『処刑台の詩』作者:芥生春夢 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約23.03枚
 今日もここには紅い雨が降る。民衆の歓喜の声は、雲と共に僕の頭上を飛んでいく。僕は膝を抱えて、その台を見上げている。台の上で座した人は、僕を見て微笑んだ。僕はその人に小さく手を振る。
 衛兵達のファンファーレで、辺りは一斉に静まり返る。次の瞬間、台の上に立っている人が振り下ろした剣は。
 僕が目を閉じると、僕の顔に温かい雨が降ってきた。次に僕が目を開いたときには、立っていた人が、座っていた人の首を高い空に掲げていた。

 太陽が西に傾いて民衆が去った頃、僕は荷車を引いてくる。
城門前の広場は、相変わらず活気のある人々が行き交っていて、荷車を引きながら歩くのは楽じゃなかった。 さっきの台に辿り着くと、荷車に台の上の、首のない亡骸を落とす。体の小さな僕には、そうしてしかこの大きな荷物を運ぶ事ができないのだ。そして、さっき僕に微笑んだ人の首を抱えて、台から飛び降りる。首桶に入れて、もう一度手を振った。荷車に載せたそれが見えないように、いつものように薄汚れた布を掛ける。
 次に台を洗うための水を汲みに、広場の隅の大衆酒場に行く。
僕が五月蠅い音を立てる扉を開けると、酒と煙草の臭いの、嗅ぎ慣れた空気が流れてくる。入り口の客が僕に気付いて、近くなのに大声で呼んでくる。僕はそっちに行く。
今日も派手だったなぁと、酒臭い息でその客は言ってくる。その客も他の客も店員も、今日の処刑を見に行った人は皆僕に声をかけてきた。
 僕はいつものように微笑んで、被っている帽子を取って、貴族かゼンマイ人形のように頭を下げる。こうすればここの大人たちは帽子にお金を入れてくれる。
 あのショーは毎週行われている。何をしたのかよくは分からないけど、彼らは何か罪を犯したらしい。でもそんなこと、僕には関係なかった。彼らの犠牲のおかげで、こうして生活できているというのが、僕にとっての全て。ただそれだけだった。
 僕は、さっきのようなショーの後片付けをさせてもらっている。僕のような、普段靴磨きや煙突掃除しか仕事がない子供にとって、あの片付けは大きな収入源だ。だから僕は彼らに感謝しているし、だから僕は彼らを笑顔で送ってあげる。
 僕は酒場の隅のバケツを持って、数枚の銀貨を酒場のおばさんに渡した。裏口を借りて井戸で水を汲む。なみなみに汲んだ水を溢さないように、処刑台に向かった。

   * * *

 処刑台に着くと、いつものようにデッキブラシでこする。洗剤と血と水の混ざった汚い液体が、台の周りを囲む側溝に流れていく。台や広場のレンガに付いた黒い染みは落ちないけれど、まだ紅い染みはできるだけ落とす。水が足りなくなれば汲みに行く。通行人が声をかけてくれば、酒場でしたのと同じように帽子を出し、お金を貰う。相手が金持ちなら、膝をついて見上げる。相手は気分を良くして、少し多くくれる。一度靴を磨くのと同じ位は手に入る。
 もう空の上には両手の指の数ほどの星が浮かんでいる。
 掃除を終えると僕は、荷車を引いてさっきの酒場に行く。借りたバケツを持って店に入ると、さっきよりもたくさんの人がいた。バケツを置いておばさんに声をかけると、機嫌が良かったらしく一杯の安い酒をくれた。
僕はお礼を言って、背の高いカウンターの椅子によじ登るように座り、大きなジョッキの酒を飲む。飲みながら近くの大人たちと話をする。おだてるとその人は僕の夕飯を注文してくれた。 
 僕はゆっくりと酒を飲み、料理を食べた。家より暖かいここに、少しでも長く居るつもりだった。
 少しすると店の奥の小さなステージに、いつものように踊り子達が出てくる。客達の身体は一斉にそちらを向いて、中央の踊り子が際どい踊りを始める。古レコードが擦り切れた音楽を流していたけれど、客達の声でほとんど聞こえてこなかった。
 僕はいつもと変わらない踊りに飽き飽きしていて、興味なさ気に目を向けて、すぐに目の前の食事に視線を戻した。

   * * *

 次の日僕は、昨日のままの荷車を引いてお城に行った。裏城門で通行証と荷車の布の下を見せる。門番達は僕を覚えているし、やはりショーを見に来ているので快く通してくれた。僕はすれ違う人すれ違う人に頭を下げていく。
 いつも靴磨きを頼んでくる貴族の男と行き当たる。僕は嬉しそうな顔をして、一度荷車を離し、男の足元に跪く。僕は知っていた。その男は僕に靴磨きをさせたいんじゃなくて、跪かせ見上げさせて楽しんでいるのだ。
 この男が男色という事は何度か噂で聞いていたけれど、多分嘘じゃないと思う。同性愛は罪になるから、こういう人たちは僕のような立場の弱い孤児をその対象に選ぶようだ。悪趣味で、気持ちの悪い話だけれど。
 その貴族と別れ、僕は牢に向かう。高い灰色の壁を見上げ、地獄への扉の門番に声をかける。開けてもらって、荷車を引いて中に入った。
 悪臭の漂う牢の中を進んで、がらんとした場所に出る。僕はそこに荷車の上の人を放った。足元を歩いていたネズミや害虫がそそくさと逃げていった。        
 これは牢に入っている人に、自分が後でどうなるのかを見せているそうだ。つまりこの人たちは後でショーの犠牲者になるのだ。
 僕は、あまりその人たちと目を合わせないようにして出てきた。門番の人に仕事を終えた事を伝え、証明書をもらう。そしていつもの手順をこなしてお金をもらって、お城を出て行った。

   * * *

 その三日後、いつもより白い息を吐きながら、仕事をする広場へ行った。
 妙に寒い日だと思っていたら、その日は夕方から雪が降り出して、僕は仕事を早く切上げる羽目になった。おかげで今日は薪代も稼げなかった。
 その埋め合わせと暖をとるために、僕はいつもの店で掃除をさせてもらっていた。顔見知りの僕は、こういうときはいつも使ってもらっていた。
 今日は天気のせいで客はいつもより少なかったけれど、それでも半分くらいの席は埋まっていた。今日はおばさんにも適当でいいと言われていたので、僕はときどき手を休めながら、客と話しながら掃除を続けていた。
 窓から外を見ると、雪はさっきよりも強くなっていた。それを見て僕はため息をつく。近くの客にどうしたのか尋ねられ、世間の風が冷たいから、といって客達を笑わせた。そして、少しの酒を貰った。
 その後すぐに、踊り子達の踊りが始まる。いつも通りのことをするのだろうと思って、僕は掃除を再開する。すると、一人の客が僕に声を掛けてきた。
 何かと思ってそっちに行くと、ガキが踊っているぞ、と言ってその客はステージを指差した。そちらを見て僕は、目を奪われた。
 ランプのオレンジ色の光に照らされた、こげ茶色のステージの上で、その少女は踊っていた。少女といっても僕よりは年上と思われる、とても綺麗な子だった。もちろん前座なので、すぐにステージの袖に入ってしまったけれど、僕は一瞬見たその子の顔が忘れられなかった。
 僕はすぐカウンター席に座り、客と話していたおばさんに尋ねる。思っていた通りだった。ここの踊り子達には値段が付けられていて、気に入った客に買われていくのだ。そしてさっきの子には、前座にしては破格の高値が付けられていた。
 僕は席に座ったまま考える。そしてあることを決めて、おばさんに給金を受け取り、店の入り口に向かう。店を出るときに入り口近くの客から、数本残っている煙草の箱を貰い、少し弱まった雪の中、僕は家へ向かった。

   * * *

 次の日、まだ店が空かない昼頃に、その店へ向かう。家を出ると、屋根もガス灯も街路樹も真っ白に埋められ、道行く人も少なかった。
 歩きにくい道の中、店にたどり着き、裏口をノックする。扉の中で色々なものが崩れる音がして、給仕のにいさんが顔を出す。歳は十八・九くらいの、線の細い人だ。この人は、僕のお兄さんのような存在で、僕が遊びに来るといつも喜んで迎えてくれる。
 とても優しい人で、金のない客にも料理や酒をあげてしまうので、おばさんにはよく叱られているようだ。でも、おばさんも何だかんだ言って良い人だし、そんな訳で客達に好かれているので、この店の看板息子のようになっている。
 今日はどうした、と声をかけられ、踊り子達に会いたい、と伝える。にいさんは、踊り子は寝てるよ、と答える。にいさんが呼べば起きるでしょう、と僕が言うと、にいさんは笑い、僕に上がるよう促してくれた。
 踊り子の部屋の扉を、にいさんがノックする。誰だよ。機嫌の悪い、店で聞くような華やかさは欠片も無い返事が聞こえた。でもにいさんが、俺だよ、とだけ言うと、いつも聞く、明るい声が聞こえてきた。
 にいさんに続いて、僕も踊り子達の部屋に入る。古い部屋には派手な衣装や宝石が山積みになっていて、化粧品と煙草臭い空気が満ちていた。
 一歩足を踏み入れると、数人の女がにいさんの許に寄ってきて、首にいやらしく手を回したり一方的にキスをしたりする。僕は目のやり場に困って、目を反らしていた。
 にいさんは丁寧に女たちを離れさせながら、用があるのは僕ということを伝えてくれた。踊り子達は鬱陶しそうに僕を見る。
 一人が僕の顔を覗き込んで、ガキが何の用だ、と言ってくる。新入りの子に会いたいと伝えると、ここは風俗じゃない、と笑われた。にいさんが、そんなんじゃないから、と踊り子達に言う。彼女達はにいさんのいうことなので、大人しく聞いて、あの子を呼んでくれた。
 床で眠っていたその子は、呼ばれるとだるそうに身を起こす。店で見たときと違って、その子は長い髪を下ろしていた。お客さんだよ、と言われて、僕を見て訝しげな顔をする。その子も、にいさんに呼ばれてやっとその場を動いた。
 僕の前まで来て、何の用、とだけ言う。二人で話したいことがある、と僕は伝える。
周りの女たちは囃し立て、その子は迷惑そうな顔をした。しかし、にいさんに頼まれたので仕方なさそうに僕についてきた。にいさんは踊り子たちに手を振り、最後にその部屋を後にした。
 途中でにいさんと別れて、その子と一緒に散らかった廊下を歩く。会話は全く無かった。物置のような部屋に着き、その子はさっきとは違う優しい顔で言ってきた。私にお客さんなんて初めてだよ、と。
 話をしてみると、その子は借金のカタに売られてきたそうだ。若いのに大変だね、と僕が言うと、その子は笑った。
 その子は上品で、こんな店には似合わなかったし、僕とは不釣合いだった。でも僕が煙草を一本あげると、それを銜えて、慣れたように僕に煙草の先を向ける。僕はマッチを取り出して火を点け、次いで自分のにも同じようした。彼女は何をしても綺麗だった。
 僕達はその後も少し話をした。彼女はここに来る前住んでいた、地方の町の話をしてくれた。そこは山に囲まれた、一年中花が咲いている綺麗な町だったそうだ。僕は物心ついた頃には既に孤児で、おばさんやにいさんを始め、いろいろな人にお世話になった事などを話した。お互いに、見たこともない世界の話だった。
 最後に僕は聞いた。いつか売られることについてどう思っているかを。彼女は考えて、答えた。
 話を終えて別れるときに彼女は、また来てね、と言ってくれた。僕は頷いて手を振り、彼女と別れた。その後、にいさんにお礼を言いに行った。にいさんはからかうように笑って、良い買い物が出来たか、と言ってきた。買いたいものは出来た、と答えると、にいさんは不思議そうな顔をする。僕は考えていることを伝えた。
 にいさんは驚いていた。そして僕に考え直すように言う。僕は首を横に振る。にいさんは悲しそうな顔でじっと僕を見る。手伝える事はないかと聞かれ、僕は一つだけ、にいさんにしか頼めないことを伝えた。にいさんは目を伏せて、わかった、とだけ言ってくれた。
   * * *

 店を出た僕は、雪に足を取られながら裏城門へ向かう。門番の兵士達は、僕と分かると寒そうに詰所から出てきた。今日は何の用だ、と目線を合わせて聞かれ、商売に来たと伝え鞄の中を見せる。兵士達は不審物がないことを簡単に確認する。雪は困りますね、と僕が言うと、兵士も相槌を打って快く通してくれる。僕は頭を下げて門をくぐった。
 大きな城を囲む庭園も、今は真っ白な雪に閉ざされている。すれ違う人も、いつもより少なかった。
 僕は城の横に建つ、一軒の屋敷の前に来る。そしてその屋敷の中から見える位置で行ったり来たりする。暫くすると、いつもの貴族が、お供も連れずに出てきた。すかさず僕は近づく。
 僕は跪いて挨拶した後、こんな雪の日にどうなされました、と言う。男は、散歩がしたくなった、と言った後、僕に顔を上げさせた。外に出られてはお召し物が汚れてしまいます、と僕は言い、男の靴を見て、次に男を見上げる。磨いてくれないか。ありがとうございます。僕はまた屈もうとしたが、その前に男に言う。こんな寒い所で、旦那様が風邪などひかれては大変です。男は満足そうに笑い、気が利く子供だ、と僕の肩に手を置く。屋敷に入りなさい、と言われ、僕はおとなしく男に付いていった。
 屋敷の中は無駄な飾りだらけで、僕はつい辺りを見回す。立っていた召使いと目が合って、僕は少し笑われた。男は立ち止まらず、二階にある男の寝室に、僕を連れていった。こんなに作戦通りになるとは、正直自分でも思っていなかった。

   * * *

 胸元にその汚い唇を落とされて、僕は悪趣味な刺繍のベッドに視線を向けている。僕は知っていた。最近ショーの生贄が減っているということを。牢に入れられた人間は、大半が精神を先に犯されてしまう。だから、ショーには使えないものになってしまう事が多々あるそうだ。つまり。僕は横目で男を見る。よっぽど飢えていたのか、身体ばかり見て僕の表情は見ていない。おかげで、僕が向ける冷たい視線に男が気付く事はなかった。
 行為の間も、この屋敷を出てからどうするか、頭の中で何度も復唱する。多分僕の計画に、大きな欠落は無かった。

   * * *

 屋敷を後にして、僕は城の入り口に行く。ここの見張りも、ショーを楽しむ側の人間だ。その見張りも僕に目線を合わせて、今日は何だ、と尋ねてくる。いつもお世話になっている刑務官の方に挨拶にあがった、と伝え、見張りに通行証を見せて中に入る。
そしていつもの刑務官の部屋に向かう。
 城の中は相変わらず、悪趣味に飾り立てた金持ちで溢れていた。僕はそいつらにぶつからないように廊下の隅を歩く。いつものように金持ち達は、汚いものを見る目で僕を見ていた。
 一つの扉の前に辿り着き、身だしなみを少し整えてからノックする。誰だ、と厳格な初老の男性の声が聞こえ、僕です、と返事をする。扉からの声は優しげなものに変わり、入りなさいと言われた。大きくて重い、黒光りする扉を開け、その部屋に入る。入って正面の、一番立派な席に座っている男性が、仕事の手を止め微笑んできた。僕はその人に頭を下げる。この部屋の人達は、犯罪者たちの刑罰を決めるのが仕事で、その男性はこの部屋で一番偉い人だった。この人は貧しい人や孤児達にとても親切にしてくれて、僕に仕事をくれたのもこの人だった。汚い仕事をさせてすまないと、よく僕に言ってきた。
 今日はどうしたんだ、と尋ねられ、僕はその人の隣まで行く。そして周囲に人がいないことを確認して、胸元の印を見せる。その人は、僕のような子供にその印があることに驚いて、すぐに何があったのかを察してくれた。どうしたんだ。
 僕は事情を説明する。最後に、同じ場所に同じ印を付けてきました。確かめていただけませんか。というと、その人は可哀相なものに向ける視線を僕に向け、わかった、と言ってくれた。

   * * *

 その人は部下を連れて、すぐに調べに行ってくれて、僕の伝えた印を確認して戻ってきた。
 その男に男色の気があるという疑いは、城の中でも持ち上がっていたらしい。そして僕が、それの決定的な証拠を持ち出してしまったのだ。誰も、これを事実と疑わなかった。
 男は否定した。いつもの余裕はすっかり消え去った顔で、大声で喚き散らし、泣き叫び、また突然すがるように叫んでいた。冤罪と繰り返し唱える男の声は、誰にも聞こえていなかった。
 男は僕を睨みつけ、何度も僕を呪う言葉を浴びせてきた。その度僕は、被害者面をして辛そうに俯く。心の中では何も思っていない、一番の加害者は、多分僕だった。
 君は、あの男をどう罰したい。その人は僕に尋ねてきた。確かにあの男は犯罪者ですが、きっと僕にも原因があったのです。僕は答え、男に目を向ける。だから他人に迷惑を掛けないで終わらせたいんです。考えをその人に伝えると、その人は辛そうに頷く。
にいさんが僕を見たのと同じ、悲しそうで、でも温かい眼差しだった。

   * * *

 その週末に、僕はいつも見上げている台の上に立っていた。取り囲む民衆の多さに、足がすくみそうになる。その中に、にいさんや、見慣れた人たちも居た。足元に座る男は、あの貴族の男だ。隣では一人の刑務官が、男の犯した神への冒涜を何度も読み上げている。ただ、その犠牲者の名前は伏せられていた。
 衛兵達のファンファーレで、辺りは一斉に静まり返る。僕は、いつも見るものより小さな剣を握り直す。男は首を固定されながら少しだけ僕を見る。
 ファンファーレが鳴り止む。僕は、男の方を向き、一気に剣を振り下ろした。瞬間僕は、目をぎゅっと閉じた。

今日もここには紅い雨が降る。

そして僕は。

音のない世界に投げ出された。

顔には温かい液体がかかった。

剣を握った、手の力が消えた。

そしてすぐに。

民衆の歓喜の声は、雲と共に僕の頭上を飛んでいった。おそるおそる目を開くと、刑務官が男の首を天に掲げ、男の身体は足元に力なく横たわっていた。

頭の中が真っ白になった。

   * * *

 民衆が散った頃、いつものように荷車を運んできて、いつものように死体をそれに載せる。首桶に男の首を入れ、身体の隣に並べ、二つになってしまった男に笑顔で手を振った。彼は何か罪を犯したらしいが、そんなこと、僕には関係なかった。彼の犠牲のおかげで、生活できているというのが、僕にとっての全てだった。他の人以上の富をもたらしてくれた、彼には感謝している。だから僕は、彼らを笑顔で送ってあげることにしたのだ。
 その後、酒場に水を汲みに行く。酒場の客達は、僕が入ってきたのを見ると、一斉に歓声を浴びせてくる。こんなに歓迎されたのは、生まれて初めてだった。出世したなぁ、などと、酔っ払い達が喜んで絡んでくる。神を冒涜したものを罰する、ショーの執行人というのは、民衆にとっては英雄のようなものだった。
 安い給金しか貰っていないはずの客達が、料理をやる、酒をやると言って僕を呼び止める。僕は、片付けが済んでいないから、と丁寧に断わりながら進む。笑顔の客達の向こうに、辛そうな顔でこちらを見るにいさんが見えて、僕は顔を背けてしまった。

   * * *

 死体を運んで、城に行って、いつもの手順をきっちりこなす。人に会う度、悲しい顔をするのがうまくなったな、と他人事のように思う。いつもよりも淡々と仕事をこなす自分が、今日はここに居た。

 感慨も無く死体を置いて、刑務官の部屋に行く。一番立派な席に座るその人に仕事を終えた証明書を見せて、一つの紙袋を受け取った。その人に辛かっただろう、と言われ、悲しそうな顔で首を一度縦に振る。その人も辛そうな顔をした後、悲しい笑顔を作って、なかなか良い剣捌きだった、と褒めてくれた。だから僕は笑顔で部屋を後にした。

 部屋を出て、いつもより厚い紙袋の中身を見れば、仕事料以外に男の家からの慰謝料も入っていて、欲しかった金額には十分届いていた。予想外に多かった。僕は絶対それを失くさないよう、大事に懐にしまいこんで、荷車を引いて酒場にむかった。
 二本の車輪の跡と、小さな足跡が、白い道の上、僕の後を付いてきていた。

 酒場の窓から中を覗くと、踊り子達は踊り終えて、各々接客をしていた。少し目線を泳がせあの子を探すと、やはり仕事をしていたので、僕は話しかけずに今日は帰ることにした。

 次の日、前と同じような時間に酒場に行く。扉をノックすると、やはりにいさんが出てきた。にいさんは僕を見て何か言おうとしたが、それをかみ殺して、黙って僕を入れてくれた。一緒に踊り子達の部屋まで歩いたが、会話は一つも無かった。
 部屋に行って、にいさんにあの子を呼んでもらう。その子が出てきて、僕はその子と部屋を出た。踊り子達の前では、彼女はやはりつんとしていた。
 この前の廊下まで来ると、彼女は来てくれてありがとう、とはにかんで言ってきた。
目を合わせていて、僕まで照れくさくなった。僕達はまた、楽しい話をした。
彼女を楽しませる為に、僕は作り話もした。彼女は素直に、笑ってくれた。 
 彼女とずっと一緒にいたかったけれど、それはできないことだった。その後別れ際に彼女は、またね、と言った。それに手を振って返した。
 酒場を出る前に、にいさんのところに行く。にいさんは何も言わず、僕を見ていた。ぼくは懐から厚い封筒を出して、にいさんに渡す。にいさんは中を見て、代金には多いことに気付いて僕を見てくる。手間賃だよ、と伝えると、手間賃なんて受け取れない、と首を横に振ったが、僕が持っていても仕方ないから、と半ば強引に渡した。お願いね、と笑顔で言えば、それ以上付き返されることはなかった。やっぱり行くんだな、とにいさんは遠い目で言う。僕は頷いて、行ってきます、と言った。

   * * *

 城への道のりは、とても長く感じられた。自分の吐く白い息が、とても綺麗だった。
 グリーンマイルは今は白く染まっていて、昨日付けた轍と足跡をしっかりと浮かび上がらせていた。
 それを辿って歩きながら、一度立ち止まって、僕は一度だけ処刑台に小さく手を振る。
そして、しっかりした足取りで、最後の道を歩いていった。
2005-05-27 15:21:32公開 / 作者:芥生春夢
■この作品の著作権は芥生春夢さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
どうすれば読み易くなるか考察中です。何か良い方法があったら教えて下さい。
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして、羽堕ですm(._.*)m読ませて頂きました♪「」のない文章だけでのお話なのに、自然に読めました(*゜ー゜)(*。_。)面白かったです!でも、これで終わりなのでしょうか?この終わり方もありと言えば、ありだと思うのですが。読んだ人は、だいたい「僕」が何をしようとしているのかは、解るとは思うのです(・_・;でも出来れば「僕」がしようとしてる事の結果が欲しいです(*ノノ)文章も整っていて読み易かったですwでは続きがれば続きを!ここで終わりならば次回作、期待しています(。・_・。)ノ
2005-05-25 16:43:53【☆☆☆☆☆】羽堕
文章が整っていてきれいだなあ、と。貴志川です。
こんな感じの文体は嫌いではなく、むしろ好きなくらいの部類に入るのですが、なぜか読んでいるとぼんやりしてきました。うーん……と思っていたのですが、なんとなく気づいたことを。正直、話はいいのですが、描写が一寸足りないように感じます。綺麗、美しいだけではどのように綺麗なのかわかりかねますし、「僕」がどういった思いをこめて行動に移ったのかも考えあぐねてしまいます。綺麗だとか、美しいだとかはそれだけで色々なことをなすことの理由になると思います(俺だけ? だから、その辺りは詳しく書いてもらえると、読み手としてすごく嬉しいです。
それから、もしこの話を崩すようならいいのですが……セリフは「」が欲しかったなあと。それがあると、大分読み手も休むことができるので。面白い話でも、「文」を読み続けるのはちょっとつらいです。できれば改行などで骨休めさせて欲しかったです。
では、ながながと失礼しました。ノ
2005-05-25 22:02:57【☆☆☆☆☆】貴志川
初めまして甘木と申します。作品拝読させていただきました。読みやすいし、文章も綺麗ですけど、あまりにも淡々としていて読後の印象が弱く感じられました。貴志川さんも指摘されていますが、描写の弱さが気にかかりました。まるで他人の日記を眺めているようで、今ひとつ「僕」に感情移入ができなかったのが残念です。
ところでこの作品は読み切りなのでしょうか? それとも連載なのでしょうか? どちらでもそれなりには納得できますが……長々と失礼なことを書いてすみませんでした。気に障られたら謝罪します。では、次回更新か次回作品を期待します。
2005-05-25 23:29:02【☆☆☆☆☆】甘木
初めまして、京雅と申します。文章、読み易い事は読み易いですけど、意図的なんだろうか、「僕」等が多過ぎて私なんかは読み難く感じたのですが(矛盾)。まあ個人的な事なんで。全体が淡淡とし過ぎていて、盛り上がりに欠けるなあと。これがまだまだ物語の始まりに過ぎないのであれば全て京雅の読み取り違いであります、先に謝っておきます、申し訳御座いません。次回更新若しくは次回作期待しております。
2005-05-26 02:08:48【☆☆☆☆☆】京雅
みなさま呼んで下さって有難う御座います。何だか言葉足らず読みきりに見えていたようで、ごめんなさい。皆様からのご批評、参考にさせていただきます。描写が出来るよう、もっと鍛えてきます。
2005-05-26 13:22:35【☆☆☆☆☆】芥生春夢
羽堕ですm(._.*)m続き読ませて頂きました♪ちょっぴり涙ぐみました(/ー ̄;)良い話だなって思いました(*゜ー゜)(*。_。)「。」ごとに改行しているのは、少し頂けないかな?とも思いましたが、そう言うのも気にならないくらい、ラスト好きです(*^^*ゞたぶん、私がこういった感じのラストが好きだからかもしれないのですが、本当に良かったと思いますwでは次回作、期待しています(。・_・。)ノ
2005-05-26 15:32:26【★★★★☆】羽堕
続き読ませていただきました。ラストの雪のシーンを予感させるような、前編を通しての淡々とした書き方。雪が降り積もるような静けさがラストに繋がって読んでいて心地よかったです。前読んだ時は淡々としすぎかなとも思いましたが、これはこれで良かったんですね……拙い読者で済みませんでした。このラストはこれから続く物語の序章にも感じられ、勝手に彼等の行く末を想像してしまう魅力がありました。ただ、文頭の一字下げの不規則さが気にかかりました。改行した次の文頭は一文字下げるのが普通です。では、次回作品を期待しています。
2005-05-27 08:34:01【☆☆☆☆☆】甘木
続き拝読しました。映画の一シーンを見た感じがして、惹き込む強さが充分にありますね。前回の感想にある「僕」の件は忘れてやってください、今回読んであまり気にならなかったので。文章の妙な段落づけは一寸気になりましたね、それは以外は……よかったです。こういった余韻を堪能出来る締め方は好きです。次回作も期待しております。
2005-05-27 13:24:22【☆☆☆☆☆】京雅
感想有難う御座います。どうやったら読み易くなるか実験していたのですが、改行はやめた方がいいんですね。ご指摘有難う御座います。
一応続きは用意してあるのですが、またアップ出来るかわかりません。もし出来たときは、またご批評お願い致します。
2005-05-27 15:27:39【☆☆☆☆☆】芥生春夢
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。