『僕たちは何だったのか』作者:KR / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
思い出せますか。今から二十年前の自分を。
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原稿用紙約3.77枚
「それは、何だ。例えて言うなら? あれか。プチ家出とかいうやつか」
 右手でくるくるとボールペンを回しながら、私は電話口に聞き返す。受話器の向こうで、あぁ、とも、いいや、とも区別の付かない曖昧な言い方をしているのは、私の高校時代からの友人だった。
「家出だったとしても、ちゃんと学校に行って授業を受けてはいるみたいなんだろう? じゃあ、もうすこし信じてやったらどうだ」
 昔は毎日のようにつるんでいたが、ここ数年は年賀状のやり取り以外、ろくに連絡もとっていなかった。そんな奴が、突然電話をかけてきたかと思えば、子供のことで相談に乗ってくれと言う。
 奴の娘は十六歳の高校生。都内でもそこそこのレベルの公立高校に去年の春から通い始め、演劇部に入部したのだと、奴は言った。
『けど、親の信頼なんか、ウザったいだけなんだろ。最近の高校生ってのは』
 今度は私が、あぁ、とも、いいや、とも区別の付かない返事をする羽目になった。
 私は、やはり都内の、中高一貫の私立校の教師をしている。女子校で、中学生の面倒を見ることもあれば、高校生の面倒を見ることもある。疎遠だったはずの彼が、わざわざ私に相談を持ちかけたのも、そんな理由からだろう。しかし、私に言わせれば、最近の高校生と一口に言っても、それこそ千差万別、こういうものだなどと断言することは出来ない。
『とにかく、娘が家に帰って来ないんだ』
 友人はすっかり追いつめられた声で言った。額にかいているだろう脂汗が目に浮かぶ。私は保護者会や三者面談で顔を合わせる、PTAの母親たちを思い出していた。
『部活が忙しい、大変なんだ、秋ぐらいからそんなことを漏らしていたと女房は言っていた。冬になったら今度は、先輩に演技の相談に乗ってもらうから、今日は帰れない、そんなことばかり言い出して、今月になってからは夜の十二時に帰ってきた試しがない』
「そりゃあ、確かに心配だが」
『そうだろう? なあ、部活ってのは、そんなに毎日あるもんなのか。学校ってのは、人様の若い娘を、そんな夜遅くまで居残りさせておくものなのか』
 心配と怒りとが、7:3で入り交じった声だ。それなら学校に直接問い合わせればいいものを。私立と公立とでは大分勝手も違うし、先輩に相談に乗ってもらっているなら、学校ではなく近場のファミレスやファーストフード店に入り浸っている可能性もある。
「娘さんの担任には相談したのか」
 私が聞くと、いいや、と友人は答えた。
『学校側の印象を悪くするようなことはしたくない』
「ずいぶんと弱気なことを言うんだな」
『だって、そうだろう。あそこは俺の学校じゃない。娘の学校だ。あいつは学校には行ってるんだ。家には帰らないくせに……』
 友人の声が小さくなった。ぼそぼそと何か言っている。
『……十六年育った家より、半年やそこら通った学校の方が、居心地がいいのか。家族より、あいつは友達や先輩を選ぶのか』
「おい。お前、何言ってるんだ?」
『なぁ、聞かせてくれ。学校ってそんなにいいものなのか?』
 私は言葉を失った。
 それから後のことはよく覚えていない。ただ、上っつらだけの言葉で友人を慰め、適当に電話を切った気がする。奴の娘は、今夜は帰ってくるだろうか。帰ってきたら、奴は娘になんと言うだろうか。
 ボールペンを回しながら、俺はふと、奴と一緒に学校へ通った、自分の高校時代を思い出そうとした。けれど、それはあまりに昔のことのようで、楽しかったことも辛かったことも、皆もやがかかったようにしか思い出せなかった。



<終>
2006-01-16 00:19:11公開 / 作者:KR
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■作者からのメッセージ
主人公も、友人も、その娘も現実にきっと存在します。
あなたは思い出せますか。一年、二年、五年、十年前に、一番楽しかった思い出を。
今年一年で、一番楽しかった思い出を、二十年先まで持っていけますか?
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして、ミノタウロスと申します。読ませて頂きました。こう言う問いかけをされる作品が好きなわたくしとしましては、色々想いを巡らし興味深い内容でした。しかし、【俺たちは何だったのか】―――読後感は、何だったのか……を想像できますが、少し作者の【思い】が弱かったように思いました。それがワザとそうしているのかもしれませんが、好みとしてはもっと強い物を望みます。
因みに私は十年前も更に二十年前はもっと強烈でキラキラとした思い出を鮮明に思い出せますよ。私の場合は過去に行くほど鮮明です。では次回作お待ちしております。
2006-01-17 02:26:43【☆☆☆☆☆】ミノタウロス
作品を読ませていただきました。舞台設定が上手いですね。電話越しながら相手の狼狽ぶり(少々オーバーな感じはしますが)が伝わってきました。作品の問いかけも良かったです。しかし、主人公の感情(過去への想い)が弱いため、主人公には同期できませんでした。もっと感情を描いても良かったかなという思いもあります。では、次回作品を期待しています。
2006-01-17 21:14:06【☆☆☆☆☆】甘木
拝読しました。一連の流れから主人公が自己を振り返る、という構成は良かったものの全体的に簡素過ぎて印象の薄い作品になっていると思います。感じさせるものが少なかったです。次回作御待ちしております。
2006-01-20 10:33:01【☆☆☆☆☆】京雅
計:0点
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