『仲間と 「完」』作者:大屋なつの / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
僕らは自転車で短い旅に出た。県北へと全速力で向かう。理由なんか、簡単だ。アイツにあの言葉を言うためだ。
全角12505.5文字
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「なぁ。啓介、拓。本当に行くのか?」
僕が立ち止まると、二人はあきれた顔をした。
「当たり前だ、正樹」
啓介がため息をつく。
「中学生になる前にすっきりさせたいだろ?」
拓が促すように僕をつついた。
「…おい、冗談だろ?」
僕はそう言ったけど分かっていた。奴らは本気だ。
「正樹、行くぞ」
「…はいはい」
寒さの抜けきらない三月の午後。
僕らはマウンテンバイクにまたがり、坂を上っていった。




「仲間と」ー第一回ー




事の発端は一週間前の昼休み。六年二組の教室で起こった。
ちょうど三人で卒業の話で盛り上がっていたんだ。
「地区会のお別れ会は住んだし、あとは本当に卒業しかないんだなぁ」
三原拓がしみじみ言うと、井口啓介は嬉しそうに笑う。
拓は人当たりがよくて、先生受けがいい。少し小柄で年下に見られがちだけど、彫りが深くて大人っぽい顔をしている。
「そうそう、卒業式の記念品ってなんだろうな? やっぱケーキはもらえるよな」
「お前の頭ン中はそれだけか?」
僕がはたくと啓介はとぼけるように上を向いた。
啓介は拓とは対照的に背が高い。おちゃらけたやつで、おまけに「きるのが面倒だ」と髪を長く伸ばしているもんだから先生にいつも起こられている。
そのとき、拓が思い出したように呟く。
「そういえば、梨沙が転校してそろそろ三年になるんだな」
啓介も懐かしそうに話に加わる。
「あいつ、さばさばしてて男みたいだったよなぁ」
二人が思い出話に花を咲かせる中、僕は一人黙りこくっていた。啓介が僕に顔を近づけてくる。
「あれれ、どうした正樹君? 黙っちゃって…。あ、そうか!!」
啓介はわざとらしく手を叩いた。
「お前、梨沙といろいろあったんだよなー!!」
「うるさい」
そう、梨沙と僕はいろいろあったのだ。決して恋愛関係ではない。
むしろ、しょうもないことだ。



僕は小さいころから叔父さんの経営する乗馬クラブへ入っている。
大人は結構いるんだけど、うちのクラブは子供が少ない。
特に僕と同世代の子供はいなくて、少しつまらなかった。
でも馬は好きだし、毎回サボらず行っていたんだ。
多分冬だったと思う。その日、水道が凍って午前中は水が出なかったのを覚えているから。
僕が馬に飼い葉をやっていると、後ろから声が聞こえた。
少しかすれ気味の低いハスキーボイス。
「あのさ、ちょっといい?」
僕は飼い葉を桶の中に突っ込んで振り返った。
そこにいたのは小柄な女の子。びっくりするほど真っ黒なショートカットが印象的だ。僕と大して年もかわらなさそうだった。
「何?」
「鵜木博務さんはどこにいるんだ?」
鵜木博務というのはおじさんの名前だ。
「それならそこを出たところの小さい小屋に行ってみてよ。あそこが休憩所で、叔父さんはいつもそこにいるから」
「そうか。ふぅん、サンキュー」
女の子はさっさと行ってしまった。
僕は馬になめられて顔が唾液まみれになっても気付かず、しばらく彼女のいたところをボケッと見つめていた。
あの会話がまるで男同士のそれだったから。
あんなにさばさばした言葉使いの女の子って会ったことなかったんだ。
女子ってもう少しかわいい喋り方だと思っていた。
そう考え方がついさっき、吹き飛ばされてしまった。常識を覆すというのはこのことだ。
「本当に、女の子?」
顔から馬の唾液が滴っているのに気付いて、慌てて馬から離れた。

きれいに洗った顔をタオルで拭きながら休憩室に入る。
叔父さんがのんびりコーヒーをすすっていた。
「正樹、何か飲むか?」
「…じゃあコーラがいいな」
「その飲み物は骨が脆くなるんだろ。ココアにしなさい」
叔父さんは健康にとてもうるさい。
僕はどさりとソファに腰を落とした。
正面に人がいるのに気付いて、顔を上げる。
そこにはさっきの男の子みたいな女の子がロッキングチェアに座り、おいしそうにホットミルクを飲んでいた。
「よぅ!」
とか言って、僕に向かって軽く片手を挙げる。
そういえば、この子は叔父さんを探していたんだっけ。
「どーも」
適当に挨拶を返して、僕はココアを持ってきた叔父さんに声をかけた。
「叔父さん、この子は?」
「あぁ、このお譲ちゃんかい?」
僕はココアを一口すすった。あまりに熱くて小さく声を上げる。
叔父さんは女の子の肩に手を置いた。
「今度から乗馬クラブの仲間に入った高原梨沙ちゃんだ。梨沙ちゃん、こっちが甥の土屋正樹。二人とも小学一年生だし仲良くな」
高原梨沙はホットミルクを一気に飲み干すと、ビールを飲んだおっさんみたいな声を出した。
そのしぐさは女の子とはまるで思えない。
そして、彼女は僕に向かって手を差し出した。
「それじゃぁ、よろしくな」
どうやら僕は握手を求められているらしい。それに応じて手を伸ばす。
「こちらこそ」
握った彼女の手はホットミルクの入ったカップを持っていたせいかすごく暖かかった。
男っぽい梨沙とはすぐに仲良くなった。
梨沙は乗馬のセンスも良くてグングン成長していっていた。
二年生で同じクラスになったのには驚いた。
そのとき初めて同じ学校なのに気付いて二人で大笑いした。何でいままで会わなかったんだろうって。
梨沙は啓介や拓ともすぐに打ち解けた。
梨沙の友達とも仲良くなれたし、それから一年間すごく楽しかったんだ。
でも、あと少しで四年生ってときに僕と梨沙は喧嘩した。
忘れちゃうような単純な理由なんだけど、僕らは二人とも頑固者で一歩も譲らなかった。
そしてその場の勢いで絶交して、そのまま三月になった。梨沙は春休みになると同時に乗馬クラブに来なくなった。
どうせ僕へのあてつけだろうと思っていたら、始業式にも来なかった。そして、校長先生が壇上で言った。ほとんど事務的に。
「残念なことですが、三年生の高原梨沙さんが春休みに転校しました」
とうとう僕らは仲直りもしないまま離れ離れになった。それ以来、梨沙とは音信不通になっている。まぁ、当たり前か。



「でも、このままでいいわけないよな。お前ら」
拓が神妙に言った。啓介も頷く。
「何とかしなきゃ。すっきりさせたいもんな」
「いや、僕はもういいって」
というか、僕は会いたくなかった。
「何でだよ」
「いまさら会ってもしかたないじゃん。向こうも忘れているし。住所知らないんだぞ」
喧嘩している相手にいまごろどんな顔をして会えばいいというのか。
はっきり言って、面倒ごとには首を突っ込みたくない。
でも、とお節介焼きの拓が呟く。
啓介は机を馬鹿みたいに思い切りブッ叩いた。奴が何かを思いついたときの癖だ。
「そうだ!!! そうだよ!!!!」
「どうしたんだよ、啓介」
僕がだるそうに言うと、啓介は僕の手を取った。
「行くんだよ! 春休みに三人で梨沙のところに!!」
「…はぁ?」
僕は手に力はこめるが、それと対照的に口はひょろひょろした情けない声を出した。
我ながら器用なものだと思う。
「ナンテイッタンダ、ケイスケ」
「春休みに三人で梨沙に謝りに行こうと僕は言いました」
「出来るわけ無いだろう!!! どこにいるかも知らないし、三人なんて無理だし、僕は行く気なんてサラサラないぞ!!」
「正樹、頭が固いぞ頑固者。俺とお前はここが違う」
啓介は自分の頭を指差した。
「ちゃーんと考えているよ。まず、俺の母ちゃんと梨沙のおばさんは仲がいい。つまり、住所は知っている。
そして、お前がどうあがこうと俺と拓で引きずり出す作戦まで考えてある」
僕はちょっとひるんだ。
「・・なんだよその作戦って」
「俺らは二人ででも梨沙んとこいくぞ。俺達がお前のあることないことぶちまけてやる。
例えば、正樹がお前のこと好きらしいとかな」
「なんていうホラを吹く気だ!! アホか。それは作戦じゃなくて脅しって言うんだよ」
僕が怒鳴るが調子に乗っている啓介はニヤニヤして反省の色もみせない。
「なら脅しでもいい。それでもお前はついてくるだろうし」
言葉に詰まった。
もう梨沙と会わないとしてもそんな大ぼらを吹かれてはいい気はしない。
しかも梨沙がその事を腹いせ紛れにこっちの友達なんかに手紙で伝えたりなんかしたら…。
「でも、三人でいくのか? そんなお金ないだろ?」
拓が現実的な質問を投げかけた。
「チャリでいけばいいだろ?」
啓介があっさり言ってのけた。
「ちょっと、何言っているんだ啓介? 自転車なんてむりだぞ!」
「どこに梨沙がいるのかも分からないのに」
拓と僕が同時に叫んだ。啓介はうるさそうに顔をしかめる。
「いいじゃんか。安上がりだぞ。それに自転車で日本一周した人だっているじゃん」
それとこれとは話が違う。
そして啓介は人の話を聞かない。
よく先生にも怒られている。
そんな啓介がこの事と日本一周のことの話の違いが分かるわけないのだ。
「とにかく、荷物とチャリ持って終業式の次の日の朝、学校に集合な」
啓介は僕らに異議を唱わせなかった。



そして今に至るわけだ。とうとう僕まで参加するはめになった。
親にはクラブの合宿と言ったから、ばれるのも時間の問題だ。
「それで啓介。梨沙はどこに住んでいるんだ」
坂を上る最中、拓が口を開いた。
運動不足の啓介 (こう言うと啓介をデブと思うかもしれないけど、奴は信じられないほどひょろりとしている) がしんどそうに肩で息をしながら一言呟いく。
「岡山」
「はぁ?」
僕は間抜けな声を出した。
僕らは岡山県の県南に住んでいる。ということは県内だ。
あまりに近くて、驚いた。
「それじゃあ、すっげー近いじゃないか」
「そうなんだよ。俺もびっくりした…もうだめだ、ギブアップ。チャリ押すわ」
啓介は呻くと自転車を降り、歩き始めた。
そして、鞄をごそごそ物色して小さな紙切れをよこしてきた。
見ると小さな字で住所がかいてある。
「知らないな。こんな町」
「県北らしいからな」
それからはただ黙々と坂を上った。
上りきると啓介は自転車に飛び乗り元気に坂を下った。
さっきまであれ程へばっていたのに現金な奴だと思いながら僕らも後に続く。
風が僕らの髪をぐちゃぐちゃにかきまわすけど、そんなのは全然気にならなかった。
風を切るのがとても気持ちよかった。このまま飛んじゃいそうな気持ちにさえなる。
坂の上から下に広がる町が見渡せた。
鳥ってこんな気持ちで地上を見下ろしているんだろうか?
それなら、すごく羨ましい。
啓介の気が狂ったような叫び声が聞こえてきた。
「行けー、暴走チャリンコ!!!」
意味も分からない。
無性に僕も叫びたくなった。
「うああああぁぁぁッ!!」
拓も叫びだした。
「うおおおおおおおおおぉぉッ!!」
近所迷惑な奇声を上げながらものすごい勢いで僕らは坂を下っていく。


日が傾くころ僕らは河川敷で休憩を入れた。
自転車をこぐといつもより暑い。
Tシャツの袖をまくってタンクトップみたいにした。
拓が水筒からお茶をついで僕達に渡してくれる。
「ありがとう」
一気にコップのお茶を飲み干した。体中に染み渡る感じがする。
梨沙みたいにビールを飲んだおっさんみたいな声をつい出してしまった。
「おやじくせー」
啓介が茶々をいれる。
「うるせー」
どうやらここで一夜を明かすことになりそうだ。
互いが持ってきたものとお小遣いを合わせてみる。
「タオルケットが三枚と、水筒が三本。お菓子と、サバイバルナイフと、ランプと、傘と、漫画と、お金が二千円か」
「とりあえず今日はさっさ寝よう。明日、買い物すればいいだろ」
僕らは河川敷にある公園の遊具の中に入った。
たこみたいな形をしていて、中は狭いが家みたいになっている。
手際よく拓が布団を引いてくれて、僕らは横になった。
疲れていたんだ。二人とも、すぐに眠ってしまった。
安らかな寝息が聞こえる。
自転車旅行の第一日目は案外上出来じゃないかと思いながら僕もだんだん眠りに落ちていった。



僕は夢を見た。
久しぶりに梨沙が出てきた。
遠くでこちらに背を向けている。
いきなりこちらを振り向き、アカンべーをした。
「・・なんだよ」
僕がそういうと梨沙は鼻を鳴らした。
「そんなんじゃ謝ったうちに入らないよっ」
なんなんだ、僕はお前なんかに謝ってないぞ。
そう言おうと思って梨沙を睨んだ。梨沙は話を続ける。
「もう一度」
「は?」
そう叫ぶと目の前がゆらゆらしてきた。まるで蜃気楼みたいだ。
意識も心なしか薄らいでいく感じがある。
理沙の声もおぼろげだ。
「もう一度、今度はちゃんと会いにきてよ」
そこで僕の夢の中の意識はぷつりときれた。


最後に梨沙が笑ったような気がしたけど、それもよくわからない。






 「第二回」

いつもより早く目が覚めた。漫画本を枕にしていたので肩がこっている。滑り台になっているタコ型遊具の足を滑り降りると、辺りはまだ薄暗い。腕時計を見る。六時三十分だ。
向こうの広場でラジオ体操の音楽が聞こえる。早起きのおじいさんが健康のためにやっているのだろう。ご苦労様だ。
拓も起きてきた。眠そうに頭をぼりぼり掻いている。
「正樹、おはよう」
「おはようさん」
そこで二人同時にあくびがでる。結構長かった。
なかなか起きてこない敬介を呼びに戻ると、奴は大の字になって起こすのもためらうほど熟睡していた。
「気持ちよさそうに眠っているとこ悪いんだけど、起きない?」
僕が揺さぶっても全然起きない。うーんと唸って寝返りを打つだけだ。
「敬介―、起きようぜ」
返事が寝息で返ってきた。拓は思案するようにつと目を上に向けていたが、あっと小さく声をあげた。
「いい事考えた」
にやにやしてそう言うと、敬介の枕になっている漫画本を思いきり引き抜いた。敬介の頭が床に当たり、遊具の中にコンクリートの乾いた大きな音が響いた。もしこれがマンガなら「スコーン!」なんて音が出ただろう。
敬介がわめきながら飛び起きた。
「いってぇ!!」
「ほら、起きた」
「さすが拓!!」
僕らは顔を見合わせてクスクス笑ってハイタッチすると敬介は不満そうな顔をした。
「もう少しましな起こし方ってないわけ?」
「起きないお前が悪いんだ」
「敬介が学校にいつも遅刻するわけがやっと分かったよ」
朝ご飯に昨日のお菓子の残りを食べ (母さんがこの場にいたら「ご飯を食べなさい!」と怒りまくるだろう) 底を尽きた食料を買い足しに買い物へ行く事になった。
自転車で十五分のところのスーパーマーケットでサイダーとパンとお惣菜と近辺の地図を買う。
二千円はあっという間に無くなってしまった。日本の物価は高い。
そして今日もひたすら自転車こぐ。相変わらず敬介がよくばてるので休憩もとった。駐車場の一角に自転車に自転車を置いて三人で輪になって座る。
「ひー、疲れた」
敬介は駐車場のアスファルトに倒れ込んだ。
「敬介もクラブにはいればスタミナつくのに」
拓は滲んだ汗を拭う。
「めんどくせーもん。拓は何クラブだっけ?」
「俺はバスケ。正樹は、入ってないよな?」
「うん。叔父さんのとこの乗馬クラブに通っているからね」
僕はなんとなく空を見上げた。文句無しの晴れ。
「いま、どこらへんなんだろうな?」
僕がそう言うと拓が手元の地図を広げた。
「…ここは俺ら町から町二つ離れたとこ。梨沙の町はこのまま真っ直ぐ町を三つ抜けて山を一つ越えたところだ」
「山ぁ!?」
敬介が飛び起きた。
「無理だろ、そんなの」
「敬介が行くっていったんだろ?」
「俺、山越えするなんて思わなかったんだよ」
敬介は脱力して再びアスファルトに倒れ込む。
「でも、山を越えたところに住んでいるっていうととんでもない田舎だな」
拓もため息を吐いた。
「でも、梨沙にはあってるんじゃないか」
僕が言うと、二人は首をかしげた。
「なんでだ?」
「あいつ、ハイジみたいじゃん」
「あぁ、なるほど」
「それは言える」
そのとき、誰かが僕たちに声をかけてきた。
「おい、ガキ共危ないぞ」
慌ててその場を離れる。
僕らがいたところに小型のトラックが駐車してきた。その車から降りてきた人はスキンヘッドのいかついおじさん。拓も敬介も顔を引き攣らせた。恐がっている。おじさんは僕らに話し掛けてきた。
「お前等、なにしとんじゃ。危なかろうに」
二人が答えないので仕方なく僕が答える。
「ちょっと休憩をしていたんです」
「自分の家で休めば良かろう?」
「・・それは」
僕が口篭もるとおじさんはふむ、と唸った。
「もしかして、家出か?」
「違いますよ!梨紗に会いに行くんです!!!」
言ってからしまったと思った。拓も敬介も渋い顔をする。
「ほう?やはり家はこの町ではないみたいじゃな」
おじさんは僕らに近づいてくる。捕まって家に戻されては元も子もない。
「逃げろー!!」
敬介の一言で僕らははじかれたように立ち上がり、自転車に飛び乗った。
全力でペダルをこぐ。
おじさんの声が聞こえたような気がしたが、そんなことにかまってられない。それから夜になるまでずっと自転車を走らせた。



「ごめん!」
野営先の空き地で僕は頭を思い切り下げた。僕らは死ぬ気で自転車をこぎつづけたため山のふもとの町まで来てしまった。
「本当にゴメン。口が、すべった」
「いいよ、逃げ切れたし」
拓はにこりと笑ってくれた。敬介は寝転んでいる。とうとう奴のスタミナは切れ、体がエンストを起こしてしまったらしかった。
「敬介、お前ももういいよな?」
拓がそう言うと敬介は弱々しく頷いた。
「おう。ただ恐がってた俺らも悪いし…な」
「でも、お前もう限界じゃないのか?」
「…くそ」
敬介はそれだけ呟く。それからしばらく誰も何も言わなかった。どう言えば分からなかった。思い切って僕は話し出した。
「なぁ、敬介。もう止めないか」
二人が驚いたのが暗闇の中でも僕には分かった。
「正樹!何言ってるんだよ!」
「だって、こんなにボロボロになってんだぞ」
「…」
拓が黙る。敬介はまだ納得がいかないらしい。
「でも、梨沙と喧嘩してギスギスしたまま終わるなんていやだろ?」
「それは…」
「自分が犠牲になるなんて、そんな奇麗事言うんじゃねぇぞ」
「誰が奇麗事なんか言うもんか。そんな問題じゃない。お前も分かっているだろ」
僕と敬介は向かい合った。敬介の目は夜の外灯でギラギラしている。敬介は鼻を鳴らした。
「そうか。お前はこの旅行に乗り気じゃなかったもんな。降りるにはいいチャンスだよな」
その言葉に僕はかっとなった。思わず声を荒げる。
「なんだよその言い方!」
「そこまで言うならお前が降りろ。俺は残るぞ!弱虫め」
そう叫ぶと敬介は僕に飛び掛かってきた。
運動不足でひょろひょろで、おまけにスタミナ切れの敬介のパンチをよける。
「なにすんだよ!」
僕も敬介につかみ掛かった。どっちが上でどっちが下なのか分からないくらい転がりあって、むちゃくちゃになりながら殴り合った。
勝敗はすぐに着いた。僕が敬介を蹴りつけると、奴はうずくまる。
「僕は、降りるだなんて、言ってないぞ。
お前が帰った方がいいって言おうと思っていただけだ。
僕はここまで来たらいくつもりでいるんだから」
僕も地面に座り込んだ。敬介は何も言わない。それから誰となく寝る体勢に入った。居心地悪い雰囲気で誰も喋ろうとはしない。何時の間にか僕も眠っていた。



朝になってもぎくしゃくは収まらなかった。なにも言わずパンを食べ、自転車に乗り込んだ。山は敬介が乗り越えられないため、遠回りになるけど山に沿っていく事になった。何も話さないとこぐ自転車のペダルもいつもより重い。
夕方になる頃には山を半周して梨紗の町に着いた。思っていた通りの田舎で牧場が多い。三人とも汚れてボロボロだ。そろそろ野営地を決めようと辺りを見渡していると、見た事のある車が目の前に止まった。
小型のトラック。降りてきたのはあのおじさん。
あのときと変っていたのは助手席から警察の人が出てきた事だ。
「おう、また会ったのぅ!!」
「・・おじさん。あのときの」
「お前等がいなくなってお前等の母さんが心配しとるらしいで。はよ、荷台に自転車おいて、車に乗りなさい」
つまり、母さんは警察の人に通報したわけだ。僕らを連れ戻すために。あんな適当な言訳するんじゃなかったと舌打ちをする。敬介がふらりときた。拓が肩を貸す。
「ほら、君もふらふらじゃないか」
警察の人が敬介に近づく。
「こんな無駄な事しないで早く家に帰りなさい」
「うるせぇ!!」
敬介が怒鳴った。警察の人がひるむ。
「無駄な事なんて言うんじゃねぇよ」
「な、何なんだ?君」
敬介は自転車に飛び乗った。僕らを見てあごをしゃくる。
「なにやってんだ!!乗れッ!!!」
僕らも自転車に乗り、敬介に続いた。
「逃げるんだっ!こんなところで終わってたまるか!!」
そう叫ぶと敬介は自転車をもの凄い勢いでこぎ出した。



僕らは全速力で坂を下る。トラックのエンジン音がすぐに近づいてきた。
「くそ、もう来やがった」
啓介は悪態をつくとハンドルをほぼ直角に切り、近くの林へ入った。慌てて僕らも後に続く。
車も入れないような獣道を僕らは無言で走り抜けた。啓介は地図を片手に持ち、前と図面を交互に見ながら先頭を行く。木の小枝で何度も頬を傷つけ、疲れで目がかすみ木にぶつかりそうになる。それでもただペダルをこいだ。
終わりが見えない林の中を木々をかわしてひたすら進む。
どのくらいは知っただろう。とうとう林を抜けた。
「梨沙の住んでいる団地だ」
拓がかすれた声で呟く。目の前に大きい住宅街が広がっていた。僕も安堵して梨沙がいるであろう住宅街を一望する。とたん、背筋が凍った。冷や汗がどっと出だす。
こちらに向かってくる小型のトラック。先回りされていたのだ。
僕らは焦って、団地とはまったく逆方向に走り出した。トラックが後を追ってくるのが分かる。体力も限界で、がけっぷちの現状。もう、終わりだ。
そのとき、拓が声を上げた。
「そうだ!こっちだ!!」
ハンドルを切り、奴が突っ込んでいったのは小さな牧場。啓介と僕も後に倣う。トラックも急停車しておじさんたちが降りてくる。拓は馬小屋の前で止まった。ぼくを馬の方へ押しやる。
「…え?」
「正樹は馬に乗れるだろ?そっちのほうが速いぜ」
「でもっ!」
「俺らがおっさん達を止めるから、梨沙のところに、早く!」
拓がじっと僕を見る。しばらく僕は拓の視線を受け止めて、深く頷いた。
「わかった」
馬に飛び乗る。
栗毛のその馬は少し驚いたようだったけど、僕が優しくなでると落ち着いてくれた。
僕は握る手綱に力を込める。
それと同時におじさん達が走ってきた。僕を馬から下ろそうと近づいてくる。
「うおりゃぁぁ!!」
啓介がおじさんの足にしがみついた。おじさんは思い切り頭から倒れる。
拓は拓で警察官に突っかかっていった。その気迫はいつもの温厚な拓と同じとは思えない。拓が叫ぶ。
「正樹ッ!」
「行けぇっ!!!」
僕の叫び声とともに馬は駆け出す。倒れたおじさんを飛び越えて、団地へ向かった。


「梨沙ッ!梨沙ー!!」
僕は叫びながら団地を駆け抜ける。梨沙と同じ《高原》なんて苗字はたくさんある。一つ一つ確かめる暇なんて無い。僕は歯噛みした。そろそろおじさんたちが追いつくかもしれない。焦りが積もる。馬もだいぶ消耗しているようだ。綺麗な毛並みが汗でじっとりぬれている。僕は軽く叩いて励ました。励ますことしか出来なかった。再び叫び始める。
「梨沙ッ!僕だ!土屋正樹だッ!!」
そして、後ろを振り返る。まだ小さい点のような姿だがエンジン音が僕に迫る。これだと、一分も経たないうちに捕まる…!突然馬が止まった。慌てて前を見る。
「どうしたんだ?早く走れ!」
焦った声を出してから、前方の人物に気がついて顔を上げる。
「こんなところで馬を走らせたらダメじゃんか」
そういいながら馬をなでるそいつを見て僕の目は点になった。



真後ろに追っ手が迫っていて、


馬も消耗していて、


こんな土壇場で、


…こんな奇跡、ありえるのだろうか?



「よぅ、正樹」
そう言って、初めて会ったあのときのように、
その人物こと高原梨沙は軽く片手を上げた。
「梨、沙…?」
僕がよほど気の抜けた顔をしていたのか、梨沙は小さく笑った。
「なんだよその目は…。
あんたが私の名前を大声で叫びまくっていたそうじゃんか。
友達から電話で聞いて恥ずかしかったんだからな」
僕も笑った。そして、はっとする。


捕まる前に、伝えなくちゃ。
はじめは言うつもりなんてさらさら無かったけど、
短いながらに旅をして、必死に梨沙を探して気付いた。
どっちが悪いとか関係ない。梨沙にきちんと謝りたい。


「梨沙ッ!あのとき、ごめんな」
心のそこから言葉がでてきた。
「ごめん。理由も忘れるほど単純なことで意地を張って…。
それが、言いたくてここまで来たんだ」
梨沙はぽかんとしていたけど、思い出したようにあ、と声を小さく上げた。
「あぁ、あのときのこと」
そして何も言わず、僕を見る。相変わらず男のような物の言い方の梨沙。
ダボダボのTシャツにストレートジーンズ。おまけに三年前と変らないショートカット。
あのころと変っていないはずなのに、男みたいなはずなのに、
雰囲気が少し女の子っぽくなっていて、見つめられると思わずドギマギした。しばらくして、梨沙はイタズラっぽく微笑む。
「正樹。あんたが何してここまで来たかは知らないけど、なんだか警察沙汰みたいだね」
「?」
後ろを振り返るとおじさんと警察官が歩いてこちらに歩いて来ている。
「ま、ちょっと…な」
僕は言葉を濁した。すると梨沙は僕に背中を向けた。
「え、梨沙?」
梨沙はこちらを振り向き、アカンべーをした。
「・・なんだよ」
僕がそういうと梨沙は鼻を鳴らした。
「そんなんじゃ謝ったうちに入らないよっ」
「…?」
梨沙は話を続ける。
「もう一度」
「は?」
「もう一度、今度はちゃんと会いにきてよ」
梨沙は笑った。
それと同時に僕はおじさん達に肩を掴まれる。
「もう一度?」
僕が聞き返すと、梨沙は頷く。
「警察沙汰にまでなっちゃって…、私はちゃんと正樹と会いたいんだ」
「…」
「だから、約束」
梨沙は僕に手を伸ばす。
「約束?」
「また、ちゃんと。会いに来てくれるって約束して」
僕は、梨沙の顔を見た。昔と変らない屈託の無い笑顔がそこにはあった。
「わかったよ」
僕はふっと息を吐いて、梨沙の差し出した手を握った。
「約束だ」


こうして、僕の短いたびは終わった。
帰りの車に乗ったときも、母さん達にこっぴどくしかられたときも僕は上の空だった。
あの時の梨沙の言葉。

『そんなんじゃ謝ったうちに入らないよっ』

『もう一度、今度はちゃんと会いにきてよ』

どこかで聞いたことがあるような気がしたからだ。
でも、いくら考えても、思い出せずにいた。




 「終回」

あのドタバタ旅行から三年が経った。
この春、僕は高校生になる。
そして、僕はあの牧場に来ていた団地内をともにかけた馬のいる牧場だ。
あのときの馬はまだいた。僕は話しかける。
「三年前は、ありがとな」
栗毛の馬はきょとんとして僕を見た。忘れているのかもしれない。
忘れているのなら、それでもいいと思った。
芝生に腰を下ろしていると人影が近寄ってきた。
「正樹ー!!」
僕もそれに応じて手を振る。
「梨沙ッ!」
梨沙に近づいて、僕は驚いた。
真っ黒な髪の毛は伸ばしてあって、肩にかかるまでになっている。
「遅れてゴメンな」
「いや、僕も今来たところだ。髪、伸ばしたんだね」
「おう。少し女の子っぽくなろうと思って」
「まずはその言葉遣いを直せよなー」
「もうくせなんだよ」
軽く冗談を言い合った後、僕は少し背が伸びて目線が高くなった梨沙の瞳を見つめた。



三年前の約束。


今度は一人で、バスに乗ってきた。


ちゃんと君に会うために。


ちゃんと君に言うために。



「ごめんな」
僕がそう言うと、梨沙も微笑んで呟く。
「私も、ごめん」
何でそのときだか分からないけど、ふいに僕は思い出した。
起こられても上の空で考えた、三年前の梨沙のあの言葉をどこで聞いたのかを。
「そうだ…。夢で、だ」
思わず口に出た。梨沙が不思議そうに僕を見る。
「夢?なんだよ、それ」
「三年前のあの旅のことだ」
「え、なに。教えてくれるの?」
はしゃぐ梨沙に僕は頷いた。
「おう。そもそもきっかけは卒業式の一週間前に起こったんだ…」
あのときのこと、梨沙に話したらなんて言うだろう。
笑うだろうか。それとも、呆れられるだろうか。
僕には想像もつかなかった。
ただ一つ、いえることはあのころと変らぬ笑顔で、梨沙が僕の話を聞いてくれているということだ。住んでいるところは離れていても、心はつながっている気がした。
三月の終旬。もう肌寒い空気ではなく、暖かな日の匂いのする空気を肌で感じる。


もうすぐ、春がくるんだ…。

2005-09-06 09:15:50公開 / 作者:大屋なつの
■この作品の著作権は大屋なつのさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
はい。終わりました。
やはり情景を取り入れるのが苦手な私。
うーん、なんだかなぁ。ってかんじですよね。
この小説のジャンルが何なのかもわかんないし…
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拝読しました。物語は未だスタート地点で御座いますね。導入部分なら、せめて正樹の視点から見た啓介と拓の容姿を(そこから感じ取ること等も絡めて)描き、軽くキャラクターの位置付けをしなければならないと思います。また、主題とは関係無くとも惹き込むために、情景をもっと細かく書くべきかと。些かすっと流し過ぎております。中途に於て「梨沙」「理沙」と入り混じっているのは理解に難かったです。うん、でも、散らばったいくつかの感覚的な描写は心地好いものが御座いました。次回更新御待ちしております。
2005-09-05 15:57:23【☆☆☆☆☆】京雅
読んでくださってありがとうございます。

京雅さん>>>
とりあえず理沙を消しました。これで多分、なくなったと思います。軽くではありますがキャラクターの位置付けのようなものをしてみました。情景を書くのが苦手な私。情景かかなきゃ!!とか思って書いても、結局かいてません。本当にすいませんでした。次回は、次回こそはがんばらせていただきます!!
2005-09-06 09:18:48【☆☆☆☆☆】大屋なつの
楽しく読ませて頂きました。ん?な点をひとつ、「地区会のお別れ会は『住』んだし〜」。馬!?という感じでしたね。急にテンポが速くなったような。急ぎ足という印象でした。タイトルが『仲間と』であるなら、もう少し3人には苦労してほしかったかな、と。山を迂回するのはズルいですね。勝手ながら、少年時代の旅!というとS.キングのスタンドバイミーみたいな感じかなあと思っていましたから。
2005-09-06 09:42:49【☆☆☆☆☆】一読者
初めまして、羽乃音(はのね)と申します。作品を読ませていただきました。まず第一に思ったのが、台詞が本当に魅力的だと。少し小学生にしては、と思わされる部分もあったり、リーダがばらばらだったりと気になる部分はありましたが、それでもやはり本当に面白い台詞ばかりだったと頷かせて頂いております。ただ台詞が魅力的だったせいか、どうしても地の文の弱さが目に付きました。味気無いというか寂しいというか。後半の展開も少しばかり急過ぎて、どうしても置いていかれた気がします。この上手な台詞の言い回しのように描写や説明の言い回しも工夫されたなら、もっといい作品に変わっていたと勝手ながら思っています。今後のご活躍を期待しております。それでは。
2005-09-06 18:52:51【☆☆☆☆☆】羽乃音
作品を読ませていただきました。子供の精いっぱい背伸びした行動が、心地良く書かれていますね。ただ各人の容姿などの描写が少ないので、イメージが浮かんでこなかったです。しょうがないから映画のスタンド・バイ・ミーのキャラをイメージして読んでいました。トラックの運転手がでてきてから以降の展開が早すぎた感じです。追われる恐怖心や、梨沙に会いたい気持ちをもっと書いても良かったと思います。せっかく良い雰囲気だったのが、急にバタバタとして一気に終わりを迎えた印象です。はっきり言って物足りなさが残りました。せっかく良いお話なのに勿体ないです。辛口の感想になってすみませんでした。では、次回作品を期待しています。
2005-09-07 22:22:43【☆☆☆☆☆】甘木
続き拝読しました。言葉のつかい方・構成(流れ)は心地好く共感出来得るものが御座います。描写欠如と言うよりは科白によるはこびになっているのですね。心にある情景・心情、そういうイマジネーションを伝えたいなら、そこにあるものを一つ一つ掴んでゆくように書いてみてください。物語性を簡略化しているところも御座います。いくつかの側面、いくつかの視点、そのあたりの基盤を先ず構築し、ある程度は削っても想像させるくらいにモノローグをかためたなら、対話もすんなり染み渡りましょうや。次回作御待ちしております。
2005-09-08 09:15:23【☆☆☆☆☆】京雅
計:0点
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