『蝉時雨は恋の歌』作者:ミノタウロス / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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      昔、俺が経験した、嘘のようなホントの話。



        俺はあの夏の日を忘れない。





大平 義輝(現在35才)
あれは、俺が大学生になって初めて迎えた夏休み。


俺の実家の近所には大きな寺があった。小学生の頃は、夏になるとその寺の林に毎日のように蝉を捕まえに行ったもんだった。
東京の大学へ行っていた俺は、夏休みに入るとすぐに実家に帰ってきた。
何でか、なんて野暮な質問はしないで欲しい。
東京で彼女の一人でも出来てりゃ一人暮らしも満喫できたんだろうけど、一人暮らしなんて思ったより楽じゃない。実家にいる方がうまい飯も食えるし、何より寂しくない。少し年の離れた弟や妹がいる実家は賑やかで暖かだった。
東京の高湿度のうだる暑さと違うここの暑さは、水に濡らした肌を風が撫でると何とも心地よい清涼感が全身を包む。車で10分くらいの場所にはきれいな浜辺もあって避暑地としては最適だ。

その日もかなり暑かった。
昼飯を食った俺はあまりの暑さにへばって寺の境内に向かった。
境内の脇には湧き水の源泉があって、林の中を小川が流れている。
俺たちはよくそこで水遊びをしていた。
小川に行くと近所のガキや親たちが足や手を濡らし声を上げて騒いでいたが、その声に負けないぐらい境内の林の中は蝉の声が溢れていた。

俺は小川に足を入れて岩に腰掛けた。ひんやりと冷たい水は気持ちが良く、熱くなった体を冷やしてくれた。
1時間ほどたった頃、すぐ側の椚の木に一匹の蝉が止まったのが見えて、子供心が蘇りそっと近付き捕まえた。
手の中で、ジジジ………と言う蝉を、虫取り篭も持たずに捕まえてしまったので持て余していると、
「放しておやり」と声を掛けられた。

丸太で出来た椅子に腰掛けた爺さんが、微笑みながら俺にそう言った。
せっかく捕まえたので勿体ない気がしたが、家に急いで帰る気もしなかったので放してやった。
すると、ジジジ………と言いながら俺にションベンを引っ掛けてそいつは逃げて行きやがった。
「畜生!」
爺さんは笑って見ていた。
「一寸の虫にも五分の魂じゃ。その内良い事があるさ」


俺は小川で顔を洗って爺さんの側に行った。
「一人で涼みに来てるんですか? それともあの中に連れが?」
俺は小川で遊ぶ子供や親子を見ながら言った。
爺さんは首を振って微笑んだ。
「おまえさんこそ、一人でこんなところで涼んでる場合じゃないだろう。若いんだから、彼女と遊びに行かにゃ、勿体ない」
「悪かったね。あいにくモテない男で、未だに彼女がいませんよ」

不思議だった。
初めて会う見ず知らずの爺さんに、次から次へと話し掛けてしまう自分が変だと思いながらも、嫌な気はしなかったし、むしろその爺さんに話し掛けていると、小さい頃死んじまった、優しかった婆さんを思い出して心が和んだ。
爺さんは優しく笑いながら言った。
「何も、モテる必要はないさ。たった一人、愛せる人を見つけられればそれでいい」

くすぐったかった。
【愛】なんて言葉にまだ縁がなかったし、俺はまだまだ未熟だった。


「おまえさんに話をしてやろう。昔話さ。むかし、むかしのお話だ」


    ――――むかーし、むかしの事じゃったぁ。――――

俺は婆さんと一緒に見ていた『日本むかし話』を思い出した。




「――――むかし、むかしのお話だ。
夏の暑さに誘われるようにある男と女が恋に落ちた。燃えるような恋だった。
出会って直ぐに互いに惹かれあったその恋人達が、結ばれるに至るのに時間など掛からなかった。
毎日二人は共に唄い、共に野へ山へと出かけていった。
ところが、お互い永久の愛を誓い、添い遂げようとした、まさにその時だった。二匹の小鬼が二人の前に現れて、二人をまんまと捕まえると、その残酷な二匹の小鬼はこう言った。
『これは随分珍しいのが手に入った』『本当だ。お前にはそっちをやる。こっちのは俺がもらう』
そう言って小鬼たちは声高らかに笑っていた。
―――恋人達はそれぞれ別々に連れて行かれようとしていた。離れ離れに連れて行かれようとしているその時に、女が叫んでこう言った。
『私達は必ず生まれ変わる』と。そして、『7年後必ず再会する!―――必ず!!』
小鬼には彼らの言葉は分からない。しかし、彼女の言葉はしっかり男に伝わっていた。

だから男は願った。―――必ず生まれ変わりますように。再び巡り会えますようにと。―――

そして二人は殺された。
それから7年の後、彼らは見事生まれ変わり再会を果たした。
出会った瞬間、互いの前世の記憶は蘇り、二人は抱き合った。言葉など要らない。ただただ抱き合い愛を確かめあった。それで充分だった」


しばらく俺は黙って聞いていたが、内心笑った。
生まれ変わって7年後に再会したんじゃ、まだ子供じゃないかと、口を挟みたかったが、【お話】だし、他愛もない爺さんの作り話だから仕方ないかと思いながら最後まで黙って聞く事にした。

「ところが、彼女が子を産もうとした矢先だ。一匹の小鬼が二人の前に再び現れた。
二人は逃げ惑った。
『お願い! 止めて! 私には子供がいるの……お願い、助けて』
しかしそんな懇願も虚しく、あっという間に小鬼は彼女を捕まえ鷲掴みにしよった。
彼女はあっけなく死んでしまった。
ところが、その小鬼は殺すつもりがなかったらしく、手のなかの亡骸を見つめ、困った顔をしてその場に暫く立ち尽くしていた。
そして、何を思ったのか、楓の木の根元に彼女を埋めて立ち去った。
取り残された男は何も出来ず、ただうろうろとその木の側からいつまでも離れなかった――――。」

爺さんは暫く沈黙した。



「それで? その後、男はどうなったんです?」
「………どうもならんよ。今も、そこの楓の木の側をうろうろしとる」

悲しく微笑んだ爺さんの頬を涙が一筋流れて消えた。その時だった。



ゴオオオオォォン



鳴り響く寺の鐘の音と蝉時雨。


    ――――やっとお迎えがきた。


囁くような爺さんの声。薄れる姿。


耳がわんわんと振動していた。
頭の芯に靄(モヤ)がかかったような耳鳴りの中、

ぽとり――――――と落ちる音だけが、はっきりと聞こえて、振り向くと蝉の亡骸が仰向けに落ちていた。
蝉時雨は益々大きく鳴り響き、辺りを包んだ。





蝉の亡骸に近寄って俺がそいつを拾い上げると、


アリガトヨ


と手から伝わってきた。俺が今からしようと思っていることを読まれた気がした。

そっと手に乗せた亡骸を、側にあった楓の根元に穴を掘って埋めてやり、その上に小さな石をちょこんと置いた。
何だか形の良い石が、まるで用意された墓石のようで、まわりの短い雑草とマッチして、ジオラマを見ているような気がした。


と、その時。
「あれ、大平くん? あーやっぱりそうだ! 久しぶり! 大平くんも帰って来てたんだ」
「え? もしかして………水野さん? ………何か随分感じ変わったね――――」

綺麗になった。いや、もともと整った顔をしていたけど、垢抜けたんだな。
微笑んだ水野さんは覗くように俺の顔を見上げた。
「何してたの?」
「いや、別に………。そっちこそ、何でこんなとこに?」
「近くを通りかかったら何となく懐かしくなって」
小首を傾げて自分でも不思議だと言うような顔をしていた。
「――――ねえ、もし暇だったら、今から一恵ちゃん達と飲みに行くんだけど、一緒に行かない? 」
「行く、行く! でもいいの?」
「もちろん」



俺は水野さんと思い出話に花を咲かせながらその場を後にして、数歩進んでそっと振り返った。


小さな墓石がぼんやり光って見えて、何となく爺さんが引き会わせてくれた――――そんな気がした。




暑い暑い、夏の日の思い出。
淡く懐かしい、甘酸っぱい記憶と共に蘇る。




降り注がれる蝉時雨。


いつまでも、いつまでも、それは寺の境内を包んでいた。



2005-07-26 02:06:25公開 / 作者:ミノタウロス
■この作品の著作権はミノタウロスさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ノンフィクションです。
嘘・もちろんフィクションです。
日本古来の怪談話。昔は幽霊や、動物霊が自分の無念や、想いを聞いてもらうだけと言う可愛いものだったそうな。
今は恨みや怨念渦巻くホラーばかりで、人間の性根が腐ってきたっちゅう事なんですかね。
って事で、夏なので蝉の怪談話(ほのぼの編)を書いてみました。

ご意見・ご感想・ご指摘・etcございましたらお寄せ頂ければ、とっても嬉しいです。

爺さんの話を出来うる限り膨らましてみました。【7/26】
この作品に対する感想 - 昇順
作品読ませていただきました。7年。巧い使い方だと思います。また、夏の情景は理解しやすく、読んでいて蝉時雨が聞こえてくる感じがしました。ただ、鬼の話で(襲われる方としては鬼に感じるだろうけど)御伽噺のようになってしまい、いままであったリアルさ、その後のリアルさの間で、物語が浮いてしまったいるようにも感じました。お墓を作ってからの余韻はよいものでした。ところで「○○○○。」と表記されていますが、普通は「」の最後には「。」は必要ありません。私感ですが、現在書かれているプロの作品はホラーではなくスプラッタではないかと愚考します。私は夏目漱石や内田百間などの、まさにホラーという作品が好きですね。では、次回作品を期待しています。
2005-07-24 20:08:35【☆☆☆☆☆】甘木
拝読しました。夏ですねぇ、暑いですねぇ。ああ、暑い。さて。読み易い文章で、最期の数行なんかも好いですよ。描写も夏を彩っていたと思います。ただ、「おまえさんに話をしてやろう。昔話さ。むかし、むかしのお話だ。」からの書き方と言うか、それまでの流れを汲むに些か急ぎ足で書かれた様な印象を受けました。はやく締めに繋げよう、そんな感じ。最初から最期まで、もう淡くふっと消える印象を与えて(いや、あるのですがね。強めてという意味で)くれればなおよかったです。ホラーは兎も角怪談噺と言うものはねぇ、語り方によっては極端な例えで「茶碗がテーブルから転げた」であっても怖くする事が出来得るのですよ。血も化け物も要らないのですね。ふむ。次回作御待ちしております。
2005-07-24 20:59:34【☆☆☆☆☆】京雅
暑さでぐだぐだですから、影舞踊も涼しげな川原へと出かけたいです(笑 物語の構成としては、おじいさんのお話へといくまでがきっかけで、おじいさんの話がメインとか勝手に思いましたので、ずいぶんあっさりとしていたおじいさんの話がちょっと残念でした。その部分をもっともっと膨らませてもいいんじゃないでしょうか。そうすればラストももっと際立つんじゃないかなと。あと、おじいさんが僕の視界から消えるという不思議さに対して僕は何も思わなかったのか。少しそういうのも書いていただければ嬉しかったなぁなんて。次回作も頑張ってください。
2005-07-24 23:23:23【☆☆☆☆☆】影舞踊
甘木様>
ご感想有難う御座います。情景や風景描写は難しいのですが、思ったように描けた時はかなり気分がいいです。こう言う描写は書いてて風景が浮かんでくると楽しくて、今回はとても楽しくかけました。小鬼の話は、現実味がなさ過ぎで、浮いてましたか……。難しいですね。
ところで、私は漱石と芥川が好きですね。ああ、この二人の事を言い出したら止まらなくなるのでやめましょう。連載の途中ですが、夏向きのSSが2つほど、思いついてしまっているので、そのうちアップします。その時はまた宜しくお願いします。
読んでいただき有難う御座いました。
京雅様>
毎度様です!日本の四季は豊で文章にし易いのですが、伝わったのかなと思うと嬉しい限りです。最後の数行は、久しぶりに自分らしい〆になって自己満足ですが気に入ってます。ところで、爺さんの話ですが、……もう、京雅様の感想読んだ時、思わず笑ってしまいました。【はやく締めに繋げよう、そんな感じ。】←はい、まさしくその言葉通りでございました。文章から私の心を見透かしてしまったその洞察力、怪談話より恐ろしい***感服しました。では、また、別のお話でお会いいたしましょう。ご感想有難うございました。
2005-07-25 04:15:50【☆☆☆☆☆】ミノタウロス
影舞踊様>
お久しぶりです。ご感想ありがとうございます。私の中では、爺さんの話はメインではないのですがあの部分は、ご指摘が多い通り、自分でも急ぎ足で描いた部分で、不完全なままアップしたという感じです。それと、おじいさんが視界から消えていて驚いた様子は、わざと省いたのですが、あったほうが良かったですかね。うーん付け加えてアップしなおそうか……。ご指摘・ご指導有難うございました。SS予定してるのがあるので次回も読んで頂ければとっても嬉しいです。
2005-07-25 05:00:26【☆☆☆☆☆】ミノタウロス
なんか綺麗。藤沢周平の「蝉時雨」(蝉の古字が出ない…… 泣)が好きで読んだのですが、綺麗な小説であるといった印象です。ただ、皆さんが言われているようにおじいさんの話のくだりが弱い気が。残念。
 でも全体的に好きなお話だった感じで、雰囲気も綺麗ですので、まぁそれもありかなぁ?(何だそれ 笑。)
 それでは、次回作も頑張ってくださいね。
2005-07-29 00:33:28【★★★★☆】夢幻花 彩
夢幻花 彩>
初めまして。読んで頂いきありがとうございます。【綺麗】と言って頂いて嬉しい限りです。日本の四季の彩りは儚く美しく、書いていてとても楽しいのです。この話、イメージ映像先行で出来たお話の為お爺さんの話は膨らましても膨らみようがありませんでした。残念。では、感想本当に有難うございました。
2005-07-29 01:09:09【☆☆☆☆☆】ミノタウロス
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。