『人形』作者:森川雄二 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 私はいつも仮面をつけている。もちろんそれは、本当につけているのではなく比喩なのだけど。私は他人が不愉快に思わないような、他人に拒否されないような、他人が望むような、いわゆるいい子という仮面をかぶっていた。何のためにそうしているのか、また、いつからそうしているのかはわからない。ただ、私にわかるのはみんなが私だと思っているのは私の仮面であり、本当の私ではないということだ。仮面をするということは自分の顔を、素顔を隠す、あるいは守るということだ。でも、その守るべき私は今どこにいるのだろう?いや、そもそもそんなもの初めからいないのでは?いや、そんなはずはない……そんなはずは……。
 今日は休日なので、私は家でゴロゴロしている。別にすることがないのだ。私はあいにく趣味と呼べるものは持ってないし、外に遊びに行くのも好きじゃない。本当の意味で友達と呼べる存在はいないし、つくらないようにしている。人と話すのが、いや、人と会うこと自体が嫌いなのだ。もちろんそんなこと考えているようには見えないように気をつけてはいるのだけど。
 他人と会って、他人にとっての私を演じるのがだんだん疲れてきたのだ。特にここ最近は。なぜか、それは人形のねじを回す作業を思い起こさせる。私の背中にあるねじを誰かが回すのだ。そして私は、その誰かが思うように動く。だが、だんだんねじを巻かれるのがいやになってきたのだ。でも、ねじを巻かれなくなった人形は止まるしかない。だったら……だったら、私はどうすればいいのだろう?
 そんなことを考えながら私はゴロゴロしていた。
(たまには部屋でも片付けるか……)
 別にきれい好きなわけじゃないけど、他にすることがないのでとりあえず掃除をすることにした。ある程度片付けたあといらないものを押入れに入れることにした。押入れを開けると、少しほこりくさいというか古い家特有のにおいがする。私の家はけっこう古く、押入れの中にもいろいろなものが入っていて、おそらく家族の誰もどこに何が入っているかきちんと把握していないだろうと思う。
 いらないものをしまい、押入れを閉めようとしたその時、ひとつの古めかしい箱が目に止まった。他にも古い箱はたくさんあったのになぜかその箱だけが気になった。私はその箱を手に取った。かなり古い箱だ。だいぶほこりがかぶっている。私は軽くほこりを払うとその箱のふたを開けた。中には古い日本人形が入っていた。どことなく見覚えがある。そうだ。幼いころにこの人形を見たことがある。たしか居間に飾ってあったのだ。いつのまにか見なくなったと思ったら、こんな所にしまってあったのか。
 私はなんとなくその人形が気に入り、しばらく手にとって眺めていた。
「…ちゃん……美紀ちゃん……」
突然自分の名前を呼ぶ声がした。その声が手に持っている人形から発せられたものだと理解するのに少し時間がかかった。
「ひっ!」
私は短く悲鳴をあげ、その人形を床に叩きつけた。
「何? いったい何なの?」
私は怖くなり逃げようとしたが、私の意志に反して私の足は震えてうまく動かない。
「怖がらなくてもいいのよ……怖がる必要なんてないの。ねぇ、美紀ちゃん。どうして人が人形に魅了されるかわかる?」
私は恐怖のあまり何も考えられなくて、その問いに答えることはできなかった。だが、その人形はかまわずに話を続けた。
「それはね、人が人形の中に理想像を見出すからよ。現実には存在しないような完璧な理想像を……あなたは人形を哀れだと思う?人と同じ姿を持っていながら、自ら話すことも、考えることもできない人形を……」
「でも、あなたと何が違うのかしら?他人が望むように話し、他人が望むようにしか行動できないあなたは、いったい人形と何が違うと言うの?」
私は少しだけ落ち着きを取り戻し、人形の話を聞き、その内容は理解できたが、その問いに答えることができない。私と人形の違いは?なぜ答えられないの?ひょっとして何も変わらないのだろうか?そんな……そんなはずはない。私は……私は……。
「あなたは他人の中に映るあなた。他人が考える、他人が望むあなたを演じているに過ぎないんじゃないの?だとしたら、本当のあなたはどこにいるのかしら?いえ、そもそも本当のあなたなんてものは存在するのかしら?そんなものは初めから存在しないのよ。あなたは人形と同じ。からっぽなんだわ。外見だけが人の姿をしているだけで、中にはなあんにもない……」
そう言って人形は微笑んだ。いや、そんな気がしただけかもしれない。ただ、私は無性に腹が立ちその人形の首をしめた。
「あなたが話す言葉は他人が望む言葉、他人が考える言葉。あなたが考えることは他人が望むこと、他人が考えること。あなたは本当に自分の意思で行動しているの?あなたが話す言葉は本当にあなたの言葉なの?」
でもそれでも人形はしゃべり続ける。
「うるさいっ!うるさいうるさいうるさいうるさい……。人形のくせに! 私は……私は人間よ、ちゃんと……ちゃんと、自分の意思で動いてる。あんたなんて……あんたなんて、ただの人形のくせに! 自分の意思で動くことさえできないくせに! 話すことも、何にもできないくせに!」

「それはあなたのほうじゃないの?」

 気がつくと私は、私に首を絞められていた。私は、私に殺されるのだろうか?ただ、少しも苦しくなかった。なぜか、指一本動かすこともできない。おかしい。何かが変だ。そして、自分の体が人形の体になっていることに気づく。
「心配しなくてもいいわ。あなたにできたことですもの、私にできないはずはないわ」
そう言って私ではない『私』は微笑んだ。その微笑みは一切の感情を感じさせないひどく無機質で、それでいてぞっとするほど美しい微笑みだった。
 『私』は私の首から手を離すと、私をかつて自身が入っていた箱の中に入れた。
「さようなら、さっきまでの私……」
 私は必死で「待って」と叫ぼうとしたが、言葉を出すことも、指一本動かすことさえ出来なかった。箱の中で私は泣いた。恐怖や、寂しさ、絶望のあまりに。涙を流すことも、声を出すこともできなかったけど。でも、しばらくたってそれにも飽きた。
 次に私は奇妙な安堵感を覚えた。ひょっとしたら、私は心のどこかで、これを望んでいたのではないか?もう誰にもねじを巻かれることはないのだ。何も演じる必要もない。もう何もする必要はないのだ。話すことも、聞くことも、考えることさえも。何も……。
だから、私は考えるのをやめることにした。何も話さず、何も聞かず、何も感じず、何も考えない。
           
              私は本物の人形になった。
2005-05-12 00:01:31公開 / 作者:森川雄二
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■作者からのメッセージ
人形を見るとよくこんなことを考えたりします。
この作品に対する感想 - 昇順
貴方は面白い題材をつかいますね。人形、私も書きたいなあ。詰め込んであるので一見読み難い様に見えますが、文章は整っているので躓く事はありませんでした。ただ女性が主人公(美紀って名前の女口調の男ならOKです)なのに文章の口調が硬過ぎて違和感がありました。物語には直接関係しないんですけどね。「それはね、人が〜」「でも、あなたと〜」、両方人形の科白なのに分けられているのが気にかかりました。失礼な事を書き綴ってしまい申し訳ありません。でも面白かったです。次回作も期待しております。
2005-05-12 00:27:19【☆☆☆☆☆】京雅
作品拝読させて頂きました。うーん、はっきり言ってどこかで読んだことのあるストーリーで……題材が同じなのは一向にかまわないのですが、もう少し描写を細かくして丁寧に書いて欲しかったです。人形への恐怖や主人公の心の変化をしつこいぐらいに書いた方がラストが生きてきたと思いました。失礼なことを書いてすみませんでした。では、次回作品を期待しています。
2005-05-12 00:50:55【☆☆☆☆☆】甘木
言葉を誤解される前に書き足しておきます(自身の言葉を誤解されるのを嫌う京雅で御座います)。面白い題材とは色色と膨らませられそうな題材、私も書きたいなぁとは人形という題材ではなく多面性についてです(言葉足らずですみません)。この手の話は個人的に好きです。では、頑張って下さい。
2005-05-12 01:38:20【☆☆☆☆☆】京雅
>京雅さん
読んでいただいてありがとうございます。
>ただ女性が主人公(美紀って名前の女口調の男ならOKです)なのに文章の口調が硬過ぎて違和感がありました。
ご指摘ありがとうございます。女性の一人称は初めてなもんで。
>甘木さん
読んでいただいてありがとうございます。
>うーん、はっきり言ってどこかで読んだことのあるストーリーで……
確かに何かと自分が入れ替わるというアイディアは使い古されているとは思います。私が知る限りでも3、4作はあります。
>もう少し描写を細かくして丁寧に書いて欲しかったです。人形への恐怖や主人公の心の変化をしつこいぐらいに書いた方がラストが生きてきたと思いました。
ご指摘ありがとうございます。確かにそのとおりですね。うーん、小説って難しい……。
2005-05-12 22:22:51【☆☆☆☆☆】森川雄二
拝読させていただきました。少し甘木さんと同じ様な意見になってしまうのですが、人形に対する思い入れの描写や、人形になること受諾する決定打のようなものがもう少し欲しかったです。そうすれば人形が喋りだす場面やその内容が活きてくるように思います。偉そうですね、すいません。それでは次回作を期待しおります。
2005-05-13 21:31:10【☆☆☆☆☆】川内大地
あっ、脱字が二箇所もありますね。すいません。さらっと流して頂ければ幸いです。
2005-05-13 21:39:42【☆☆☆☆☆】川内大地
面白い題材だと思いました。しかし、単調というか、読んでいて飽きてしまう文章構成でした。それと、惜しいと思う部分が多かったです。主人公(美紀)の感じた恐怖をもっとしつこいくらいに出したほうが面白くなると思います。たとえば、「何かが変だ。」と「そして、自分の体が……」の間とかですね。次回を期待してますw
2005-05-16 11:59:24【☆☆☆☆☆】鈴乃
計:0点
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