『決着は、その『槍』で』作者:豆腐 / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約3.08枚
「テメェの負けだ……」
 彼の言葉を、夕暮れ時の気紛れな風が、僕の耳に運ぶ。
「そうだね、君の勝ちだ」
 僕の声は、自分でも驚くほど穏やかなものだった。
 僕の敗北という結果が、悔しくないと言えば嘘になってしまうが、それ以上に彼の勝利を祝福したいとそう思っているが故なのだろう。紅に染まった空を眺めながら、自分の心中をそのように分析する。
 ちらり、と視線を移動させ、彼に勝利をもたらすことになった、その『槍』を見る。
 彼は、『槍』にこだわっていた。初めて彼と戦ったときから、そのことは明らかだった。彼は、自分が守るべき存在が危機であろうとも、その『槍』を振るい、そんな彼のことを僕は酷く軽蔑した。そのような戦術など、僕には認めることはできない。初戦は、僕の勝利に終った。同時に、それは彼が『槍』にこだわりつづける限り、これからも決して覆ることのない結果だと、信じて疑わなかった。
 だけど、戦いを重ねるに連れ、何度負けても果敢に挑んでくるその気概には、敬意を払いたいと思うようになっていった。敗北とは、重く、容赦なく心に圧し掛かってくるもの。その重さに耐えかね、膝を折っていった者たちも少なくないだろう。
 それでも彼は自身の信念を曲げず、真っ直ぐに貫いた。徐々にその『槍』の冴えを増していく彼を、僕は宿敵として認め、全力をもって彼との勝負に臨んでいた。昨日まで僕は無敗を守り続けてきたが、ついに今日という日を迎えることになった。
 今更ながら思う。
 彼が『槍』にこだわった理由は、その性質が彼に似ていたからではないだろうか、と。剣のように「斬る」のではなく、ただ一直線に「貫く」。そして彼は、猪突猛進という言葉が服を着て歩いているような性格の持ち主。何度障害にぶつかろうと諦めず、退くこともせず、真っ直ぐに前へ前へと突き進む。まさに、『槍』そのもの。
 その折れることのない信念と、彼の勝利を、心から祝福しよう。
「そろそろ、幕を引こうか」
 そっと呟き、僕は、最後の行動を取る。彼は、戸惑ったような表情を見せた。風が二人を包む。僕のその行動は、彼の槍に貫かれることを意味している。そんな彼に向けて、僕は言葉を紡ぎ、そっと微笑む。
「ずっと、考えていたよ。もしも、万が一にも僕が君に負ける日が訪れたのなら……」

 ――決着は、その『槍』で。

 微笑む僕を見て、彼もまた、にやりと笑った。そして、彼の右手が『槍』を握る。目を閉じることなく、その瞬間を見届けようと思った。す、と彼の腕が天に伸びる。
 もしかしたら僕は、自分とは全く異質な強さを持つ彼に、密かに憧れていたのかもしれない。ふと、そんな考えが浮かんだ。
 そして訪れる、決着の瞬間。
 何かが爆ぜるような、パァン、という音がして。
 彼の『槍』――すなわち香車がゆっくりと僕の王将を貫き、僕と彼との放課後屋上将棋勝負は、初めて彼の勝利で終った……。
2005-11-13 14:58:59公開 / 作者:豆腐
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■作者からのメッセージ
 この頃先輩とちょくちょくするようになったんで、こんな話が浮かんできました。それでそのままバーっと仕上げてみたのがこれです。もしも、「なんだなんだ、アクションものか?」なんて思ってくれた方がいらっしゃれば、しめたものでございます。
 最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。よろしければ、ちょろっと感想でも残していただければ嬉しい限りです。
 それでは、今日はこの辺で。
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして、凪風と申すものです。お話読ませていただきました。
先に謝らせて下さい。僕はSS以外はあとがきを先に読んだりする立ちなのですが、今回SSということに気がつかず、あとがきを読んでしまいました……;;しかも香車の単語をピンポイントで見てしまい、落ち込みまくりTT……
ですが、ネタがわかっていながら読みすすめるというのもまた一興です。なにより豆腐さんの文章力とオチへの進め方に感心しました。素晴らしいです。しっかりとオチがわからないように作られていて、最後のストーンって感じが絶妙です(オチを知らなければorz)
長々と失礼しました。素晴らしい次回作を期待します。
2005-11-13 16:35:32【★★★★☆】凪風
今晩は。ミノタウロスです。ヤラレタ。見事に騙されましたよ。豆腐様の新作なので、これは読まねばと思い、SSと知らずに読み進めて、出だしから中世の騎士か何かの決闘のワンシーンか?!と思いながら最後の『パァン』にぞくっとした私は最後の最後で見事落とされました。将棋のルールは知りませんが、駒だけは知っています。香車……この字が飛び込んできた時「いや!」と声が漏れました。面白かったです。豆腐様は文体が綺麗なので、SSじゃ勿体無いですね。では、次回作お待ちしております。
2005-11-13 20:36:19【☆☆☆☆☆】ミノタウロス
はじめまして。時貞(ときさだ)と申します。拝読させていただきました。いやぁ、これは見事に騙されましたね。最初からオチを予想させるような表現が目に付いたので、これは何かあるぞ!と身構えていたのですが、まったく予想外のオチにすっかりやられてしまいました。しかも最後の一文に至るまで読者に悟らせない技巧がニクイですね。将棋をまったく知らない読者の方には通じ難いオチであるとも思われますが、僕はとても爽快に騙されました。面白かったです。豆腐様の次回作を楽しみにお待ち申し上げます。
2005-11-14 14:09:07【★★★★☆】時貞
初めまして、緋陽といいます。読ませて頂きましたが……こりゃ見事。すっかり騙られた感じです。アクションもののラストシーンを頭の中に描いてしまったので、オチに将棋と来てビックリしました。丁寧な文章だし、素晴らしい業ですね。確かに香車は一直線に貫く『槍』みたいなモノだからなぁ……。いやはや、騙られたのにまったく嫌な気分がしませんね。寧ろ清々しいと来た。豆腐様の次回作を心よりお待ち申し上げます。
2005-11-14 19:49:12【★★★★☆】緋陽
 皆々様、感想ありがとうございます。
 実は意気込んで投稿したはいいものの、(毎度のことではありますが)描写が足りないような気がしてどうも気が気ではありませんでした。トドメに香車のことを『槍』と呼ぶのはあまり一般的ではない様子(友人数人に聞いてみた所、全員に知らねー、と返されました)。だとすれば、将棋をしたことがない人が読んだら、わかりにくいオチになってしまう! 
 などとびくついていたため、ほっと胸を撫で下ろしております。読んで頂き、本当にありがとうございました。
2005-11-14 23:45:56【☆☆☆☆☆】豆腐
拝読しました。オチをつけても厭味になっていないのが良かったです。ただ、種明かしをされたあとは少しあっさりしているように思えました。気軽に読める、その副作用だと思います。ああ、でも、その爽快さが無くなるのは嫌です。「戦い」への置き換えで描写を増やす手もありますが、少し後味が悪くなるやもしれませんね。将棋って面白いのですが、私の周りには相手が居ません(何 次回作御待ちしております。
2005-11-15 08:53:57【☆☆☆☆☆】京雅
作品を読ませていただきました。槍に拘っていながら戦闘がないな、と思って読んでいました。槍とは何かの象徴なのかなとは考えてみたのですが、まさかこんなオチとは。はっきり言って想像もしていなかったです。素直に面白かったです。欲を言えば、戦いの緊張感を盛り上げてからすとんと落として欲しかったですね。でも、面白かったからOKです。では、次回作品を期待しています。
2005-11-15 20:03:40【★★★★☆】甘木
面白かったです。全く予想しないオチでした。ただ、「戦闘ものっぽい話→実は将棋」と落とされるより、「手に汗握る戦闘もの→実は将棋」と落とされた方が爽快感は増すと思います。この作品はやや前者のイメージでした。気持ちよく騙されましたし、後者に近づけるのは難しいと思いますが。序盤で出る屋外だという情報がうまく読み手を騙していたと思います。
2005-11-15 22:15:08【☆☆☆☆☆】メイルマン
計:16点
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