『スミレ』作者:風間新輝 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 ――僕は旅人。ギターを片手に世界を旅する。七つの海も、広大の空もすべてが僕の舞台。僕のギターは皆を魅了する最高の武器。どこで弾いても、人が集まる。気分はハーメルンの笛吹き男さ。
「何、書いてんだよ! 紙にこんな絵空事書いてどうなるんだよ! 畜生、歌詞一つ、まともに出てこないじゃねえか」
 俺は一人髪を掻き毟り、叫んでいた。独り言は一人暮らしの人にはよくあることらしいが、自分で実際に言うようになると、少々情けない。俺は21歳の自由人。大学は1年前にやめた。東大に通っていたが、俺にはどうでもよかった。この世のすべてがつまらなかったんだ。俺はドリーマーというより妄想癖持ちの情けない男だ。今もギターで身を成すことを夢見てる妄想野郎さ。どうせ俺にはあいつらみたいにはなれないんだ。

 一年前、俺はあるライブハウスにいた。高校の頃、つるんでた馬鹿な友達達がそこでライブをやるってことで、わざわざ足を運んだ。どうせあいつらじゃ、ろくな演奏しないんだろうなと正直思っていた。あの頃の俺は俺こそが人生の成功者だ。周りは屑しかいないと思っていた。今思えば、明確な夢すら持っていなかった俺こそが屑だったんだ。
 俺はスプレーで未成年の主張がされてしまっているライブハウスの扉を開いた。むせかえるような熱気。入場券をいかしたパンク野郎に渡し、会場へと足を踏みいれた。丁度、あいつらの出番だった。あいつらは革の黒のジャケットに黒のレザーパンツをはいていた。
「今、最高に盛り上がってるバンド、レッドノーズが今夜も盛り上げてくれるぜ! さあ、皆テンション最高潮に保ってるか? Let´s play music!」
 DJが大袈裟に騒ぐが、その声は歓声に打ち消されている。レッドノーズとはボーカルをやっているタカの高校時代のあだ名だ。タカの癖は鼻をこすることだった。そのためいつも鼻が真っ赤だった。でも、まさか、それをバンド名にするとは思わなかった。あいつらの登場で会場はますますヒートアップする。あいつらの一人、タクが思い切りドラムを叩き鳴らし、口火を切った。タクの長髪がこれからの演奏を喜ぶかのように舞い踊る。徐徐にビートは熱く熱く燃え上がる。ドラムの音に合わせ心臓の鼓動がどんどん高まっていく。俺は既にあいつらの創る世界に引き込まれていた。
 ギターのケンがギターを愛するが如く、高く大事そうに掲げ、それから一気に掻き鳴らす。単体だけなら五月蝿いだけかもしれないが、ドラムの補助、周りの歓声のため、素晴らしい音になっている。
 そして、ボーカルのタカがマイクを持った右手を振り上げ、舞台の前方まで疾走する。
 ――命は突如始まり、いつかは終わる。すべてに定めがあるんだ。でも、僕らは輝きだしたばかり。全力で走り続けるんだ。一瞬の灯であっても構わない。一瞬の炎だって周りを照らせるんだ。always run run run! 全力で、ひたむきに。shout shout shout!
 タカはその声に自分のすべてを乗せろように、シャウトする。低音で少しかすれた声で好きになれない声なのに、俺の心に一直線に響いた。生き様を見せ付けられた。そんな気がする。

「今日は来てくれてありがとう! 親友が来てくれてる今日は重大発表があります。俺たち、レッドノーズはメジャーデビューします」
 演奏が終わり、まだ興奮冷めやらぬ中、タカはマイクを使わず、自分の声で話した。なのに、タカの声は歓喜に渦まくこの会場のすべてに響いた。もう俺の耳には何も聞こえていなかった。
 帰り道、俺は一人泣いていた。人通りのない道の隅の暗闇の中で、自分の驕りに、なさけなさに声を上げて泣いた。悔しくて、情けなくて、心が締め付けられるように苦しくて……。

 俺は自慢のギターを鳴らしていた。
 ――人は夢を見る。夢は人を見る。輝く所に光があるように暗闇には闇がある。すべてを包む闇がある。夢も、人もすべてを包む。
 俺は唄う。力の限り、ギターに合わせ、唄う。この小さなアパートで誰も聞かない歌を唄う。
「ユウ君、今日も唄ってるんだね。頑張って」
 扉を開け、入ってきた女が言う。菫だ。半年前にライブハウスで知り合った俺の彼女であり、ただひとりのファンでもある。俺にはもったいない美人だ。菫は僕の何処に惚れたというのだろうかと思い、聞いたことがある。東大を蹴ってまで、ミュージシャンを目指しているところが好きなのだそうだ。東大を蹴ったのはどうでも良かったからだし、ギターは高校時代からの趣味だが、ミュージシャンになろうとしたのは半分以上あいつらの影響だ。だから、少々後ろめたい気がする。日々日々、魅力的になる菫に少し嫉妬している俺が情けない。菫は優しく、俺を甘やかす。この空っぽの俺を。
「菫、今日はどうしたの?」
 俺は来てくれてありがとうとは中々言い出せない。つい、ぶっきらぼうな言い方になってしまう。
「これ、見てよ」
 菫は鞄から音楽雑誌を取り出す。大手の音楽雑誌で、扱うのはヒットしているミュージシャンだけで、インディーズの俺が載っているはずもない。
「このレッドノーズってユウ君の友達でしょ?」
 菫は嬉しそうに話す。
「そうだけど」
 見せないで欲しかった。太陽のような光のもとでは、俺のようなちっぽけな闇は掻き消されてしまう。
「後、これ持ってきたの」
 菫は俺の気のない返事のためか、話題をかえようと更に鞄から何かを取り出す。
「これ、オーディションの申し込み書なんだけどさ」
「ごめん。今日は帰って」
 菫は悲しそうに出て行ってしまった。菫は俺の心配をしているだけ。そうだとわかっているのに。俺の情けない狭い心は、菫があいつらと俺を比べ、馬鹿にしているように受け取ってしまっていた。しばらくの間、俺は自己嫌悪で無気力状態だった。

 3日後、菫からメールがあった。
 その文面は「私が気にさわることしたんだよね。ごめんね」というものだった。
 俺が悪いのに。俺には返す言葉はなかった。自分が情けない人間だと思っているが、それを菫にさらけだす勇気はなかった。情けない俺を晒すと菫がいなくなってしまいそうで怖かったのだ。俺はギターを意味もなく、激しく掻き鳴らす。弦が一本切れた。それでも掻き鳴らし続けた。この行為に意味はなかったのだから、弦が切れていても関係なかった。

 あのメールが届いてから、1週間が経った。
 菫に謝ることもなく、ただ時間を潰すだけだった。携帯電話が俺の創った自作着信音を響かせる。電話をかけてきた相手は菫だった。
「もしもし、私だけどさ。私、これ以上あなたと付き合っていけない。あなたが悪いんじゃなく、私が悪いの。ごめんね」
 俺をユウ君ではなく、あなたと呼んでいるし、菫の意志は固いのだろうか。
「そっか。別れよう」 
 俺は本心にはまったくない言葉を告げていた。菫は電話を切った。ツーツーという音だけが、鳴り続ける。素直に謝れば、許してもらえたのだろうか。俺を試しただけだったのかもしれない。こんなに未練が残るなら、早く謝れば、良かったのに。どれだけ俺は菫の期待を裏切っていたんだろう。俺は煙草を吹かし、相棒のギターを抱き、人知れず泣き続けた。

 それから、俺は毎日、昼はバイト、夜はライブハウスで技を盗むという行為を繰り返した。
 気がつけば、2年の年月が流れていた。俺は初のテレビの歌番組に出ていた。
「今日のゲストはドゥンケル・ハイトさんです。曲は菫。ではスタンバイしてください」
 司会者が俺を紹介した。ドゥンケル・ハイトはドイツ語で闇という意味だ。
 もの哀しくも、どこか愛しいメロディを俺のギターは紡ぎだす。
 ――春に咲く菫は乾いた俺にすべてを与えてくれた。紫色が優しく俺を包み込む。すべてから護ってくれた菫。俺のすべてだった菫。なのに、なぜ、捨ててしまったのだろう。自分を闇だなんて気取って、菫の艶やかな色彩に気付かなかったのさ。少しでも外に目をやれば、世界には光が溢れていて、俺の闇がちっぽけだと気付いたのに。後悔だけが続く。俺は今日も菫を探し、旅に出る。七つの海も広大な蒼い空も、どんな所でも探し出す。いつか、菫を見つけるまで。辛くても、苦しくても。菫が全てなのだから……。
 俺はすべてを込め、唄う。3年前に聞いたレッドノーズの曲のように心に響く力があるかどうかはわからない。
 それでも、一握の希望を込め、唄う。
 ただ、唄う。

2006-03-24 15:24:35公開 / 作者:風間新輝
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■作者からのメッセージ
その後を書くつもりは今のところありません。その後はご想像におまかせします。
この作品に対する感想 - 昇順
こんばんは。拝読させていただきました。
うんよかったですね!最後の終わり方は嫌いじゃないですよ!さらりと読めましたー。
てか今さっきバンドの練習してきたばっかなんでびびりました笑 そして今ベースとアコギをいじくってからパソコンに向かってるわけですが……僕もそういう関連の小説を一度書いてみたいものです。なんて戯言はおいといて。
いやいや、良かったですよ。物足りない感じはしないでもないようなキモしますけど僕には全然気にならなかったです。いっそこの短さが丁度良かったかも?曲名に彼女の名前、良いですね。終わった後に、かのじょはこれを見たとしたらどう思ったのか、それぞれ作者の数だけその答えはあるわけですね。
楽しませてもらいました。次回作、期待しております!
2005-08-15 17:37:59【☆☆☆☆☆】おんもうじ
作品読ませていただきました。冒頭の部分と本編の繋がりが良く解らないなぁ。「何、書いてんだよ〜」は誰のセリフなんだろう……。作品の展開がやや唐突な感じがしました。ライブで感銘を受ける新はリアルで良いのですが、その後の薫との関係を淡白に描きすぎている感じです。もう少し薫への想いを書いても良かったのではないでしょうか。その方が、ラストの曲名により意味が出てきたと思います。終わり方はこれでいいと思いますよ。その方が余韻があると思います。では、次回作品を期待しています。
2005-08-16 10:36:13【☆☆☆☆☆】甘木
拝読しました。物語そのもの(特にラスト)は心地好かったのですが、些かこの書き物は淡白であり、音楽という言葉の異側面を巧くいかせていない気がしました。一場面を簡素に書き過ぎて、また主人公の心情がやけに冷静で感情がこちらにまで伝わってこないのですね。一人称で御座いますし、もっと感情移入させるような馴染み易い文章にして惹き込めば、あとの展開も鮮やかになると思います。冒頭は、ラストとそれまでの中間に位置する心情ではあるのだろうけれど、ここだけギャグテイストなのはバランスわるいかな。最後の一行はよかったです。次回作御待ちしておりますね。
2005-08-16 11:49:09【☆☆☆☆☆】京雅
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