『Killing you softly(読み切り)』作者:July / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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ふりしきる雨の中、傘も差さずに男は立っていた。
目の前の墓標に、花束を添える。
墓標の下には遺体は無く、名前さえ刻まれていない。
振り返ることも無く、彼はその場を後にした。

男の名はレイジ、偽名である。
彼は死体の処理を生業としていた。
アメリカの裏社会では、毎日のように死体が量産される。
その後始末が、彼の役目だった。
人を殺すこと自体は、それほど難しいことでは無い。
だが死体を消すのには、高度な技術が要求される。
埋めるのでもなく、沈めるのでもなく、消して欲しい。
そういったやっかいな死体を、彼は数え切れない程 処理してきた。

彼はリスクを理解した上で、この仕事を選んだ。
失敗は、自分の死に直結する。
彼には、死への強い恐怖がある。
そしてその恐怖が、彼の仕事を完璧なものにしてきたのだ。
彼には、仕事に対する罪悪感など全く無い。
彼にとって死体とは、ただの肉の塊にすぎなかった。

ある日、いつものように依頼がやってきた。
いつものお得意様からだ。
彼の確実な仕事ぶりは有名であり、依頼は毎日のようにやってきた。
だが お得意様からの依頼にはトラブルが少ない、彼は喜んで依頼を受けた。
指定された場所に、過剰なまでの安全運転で向かう。
決して事故など、起こす訳にはいかないのだ。
待ち合わせ場所では、黒服の男達が待っていた。
「久しぶりだなレイジ、景気はどうだ?」
 黒服の一人が声をかけてきた。
「まだ死んでないのか? 悪運の強い男だな」
 分かりやすく訳せば、そういうことだ。
「お蔭様で」
 自分が失敗した時には、この男に殺されるのかもしれない。
 その恐怖を表に出さず、抑揚の無い声で答えた。
挨拶もそこそこに、封筒を渡される。
中身を確認した。
1000ドル、いつも通りだ。
恐怖が消え、欲望が顔を覗かせる。
俺も甚だ、救いようの無い男だ。
黒服の何人かが、周囲を確認しに散っていった。
確認の連絡が入り、死体の入ったバッグをトランクに詰める。
「ではまた」
 次も、ビジネスの関係で会いたいものだ。

行き以上に神経を使いながら、作業場の一つに向かった。
素人でも玄人でも、このときが一番 神経を使う。
車のまま作業場に入り、周囲を確認する。
懐の拳銃に手をかけ、物陰を一つ一つ見てまわる。
異常は無い。
拳銃を離し、大きく息を吐いた。
恐怖を感じない奴は、ただの馬鹿だ。
臆病者だけが、この世界では生き残れる。
トランクからバッグを取り出し、チャックを開けた。
今回は若い白人の女だ。まだ十代半ばに見える。
死ぬのには、少々早すぎる歳だ。
バッグの内側はビニールで覆われている。
死体の状態が悪いと血で染まっているが、今回は綺麗なものだった。
死体には所々にあざがあるが、特に目立った外傷は無い。
首にも絞められた痕は無く、恐らく死因は毒殺だろう。
手袋をはめて、死体の服を脱がせるために手を触れた。
まだ暖かい。

・・・・・・暖かい?
服を脱がせる手が止まった。
心臓が激しく脈打ち、背中が汗で濡れていく。
ありえない、死後何時間経っていると思ってるんだ?
再び手で触れてみた、暖かく、そして柔らかい。
死後硬直が始まっていない。
落ち着け、落ち着くんだ。
何故この死体は暖かい? 何故柔らかい?
至極妥当な、至極当たり前の答に至った。
目の前の死体が、目を開けたのだ。
悲鳴を飲み込み、口の中に拳銃を突きつけた。
もう片方の手で、声が出せないように喉を押さえつける。
恐怖で手が震える。
だめだ、冷静になれ。
死体は力無く、喉を押さえた手を両手で持ち上げようとした。
力が全く感じられない、まだ自由には動けないらしい。
「動くな」
 拳銃を押し込み、ドスの効いた声で伝える。
 少女の動きが止まった。
冷静さが戻ってきた。
これは俺のミスじゃない、依頼主に連絡するべきだ。
喉を押さえていた手を、ゆっくりと離す。
銃口は向けたまま、銃を口からゆっくりと引き抜いた。
狙いを定めたまま、後ろの机に手を伸ばす。
手探りで、机の上をあさる。
あった、ガムテープだ。
少女をうつ伏せにし、手足を何重にもテープで巻いていく。
少女の自由を奪うと、安堵の溜息が漏れた。
大丈夫だ、問題は無い。
予想外ではあったが、許容範囲内の事態だ。
今までに処理してきた数百の死体、その一つに手違いがあったに過ぎない。
依頼主に連絡し、指示を仰げばいい。
電話では直接話せない。リスクはあるが、作業場の近くまで人を寄越してもらおう。

考えがまとまると、冷静に少女に向き合うことができた。
血の気の無い肌は雪のように白く、小動物のように怯えた目でこちらを見ている。
「ここは・・・・・・どこ?」
 少女が口を開いた。
「答える必要は無い」
 騒がれたくない、テープに手を伸ばした。
「私を殺すの?」
 手が止まった、心拍がわずかに乱れる。
「殺すのは、俺じゃない」
 少女の顔に、恐怖が広がる。
「あいつら、あいつらがいるの!? 嫌っ、助けて!!」
 とっさに手で口を塞いだ。
 助ける? 冗談じゃない。
「お前を助けたら、俺が殺される。お前の始末は、そいつらに任せさせてもらうよ」
 可哀相だが仕方ない。いつばれるかも分からないのに、助けたりできるはずが無い。

しばらく少女は暴れていたが、やがて観念したのか暴れるのを止めた。
騒ぐなと念をおし、口から手を離す。
「あなたは・・・・・・あなたは何なの?」
 小さく、震えた声で少女は尋ねた。
「葬儀屋さ、君は死体と間違えられて送られてきたんだ」
 嘘ではない。ただ、墓も無ければ遺体も無いが。
ポケットから携帯を取り出した。
さっさと依頼主に連絡してしまおう。
「待って!!」
「騒ぐなって言っただろうがっ」
 反射的に少女の顔を殴りつけた、鈍い感触が伝わる。
 作業場の周囲に人は住んでいないが、リスクを犯すわけにはいかない。
「待って・・・・・・待って・・・・・・」
 消え入りそうな声で、少女は続けた。
「助からないならせめて、楽に死なせて」
 携帯を操作する手を止め、彼女を見た。
「あいつらは嫌、きっと散々 嬲られてから殺される」
 あまりにも必死に懇願する少女を、無視することができなかった。

「お願い、あなたが殺して」
 心臓が、締め付けられたようだった。
「いやだ、俺は人殺しじゃない、人なんか殺せない」
 今までいくつもの死体を処理してきた。
 でも一度だって、人を殺したことなんか無い。
「お願い。殺されるのなら、あなたがいい」
「できない、俺にはできない、できるはずがない」
 声がうわずる、震えが止まらない、汗が体中から噴き出す。
俺は、罪にまみれた人殺しなんかじゃない。
ただの、掃除屋なんだ。

少女は、床においてあった銃に向かって体をくねらせた。
銃口を咥え、俺に向かって差し出す。
「殺して」
 目が、そう訴えていた。
何故だ、何故こんなことになった?
俺の相手は肉の塊だったはずだ、人間なんかじゃない。
「殺して」
 彼女の目が繰り返す。
落ち着け、落ち着くんだ。
大丈夫、きっと、きっと、きっと。
「殺して」
 俺の中で、何かが切れた。
タンッ
サイレンサーの、乾いた音が響いた。

あれからもう四年が経つが、幸い俺はまだ生きている。
彼女の死体は処理した。完璧に、跡形も無く。
依頼主には何も言っていない、独断での行動は処罰の対象になり得る。
それに何故か彼女が生きていたことを、知られたくは無かった。
今日も、仕事が待っている。
2005-05-18 12:09:39公開 / 作者:July
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■作者からのメッセージ
実験的な作品ですが、それなりに自信作です。参考にしたいのでなるべく多くのご意見をお待ちしています。
指摘を受け、毒殺云々を手直し。
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