えて思い浮かぶのはカッターナイフしかなかった。場所が学校ならば幾らでも見つけ出すことができる凶器。人を殺すのには十分過ぎる鋭利な刃だ。遙がそう結論づけるのであれば、ハルカもまた、そう結論づけるのは明白だった。
 対峙する遙とハルカの手には、同じようにカッターナイフがある。
「……どうにかして、殺し合わずして解決する術はないのだろうか?」
 遙がそう言うと、ハルカは笑う。
「どうしたのだ遙。覚悟があると、そう言ったのではないのか?」
「ある。だが殺し合いをしないに越したことはない」
「最もな意見ではあるが、生憎としてこれ以外に方法はない」
「そうか。……ならば、やるしかないのだろうな」
「無論。元よりそのつもりなのだろう?」
「ああ。わたしは、わたしの信念に基づくだけだ」
「わたしも同意見だ」
 二人は同時に二歩だけ歩み出し、互いに手が届く距離に入った刹那、
 一気にカッターナイフを振り抜いた。
 したいことは互いに同じだった。覚悟の見せ合い。自分にはお前を殺す明確なる覚悟があると、そう言い合うための行動。故にカッターナイフの刃は致命傷を与えるギリギリの距離感で振り抜かれたのだ。ただ無傷で終わることではない。無傷では意味がない。これはある種の儀式なのだから。信念が本物かどうかを見極める、自分は本当に親友を何にも代え難いものだと思っているのか、それを確認するための儀式なのだ。
 結果は、予想通り。
 遙の頬に切り傷が走り、そこから血が流れ出す。ハルカも全く同じ傷を負っている。
 覚悟は、ある。信念は、本物だ。
 もう引き返すことはできない。止まってしまった時計の針の刻みを取り戻すため、四人全員で明日を迎えるため、ここより先に進まなければならない。怖くないはずがなかった。だがそれよりも遥かに、覚悟が上回っている。失いたくはない。失ってはならない。失うくらいならば死んだ方がマシだ。そう思えば何もかもが忘れられる。駄目なら死ぬしかないのだ。捨て身の覚悟が加わる。玉砕の突撃。バンザイアタックとはよく言ったものだ。命を顧みないその覚悟ほど、怖いものはない。先に見据える栄光を掴み取るためには、この身など幾らでも犠牲にしよう。親友を、失うわけにはいかない。
 カッターナイフを右手に握り締め、対峙する二人は左手の重心を下げ、どの格闘技にも属さない構えを見せる。
 怖いものはもう何もない。見据える瞳には、ハルカを透かして未来が映る。
 二人は、同時に最後の覚悟を決めた。
「結末は、我々が手繰り寄せる」


     ◎


 神宮心夏は、昇降口の奥にある、下駄箱の廊下に立っている。
 擬似夢の中で見た光景を思い出しても、心夏は確かにここにいた。最初、その理由が幾ら考えてもわからなかったのだが、ここに一人で来た瞬間、何の前触れもなくふっと思い至った。擬似夢ではなく、既視感に似たようなもの。記憶がフラッシュバックする。都筑高校の入学式、新しい学校では友達がまだ一人もいなかったあの日、桜の花びらが舞う景色を抜け、この下駄箱に辿り着いたとき、心夏は出逢ったのだ。
 まだ遙にも縞にも時祢にも言っていないこと。たぶんみんなは忘れてしまっていること。これは心夏しか憶えていないことなのだと思う。遙は心夏と初めて出逢った場所を図書館だと言う。縞と時祢は衣装部の部室だと言う。「友達」として考えるのならそれが正解であるのだが、本当に初めて出逢った場所は図書館でもなければ衣装部の部室でもない。あの日、心夏たちは、ここで偶然にも出逢っている。目を合わせたわけでもないし、言葉を交わしたわけでもないが、それでも心夏だけははっきりと憶えているのだ。初めて逢った同じ学校の同じ学年の娘を、そう簡単に忘れることができるはずもないのだ。それが遙のようなとんでもない美人と、縞と時祢のようにおかしいまでの凸凹コンビならばなおさらだった。
 そして遙とはクラスが同じであることに気づき、入学式のため体育館に移動するときにどうにかして言葉を交わせないか悩んでいたのだが、遙はどこか人を寄せつけない雰囲気のようなものを身に纏っているように思えてなかなか近づけず、結局はなぜかストーカーみたいなことをして図書館まで後をつけてしまった。誰もいない図書館で読書を始める遙にどうしても気づいて欲しくてあれやこれやと策を練ろうとしていたのだが、すべては空回りするだけで終ってしまう。意を決し、玉砕覚悟で無謀にも隣の席に座ったあのときの自分は、この上なく緊張していたのだと思う。
 だからこそ、席に座って話しかけようとしたときにはすでに体力も精神もかなり消耗していて、気づけばいつもの癖が出ていたらしく、意識を取り戻したのは辞書の角で頭をぶっ叩かれたときだった。訳もわからず痛さに涙が溢れ、目の前にいた言葉も交わしたことのない相手の胸に縋って泣いた。あれほどまでに痛い思いをしたのは初めてだったし、何よりもすべての出来事が突然過ぎてパニックに陥っていたことが大きいのだと思う。
 しかし結果として、それがあったからこそ遙とは友達になれて、二人で放課後の校舎を歩いている際、衣装部と書かれた部屋の中に入って行く縞と時祢を見つけのだ。面白そうだから、と必死に遙を説得し、二人で衣装部の部室へと足を踏み入れた。そのときに遙が言った「魔法少女さくら」という言葉を、心夏は今でも忘れてはいない。何でも縞が着ていたあのコスプレの衣装は、その当時にそっち系の方々に大人気だった美少女系アニメの主人子の衣装だったそうだ。どうしてそんなものを遙が知っていたのかは謎だが、結果的にそれがすべてを切り開く一言になったのだ。
 そこから先はあれよあれよと言う間に物事は連鎖的に進み、学校の近くにある喫茶店で四人揃ってお茶をしていた。それから四人は教室が違えどいつも一緒にいるようになって、一年後の進級では運良くもみんな同じクラスになり、そうして今の関係が生まれる。遙たちに「知り合う切っ掛けは何だったと思う?」と訊けば、きっと図書館や衣装部の部室だと言うはずだ。でも違う。心夏だけが知っていること。本当に知り合う切っ掛けになった場所は、ここにある。ここで初めて、心夏たちは出逢ったのだ。
 あの日のあの光景を、心夏はきっと、一生涯絶対に忘れないのだと思う。
 遙の思い出の場所が図書館であり、縞と時祢の思い出の場所が衣装部の部室であるのなら、心夏の思い出の場所はまず間違いなく、ここだ。
 擬似夢の中の自分がここにいた理由はそこにあるのだろう。時祢はまあ別格として、遙が図書館を選び、縞が衣装部の部室を選んだように、心夏がここを選んだのには、やっぱりここにいるとみんなと一緒だと思えるからだ。この先にどんなことが待ち受けていても、乗り越えられると思うからだ。一人じゃ本当に弱くても、みんながいれば絶対に何とかなる。遙たちといるとそう感じるから不思議だ。言葉でなんか言い表せない何かが、四人を強く結んでいるのだろう。
 願わくば、それがこれからも途切れることなく続いて欲しい。
 こんなことになる引き金を引いたのは、心夏の擬似夢という特異な力。これがなかったらこんなことにはならなかったはずだ。みんなもそれはわかっているのだろう。ただ言葉にしないだけ。言葉にすれば心夏が落ち込んだり傷ついたりすることを知っているから言葉にしない。あの三人は、根っからの優しい人なのだと思う。あんなにも優しい人たちが友達であることを、心夏は心から自慢に思う。心夏の大好きな友達。いつまでも一緒にいたい大切な友達。何にも代え難い、親友。
 この世界へ来る最もな原因が心夏にあるのなら、心夏が先頭を切って何とかしなければならない。償いだ、と言えば三人は怒るだろう。だけど、それでも心夏には責任がある。原因を作ってしまった本人が逃げていたのでは始まらない。原因を作ってしまったからこそ、立ち向かおう。例え自分がどうなったとしても、他の三人だけは何があっても無事に帰してあげなくてはならない。そのためには勇気が必要だった。そのためには、断固たる、明確なる覚悟が必要なのだ。
 自分自身を殺す、そんな覚悟を、胸の奥にゆっくりと形として成していく。
 できないと思っていたそれは、微かだが、確かに形を成していく。
 それは遠くから聞こえて来る足音に比例していた。足音を廊下に響かせながら、非常蛍光灯の赤に影を伸ばしながら、もう一人の心夏は歩いて来る。薄暗いその中でも、表情をはっきりと窺うことができる。恐ろしいまでの冷徹な笑み。自分自身はあのような笑顔を浮かべることができるのかと思うと背筋が冷たくなる。怖い。でも逃げ出さない。逃げ出してしまうのは、それは三人に対する裏切りだから。どんなことがあっても、決して逃げ出さない。立ち向かうこと。勇気と覚悟を持って、もう一人の自分と真っ向から向き合うこと。それが今、心夏に、唯一できることなのだ。
 距離を隔てて立ち止まるココナ。そのココナを見つめる心夏。
 震えはない。臆する気持ちもない。気持ちは一途に、前だけを見据える。
「……ひとつだけ、訊いていい?」
 心夏のつぶやきに、ココナは答えを返そうとはしない。
 それでも心夏は言う。
「殺し合うしか道はないの? どうにかして、」
 唐突だった、
「――どうにかして、みんなが助かる方法はないの? ……なんてことを言うんじゃないでしょうね」
 ココナの言う通りだったからこそ、心夏は何も言えなくなる。
 そんな心夏を真っ向から睨みつけ、ココナは吐き捨てるように、
「どうかしてるわ、あなた。いつまでそんなことを言ってるつもりなの。もう時間がないのよ? 直に鐘が鳴る。もう二時間しか残っていない。その二時間がどれだけの意味を持っているか、あなたは何もわかってないのよ。あなたたちからすれば、十二時間というのは短い時間なのでしょうね。でもね、わたしたちからすれば、そのたった十二時間だけが、生きていられる時間。その時間内でしか生が許されないわたしたちの気持ちを、あなたは何もわかってない。わかっていたら、そんな台詞なんて吐けないわ」
 何が言いたいのか。ココナは一体、何を伝えようとしているのだろう。
「ここから出れば無限に近い時間を得ることができる。たった十二時間の限られた中でしか生きられないわたしたちの気持ちを、外の世界で生きてきたあなたたちに理解して欲しいなんて思わない。ただ、わたしたちがここから出たいと思うのは当たり前のことよ。その思いは、あなたたちより遥かに強い。縛れる苦しさがわかる? 急かされる苛立ちがわかる? 閉ざされた闇の中で半端な意識だけ残されるその絶望感が、あなたにわかる? それは体験した者にしかわからない苦痛。そこから開放されたい、ただその一心。だからわたしたちはあなたたちを殺すの。そうして、ここから出る。わたしたちは、自由になる」
 自嘲染みた笑いを浮かべるココナが、なぜか心夏には泣いているように思える。
 ココナが何を伝えようとしているのか。それを完全に理解したわけではないが、少しならばわかる。理由は違うのかもしれない。だけどココナもここから出ようとしている。今のココナを見ればそれがどれほど強い思いであるのかはわかる。なぜなら、心夏にはココナの気持ちが手に取るようにわかるからだ。意識がシンクロしたとかそういうことではないのだと思う。ただココナが心夏であるから、同じ自分自身であるからこそ、なぜかわかること。確信はない。けど間違いではない。ココナは、純粋なまでに、ここから出たいと思っている。そのためには手段を選ばないだけ。それは、必死な姿だったのだろう。
 そう思ったから、心夏は、言葉を紡いだ。
 言ってはならない言葉だということに、ついに気づかなかった。
「だったら、みんなでここから出る方法を考えようよ」
 瞬間の沈黙、ココナが歯を食い縛るその音が、ここまではっきりと聞こえた。
「よくも、そんな台詞が言えるわね……。みんなでここから出る方法? そんなのはひとつしかない。あなたたちが、わたしたちに殺されてくれるだけでいい。そうすればわたしたち『みんな』はここから出ることができるもの」
 言ってはならない言葉だったと気づかないせいで、さらに言葉を紡いでしまう、
「そうじゃない! わたしたちがみんなで頑張れば、全員が、八人がここから出れるかもしれない! だから、」
「うるさいッ!!」
 一喝。戦慄すら走るココナの憎悪の表情。
 が、その表情はすぐに歪み、見慣れない笑顔へと変化する。瞳に感情の色はなかったと思う。まるで虚無を詰め込んだかのような色のない瞳。これほどまでに壊れた瞳を、心夏は今までに見たことがなかった。その瞳に何か力があるのか、いつの間にか心夏は手足を動かすことができなくなった。ココナはふらふらとした足取りでゆっくりと歩み出し、心夏の目前でふと立ち止まり、両手をそっと首へと伸ばして来た。首筋から伝わるココナの手の感触は、素直に温かいと思った。温かいと思った一瞬後には、いきなり空気の塊を喉に突っ込まれたような感覚が広がった。
 呼吸ができなくなる。全力の力を持ってして締められる首の皮膚にココナの指がめり込む。心夏の口から自分のものとは思えないような呻き声が溢れた。視界が涙で塞がっていく。徐々に意識が遠ざかって行くのが頭の中で確かな手触りとしてそこにある。擬似夢の中と全く同じ出来事。すべてが重なり合う。もう疑問は何ひとつとして存在しない。やるべきことも決まっている。否、やらねばならないのだ。償いのためだと思ったが、違った。これは、悲しみのための行為。自分自身が、ココナが苦しむ姿はもう、見たくなかった。
「消えろ。消えろ。消えてしまえ。消えて、しまえ……ッ!!」
 呪文のようにそう繰り返すココナの瞳は未だ、壊れたままだった。
 呼吸ができないことで流れるものとは違う、本物の涙が心夏の瞳から流れた。
 どうして擬似夢の中の自分はあの言葉をつぶやいたのか。それは、ココナが心から生きたいと思っているからだ。もしかすると、本当に心夏よりも真剣に生きたいと思っているのかもしれない。それでも、そんなココナを押し退けてでも、自分にはやらなければならないことがある。果たさなければならない約束がある。それを捨ててはならない。心夏と、遙と、縞と、時祢のその四人で、明日を迎えなければならないのだ。それだけは、どうしても譲れない。例えどれだけココナが生きたいと思っていても、これだけは諦められない。これより先の結末がどうなってしまうのかはわからない。だけど、こうしなければ二人とも終わってしまうから。生きたいという意志も、交わした約束も全部、消えてしまうから。
 だから、
 心夏は、ココナの首へと自らの手を添え、その首をゆっくりと絞めながら、
 こうつぶやく。
「――………………ごめんね、ココナ」
 鐘が、鳴った。
 それは、鐘の音を遮って、スピーカーを使わずして、校舎全体に響き渡った。

 ――余興は終わりだ。もはやお前たちに用はない。

 一瞬の出来事。瞬きをするくらいの、瞬間。
 唐突に、ココナの足元の床が消えた。文字通りに、消え失せた。
「……え?」
 心夏とココナが同時にそんな台詞を漏らし、そしてココナだけが、下に落下する。
 床が消滅している。ココナの足元だけが円状に切り取られ、そこから下が一直線に学校の敷地外に繋がっている。辺りを覆う靄がそこからはっきりと確認できた。そこに落ちればどこまでも落下して行くことになるかもしれない、とその靄を見たときに心夏は思った。きっとそれは、正解なのだと思う。この世界に底なんて概念は存在しない。ここを落ちれば最後、どこまでもどこまでも、果てのない落下が待っているのだろう。そんな場所へ、ココナは行こうとしていた。ココナの意志で、ではなく、第三者の乱入によって。
 気づいたら、間一髪の所でココナの手を掴んでいた。が、人一人ぶんの体重を片手でそう簡単に支え切れずはずもなく、腕が伸び切った瞬間に心夏も床に倒れ込む。体中が衝撃に蝕まれたが、それよりもココナの手を掴んでいる右腕が千切れてしまいそうだった。それでも死に物狂いで掴んだココナの手だけは離さず、もう片方の手を添えて力一杯に握り締め、必死に持ち堪える。
「つ、あ……っ」
 歯を食い縛る。間接が悲鳴を上げる。もう長くは保たない。
 でも、この手だけは、――死んでも離さない。
「ココナッ! わたしの手を掴んでっ!」
 片腕を掴まれ空中に停滞するココナはただ一言、放心するように、
「……どう、して……?」
 そんなことを言っている余裕は微塵も存在しない、
 すべてを吐き出すかの如く絶叫する、
「いいから早く!! わたしの手を掴んで、ココナァッ!!」

 同刻の衣装部の部室では縞が落下寸前だったシマの手を掴んで叫ぶ、
「だ、大丈夫っ!? だ、大丈夫なら早くこっち上って来てっ!!」

 同刻のグラウンドのど真ん中では時祢が落下寸前だったトキネの腕を鷲掴みながら大声で、
「重ッ!! なんでこんなに重いんだよあたし!? いやむしろ早くこっちの手を掴めあたしっ!!」

 同刻の図書館では遙が落下寸前だったハルカの手を間一髪で繋ぎ止めて言う、
「……まったく、何が起きたのかさっぱりだ。後で説明してもらおう。その前に、早くこちらの手を掴んでくれ」

 やがてココナは心夏の、シマは縞の、トキネは時祢の、ハルカは遙の手を掴み返す。
 そうして、すべての元凶が、鐘の音と共に、動き出す――。





     「友達」



 都筑高校の教室側の校舎にある、二年三組の教室。
 前の方のドアは未だに破壊された状態で放置され、散らばったガラスだけは一応の片づけは終わったものの、回収され残った細かな破片が僅かな光に反射して輝いている。どこかの窓が開いているのか、廊下を一陣の風がまるで生き物のように吹き抜け、掲示板に貼られていた掲示物を煽った際に止め方が不十分だった画鋲を弾いて紙を連れ去っていく。その紙は一度も床に着くこともなく廊下の奥にまで到達し、何事もなかったかのようにふっと力を失って落ちた。
 遙が口を開いたのは、ちょうどそのときだった。
「――まず、状況の説明をしてもらいたい」
 遙の隣には心夏がいて、そのすぐ側の椅子に縞が座っており、机の上に時祢が踏ん反り返っている。
 同じように、その四人に向かい会うようにしてココナたちはいた。
 本当に鏡を見ているかのようだ。今日一日だけで、一生分の不思議を経験したかのような気がする。こうして八人が揃うのは、この世界に引っ張り込まれて以来である。こうして見ると、本当にそれぞれは瓜ふたつだった。どっちがどっちなのかを理解する術は、後付けの特徴を除けば皆無なのだと思う。縞とシマを区別する場合にはシマの額に貼られたガーゼであり、遙とハルカを区別をする場合には頬についたバンドエイドの角度だ。真っ直ぐに貼ってあるのが遙で、横向きに貼ってあるのがハルカである。
 そして心夏とココナを区別する場合には、髪型だ。ガラスの破片を掃除しているときに遙が誰かの席から偶然に見つけ出したヘアピンで髪を止めているのがココナであり、いつも通りの髪型をしているのが心夏という風に区別される。問題は時祢とトキネで、二人揃って「こっちのが面白いじゃん」などと主張しながら見た目の特徴を浮かび上がらせることを拒否し、そのせいで縞以外の者には完璧にどっちがどっちなのかがわからない。今はこちら側にいる方が時祢で、向こう側にいる方がトキネである、としか区別できない。まったくもって厄介な性格をしているワイルドガールだった。
 そして遙の問いに答えたのは、ハルカだった。
「説明したいのは山々なのだが、こちらも今はこの状況に戸惑っている」
 心夏は首を傾げ、
「どういうこと?」
「何が起きたのかわからない。もはや我々ではどうしようもないのが現状だ」
「ちょっと待ってよ、あんたたちがわからないんじゃあたしたちはもっとわからないって」
 時祢がそう言うと、今度に答えたのはココナである。
「……あなたたちも聞いたでしょう、あの声を。あれは主様の、ウツシミサマの声よ」
「ウツシミサマとはあれだろう、この地にあった神社に封印されたという神様」
「ええ。この世界とわたしたちを造り出した主様」
「その人が、どうしてあなたたちを……?」
 縞の不安そうな声が訊くが、答えは返って来ない。
 遙が問う、
「ひとつ訊くが、君たちは一体、何なのだ?」
 それに答えるはやはりハルカだ。
「我々はウツシミサマの『力』の具現化体。この世界はウツシミサマの『力』が造り出した固定化であり、我々はその範囲内でだけ活動が許された存在だ。ウツシミサマの『力』から生まれ、具現化してこうして独立した肉体を持ってはいるが、『力』の供給がなくなればやがて消えゆく不安定な存在。そして今、我々を存在させるための『力』の供給は、完全に絶たれた状態にある」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!? だったらあなたたちは、」
「消えるよ」
 心夏の叫びに返答するは、まるで動じないシマだった。いや、シマだけではなく、その他の三人もまったく動じていないように見える。少なくとも取り乱しているようには見えない。その姿は、心夏から言わせれば異様以外の何ものでもなかった。自分が消えて行くことがわかっているのに、どうして平然としていられるのか。それが理解できなかった。
 心夏は堪らず、
「だったらどうにかしなくちゃ!? このまま消えちゃっていいの!?」
 そんな心夏とは対照的に、ココナは諦めのため息を吐き出しながら、
「主様がそう決断したの。用はないと、そうはっきりと言われたわたしたちにはもうどうすることもできないわ。わたしたちの源は主様の『力』にある。それがなくなってしまえば消えるのは当たり前。反論はできない。だって、わたしたちにとっては主様がすべてなのだから。その言葉に、わたしたちは従うだけ」
「そうじゃなくて! あなたたちがどうしたいのかを訊いてるの!」
「どうしたいも何も、こうなってしまったわたしたちに意志なんてものは、」
「嘘だよっ! だったらあのとき、あんなに悲しい顔なんてしなかったはずだよ!?」
「――……っ。なら、ならどうしろと言うのよ!? 直に消えゆくこの体で、あなたはわたしたちにどうしろって言うつもりなの!?」
 二人揃っていきり立つ心夏とココナを、時祢とトキネが慌てて止める、
「やめなさいって心夏!」
「あんたらには似合わないってそういうの!」
 屈強な体に押さえつけられてもなお、心夏とココナは叫ぶことを止めない、
「みんなで考えれば何とかなるかもしれないじゃない! どうしてそんな簡単に諦めてるの!?」
「わたしたちのことを何も知らないくせに無責任なことを言わないで!」
「無責任なのはどっちよ!? わたしたちを殺してでもここから出るって、そう言ったじゃない!」
「状況が違うのよっ!!」
「違わないよっ!! ここから出ることに変わりないじゃない!! それなのになんでそんな簡単に諦めてるのよ!?」
「うるさいっ!! わたしたちを何の『制限』もなしに動き回れるあんたたちと一緒にするなっ!!」
 珍しく取り乱す心夏とココナに対し、他の六人は心底から驚きながら仲裁に回る。
 やがて二人が落ち着いた頃を見計らい、遙は再びに口を開く。
「話をまとめよう。ウツシミサマの声が聞こえたということは、もしかすると、」
 それに返すはやはりハルカで、
「その通りだ。ウツシミサマが『力』を取り戻しつつある。本来ならば、条件を満たした上で我々が正規の方法でこの世界から出て、外の世界から直接にウツシミサマを封印する鍵を壊す予定だった。しかし何らかの『力』の干渉があった今のウツシミサマは、その方法を取らずとも自力で鍵を打ち破ることができるようになったと考えるが妥当。ただそれには時間が必要なのだろう。この世界が自然に崩壊する刻限を迎えたとき、我々八人の『力』を糧として、ウツシミサマは本当の『力』を取り戻すことになる。故に要らぬことをするかもしれない我々は用なしになったのだろう」
 遙は僅かに思案した後、
「質問がふたつある。その条件というのは鍵につけられた条件のことなのか?」
「ああ。外の世界で起きた何かが条件の根本を崩してくれたからこそ、ウツシミサマの『力』が溢れ出した。その『力』と朽ち果てなかった条件が交わり合って生まれたのが、この世界と『ルール』だ。『ルール』、つまり『制限』に引っ掛からなければ我々は自由に動くことができる。そして『自分が自分自身を殺す』ことができたのなら、本当に我々は『ルール』に基づいてここから出ることができるはずだった」
「なるほど。もうひとつ気になったことがあるのだが、干渉した『力』というのは?」
「生憎としてそこまではわからない。ただ、この世界に何度かウツシミサマ以外の『力』の流れがあったことは確かだ。――時に、そちら側には『特異な力』を持った者がいるはずだが?」
「それは心夏だろう。我々は擬似夢と呼んでいる。夢の中で未来を体験することができる『力』だ」
「なるほど。それが鍵と共鳴してウツシミサマの『力』を発揮させたのだろう。しかし夢の中で未来を体験する『力』か……夢という曖昧な概念を現実と重ね合わせるとなると、相当に強い『力』なのだろう。まさしく『特異な力』と呼ぶに相応しい『力』だ」
 そこで会話は一度だけ止まり、やがて遙が核心に迫る。
「今のこの状況で、我々がここから出る方法は何かあるのか?」
「いくらウツシミサマが『力』を取り戻したとは言え、刻限を迎えていない現段階では『ルール』は無視できないはずだ。だから我々を殺せば元の世界には帰れるとは思う」
「今のこの状況ではそれは無理な話だ。何が楽しくてせっかく命を繋ぎ止めた相手を殺さねばならないのだ」
「だがそれ以外に方法は、」
 そのとき、未だにトキネに押さえつけられていたココナが俯いたまま言葉を紡いだ。
「……ひとつ、質問があるわ」
 他の六人が黙る中で、同じく時祢に押さえつけられた心夏が答える。
「……なに?」
 ココナは表情の宿らない顔を上げ、
「どうしてあなたたちは、わたしたちを助けたの?」
 放っておけば自然と帰れたかもしれないのにどうして助けたのか。ココナはそう言っていた。
 それに対して、きっと他の三人も明確な答えは持っていないのだろう。
 それは心夏も同じだった。
「そんなことわからない。でも普通は助けるでしょ、ああいう場合」
 乾いた笑い声、
「わからないわね。殺すべき相手を助けて何がしたいのか、わたしにはさっぱりだわ」
 なぜか、ココナの言い方には無性に腹が立つ。
 理由はなかった。ただ、あれほどまでに必死に生きようとしていたココナが、こうも簡単にすべてを諦めるその姿勢が気に食わなかった。ウツシミサマというものがココナたちにとってどのような存在なのかは知らないし、今のこの状況がどんなにショックなのかも知らない。もし逆の立場ならば同じような気持ちになったのかもしれないが、生憎として心夏はココナではない。同じだけど同じではないのだ。だからわからない。知ったことではなかった。何よりも、相手が自分だからこそ腹が立つのだ。一体何の皮肉で人生を諦めた自分を見ていなければならないのか。
 心夏はムキになって、
「そういう言い方ってないでしょ!? せったく助けてあげたのになんで!!」
「別に誰も、頼んでないわ」
 その言い草に、頭の中の心夏が境界線を踏み外した。
 時祢が油断していたことが大きかったのだと思う。一瞬の隙に心夏は時祢の腕から逃げ出し、瞬時に二歩を踏み出してココナの目前に立ち、全力の力でその頬を引っ叩いた。乾いた音が教室内に木霊する。他の六人が度肝を抜かれ、引っ叩かれたココナだけがすぐさま状況を理解し、トキネの腕を振り切って同じように一歩を踏み出し、心夏の頬を引っ叩き返す。そこから先はもう無茶苦茶だった。
 何発かの張り手の応酬の後に時祢たちによって押さえ込まれる頃には、二人とも頬が真っ赤になっていた。引っ叩いた手が異常なほど熱を持っていて、引っ叩かれた頬の痛さに涙が溢れる。二人の荒い息だけが教室を満たし、何とも言い難い微妙な沈黙が降り立っていた。心夏とココナ以外の全員がこれは一体どういうことなのかを必死に考えるが、本人のことなど本人以外にはわらかないのは当たり前のことで、二人がどうにかして落ち着いてくれるまでどうすることもできなかった。
 そんな中で心夏は流れる涙を堪えながら、
「……あるじゃない」
 ココナも同じように目に涙を浮かべながら心夏を睨みつけ、
「……何がよ?」
 心夏は、何が何だかよくわからない内に無意味に可笑しくなって、ふっと笑った。
「ちゃんと意志があるじゃない。意志がなかったら、殴り返してなんか来ないよ」
「――……っ」
「あはは、もう本当なんか最悪。頬っぺた痛い」
 ゆっくりと椅子に座り込み、心夏は呆然とするココナを見つめた。
 ココナはしばらく、何もせず立ち尽くしていたが、やがて心夏の向かい側の席に力なく座り込んで俯いてしまう。
 そうして、つぶやく言葉は誰にとっても予想外のものだった。
「…………帰してあげるわ」
 どういう意味なのか、心夏にはすぐにはわからなかった。
 床に着いていた足を組み、ココナは不自然なくらいに視線を背けながら、
「あなたたちをここから帰してあげる」
「ココナ? しかしその方法が、」
「いいえ、あるわハルカ。わたしはあなたたちより色濃くウツシミサマの『力』の影響を受けているから知ってるの」
「どういうことかね?」
 そう遙が問うと、ココナは視線を戻しながら、
「ウツシミサマが封印された神社には祠がある。そこに鍵は存在するの。今、その鍵が外れかかっている。だったら簡単よ。その鍵を、もう一度掛ければいいだけのこと」
「ふむ。ウツシミサマなんてものが我々の世界に出て来られても迷惑なだけだから、それに越したことはないのだが……そんなことが可能なのか?」
「可能よ。それには『力』が必要だけど、その『力』はある。……そうでしょ、心夏?」
 名前を呼ばれたことに驚きつつ、心夏はココナを見つめた。
「あなたの『力』があれば鍵を掛け直すことは可能なの。そうすればウツシミサマはこれ以上の干渉はできなくなる。『力』の干渉がなくなればこの世界は消え、必然的にあなたたちは元の世界に帰ることができる」
「でも、だったらココナたちは……?」
「どうせ消えるんだもの、どの道同じことなのよ」
 またそんなことを言うココナをもう一発くらい引っ叩いてやろうかと思ったが、違った。
 ココナは、笑う。
「勘違いしないでよ。わたしはあなたに借りを作ったまま消えるのが嫌なだけなんだから」
 それは、ココナの意志だった。
 人生を諦めたわけではなく、人生を賭けて借りを返すと、ココナはそう言っていた。その言葉を否定することは、ココナの意志を否定することになる。心夏とはまた違う、明確なる覚悟が存在するその瞳に対してはもう、何を言っても無駄なのだということが一直線に感じ取れる。いや、何を言う必要もないのかもしれない。今のココナは先のココナとは違う。ウツシミサマの言葉などではなく、ココナという一人の存在する人として、自らの意志を持って行動しようとしているのだ。そんなココナを止めることは、してはならないのだと思う。
 今の心夏から言えることがあるのなら、それはたったひとつだけ。
 心夏は、赤くした頬のままで笑った。
「――ありがとう、ココナ」
 ココナは急に膨れっ面になり、
「か、勘違いしないでって言ったでしょ!? 借りを返すだけよっ!」
 笑ってしまう。遙たちが心夏で遊ぶ理由が今、少しだけわかったような気がした。
「……良い空気の中、申し訳ないのだが」
 そう言った遙に全員の視線が集まる。
「神社の祠にある鍵を掛け直すことができる、ということはわかった。だがそこへ繋がる場所、つまりは体育館までの道程はすべて封鎖されているのではないのか? 今も封鎖されているのだとするのなら、我々が最初に出会ったときのように消えたり空間転移させたりすることが、今の君たちに可能なのか?」
「それはできないわ。最初にわたしたちが消えたのは『ルール』に基づいての転移だし、『あれ』は『ルール』の合間を縫って、ウツシミサマの『力』の供給があってこそ一度だけ使えるものだもの」
「ならばどうするつもりなのだ?」
 ココナは遙から視線を外し、自らの側にいる三人を見据えた。
「ハルカ。シマ。トキネ。……勝手に決めちゃったけど、これでいい?」
 ハルカは納得した口調で、
「それが最も適切だろう」
 シマは微笑み、
「わたしもそれがいいと思う」
 トキネは豪快に笑う、
「いいんじゃないの。借りは返さないと後味悪いしね」
 そしてココナは、心地良さそうな表情をした。
「ありがとう、みんな。……最初で最後ね。自分自身の意志で、結末ってものを作り出しましょうか」
 目的がひとつになる。四人と四人が重なり合う。
 それを後押しするためか、それとも別つためか、計ったかのように鐘が鳴った。
 ココナはそれ以上のことを詳しく話さず、鐘の音が鳴り終わる頃にただ体育館へと心夏たちを導いた。道中に会話は不要だった。やるべきことは決まっているし、世間話をする雰囲気でもなかった。ただそれぞれが各々の覚悟を胸に体育館へと続く道を目指す。教室を出て廊下を歩き、渡り廊下を抜けて再び廊下へ、そうして辿り着くのが移動教室側の校舎から体育館へと伸びる渡り廊下である。
 以前来たときはここに見えない壁があったのだ。そして今も、そこに見えない壁が存在する。証拠に心夏が手を伸ばしてみると、何もないはずの空間にぶつかった。学校の敷地を囲う空間とまったく同じものがここにある。一体これをどうやって取り除くというのだろう。ここを越えなければ体育館への道はない。道がなければここより先には進めない。進めなければココナたち諸共、心夏たちも消えてしまうのだろう。
 時間はすでに一時間を切っている。ココナたちの『力』が消えて消滅するまで後どれくらい時間があるのかはわからない。ただ、どの道にそれほど多くの猶予は残されていないのだ。どうにかしなければ、ここにいる八人が全員、同じ結末を迎えてしまう。それでは駄目だ。絶対にここより先に進み、自分たちで自分たちの結末を手繰り寄せなければならない。そのためにはこの壁を抜ける必要がある。しかしいくらココナたちと言えど、この壁を抜ける術を果たして持っているのだろうか。
 その疑問を誰が口にするより早くに、ココナは見えない壁に触れながら言う。
「この壁は、学校を囲うものとは別物なのよ。あれは固定化した世界を崩壊させないための言わば結界。でもこの壁は違う。固定化した世界の中に存在する、『力』の塊。強硬手段で破れない壁ではないのよ。ただ、それには同質の『力』が必要になる」
「同質……?」
 心夏がつぶやくと、その後ろからトキネが歩み出しながら、
「つまりあたしたちはこの壁と同じ『力』でできてるってこと」
 そしてココナの隣に立ち、見えない壁に手を添える。
 トキネの言葉を理解したのか、遙が唐突に声を荒げる、
「同質の『力』とは、まさか……?」
「その通り。簡単に言やあたしたちだからこそ、ぶち破れる壁なんだよ。……シマ、手伝って」
「うん」
 その呼び声にシマもトキネと同じくに歩み出して壁に手を添える。
「ちょっと下がっててよみんな。少し危ないから」
 そう言ったくせに、心夏たちが後ろに下がるより早くに、トキネは行動を起こした。
 一瞬だった。壁に添えられていた手が一気に見えない壁の中にぶち込まれ、瞬間的に打ち上げ花火の如くの閃光が直走る。それは金属バットで壁を越えるよりも遥かに大きな歪だった。視界が黒と白で染め上げられ、小さな雷が鳴り響くような音が耳の奥にまで浸透する。光は納まるどころかさらにその勢いを増し、ついに世界を白一色に支配させた。闇に慣れた目にその光は強過ぎて心夏は目を閉じてしまう。が、いつまでも閉じていることは本能的にできず、腕で光を遮りながらゆっくりと目を開けて細目でその光景を見据える。
 そこには真っ白い光景の中、白い火花の中に手を突っ込んで『力』の壁に穴を開けようとするトキネとシマがいた。驚くべき光景だった。見えないはずの壁が、閃光を弾き出すたびに僅かながらにその姿を現しているのだ。そしてその壁の一部、トキネとシマの手が添えられている部分が徐々に小さな穴を開いていく。まだ手のひとつがようやく入りそうなくらいの小さい穴だが、それは確かに広がっていく。――が、それよりも先に、もっと違う所で変化が起きていた。
 トキネとシマの体が、透け始めている。見間違いではない。白い光景の中、確かに二人の姿が揺らいでいく。この『力』の塊を抜けるためには同質の『力』が必要なのだということはわかっていた。しかしそれがこういう意味だとは思ってもみなかった。これでは相殺ではないか。トキネとシマは、心夏たちが歩く道を作り出すために犠牲になろうとしている。これが二人の覚悟なのか。その覚悟を無駄にしたくないとは理性で思っても、感情が納得してくれない。これではあんまりだ。このせいでトキネとシマが消えてしまったら、それでは二人が報われないではないか。
 心夏がそう思って声を上げようとしたとき、心夏の横を抜け、二人の影が壁へと走り出す。
 時祢と縞だった。時祢がシマの上から穴に手を突っ込み、縞がトキネの下から穴に手を突っ込んだ。
 叫び声、
「あんたたちが頑張ってんのにあたしたちが何もしないってのは不公平だからねっ!!」
「手伝うくらいならわたしたちにだってできるもんっ!!」
 止めることができない。止めることが、誰にできようか。
 驚いた顔をするトキネとシマだったが、すぐに笑い顔に変わってさらなる『力』を放出する。
 同質の『力』がぶつかり合い、そこに加わる時祢と縞が物理的に穴を抉じ開けて行く。穴が大きさを増す。拳大だったそれは少しずつだが、確実に広くなっていく。だがまだ人が通れるほどではない。穴が広がるに連れ、やはり閃光は衰えるどころか逆にその量を多くしている。その閃光が弾けるたびにトキネとシマの『力』は確実に磨り減っているはずなのに、それでも二人は穴から手を離すことなどせず、時祢と縞も同じくして穴を広げることに全力を尽くしている。加えて被害を負っているのはトキネたちだけではなく、時祢と縞の手が酷い火傷を負っているように見えたのは目の錯覚ではあるまい。このままでは四人全員が無事では済まなくなる――、心夏がまさにそう思ったその瞬間、
 壁に開いた穴が、ついに人一人分ならば通れるほどの大きさに変化した。
 再びの叫び声、
「行け心夏っ!! こっから中に飛び込めっ!!」
「で、でも時祢ちゃんたちは!?」
「わたしたちはいいから早くっ!!」
 縞の叫びを聞いても尻込みをする心夏の手を遙は掴み、
「四人の行いを無駄にする気か心夏!! 行くぞっ!!」
 遙に手を引かれて壁の穴へと飛び込む。穴を抜ける際に静電気のような小さな衝撃が体を駆け巡った。それを少し痛いと心夏は思ったのだが、時祢たちの感じている衝撃はこんなものではないのだろう。穴に直接手を突っ込んで広げていたのだ、そこから伝わるものはこんな程度の代物ではないはずである。こんな程度で済むのなら、手に火傷を負うことなんてないのだ。想像を絶するような衝撃をその手に直に受け、この道を切り開いてくれた。その覚悟は本物だ。止めることはもうしないから、だから早く、
 ココナとハルカも穴を抜けたのを確認した後に心夏は叫ぶ、
「時祢ちゃんたちも早くこっちに来て!!」
 そのとき、心夏は壁の向こう側から笑う、時祢と縞を見た。
 そうして、閃光は一際大きな光を放ってすべてを弾き飛ばす。突風のような衝撃が来た。バランスを崩して倒れそうになる所を傍にいた遙に支えられたのだが、心夏は礼を言うことなどまるで忘れ、すぐさま壁の向こう側にいる時祢と縞に視線を移す。煙を放つ壁に空いていたはずの穴はすでに塞がっていて、向こう側の廊下に座り込むのは両手を背後に隠した時祢と縞だった。その側にはトキネとシマもいるが、二人が完全に消えてしまうのは本当に時間の問題だった。なぜなら二人の体はもう、ほとんど透けているのだ。あれで大丈夫なわけはなかった。
 壁を力一杯に握り締めた拳で叩く、
「時祢ちゃんっ! 縞ちゃんっ!」
 が、この壁のせいで声が届いていないらしい。時祢が何か言うがこちら側にも聞こえて来なかった。
 ただ、聞こえないはずのその声を、心夏は聞いたような気がする。
 あたしたちは大丈夫だから早く先に行きな。時祢は、そう言った。涙ぐむ心夏を壁越しに見つめながら、時祢はおどけた感じに手を振ろうとして、しかしすぐに思い出したかのように止めて引っ込める。縞も同じように笑顔を浮かべ、決して背後に隠した手だけは出さず、ただ「行って来て」と、そうつぶやいた。心夏はもう、何も言えない。時祢が慌てて後ろに隠した手。やっぱり酷い火傷を負っていた。今すぐにでも病院に行かなければならないような火傷だった。そこから体を蝕む痛さは計り知れないはずである。なのに時祢も縞も笑っている。心夏たちに心配させないように、ただ笑って見送っている。そんな二人に、心夏が何を言えるというのか。
 やるべきことはひとつしかないのだ。
「……待ってて二人とも。絶対にすぐ終わらせて帰って来るから」
 溢れそうになっている涙を拭う。振り返ってはならないのだと自分に言い聞かす。
 その隣で、ココナが向こう側のトキネとシマを見つめ、小さく口を動かした。ありがとう。そう言う。すると向こう側の二人は笑い、透けた手の平を上げて拳を握る。頑張れ、という意思表示。それはココナたちだけではなく、心夏たちにも向けられたもの。もう一人の自分としてではなく、一人の人間としての意志で行われた行動。借りを返すだけではもはやない。今までがどうであれ、今は目的をひとつにした同士として、仲間として、――友達として送る言葉だ。
 心夏はゆっくりと踵を返し、言う。
「――行こう、みんな」
 時祢と縞、トキネとシマの行いを無駄にしないためにも、進むしかないのだ。
 例えその背後で、時祢と縞が廊下に倒れ込むことがわかっていても、振り向いてはならないのだと思った。
 体育館へと続く渡り廊下を抜け、階段を下りて行く。一歩進むたびに心臓の鼓動が大きくなるような気がする。その代わりに一歩進むたびに頭の中が澄み渡っていくような気がする。この先にあるものが、この先で出遭うものが、すべての元凶。この世界を固定化させ、ココナたちを具現化させた存在。神様というものが本当にいるのだという驚きはもうない。それは神様なんてものではないからだ。ウツシミサマは神様なんて高貴な存在ではない。神様なら、こんなことするはずはないのだ。神様なら、こんな残酷な行いはしないはずなのだ。ウツシミサマは神様ではない。それでも神様だと言うのならそれは、――堕神だ。
 体育館へと続く扉を前にする。いつもなら普通に開くはずの両開きの扉が、今はなぜか開かない。いや、理由はわかっている。壁があったことと同じなのだろう。体育館へと繋がる唯一の扉は今、またしてもウツシミサマの『力』によって閉鎖されていた。見えない壁ではなく、見えない鎖に近いもの。どれだけ動かしてみようとしてもビクともしない扉。こんな所で立ち止まっていることはできないのだ。あの四人の行いを無駄にしないためにもここを突っ切らなければならないのだ。なのに、どうしてここへ来てこんな。
「……今度もまた、同質の『力』でどうにかなるのか?」
 遙の問いに答えたのはハルカである。
「一応はな。だがわたし一人の力では足りない」
「ならわたしが、」
 ココナの言葉を遮り、遙は笑う。
「わたしの見せ場を取らないで欲しいな。ハルカがやるというのなら、わたしがやらなければならないだろう」
 一歩を踏み出す遙にココナは驚きの表情で、
「で、でも遙じゃ力が足りないじゃない! だったらわたししか、」
「心夏とココナは最後の駒だ。この先にあるであろう鍵のために力を温存しておくべきだろう。そうなれば必然的にわたしがすることになる。ハルカ、わたしでもどうにかなるだろう?」
 ハルカは扉の取っ手を握り締めながら、遙を見つめて笑った。
「愚問だな。そう思っているからこそ、名乗りを上げたのだろう?」
 遙も取っ手を握り締め、笑い返す。
「もちろんだ。ならば、時祢たちに負けぬようにやるとしよう」
 その覚悟を止めることはやはり、できない。だったら、心夏には見守ることしかできないのだ。
「遙ちゃん」
「そう心配そうな顔をするな心夏。わたしたちなら大丈夫だ。今度はわたしから約束する」
 小さな深呼吸の後、遙とハルカが同時に取っ手を引いた。
 ハルカから流れ出した『力』が扉を閉鎖していた鎖に共鳴する。今度は先のような閃光ではないが、それでもそれに似た何かが一挙に溢れ出す。風圧が来た。その風圧が過ぎ去る頃には、扉に大きな変化が生じている。扉の至る所から生き物のような光の筋が雷のように蠢きながら荒れ狂っている。それが遙の体に触れるたびに言い表せないような鈍い音が響き、その顔が苦痛の表情に変化する。思わず心夏は駆け出し、少しでも遙たちの負担を減らそうと考えたのだが、その光の筋に触れた途端、一発で吹き飛ばされた。
 倒れ込みそうになる体を何とか堪え、心夏はその場に呆然と立ち竦む。遙は扉の取っ手を放さずにああして耐えてはいるが、それがどれほど大変なことであるのかを瞬時に理解した。少し触っただけで弾き飛ばされた心夏ですら、拳が握れなくなった。下に垂らされた右手は今、ほとんど感覚がない。直に戻るような痺れであるのだがしかし、あれを直撃している遙たちはそんな次元の話ではない。もう何本も直撃しているのだ、とっくの昔に身体の機能が停止していてもおかしくはない。それでも遙は取っ手を離さずに、ハルカが『力』を流し込んで出来上がる歪みを大きくさせようと奮闘しているのだ。
 余程の『力』を使っているのだろう、あっと言う間にハルカの体が透け始める。それでも『力』の放出を止めない。この扉が開くまで、ハルカは止めはしないのだろう。遙も同じである。この扉が開くまで死んでも手を離さないつもりだ。それほどまでの覚悟。時祢たちと同等の覚悟が、この二人にも存在する。止めることはできない、見守ることしか許されない。ならば願う。たったひとつだけの願いだ。覚悟は本物だと知った、もう止めない、だからせめて、無事でいて欲しい。
 共鳴音が響き渡る。雷の直撃を何発も受けた反動が、遙の制服の下から血となって滲み出す。ブラウスの白を赤く塗り替えるその血を拭うこともせず、遙は全力を持ってして取っ手を引き続ける。もしかしたら血が出ていることにすら気づいていないのかもしれない。そんな感覚など、とっくに消滅してしまっているのかもしれない。共鳴音が高く大きくなっていく。それはハルカの『力』がより多く放出された証。己が命も顧みない覚悟の音だ。扉を閉鎖する鎖に亀裂が走り、そのことに気づいた二人は最後の力を振り絞り、全神経を手先に集中させて抉じ開けていく。
 そして、扉は僅かだが、確かに開いた。僅かな隙間だが、心夏ならば通り抜けられる。
「急げ心夏っ!! 長くは保ちそうにないっ!!」
 心夏は肯き、ココナと共に走り出す。
 遙の横を通り抜ける瞬間、遙はこう言った。
「わたしは約束を守ったんだ。次は、心夏たちの番だ」
 ――全員で、明日を迎えよう。
 心夏とココナが扉を抜けたとき、糸が切れた人形のように遙とハルカの体から完全に力が抜けた。開かれた扉は一瞬で閉ざされ、向こう側の状況を知る術を絶った。最後に見た光景は、床に倒れ込む二人の姿だった。閉ざされた扉に手をつき、しかしもう泣くことは決してせず、心夏は伝わることを信じてつぶやくのだ。
「……わかってるよ、遙ちゃん。ちゃんと、約束は守るから」
 同じように扉に手を添えたココナはまた、一言だけ言葉を紡ぐ。
「ありがとう、ハルカ」
 心夏とココナは、同時に互いに視線を噛み合わせた。
 これが、最後だ。ここより先にあるものを再び封じ込めることができれば、すべては終るのだ。
 振り返ったそこに、心夏の知る体育館はなかった。まるで入り口から空間が捩れてまったく別の世界に繋がっているような光景。いや、実際にそうなのだろう。体育館の入り口を境界線とし、そこから先はもう、ウツシミサマの支配する空間に転じている。漆黒の闇が閉ざす世界の中、ただ真っ直ぐに続く石畳の地面。石畳の左右には均等な感覚で光る蝋燭のようなものが置かれていて、それが足元を照らしている。見上げて目に入るものは真っ赤な建造物。神聖な神を祭る場所には必ず存在するものだ。心夏たちを誘い込むようにそこには鳥居が構えていて、石畳の地面のその先には、神社がある。
 あれがウツシミサマが封印されている神社。その奥には祠があるはずだった。それを目指して心夏たちはここまで来たのだ。時祢たちが切り開いてくれた道を抜け、遙たちが切り開いてくれた扉を抜け、心夏たちは今、ここにいる。この石畳を歩いて、鳥居を潜り、神社の中へ足を踏み入れてあるものだけを目指し、ここまで来たのだ。振り返ることは決してしてはならない。覚悟を決めたら前だけを見据え、歩き続けるのだ。六人が繋いでくれた望みを、ここで果たす。全員で、明日を迎えよう。
 視線は神社を見据えたまま、それでも心夏はココナに言う。
「行こう」
 ココナは言葉を返さず、ただ静かに肯く。
 二人で石畳に足を踏み出す。左右はもはや闇だ。普通に歩けば踏み外すことなんてないだろうが、もし足を踏み外せばそこにはもう何もない。外の世界を覆う靄とはまた違う次元のものだ。直感が告げる。この下を見てはならないと。真っ直ぐに前だけを見据えなければならないと。この闇の下に見える光景はきっと、心夏では到底耐え切れないものであるから。今までウツシミサマが化けて来た人間の、すべての感情が渦を巻く空間。そんなものを見て正気を保っていられる自信が、心夏にはない。だから前を、ただ前だけを見据え、鳥居を潜って歩いて行く。
 神社の段差を抜け、引き戸を開けた。
 学校の教室よりは小さいその中、板張りの床を辿って目に入るもの。そこにあるのは、本当に祠だった。何もない神社の中には祠だけが鎮座している。祠の中心部では、鈍く輝く黒い光が浮いている。何の原理も仕組みもなく、野球ボールほどの大きさの光の塊が静かに浮いているのだ。あれがウツシミサマを封印している鍵であることを、言われずとも理解していた。なぜならその黒い光には、縦に亀裂が入っている。鍵が外れかかっているというのはそういうことなのだと思う。あの亀裂をどうにかしないことには、直にウツシミサマはあの鍵を自らの力で打ち破り、心夏たちの世界に解き放たれてしまうのだろう。その前に鍵を掛け直し、この世界を崩壊させる。そのために、心夏はここにいる。
 祠を目指して一歩を踏み出そうとしたその刹那、
 ――愚かな。我の『力』の残り火を携え、何をしにここへ足を踏み入れたのだ人間。
 あのときに聞いた声が響いた。ウツシミサマの声だ。
 それでも、心夏が止まっていたのは僅かな時間だけだった。すぐに歩みを再開させ、一歩ずつ、着実に祠へと近づく。
 ――無駄なことだ。どう足掻こうとも、崩壊寸前の鍵を修復することはできはせぬ。
 その言葉に反論するのは、ココナである。
「……主様。本当にそうお思いですか?」
 怪訝な声が響く。
 ――何が言いたいのだ? 我が『力』の残り火程度のお前に、一体何ができる?
 ココナは祠の中心部に浮かぶ黒い光を見つめ、言う。
「いいえ、わたしがするのではありません。するのは、彼女です」
 歩き続けていた心夏の目の前にはすでに、祠がある。
 手を伸ばせば届く位置に、黒い光の球体は存在する。
 ――高々人間風情に何ができるというのだ。
「お忘れですか。この者は、鍵を共鳴させる『特異な力』の持ち主なのです」
 ――変わりはせぬ。どれほどの『力』があろうとも、もはや我を止めることはできぬのだ。
 黒い光が大きく輝く。それを真っ直ぐに見つめ、心夏はつぶやいた。
「……あなたが、ウツシミサマなのね」
 静かな笑い声。
 ――左様。人間風情が我と会話できることを光栄に思え小娘。
「光栄になんて思わない。わたしは、あなたを眠りに就かせるためにここへ来たんだもの」
 ――笑わせるな。お前の中にある『力』になど、如何ほどの価値も存在せぬわ。
 会話はもう終わりだ。これ以上話すことはない。それよりも時間が惜しい。鐘が鳴るまでの時間ではなく、一刻も早く、遙たちの元へ向いたかった。喋るためにここへ来たのではない。鍵を掛け直すために、ここへ足を踏み入れたのだ。役目を、果たそう。
 心夏は手を黒い光へと伸ばす。やり方は知らない。だけど、なぜだがこうしなければならないような気がする。その感覚に任せて心夏は黒い光に手を添え、
 瞬間、体が体内から弾け飛ぶかのような衝撃が来た。体の中のものがすべて口から溢れてしまいそうなほどの嘔吐感。全身から滝のような冷汗が流れ出す。今すぐにでもこれから手を離したいのだが、覚悟がそれをさせない。これから手を離してはならないのだと、回転するような意識の中で叫び続ける。時祢や縞は自分の手に火傷を負おうとも決して離さなかった。遙は自分の体から血が溢れていても決して離さなかった。まだ体の中のものが口から出たわけでもなければ、外傷を負ったわけではない。そんな状態で手を離したら、このためだけに道を開いてくれた六人への裏切りだ。それだけはしてはならないのだ。だから心夏は嘔吐感も冷汗も、もはや焦点さえもが合わない意識もすべて捨て、ただ手だけを決して離さないことだけを誓う。
 しかしウツシミサマはそれさえも許さない。歪んだ笑い声と呪文のように繰り返される一言。
 ――爆ぜろ。爆ぜろ。爆ぜろッ!!
 黒い光が掌を通して心夏に流れ込んで来る感じ。それは心夏の血管を通して体全体に染み渡り、細胞単位でひとつひとつ、心夏の体の機能を停止させていく。体が虫にでも食い荒らされているような気分。体内に入り込んだ虫は己に害を成すすべての存在に対して牙を剥き、防衛本能に従って心夏の体を食い破る。想像を絶する苦痛。どうしてこんなことをしているのか、その理由さえも虫は食らう。意識が遠のいていく。黒い光に押し当てた手の感覚すら消え失せる。体が崩壊しそうになったその一瞬。
 手に温かな感覚が伝わった。体の機能が僅かに甦る。
 黒い光に押し当てた手に添えられる、もうひとつの手。
 ココナの手だった。
 ――我が『力』の一部の分際で、我に歯向かうというのか?
 そこにいるのはもう、ウツシミサマの『力』の一部ではなかった。
 そこにいるのは、一人の人間。
「冗談でしょ。見捨てられたわたしが、あなたの言いなりになる必要なんてないじゃない」
 ココナは、笑った。
「わたしはココナ。ジングウココナ。意志を持ってあなたと敵対する、一人の人間よ」
「……ココナ」
「何をへこたれた顔をしてるのよ。早く『力』を解き放ちなさい」
 突然にそんなことを言われても困る、
「や、やり方なんて知らないよ!?」
「目を閉じて集中しなさい。あなたの胸の中にある光を手から放出するイメージを抱く」
 言われた通りにする。
 目を閉じ、神経を集中させる。胸の中に光を描く。黒い光ではなく、白く輝く光だ。それを手から放出するイメージ。手の感覚はそこにある。重ね合わされたココナの手がある限り、それを見失うことはない。イメージする。この白い光が手を通して放出され、黒い光を覆い尽くすその未来を。擬似夢という名の『力』の結晶体を、自分自身の意志で頭の中で再生させる。擬似夢の中で体験することは、現実でも必ず体験する。だからイメージする。黒い光を白い光が覆い尽くし、そこに走っていた亀裂を、外れかかっている鍵を掛け直す場面をイメージする。迷うことはない。やり方はもう知っている。イメージは固まった。『力』の結晶体は、そのイメージを起きている状態で、擬似夢として頭の中で再生させる。すべては上手く行った。もはや止まることはない。覚悟はできている。あとは、この手からこの『力』を放出すれば、すべてが終る。
 ――させぬ。我の邪魔など、誰にもさせはせぬぞッ!!
 黒い光が鼓動を打つ。亀裂がその大きさを増し、一気に『力』が溢れ出す。
 が、
「甘いわ。何のために、わたしがいると思ってるのよ」
 心夏の手を伝い、ココナからウツシミサマと同質の『力』が放出される。
 それは亀裂の侵食を止め、溢れ出したはずの『力』を圧し留める。
 ――貴様……ッ!! なぜ我が『力』の一部でしかない貴様がこれほどの……ッ!?
 それには答えることなく、ただ囁くようなココナの声が聞こえる。
「邪魔はもう何もないわ。あなたの手で、結末を作り出すの」
「――……うん」
 振り返ってはならない。振り返ったらきっと、ココナは『力』を使っている作用を受けている。
 それを見たら覚悟が揺らぐ。心配してしまう。だからただ前を見据え、強く強く、イメージする。
 胸の中のこの白い光が、手を通して黒い光を覆い尽くすことをイメージする。擬似夢の中で体験したことは必ず現実世界でも体験することになる。だから大丈夫。必ず上手く行く。心夏は、『力』をゆっくりと開放していく。今まで胸の中にあったはずの、意識されなかったはずの『力』の塊が動き出す。少しだけ変な感じがする。自分の中にある、形を成さないものが抜け出していく感覚。それを惜しいと思う気持ちはある。でもそれ以上に、思うことがある。この『力』がすべての始まりだったのなら、この『力』ですべてを終らせなければならない。それが心夏に、心夏にしかできないことなのだ。
 すべてを解き放つ。放出された力が黒い光を覆い尽くす。それは亀裂を修復し、鍵を掛け直すべく『力』とぶつかり合う。激しい衝撃。肉体的な衝撃ではなく、精神的な衝撃が来た。脳内が爆ぜるような爆散。嵐のようなノイズが吹き荒れる。意識が朦朧とする、立っていることができなくなる。それでも黒い光に押しつけた手だけは決して離さず、『力』を放出させることだけは止めない。
 そして白い光が黒い光を完全に覆い尽くすか否かの刹那、
 ――無駄だ小娘ッ!!
 ウツシミサマの『力』が一気に膨れ上がる。ココナの『力』だけではもはや抑え込むことができない。
 意識が再び沈んでいく。このままではどうすることもできずに飲み込まれてしまう。胸の中にある光はもう僅かしか残っていない。それだけでこの『力』を覆い尽くすのは不可能だ。心が折れそうになる。覚悟が砕け散ってしまいそうになる。意識が完全に闇に飲み込まれそうになったとき、遙の、縞の、時祢の顔が脳裏を過ぎった。折れそうになっていた心を立て直す、砕け散ってしまいそうだった覚悟を繋ぎ合せる、意識を浮上させてただ前を見据える。こんなところで諦めるわけにはいかない。約束を忘れてはならない。全員で、明日を迎えるのだ。残っている『力』で覆い尽くすことができないのなら、直接に叩き込んでしまえばいい。
 そのための覚悟はもう、できているのだ。
 心夏は神経を研ぎ澄ます。押し当てていた手に『力』を込め、黒い光の中へと埋め込んでいく。ココナが後ろで何かを叫んでいるが聞こえない。もし聞こえても心夏は決して止めはしない。覚悟はできている。何かを犠牲しなければならないのなら、その覚悟はできているのだ。全員で明日を迎えること。そのための犠牲なら、手のひとつやふたつ、惜しくはない。手首まで黒い光の中に入り込んだことを確認した後、イメージする。
 胸の中のこの光を、手を通して放出させるのではなく、爆発させる。
 直接にこの力を叩き込んで強制的に鍵を掛け直す。イメージはできた。残りの『力』でそれを擬似夢として頭の中で再び再生させる。上手く行く。今度こそ、絶対に上手く行く。いつもその通りになるのだから、今度こそその通りになってもらわねば困る。自分自身を信じる。必ず成功する。イメージを壊してはらない、覚悟を揺るがしてはならない、真っ直ぐに前を向き、この胸の中の光を手を通し――爆発させるッ!!
 闇の世界が震撼する。断末魔のようなウツシミサマの叫び声が聞こえる。
 ココナが必死に心夏の手を黒い光の中から引き抜いてくれなかったら、心夏の右手首から下は切断されていたはずである。黒い光は内から白い光に浸食され、それは亀裂を修復し、外れかかっていた鍵を再びに掛け直す。やるべきことが終わりを告げた、確かな瞬間だった。同時に、この世界の崩壊のときでもある。漆黒の世界は光に満たされ、ゆっくりと形を崩していく。固定化された空間が光の粉となって天から降り注ぐ。
 しばらくはその光景を、ココナに力なく凭れかかりながら見つめていた。
 実感が湧かない。すべてはあっと言う間の出来事みたいに思える。ふと気づくと、右手首から下の感覚がなかった。腕を上げると手首から下がだらりと垂れ、まるで動かないことは不思議な感じがする。鍵を強制的に掛けたその代償が右手。でもこれで全員が明日を迎えられるのなら安い。そう考えようと思う。みんなもそれ相応の傷を負っているのだ、心夏だけ無傷では申し訳がない。だからきっと、これでいいのだ。
 感覚がない手をそっと包み込む手がふたつ。視線を上げると、光の粉と共にココナの怒号が降って来た。
「馬鹿じゃないのあなた!? どうしてこんな無茶なことしたのよ!?」
 心夏は力なく笑う。本当に力をすべて使い果たしてしまったかのようだった。
「……でもほら、そのおかげで何とかなったみたいだし……」
「信じられないわ。まったく、わたしがいなかったら本当にこの右手、使いものにならなくなってたわよ」
「……ふぇ?」
 どういう意味かわからず、問いかけようとするより早くに、何も感覚が伝わらなかったはずの右手にぬくもりを感じた。
 見ればココナの手が光っていて、心夏の手を包み込んでいる。それは確かな、『力』の流れだった。
「こ、ココナっ!? だ、駄目だよ、そんなことしたらココナがっ、」
 今でさえ、ココナは透けている。これ以上力を使ったら本当にココナが消えてしまう。
 なのに、
「大人しくしなさい。主様の力が完全に封印されたのだもの、どうせもうすぐ消えてしまうわ」
 でも、と言いかけた心夏の唇をココナの指が塞ぐ。
「どうせ消えてしまうなら、こうやって使った方が有効でしょ。他のみんなもそうしてるはずよ」
 それにね、とココナは続ける。
「こうすれば外の世界に帰るあなたたちと一緒に、わたしたちも外へ出ることができるから」
 心夏は、八人全員がここから出る方法はないのかと、ココナに問うた。
 あのときのココナは聞く耳を持たなかったが、今は違う。ココナは自分から、そう言ったのだ。
 嬉しさなのか何なのかよくわからないけど、気づいたら涙が流れていた。
「あなた、泣いてばっかりじゃない。わたしはそんなに泣き虫じゃないわよ?」
「……だって、」
「だってもないでしょう。ほら、これでもう大丈夫だから」
 右手はもう、自由に動かせるようになっている。ココナの手が離されても、そこには確かなぬくもりがある。
 今のココナが消えても、心夏がいる限り、その存在が消えることはないのだ。
 世界は崩壊する。光の粉は降り注ぎ続ける。目の前のココナは、ほとんど見えなくなりつつある。
「何だかんだ言ったけどあれよね、わたし、あなたのこと嫌いじゃないかもしれない」
「ココナ……っ!」
「だから泣かないでよ。あなたはわたしなのよ? 泣かれると恥ずかしいでしょ」
 ココナの体は光に包まれる。それは足からゆっくりと光の粒になって舞い上がっていく。
 その光景は、心夏が今までに見たどんな光景よりも、幻想的で美しかった。
 最後の言葉になる。自分自身に、いや、ジングウココナという一人の人間に対する、最後の言葉だ。
 心夏は涙を拭い、精一杯に笑う。
「――……わたしたち、友達だからね、ココナ」
 意外そうな顔をした後、ココナは、心夏によく似た笑顔を浮かべる。
 そして心夏がココナの最後の言葉を聞くよりも早くに、『映し身の世界』は崩壊した。


     ◎


 気づけば、心夏は教室側の校舎の廊下に倒れていた。
 周りには遙も縞も時祢もいて、深い眠りに就いている。
 心夏はふと思い出し、制服のポケットから携帯電話を取り出して時刻を確認してみる。
 ちょうどそのとき、時刻は零時零分になった。
 それは、全員で「明日」を迎えた瞬間だった。

 こうして心夏たちの長い長い夏の夜は、終わりを告げる――。





     「エピローグ」



 夏休みの前日、つまりは都筑高校の終業式があったその日の放課後、神宮心夏と御堂遙は誰もいない教室にいた。
 なぜ放課後なのに学校に残っているのかと言えば、それは桜井縞と猪川時祢を待っているからだ。縞は夏休み中の衣装部の活動についてのミューティングに無理矢理参加させられていて、時祢はそこら中の部活動を回ってはスポーツの試合の日程を確認している。いわゆる帰宅部というヤツである心夏と遙には縁のない話ではあるのだが、よくよく考えると縞も時祢もどこかの部活に所属しているわけではないのだ。ただの助っ人なのである。なのにこんな日まで付き合うのは大変だろう、と思って心夏と遙は二人を待っていて、合流したら喫茶店で冷たいものでも奢ってあげようではないかと考えている。
 明日から夏休みだというのにどうしてか教室に吹き込んで来る風は涼しくて、電気も点けずに誰もいない教室にいるのはなぜかものすごく心地良い気がして、気づけばぼんやりと窓の外を眺めていた。ぼんやりと窓の外を眺めているということはつまり、心夏のあの癖が出ていることは間違いないことであって、遙はため息を吐き出しながら苦笑し、無防備なそのおでこにデコピンを叩き込む。
 心夏は我に返り、
「痛っ、何するの遙ちゃんっ?」
「いやまたあの癖が出ていたからついな」
「でもデコピンは酷いよっ」
「辞書で叩かれるよりかはいいだろう」
「うぅ……」
 しょぼくれる心夏を見つめ、遙は綺麗に笑う。
 そしてちょうどそのとき、廊下の遥か向こうから騒々しい足音が響き渡って来た。もう校舎にはほとんど人が残っていないせいでかなり遠くからでも足音が聞こえて来る。やがてそれはこの教室の前で止まり、勢いよくドアが開いて時祢が現れた。その脇にはもちろん、縞が抱えられている。離して降ろして怖い怖いと叫ぶ縞はやっぱり何だか可愛くて、思わず頭を撫でてあげたくなってしまう。
「いやー遅くなった。今年は大忙しだわホント」
 そう言ってこちらに歩み寄って来る時祢。
「今回は幾つくらい試合に出るの?」
 心夏がそう問うと、時祢はふと考え込み、
「んー、八つくらいじゃないかな」
「予定を確認したばかりなのだろう。どうしてそう曖昧なのだ?」
 遙の当然の指摘に時祢は笑う。
「多過ぎたから憶えるのやめたんだよ。前日に連絡してくれって伝言残してきた」
 時祢らしいと言えば時祢らしい。
「縞ちゃんは?」
 ようやく床に降ろされた縞は涙を拭いつつ、 
「来れる日があったら来てくれって頼まれた。一応、一週間に一回くらいは顔出すつもりだけど」
 嫌がっているように見えてもちゃんと期待に応えるところは縞らしい。
 遙は鞄を持って席を立ち、
「全員が揃ったんだ、さっそく何か冷たいものでも食べに行こうではないか。わたしと心夏が奢ってやろう」
「ホント!? やったね時祢ちゃん!」
「それじゃあたしは特盛りのカキ氷でも奢ってもらおうかな」
 そうして全員で歩き出そうとしたとき、心夏はふと思い出す。
「あ、ねえちょっと待ってみんな!」
 三人が振り返る中で、心夏は鞄の中からあるものを取り出す。
「前からコツコツ作ってたんだけど、昨日やっと完成したんだ。だからみんなに渡そうと思って」
 心夏が差し出したそれは、小さな手作りの人形が四つ。
 拙くはあるが、それぞれがしっかりとした特徴を持った、可愛らしい人形である。その特徴のおかげでそれは誰に似せて作られたのかがすぐにわかる。右から順に心夏、遙、縞、時祢だ。最初はなかなか上手く行かなかったが、慣れてコツを掴むとそこからは一気に作れた。意外にもこういうものを作る才能が心夏にはあるのかもしれない。証拠に三人は一様に驚いた表情を見せた後、全員が同じことを思ったはずだ。
 この人形の意図は何なのか。どうして心夏の人形はヘアピンをしていて、どうして遙の人形は頬にバンドエイドが貼ってあって、どうして縞の人形は額にガーゼをしていて、どうして時祢の人形だけは何の特徴もないのか。その意図は、その理由は、その意味は、言葉にする必要がなかった。なぜならわかっているからだ。心夏がこの人形を何のために作ったのか。それは――。
 心夏は笑った。
「名づけて『もう一人の自分人形』!」
 心夏がそう言った瞬間、

 ――そのまんまじゃない。

 そうつぶやく声が、どこからか聞こえたような気がした。
 心夏の右手にはまだ、確かなぬくもりがある。
 心の中の夏の日は、いつまでも変わることなく、ここにある。












2006-04-02 19:17:08公開 / 作者:神夜
■この作品の著作権は神夜さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
さて。そんなこんなで最終回を迎えたこの物語、【セロヴァイト・シリーズ】以来にキャラが憑依して一気に最後まで書くことができた。いやクオリティはともかくとして、必死こいて悶々と書くよりかは、憑依したのをいいことに徹夜のぶっ通しで五時間もディスプレイに向かい合って書き続ける方がいいに決まっている。「わたしたち、友達だからね」って台詞を書いていたとき、一人で「そうだよ、友達なんだよ」なんて返答していた変人的な神夜。
しかしここで問題がひとつ。読者様が読んで楽しい楽しくないは別として、このようにノンストップで最後まで自分自身が楽しんで作品を書いた場合、それ以降に書く作品はものすごく難しくなる。実際に【セロヴァイト】を書いてからの神夜は腑抜け状態なのである。あれを書いてからちょうど一年くらい経ってこの【心夏】だ。もしかしたらこれから先、また一年くらい、悶々と作品を書かなければならなくなるのではないだろうか。そうなったら本当にどうしよう。
さてはて、今まで読み、そしてお付き合いしてくださっていた方々、誠にありがとうございました。最初から最後まで通して、誰か一人でも楽しんでくれたのならそれだけで光栄であります。三日後くらいに感謝のレス返しを感想の方に突っ込みますので、よければ見てもらえれば有り難いです。それではまた、別の作品で出逢えることを願い、神夜でした。
次回作は何だろうなぁ。【夜紗】って題名だけ浮かんでまったく内容がないやつか、弱肉強食上等の虫のお話。それか海。どれにしようかなぁ……でもあれだわな、何だかんだ言ってその通りの作品が投稿されるのはなかなか珍しいんだよな(マテコラ)
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こんにちは。読ませて頂きました。アリエルと全く違うような話だと思いました。やはり神夜さんの上手い描写で読みやすく、すごく組まれた内容だと思います。ホラーと言うだけに、これから黒い物語へと進んでいきそうな気がします。第二話は一体どんな話になっていくのか、すごく楽しみにしています。個性的な四人でとてもキャラがたっていて、良かったと思います。あと、誤字なのですが、「トイレ」が「トレイ」となっていました。次回更新楽しみにしています。
2006-03-14 20:26:18【☆☆☆☆☆】聖藤斗
……怖いからホラーでいいと思います。アリエルよりこっちのほうが好きだ、と第一印象で思いましたが、何か最近また想像力が高くなってきているので、まんま文章が映像化されてしまって怖ろしい限りです。あぁ、もう。遥なんて美人なんでしょう、そんなんが真夜中の学校で笑ってるなんて何と怖ろしいことでしょうか。あってはならない!それでももうしょっぱなから心夏の魅力にはまってしまったようなので、頑張って目を背けつつ読みたいと思います。次からは昼間読もうと……。
遥と時祢に関しては、喋り方とかゲームなんかの影響とか受けてるのかな、と思いました。
2006-03-14 23:51:46【☆☆☆☆☆】ゅぇ
やだ、あの、やめてください本当に。確か私ホラーは得意だった気がするのですけれど、何故か今真剣に怖がっている気がします。ホラーとしては斬新な書き方と、なんだか、キャラが私の友達に似ているせいなのでしょうか……?あ、そうそう誤字発見です、縞の容姿描写の辺りで身長が慎重になってました。嫌だこれ、面白いけど怖い。怖すぎる。
2006-03-15 02:00:26【★★★★☆】夢幻花 彩
あれ、なんかベートーベンがピアノに乗って校内サーフィンしてる既視感が、脳裏にちょこっと。いやいや、ユーモラスな少女ばっかり4人という設定は百倍嬉しいか。謎のルールもずいぶん直球っぽい。定番ながら生き生きと立ちまくるキャラや状況は、お見事です。実は中学の時の処女作が夜の学校うろつきホラー(ただし男メイン)だったりする自分なので、この展開は期待大なのです。
2006-03-15 22:06:03【★★★★☆】バニラダヌキ
作品を読ませて頂きました。ヤバイなぁ……学校の七不思議かよ。目指している方向は違うとはいえネタ被っているし、こっちの方が正当ホラーの雰囲気がでていてずっといいじゃん。読んだ途端に頭を抱えてしまった甘木です。キャラが読者の想定の範囲内にしっかり収まって安定している心地よさ、セリフの掛け合いのテンポ、読み手を惹きつける展開……見習うべき部分が多いです。ともかく素直に楽しく読ませて頂きました。では、次回更新を期待しています。
2006-03-16 22:42:53【★★★★☆】甘木
拝読しました。うん。ホラー。ホンモノさんが割りと沢山見える感じる人が知り合いに結構居るので怖かったり怖くなかったりします。ついでに私は知人によるとくっつきやすいらしいです。なのでコレを読んだ後もきっと街中を歩いたらぺたぺたくっついてくるのだろうと思います。でも一人じゃ祓えないのでどうしようかと今から考えておきます。あと女の子四人組が可愛いなぁと思いました。あとやっぱり色々上手だなぁと。なんだこの感想は。兎に角面白かったです。次も期待してますということだけ伝わればいいなと思います。
2006-03-17 10:11:40【★★★★☆】水芭蕉猫
神夜様の新作、遅ればせながら拝読させていただきました。先ず、序盤を読んで個人的にドキリとしてしまいました(汗)そして本編に入ってからですが……、うーむ。これは間違いなくハマりますねぇ。今まで僕が読ませていただいた神夜様の作品とはまったく違うカラー。予想外の物語であったとはいえ、読み始めてすぐに入り込んでしまいました。第一話から四人組のキャラが早くも確立されているあたり、さすがは神夜様だと感嘆です。一口にホラーと言っても実に様々な方向性がありますが、神夜様の手に掛かるとこういったカラーになるのですね。いや、素直に楽しく読ませていただくことが出来ました。それでは、次回の更新を首を長くしてお待ちしております。
2006-03-17 14:38:14【★★★★☆】時貞
 言葉ではなく音で組み立てられているのだと、ようやく神夜さんの書き方が見えてきたような、でも真似できないな、私では。
2006-03-18 02:42:18【☆☆☆☆☆】clown-crown
第二話、読ませて頂きました。ホラー、そして殺し合い。少女という凄い組み合わせでできているなぁ。と思います。一体どんな方法で皆一緒に帰るのか。それとも、誰か偽物が紛れて終わるのか。それがとても気になっています。次回の更新も楽しみにしています。頑張ってください
2006-03-18 19:19:08【☆☆☆☆☆】聖藤斗
っは、怖い怖いと思いつつ結局夜に読んでしまう。いえ、最初だけ様子窺いに読んで、明日の昼に読もうと思っていたのに、気付いたら今回の更新分終わってたっていう…。特に最初のほう面白くて別に怖くなかったし。けれどあれですよね。チャイムの音あたりで寒気がしましたけれど。ココナたちは別に怖くないんですが、その小道具的な現象といいますか。何だ、そのチャイムの音ですよね今回の。これが一番怖いです。夜中に鳴るチャイム、私が寝ていたら夜中の二時ごろにどっかでチャイムが鳴るのです。誰が何といおうとチャイムなのです。あれの恐ろしさを知っているだけに、こういうところにホラーを感じてしまうのでした。一よりも二のほうが面白い。このままならどんどん面白くなっていくのでしょう。そして『自動販売機の中には』のノリなら最後まで読破できるでしょう。遥のキャラに関しては前回は少しだけ違和感を覚えていたのですが、今回はそれほど感じませんでした。むしろ一番しっかりしていて心を寄せられそうなお姐さんで。少し心夏の影が薄いような気もしますが、そこは四人全員主人公、ってことで落ち着けていいでしょうか(笑)都筑高校――神夜ファンならばおなじみの名前ですね。違ったらごめんなさい(!)次回も楽しみにしています。今回は素直に面白かった。
2006-03-18 20:06:09【★★★★☆】ゅぇ
自分の小説を更新する予定だったのに、やめて今日も同じような姿勢で読んでしまいました。やっぱり怖い。最初の方は普通にだいじょぶっぽかったのですけれど、後半がもう泣きそうでした。だんだんココナたちが仕掛けてきて、しかも何気なくココナたちの口調が普通っぽいのも怖いのです。「いつまでも四人一緒じゃ、詰まらないものね」の辺りはさぁっと血の気が引きました。さらりとそんなことをいうけれど、その意味をよく考えると怖すぎます(汗)
 どうあがいても今までのように生きられることの無い状況で、どんなふうに心夏たちが頑張っていくのかとか、膝の上に置かれたぬいぐるみと共にちゃんと頑張って読んでいきたいと思います。今回はホラーとしてというより、価値観とかそういうのについて怖かったです。そして、文章の書き方随分変わりましたね。こっちも良い感じです。
2006-03-19 01:46:05【★★★★☆】夢幻花 彩
うーむ、曖昧なウツシミサマの謎、思わせぶりに勝手にルールを繰り出してくるカタカナ側の少女たち(そもそも――正直、今のところ敵側の理不尽さが勝ってしまって、『どきどきはらはら』より『腹立たしさ』がつのりそう。次回、なんとしても漢字のほうの4人組の巻き返しに期待いたします。
2006-03-19 17:05:23【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
続きを拝読させていただきました。時貞です。個人的に僕は遙のキャラが好きですね(笑)と、それはさておき、この作品の見所はあれですね。不可解で不気味な事象を、小出しにじわりじわりと提示していくことによって、読み手の恐怖心を徐々に炙り出していっているところですね。今回の出だしがラノベ感覚で軽快だっただけに、その後の演出が活きていると感じました。この辺りが神夜様ならではの技なのでしょうね。敵側にいいように翻弄されてしまっている彼女たちですが、これからどのような打開を試みるのであろうか?とても気になる展開であります。毎回ながら次回への繋ぎ方が絶妙なので、思わず「早く更新を!」と叫びそうです(笑)大きく動くであろう次回、更新を心よりお待ちしております。乱文失礼致しました。
2006-03-20 13:04:52【☆☆☆☆☆】時貞
続きを読ませていただきました。面白いなぁ。異様な状況を異様とばかり描かずに、笑いという日常を冒頭に持ってくるあたりにセンスの良さを感じています。メリハリのある状況の変化は読み手を飽きさせない−−見習いたいです。ただ、敵側(?)のルールが見えないので、少々欲求不満が募ります。ま、それは追々提示してくれるだろうと、のんびり待つことにしましょう。まだ、殺し合いが始まっていないので緊張感や閉塞感はないけれど、これから思う存分楽しめるのかな。神夜さんのスピード感は心地よいから、そんなシーンも読みたいなと密かな願望。ともかく、次の更新を期待しています。
2006-03-21 10:00:51【☆☆☆☆☆】甘木
拝読しました。時祢が可愛いと思う辺りやはり私はとことんワイルド嗜好なのだと再確認。そして長さが全然気にならないというのはやはり凄いところだと思いますね。やっぱり面白いからなのだろうなぁ。次から殺し合いが始まる様子ですが、今からめくるめくスプラッターにウキウキしております。血沸き肉踊るようなそんな殺し合いがとてもとても楽しみで仕方ないです。なのでのんびりと次回の更新待ってます。
2006-03-21 23:16:25【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
何か知りませんが、怖いですね。なぜか読み始めると最後まで読んでしまうため、結局夜に読まされてしまうことになるのでした自然と。夜ひとりきりで読むことの恐怖を神夜さんはご存知ないのでしょう(笑)こうしてわたしは今日も徹夜よ。ともあれ、まぁ楽しいからこそやめずに読んでしまうのでしょうけど。久々に、というと失礼になるかもしれませんが、久々に(ホラーだけど)面白く読める作品のような気がします。遥と心夏も良いけれど、今回は時祢と縞の絆がとても印象的でした。こんなにも強い絆があるという、その理由とかエピソードがひとつふたつ詳しく欲しかったような気もしますが、それはもうとりあえず完結してからの感想ということで。続きをお待ちしますー。

『確率』が『確立』に。
『片腕が使いものにならなくなっていたはずである』が『片腕が使いものにならなくなっていはずである』になっていました。
2006-03-22 21:52:51【★★★★☆】ゅぇ
縞ちゃんのやったコスプレって、さり気無く全部神夜さんの趣…………
なんでもありません、とりみだしてすみませんでした、夢幻花です。遥ちゃんと心夏ちゃんの友情をもっと出して欲しかった感じがありますけど、縞ちゃんたちで堪能したので大丈夫です。そして今回の書き方は比較的セロヴァイトなあの時と文章が似ていましたね!最近の落ち着いて読みやすい書き方ももちろん好きなのですが、やっぱり神夜さんは重厚なスピード感とそれでいて安定感を感じるこの独特の書き方が最大の持ち味だと思うので嬉しかったです☆
 今回は比較的怖くなく読むことができました。ほっとしていますが次回また私はぬいぐるみと共に読む羽目になりそうな予感です。
 早めの更新(とかいって自分はなかなか更新できずにいるくせに)お待ちしています♪
2006-03-23 00:25:30【★★★★☆】夢幻花 彩
続きを拝読させていただきました。神夜様の驚異的な更新スピードに感嘆させられている時貞です(笑)今回はこれまでの章の中でも特にテンポ良く読まされました。あくまで主観ですが、神夜様がこれまでに手掛けられてきた作品群にかなり近いカラーの文体であったように思われます。ホラーとしての恐怖を諸所に喚起させつつも、物語全体としてはエンタメ性が前面に押し出された内容であったな、と感じました。ですので、神夜様の流れるような文章に乗せられて一気に読まされてしまいました。面白かったです。それでは、次回の更新も楽しみにお待ちしております。
2006-03-23 10:22:49【★★★★☆】時貞
続きを読ませて頂きました。誰が本物なのか。もしかしたら、かがみ合わせで記憶もそっくりそのままなのじゃないのかな?と思い、四人が本当に揃っているのか少し不安です。やはりそこのあたりも神夜さんに何か考えがありそうで楽しみです。今回はタイム・パスよりコメディ性があり、そしてほんのりとした怖さがあって良いと思います。結末はどう描くのかすごく楽しみです。次回更新を楽しみに待っています。
2006-03-23 17:54:12【☆☆☆☆☆】聖藤斗
 残酷ですね、いや、ニートの話です。そして、メイド服はよいものです。
 姿形が同じ場合、騙す方法はいくらでも思いつきますけれど、それは誰をどの程度騙すかがポイントで、読者を騙そうとするばかり物語に整合性がとれなくなってはいけないし、登場人物たちを騙すときは読み手をも騙すかどうかは悩みどころになると思います。【心夏】は読んでいてバランスがとれていると思いました。
2006-03-24 00:33:09【☆☆☆☆☆】clown-crown
続きを読ませていただきました。都合のよい友情の紐帯にも感じられますが、心から信じている友情はいいものですね。信じているから相手を見抜ける。友情とはかくありたいものだ。ただ、読んでいて相手に対する感情が感じられないんですよね。仲間や己を傷つける存在に対して凄く第三者的な視点で見ているように感じられました。起き抜けで読んだせいかもしれませんが……。作品自体は楽しいですよ。スピード感とストレスを感じさせない溜め、すべてがあるべき場所にしっかりと収まっている構成の良さを感じました。ともかく、朝から楽しい気持ちにさせていただきました。
ところで『満月の夜に出遭うのは猫耳少女』って、やっぱアレかな……。では、次回更新を期待しています。
2006-03-25 09:43:22【☆☆☆☆☆】甘木
四話は前後編に分けるのですね。かなり続きが楽しみになってきました。ここまでずっとゆっくりと進んできたので、四・五話で勢い良く行くのでしょうか。誰かは入れ替わってしまうのではないか、それとも時間切れで…とか自分の中で結末を想像してしまいます。一体どんな終わり方を考えているのか楽しみです。次回更新も楽しみにしています!!
2006-03-26 20:12:24【☆☆☆☆☆】聖藤斗
拝読しました。メイド服は良いのです。あと猫耳も良いのです。何故なら女子にも男子にも似合うから。こういう友情は良いですね。ほしいものです。鏡向こうのカタカナの彼女達の間にも現実世界の心夏たちと同じような友情があるのかしら? あるのだとしたら痛いなぁ。そんな風に思いながら読んでました。何はともあれ次回が楽しみです。こそっとながらも毎回きちんと読んでたりします。
2006-03-26 21:56:08【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
続きを読ませていただきました。今回は改めて自分自身を殺さなければいけないと言う事実を認識させられてよかったです。自分自身を殺すという葛藤が弱かった感じもしましたが、でも、このような異常状況ではこんな感じになるかもしれないな。どのような明日を迎えるのかは想像も付きませんが、人を殺してしまったら昨日とは同じ明日は迎えられそうにないなぁ。そう思うとこの作品は凄く怖い作品ですね。でも、カタカナ4人組は人間なのだろうか、思念のような存在なのだろうか、凄く気になりますね。ともかく素直に楽しませていただきました。では、次回更新を期待しています。
2006-03-27 07:54:40【★★★★☆】甘木
自分を殺すって言うのが怖いと思う。自分と同じ顔をする人間が歪み、崩れ、生気を失いそこに倒れもう二度と動かないんですから。怖い。一歩間違えば自分がそうなっていたわけで、だって自分なんだから力とかも全く同じで。
 そう考えるだけでこの作品怖いんですけど、なんだろ、最近遥のカッコよさに恋しそうな勢いです。遥カッコイイですね♪
 なんとなく殺し合いが始まるとやっぱり一人か二人は駄目なのかな、とかでもそのあとでどんでん返しがありそうだな、とか一人で呟きながら、次回更新楽しみにしています♪
2006-03-27 08:04:59【★★★★☆】夢幻花 彩
続きを拝読させていただきました。時貞です。うー、これは恐怖ですね。自分自身を殺す……これは怖いですよ。このような異常な状況下に置かれたら、僕ならとっくに精神崩壊でしょうね(汗)ここに来て「ホラー」としての恐怖、読ませ方に凄みが増してきたように感じられました。これまでに拝読させていただいた神夜様の作品群でも、この辺りから物語に一気に加速度が増してまいりますので、続きが凄く気になります。それでは、次回のお早い更新を心待ちに。乱文失礼致しました。
2006-03-27 16:08:45【★★★★☆】時貞
読ませて頂きました。黒幕が遂に登場するのですね。自分を殺す事はかなりのためらいがあるのに、それを難なく行っている時弥と遥が凄い。心夏の考え方とか、読んでみるとやはりしっかりとそれぞれの考え方が出ていて面白いです。予想では縞はシマにもコピーされていない隠された力が発揮されると(黙れ やはり黒幕は神魔なのだろうかと思っています。ハルハナ、タイム・パスと出てきていた気がするので(出てなかったらすみません)今回もそうかな?と。
これから一体どんな結末を用意しているのか、楽しみに待っています。失礼しました。
2006-03-29 23:11:36【☆☆☆☆☆】聖藤斗
前回のは別に感想を言わせていただいたわけですが、思いがけずほにゃららになったせいで帰宅、運よく読むことができました。最初は正直なところ、確かに面白かったのですが、ココナたちのほうにそこまで深い気持ちがあるとは思っていなかったし、『タイムパス』に似た普通の殺し合い学校内ゲームだと思っていたのですごめんなさい(平謝り)第三者がいたんだなー。このまま心夏たちがココナたちを助けてココナたちがびっくりして仲良しで友達になって終わりー、なんていうとありきたりですもんね。思っていたよりもずっと深いことになってて、今からが楽しみだな、といった感じですか。でもよく考えたら、自分だもの。絶対無意識のうちに愛着っていうかなじんでしまいそうな気がします。でもやっぱりこれはホラーで、殺し合いよりもむしろ怖いっつー話です。というわけで、次はモバイルからかなんかになりそうですが出来る限りはやめに読む――という気力だけはたっぷりなんだ、ってことをお伝えして今回はこれくらいで。

関節が間接になってましたけど(笑)、前回とあわせるとやっぱり評価はこんな感じ。最後まで期待します。
2006-03-29 23:21:55【★★★★★】ゅぇ
……なんか凄い展開になってますね。そうか、殺し合いじゃないのか……。でも個人的にはこっちの方がなんとなく神夜さんっぽくてすきかもしれません。。。
 最終的にどうなっても、なんだか深い話になりそうな気がする。自分にであって、敵対して、それでもどこか繋がっている、そんな体験をして、そのままの日常にはならないと思うから。そんな感じで、次回も期待しています!!
2006-03-30 00:39:23【★★★★☆】夢幻花 彩
 心夏のところで涙が出そうになりました。最近は涙腺が弱くて困ります。
2006-03-30 21:05:17【☆☆☆☆☆】clown-crown
続きを読ませていただきました。目の前に自分自身がいたら……気軽に殺せそうだな。死にたくないし、相手が自分自身ならば生きたいと言う意志は同じだろうから、後腐れ無く殺せそう。
さて感想書こう。心夏たちの心情や信念は心地よいです。各人の過去がしんみりと心に伝わってきてぐっときますね。でも、もっと負の感情があってもいいんじゃないかな。読みやすくて面白いのですが、綺麗すぎる感じがしますね。相手に対する醜い感情がもっとあっても良かったかな。自分自身の見たくない部分が突きつけられるのだから、自我崩壊とまでは行かなくても、相当な嫌悪が起こってもいいと思うのです。でも、本当に引き込むような力を持った作品です。次回更新が本当に楽しみです。では、更新を期待しています。
2006-04-01 08:57:34【☆☆☆☆☆】甘木
拝読しました。完結お疲れ様です。本当は前回もきちんと読んでたんだよと形にもならないご報告を先にしておきます。えぇっと、なんと言うべきなのか、先にちょっとした疑問から。遙は何故ハルカを助けたのかなと。合理的に考えればハルカが落っこちたときにそのまま見殺していればさっさと帰れたかもしれないのに。というわけなのですが、もしかしたら読解不足かも……。最後の方は友情モノの王道でよかったです。正に王の道の如く堂々として逆にかっこよさすらありました。読みやすくて時間を感じさせないのがやっぱり素直に凄いです。次回の話ですが、弱肉強食上等の虫の話が大変気になります。
2006-04-03 17:04:46【★★★★☆】水芭蕉猫
凄く綺麗に終わって良かったです。なんだか暖かくなった。
多分目の前にもう一人私がいたら、きっと嫌いになると思う。だって嫌な面一杯知ってるし、あっちの考えてることが手に取るように判る代わり自分の考えてることも筒抜けだし。遠慮なんかしないし。
だけど多分そしたら誰かに判ってほしかった、気付いてほしかった何かが判ってもらえたり、繋がってられるのかな、みたいなことを思えて凄く心地良かったです。
できることなら次回作、お願いですから虫の話にだけはしないでください(読めなくなっちゃうじゃないですか 泣)それにならないことを期待して、次回作も楽しみにしています!!
2006-04-03 17:13:04【★★★★★】夢幻花 彩
続きを読ませていただきました。完結御苦労さまでした。青春物の王道と言うべき作品に、読み終わって満足感を堪能しています。でも、ちょっと展開が早くなっていた感じもします。せっかく8人が揃ったのですから、各人の個性をもう少し見たかったです。その中で疑念と理解、双方の仲間に対する思いやりのような感情などあっても良かったかなぁ。と、書いていますが。そんなものが無くても十二分に面白く、ラストの爽やかさ、読後の心地よさ。改めて面白かったと書かせていただきます。素晴らしい作品を読ませていただいてありがとうございます。では、次回作品を期待しています。
2006-04-03 22:42:56【★★★★☆】甘木
読ませて頂きました。そして、完結お疲れ様です。最後まで本当に面白かったです。後味も良く、さっぱりとしていて良かったです。友情というものを伝えたかったのかなと思いました。「友達だからね」の辺りでうるっときてしまいました。
次回作は一体どんなものになるのだろうか。楽しみにして待っています。
2006-04-04 18:52:53【★★★★★】聖藤斗
読ませてぃただきました。お疲れ様です、
とても素晴らしぃです!!!夜通しで読み込んでしまぃました。分類ホラーですが、友達につぃてチョト考ぇさせられました。そして久々に涙腺を刺激させられました。
これからも読ませてぃただきたぃと思います。期待してます!!!
2006-05-12 01:56:40【★★★★★】コゥ
計:84点
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