『衝動と計画のジャックパーティー -4-』作者:旅びと / ~Xe - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角25762文字
容量51524 bytes
原稿用紙約64.41枚


 今宵はミステリーを考えよう―――――



【衝動と計画のジャックパーティー】



/干渉ノート

 遠い記憶、擦り切れるほど暗い思い出。

 記憶と思い出の違いなんて何処が違うのだと思ったが一瞬で思考が切り替わる。これから思案する事は衝動ではない。ヤツの再び出会った時から考えていた綿密に練られた計画。
 まずは考えられる全ての可能性を考慮する。方法を考えるのはその後だ…
 最も重要なのは情報、これが無ければ始まらない。
 ターゲットの現在の身辺調査。素人である俺が下手に手を出して失敗してはそこで終わりだ。だからこれは私立探偵に依頼して情報を得る事にしよう。自分を危険に晒してはならない、リスクを味わうのは最大にして最小限に抑えなければならない。
 これである程度の情報は集まるだろう。他に必要なのは場所だ、完全犯罪を行なう上で重要なのは俺を犯人だと悟られない事。何処で殺すか…それも重要な要素に違いない。
 もう一度言うがその為には限界まで練られた計画が必要である。共犯者を作れば一番楽に事が運ぶかもしれない。しかし、裏切り、ミス、情報漏れの可能性が出てくる。それはリスクを増やす事を意味するだろう。そんな事は出来ない、同じ意思を持つ同士ならまだしも他人を計画に介入させる事は出来ない。
 こんな感じで思った事を全てノートに書き記して行く。
 もしこのノートが見つかれば俺が犯人だと決定づけられるが、俺が疑われた時点でアウトぐらいの完璧性が必要だ。それにこのノートを記している時が一番、思考が回る。自分とは思えないぐらい活性化する。そして活性化された頭脳は次の想定を開始する。
 俺が犯人だとするに当たって必要なのはアリバイ。アリバイを作るのは難しくは無い。しかし、小細工をすればするほど危ない、シンプルでありながら複雑さが要求される。だから考える、何が在れば捜査を撹乱して俺に影響が無くなるか…
 俺は腕を組んで目を閉じる。
「そうだな……」
 ターゲットと俺の関係を知るものは誰もいない。そしてターゲットすらも俺の存在を忘れていた。その時はつい衝動で殺してしまいそうだったよ。だから警察が調べたとしても俺の私情を知る事は絶対に出来ない。唯一知っているターゲットが死ぬのだから。
 少し、思考が反れてしまった。本題に戻そう…
 ならばターゲットに恨みがある人物を一緒に呼び出して囮にすればいいだろう。その事も探偵に調べさせて貰おう…
 色々書き込んでいる間にノートは5ページ目を突破した。そろそろ書く手が疲れてきた。俺はペンを置いて手をブラブラさせる。
 こんな時にパソコンがあればと思ったが表面的にはビンボー学生である俺の財布では難しい。それにキーボードを打つ手もそれ程早くないのでこの案は却下だな。仕方ない、ノートの方が実感を得られるから俺がこっちを選んだのも事実だ。
 今日の計画思案は此処までにしてそろそろ寝ようかな。睡眠も必要な要素だ、頭脳と体を休めなければ起こる出来事に対応出来ない。
 机に点けられた電気スタンドを消す、そして隣に置いてある目覚まし時計に目をやる。
「もう………4時か……」
 睡眠も長くは取れないな、眠れる時間を計算する。
 明日も学校だ、遅刻をしないように目覚まし時計をONにしてベッドへと体を入れる。
 気がつけば俺は寝ていた―――



第1話〈平凡と非凡〉



/1

 ジリリリリと鬱陶しい目覚まし時計が音を立てる。俺はその鬱陶しさから解放される為に手を伸ばす。
「ん……?」届かない。
 いつも置いてある筈の場所に手を伸ばすが目覚まし時計の感触は掴めない。その間もジリリリリリと時計が脳髄を刺激する。そろそろムカついて来た、目を開けて目覚まし時計を探す。
 目覚まし時計はいつもの場所にはなかった机の上にあるのを見つけて立ち上がり目覚まし時計を静かにさせる。そういえば時計を移動させたのを思い出す。
 はぁ…とため息が出る。お陰で目が覚めたとは言え朝からストレスが溜まってしまった。
 よろよろと立ち上がりコンロに火を掛ける。コンロの上に置いている小さめのやかんには水を予め入れていた。水がお湯にある間に顔を洗う。水が冷たかった事もあって完全に目が覚める。次に沸騰するまでの間にインスタントコーヒーをコップへ入れる。朝の時間は貴重だ、する事が多いのに時間が少しかない。無駄にすれば遅刻という結果で終わってしまうだろう。
 その間にお湯が沸いてやかんがカタカタと音を立てて沸騰を知らせる。
 コップに熱湯を注いでスプーンで混ぜる。俺は砂糖やミルクは入れないブラック派だった。実は苦いのを我慢しながら飲んでいるのは秘密だ。少しでも大人っぽく見せようと背伸びしているだけだ。
 暑いコーヒーが味覚を通り喉を通り過ぎる…少し暑すぎたと後悔したが手遅れだった。残りは少し冷めてから飲もうと机の上にコーヒーを置く。暑いのを我慢して飲む程の背伸びは俺には出来ない。
 ぼーと朝のニュースを見ながら朝の貴重な時間を消費する。今日も特に気になるニュースはなかった。いつもと変わらない。殺伐としながら平凡な毎日……少なくとも俺は退屈せずにはいられなかった。

 そして気がつけば時間は遅刻ギリギリにまで迫っていた。
 更に今日の一間目は小テストだと思い出す。「しまった…」と思いながらも思考はクリアに働いている。自分が情けない、少しは慌てろと自分に言い聞かせる。
「やばいなぁ……」
 勉強していなければ遅刻ギリギリ……前言撤回。平凡な毎日なんて昨日で終わりだ。
 急いで服を着替えてリュックに教科書を詰める。寝癖を治す暇がなかったのでメッシュキャップを被って部屋を飛び出す。
 平凡からの抜け出したい、そう願う慌しい朝だった。




/2

 結局は全速力で自転車をこいでも遅刻でした……勿論勉強もせずにテストを受けたのだから結果は散々。そろそろ真面目に勉強しなければ就職先が危うくなってくる。
 ちなみに俺は大学の建築学科に通う普通の学生だ。
「小テストで遅刻とはいい身分だな」
 クラスメイトの友達が陽気に声を掛けてくる。
 うん、自分でもそう思うよ。解ってはいるけれど遅刻癖が治らないのはある種の病気かもしれない。というか治る病気でありたい…
「はぁ……賢悟は結果どうだった?」
 こいつの名前は崎原 賢悟(さきばら けんご)。知り合ったのは高校の頃だった。同じ学校の建築科で同じクラスという奇数な巡り会わせにより仲良くなった。幸か不幸か同じ大学にまで進学してしまうとは……
 ついでに最近染めたらしい茶髪が目に入る。長めの髪が鬱陶しそうに思うのは俺だけだろう。ちなみに俺の髪の色は黒で染めた事は一度もない。この年齢では髪を染めていない人物の方が珍しいぐらいだ。「何で染めないのか?」と、たまに聞かれるが「その質問は必要なのか?」と思ってしまう。
 どうでもいいじゃないか。そんな事に理由を持って行動はしていない、だから答える時は「なんとなく」と答えるしかない。
 そんな髪の話よりテストの事だ、頭の良い賢悟の事なら小テストは余裕だろうな…
「可能性としては満点かもな」
 はははっと笑いながらも余裕だったと伝わる。もしかしたらこのテストで点が悪いのが俺だけなのかもしれないと少し不安になってしまう…
 そこで隣の席に座っている萩利 真恵(はぎり まえ)さんに聞いてみる事にする。いつも休憩時間には小説を読んでいる大人しい感じの女の子だ。一度読んでいる小説は何かと聞いたことがあったが有名な恋愛小説だった。だから今も手に持っている小説も同じような種類かもしれない。
 しかし悲しいことに隣の席と言う事もあってたまに話すぐらいでそれ程仲がいいという訳でもない。
「萩利さんはテストどうだった?」
 小説を読んでいる所に話しかけられて少しむっとしたがちゃんと返事をしてくれるのが有り難い。
「うん、今日のテストはいつもより簡単だったよ」
「ははは、悪いのは晃だけだよ」
 口惜しいが……何も言い返せない…
 遅刻したのも勉強していなかったのも自分の責任だからと割り切ろう。そして遅刻の回数を週5回から2回にまで減らそうと決意した。
 ちなみに晃と言うのは俺の名前だ。フルネームは和田波 晃(わだなみ あきら)。関係ないけれどワ行から始まっているから小学校の時から出席番号は最後だ。
「まあ、授業を真面目に受けていれば解る問題だから授業だけでも真面目に受けてみれば?」
 萩利さんが優しく声を掛けてくれるが授業中に眠たくなるのは事実だ。
「萩利さん、それは無理だってこいつは連日のバイトで疲れているんだから」
 自給の良いバイトを選んだら忙しいのは当然の結果だ。
 これも仕方ないと自分に言い聞かせる。バイトが忙しいからと言ってそれを言い訳にするのは弱い証拠だ。自分で選んで決めたのなら弱さを見せてはいけない。
「そういえば……何のバイトしているんだっけ?」
「居酒屋とガソリンスタンド…」
「え…2つも掛け持ちしているの?」
 萩利さんは俺の言葉に驚いた。
 それもガソスタが終われば居酒屋へ直行するというハードスケジュール…
 これなら勉強時間がなくなるのも頷けるかな。
「それにこいつは稼いだ金を使う暇もないから貯まる一方だ。欲しい物があれば晃に頼んでみなよ」
 その賢悟の言葉に対して萩利さんはそれじゃあ、お願いしようかなんて言ってきた……
 オイオイ…本気にしないでくれよ…
 金は通帳に貯まっていくが使う暇がないのも事実だ。まあ、そろそろ片方のバイトを辞めて出席日数を稼ごうなんて事も考えている。いくらなんでも留年はやばいな…経済的にやばい……
 その時、携帯電話の着信音が近くで鳴り響いた。と、思ったら俺の携帯じゃないか……リュックの中に入れていたのを忘れていた。マナーモードにしていなかったから授業中鳴らなくてよかったと思う…この着信音はメールなので慌てずに取り出してメールを読む。



  放課後ミーティング!賢悟と一緒に来い(^O^)



 滅多にメールが来ない相手からだ。というか笑顔の顔文字の割には命令文とは微妙な違和感を覚える…これはどうなんだ?何だがバカにされているような気もしてくる。
 ちなみに相手は部活の顧問の戸部先生からだ、多分20代の若い先生で生徒からも人望がある人気の先生だ。
 欠点は授業内容が賛否両論という事かな。授業は淡々としていて喋る生徒がいても決して注意はしない。そのまま授業を進めるものだから殆どの生徒が真面目に授業を受けていない。
 でも…俺はこの先生の授業内容は好きだった。建築が好きで入った俺には内容の濃い先生の授業を気に入っている。もし、俺が先生になったなら戸部先生の様な授業をしたいと思う。
 しかし部活の顧問まで勤めていたのは偶然だった。
 とりあえず待たされると怒られるので『はいよ。』と素っ気無い内容で返す。
「賢悟。戸部先生から放課後集合だって」
「おう、分かった。晃はバイトか?」
「いや、今日は居酒屋の遅番だけだから部活には顔を出せるよ」
 俺はバイトによって部活に顔を出す事が殆どない。幽霊部員と言われても文句は言えない立場にある。
 でも幽霊部員の俺にもメールをくれる戸部先生はやっぱり良い先生だと思う。
 そんな賢悟との会話に珍しく萩利さんも入ってきた。
「2人は何の部活に入っているの?」
「ああ、写真サークルだよ。部員数が今年で7人の少数サークル」
 賢悟が萩利さんの質問に答える。
 ちなみに写真に興味があるのは俺じゃない。賢悟が写真を撮るのも見るのも好きだから俺も一緒に入れられた。まあ、だから幽霊部員なんてやっているんだけどな…
「よかったら萩利さんも入らない?」
 そして賢悟は地道に勧誘活動をしている。写真に興味がない人間を誘っても意味がないだろうに、と思うが止める事はしない。
「え………私は…」
「別に晃みたいに興味がなくてもいいよ。何なら今日だけでも顔出さない?もしかしたら良い事があるかもしれないから」
 萩利さんは目線を上に逸らしながら考える。
「そこまで言うなら見に行ってもいいかな」
 萩利さんが折れた……もしかしたら賢悟は口が上手いのかもしれない。身長も高いし将来ホストにでもなれば上手く稼ぐ事が出来るのではないか思ったのは決して口に出さない。
 そして授業が始まる予鈴がなったので賢悟は自分の席へと戻っていった。
「でも私……合気道部に入っているんだよね」
 その声が聞こえた頃には先生が教室に入ってきていた。
 それよりも俺は賢悟が言っていた内容が気になっていた。良い事ってなんだろう?それは俺にも利益があるのだろうか?それだったら嬉しいな。暫く部活に顔を出していなかった俺には分からない事だった。




/3

 そして7時限の授業を終える……
 やっと解放された、と両腕を伸ばすとポキポキと骨が鳴る音が聞こえる。これって骨が曲がる恐れがあるからあまりやらない方がいいという事も知っていたがなんだか気持ちがいいのでやってしまう。
 賢悟は教科書をトートバックに詰めると俺達の席へと向かってくる。それで今朝のメールの内容を思い出す。
 ああ……忘れていたよ。そういえば萩利さんも行くとか言ってた気がする。
 一応聞いておく事にしよう。
「それで萩利さんは行くの?」
「うん、一応行ってみようかな」
 物好きな萩利さんも一面を知ってしまう。賢悟のどの言葉に興味を持ったのか分からなかった。
 それとも気が弱くて賢悟の言葉を断れないのだろうか?
 いろんな理由を考えてしまうが自分の思考で答えなど出る筈がないと気づき考えを止める。
「それじゃあ行こうか」
 萩利さんに声を掛けて俺もリュックを背負い立ち上がった。
 廊下に出ると人が溢れていた。時間帯的にも家路へと向かう生徒が多くをしめるだろう。
 その人ごみに負ける事なく先頭を行く賢悟は歩く速度が早く、萩利さんは多分ついて行くので精一杯だろう。
 でも言葉には出さないのか出せないのか速い速度のまま写真サークルの部室まで辿り着いた。
 賢悟がドアノブに手を掛けて軽く回す、部屋の扉を開けると既に4人の姿が見える。窓際の椅子に座っている2人と部屋の中央に置いてある長め机にカバンを置いて座ってある2人。
 俺らも比較的急いで来た筈なのに既に合計4人が集まっていた。
 窓際に座っている男の方が窪目 領(くぼめ りょう)。金髪でギャル男に近い服装をしている。珍しく今日タバコは吸っていないみたいだ。
 その窪目の隣に座っているのが中道 愛実(なかみち めぐみ)。
 窪目の彼女だと思う(確認はしていないので確証はなし)。こちらも金髪でミニスカートを穿いている。
 こっちもタバコは吸っていないみたいだ。この間、戸部先生に部室の禁煙を破ったのを怒られたからかもしれない、と思い出す。
 ちなみに2人とも俺達と同じ学年の2年生だ。短期大学という事もあって最高学年である。
 そして中央の机にいるのが継尾 柳(つぎお りゅう)と杉沢 勝也(すぎさわ かつや)だ。
 継尾の特徴はあどけなさの残る童顔だ。身長が低めという事もあってなお更、幼く見える。しかし気は強く見た目が元ヤンキーの窪目と口論している所も見た事がある。そのギャップを見た時は驚かずにはいられなかった。
 そして杉沢は継目と同じクラスで最近入ったばかりの進入部員だ。杉沢はその持ち前のクセ毛を気にしているのか髪の毛を触っていた。はっきり言って幽霊部員である俺とは殆ど面識がないのでどんなヤツかはあまり知らない…賢悟から聞いた話によれば最初から最後まで大人しい人物のようだ。2人は最近人気のゲームの話でもしている様だった。
「お、今日は和田波も一緒か。珍しいな」
 声を掛けてきたのは窪目だ。窪目の事はあまり好きじゃない事は事実だ。しかし人付き合いを悪くするつもりもないので適当な言葉で返事をしておく。
「ああ。戸部先生にも呼ばれたしね」
 そして窪目は俺と賢悟の後ろに立っている萩利さんに気がついたみたいだ。
「そっちカワイイ子は?」
「クラスメイトだよ。写真サークルの見学にきたんだ」
「へー。タイミングが良いな。もしかしたら行けるかもしれないな」
 その窪目の言葉が気になった…行ける?何処か行く予定でもあるのか?それを賢悟が言っていた良い事に繋がるのにそう時間が掛からなかった。
 とりあえず入り口で立っているのも変だから俺達も空いている席に座る。
 この空間に慣れていない萩利さんはキョロキョロして少し挙動不審だった。萩利さんは初めて話しかけた時も少しオドオドしていたぐらいだから人見知りするタイプなのかもしれない。
 そして雑談でも開始しようとしたその時、部室の扉がガチャリと音を立てて開いた。入ってきたのは戸部先生だ。入るなりいる人の人数を数え始めている。
「――2、3、4、5、6……7?あれ…?1人多い。……と、良く見れば萩利がいるじゃないか」
 何だが戸部先生は急いでいるのか自分に疑問を掛けては自分で解いている。それを声を出してやっているのが可笑しくて笑いそうになった。
「萩利さんを写真サークルの見学で――――」
 俺が喋る前に賢悟が話してくれた。賢悟は口が上手いので俺よりも短時間であらすじを説明できる。
 それを聞いた戸部先生も「今日は写真の活動は無いぞ」なんて言って来る。
 実際は殆ど写真の活動なんかないんだけどな…
 だから俺は質問した。もしかしたら今日集まった内容を知らないのは俺だけかもしれないと思いながら…
「先生、今日は何のミーティング?」
「そうだな、和田波は知らないんだったな。来月写真サークルの合宿を行なう事になった。そのミーティングだ」
「え!マジで!というか言えよ、賢悟!」
 突然の合宿の計画を聞いて驚きテンションが急上昇する。そして隠していた賢悟に言葉の矛先が変わる。
「という事だ。行きたいだろ?バイトの休みを貰っておいてくれ」
 勿論だ。今日にでも行って休みを貰おう。
 ちなみに俺は修学旅行では異常にテンションが上がって皆を困らせる事があった。20歳になった俺は合法的に酒が飲める。今回の合宿でも皆を困らせる可能性が高いだろう。
 そして先生がまあ落ち着けと俺を宥める。
「それなんだが…7人で旅館の予約を取ってあるんだが。大久保がバイク事故を起こして来られそうにないんだ」
 大久保とはこの写真サークルの部長の名前だ。部長だが影が薄いのは禁句で通っている。
 こんな時にバイク時期を起こすなんて不運な事もあるものだ…
「そこで誰かを増やす案を考えていたんだが…ちょうど良い。萩利も来い」
 先生には強引な部分がたまにある。いや…よくある。命令で言っているのはいつもの口調だから勿論断る事も出来る。
 そういえば賢悟が言っていた良い事が起こったんだな。
「萩利さんも一緒に行こうよ。きっと楽しくなるから」
 そして俺も行くように進めておく。部長には悪いが萩利さんもいた方がいいと思う。いや、だってメンバーで男5女1(窪目の彼女)っていう状況は辛すぎる。
 うん、きっと来た方が楽しくなるに違いない。
「まあ、ちょっとは考えさせてよ…」
 それもそうだ。いきなり話を聞いて参加を決める性格じゃない事は俺でも知っている。
「もし、参加したいなら来週中に俺にまで言いに来てくれ」
 先生が口を挟む。
「はい。分かりました」
 それで今日のミーティングの内容だった7人目が決まった。
 それから何の説明も受けていない俺と萩利さん先生に行き先、目的などの説明を聞いた。
 今日の用事が終わった他の部員は全員帰宅していった。賢悟も俺を待つ事なく帰ってしまった。
 少しぐらい待ってくれてもいいだろうに…
「行き先は長野県の山間にある旅館。表面上の目的は景色の撮影。でも後は旅行と変わらないだろうな。得に和田波と萩利は写真なんか撮らないだろ?」
「うん、全然撮らない!」
「はぁ……少しは俺にも気を使えよ…何で写真サークルに入ったんだよ…」
 先生は俺の言葉に気を落としているが今の俺のテンションが当社比1.5倍になっている。そんな先生に気を使う余裕なんか少しもない。
「まあ、いいや。何か質問は?」
「山間って事は温泉とかある?」
「露天じゃなければあるぞ。詳しくはこのパンフを見てくれ」
 そして何処に置いてあったのかパンプレットを取り出して俺に手渡す。
 行き先の情報の殆どはパンフレットから得る事になった。
 萩利さんはあまり喋らなかったが楽しかったのか笑顔でいてくれたのが嬉しかった。
 そして質問を終えて解散となった。携帯の時計を見てみると18時と表示されている。
「それじゃまた明日学校で―――」
「明日は土曜日で学校は休みだよ」
「ははは、そうだった。じゃバイバイ」
 自転車置き場へ向かう所で萩利さんと別れる。
 俺はこれからバイトがあるのでまだ帰る事は出来なかった。
「さて……今日もキリキリ働きますか…」
 自転車に跨りながら愚痴を溢す。



/干渉ノート

 今日もターゲットと出会った。今此処で殺してしまおうと考える自分の理性を抑えるので精一杯だった。
 しかしこれで殺人場所を思いつく事が出来た。
 サークル内の合宿の行き先は長野県の山間の旅館。聞く話によると携帯電話が県外になるぐらい外界とは隔離されているらしい。好都合だ、電話線を切断すれば警察に連絡は出来なくなる。警察が来るのが遅れれば証拠を消す作業すらも可能になるだろう。
 そして駅からは車での移動になっている。後は車での連絡を絶つ方法について……
 田舎だから車の数も少ないだろう。殺人犯行時に細工でもすればいいだろう。この辺は現場の状況により臨機応変に対応しよう。
 この合宿は来月だ、準備期間は決して多いとは言えない。その間に考える必要があるものを上げていこう。
 犯行の計画:これが一番重要であり時間を掛けて練る必要がある。これについては考えている事がある。
 ターゲットを殺す、そしてターゲットと仲が悪いアイツを囮に使う。殺す時に必要なのはアリバイ。アリバイがなければ疑われる、しかしアリバイが在れば疑われない。
 これを逆に考えてみよう。全員のアリバイがないとすれば全員が同じラインから捜査が始まる。
 そうなったら俺が直接疑われる可能性も低くなるだろう。

 気がつくとカーテンの隙間から日が差し込んでいたのが見える。それを意識が見て我に戻る……時計を見るとデジタル時計が5:30を示している。
「今日は昨日より寝られないな…」
 睡眠時間が大事だという事は昨日も考えた。
 しかし考える事が複雑過ぎて思考が睡眠状態になろうとしない。
 そして俺は気がつく。
「今日は学校ないじゃないか……」
 一度我に戻ると深く考え込むのは難しいと知っている。
 だからノートを閉じて寝る事にしよう。だんだん眠気が襲ってきてまぶたが重く………
 この日も……気がつけば寝ていた…






第2話〈私情と依頼〉



/1

 目が覚めると12時を過ぎていた……その上寝ていた場所がベッドではなく机に伏してだと言う事にも気づく。
 そうか……昨日はこのノートを書いている途中に寝てしまったんだ。
 そしてバラバラとページをめくっていく。読み返してみると内容は乱雑で字も決して綺麗とは言えない。けれど、これを見ればこの時にどんな思考で文字をつづったのかが思い出される。
 これは1つ残らず記憶の中に蓄積されている。だからこのノートが必要だ。人間は全てを記憶できるほど性能がよくない、だからこのノートのようなパスワードを用意しておけば記憶も引き出せる。
 他の人は分からないが俺はこの方法で記憶を引き出せるのは事実だ。
 ノートを読み直しているとノートに書かれた1つの文章に目が止まる。
「私立探偵に依頼……」
 これは重要な内容だった。
 来月の合宿には計画の実行をしなければならない。
 そして探偵に依頼をして情報を仕入れる。そしてその情報から更なる作戦も練らなければいけない。どう計算しても時間が足りない…
 これは今日中にでも依頼する必要がありそうだ。
 やる事が決まれば実行するのは早い、早急に着替えを済ませて部屋を出る。
 どうせ冷蔵庫の中には食料は入っていない。外から食事を取る事にしようと思う。
 それよりもあらかじめリストアップしていた探偵所の住所を見てみる。当然の事ながら都市部に多く配置している事が分かった。値段が安い所を選んで内容を疎かにされては困る、しかし高い値段を取られて騙されるのも忍びない。
 ここは何件かだけでも話しを聞いて決めた方がいいだろう。
 俺の住んでいる場所は都心から少し離れているので電車に乗り込んで移動を開始する。

 電車の中は昼間という事もあってそれなりに人が多い。
 だからかもしれない、多分高校生のガキ3人が騒いでいた。ムカついたので目で威嚇しておく。それに気づいた1人が話しを止める。こいつは堪がいいなと思う。しかし他の2人はまだ五月蝿く声を張り上げている。
 迷惑だ、電車内は人の数が多い、だからこそムカつく。いつも思っている、迷惑を掛ける人間は死んだほうがいい。自分だけの世界に浸るのは引き篭もってからからにしろと思う。
 それは、この社会を綺麗にするには必要な方法だと俺は考えている。しかし、そんな事は現実には不可能。俺1人が努力した所で淀んだ社会は変わらない。変える事が出来るのは余程のカリスマか独裁者ぐらいだろう。
 時間に余裕があればガキ2人をボコボコにしてもいいのだが…生憎今はそんな暇はない。
 ここは俺が折れて我慢をしておこう。そして電車は目的地に止まったのでその高校生を見逃す事にする。

 駅内は休日という事もあって人が溢れている。所々から話し声、足音、雑音が耳を刺激する。
 何処も同じだなと心の中で呟く…騒がしいく、五月蝿い。それだけで俺の怒りを駆り立てるのは十分だ。
 ここで理性を失ってはいけないと少しだけ落ち着いて周りを見渡す。そして目に入ったのは少し古びた喫茶店だった。その喫茶店は決して繁盛しているとは言えなかった、しかし雑音のはびこる駅内と遮断されている。
 そしてコーヒーを飲みながらタバコを吸う事で完全に落ち着きを取り戻す。
 自分でも解る……最近の俺は荒れている。
 その事を表面に出していない、いや…運よく出ていないに過ぎない。
 いつ衝動が起きるとも限らない、そうなって計画を崩してはいけない。
 完璧な計画で完全犯罪を起こさなければ何の意味もない。
 残っている冷めたコーヒーを飲み干して立ち上がった。ブラックの苦さと酸味が口の中に広がる。
 お金を払って雑音で満たされた駅内に出る。ここのコーヒーは美味しいのにどうして流行らないのだろうとか思いながら…




/2

 カバンから探偵所の住所と場所をメモした紙を取り出す。目星を点けた探偵所は比較的駅から近い場所に位置しているのが有難い。遠ければそれだけ時間と体力を消費する事になる。
 足を進めながらメモに書かれた住所と土地を照らし合わせる。
 そして見つけた一つ目の事務所は裏道を少し入った所のビルに3階に位置していた。
 普段なら近寄りもしないだろう。しかし今は違う目的を持って裏路地を歩く…
 小さな看板が目に入りビルの入り口が矢印で標してあった。細い、手摺の無い、傾斜の急な階段を音を立てながら上る。ビルの中は薄暗く少しだけカビ臭い気もする。
 2階の扉にはテナント募集のチラシが張ってあった。こんな所で事業を始めたとしても来る客は殆どいないだろうと思いながら3階を目指す。
 そして『神崎探偵事務所』と書かれた扉を開く。
 ドアに取り付けられたベルがチャリンと音を鳴らして侵入者が来た事を知らせる。事務所の中は本と資料らしき紙が乱雑に置かれてある。他にもホコリが積もっている部分があったり、これは所長がしっかりしていないのだろうと解る。これで客からの評価が下がるのは間違いないだろう。
 そして足音と共に事務所の奥から声が聞こえる。
「お、若い人だね。依頼ですか?」
 出てきたのは30代ぐらいの髭を生やした細身で長身のおっさんだった。決して綺麗とは言えない部屋とその余裕を持っている姿は悪く言って雑、よく言って貫禄があるように見えると思った。
「まあ、立ち話もなんだからこっちに来て座ってくれ」
 そう言われ案内されたのが応接室らしい部屋だった。この部屋はまだ片付いているようにも見えるのはさっきの部屋と比べたからだろう…
 古いソファーに腰を掛けると俺は本題に入ろうとする。
「依頼を持ってこの事務所を訪れました。だけど話しを聞いてから此処に依頼するかを決めたいと思います」
 おっさんはボサボサの髪をかきながら話を始めた。
「まあ、出来れば俺の所に依頼を入れて欲しいな。今月は仕事が少なくて生活がギリギリなんだよ」
「残念ながらそんな同情で依頼は出来ません。依頼内容はある人の身辺調査とある場所の調査です」
 探偵は口が上手いだろう、だから乗せられる前に自分から本題を切りだす事にする。
「なるほど。それなら捜査期間とその場所で値段が変わってくるなあ。まあ詳しい話を聞くまでは解らないがな」
 おっさんは余裕のある態度は変わらない。
 もしヤクザがこの事務所に来たとしてもこの態度は変わらないだろう。それを俺は貫禄だと感じてしまう。他に流されない自分を持っているのだろうと思う。
「期間は1週間。それだけでどれだけの事を調べられるかです。場所の捜査については少しぐらい削っても構いませんしかし、ある人の調査は決して怠らないで欲しい」
「ふむ…私情がらみか?依頼を受ければ最大限調べる、手抜きは絶対しない」
 俺の顔つきでも読んだのだろうか…少しだけ驚いてしまう自分がいる。それともこれは探偵という役職が持ちえる徳とでもいうのだろうか…これだけの会話で私情と読めるだけの推理力をこの探偵は持っている。
「時間が惜しいのだろう?俺なら明日からでも調査を開始できる、しかし他の探偵社は違う。正規の手続きを取っていれば時間はその分奪われると考えたほうがいい」
 そして……少し怖れる。このおっさんの何を考えているかも解らない目は計画までも見透かされているかのようだ。
 確かにこの探偵社は個人経営の裏ルートで動いているようにも見えなくもない。そしてこの探偵がいう事も一理ある。
 時間が少ない、そしてここまで言うこの探偵は自信があるのだろうか?
 他にも見て周っておきたい探偵所はいくつかある、一見、適当に見えるこのおっさんに賭けてみたいとも思った。
「此処で依頼してもいい。ただし条件がある」
「どうも、それでその条件というのは?」
 そして気がついた。俺がどんな言葉を投げかけてもこのおっさんは少しも表情を変えない。感情などないようにポーカーフェイスを保っている。
「ターゲットを探っている事を誰にも悟られない事、依頼者が誰かを聞かれても答えない事。これを守ってくれるか?」
 はっきり言って1つ目は難しいかもしれない。聞き込みをすればばれてしまう可能性すらある。まあ、その辺はこのおっさんの力量だろう。自信を持っている以上は出来るだろう。
「任せてくれ、余裕だよ。こんな依頼も少なくはないから慣れているよ。私情がらみだとなれば俺も本気を出さずにはいられないしな」
 おっさんの余裕は態度からも読み取れる。私情だからと言って本気を出そうとする辺りが少しだけ不安だった…
「それじゃあ、これは必要経費と前金です」
 俺は財布から1万円札を10枚取り出す。値段を聞かれる前に出したのはこちらの器を理解して欲しいからだ。
 探偵と俺を結びつける接点は金銭取引による信用関係。
「物分りがいいな。OK、それじゃあこの紙に探る人と場所と調べて欲しい内容を書いてくれ」
 そして俺は全てを出来るだけ細かく記入する。
「それじゃあ報告書はどうする、送ろうか?」
「いや、一週間後また此処に来ます。成功報酬もその時に払おう」
 するとおっさんは忘れていたと言いながら名刺を取り出して俺に渡した。それには事務所の住所、携帯の電話番号、メールアドレスとおっさんの名前が記載されていた。
 名前は……景山 鴉(かげやま からす)。あれ……景山?ここの探偵所の名前と違う気がする。ここの事務所の名前は神崎じゃなかったのか?
「なあ、名前は神崎じゃ?」
 俺の疑問は当然だろう、するとおっさんは当たり前のように答える。
「俺は二代目なんだよ。神崎は一代目の名前さ。ところで今助手を探しているのだが此処で働いてみないか?」
 そして俺も当たり前のように答える。
「遠慮します」
 おっさんは俺の返事が分かっていて聞いたのだろう。『それは残念だ』とタバコに火を付けながら言っている。
 俺はおっさんを信用出来ているのが凄いかもしれない…
 そして散らかった部屋を抜けて探偵所を後にした。




/干渉ノート

 とりあえず探偵に依頼をする事が出来た。そして得られる情報の内容によって計画をより正確に精巧に作り上げるのは一週間後だ。
 必要なのは時間……しかし、少ない、来月にまで迫っている。
 これでは完璧な作品は出来上がらないだろう、その事も計算に入れる必要がある。
 そしてこの空いた一週間をどう使うか…
 情報収集をする必要はない、計画の準備をしようにも情報を基盤にして計画を練るのだからこの一週間では準備も出来ない。
 しかし、どれだけの情報が来るかの想像は可能。つまり想定をして計画を作る。それだけの準備は必要。そして得た情報で作った計画の修正を入れる。
 目的は変わらずターゲットの殺害それは簡単でもある。殺すだけなら会った時に刺すなり、首を絞めるなり、毒を盛るなりすればいいだろう。しかし、俺が捕まってしまっては意味が無い、俺が自由を得て完全犯罪を成立して初めて復讐が完遂する。
 そう……これは復讐劇だ。これを終えて初めて俺は解放されると信じて…
 気がつくと涙が流れている。ノートに水滴が零れ落ちる。ボールペンのインクが滲む…
 こんな気分では殺人計画を立てるなんてとてもじゃないが出来ない、必要なのは完璧な無情さ。悲しみなんて感情は捨てられるなら捨ててやりたい。
 そして思い出したのが完璧な無感情さを感じた探偵所の景山鴉の所長だった。もし、何かあればあの探偵社で働いてもいいかな、なんて考えてしまった。






第3話〈違和感と嘘〉


/1

 合宿まで後3週間。

 今日は清清しい朝だ。何せ学校に来たのが予鈴の20分前という俺の中では異例の出来事である。
 何故こんなに早くに登校したかというと遅刻を回避する為だ。
 元々俺は起きるのが遅くて遅刻した訳じゃない。いつもニュースを見て、ぼーとしているから遅刻するんだ。今日はニュースを見ずに家を出た。
 それだけで遅刻が回避できると思うと生活体勢を変えようなんて思ってしまう。
 しかし今日のニュースを見ないとどんなリスクを負うだろうか?回答を言えば何のリスクも負わないだろう。
 この学校に来ている連中でニュースを見ない人の方が間違いなく多いだろう。それは皆が朝の時間は貴重だと理解しているからだ。僕も理解しているが、あまり重要視していない部分がある。遅刻に慣れてしまったのもあるだろうな…
 そして人数が少なかった教室に人が増えてくる。俺の遅刻実績を知っている人は驚きながら席についたりしている。
 そして賢悟が教室へと入ってきた。俺の席へ来るなり真剣な表情でこんな事を言ってきた。
「お前………何しているんだ?」
 いや、授業を受けに来たんだって。というか真剣な顔で言うなよ…
「俺もやれば出来るんだよ」
「まあ、これで寝ずに授業でも受けられたら完璧なんだがな。」
 確かにそこまで頑張れるかどうかの保障は出来ない。頭を使ったりノートを取ったりする授業ならまだいいんだが、話を聞くだけの授業なら寝てくれと言っているようなものだ。
「そういえば先週の一時限目休んでいたよな?」
 確か、寝坊して学校に来たのが昼の時だろう。というか賢悟は良く覚えているなと感心する時がある。記憶力と暗記力は優れているからだろう。
 というか記憶力と暗記力が高ければ他の事柄も人並み以上に出来るだけの頭脳を持っていると言えるだろう。これは努力で補えるものではない、生まれついての器だ。俺が欲したとしても手に入れる事は出来ない。そんな才能に憧れを抱く…
 そして予鈴の2分前に萩原さんが席に着いた。
 勝手に早くに来ているだろうと想像していたがギリギリで来るんだなぁ…
 俺達2人と朝の挨拶を交わしている間に先生が入ってきた。
「晃に言い忘れたよ。この授業は小テストがあるんだ」
 賢悟は席へ戻る時にそれだけ言い残して行った。
 オイオイ……言うのが遅いだろ…。というか絶対ワザとだ、と確信する。
「あ、忘れてた…」
 なんと萩利さんは忘れていたみたいだ。これで俺と同じ状況だと少し喜ぶ。でも冷静に考えると真面目に授業を受けている萩利さんと同じ状況なんてとてもじゃないが言えないと思う。
「はぁ……」
 20分前の清清しさなんて既に消えうせていた。



/2

 遅刻だけじゃなく小テストも成績に絡んでくるから何とかしないといけないと思う。だって今回も点数が悪かったのだから…
 ちなみに賢悟は満点。萩利さんも9割は正解していた。賢悟はともかく、テストを忘れていた初期知識で9割も正解する萩利さんは反則だと思う。
 ああ、2人の頭脳には憧れるよ、ほんとに……
 そんな事を考えながら昼食にとカフェテリアを目指して歩く。いつもは賢悟と食べているのだが今日はレポートを仕上げなければいけないとか言っていたから昼飯は抜きみたいだ。ちなみに俺はそのレポートを簡単に書いて提出している。賢悟は物事を纏めるのは苦手なのかもしれない。
 食券を買うタイミングが遅れたので既に列が出来ていた。並んでからあげ定食を食べてもいいがめんどくさいので170円の月見うどんを食べる事にする。
 勿論、安さが売りなので量と味は保障されていなかった。
 時間帯的に空いている席が殆どなかった。うどんだから移動して食べるなんて事も出来ない。だからこのカフェテリアで探すしかなかった。
 そしたら見知った顔の隣に開いている席を見つけたので相席させてもらう事にしようかな。そう思って声を掛ける。
「隣いいなか?」
「あ、和田波さん。どうぞ座ってください。」
 こいつは同じ写真サークルにいる継尾柳だ。継尾は杉沢と会話をしながら食事をしていた。会話の内容は途中からじゃ何の話をしているか分からなかったが部室で聞いたゲームの話しじゃないみたいだ。
 俺は会話には入らずにうどんをすする。食べる頃にはちょうどいい温度にまで冷めていた。
「そういえば、和田波さんも合宿行くんですよね?」
 そんな俺に気まずく思ったのか継尾は俺に別の内容の会話を振ってきた。
 俺はうどんを飲み込んでから答える。杉沢が食べているからあげが上手そうだった。
「もちろん、行くよ。バイトの休みも、もう貰っているからね。それよりも2人ともこの学校には慣れたか?」
 また2人で会話をされて気を使われるのもあれだから自分から話題を振ることにした。
 慣れたか?というのは2人とも新入生で入学から1ヶ月と半分しか経っていないからだ。去年の自分がどんな状況だったかなんか今では思い出せない。
「ぼちぼちですね」
 継尾は曖昧な返事をする。しかしその返事も正しいと思う。
 俺がした質問で慣れたと答える人も少ないだろう。それに先輩である俺に遠慮しているという部分もある筈だ。
「僕は慣れたかな」
 なんと杉沢は少ない方に入っていた。まともに会話をしたのもこれが初めてかもしれない。
「へぇ…2人は何科だったっけ?」
 へぇとはそろそろ死語だろうと思った時には既に声に出ていたので仕方ない。
「和田波さんと同じ建築科ですよ。解らないことがあれば聞くのでその時はよろしくお願いします」
 この会話で俺は思った。継尾は世渡りが上手いだろうと…
 自然な敬語を使うのも、先輩との繋がりを持とうとしている所も俺にはない部分かもしれない。
 杉沢はまだ性格が掴めない。何せ一言二言しか会話をしていないのだから。
 そして頼られるのは基本的に好きだけど、こう答えておく。
「まあ、俺で分かる範囲なら喜んで頼ってくれ。でも、勉強を教わりたいなら賢悟に聞いてくれ。図面の事なら俺がまだ上なんだがそれ以外に疎くてね…」
 そう、俺の取柄は図面の解析、正確さ、早さがダントツである。高校の時に出したコンクールでは全国の賞を貰った事もある。CADも一応使えるが平行定規を使って書く方が得意だ。
「そういえば和田波さんの図面のレイアウト見ましたよ。製図室に張っていましたよ」
 それは去年書いたものだろう。先生が好きにレイアウトしろと言ったから適当に書いたら見事に気に入られてしまった図面だろうと思い出す。
「僕は和田波さんの奇抜なデザインは良いと思いますよ」
「俺も同じく」
 2人に褒められるが実際本気で書いた図面でもないからあまり喜ぶ訳にもいかなかった。
でもとりあえず感謝だけでもしておこうと思う。
「サンキュ。仕方ないな、今日は先輩がジュースでも奢ってやるよ」
 まあ、バイトもして金ならあるからここで器でも見せておこうと見栄を張った。
 2人は遠慮しながらもレモンティーとフルーツオレを注文した。そして、ありがとうございますと律儀にお礼を言ってくれた。
 たまには良い事もするものだと感じる瞬間でもあった。

 教室に戻ってもまだ賢悟はレポートが終わっていなかった。



/3

 この日最後の授業が終わると共に携帯のバイブレーションがポケットの中で震える。4秒ほどで振るえが収まった所からこれはメールだと気づく。気がつけば先生も帰っているので携帯を開きメールを確認する。


  バイトか?


 メールの相手は同じサークルの窪目だった。こいつからメールが来るのは戸部先生からのメールよりも珍しい。今まで数えるほどしか来た記憶がない。
 とりあえず今日はバイトが遅番なので偽らずに返信しておく。
 多分、サークル関係の連絡だろうなと返信を待ちながら考える。
 今度はバイブレーションが震え終わる前に携帯を開く。


  戸部先生が今日はミーティングがあるから部室へ来いって。多分、合宿関係だろうから萩利さん(だっけ?) も誘ってくれ。ちなみに先生は携帯を忘れたから俺がメールを送っている。


 そしてOKと返信しておく。既に萩利さんは教室から出ようとしていたので急いで声を掛ける。
「萩利さん!ちょっと待って」
 俺はリュックを手にとって駆け寄る。
「どうしたの?」
「ああ、今日は合宿の事で話し合いがあるみたいなんだけど来られる?」
 萩利さんは少しだけ考えてこう答えた。
「うん、そんなに遅くならなければ大丈夫だよ」
 そんな会話をしていると賢悟が俺達に近づいてきた。
 携帯を手にしている所を見ると窪目からメールが届いているみたいだ。話を聞くと賢悟は今日行けないみたいだから伝えて欲しいと事だ。
「まあ、用事があるなら仕方ないよ。ちゃんと伝えておくから」
「おう。頼んだ」
 そして賢悟は手を振りながら去っていった。
 別に何の用事で今日休むのかなんて気にはしていなかったし、聞く必要もなかった。他人の行動に干渉するにはある程度の距離を保たなければいけない。近すぎれば不快感と迷惑を掛けるだけに違いない。だから俺は人との距離を気にする。
「それじゃあ行こうか」
 俺は萩利さんに声を掛けて歩き始めた。



/4

 今回も俺たちが最後だった。しかし、来ているメンバーは賢悟と中道さんを抜いた5人だった。
 中道さんも用事があったのだろうと考えた。今日は窪目が1人だったので俺達に話しかけてきた。ちなみに戸部先生はまだ来ていない。
「そういえば崎原はどうした?」
「今日は用事があるから来られないって。メール返ってきてないのか?」
「いや、崎原には送ってないぞ」
 なんだが会話のズレを感じる。俺は勝手に賢悟も窪目からメールを貰っただろうと勘違いしていただけに過ぎない。しかし何か違和感を覚えたのは間違いない。
「どうした?」
「いや、なんでもない。俺の気のせいだろう」
 その時は別になにも考えなかった。
 その時、部室の扉が開いて先生が来たのだろうと思った。
「悪い、少し遅れた」
 先生は遅れた事を気にして走ってきたのか少しだけ疲れてそうだった。こんな性格が生徒から人望を集めるポイントなのだろうと思う。息を切らしながらも今日来ているメンバーを確認する。
「先生、賢悟は用事みたいです」
 賢悟に伝えてくれと言われたので一応伝えておく。
「分かった。他には………中道がいないのか?」
 先生は窪目に目を向ける。すると窪目は視線で何を聞きたいかを理解して答える。
「あいつ、今日、授業を無断欠席したんですよ。電話しても連絡もつかないし…」
 大学で授業の無断欠席なんてよくある話だ。というか断って欠席をする人なんかいないと思う。だから窪目の無断欠席という表現が面白かった。しかし電話しても繋がらないというのはよっぽどの理由があるのだろう。
「まあ、いいか。今日のミーティングの内容は合宿先でする事を決めたいのだが。皆の知っている通り行き先は携帯も繋がらない田舎だ。娯楽なんかないだろう、そこで余るだろう時間を使って陶芸が体験出来るみたいなんだが、皆はやってみたいか?申し込みが3週間前という事で今日集まってもらったんだが」
 確かに行ってから暇になったら結構な地獄を体験するかもしれない。俺は陶芸に興味はなかったがやってみたいと思った。
「俺はやってもいいと思うよ」
 最初に意見を言ったのは俺だった。
「私はどっちでもいいよ、任せる」
 それに萩利さんも答える。まあ、萩利さんは自分の意見をはっきり言うタイプじゃないだろう。勝手に血液型がA型だろうと考える。ちなみに俺はB型だ。
 そして継尾と杉沢が賛成。窪目もどちらでも良いという意見だった。
「反対意見は無いようだな。それなら陶芸はするという事で決定だな。と言っても既に申し込んでいるから反対されたときはどうしようかと思ったよ…」
 ………そんなのでいいのか?せめて意見を聞いてから申し込めよと皆が思ったに違いない。本当に人望があるのかどうかが怪しく思えてきた。まあ、この強引性はいつもと変わらないから慣れてきたのだけどな。

 そして今日のミーティングが終わろうとした時、鳴る筈がない音がなった。

 誰かの携帯の着信音だろう、スピッツの古い歌だと思い出せるが曲名までは思い出せなかった。そしてこの懐かしいメロディーを着メロにしている人を俺は知っている。
「よし、今日、これで解散だ。気を付けて帰れよ」
 そう言いながら慌てて部室から出て行ったのは戸部先生だった。これが先ほど感じた違和感の正体に違いないと確信する。
 窪目は言った、先生は携帯を忘れたと、しかし違った。先生は携帯を持っている。これは何かの間違いか?
 そして俺は帰ろうとしている窪目に聞かずにはいられなかった。
「窪目。俺にメール送ったよな?」
 窪目は答えた。
「いや、送ってないぞ。何でだ?」
「な、なんでもない…」
 違和感?違う。
 矛盾?違う。
 間違い?違う。
 策略?近い。
 そうだ、策略に近いものを感じる。これが杞憂であればいい。でも誰かが窪目のアドレスを偽って俺にメールを送ったに違いないだろう。
 一番分からないのは何故こんな事をしたのか?悪戯のような悪意すら感じない。一番仲の良い賢悟でさえもこんな事はしないだろう。理由が分からない、目的が分からない。行動理由の先には利益がある筈だ、こんな事をしても利益を得る人が思い浮かばない。俺をからかってメールを偽るような奴も考えられない。
 俺は答えの出ない考えを巡らせてしまう。それだけの不思議さがあるだろうと…
 1つめ、窪目が嘘をついている。これなら可能性はあるだろう。しかし嘘をついているようには見えなかった。
 次に、先生の手違い?それなら窪目との摩擦が生じるだろう。
「和田波くん、どうしたの?さっきから顔色悪いよ…」
 そんな俺に気を使ったのか萩利さんは帰る事なく俺を心配してくれた。もしかしたら考えすぎで血の気が引いてきたのかもしれない。 そうだな…深く考えても仕方ないだろう。どうせ答えなんか出ないのだから、誰かの悪戯という可能性が一番近い。そう結論づける事にした。
「なんでもないよ。さあ、帰ろうか」
「うん」
 そして俺達は誰もいなくなった部室を後にした。夕日が入って中はオレンジ色に変わっていてキレイだと感じた。



/干渉ノート

 殺害方法について……探偵からの情報はまだだ。だから今ある情報で考えてみた。陶芸が出来るなら凶器として使える壷ぐらいあるだろう。目的は衝動殺人だと思わせる事にある、これなら可能だろう。しかしこれは決定ではない、情報が来ればもっと綿密に練れる、今は可能性の考慮しか出来ない。問題は誰の衝動殺人に見せかけるかという事、それについては前から考えがある、奴を使うか、しかし、どうやって思わせるかは思いつかない…
 明日は探偵との約束の日だ。これで可能性から計画へと変える。完璧と言える計画へと昇華する。






第4話〈情報と計画〉

/1

 天候は鬱陶しい程の雨。雲は厚く、暫くやむとは思えない。それは一足早い梅雨のような錯覚さえある。この天候の中、俺は一週間前と同じ場所へ、神崎探偵事務所を目指した。
 街に人は少なかった、それは先週と比べてだが人の数が減っていた。それはこの雨という天候がもたらしたものだろう。
 雨は鬱陶しいが好ましい。この厚い雲は俺の心情を表しているようにも思える。いつもザアザアと音を立てながら背後に忍び寄る何か。俺はずっとこの何かに囚われている。それは計画を終えるまで続くだろう、だから終わらせなければいけない。
 傘を差しても雨が足元を襲う、決して気持ち良いとは言えない、しかし俺にはこの雨だけが介入を許している。近寄るものはこの自然現象のみ。
 他はいらない、信用できない。自分だけを信じればいい。それが裏切られる心配もないのだから…


/2

 気がつけば探偵所のある裏路地まで来ていた。雨の所為かその通りに誰の姿も見えない。それは都合がいいと思う、見られることはリスクを増やす事になる。リスクは一度でいい、殺害を行なう一度で十分。
 考え事をしながらも、かび臭く、湿っぽい階段を上っていく。良く見れば雨漏りすらあるように見える。
 建築に関わっている自分なら分かる、この建物の寿命は近いかもしれないと。壁にはヒビが見られる、色も変色している。元々安く作ったビルだろう、大きな地震でもくれば最初に倒壊するだろう。地震の対策なんか無いようにも見える。それはこの日本で建物を作る上で考えなければいけない重要な事。
 そんな事を考えながら神崎探偵事務所の扉を開ける。
 少しも変わっていなかった、書類のような紙と本が乱雑に並べられていた。まさに地震が来た後のような状況にも見える。
 他に変化がないか周りを見渡す。すると所長のおっさんが古めのソファーで寝ていた。顔には黒のチューリップハットが乗せられていた。俺が来た事も知らずにぐっすり寝ている事だろう。
 俺はそのハットを取り去る。
 するとおっさんは俊敏な反応で起き上がる。しかし寝ぼけているのか状況が理解できていないようだ。俺の顔を見ながら何故此処にいる?と訴えているようにも思える。
 そしておっさんは自分の腕時計で時間を確認して全てを悟る。
「おお、すまん、すまん。寝坊したよ」
 ここに依頼をしたのは失敗かもしれないと思ったが今更、時間を取り戻すことは出来ないと後悔する。
「えーと…お待ちしておりました。キタザさん」
 いろいろ言わなければならない事を同時に言ってくれる。始めに寝ながらお待ちしてという表現はどうだ?という事にある。
 しかし、そんな事は些細な事。俺に向かってキタザと言った事が一番重要だ。
「何故………昔の名前を知っているのだ?」
 おっさんはソファーに座りなおしながら表情を変えずに答える。客との立ち位置が逆だろうと思った。
「依頼人を知るのも仕事の1つでね。ちゃんと調べましたよ、ターゲットと合宿先」
 誤魔化すように話題を変えよとしている。
 そして合宿先だという事も知られている。少なくとも俺は探偵の調べる能力を侮っていたのは間違いない。
「これが詳細です」
 そう言って座りながら机に手を伸ばして分厚い書類を取り出した。枚数は30枚程あるかもしれない。
「まあ、座って読みなさい」
 そう言っておっさんは立ち上がりソファーを俺に譲ってくれた。
 タバコに火をつけながら俺が読むのを待っている。俺は従ってソファーに座りながら書類に目を通す。
 一ページ目に書かれていたのは依頼人(俺)詳細だった。俺の昔の名前、出身、年齢、幼少時代に起きた事件について全てが記されている。この事件は計画を行なう発端、許すことの出来ない事件、その事件の真相と内容まで俺が知る以上の事が書かれていた。
「これは……どういう事なんだ?」
「それはターゲットとキタザさんを結び付ける重要な繋がり。関係あるのでしょう?ついでだったので調べれば面白いことが沢山出てきましてねぇ」
 それは全て事実。これが原因に違いない。でも、そんなものを調べる暇があるなら別のものを調べろと言いたかった、しかし全ての書類を見終わってからにしよう。
 ターゲットについては親しい友人、恋人、出身地、親族、金の貸し借りはあるかどうかまで調べられていた。この中にターゲットと衝突がある人物のリストまで作られていた。これは俺が一番欲しかった情報でもある。怠けているように見えてしっかりと仕事をしてくれているのだろうと感謝する。
 そして合宿先について建物の間取り図、従業員の数、移動手段、近くの施設、交流のある人、ここ一ヶ月の宿泊名簿etc。これについても欲しい情報が記載されている。
 間取りは建築科にいるとあって一目でどんなものかが理解出来る。
 陶芸場までの距離は数100m。これだけの距離なら今思案中の計画を遂行出来そうだと考える。
 他にも必要だと思ったもの、合宿当日の宿泊名簿。この日に予約は一組。それは写真サークルとなっていた。時期的にも場所的にもあまり人気は無いようだ。これは好都合、人は少ないほどリスクが減る。
 そしてこの報告書は完璧に近い出来だった。この探偵は依頼に関しては必要以上の事を調べてくれる事が分かる。やっぱりこのおっさんは只者じゃないと認識する。
「それでどうですか、報告書の出来は?」
 俺は答えた。
「想像以上の出来ですね。それよりも聞きたい事があります」
「何ですか?答えられるなら答えますよ」
「俺がキタザと言うのは簡単に調べられる事なのか?」
 これが重要だ。簡単に調べられるなら考えを改める必要があるからだ。ターゲットの唯一の接点を知られる事が一番危ないのだから…
「まあ、簡単ではないだろう。しかし、意識して調べるなら繋がる。捜査というのはそういうものだ」
 その説明はよく理解出来なかった。簡単なのか、そうでないのかが、はっきりしていない。
 そしておっさんは少しだけ笑みを浮かべて言った。
「つまり、疑われなければいいのさ」
 やっぱり、この探偵には全てを見透かされているかのようだった。額から汗が流れるのが解る。自分で動揺していると理解出来る。
「安心しろ、俺は干渉しない。それが社会ってものだろ?」
 干渉という言葉に聞き覚えがあった。それは俺が書いているノートの名前だ。どうしてそんな名前をつけたのかは今では覚えていない。些細な事だろうと思う。
 そして社会と言うものは幅広い意味を持っている。だから俺はどんな意味を持って言ったのか分からなかった。
「その社会を壊す方法はあると思いますか?」
 自分では唐突な質問だと思う。でも聞きたいと思った。
「そんなものがあるなら誰かが壊しているよ。方法がないから人は考える、最善の方法を。キタザさんも何か考えているんだろう?」
「はい」
「ならばソレをすればいい。けど、無茶はするなよ、君はまだ若いのだから…」
 その言葉は後押ししたいのか止めたいのか解らない。このおっさんは反対の意味の言葉を1つの文章に入れるのは止めて貰いたい…どちらが本心かが解らない。
 それとも……どちらも本心ではないのかもしれない。おっさんのポーカーフェイスからは何も掴めない。



/2

 そして俺は成功報酬を支払い探偵所を後にした。
 報告書は持っては来ていない。それは必要ないから、読んだ内容は全て暗記出来た。今では全文を引き出す事も可能なくらいだ。
 そして俺は1つの情報を思い出してみる。それは俺の両親の死について……


 今でも鮮明に覚えている。俺の親がどんなに苦しんで、悩んで、苦渋の決断をしたのかを……
 俺の父は世の中の金を大きく動かす事が出来る仕事をしていた。海外にも飛び回っていつも忙しい毎日を送っていたと思う。決して不自由はなかった、むしろ裕福過ぎて困るぐらいだった。その幸せを壊したのが奴の親だった。
 俺の父と奴の親は親友で仕事でも信頼関係にあると思っていた。
 裏切ったのは奴の親、どうして裏切りを行なったのかは今では解らない。しかし俺の父の会社を倒産に追い詰め、父を自殺に追いやったのは間違いない。自殺は社会の法律では裁けない、だから誰かが裁かなければいけない。そう、思っていた。
 しかし裁きは神が下してくれた。この社会の中でもトップクラスの権力を持っていた奴の親は事故により重体の怪我を負った、そして治療も間に合わずに死を迎えた。
 それをニュースで知った時は声を張り上げた事を今でも覚えている。これで全てが終わったと思っていた、俺が大学に入って奴に出会うまでは――――

 子供の頃に少しだけ会ったことがあっただけだった、しかし俺は奴の顔を覚えていた。しかし奴は俺の顔を忘れていた、それだけでなく親の死すらも笑いながら話した。こいつも親と変わらない、社会から必要がないと思った。その時だ、完璧な計画を練り一族全てに復讐をする事を決意したのは―――――



 気がつけば考えが憎悪で膨らんでいた。
 今、ノートがあるならば完璧な計画を完成に持っていけただろう…しかし、今は無い。思い浮かぶのはフワフワとしていて実体化していない考えであった。急いで帰ってでもこの浮遊感を計画に変えた方がいいだろう。しかし俺は傘も差さずに街を歩いていた。

 父さんが自殺した日の天候を思い出しながら――――



/干渉ノートのまとめ

計画内容:

 目的地到着後、昼に陶芸を開始する。この時にしなければならないのは実際に見て確認しなければならない部分を数箇所。探偵を信用していないわけじゃないが合っているかの確認である。そして俺がこの場所にいたという痕跡も残しておく、それは殺害現場が陶芸場になるだろうからその為の布石である。
 夜になると誰かが酒を飲もうとするだろう、そうなれば飲まない奴などいないだろう。少量の睡眠薬を混ぜて皆に飲ませる。すると夜中には寝静まるだろう。酔って眠気に襲われているなら簡単にターゲットを呼び出す事も可能だ。呼び出した後は陶芸場へと連れて行く、そして俺がキタザの子だという事を伝える、それが最後の譲歩。これでターゲットの反応によっては計画を放棄する可能性もある。
 しかしその可能性が低い事により計画は遂行するだろう。
 重要な凶器は陶芸場に置いてある壷だ。重量感があれば頭部の一撃で殺す事も可能だろう。酔っていれば抵抗すら出来ないだろう。
 殺害が終われば偽装工作を行なう、俺が着ていた返り血を浴びた浴衣を何処かに巧妙に隠す。これは発見を前提に隠すつもりだ、衝動殺人と思わせる為に…

注意すべき点:

 警察への連絡について、これは遅れれば遅れる程いいだろう。しかし衝動殺人と見せかけた上で遅らせる行動はとても難しいと判断、最初の方に考えた電話線を切断の案は破棄し別の方法を考えよう。
 目撃される事について、これは探偵からの情報により従業員の行動内容も細かく書かれていた、これは統計であって完全ではないがこれに頼る以外にない。それにリスクを犯す最大の部分として多少の冒険は必要となる。

殺害後の俺の行動:

 周りの行動に溶け込む。それが一番重要、何を聞かれても下手な発言はしてはいけない。ないだろうとは思うが仲間内に感づかれてはいけない。可能性としてはメンバーの誰かが俺を疑う可能性もあるからだ。



2005-06-02 14:58:04公開 / 作者:旅びと
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■作者からのメッセージ
感想ありがとうございます。続きを気にしてくれるのは本当に嬉しいですね。しかしローペースは続きます。
皆さんなりの推理はあるかもしれません、出来ればそれを覆す程の事をしたいとか思っています(多分出来ない…^^;
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