『山紫水明』作者:少年ラジオ。 / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約3.72枚
深い深い緑が生い茂る。見渡す限り緑である。だがその一つ一つにも表情がありどれも総てが同じと云う訳ではない。先程の緑雨で緑の先にてらてらと露が光る。その露に映る逆さのあたし達ふたり。手を繋いで死に場所を求めるあたし達。道の無い処で何もかもにも迷っている、否彷徨ってるあたし達。此処から出る訳でもなく、出たい訳でもない。
彼、名前は和と云う。和はあたしの手を握りただ黙々と前へ進む、それが前かどうかは解らないけれど。あたしは和に置いていかれないようについて行く。
あたし達は今生きているという実感が湧いてこない。
少なくともあたし達には[生きたい]等とは思っていない。あたし達は着実に来る[死]をひたすらに追っている。否、それが近づくのが娯しくて娯しくて堪らないのだ。あたし達の心にはそういう感情しか残ってはいないのだ。
「ね、和」
「何、流伊」
和の眸の色はとても綺麗だけど、今はその奥に何か、子供みたいな好奇心が湧く。和だってこの世から消えれることが嬉しくて仕方がないのだろう。そう、あたしは彼の眸を見て思った。
「和は、本当に死にたいの?」
「なんで、そんなこと訊くの」
「あたしは死にたい。一刻も早くこの世から。でも和は本当にそう思ってるのか、気になったの。それだけの事なの」
そうあたしが云い終わるか終わらない内に、和はあたしを抱き締めた。深く深く、慈しむように。きっとそれはこの緑よりも深い。でも和のこの思いは変わらない。みんな同じ。あたしが彼を愛すように、彼もまたあたしを愛すのだ。




「此処がいいね」
和が死に場所を決めた。この山を散策して、もう随分と経つのかもしれない。でもあたし達には数十分のように感じた。
「ええそうね、いい場所だわ」
川の上流に位置するのだと思った。流れは速く、崖の中に吸い込まれた川のようだ。
和はあたしの手を一層強く、優しく握った。その手はあったかくて安心できるような、和の魔法の手だ。
「流伊に、会えてよかった」
「あたしも、あなたに会えてよかった」
この気持ちは変わらない。これからもずっと。あたし達が死んでも。あたしは和を愛し続けるんだ。
夢のようだよ、あなたと死ねるなんて。
眼から水が滴れたけどこれは和と死ねる嬉しさで泣いているのだと思った。和もまた泣いていた。
「僕は、可哀相なんて思っていないよ」
時代に流され時代の犠牲者だなんて思わないし思ってもいないよ。
和は右手で涙を拭いながらあたしに言った。あたしも頷いて答えた。今喋ってしまうと、涙の所為で可笑しくなりそうだったから。
「可哀相、なん、て、言われ、たくも、ない、よ」
涙で可笑しくなってしまってもあたしはあなたに言葉を紡ぐ。途切れ途切れで不器用な言葉紡ぎ。
あたしは世の中が可哀相よ、涙でぐちゃぐちゃに成りながら尚もあたしは言葉を紡ぐ。穴空きだらけで崩れすぎた言葉。
「あたしは、和と、遇えた、だ、けで、いいよ」
「流伊、」
「それ、以上、は、幸せ、は、和と、居れる、だけで、いいの」
あなたのことがいとしくてだいすきでしかたがないの。
最後は何を言ってるか解らないぐらい涙が零れた。また和はあたしを強く抱き締める。心地好い感覚があたしを包む。
「あいしてるよ」




さよならと心の中でこの世へ吐いた。きっと世の中は広く浅いから届かないだろうけど。
でもいいの。
あたしは和と最後を過ごせて、一緒に死ねて。嬉しかった、娯しかった。
あたしはあなたをあいしてる。
2005-08-24 14:59:42公開 / 作者:少年ラジオ。
■この作品の著作権は少年ラジオ。さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
とある所で別名義で出したものです。

時代的には明治後半〜昭和初期くらいで。とある元ネタがありますが、今は伏せておきます。

ありがとう御座いました。
この作品に対する感想 - 昇順
はじめまして。時貞(ときさだ)と申します。よろしくお願い致します。
作品、拝読させていただきました。とても独特な世界観があって、文学性の高い深い愛の物語ですね。短い中にも大きな余韻が残る読後感でした。この二人が死を選んだ動機が漠然としていて、個人的にはもっと明確に提示していただきたかったと言う気がしないでもないのですが、だからと言って、それがこの作品世界にマイナスをもたらしていると言うわけでもございませんね。
何やら意味不明な感想になってしまい、申し訳ございません。少年ラジオ様の今後の作品も読ませていただきたいと思いました。
2005-08-24 16:56:32【☆☆☆☆☆】時貞
初めまして、恋羽(ここは)という変なやつです。作品を読ませていただきました。
最初に感じたことですが、淡いとは薄いというのに似ているんだな、そんな漠然とした感覚でした。そして弱いんです。もっと濃く書いてもよかったのではなどと偉そうなことを感じてしまいます。しかし淡さや儚さはよく伝わりました。
余談ですが、多分このお話の元ネタ、僕も知っているあれだと思います。確か昭和初期の出来事だったかと。あの時代、今の世とは違って自殺よりも心中の方がよりセンセーショナルだったんでしょうね。
それでは失礼いたします。今後のご活躍をお祈り申し上げております。
2005-08-24 20:57:01【☆☆☆☆☆】恋羽
初めまして、京雅と申します。拝読しました。死の直前は生という力が最も膨れ上がる瞬間であり、またそこにはひとの想いの混濁があるのだと思います。この書き物はそのあたりの実際には見えないもの、死を目前にしたひとの垣間見る一縷の輝きに欠けてはいないかな、と感じました。いや、ね、生きたくないと強く願うからにはここにくる前にそういう葛藤もあったのでしょうけれど、提示していないから淡く途切れてしまっている。涙はその証とは解るけれど、やはり弱い。文量もありますが、もっと生死の隙間を魅せればより深くなったかな。次回作御待ちしております。
2005-08-25 03:42:00【☆☆☆☆☆】京雅
初めまして甘木と申します。作品を読ませていただきました。随分と淡白なお話ですね。死に至る前段条件が提示されていないため、この物語を読んでも淡白な感情しか読みとれませんでした。たぶん二人はもう死への精神的決着がついちゃっているから、二人で死ねるから嬉しく幸せ(?)なんでしょうけど……ちょっと勿体ない作品です。もっともの語りの世界観を提示して下されば、より素晴らしい作品になってと思います。なんだか辛口の感想になってしまいすみませんでした。では、次回作品を期待しています。
2005-08-25 22:56:27【☆☆☆☆☆】甘木
計:0点
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