『たちばなそう の はなし を』作者:ソウコ / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約3.36枚
「ねぇ、たちばなそうの話をして」

 妹は、そういっておもしろそうに目をほっそりと細めた。目の前に先ほど頼んだアイスコーヒーが、てつかずのまま、グラスに霜をこびりつかせている。妹、といっても血のつながりなどない。年が少しだけ離れていて、お互いに姉妹兄弟が居なかったからそう思い込んでいるだけだ。お互いに。第一彼女は立派な社会人なのだし。一種のばかばかしい遊びに他ならない。

 たちばなそうの話。そう言われた時に、私は彼を思い出せないことに気がついた。彼は、どんな顔で笑っただろう。

 絶望的な気分になりながら私は必死に考える。

「いつも、煙草を吸ってた、かな」
「それで?」
「うん、で。ラーメンが好きだった。毎日食べてたよ」
「ふぅん」

うの音だけを高く発音して、妹は目を伏せた。しばらくストローで氷をグラスのしたに沈めてから、静かに私の方を見る。私は、妹の目があまりにも澄んでいた事に驚いた。全く、黒い瞳。その目に内心動揺しながら、私は必死にたちばなそうに思いを馳せる。怒った時、嬉しい時、彼はどんな声で自分を呼んだんだったか。

「ねぇ。それで、彼はどういう人なの?」

妹の問いに、 私は、また言葉に詰まってしまった。思い出せないわけではなく、その当時はそれが当たり前で、そんな事を考えたことも無かったからイメージが希薄なのだ。あんなに、あんなに愛し合ったはずなのに。

「優しい人」
「どんなふうに?」

 当たり障りの無い事を言って見たけれど、妹には通じなかった。首を傾げながら催促してくる。綺麗に肩のあたりで外向きにカールした、ライトブラウンの髪がピアスと揺れる。それが動かなくなるのを待ったのに、私には、答えられなかった。

「たちばなそうは残酷な人ね」

 そんな私の様子を見て、妹は眉をきれいな眉間へと寄せた。みるみるうちに、顔が不機嫌になる。

「どうして?」

 そうは言ったけれど、私は妹の言う事はもっともだと思った。なぜかは解らなかったけれど。

「だって、彼はあなたにそうなるように振る舞ってたってことでしょ。」

 ふっくらとあかい、弾力のある唇を尖らせて彼女は清々しく言い放つ。ああ、そうかもしれない、彼はそういう人だった。だから優しいと記憶している。優しいの隣りにある言葉はきっと「残酷」なのだから。

「優しい人よ」

  私はもう一度そういって、目の前のアイスコーヒーを啜った。おおよそ、絶望的な気持ちで。妹は一度フン、と鼻を鳴らしてから

「たちばなそうの話はつまらないわ」

  ときれいに淡いさくらいろのマニキュアが塗られた、卵型の爪を眺めた。私は急にほこらしくなった。そうだ、たちばなそうの話はつまらなくてはならない。つまらないことがなにより大切なのだから。そう、彼女の意味も無く美しくそろえられた、爪のように。

「そうかな?」

 私は泣きそうになりながら、答える。
妹の身勝手さは、本当にほんとうに清々しい。

 そう思って、私は霜のついたアイスコーヒーを啜る。少し苦いそれを、彼が好んだかどうか、私には思い出せなかった。
2005-07-21 22:03:58公開 / 作者:ソウコ
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■作者からのメッセージ
お初にお目にかかります。
こういった場で、このように小説を発表するのは初めての事なので、多少緊張しています。

今回の話は、なんでもない事のように見えて、実はそうじゃなかった、という話を書いてみたつもりです。静かに進んでいるのに、どこか、何かがうずまいている、そういう感じを出したかったのですが…

 このような稚拙な文ですが、もし宜しければ、ご指摘、御感想、なんでもいただけましたら幸いです。
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして。読ませていただきました。ところどころに独特の平仮名表記が見られて良かったと思いますし、短すぎるくらい短い文の量がかえってよかったのかもしれないとも思えます。表現というか描写というか、手馴れた感じですっきりと読むことができました。ただ改行が多すぎて、詩的な印象を受けたかなという感じも。今度はもう少し長くボリュームのある作品を楽しみにさせていただきたいと思いますっ。
2005-07-21 21:59:10【☆☆☆☆☆】ゅぇ
拝読いたしました。有栖川と申します。初投稿って緊張しますよね!!
書き慣れているのだなという印象で、ひっかかることもなく(ただ、インデントなどの書式は統一したほうが読みやすいかもしれません)読めました。たちばなそう……植物の名前のようでもありますし、もちろん人名のようでもありますし、一度きいたら離れないようなことばですね。ちょっと村上春樹の世界観を思い出すような感じでした。この『不思議感』や『流れ』を楽しむならば良かったと思いますが、できればもう少し暗喩するもの、水の底にあえて沈めているもの(作者側の意図ですね)を水面下くらいまで持ってきてほのめかしてもよかったかもしれません。文章に気を取られ、内容はちょっとつかみにくい印象があったのも事実でした。
と、失礼なことを言ってしまってごめんなさい。次回お待ちしております。
2005-07-21 22:18:45【☆☆☆☆☆】有栖川
ご指摘御感想、有難う御座います!
>>ゆえさん
 初めまして。読んでいただいて有難う御座います。手馴れている、とのお言葉とても嬉しいです。
 ご指摘有難う御座います!詩的になってしまうのは私の悪い癖なので、今度は構想の次点から改行なども頭に入れ、作品を作って行きたいと思います。

>>有栖川さん
はじめまして。初投稿は本当に緊張します〜。手が震えてました!たちばな そうの名前について頭にこびりつく名前をイメージしていたのでそう言って下さるととても嬉しく思います。
ご指摘のほうも有難う御座います。私は自分の書いた文章を自分の中で完結させてしまう傾向があるので、今度からは読んでくださる方の視点をよくとらえ、次回に生かしたいと思います。失礼なことだなんて、とんでもない。むしろ余りに自分の欠点をずばりと指摘してくださったので一種の爽快感さえ感じています(笑)
2005-07-21 22:42:46【☆☆☆☆☆】ソウコ
初投稿の緊張を思い出しました(マテ いや、今も緊張しますけど。
終わった恋を忘れさせようとした優しい妹。そんな感じの話なのかな? 「静かに進んでいるのに、どこか、何かがうずまいている」というのは表現できていたと思います。ただ静か過ぎて淡々としていた感じがありました。短かったですしね。でもなにか新鮮な感じがしました――奇抜というか(なんか違うけど 次回作も頑張ってください。
2005-07-21 23:10:58【☆☆☆☆☆】影舞踊
初めまして、京雅と申します。投稿する時は今も緊張して異様に時間が掛かってしまう私で御座います。さて、作品拝読しました。流れは静かで御座いましたね。外側から読み取るに淡い感じで心情等を抑えつけているように思えました。この文量で一つの場面を魅せるなら読者側に何か訴えかけるか若しくは悟らせるような仕草・心情描写があったほうがよいかもしれません。表面をなぞっている内に物語がすとんと切れてしまった様な印象を受けました。勿論それがただ悪いと言う事じゃなくて、あと一歩作中人物に踏み入って戴けたら読後に残る物も強まったかなと。短い中に二人の関係については強く示されていただけに、そう思いました。失礼な事を書き込みました、申し訳御座いません。次回作期待しております。
2005-07-22 10:47:59【☆☆☆☆☆】京雅
初めまして、読ませていただきました。2回読み返して、話の内容がおおよそ理解出来た感じです。短い文章ながら、妹と呼ばれる女の我侭さや、主人公の内にある寂しさなどが伝わってきて、良かったと思います。ただ、「たちばなそう」の話が、過去形や現在形入り混じって語られているので、読者が少し混乱くるのだろうと思います。現に、主人公と「たちばなそう」の現在の関係がいまいち良くわかりません。あと、聞き役が妹と呼ばれる女である必要性がわかりませんでした。その設定が話を少しややこしくしている気がします。何か理由があるのでしょうか?良ければ、お教えいただきたいと思います。
次回作も頑張ってください。
2005-07-22 19:03:27【☆☆☆☆☆】オレンジ
初めまして甘木と申します。作品読ませていただきました。短く纏められていて読みやすかったです。描写や表面上の心情を排除したことで、作品全体がひとつの歌詞のように感じました。ただ、描写を切りつめた結果、読み手を突き放して物語が進んでいた印象を受けました。作品は頭で理解しても感情移入が難しかったですねぇ。もう少し長く書いても面白かったのでは、などと愚考いたします。では、次回作品を期待しています。
2005-07-24 00:00:14【☆☆☆☆☆】甘木
計:0点
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