『道を阻む雪』作者:風間新輝 / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
雪と道の話。SS
全角2012.5文字
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原稿用紙約5.03枚
 果てしなく続くかと思われる道を僕はバイクに乗り、走る。果てなき道は僕にとって、絶望や恐怖であると同時にまだ先があるという希望でもあった。限界以上に疾く走り、風をも追い抜こうと言わんばかりに僕はバイクを加速させていた。
 僕のバイクには、白く薄手の服を来た僕の彼女も乗っていた。きっと長く黒い髪が風に棚引いているだろう。背中から伝わる彼女の体温は冷たかった。そして、僕の体も冷たくなっていた。今は真冬なのだから、寒いのは当然だった。
 急遽減速をし、僕は途中のパーキングでバイクを止めた。
「寒くはない?」
 僕ははおっている革のジャンパーを彼女の肩にかけた。
「もうすぐ、霞峠だからね」
 僕は彼女に微笑みながら、話しかける。
 ええ、楽しみ。あの青空が見えるといいなぁ。
 霞峠はずっと前から彼女が行きたいと言っていた場所だ。見晴らしがとてもよく、澄んだ空気が自慢のスポットらしい。僕は何度も素晴らしい青空を収めた写真を彼女に見せられていた。何が彼女を惹きつけているのかを聞いたことはなかった。感性的なものに理屈を求めるのは、野暮な気がするからだ。
 僕はバイクに跨り、停止していたバイクに火を入れ、また走り出した。徐徐にバイクのスピードを上げ、風と一体化しようとしていた僕の頬にひんやりとした何かが当たり、すぐに溶けてなくなった。少しスピードを落とし、空を見上げると雪が風に舞っていた。
 やんでくれるといいけどな。彼女が見たいのは青空なんだから。
「ほら、雪だよ。見てごらん」
 そのように思いながらも僕は彼女に話しかけていた。彼女からの返事はなかった。音はバイクのエンジン音と風にかき消されてしまうのだ。雪はうっすらと道路に積もり、無機質で味気のない道路を彩っていく。白が辺りを埋めつくそうとする道にしっかりと黒を残しつつ、僕は霞峠へと急いだ。
 
 ここが霞峠か。確かに見晴らしが良さそうだな。雪景色ってのも、なかなか趣きがあっていいじゃないか。これなら、彼女も満足してくれるだろうな。
 高地故の冷たい空気はいつもことなのだろうか。頬に当たる風は冷たく、感覚がなくなるような錯覚がする。
 白が点描のように周りに拡がっている緑の木々を染めていく。遠くまで灰色の空が続いていた。切れ目がないかのように。白い雪はなにもかもをを覆い尽くしていくかのようだった。しかし、実際にそうにはいかず、ただゆっくりと時間が流れていた。
「ほら、君が見たいって言ってた。霞峠だよ。君が見たいって言ってた青空ではないけど、雪景色ってのもいいだろう?」
 僕は何も言わない彼女を抱きしめ、端正な顔をした彼女にゆっくりと口づけをした。やはり、彼女の唇は冷たかった。僕の目からは一粒の泪が溢れていた。
「もう、帰ろうか? 寒いだろ?」
 僕は彼女の黒髪についた雪を払い除け、囁いた。
 ええ、帰りましょう。ここは寒いもの。
 僕がバイクに跨り、鍵を差し込むと同時に、赤く点滅するライトが視界に入った。僕のバイクの前にパトカーが一台止まり、白衣の男が後部座席から降りてきた。
 その男の頬には青痣があった。それは僕のつけたものだった。その男はゆっくりと僕の方に歩んできた。
「わかってるだろう? もう、その娘は死んでいるんだ。なあ、早く親御さんに返してあげないといけないんだ。わかるよな?」
 その男は僕を憐れむかのように見てきた。僕にはその理由はわかっていた。
「あんたに言われなくてもわかっているよ! 彼女が、彼女がもう、僕に笑いかけてくれないことも。彼女を連れ出すことが異常だってことも!」
 僕は叫んでいた。彼女が若くして死なざるを得なかったという世の中の不条理に。ここで叫ぶことに意味などないとわかっていながら、それでも叫ばずにはいられなかったのだ。
「僕はそれでも彼女をここに連れてきてあげたかったんだ」
 僕の声はかすれていたし、小さかった。恐らく、男には聞こえていなかっただろう。でも、それでも良かったのだ。僕はただ悲しみを言葉にしたかっただけなのだから。
 
 彼女は警察官によってパトカーに乗せられ、親の元へと帰っていった。僕は彼女を手放したくなかった。でも、これ以上、僕の我儘に彼女を付き合わせることもできなかった。心は離したくないと張り裂けんばかりに主張していたが、頭は自分にできることは何もないと諦めにも似た達観をしていた。
 僕は膝を雪に埋め、彼女の連れていかれる様子を見ながら、ただ泣いた。声を上げ、無力な子どものように。大きな大きな声で。雪はただただ肩に降りかかった。重くないはずなのに、あまりにも重く僕には感じられた。
 僕は雪を見る度にこの日のことを思い出すのだろう。
 純白で残酷な雪はただただ降り続け、地面を白く染めていた。
2005-10-26 22:39:54公開 / 作者:風間新輝
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■作者からのメッセージ
人物描写はほとんどありません。登場人物に名前もありません。自分にとって大切な人に置き換えて読んでいただければ、ますます儚さが増すかなという僕なりの試みです。賛否両論(否だらけかも)あると思います。賛成か反対かの意見も感想に添えていただけると、とてもありがたいです。
この作品に対する感想 - 昇順
読ませていただきました。途中で結末は読めましたが、人物描写はあともう少しだけ欲しかったような気がします。登場人物に名前がないのは、この作品においては賛成です。この程度の量であれば、名前がないほうが良いんじゃないかなぁ、というのがあたしの意見ですね◎「感性的なものに理屈を求めるのは、野暮な気がするからだ」という一文に素直に頷きました。ではでは次回作も頑張ってください。
ps.「諦めにも似た達観をしていた」という日本語が不自然なような気がしました。
2005-09-27 17:17:56【☆☆☆☆☆】ゅぇ
読ませていただきました。わぁ、雪だぁvと最初に素直に喜んでしまった人間が此処に一匹おります(雪に幻想を抱く者なので)名前の無いお話は好きです。そして、愛故に死んだ後も思ったりするお話は好きです。ゅぇ様もおっしゃってる事ですが、「感性的なものに〜」には激しく同意します。ただ一言、言うなれば、芭蕉には少し物足りない気がしました。分量ではなく、彼女への愛が。これは芭蕉が異常愛を求める人間だからだと思いますが……(苦笑 良いお話有難う御座いました。次回作お待ちしております。
2005-09-27 21:24:16【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
初めまして、作品読ませて頂きました月海という者です。登場人物に名前が無いこと、描写が少ないことには賛で、物語の短さには否です。個人的な感想なのですが、霞峠に着くまでをもう少し長くし、その間に彼女との思い出をいろいろと挿入すれば、もっと感動できたと思うのです。勝手なこと言ってすみませんでした。次回作も頑張ってください。
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2005-09-27 23:42:29【☆☆☆☆☆】月海
拝読しました。大切な人を重ね合わせると言う意図なら、名前は確かに限定的な束縛を与えますから要らないと思うのですが、恋愛の一つの結末(と言うと響きは悪いか)、その一端のみを魅せるとして容姿の描写、さらには背景の描写、感覚的な描写はもっと書き込まないと呆気なく感じてしまうし、女性の科白をモノローグに織り交ぜるのはよいとして、彼女に対する主人公の言葉もモノローグに挿れても、対話として成立はしていないのだから問題は無く、そのほうが前半は生きてくると思います。中途に、少しばかり詩的になるのを覚悟して心情面の吐露を綴っても叙情的だったやも。悲しいとは感じました。次回作御待ちしております。
2005-09-28 12:10:49【☆☆☆☆☆】京雅
ゆぇ様、ご感想ありがとうございます。本当は死体だというのを隠そうかとも思いつつ描いていたんで中途半端ですね。お読み頂きありがとうございます。
水色芭蕉様、お読みいただきありがとうございます。彼女への愛か〜。確かに足りないな〜。工夫します。
月海さま、はじめましてですね。SSをやめて大幅加筆もありかもしれませんね。頑張ります。
京雅(きょうみやび)さま、お名前を知ったので、微妙に平仮名もプラスしてみました。やはり仰る通りですね。精進あるのみ。

ええと、ですね。大幅加筆します。やはり人物描写なしはまずいみたいですし。ご指摘も受け、ああ変えるべきだなと思いましたので。たぶんSSをとびだします。
2005-09-28 18:46:10【☆☆☆☆☆】buchiM
作品を読ませていただきました。感想が遅くなって済みません。物語は途中で読めてしまうのですが、それが不快感や興醒めになることなく最後まで読める作品で良かったです。名前に関しては皆さん同様、必要はないと思います。欲を言えば、彼女が行きたがっていた場所の情景を描いて欲しかったです。情景が細かに生き生きと描かれれば、生きている(変化する)世界と、もう変わらない彼女の対比もより強く、悲しみも強く印象づけられたと思います。ちょっと読み足りない感じですねぇ。勝手なことを書いてすみませんでした。では、次回作品を期待しています。
2005-09-30 22:32:22【☆☆☆☆☆】甘木
今晩は、ミノタウロスです。人物描写の少なさは、この話に於いてはOKですね。ただ、美しい情景が、広がりそうで、広がらなかったのが残念。SSではありますが、【その男は僕を憐れむかのように見てきた。〜】最後までが短すぎる。此処を踏ん張れたら、かなり入り込めた気がしました。タイトルがとてもいいだけに、とても勿体無いなと思いました。次回作&連載&受験(ファイト!笑)頑張って下さい。
2005-10-01 22:51:27【☆☆☆☆☆】ミノタウロス
遅くなりましたが読ませていただきました。いいですね〜、この静かな雰囲気が。まさか、彼女が死んでいようとは思いませんでしたよ。まるで生きているかのごとく(書かれてはいなかったかな?)表現されていましたからね。こちら側にそう思わせていたことがまずナ〜イス(上下の読解力のないないだけ?)でも、残念ながらいつものbuchiMさんらしい情景っといいますか、景色描写が少し足らなかったかもしれませね。特に霞峠のところが。それでは、あまり失礼なことを言わないうちにしつれいします。次回も楽しみにしています。
2005-10-02 10:25:23【☆☆☆☆☆】上下 左右
計:0点
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