『うそつき』作者: / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角1597文字
容量3194 bytes
原稿用紙約3.99枚
「うそつきね」
 彼女は部屋に入ってくるなり、そう言った。
「何が?」
「こんな重症だなんて、聞いてなかったわ」
 彼女はベットの横の、小さな丸イスに腰掛ける。
「ああ」
 僕は点滴に繋がれながら、薄汚いベットの上に横になっていた。
「大したことないよ」
「嘘」
 ぼくは点滴に繋がれた腕を持ち上げて見せて、言った。
「これくらい、どうってことない」
「でも、言ってくれてもよかったじゃない」
 彼女はかっちりとしたグレーのスーツを着ていた。きつく結い上げた髪と、濃いめの化粧が、彼女が仕事場から直接来たということを教えてくれた。
「ありがとう」
「え?」
「心配かけてごめん」
「そんなこと、思ってもない癖に」
 彼女がふっと微笑んで、少しだけ表情が柔らかくなった。
「思ってるよ」
「嘘。あなた、自分勝手だもの。自分がどうなっても、誰かを傷つけても、何も気にしないひとよ」
「ひどい言われようだな」
 彼女の毒舌とも言えるその言葉こそ、よっぽど誰かを傷つけるだろう。
「でも」
 彼女は僕のことを知っているから、そう言ったのだ。そして僕も彼女のことを、少しは理解しているつもりだった。だから僕は傷つくどころか、誇らしくさえあった。
「的を得ている」
 また彼女が笑った。彼女のそんな小さな変化が、僕を幸福にする。
「お腹空いてない? 何か欲しいものがあれば、買ってくるわ」
「いや、いいよ」
「朝から何も食べていないんじゃないの?」
「ああ。でも君が来てくれたから。もうお腹、いっぱい」
「またそんなこと言って」
 お腹が空いていなかったというのは本当だ。でも満腹だったわけじゃない。
 朝から、というのは嘘だ。本当は、もう何日前に食事を摂ることをやめてしまったのか、覚えていない。
 どこかで感づいているのだろうか。彼女は悲しい目をしていた。何気ない様子で僕の、痩せ細った手を握った。
「こんなに痩せて。昔はここから、ハトがでたのに」
「やだなぁ、そんなに昔のことじゃないよ」
 嘘だ。本当はもう手品を辞めて、何年も経ってしまったような気がする。
「じゃあやってみせて?」
「無理だよ。タネがない」
「もう。タネも仕掛けもありません、って言ってたのに」
「あれは決まり文句みたいなものだよ。僕が悪いんじゃない」
「でもやっぱりうそつきだわ」
 そうだよ。僕はうそつきだ。君が思っている以上に、極悪人だよ。だからもう、出て行ってくれないか。
 でもそんなことを、言えるはずもなかった。
 僕は、彼女を必要としている。
「あなたが夢を見せてくれたのよ」
 ぽつりと彼女が呟いた。その言葉は僕に向けられたはずなのに、彼女は自分と会話しているように見えた。
「うそばっかりだったわ。でも、とても綺麗だった。楽しかった。つらいこと、忘れられたわ」
 彼女の目に、涙が光っていた。どうして泣くんだ? 
 今この体が動けば、ハトでもなんでも出して、笑わせてあげるのに。点滴に繋がれたこの体は、もう立ち上がる事すらできない。
「今までありがとう」
 会話をやめないでくれないか。何もかも全て、終ってしまう気がするから。
「わたしのこと、愛してる?」
 溢れた涙がついこぼれた。
 ああ君、そんな顔をしてはいけない。こんな顔をさせてはいけない。お願いだ、笑ってくれ。僕は君の笑顔を必要としている。だから何度でも、嘘をついたんだ。本当だ。
「ねぇ、答えて」
 僕はいつも嘘をつく。彼女の笑顔が見たいから。
 彼女はそれを知っている。いつも知っている。
 変わらぬ嘘で、変わらぬ愛を誓おう。君の笑顔が見たいから。
「愛してる」
 彼女が笑って、それからまた泣いてしまう前に、僕は目を閉じた。
2005-10-11 00:29:12公開 / 作者:早
■この作品の著作権は早さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 初めまして。意気込まずにさらっと読める話を目指しました。
 個人的な目標は、『僕』の死をできるだけ間接的に、でもわかりやすくすること、最後のセリフが嘘か本当か読者が自分なりの判断を下せること、あとなんとなく物悲しい雰囲気を出す事です。
 短い話で書きづらいかもしれませんが、感想などよろしくお願いします。ではこの辺で失礼します。
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして。恋羽(ここは)と言います。作品を読ませて頂きました。なんとなく作品自体の意図が前面に滲んでいて、早さん自身が上手く世界をコントロールしているのが良く理解できたのですが、もう少し文章量が欲しかったというのはあるかもしれません。しかし短いからこそ描ける切なさのようなものもあった気がします。丁寧さが心地良く、本当にさらっと流していますね。手品師が死を迎える時の話ですから、最後の台詞も「タネも仕掛けも無い」んでしょうか。今後のご活躍に期待させて頂きます。それでは。
2005-10-11 03:29:10【☆☆☆☆☆】恋羽
拝読しました。細部を省略化して、けれど綺麗に纏まっておりますね。書き手の意図した部分はしっかり機能していると思います。物語として見ると些か前設定となる箇所を魅せてくれていないので感情移入等は出来得ないのですが。ラストの科白は彼の気持ちをしっかり表しているんじゃないかと思いました。次回作御待ちしております。
2005-10-11 07:15:12【☆☆☆☆☆】京雅
はじめまして。時貞(ときさだ)と申します。作品を拝読させていただきました。ストーリー的にはよくあるパターンであったと思うのですが、主人公が手品師という設定が面白かったですね。無駄な贅肉を一切排除したようなすっきりとした文章も、若干淡白すぎるようにも感じられましたが、読みやすさという点ではバッチリでした。交わされる二人の台詞のやり取りに、早様のセンスを感じます。今後のご活躍を期待しておりますので、ぜひ頑張ってください。
2005-10-11 12:08:34【☆☆☆☆☆】時貞
初めまして。きれいな文章ですね。読み始めると一気に最後まで読めました。
なるほど、最後の言葉が嘘か本当かでこのストーリーの本質まで変更させてしまいますものね。僕は少々怖い方の想像をしてしまいました。
丁寧な文章、優しい感覚で、好きです。
2005-10-11 13:48:53【☆☆☆☆☆】カメメ
読ませていただきました。はじめまして、有栖川と申します。
これはもうセンスの文章ですね。練習して身につくものではない、早さん天性のリズムなのだと思います。書き手の呼吸に、読み手は無意識に合わせることができました。自分の領域に巻き込む筆だと思います。これはホントに練習じゃ身につかない。こういった書き方をもっている書き手さんは必ず伸びる、と私は(勝手に^^;)思っております。文章そのものは短かったけれど、台詞回しや描写に無駄がなく、私はかえってこの長さが限りなくベストに近いと感じました。たいへん優れた文章でした。次回作期待いたします。
2005-10-12 01:38:48【★★★★☆】有栖川
感想ありがとうございます! こんなに感想をくださる方がいるとは思っていなかったので何を書けばいいかわからず緊張しています(・・;
>恋羽さま
文章量が少ないのはただ私が長篇を書くのが苦手だということでもあるので……精進します(^^;最後の「タネも仕掛けも無い」なんですが、その点については全く気付いてませんでした! あー、そうゆう考え方もあるんだなぁと一人納得していました。貴重な感想有難うございました!

>京雅さま
ちゃんと意図が伝わるか不安だったのですが、どうにか伝わっていることで安心しました(^_^)この話はある時なんとなく書いたものをこねくり回してできたものなので、設定が少なく(というか無い?)感情移入するほどの長さもなかったということですね……感想ありがとうございました(^^

>時貞さま
ストーリーがよくあるというのはわかっていたのですが、他にどうしようもできませんでした……(+_+; 私は文章をスッキリさせよう、スッキリさせようと自分で暗示をかけるようにして書いていたんですが、「スッキリ」と「淡白」は違いますよね。精進します(^_^)! 感想ありがとうございました!

>カメメさま
感想ありがとうございました(^^*)最後のセリフは、自分でどちらにすべきかわからなくなったので「読者が自分なりの判断を下せるように」と言ったようなモノなんです(^_^;)カメメさまの言う「怖い方」な結末も私はけっこうすきなんですが、やっぱりこれじゃ暗いかなぁなんて考えて、あやふやにしてしまいました(笑)好き、だなんてもったいない言葉ありがとうございました。

>有栖川さま
感想ありがとうございました!
センス……! あ有難うございます! 自分では全く自覚していなかったので本当に、なんだかびっくりしてしまいました。今度は、もっと長いものでも積極的に挑戦していきたいと思います。もったいない言葉たくさんありがとうございました! 
2005-10-12 15:14:45【☆☆☆☆☆】早
初めまして甘木と申します。作品を読ませていただきました。淡々と語られる静かな空間が、生命の希薄さを感じさせ、簡略化された物語りながら状況のつらさ・悲しさが心に染み入ってくるようです。欲を言えば主人公の手品によって彼女が具体的にどんな夢を見られたのか描いて欲しかったですね。最後の言葉はいろいろな意味が込められていて非常に良かったです。では、次回作品を期待しています。
2005-10-12 22:16:14【☆☆☆☆☆】甘木
はじめまして、千夏といいます。作品読ませて頂きましたw 短いが故に良い味出してたと思います♪私はこういう切ないのが好きなのですが、長いと途中で終わらせてしまうことがあるんですね。でもここまで短いとさらっと読めますし、良かったと思いますw 最後の「愛してる」は、私的には本当じゃないかなーと思いました。嘘だとしても、違った意味で本当ですよね。 それでは、感想書くの下手ですいませんでした;次回作期待しています。
2005-10-13 16:27:05【☆☆☆☆☆】千夏
>甘木さま
感想ありがとうございます。彼女の夢、やっぱり少しはあったほうがよかったですよね(・・;)「ハト」しか出してませんしね……そのへんは自分でもちょっと無理矢理やったかなぁと思います。反省です。ご指摘ありがとうございました(^_^)

>千夏さま
切なさ、ちゃんと出ていたようで安心しました。自分で書いてたらよくわからなくなっちゃいますよね(^_^; 嘘だとしても違った意味で本当……ステキな解釈とご感想、ありがとうございました!
2005-10-14 14:19:55【☆☆☆☆☆】早
初めまして、ミノタウロスと申します。久しぶりに、綺麗で静かな書かれ方をされる作者様を拝見いたしました。切なく優しさに溢れる嘘は美しいです。もう少しお話を膨らませた方が、もっと読者を引き込む事が出来たと思います。最後の一文、一緒に瞳を閉じてみました。良いですね、この文。余韻をたっぷり味わえました。
このセンスの良さを保ちつつ、次回作の執筆を大いに期待させて頂きます。
2005-10-20 00:55:46【★★★★☆】ミノタウロス
あわわ! ミノタウロスさま、返事遅くなってすいません! そう言ってくださって、本当にうれしいです。有難うございます。自分でも、『簡潔な文』を目指すあまり、描写や過程をカットしすぎたかな、と思ってはいたのですが、このまま投稿という形になってしまいました。また機会があれば、これを中篇くらいの長さにまでしたいな、と考えております。遅くなりましたが、本当に有難うございました。

最後に私の解釈のようなモノをつけたしますと、『優しい嘘』や『愛』、そういったものをテーマにしているのは勿論なんですが、『彼女』に自分の死に目を見せて悲しませたくない、でも彼女の笑顔がみたいがため「出ていってくれ」と言えない、それどころか愛の言葉で引き止めてしまう『僕』のエゴを出そうとしました。だから『僕』が言った最後の言葉はただ純粋な愛だけでなく、彼女を悲しませてしまう多少の罪悪感を含んでいる、と、それが私なりの解釈です。
長々とすいませんでした。みなさま、お読みいただき有難うございました。
2005-10-21 21:52:51【☆☆☆☆☆】早
計:8点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。