『 空を描く』作者:かぉ丸 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約21.3枚
あたしとアイツの出会いは今から一年前のことだ。


武川アヤ、あたしは当時仲南中学校の3年だった。受験を間近に控えて、皆が追い込みの時期に入った1月のある日。
あたしは珍しく遅刻をした。

急ぐこともなく、いつもは通らない川原の土手を一人歩いていた。この時間帯というのは犬の散歩くらいの人しかいなくて、なんとも清清しい。
ここにいると、受験とも遠く離れていくような気がした。

「んあ〜っ!気持ちい!」
あたしは人がいないのをいい事に、土手に思いっきり寝そべって大声を出した。そのまま左右に転がっていく。
「昔やったなぁ、コレ」
芝生にまみれて制服が汚れたことに気づき、あわてて立ち上がる。と、目の前に一人の少年が座っていた。

いや、少年といっても、アヤと同じくらいだ。そいつはアヤを白い目で見ていた。

「…あ、何だオマエ!!!」
アヤは思わず叫んだ。
「…くっ、ふふっ」
笑われた。

「ちょっ…笑ってんじゃない!!笑うなっ!!」
「アハハ…ハッハッハ」
その男は目に涙が浮かぶほどに大爆笑した。
「笑ってんじゃねぇ!!」
アヤは思いっきりソイツを蹴り倒した。

そいつは一度倒れてもまだ笑っていた。
「おいいい加減沈まれよっ!そこまで面白くはなかったよ!」
「あ〜…ハハ」
「だから笑うなって!」

アヤが必死にソイツを押さえつけてバカ笑いを阻止すると、ソイツは急に真面目な顔をした。
「オマエ。まだ中学生だろうがよ。学校行け、学校」

あまりに突然の変貌っぷりにアヤは度肝を抜かれる思いだった。
「はぁ?あんたも中学生デショ」
「オレは中学生じゃない」
「えっ?高校生?」
「ん」

しまった、と思った。あたしは高校生に向かっていい加減にしろだの何だの偉そうな口を利いてしまったのか。来年から自分も高校生(になるハズ)なのに先輩に対してなんて事を…
被害妄想が広がったが、実際にはそんなにヤバイとも思ってなかった。

「あ、でもさ高校生だって学校行かなきゃデショ?あんたは何してんの、ココで」
「あはは」
そいつは八重歯を見せてニヤニヤ笑った。
眉毛が吊りあがってるのに目がタレ目だから、なんだか小悪魔みたいだ。

「俺は今は別に学校に行かなくてもイイ高校生なの」
「はぃ?」
なんだそりゃ、と眉をひそめた。
「あ、もしかして、停学とか?自宅謹慎とか?」
「ちゃうよ」
「じゃぁ何で?」
「別にオマエに教える義務ないだろうがよ」
「義務はないけど気になるじゃん」
「えー。めんど〜い」
「めんどい?!何がよ」
「いちいち説明すんのが」
「はぁ?」
「何で見ず知らずの中学生に俺の秘密を教えなイケナイのだ」
そういうとソイツは不意にスケッチブックを取り出した。
「なに、それ」
「スケッチブック」
「見りゃ分かる!」
「え、あぁそう」
「絵でも描くの?」
「うーん」
「うん?」
「ううん」
「うん?!」
「オマエうるせぇな。あははは」
また無駄に笑われた。


「ほら。オマエもういいから学校行きなさいよ。受験生でしょ」
「え・なんで中3だって分かるの?」
「名札ついてるじゃん」
「あ・あぁ…。」
「名札ついてると中学生って感じだもんな」
「それってバカにしてる?!」
「いえいえ」
ソイツはスケッチブックを開いて、鉛筆を握った。

「…・。高校どこなの?」
「さぁ」
「あたし、光洋高校めざしてんだ。」
「光洋?頭い〜ね〜」
「うん。だから頑張らないと入れないんだ」
「んじゃぁ欠席や遅刻はマイナス点になるぞ!はよ行け」
「うん、行くよ。」
「じゃぁ」
「じゃぁね」

アヤは立ち上がってカバンを担いだ。5,6歩歩いたところで、立ち止まった。

「ねぇ、あんた名前なんていうの?」
「言わない」
「教えてよ!!」
「人に名前を聞くときはまず自分の名前を言うもんですよ。」
「名札見たデショーがっ!武川アヤです!!あんたは?」
「あははは。」
「あははじゃねぇだろ!」
「逢坂 良。」
「おおさか?」
「おおさか」
「ふーん。変わった苗字だね」
「そうか?」
「うん。」

そう言ったら、逢坂良は川の方に向きなおしてスケッチブックの上に鉛筆を躍らせた。
そんな逢坂を見て、アヤは学校に向かって走り出した。



学校についたら、授業の真っ最中だった。

「おはようございます」
アヤは前の扉から堂々と入っていった。

「おい、武川。遅れてきたのに何だその態度」
「あ、遅刻してすいません。」
「この大切な時期に遅刻なんてもってのほかだぞ。皆にも迷惑がかかる」
「はい。気をつけます」
「…制服が汚れてるぞ。何してたんだ」
アヤは芝生に座った時についた汚れを完全に落としていなかった。
「…まぁいいが。オマエ確か光洋が第一志望だったな。遅刻や欠席が続くようだとヤバイぞ」
「はぁ」

アヤは言われるだけ言われてやった。すぐに席に戻った。
「おはよ、アヤ」
後ろの席で親友の阿部ミホがあたしに声をかけた。
「おはよ」
「どーしたの遅刻なんて?アヤらしくなぃ」
「うん、ちょっと寝坊しただけ」
「ふ〜ん。気をつけなきゃ、一緒に光洋行けなくなっちゃうぞ」
「怖いこと言わないでよー!!」
「だからホラ!気合い入れて勉強!!」
ミホがあたしの背中を叩いた。


そうだ、勉強だ。あたしに今必要なのは受験勉強。
なんとしてでも光洋に受かりたい。
もうちょっとで合格圏内だし。もう一息だ。


授業で先生が「ココはよく受験にも出てるなぁ」とか何度も言っていた。それをメモってる人もいれば、大して聞いてない人もいる。
でも聞いてないヤツってのは大体開き直ってるヤツばっかりだ。
アヤと同じ光洋高校を狙っているのはクラスにアヤを含めて5人いるが、そいつらは全員が必死に授業を聞いていた。

だけど、アヤはなんだか落ち着かなかった。

今朝出会ったアイツ。逢坂良。一体どこの高校の生徒だろう。自由奔放な学校なんだろうけど。あのスケッチブックの中、どんな絵が描かれてるんだろ。高校生の男子が描く絵だからどうせあんまり上手くはないと思うけど。
ましてやあんなイマドキちっくなヤツ。
あいつはいつもあそこにいるんだろうか。

そんなコトばっかり頭の中ぐるぐる回っていた。

勉強なんてしてなさそうだなぁ…。

    いいなぁ。

アヤは、自分もあんな風に何もかもから解放されてみたいと思った。
授業を聞いていても右耳から左耳をスーッと抜けていく感じがした。

「アヤ、聞いてる?」
後ろからミホがシャーペンで突付いてきた。
「えっ、何?」
「何じゃないでしょ!アンタ授業きいてんの?」
「聞いてるよ!やだなぁ」
「なんかボーッとして動かないから…」
「あぁ、そういう勉強方法もあるって」
「…」
ミホは少し口を尖らせた。




次の日、アヤはいつもより早起きをした。
昨日の夜はどうしても眠たくなって、10時くらいに寝てしまった。勉強しないとヤバイのに。まずぃなぁ…。

明日は私立高校の推薦入試らしい。まぁ、アヤには関係のないことだが、いよいよ受験なんだなぁと思うと少し緊張した。

早起きしてしまったので、今日もまたあの川の土手に行くことにした。
また逢坂に会えるかもしれない。もし会えたら、絶対に高校を聞こう。スケッチブックを見せてもらおう。
そんなことを密かに期待していた。


「…。やっぱいないかぁ」
土手には本当に誰もいなかった。電車が川を渡っていく音が、ガタンゴトンと鳴り響く。
「あれ、アレ…」
アヤは芝生の上に何かが置いてあるのを見つけた。スケッチブックだ。
「これ逢坂の…」
確かに昨日逢坂が持っていたものと同じものだった。
中を開いてみる。

「… すご…」
言葉を失うくらい、鮮明に描かれた風景画だった。でも鉛筆しか使われていない。
色を一切使わずに描いた、この町の、この土手から見える風景だ。
アヤは見とれていた。

「あっ。おいおいおいおいおいおいおい勝手に見るなよオマエー!!」
後ろからイキナリ逢坂が現れた。
「あっ、どうも、昨日ぶり」
「あぁ、どうも…ってダメだろ勝手に見ちゃあ!!」
「うん。すごいねアンタ。あたし感動した」
「え。これで感動した?」
「うん。すごいよ。鉛筆だけでそんなに上手に描けるなんて。あたしせいぜいお絵かき程度なのかと思ってた」
「お絵かき程度ですよ」
「いつからそんな上手くなったの?!」
「いつからって…。絵ぇ描き始めたのは高校入ってからだけど」
「すごいわ…。普通の風景画よりもなんかこう、すごい」
「言い表さなきゃワカンナイよそーゆー表現!」
「言い表せないけどさ、なんかリアル感があるっていうか。」
「ふぅん…あー。なんか誰かに目の前で作品を見られるって嫌だなぁ」
「あたしもこういう風に描けたらなぁ」
「え」
「え。って… こういう趣味っていうか、特技とかあるってイイと思う」
「描けばいいじゃん」
「無理だよ。あたし絵下手だし」
「ふぅん。まぁ不器用そうだけど」
「酷いな・・」
「でもさオマエみたいな受験生は今こーゆー娯楽に興味をもたん方がいいと思うよ。今は勉強勉強でしょ」
「うん。勉強勉強だよ」
「頑張って高校入れたらさぁ、楽しいことイッパイあるから。それまで頑張れば何でもできるよーになるよ」
「…それはアンタの体験談?」
「うん」
「ふぅん。で・逢坂君。君はどこの高校なの?」
「さぁねぇ〜」
「いい加減教えてよ」
「まぁまぁ怒るな。オマエは確か光洋高校狙いだったよな」
「うん、そう。」
「なら言えない」
「何でよ?」
「ん〜と…。」
このときアヤはハッとした。まさか。
「…。もしかして、あんた光洋高校…?」
「あー。」

「そっ・そうなの?!光洋なの?!」
「う〜ん。まぁ、あぁ…」
「何だその曖昧さは!ねぇ、教えて!!光洋って去年倍率高かった?250点満点中180点くらい取れてれば入れる?」
「違う違う違う!!俺はそんなの知らん」
「え?どういうこと?」
「う〜ん…。だからぁ。俺は光洋は光洋でも、定時制部だから。」
「定時制?」
「うん。夜間しか授業ないやつ」
「あぁ、分かるけど…」
「だからこーして昼間は学校行かないの。別に停学とか、謹慎とかじゃないんよ」
「…定時制ってなんかワケアリの人が行くんじゃないの?」
「またまたー。君ぃそれは偏見か?」
「だって先生がそう言って…」
「俺は別にワケアリなんかじゃないよ。親だって元気だし、普通に学校も好きだったし。金に困ってる訳でもないし」
「じゃぁ何で?」
「やりたい事があったから。」
「やりたいこと?絵?」
「うん、そう」
「でも絵は高校入ってからはじめたって…」
「あぁ。そだよ。」
「ナンダカよくワカンナィんですけど〜…」
「とにかく自分の時間をたくさん作って、絵を描こうって思ったんだ。それまでは一度もこーしてスケッチブックを持ったことなんてなかったけどさ。」
「なんか惹かれるものがあったとか?」
「ヨーロッパの風景画とか見たことある?」
「ジグソーパズルになってるよね」
「アハハ…まぁ、うん。突然そういうのを描いてみたくなったんだよな。あーいうのって行ってみないとわかんないけどさ、なんかすごいじゃん。あんな家が立ち並んでる住宅街なのに海とか空とか、なんか爽やかに見えるだろ。日本の息苦しい街ん中とは違うじゃん。」
「見る人によるけどね」
「俺はそう思ったから。いつかヨーロッパに行ってあーゆぅ絵描いてみたいなぁって。ヨーロッパにしかないあの青い空を描きたい。って。そう思ったんだ。」

「その一時の思いつきだけで定時制に行く決心をしたの?」
「あははは思いつきって。でもそうだよ。おれ勉強嫌いだしねぇ。普通高校の普通科だなんて行ったらまた勉強だろ?『とりあえず行っとく』みたいなのだと絶対途中で嫌になると思ったし」
「すごい判断だね。」
「この判断、間違ってたと思うか?」
逢坂は目を真っ直ぐしてアヤを見た。この人は、ただ自分に純粋だ。 正直だ。

「思わない。」
「だろ」
逢坂はその返事を聞いて嬉しそうに笑った。
アヤは自分を省みた。あたしはまさに「とりあえずいい高校行きたい」くらいの理由で光洋高校を目指している立場だ。
普通高校じゃないとカッコ悪いだとか、高校卒業してないと就職できないとか。そんなことばっかり考えてた。


        だからきっと、息苦しかったんだ。


「だから、日本にはない空。あの青い空を描くためにはさ、やっぱ時間が必要じゃん。あと金も。」
「うん」
「コツコツ貯めていこうと思ってさ。昼はバイトか絵の練習。で、金がたまったらヨーロッパに行こうと思って。ナイスアイデアだろ」
「うん…?」
「疑問系にするな!」

「でもさぁ…日本の空も青いよ?結構場所によっちゃキレイだよ」
「んだね。日本も向こうも同じ【空】だもん。でも、見てみ、あの空」
二人は空を見上げた。まだ7時くらいで、霞んで見える。
雲もたくさんある。

「あの空は、どうすれば描けると思う?」
「…。」
アヤは返答に困った。
絵の具を重ねる。のが一番なんだろうけど、それだけじゃ言い表せない。

「あの微妙な雲の重なり具合とか、俺には描けない」
「…。」
「ましてや雲なんて動いてっちゃうだろ?俺が描き終わるのを待っててはくれない」
「うん」
「あの空をどうにかして捕らえるなら、やっぱり広いところに出なきゃ。右から左から、前から後ろから全て空。いぃなぁ、行ってみてぇなぁ」
「その空を背景に、人物画とか描いたら素敵かも」
「あぁいいね。いい構図が浮かんだかも…」
「じゃぁその時はあたしモデルになってあげよっか?」
「アッハッハ。頼むわー」
仕方なさそうに笑った。つられてあたしも笑った。

「お金どんくらい貯まってんの?」
「あぁ、もうちょいすればなんとかギリギリいけるくらいにはなるかな。」
「本当に?スゴイじゃん。行ってきなよ」
「あと2ヶ月くらいバイトすれば貯まる感じ。」
「あと2ヶ月…。あたしはその頃受験も終わってるね」
「そうだな」
「受かるかなぁ」
「わかんね」
自分で受験の話を持ち出したのに、あたしの中を暗い雰囲気が覆った。あたしは一体なんなんだろう。この人は自分の人生を自分で決めて、決して後悔していない。格好いいなぁ、こんな人になれたらな。と、心から思った。

どれくらいの沈黙が二人の間にあっただろう。不思議と気まずさやためらいは無かった。逢坂はひたすら空を見つめる。頭のてっぺんから足のつま先全身を使って、自分の中に空を描く。それはあたしには想像もできないくらい事細やかで、繊細で、検討もつかないくらい清々しい。

なんでかなぁ。想像できないのに、分かる。
あたしは逢坂の横顔を見つめた。大きな空が、瞳に映っていた。

「…でさぁ、学校行かなくていいの?」
「えっ」
時計の短針ははっきりと8を差している。
「あぁ、ヤバイ。遅刻かぁ…」
「なんだ。焦んないんじゃん」
あたしは気が抜けたように笑った。たとえ遅刻して、内申書にどう書かれようとも、このときのあたしにとっては何でもなかった。
逢坂と過ごしたこの時間があたしにとっては何にも代えられないものだったから。
「じゃぁ、あたし行くね。また明日も来るね」
そう言って立ち上がった。
「…いや、もう来ない方がいいよ」
逢坂は多少冷たさの混じった瞳であたしに言った。はっきり言ってショックだった。
「なんで?」
「受験、がんばんな。俺は俺で頑張るから。」
「頑張るよ。当たり前じゃん。でもいいじゃん、来たって。あたしもう少しアンタの絵見たい」
「ダメだろ。俺といると血迷っちゃうよ?」
言われてハッとした。確かにあたしは、こいつの話を聞いてほんの少し、少しだけ高校受験をやめようと考えていたからだ。
「普通の人生だって、間違いなんか一つもないからな。頑張って合格しろよ、光洋高校」
「なんでイキナリ突き放すの…?あたしたち出会ったばっかじゃん。あたしが受験生だからって妙な気使わなくていい。あたしが受験生だから…」
「そうじゃなくて」
無表情のまま、淡々と声を出す逢坂。続きが聞きたくない。
「俺の邪魔になるの」

案の定の答えだった。ほんのこの前知り合った奴だけど、何故か失いたくなかった。そうだ、あいつはあたしの憧れだったんだ。無責任で、自由気ままで、勉強に縛りつけられてるあたしとは正反対。

でも、逢坂はあたしを必要としなかった。
あたしは走り出した。行く先は、学校。逢坂を失ったあたしは、今日からまた受験戦争に溶け込んでゆく。
それが当たり前なのだ。


次の日も、その次の日も、あたしはあの土手を通った。邪魔になるなんて言われたのは夢だったかもしれない。だって、あいつあたしをモデルにして、その背景に空を描くって言ったもん。また何くわぬ顔で、そこにいるかもしれない。
あたしに来るなと言っておいて、自分で消えてしまうとは。
逢坂の姿は忽然と無かった。

このときあたしは諦めた。そして方向を変えた。受験、受験だ。勉強しなきゃ。勉強。
逢坂のことを忘れるのには時間がかかった。けど最終的には忘れた。



そして春を迎えた。
光洋高校に合格した。親友のミホも合格した。本当に望んでいたシーンなのに、何故か想像していたよりも喜べない。でももう、終わったんだ。不安でたまらない毎日が。

高校にもすっかり慣れて、充実した日々を送ってきた。思っていたのより何倍も何倍も、高校は充実していた。

冬休み。宿題もとっくに終わらせて家でダラダラしていたら、散歩でもしてこいと母に追い出された。あたしは行く宛もなく彷徨った。
「あ、ココ…」
去年、逢坂と出会ったあの土手だ。あの人は一体何者だったんだろう。今もまだこの街にいるのかな。それとも…
「ヨーロッパ行けたんかな」
今なら分かる。あのときあいつがあたしを突き放した理由。もしあの時、逢坂があたしを受け入れてたらきっとあたしは私立の滑り止め高校に行ってたに違いない。今、本気でそう思う。
どういう気持ちだったかは知らないけど、アヤは逢坂に感謝した。
「ねぇ、あたし合格したよ。」
空を見上げた。あの日逢坂が見上げていた空。全くなにも変わってない、碧い空。じっと見ていると吸い込まれそうだ。きっと、ヨーロッパで同じ空を途切れのない場所で描いたはずだ。見てみたい。見たい。逢いたい。

何時間じっとしていただろう。すっかり夕方だ。
「よし、帰る」
何回独り言を言ったかなぁ。今更ちょっと恥ずかしくなって、立ち上がった。

「あぁー!動くなよ、もうちょっとなんだから」
突然後ろからわめき声が聞こえた。吃驚して振り返る。

風が吹いた。冬なのに暖かい風、爽やかで心地良い風。
そしてそこには、一年前と何も代わらない逢坂が立っていた。
「よ」
「よ。って…一年ぶりなのにそんな台詞?」
「いいから、もう一回座れ」
「え?」
「今、描いてたの。」
のぞき込むとそこには土手に座る少女の姿、そしてその見つめる先には…

「すごい」
左から、時間が流れるように変化していく空の色。区切りがないみたいに少しずつ、少しずつ変わっていく。今描いている場所にはきれいな夕焼けが赤々と広がっていた。懐かしい、逢坂の独特なタッチ。
「モデルになるならちゃんとせえ」
逢坂があたしにデコピンした。
「痛ッ」


あたしは、膨大に広がる空を星が見えるまで見上げた。この絵が完成したら、今までのこと全部話そう。そしてあいつの今までのことを全部聞こう。アヤは自然と笑顔になった。


ただ欲を言うならば、あたしの後ろ姿を描く逢坂の姿を見たかったなぁ…。










2005-08-18 01:00:58公開 / 作者:かぉ丸
■この作品の著作権はかぉ丸さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
二回目です。(実は)
またしても最後はちっちゃくなってしまいました。
冬が舞台なのに、あたしは汗をかいております。
この作品に対する感想 - 昇順
作品読ませていただきました。受験生の心情が伝わってきて良かったです。逢坂の夢に対するアヤの心情(羨望や妬ましさなど)がもう少し欲しかったです。ちょっと会話のシーンが会話オンリーになってしまうのも気になりました。会話途中の心情や描写を描くと、より作品に深みが出て読者が感情移入しやすくなると思います。また、逢坂が去ってからのアヤの感情が弱いので、もっと書き込んだ方がラストのシーンが生きてくると思います。でも、ラストの一文は凄く良いですね。緊張していた雰囲気が柔らかくなった感じがしました。長々と戯れ言を書いてすみませんでした。では、次回作品を期待しています。
2005-08-18 22:56:18【☆☆☆☆☆】甘木
拝読しました。会話(科白)中心の構成はやや軽く見えてしまい、せっかくの心情も色薄くなってしまっているように感じます。全体的な流れ、捉え方、切り口は共感しますし惹かれるのでもっと地の文章を安定させたほうがよいかも。しかし後半の展開や、うん、ラスト一行は胸打つものがありました。この感性は素晴らしいと思います。このチカラをどれくらいのこせるか解りませんけれど、その上で筆のとり方も統制がきくようになれば、もっと心に凝る物語になりましょう。願わくば、そうなっていってほしいです。偉そうに語りました、御容赦を。次回作期待しております。
2005-08-19 16:27:15【☆☆☆☆☆】京雅
読ませてもらいました、にっちです^^
真面目に感想書いてみます笑
終わり方がとっても素敵だと思いました。ただ、あえて言うなら春が来て、高校生活の充実感からいきなり冬休み。。。季節がぐるんと回りすぎかな?と思いました。間に少しでもアヤの高校生活をいれてもいいかなと思います^^

読後感がとても良かったです。さわやかなストーリーで読みやすく、一気に読めました。次回作もぜひ!ぜひ読みたいです。
2005-08-20 21:00:49【☆☆☆☆☆】にっち
計:0点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。