『スティックシュガー』作者:花檻 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約6.07枚
 男女の友情は成り立つか?
 私、東野由加里は「成り立つ」と、一応答えておこう。


 親友に呼び出されたのはもう夜中。
 こういう場合の待ち合わせ場所として、家から徒歩約十五分、二十四時間営業のファミレスは存在する。
 そのファミレスは道路に面してガラス張りで、店の中を見渡せる造りになっている。そのガラスの壁にカウンターが設置されていて、そこが私たちのいつもの指定席になっている。
 今日も例に漏れずそこに彼の姿を見つけた。黒のボトムに青と黄色のTシャツを重ね着している。いつもは大体携帯をいじっているのだが、今日はぼーっと備え付けのスティックシュガーを指でくるくると回していた。
 考え事をしているときの彼の癖だ。ガラス越しに目の前を通ったが気がつかなかったようだ。
「新。どした?」
 声をかけてようやく彼がこっちを向いた。
「わり。ちょっとな」
 口の端をちょっと持ち上げただけでそのあとの言葉はない。いつもなら軽口が返ってくるのだが、それもない。
 彼、柳新は小学生からの親友だ。高校は違うところへ行ったのだが、俗に言う悪友というものはなかなか切れない縁であるようで、今でも連絡を取っている。特に相談があるときは真っ先に連絡を取り付ける人物だ。
 いつもと違い黙ったまま、いつものように彼の左側に座り、注文を取りにきたウェイトレスにコーヒーを頼む。
 いつもならすでに話を始めているところだが、今日はコーヒーがくる間も、きてからも、お互い口を利かなかった。
 他でもない、彼の纏う重く淀んだ空気が話をする雰囲気ではないのだ。
 この重苦しい空気と、こんな夜中に呼び出しがあったことに、何かあったことは間違いない。ちらりと彼の横顔を見るが特に変化はなかった。
 視界の隅で回るスティックシュガーが気になり、その手元に視線を落とすと、ふとその左腕に変化を見つけた。
 そこにはくっきりと、白く腕時計の形をした日焼けの跡がある。
 そのことで長年の親友に何があったのかを察することができた。
 お互い道路に向かって座っている状態だが、夜の窓ガラスは鏡になる。その鏡越しに親友を見るとばっちり視線がぶつかった。
 これは私から聞くべきなのだとその目を見てそう思った。鏡越しとはいえ直視したまま聞くのは避け、視線をコーヒーカップに落とした。
「別れたの」
 できるだけ感情を乗せないように努力した。
 慰めも、同情も、疑問も、今の彼にはいらないものだろうと思ったからだ。
「うん。振られた…」
「そっか」
 返ってきた答えにそれ以上何も言えなかった。
 あの腕時計は彼女から誕生日プレゼントにもらった物だと、これ以上はないくらいのキラキラした笑顔で話してくれた。二年前の話である。
 この二年、彼の腕には定位置と言わんばかりにその腕時計があった。アクセサリーが嫌いで腕時計すら面倒だと言っていた彼がそれを覆し、唯一外すのはきっとお風呂に入るときくらいだっただろう。
 そう確信できるくらい彼は彼女が好きだった。いや、好きなのだ。まだ。
 振られた、ということは彼女の気持ちの変化であって、彼の変化ではない。
 ではあの腕時計は捨てたのだろうか? いや、それはない。多分、腕時計はまだ家にある。きっと帰ったらそれに触れ、彼女を思うだろう。

 何を話すでもなくただ時間だけが過ぎていく中、彼は相変わらずぼーっとしながらスティックシュガーをくるくる回している。
 その姿になぜか腹が立ち、気分がいらだつ。
 彼の手元でくるくる回るスティックシュガーのせいかも知れない。
 冷めかけたコーヒーに口をつけるとガラスに映る自分がいた。自分で言うのもなんだがひどい格好だ。ジャージのズボンに、なぜか「NO smoking」と書いてある色あせた緑色のTシャツ。お風呂上りだったため顔はスッピンだし、髪も整えていないため、キャスケットで隠しただけだ。
 気兼ねない“親友”だからこその姿だ。そのことにため息がでそうになる。
 本当は電話から聞こえてきた彼の声で、何があったのか、何となく想像は付いていた。その声音に胸がざわつき、家を出る前に着替えようか迷った。
 しかし、彼が電話した私は“親友”なのだ。それ以上でもそれ以下でもなく…。
「…一度できた関係を自分から壊すのって勇気いるよね」
 何となく出た言葉は私自身に向けた言葉だった。
 私と彼の間には分厚く、透き通った“親友”という壁がある。それは超えるにはあまりにも高いが、突き破るにはあまりにも脆かった。でも、私にそれを突き破るほどの度胸も勇気もないのだ。
 思わず自嘲がもれ、彼にバレないように頬杖をついて口元を隠した。
「なんか実感こもってるな」
 沈黙を破った私の言葉に、彼はスティックシュガーを元の場所へと戻した。
「ま〜ね。私はそれほど強くないってことかな。ずるずる引きずって後悔するくらいなら、たった一言くらい言ってしまえばいいのにね。新の彼女みたいにさ」
 残っていたコーヒーを飲み干す。それはすでに冷め切っていた。
「新はもちろん。彼女もつらかったと思うよ? ほら、傷つかない恋はないっていうじゃん。恋は傷つくことを前提にするもんなんだってよ」
「へーへー。さいですか。よし、じゃ、まず髪を切らないとな」
 前髪をつまんで、ようやく返ってきたいつもの軽口にほっとしつつ、どこか痛い胸に気づかないふりをした。
 私には今の関係を壊してまで傷つく勇気はない。
 傷つく勇気がない以上、恋をする資格はないと思う。


 男女の友情は成り立つか?
 私、東野由加里は「成り立つ」と、一応答えておこう。
 
                              終わり
 
2005-06-05 21:23:03公開 / 作者:花檻
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■作者からのメッセージ
最近忙しすぎて何も書いてなかった花檻です。
一日で書いたものなのであまりまとまりがない気が。
初めて恋愛モドキを書いたので、恋愛書いている方に読んでいただきたいです。そしてお手数でなければ感想を…。いや、今回は感想怖いな(ドキドキ
 
この作品に対する感想 - 昇順
ビビッておられるので? さっきすごいLV読んじゃったからなあ。いっぺんにたくさんの書き物を読んで感想を書くのってよくないかも。ん〜でも。スティックシュガーを回す甘ったれ神に対して、由加里の苦さが出てたんじゃないかなあ、と。今、私のLVに対するの自己基準が揺れてるので感想はあいまいで、すみませんな。
2005-06-05 22:46:58【☆☆☆☆☆】clown-crown
羽堕です(o*。_。)o読ませて頂きました♪はふーと溜息が出てしまうような作品でしたε('∞'*)彼女の微妙な気持ちを読者にも解るけど解らない程度に書いているのが、彼女自身の気持ちなんだろうと思えて良かったです(≧∇≦)ノ私も男女の友情は成立すると思ってますよ( ̄∇ ̄*)ゞ文章も読みやすく楽しく読めました♪では次回作、期待しています(。・_・。)ノ
2005-06-05 22:59:56【☆☆☆☆☆】羽堕
拝読しました。何となく切なくて、心情なんかも出ていてよかったと思います。性別の境界線を越えた友達、私も確かに居ますよ。相手がどう思ってくれているのかは解りませんけどね。文章も読み易かったです。ただ、もう少し長くしてほしかった。我が儘な私なんかはそんなひねくれた感想を抱いてしまいます。次回作も期待しております。
2005-06-05 23:48:10【☆☆☆☆☆】京雅
読ませていただきました。女性の方の親友という捕らえ方ってこういう感じなんだなあと、なるほどと納得してしまいました。僕も振られたときにぐちる女友達はこういうさっぱりしてる人だななんて勝手に解釈してしまいました。それでは、またいい作品を書いてください。
2005-06-05 23:54:49【☆☆☆☆☆】AI
しんみりしました。良かったです。 (簡易感想)
2005-06-06 00:19:17【☆☆☆☆☆】Rikoris
こんなにたくさん暖かい感想ありがとうございます。
初めて恋愛ものを書いたので本当にドキドキものでした。ちゃんと伝わるのかどうかが心配で心配で。でもどうにか由加里の切な〜い感じが伝わったようなのでほっとしております。 ちょっと短い文章になりましたが、読んでくださりありがとうございます。
 
2005-06-07 00:06:50【☆☆☆☆☆】花檻
計:0点
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