『私の生きた道へ』作者:貴志川 / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 世界はクソでできている。

 別に意味なんてない。このフレーズが好きだから、使ってるだけ。


 正しいことなんてない。

 別に意味なんてない。このフレーズが好きだから、使ってるだけ。


 人間なんて愚かなもので、悪いと知っていてもそれをやり通したり、正しいと知っていてもそれをやらなかったり、なんだかバカで、バカで、しょうがないじゃないか。そうだ、笑え、人間なんてこんなときに思いっきり笑えばいい。だって、バカなやつを嘲笑するのは悪いけど、自分を嘲笑するのはいいんだろう? そうなんだろう?
 やっぱり人間なんてクソだ。
 何もないじゃないか。その長い命を、他の短命な者達と同じように効率的に使おうとすることはないのだろうか。感情や、悩み……そんなの、バッカみたい。
 人の多くは夢や希望なんていう物に最終的にはたどり着いて、それを『敵』とか『目標』とかにして生きる糧とするらしい。

 だから敵を作ってみた。

 テレビで討論していた『没個性主義者』を敵にした。
 実に雄弁に個性的な世界を話す男、評論家であり、エッセイストである男は、テレビの中で声高にその有用性を主張していた。
 世界を分割してみればいい。そこには平均という『没個性的』なやつらが存在する。奴等はバカみたいに同じように行動し、同じように考えて、同じ正義を振り回す。
 そうだな、奴等はバカだ。

 だから、なんなんだ。
 個性がないのはそれだけで悪という考えは理解できない。個性がないやつは努力をしていない? なら、それこそ聞かせてくれ。
 『有個性に向かう奴等は、皆、個性的か?』『自分を形づくる為に、わざわざ努力なんてものをしなくてはいけないのか?』『お前の言う個性とは、そもそも普通の者の考える個性でありうるのか?』

 だから、なんなんだ。

 人間なんてクズでバカな奴等ばかりだ。『主義者』なんて奴等は所詮は思考の押し付けでしかない。それが正しいかどうかは、お前が決めるわけではないのに、なぜお前はそれを、悪と決めるのか。第一、『思考』という概念すら世界にあると信じて疑わないお前ってなんなんだ?
 『思考』は世界の意思、『思考』はある方向性を決定する個人の意思、『思考』は国家の共同的意思……そう、考える奴等だっている。
 思考が個人のものであるなんて、誰が決めたんだ。
 お前の信じる世界が、なぜ正しいのか、教えてくれ。効率なんて、意味を成さない。幸せなんて、象徴的すぎて、願望にすらならない。

 ほら、もうそこには何もないじゃないか。

 ……こうして私の戦いは終わった。没個性主義者と私の、激しく、そして下らない戦いは終わったのだ。

 ……いったい、こんなことの何が人生を左右するほどの大義名分となりうるのか、私にはさっぱりわからなかった。

 ああ
 
 やはり世界とはクソにまみれているのだろうか?
 私にとっての人生をかけるほどの『敵』とは、いったいなんなのだろうか? 下らない言葉遊びの『高尚な討論』や、人が人から搾取するために作った『物』への『欲求』など、私にとってはくだらない世界を構成する一部でしかない。だから、それは私が生きる為の糧とは『なりえない』

 なのに、なぜ私はこれほどに『大義名分』がほしいのだろう? 

 世界なんて、下らない、そう、下らないんだ。

 私はその考えは間違っているとは思わない。そうだ、世界なんて、詭弁で一生懸命に美しく磨こうとする、人工的な幻想の場でしかない。

 ああ

 なのになぜ、私はこれほどまでに『満たされない』のだろう?

 そう、私は皆がうらやましい。

 そうやって、世界が『希望の発掘場』に見えている皆が、とても、うらやましい。
 なぜだろうか?
 なぜ私を作った『何か』は、私に生きるための『希望』や『敵』を与えてくれなかったのだろうか。

だれか、私に『敵』をください。
 私に『希望』を下さい
 私に、生きる『糧』を与えてください。






 ああ
 このまま私に糧が与えられないのなら、私が選ぶ道は一つ。


 ただ、一つ。








      平成十六年 五月三日

              斉藤 真美     





「というわけでして、斉藤様のお嬢様が残した……まことに申し訳にくいのですが……『遺書』、なのですが、それがいま、若い層に爆発的な支持を受けているのです。共感できる、と」
 三年前自殺した娘が残した遺書のコピーを、突然我が家へと現れた「出版社の営業部」を名乗る男は、私によく見えるように机の上の中央へと寄せた。……バカね、そんなもの、見なくとももう、何度も読み返して、頭の中に記憶されてしまっているわ。
 そんな私の思考がわかるでもなく、出版社から来た若い男は、頭を低くしながら私が案内したリビングのソファーに窮屈そうにもう一度座りなおし、蚊の鳴くような声で呟いた。
「それで……あの、もしよろしければ私達の会社のほうで出版させていただけないでしょうか? その、奥様のコメント付きで……」
 この男はどうやら、遺族である私に気を使っているらしい。それほどまでに緊張することはないのではないだろうかと思いながら、私は薄ぼんやりとした感覚の中で男にうなずいていた。
「よろしいかと思います。うちの娘は一時期、小説家になりたいと勉強をしておりまして……それで少しは文章力がついたのでしょうか。私が見た中では、あまり感心できたものは無かったのですが」
 私は、もう娘の自殺など引きずっていないことをアピールするため、そんな冗談を飛ばしながら、小さく笑った。
 内心は、とても笑えるような心境ではなくて、むしろ泣き叫びたい気持ちになりながら。
 三年前、「どうして、どうして」と泣き枯らしたと思っていた涙が、溢れ返りそうになるが、必死にそれを押し隠した。
「よかった」
 男はとたん笑顔になった。
「たたき出されると思ったんです。娘は商品じゃないといわれて……実際前にお伺いしたお宅ではそういう扱いをされて……」
「まあ……大変ですのね」
 「ええ、でも、仕事ですから」と若い男はは笑った。もし私の娘が生きていたとするのなら、歳は目の前の彼と変わらないだろう。そう思うと、やはりやりきれない気持ちとなった。娘は、生きて社会へと出ることはできなかった。
「しかし、素晴らしい文章力ですね」
 男はコピーに再度目を通し、そしてうなずく。
「いや、実に素晴らしい。もし彼女が生きているなら、私はこのまま、エッセイストになることを勧めていましたよ」
「そんな、過大評価ですわ」
「いえ、引き込まれる文章、話し方、とても素晴らしいセンスを感じます。これでしたら、一生エッセイストで生活ができますよ」
 そして、何の気なしに彼は言った。


「一生を賭ける物が、彼女は手に入れられたのですが……」


 私はそれに、感慨も無く、「そうですね」と短く答えた。


 それが無意識のうちに皮肉られた娘のためになのか、それとも流れそうになる涙のためなのか、私には区別がつかなかった。
 
 ただ、世界がクソだと汚くののしった娘へ、私は今、共感することができていた。
 死してやっと、彼女は生きる糧を与えられたのだ。使うことも無く。
 酷い、皮肉だった。



 「素晴らしいですね」
 そして男はなおも、娘の『遺品』を、素直な気持ちで褒めちぎっていた。

2005-06-01 18:38:07公開 / 作者:貴志川
■この作品の著作権は貴志川さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
うーん。最近書いてはうなってばかりの貴志川です。ああ、書いててムダに疲れたワリにはオチが弱いなあ。さいのうねえなあ。
とちょっとへこみながらここかいてます。

いや、敗残の将、多くを語らずです! 静かにしてます……  ムナシ……

辛口から、甘口まで、気が向いたなら、感想、アドバイスお願いいたします。
この作品に対する感想 - 昇順
京雅はですね、自殺者の気持ちなんて解らないですけど、でもだからこそ自殺なんてものは絶対にするべきものではないし、自殺は「意味を為さない」ものだと思っています(唐突ですが)。まあそんなわけでしてあまり入り込む事は出来なかった、と言う事なんですが、貴志川様の意図をおそらく掴んですらいないだろうなあと己の未熟さを反省しつつ、冒頭から続く「遺書」については、「主義者を疎ましく若しくは莫迦な者」って主義主張している様にこの歪んだ私には見えて、そこのほうがひどく皮肉みたいでしたね。ああ、また意味の解らない事ばかり綴って、何してるんだ私は……。申し訳御座いません、気に障ったら謝罪します。ところで遺書が何で世間に知れて若者に支持されているんでしょうね、少し気になりました。次回作と連載頑張ってください。
2005-05-31 23:49:56【☆☆☆☆☆】京雅
才能がないことを認識できるのも才能がある証拠だと思います。何がいけなくて何がいいのか、漠然としていてそれを捕まえることが出来ない。そんな中でも書き続けることが出来れば自然と自分独自の才能は開花すると思います(それが広く深く受け入れられるかは別として(うわ、ダーク ……嘘です。すいません、嘘つきました。才能の有無。影舞踊も才能欲しいですが、それに見合っただけの時間と労力をかけていないので無理です(苦笑 もともとあるとかってのはあんまり(←ここ大事か(笑)ないと思います。誰でも頑張れば花開くと軽口は叩けませんが、そらもうものっそい努力したらいけるんじゃないかと(どこにですか? ――って感想書いてねぇ(汗 んーまぁね、実は今書いたことを思った小説でした。小説家としての苦悩を感じる作品、確かにオチは少し弱かったかな。どうせなら遺書から後の編集の話をもう少し簡略化しても良かったんじゃないかと思いました。でも何となく貴志川様らしい作品だなぁと感じたのはなんでだろ、それだけ独特なんだろうか(笑 次回作も期待しています。
2005-05-31 23:54:55【☆☆☆☆☆】影舞踊
素直に言うなら「騙された」。遺書を読んでる途中から「物語性なんてどこにもないぞ」と思ったぐらいなので。遺書だと知ったときは騙された、と思った。でも、この構造が浮かんだから書いたのではなくて、自分の言いたいことを小説風味にしたいから書いたように感じます(真偽はともかく)。これ言っちゃうとぼろくそ貶したことになりそうですが……、遺書に説得力はないです。申し訳ない。そう思ったものだから。主張色が強い書き物には知らずの内に辛口になるようだな、私。気に障ること確実なので先に謝罪。
2005-06-01 00:52:54【☆☆☆☆☆】clown-crown
才能なんてものは、努力して努力して努力し尽くして、それであるかないかわかるもんです。それに才能のせいにはしたくないですね。小説を書く事に限らずなんでも。じゃないと、人は努力することをやめてしまいます。世界はクソで出来ている。インパクトありますね。最初、文を読んで男かと思っていました。というか、遺書を作品にし出版する会社も、どんな理由があろうとそれを止めない親もクソですね。コピーがあるってことは、娘の関係者が遺書をコピーもしくはFAXしたってことですよね。あぁ、最低です。どいつもこいつも。自殺は死ぬことよりも生きているのが辛いと考えてするものなんでしょうが、死ぬことの方が楽なんて何故わかるんでしょうね。誰にもそんなことわかるはずないのに。もしかしたら死んだ後の方が辛いかもしれませんよ。ふむ、いつか私は命の尊さを訴えて自殺なんてあまりにもくだらないことなんだと、知らしめることが出来る作品書きたいですね。あと京雅さんも指摘していますが、なんで遺書が世に出回ったんですか?
2005-06-01 00:55:47【☆☆☆☆☆】あいか
読みました。逃避行動実施中。あ、気にしないでください。一つ、引っかかったというか惹き付けられた言葉。「だれか、私に『敵』をください」。このフレーズが飛びぬけていいと思いました。このフレーズで、ちょっと彼女の悩みが垣間見えました。目標とか、夢とかではなく、『敵』と表現することが全てを表しています。彼女が戦っていたのは、明確な敵が居ないという状況、戦うものが用意されていないという状況、戦うに値するものが居ないという状況。さて、何か止まらなくなりそうなので、ここで止めて。オチ、は結構色んな可能性があると思いますが、ここは、素直にこれでいいんじゃないでしょうか。私が思いついたのは、母親が手紙から一文を切り取って、保管しているというオチなんですが。今までのことが覆るようなことを、最後にどーんとというものなんだけど。うーん、でもなぁ、ちょっと方向性が違うのかなぁ。ああ、何か魔力のようなもので色々考えさせられている。止めよう。では、ここら辺でおさらばします。次回を楽しみにしています(最後にちょっとだけ、多分この彼女は、自殺をしたとは感じてないんじゃないかなぁ)。
2005-06-01 01:19:06【☆☆☆☆☆】うしゃ
うーん。遺書の部分が(多分この小説の主題だと思うのですが)往年のスターリンや奇形児というバンドの歌詞を読んでいるみたいで私的には新鮮みがなくって……失礼な書き方で、ごめんなさい。私は死にたいとほざくヤツらや、自ら死ぬヤツらが嫌いなので遺書を書いた斉藤真美に共感できないんですよ。そして娘を想うと言う形で自己満足を求めるこの母親にも。でも、この遺書ならパンク系のヤツらには支持されるだろうなぁ……。失礼なことばかり書いてすみませんでした。でも、いろんな意味で心に残る作品でした。では、新作及び連載の更新を期待しています。
2005-06-01 01:29:16【☆☆☆☆☆】甘木
はじめまして。愛されることから疎遠になってしまった故に、他人への優しさを忘れてしまった人間のなれの果て。このお母様には大変申しわけないのですが、真美という子のことを、私はこう見ました。見当外れだったら申し訳ありません。他人からの不当な圧力による自殺なら、やりきれない怒りや悲しみを抱えるところですが、真美のような自殺の場合は、「死ねてよかったね。もう苦しまなくていいんだよ」などと祝って(?)あげたい次第(我ながら軽率ですが)。しかし、自分の生命の存在の意味を見失ってしまった彼女のことは、本当に「かわいそう」だと思います。クソ(この言葉使うの、ちょっと抵抗があるかも(笑))になったのは世界の方ではなく、彼女の方だったのでは。持論ですが、世界は美しくもないし、クソでもないと思います。世界がクソになったのは、「この世界はクソだ」と言う人がいるからで。ところで、この作品には抽象的(?)で難しい(?)言葉が多用されているため、頭すかすかの私には少し読むのが辛かったです。「没個性的」というのは、どういうことなんだろう(本当に馬鹿でお恥ずかしい限りです)。それでは、失礼します。
2005-06-01 17:11:02【☆☆☆☆☆】エテナ
自殺っすか、考えたことはあります。でも、そう簡単に出来るもんじゃない。手首にカッター押し当てた事あるんですけど、動かないんですよカッターが。金縛りとは全然違うんですけど動かないんですよ。自分の生への執着にはっきり言って驚きました。「僕ってこんなに生きたかったんだ」って思いました。今となっては、どうして死にたかったのかさえ分りませんけどね。まあ、体験談はこれくらいにして、売れるでしょうねこの遺書。自殺のガイドが売れる時代だもん。物好きはいくらでもいるでしょう? でも、自殺って最高の贅沢だと思いません? 死のうと思って死ねる状況の人間が一体地球の人口で何パーセントでしょうか? 高々数パーセントでしょうね。ハンガリーに続いての自殺流行国日本。一年の自殺数三万人以上。二年に一度東京大空襲が起こってるようなもんです。一体どうなるのでしょうや? おっと、駄文で終わってしまう。感想のほうですけど、そうきましたか。完全に意表を突かれました。オチが弱いですか? 余韻があっていいと思いますけど……。では、素人の長口舌に付き合って頂いてありがとうございました。
2005-06-01 20:39:50【★★★★☆】サラ玉
読ませていただきました。なるほどって感じで、最後は凄い皮肉を言うなこの男は。と思いました。「私の選ぶ道は1つ」のあとで、ああ、この後主人公は自殺しちゃうのか。と思ってスクロールしてみると、既に……と、上手く騙されてしまいました。遺書の内容は難しくてよく分かりませんでしたが、的を得たことを言っているのは辛うじて分かりました。とても良かったです。次回作も期待しています。
2005-06-01 21:59:55【☆☆☆☆☆】ずっぽぱ
計:4点
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