『なつの魔法 -第5話-』作者:旅びと / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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暑き、夏。

僕らは旅に出た。





紫外線が肌を襲い今にも焦げそうな日差し。





今だけは暮れる事にない太陽。





この夏。僕は―――――魔法使いに出会った。




【なつの魔法】




第1話≪小さな旅の始まり≫


/1

《海、それは無限を思わせる空間だった。》

夏休みの最中に僕達4人は海に来た。子供の僕達にしてはちょっとした冒険だ。
自転車に乗って走り続けて約3時間。潮の香りと共に青き海が姿を現した。
それを見た僕は自転車を漕ぐ足にもやる気が注がれる。
そして――――浜辺まで行ける場所へ辿り着いた!

「やったー!ついに到着だ!」

声を張り上げたのは翔輔。自転車をこぎ続けてもテンションが下がらないくらい元気なのが取り柄だ。
体格が良くて運動神経が学校一良いのも特徴の一つだ。

「もうー疲れたよー…」
「何言ってんだよ。海が目の前に広がってるんだぞ!」

翔輔のテンションは収まるどころか上がる一方だった。両手を上げて海に叫んだりもしている。
その後ろで弱音を吐くのが紅一点の和香菜だ。自称チャームポイントのセミロングの赤毛が風でなびいていた。
確かに僕も疲れている筈なのに少しだけ元気が出てきた。
日の昇り具合から見て時間は正午すぎだろう。
綺麗な海だと言うのに泳いでいる人はおろか散歩している人影すら見当たらなかった。

「静かだ……」

僕の隣で小さく呟いたのがいつも大人しい学だ。
身長は高い、ルックスも良い、頭も良い。欠点があれば運動が苦手という事ぐらいである。
確かに波の音以外は何も聞こえないぐらい静かだった。周りを見渡して見えるのが海と山と畑だった。
人の姿は確認できない、まるで世界中に僕らだけ取り残されたかのような不安も感じてしまうほどだった。
でも、そんな不安は些細なもの。この仲間がいれば不安なんか些細なもの。
そして僕は声を出して聞いた。

「海に来たのはいいけどこれからどうするんだ?」
「そんなの決まってるだろ!」

翔輔は持ち前の大声を張り上げた。皆は翔輔の言葉を予想できただろう……
海に来てする事と言えばで最初に連想することが答えだ。

「泳ぐんだよ!」

皆の想像通りの答えで翔輔を除く3人は『はぁ…』とため息をついた。
誰も…いや、約1名を除いて自転車をこぎ続けて疲れている体ですぐに泳ぐことなんて出来なかった。

「ちょっとぐらい休ませてくれよ…」

海を眺めながら学も弱音を上げる。無理もない和香菜と学はお世辞でも運動が得意とは言えない。
どちらかと言うと頭を動かす方が得意と言えるだろう。
和香菜は理系で数学が得意で毎回満点を取っている。
学は文型で国語と英語は満点近い点数をキープしている。
天は二物を与えない、2人は頭脳と言う才能を貰って運動と言う才能を切られたと言ってもいいだろう。
それぐらいに運動が駄目だった。

「灯路くんも疲れてるよね?」

和香菜が疑問系で聞いてきたが…この言葉と和香菜の覗きこむような喋り方は同意を求めていた。
この喋り方では『疲れてない』とはとてもじゃないが言えなかった。
ちなみに僕の名前が灯路だ。得意はどちらかと言うと体を動かす方で和香菜と学には悪いけどあまり疲れていなかった。
けど、僕は和香菜にしたがっておくことにした。

「うん、ちょっと休みたいかな」

3人の意見で渋々了承した翔輔はちぇと舌打ちをしながら僕らの隣に座った。
機嫌を損ねているのも少しの間だろうと今までの経験から考える。
だから、少しの間だけ皆で海を眺めていた。

誰も声を上げることもなく、ずっとその海を眺めていた。

青く澄んだその海を、眺めていた………

ずっとこの景色が続くと誰もが信じていた。




/2

僕たち4人はこの夏休みに何かを成し遂げたかった。
それが海を目指した理由でもあって旅の目的でもある。
『何か?』と聞かれても誰も答えることは出来ないだろう。
だってそれは言葉で説明できないモノだと思う。
思い出、記憶、楽しみ、苦労、経験、そういって類のことをこれから味わうんだと思う。
この思い出を―――を永遠のものにする為に……



海を眺めていた……でも、いつまでも眺めているだけだと干からびてしまうだろう。
想像以上に夏の日差しはキツイものだ。そう思った僕は日陰を探すことを提案した。
何せ砂浜だけでも広いから日陰は探さなければ見つからないほどだった。

「そうだな、それじゃあ。あの岩場辺りでも見に行くか?」

岩場を見に行こうと提案したのは学だった。学は知識は豊富で岩場には何かあるかもしれないとか考えたのかもしれなかった。
そしたら翔輔は泳ぐことを忘れたのか『釣りをする!』なんて言いだした。
気がつけばカバンから釣竿をちゃっかりと取り出していた。
確かに岩場に行けば釣りが出来るだろうなんて僕まで納得してしまった。

砂浜は歩くたびにじゃりじゃりと音を立てた。
そして靴の中には少しずつ砂が進入してきて違和感を感じる。
決して気持ちいいとは言えない、でも僕はそれを取り除くことはしなかった。
歩いているという実感を感じることが出来るからだ。この浜辺でしか体験できない実感を……
岩場まで来ると翔輔は走り出して釣りの準備を始めた。

「それじゃあ。私たちは向こうの方探検してくるからねー」
「わかったー。俺は大物でも釣っておくよー」

いくら海が綺麗だからと言っても大物が釣れるのだろうか…
そんなテレビや漫画のようにはいかないだろうと口には出さなかった。
でも、僕は翔輔なら本当に何か釣るかもしれないと期待をしたのは間違いなかった。
そして翔輔を残した僕たち3人は再び歩き出した。





/3

それから僕たちは岩場を歩いている。
岩場はごつごつしていた歩きづらかった。体力の少ない和香菜と学では辛いかもしれない。
けど2人も探検と言うものに元気が出てきたのか弱音を吐くことがなくなった。

来た道のりを振り返ってみた。翔輔の釣り場から大体200mは離れただろうか?
実際は苦労した分距離は稼いでいないかもしれないと思っていたが翔輔の姿はもう肉眼では見えなくなってしまった。
それでも僕は足を止めることはなかった。

「何もなかったな…。そろそろ戻るか?」

疲れてきたのか学が提案したが僕はもう少し先まで行きたいと思った。
何故だろう…本能が直感を刺激していたんだと思う。

「この先に何かあるような気がするんだ。僕はもうちょっと行ってみるよ」
「わかった。じゃあ俺たちここで少し休んでるから」

和香菜も疲れたのか膝に手をついて立っている。
その場所から少し歩いた所の岩陰にちょっとした日陰が見えている。
そこに学と和香菜は座り込んで体を休めていた。海から風も流れているから休むにはちょうどいいだろう。
僕は疲れてきた体に渇を入れて再び歩き出した。



何か在る気ががする………それだけを頼りにして。





/4

日差しは変わらずにキツイ。
容赦なく俺の体からも体力を奪っていった。

「はぁ………釣れないなぁ。皆、今頃なにしているんだろ…」

人は疲れて孤独になると元気がなくなるものだ。
それはいつも元気な翔輔も例外ではなかった。
そもそも釣りなんて待たなければいけない競技は翔輔の性格には合ってないんだ。

「………皆、早く戻って来ないかなぁ」

姿が見えなくなった岩場を眺めた。
少しも風景が変わる気配はなかった。




/5

不思議と疲れは起きない、何かが自然と足を動かす。まるで誰かの意思に導かれているかのように…
背中は汗でびっしょりになっている。僕は水分補給をと思い、ペットボトルに入った水分を一気に飲み干した。
温くなったスポーツドリンクは美味しいとは言えない。でも不味くも感じなかった。
今ので手持ちの水分はなくなってしまった。こうなれば普通ば戻るという選択をすべきだ。
でも、僕は歩みを止めなかった。

そして僕は『何か』を見つけた。

「洞窟かな?」

一般に洞窟といわれるものを岩場の先で見つける。
遠くからでは岩と影で殆ど解らない所に洞窟が存在していた。
そんな物を見つけてしまっては止まらない、そして僕の足を好奇心という悪魔が突き動かした。
疲れも、乾きも、靴に入った砂の違和感さえも全て忘れて足を動かして視界に神経を集中させた。
中はどうなっているのか?何があるのか?
何かがあると期待してやまなかった。
それは時間と体力を使って此処まで来た代償として何か結果が欲しかったのだろうと思う…

中を覗くと薄暗く、明るさに目が慣れていて何があるか認識できなかった。
足を踏み入れて目を凝らす。目が慣れた頃に何があるのかが分かった。
焚き火の後、それと…処理されていないゴミが多少転がっている。
誰かが、動物ではない、人がここで生活していた後が見られた。
それは決して古いものではなかった。食べ物の賞味期限は昨日というものもあった。
賞味期限からチェックを始める僕自身もどうかと思った。
でもこんな探偵まがいな事をして頭を働かせる事に喜びを感じているのも間違いが無い事実だ。
それから推測しても昨日から一昨日には誰かがここにいたのだろう。
中は涼しくてこの暑い浜辺で生活するのは可能だと思った。
この洞窟も深くはなかった。高さにして約3m、横幅5m、奥行きは10m程だった。
入り口がちょうど北側で日が当たらないようになっていた。

他に目ぼしいものも無かったので外に出ようと足を動かした。
そして聞こえた、僕の足音じゃなに別の足音が……
和香菜か学が来たのかと思ったけどその思考間違いだとすぐに気づく事になった。
誰かは解らない、でも知らない人の気配を感じて洞窟の入り口に目を向けた。
そこに立っていたのは背の高い女性の姿が見える。
逆光で顔はよくわからないけど、髪が長く、背の高い女性だと言うことが解った。
その人がここで暮らしていた人だと結びつけるのには時間は掛からなかった。
実際結びつけるのも失礼な話かもしれない、でも此処で会ったのだから関わりが無いほうが違和感を感じる。
背の高い女性は少しずつ僕との距離を縮めようと一歩ずつ近づいてくる…
なんだろうか…今まで僕が生きてきた中では感じた事がないほどの威圧感、圧迫感、緊張感を感じてしまう。
恐れ、期待、不安、自分の心理状態が良く理解出来なくなっている。
意を決して僕は言葉を発しようとした時、女性が先に声を上げて阻まれることになった。

「君、名前は?」

とても冷たい声だった…涼しく感じる洞窟内の気温が下がったかのようにも思える…
でも、何処か懐かしいものを感じてその声に圧迫感はなかった。
しかし最初に聞くべきことが名前だと言うことに違和感を感じる。
名前を聞くのは百歩譲って良いとしよう、でもそれは今、対峙している時の最初の言葉じゃないと思う。
でも、名前を聞かれたのだから答えなければいけなかった。
僕は偽らずに名前を言った。

「………御山 灯路」

そして女性は質問を続けた。
距離は近づいてはいるが……まだ顔色は窺えない。
会話している相手の顔色が解らないのがこんなにも不安だとは初めての経験になった。

「灯路君は夏が好き?」

どんどん僕の思考を凌駕する質問が投げかけられる。もう予測の範疇を超えている。思考が読めない……
その質問の答えで何が求められるのだろうか?僕は背の高い女性に圧倒される事しか出来なかった。
日常会話での質問なら、なんら不思議はない、でも初対面で、しかも洞窟で交わす会話じゃないと思った。
でも素直に答えてしまうのが僕の性格だと悔やんだ…

「嫌いじゃない」

曖昧な言葉だっただろう。
でも嘘は言っていない。間違いじゃない、決して好きとは言えない。
でも嫌いでもないからだこういう言い方になってしまう。

「それじゃあ。最後の質問。夜と昼はどっちが好み?」
「昼」

最後の質問を答えた僕は不思議な感覚に襲われた……
違和感、疑問、不思議、安心、危機感。どれでもいい、感覚を言葉にしたってそれは結局理解出来ないに違いない。
どんな感覚かを考えている時間すら勿体無く思えてくる。
それにそう考えたのであればそれは全て感じたという事だろう。
僕は人としての直感を信じている。でも今は普段と違う感覚に襲われている。
そんな僕の心理状態を知ってか知らずか背の高い女性は淡々と言葉を放っていく。
そして僕が理解出来ない言葉はまだ続いた……

「私は魔法使い」
「………え?」

唐突に言われた言葉が解らなかった。
というかこの背の高い女性か喋る言葉の全てが理解出来なかい。
聞き取る事は出来たとしても意味が解らなければ何も伝わらない。
だから僕は聞きかえす事にした。

「魔法使い?」

そんなものおとぎ話やゲームの話だろう。
現実に『私は魔法使いです』なんて言われて信じる人は少ないと思う。
実際、僕はそんな事を言われても信じようとはしないだろう。
いつもの僕ならそう、考える筈だ。でも……今の僕は精神状態からして乱れていた。
本当に魔法使いなるものが存在している錯覚すら考えてしまう。

「今は信じなくてもいいよ。これから体験する事になるからね」

やっと気づいた。これは会話なんて生易しいものじゃない。一方通行の語りに過ぎない。
僕はその言葉の返事をする暇は与えられなかった。
頭の中で言葉を解読するので精一杯だった。
気がつけば洞窟内を眩しい光が覆っていたのだから……
目を開ける事すら出来なかった。平衡感覚すら失いそうになってしまう…
ズキンッと頭痛が襲い掛かる…視界はまだ眩しい。音すらも聞こえない。
今、僕の中で頼りになる五感は存在していなかった。


僕が目を覆っている間に………世界が変わった。

目の前に見えるは水平線の彼方。

洞窟にいた筈が、やっとの思いで辿り着いた浜辺に立ち尽くしていた。
思考がやっと動き出しても何も考えられなかった…

「これって……………どうなってんの?」

疑問を投げかけても答えてくれる人は誰もいなかった。
ただ…ただ呆然と立ち尽くすしか出来なかった。







第2話≪ココロと名乗る少女≫


僕の夏が始まる……

永遠に思える夏が始まる。

魔法使いは何を望む?


/1

《孤独、それは精神を蝕む苦痛かもしれない。》

それから僕は数分立ち尽くしただろう。それから何を思ったのか歩き出そうと足を動かす。
その間も擦り切れそうな思考だけが働く…そして繰り返される目の前で起きた体験。
理解出来ない、思考が今起こっている現象についていかない。
何度も考えても答えが出る事はなかった。
そして僕は孤独を感じてしまう事になる……

「くそっ……魔法使いって何だよ…」

悔しくなってきた。悲しくもなってきた。
歩いても何も見つからない、僕らが乗ってきた自転車も、放置した荷物も、釣りをしている筈の翔輔も、日陰で休んでいる筈の和香菜と学も見当たらない。
どうして……誰もいないんだ?皆は何処に行ったんだ?どうして何もかもなくなってしまったんだ?
疑問を頭で投げかけても答えてくれるほどの思考は僕にはなかった。
また……呆然と立ち尽くしてしまった……
しかし、いつか思った別の思考が頭を過ぎる…

人は孤独になると元気がなくなる。

僕は孤独を嫌う――――不安が襲う、自然と涙が目を潤してくる。
孤独は……怖い、いつも孤独にならないように心がけてきた。
孤独を感じそうになれば誰かの下へ駆け寄った。
でも………今、駆け寄る人も、頼る人の姿も確認出来ない…
最大の孤独は体験したつもりだった…でもそれは今でも僕の心に住むトラウマになってしまった。

母さんが死んだ時に――――

その時に流せるだけの涙を流したと思っていた。
僕は孤独を怖れる。だからいつも親友と呼べる仲間達と時間を共にした…
どんな時も、笑うときも、怒られるときも誰かが僕の周りにいた。
でも今は姿すらも、声も、影すらも見えない。
僕はどうすればいいんだ?このまま孤独を感じたまま終わってしまうのかもしれない……
そんな思考が頭を過ぎってしまう。



/2

気がつけば僕の足は岩場を歩いている。目的地はその先の洞窟だ。
何故だろう…此処に来ればもう一度、魔法使いに会えるかもしれないと少しだけ期待をしいるのは間違いない…
じゃりっと砂が擦れる音と波の音だけが耳に入る。
他には何も聞こえない、他の生命というものすら感じない…
この星に僕だけが取り残されたかのような……
そんな間にも洞窟が僕の目の前に現れた。
そして洞窟の前で立ち止まって深呼吸をする。
大丈夫、落ち着いていると自分に言い聞かせる。何が起こっても取り乱さないぐらいに気持ちを落ち着かせる。
そして……慎重に洞窟の内部を覗き込んだ。

しかし……そこには「何もない……」

僕の小さな期待は、外れてしまった。慎重に行動していたのも一気に緊張の糸が切れてしまった。
そこには焚き火の後も、食料のゴミも、魔法使いと出会った時にあった物が何もない。
それは処理したというよりも初めから存在しなかったというぐらいの違和感がある。
やっぱり……理解に苦しむ、今までの出来事が夢なのか、それとも今の状態が夢なのか…
解らない、理解出来ない、何故こうなった?何処で選択を間違えた?
そもそも選択肢なんか存在したのか?
気がつけば洞窟へ足を進めていた、何かがあると信じて…
行ってみれば洞窟内には『何か』があったとも言えるだろう。でも、これは不運だと結論づける。
そして魔法使いの質問には偽り無く答えたつもりだ。僕は嘘をつくのが下手だから滅多に嘘は言わない。
嘘を言って代償を負うのは自分だと知っているからだ。
これは事故のようなものに違いないと考えてしまう。


今にも破裂しそうな思考を巡らせている時、あの時と同じように洞窟の入り口から足音が聞こえた。
その足音はじゃりっと音を立てながら一歩ずつ近づいてくる。
記憶が蘇ってくる、デジャビュのようにも感じてしまう。
前に同じような事があった気がする、そして僕が無意識に期待をしてしまう。
また……魔法使いと出会えるかもしれない。動機は別にしても魔法使いに会いたいと願ったのは事実だ。
足音は止み、洞窟の入り口から顔を覗かせる。その顔も例によって逆光のお陰で確認は出来ない…
僕は違和感を感じる……

「君……誰?」

同じような言葉を投げかけられた。その声にも違和感を感じる…
何かが違うと本能が語りかけてくる。何かが可笑しいと理性が働きかける。
当然だ、声の主は僕よりも年下に見える少女の姿。逆光によって顔まではよく解らないけど背の高い魔法使いとは全然違う。
そして理解する此処に、僕以外の人の存在があったのだから、孤独に怖れた事を忘れる。
この少女の言葉を考える、僕は誰かと問われた。
なんだか慣れて来てこの質問を可笑しいとは思わなくなってしまった。
今度は魔法使いのような圧迫感は感じられない、だから僕は自分も問いかける事にする。

「君こそ誰なんだ?」
「私?私はココロ」

いとも簡単に、答えられた。
疑問を感じることも、思考を巡らすこともないだろう…
自然に出た言葉がココロと言う名前なのだろう。嘘を言っているとも思えない。
それになんだか僕が自分の名前を答えるのを躊躇ったのが恥ずかしくも思えて来る…

「さあ、私は答えたよ。君は誰?」
「僕の名前は灯路。それよりもここは何処なんだ?知ってるなら教えてくれ!」

声を張り上げてもココロと名乗った少女は怯むことすらない。
一歩ずつ近づいてきてやっと顔を確認する事が出来た。
年齢は年下に見えるが何でも見透かしたかのような目をしていた。

「私の知ってることなら教えてあげるよ。でも少し落ち着いて、慌てても何も変わらないから…」

その言葉を聞いて僕は落ち着きを取り戻した…
まるで…暴れている子供を落ち着かせるかのような声をしている。
だから自分よりも年下に見える子に言われてやっと気がついた。
ココロの言うとおりだ、慌てても何も変わらないんだ。
それならゆっくりしてもいいだろう。

「灯路君、もしかして…。この海辺で魔法使いで出会ったよね?」

もしかして、とか言いながらその文末は断定されていた。
その通りだ、僕は魔法使いに出会ったからこそこんな事態になってしまったんだと思う。

「そうだよ、この洞窟で会ったよ。魔法使いってどういう事?何で解るの?」
「一度に質問しないでよ。話には順序ってものがあるんだから」

少しだけ怒られた気がする…
理由はよく解らないけれど…逆らわないほうが無難かもしれない。

「うん、わかった。続けて」

そしてココロは話を続けた。

「この浜辺は魔法使いが作った庭なのよ」

説明の初めからこれだよ……
全然理解出来ない…そう思った僕は言葉を挟んだ。

「ちょっと待っ、」
「今から庭の説明するから黙ってて」

全部を言い切る前に今度は喋るなとまで言われてしまった…
どうやら自分の意向を変えられるのが嫌いみたいだ。
ここは大人しく従っておこう。

「庭という表現はちょっと違うのよ。魔法使いが作った擬似空間、それがこの浜辺。ここでは太陽が沈むことを知らない、永遠の夏が体験出来るとも言えるのよ」

それでもやっぱり………理解出来ない。
擬似空間?太陽が沈まない?永遠の夏?
どこから聞き返せばいいか解らなかった。でもここで質問したら怒られるんだろうと思って口を摘むんだ。

「魔法使いって言われても信じていないでしょ?でも現実に存在する。ただ、それが世間に認知されていないだけ。そして遊び心の旺盛な魔法使いは作ったのよ。太陽が沈まない、永遠の夏を……」

そして僕は思い出した。魔法使いから投げかけられた質問を……

『夏が好き?』
『夜と昼はどっちが好み?』

その質問が永遠の夏、沈まない太陽と繋がった。
どちらの質問も嫌だと言わなかった。それが結果的にここへ連れて来られた理由かもしれない…
僕は過去を悔やまない、過去を振り合える事は出来ないと解っているからだ。
見つめるべきはこれから先に起こるであろう未来。

「どうして魔法使いがこんな擬似空間を作ったか解る?」

やっと僕に喋る権利を与えられた。
どうしてだって?それはさっきココロが言わなかったっけ?

「遊び心が旺盛だからじゃないの?」
「うーん…まあ、その通りよ。人の話はよく聞いているみたいね。ここは魔法使いが作ったゲーム盤に過ぎない」
「………ゲーム?」
「うん、ゲーム。ルールは探し物を見つければいいだけ。簡単よ、見つければいいのよ」

魔法使いのゲーム盤がこの擬似世界という事だろう…
そしてルールは探し物をみつける事にある。
その言葉には大事な部分が語られていない。『何を』かが語られていない。
だから僕から聞いた。

「何を、見つければいいの?」

ココロは更に真剣な目をした。まるでこの言葉を待っているかのような気がする。
僕には解った、これから語られる言葉が一番重要だと言う事が……

「見つけるものは『魔法使い』と『大切なもの』よ」

つまり、隠れている魔法使いを探せってだろう。
でも大切なものについては解らなかった…
僕の大切なものを探せばいいのか??考えたこともなかった、一体なんだろう?

「解らない………」

これでゲームの開始だ。



/3

とは言ったものの、何処から何を探せばいいか解らない。
ヒントの無い難問をいきなり出された気分だ…
実際ヒントのない難問である事に間違いない。

「ところでココロは何でそんなに詳しいの?」
「それは………私がこのゲームをクリア出来ないでいるから…。クリア出来ればここから出られる。でも出来なければずっとここに閉じ込められたままなのよ」
「………とうことは他にもこのゲームに参加した人がいるの?」

言葉の裏を読めばそう解釈も出来る。
ココロは真実を誤魔化して伝えようとしている、それはワザとか、癖なのかは解らない。
でもこの難問を解くヒントのような気がしてならなかった。

「いるよ。でも今は私しかいない。この意味解る?」

声のトーンが下がっている。少なくともめでたい話じゃなさそうだ。
そして僕はその意味も解ってしまう…

「…………もしかして…」
「諦めて………この世界から消えた。そしてこの世界から消える事は現実でも消える事を意味する。魔法使いは凄いよ。リタイヤした人の存在から記憶まで完全に消し去るんだから。」

やっぱり――――言葉の真意を隠している。

「つまりココロはまだ諦めてないんでしょ?だったら一緒に探そうよ。2人ならきっと見つかるよ」

甘い言葉かもしれない。確証なんて何もない。
でも、1人でずっと探すよりは見つかる可能性は広がると思う。
良い方へ考えればそれだけ心に余裕も出来る。

「うん、それもいいね」

ココロは笑顔で微笑んだ。
それがココロが始めて笑った瞬間でもあった。




/4

それからこんな事を聞かれた。

「そういえば灯路って何歳?」
「僕は15歳の中学生だけど」

ココロは本気で驚いた顔をした。
そんなに僕の年齢が不思議だったのだろうか?
というか驚かれた事に僕が驚いたぐらいだった…

「え……幼く見えるから私より下かと思ってた…」
「え……僕ってそんなに幼く見える…?」

確かに幼く見られる事は良くある。
電車を普通料金で乗っていたら子供料金に変えられそうになったぐらいだ。

「見えるよ」

なんとも僕の心を傷つける言葉を軽々しく……
毒舌?それとも天然?今までの話を聞く限り前者な気がする。

「そんなココロは何歳なんだよ?」
「レディーに年齢を聞くのは御法度よ」

即答だった…そして自分は語らずか。
というか…レディーって年なのかよ…こんなときは反論しない方がいいかな。

「はい、はい。解りましたよ」

そろそろ扱い方が解ってきたかもしれない。







第3話≪探しものは増える≫


目的地はまだまだ見えない。

でも諦めずにゴールまで行きたいと願った。


/1

《探せば逃げる、しかし。逃げても探してはくれない。》

それにしてもこの世界は暑い……
ココロの言う通り太陽は沈むどころか動こうともなしない。
いつも正午を示しているから日陰も多くない。通常なら気温は上がり続けるだろうがそれは免れていた。
唯一の救いはそれかもしれない…暑さで精神的にも肉体的にも壊れてしまう。
そして太陽が沈まないと理解してしまうと余計に意識してしまう…

「大丈夫よ。ここは擬似世界だから、現実の常識はないのよ」

そんな前置きはいいから核心を話してくれ…
こっちは暑さでどんどん体力が奪われて今にも倒れそうなんだ。
いや、そもそも常識がない事は大丈夫と笑顔で言える事態なのか?

「ここは擬似世界。暑いからと言っても喉が渇かないでしょ?」
「…そう言われれば、そうだな」
「他にも空腹などが除外されてるみたい」

なるほど、空腹、乾きがなくなれば永遠に活動は可能だろう。
時間は常に正午、そして海が広がっている。浜辺で遊ぶ事に関してこれ以上の環境はないだろう。
でもそれは不安にもなる。僕はこの世界で生きていると言えるのだろうか?
この世界はそもそも現実と繋がっているのか?
ああ…解らなくなってきた。

「他に何か除外されてるものはないの?疲れないとか…」
「それはないね。疲れなければ何処までも遠泳が出来る。そうなってこの浜辺を見失ったら二度と此処から出られない。魔法使いもちゃんと考えて設計してるみたい。他にも除外されてるものがあるかもしれないけど私は解ったのはそれだけよ」

魔法使いか……それを探すのも課題の一つだったな。
ルールである以上見つけられる場所にいるのが原則だろう。
常識で考えてみる…この浜辺で隠れる場所は多くは無い筈だ。海、浜辺、岩場、洞窟の4箇所しか考えられない…
しかしこの4箇所の中に隠れているとはまったく思えなかった。何故ならここでは常識が通用しない。
だから常識を取り除けば答えは絞れるかもしれない。
どっちにしても簡単には見つけられないだろう…
とりあえずは気長に頑張っていこうと思う。

「あ、そうだ。もう一つ除外されているものがあったよ」
「何?」
「時間と成長。私たちは成長期の子供だけど擬似時間が停止している此処では成長が行われない。身長も伸びないし、体重も変わらないし、髪なんかも伸びない。今の状態が保たれるんだ」
「って事は、何日此処にいてるかも解らなくなるじゃん……」

確かに太陽が沈まない時点で気がつくべきだった。
現代人は時間の計算が出来なければ余計に不安になってくる。
腹が減らない、日付が変わらない、体が成長しない、他にも何か法則があると思う。
でも今解っている事は一つの事に繋がっている。
時間の経過によって起こる変化が全て変わらないようになっている。
頭の中に設計図を描いていく、ヒントになると思える事を少しでも多く書いていく。
それは最終的に答えへと繋がるだろう。
そんな思考をしている時に、ココロは一番驚くべき言葉を発した。

「それに………私は…何年も此処にいると思う。」

それは………僕が最も嫌っていた孤独を体験していることを意味していた。
時間が止まっても経験は止まらない。永遠の夏、それは永遠の孤独、永遠の地獄を意味している…




/2

………暗く寒く狭い空間。

変形して開くことがなくなった扉。

事故によって僕は母さんを亡くした。

母さんが死んだのは小学校に上がって直ぐだった。
理由を言えば事故だ。自然現象によって引き起こされた、回避することも、予測する事も出来なかった…
それは必然と言えばよく聞こえる。仕方ないという言葉で括るしかなかった…
その日は記録的な大雨かだった。僕は母さんの運転する車の助手席に座っていた。
雨が視界を悪くしていたが母さんはスピードを落として安全に走ってた。
僕も大好きな母さんと会話を交わしていて少しの不安も感じなかった。
会話の内容は覚えていないけれど何かを話していた時だった……
ゴゴゴと雷のような音が聞こえた気がした。
その時に初めて不安を感じたと言ってもいいだろう。
音は近い場所で何の音かは全然解らなかった。でも、それは僕の知識の範囲外だったから理解できていなかっただけだ。
ゴゴゴと言う音は音量を上げ、近づいてきた。

それは―――――上空から。

逃げる事も出来なかった。

想定なんて出来ないから逃げるという思考も行動も出来ない。

崖崩れが――――僕と母さんの乗っていた車を襲った…
その瞬間でも何が起こったか解らなかった。突如、衝撃が襲ったが襲って、怯えた。
気がつくと暗くて何も見えない空間にいる事だけが理解できた。
隣にいる筈の母さんに声を掛けても、泣き叫んでも何も返ってこない…
手を運転席に向けて伸ばしてみる。ドロリと……まだ生暖かい液体のような感触を掴んだ。
幼くもありながら僕はそれが血だと認識してしまった。
僕は更に大声で泣き叫んだ。やはり何も返ってこない。

《そんな僕を雨の音だけが耳を刺激する。》

その崖崩れは早くに発見されただろう…そして岩の中には乗用車がある事も――――
しかし、岩に包まれた車を掘り起こすのは困難だった。
その困難さに豪雨と夜というリスクも背負わなくてはならなかった。
救出されるまでの長い間を僕は1人で体験しなければならなかった…
死を隣り合わせに感じる時間、母を失ったと考えてしまう悲しみ。


僕は体験した……孤独と言う名の地獄を――――

泣き叫ぶ事も疲れた、喉が渇いて声も出ない…お腹が空いても何も口に出来ない。
幼い僕には精神的にも肉体的にも限界だった。
事故発生から救出まで時間にして約38時間。
孤独を僕は味わった、そして死を間近に感じてしまった。
直ぐに僕の入院が決定された。

数ヵ月後には生きて家に帰る事が出来た。しかし父親のいない僕は更なる孤独を味わう事になった。




/3

夢を見た……最大の孤独を味わった時の夢だ。
最近は見ないと思っていたけれど…もしかして魔法使いの影響だろうか?
これだけの影響力を及ばせるんだ、人の記憶に侵入するぐらい容易いだろうと勝手に考える。
眠っていた場所はあの洞窟だ。外とは違って涼しくて快適だった。
周りを見渡してもココロの姿が見えなかった。

「……何処に行ったんだ?」

目を擦りながら外に出た。
眩しくて一瞬、周りの景色がわからなかった。
でも少しの時間でそれは治ってきた。目が慣れて外を見渡す。
一眠りする前と何も変わっていなかった…海も景色も音も香りも気温も……

「擬似世界か……」
「擬似世界がどうかしたの?」

気がつけばココロが岩陰から出てきた。
そして、ココロも何も変わっていなかった。

「いや、ちょっと変な気分だよな。よく考えればこんな事を体験するなんて…。運が良いのか悪いのか解らないよ」
「その割に灯路君って冷静だよね。大体の人は此処に来たら取り乱したり、悩んだりしているけど…灯路君は違う、冷静で行動的で理解力があって考えも早い」

そして『すごいね』なんて言って来た。これは褒められているのだろうか?
褒められたとしても僕は喜ぶなんて出来ない状況だって事は解っている。
僕だって取り乱したし、悩んでいる。これは間違いない。
人は限界を感じると最大限の思考を発揮できると僕は信じている。
それに理解すればこれぐらい大した苦痛にはならない、いや…ココロがいるから今の精神状態を保っていられるのだろう。

「さて…。今日も聞きたい事があるんだけど」
「今日って単語は変だよね。でも仕方ないか、ここじゃ一日が終わらないし…。何でも聞いてよ、答えられるなら答えるから」

僕は始めに魔法使いを探し始めようと考えた。
でも、こんな浜辺を歩いて、手がかりもなしに探しても絶対に見つからないと思う。
だから少しでも情報を集めてそれを手がかりにしたいと思った。
そして今、情報が集めるこ事が出来るとすればココロしかいない。

「そうだな…。ココロは長い間此処にいるって言ってたけど何人がこの世界へ送られたんだ?」

その質問にココロは口ごもりながら答えた。

「……4人、いや…5人かな?」

アバウトな答えだと思った……それは長い間ここにいたから記憶が混沌しているのだろうか?
ココロが此処にきたのはずいぶん前みたいだからな。それとも…別の理由があるのか……

あれ…?そういえば忘れていた。
何で忘れていたのかわからない、でも忘れるべきじゃない事を忘れていた…
顔が頭の中に浮かんでくる。一緒に来た筈の友の姿を――――

「そういえば僕は此処に友達と来たんだ!翔輔、和香菜、学はどうなってるんだ?」
「………ごめん。それは解らない…。現世の出来事は私にはわからない。それと私の時間軸と灯路の時間軸は違うと思うよ。」

ココロはいつも通り、僕には理解出来ない言葉を使って話す。
だから僕も聞き返す。

「それは――――どういう意味?」

「灯路君が15歳の誕生日を迎えたのは西暦何年?」
「えーと…1998年だよ」
「やっぱり、違う。私の生きた年代は昭和61年。今より22年前だね」

オカシイ、おかしい、可笑しい――――
矛盾、違い、擬似、変……頭の中に描いていた設計図が全て破られた――――
計算途中の問題が全て白紙へと変わった。
その言葉はそれぐらい重い意味を持っていた。

「時間軸が違う、この擬似世界の時間は止まっている。それでいて22年の差が出てくる……」
「うーん……。たぶん、そう言う事だね」
「もし、このゲームをクリアしたらココロは何処の時間軸へ向かうんだ?」
「これも多分でしか言えないけれど…。22年前の時代へ向かうと思う。時間は止まっている、でも時間軸まで変える事は出来ないみたいだね」

何故笑っていられるんだ?それはつまり22年間この空間で生きていた事を意味するんじゃないのか?
僕は孤独を怖れた…最悪の時は孤独だと考えていた。
でもココロの心が解らない。ココロは何故22年という孤独を背負いながら笑う事が出来るんだ?

「孤独は――――――終わりじゃないよ。次への待ち時間、考え方を変えれば変わる」

ココロは強い、僕なんか足元にも及ばない。
22年もこの世界にいると精神崩壊を冒してもおかしくはない…
それとも………既に壊れているか…のどちらかだ。
少なくとも僕はココロを怖れながらも尊敬の感情を覚えたのは間違いなかった。

「でも………22年も掛かって探しものは見つからなかったの?」
「うん。見つからないんだ。私には大切なものも無いし、魔法使いの居場所は検討もつかない。私に出来たのは待ち、そして来る人を案内するだけ」

僕は――――思った。
壊れた設計図を書き直した、計算も初めから行った。あまり時間を掛けている暇はないと思った。
僕が行なうべき事は3つになったのだから。

『魔法使いを見つける。大切なものを探す。そして、ココロを解放する――――』

自分だけでは帰れない。だからココロも帰る方法も探してみせる。
魔法使いを探す、ココロの大切なものも探す。必要なのは、これからどうやって行動を起こすかだ。






第4話≪可能性からの開拓≫


閃き、可能性、限界。

全ては流れる水滴の様に………

謎が解ける。魔法使いは――――


/1

《可能性?そんなものないよ。》

僕が此処に来てからどれぐらいの時間が経っただろう……?時間の感覚が薄くなっているから解らない。
その薄くなった感覚でさえも今にも失ってしまいそうな気がする。
空腹も起こらないから唯一頼れるのは眠気だけだった。しかもその眠気の頼りない…
僕は頼りない感覚を使って考えてみた今まで5回の睡眠を取ったと思う。
一度眠れば何時間眠っているかというのは更に解らなくなると考えれば余計不安に感じてしまう…
疲れた体で起こされずに寝続けると10時間以上は寝ると思う。
だから眠るのを躊躇ったし、期待も持っていた事は間違いない。
今起きている現象を目が覚めると全て元通りの世界になっているのではないかという期待。
もし、そうなった場合に失ってしまうココロの存在。
僕は中途半端な事は嫌いだった、やると決めた事は最後までやり遂げたい。
物事を考える時はココロの事も一緒に考えていた。


/2

それから数時間は思考を使った。時間とは大体で言っているものだから深く考えないで欲しい。
そして案を一つ考えた。人は時計や空を見て時間を計ることが出来る。
此処では空を見ても雲の動き程度しか掴めない。だったら時間を計れるものは作れないかと僕は考えた。
さっそくココロに相談してみる事にする。

「それでだ、時間を計れるものを作りたいんだけど」

時間を計れなくとも、時間を体感出来るものが欲しい。
時間を体験できれば何かが解るかもしれない。
それに擬似だろうと自然の中にいるんだ、何か作る事が出来るだろう。

「どうやって?此処には材料も道具もないんだよ」

それもそうだ……。でもある素材を使えばアレを作れるかもしれないと僕は考えてみた。

「砂時計は作れないかな?」
「作れるか微妙…。砂ならあるけど器はどうするの?」

そして幾つか器についての案を考えたがどれも良い意見ではなかった。
木の葉を器にしようとしたが上手く砂が流れない上に穴を大きくすれば流れすぎて短時間しか計る事が出来ない。
他にも岩など僕の目で確認できる素材の全ての可能性を確かめたがどれもぱっとしなかった。
難しいな、前に見た映画じゃ無人島で工夫しながら生活してたんだよな…
火を起こして食べ物を焼いたり、工夫して魚を狩ったり…
でも此処では火を起こす必要も、魚を狩って食べる必要もない。
そもそも此処には僕とココロを除く生命の存在がない、魚も鳥も存在していない…
やっぱり、創られた物語と創る物語は違うと実感した。
それと創られた世界と築かれた世界も全く違うと再確認した。


折角考えた案に行き詰った僕は洞窟から外の景色を眺めてみる。
日差しが相変わらず強くて暑そうだった。
この暑さは太陽から地表に届く熱だと考える。
そもそも世界を創ると言うのはこの浜辺を作っているのか、太陽と含む星を創っているのかで規模が全然変わってくる。
魔法使いとは何だ?魔法とは何だ?情報が混乱する…
思考と言う名の処理が遅れる、しかしこの時が一番閃きを行なえる時だと僕は経験から知っている。
思考を止めれば新たな案が生まれる。それは水滴の様に流れ落ちる――――

「――――そうだ」
「――――何――つい――の?」

そして生れ落ちた水滴を最速の思考で処理する。
ココロは興味を持ったのか声を掛けてきた。
だが僕はこの言葉がどんな意味を持っていたのかを今の僕は処理しきれない。
だから返事は出来ずに再び考えを思考に送り込む。此処で会話をして案を逃がしてしまうのも勿体無い。
そして練成された案を頭の中で描く。

太陽→熱→海水→蒸発

思いついたのはその暑そうな日差しだった。
これを使えば……きっと出来る。
作る事によって意味を成す砂時計とは違って在るものを使うのだから可能性が高い。
此処でやっとココロに返事をする事が出来る。

「日差しを使うんだ。岩場に海水を張ってそれが蒸発する時間を計るんだ。ここは日差しが一定している。それを逆に利用するんだ。」

ココロも僕の言葉を理解する。
先ほどの砂時計の案よりも良い案の様で反応が歴然だった。

「おお、なるほど!賢いね、灯路君は」

僕はココロに一つ返事をして洞窟から飛び出した。
やる気が出れば動きも良くなる、暑さも忘れる。

「でも………――――――………」

ココロが何か言った気がしたが次の瞬間には忘れていた…
その言葉が大事だとは知らずに僕は駆けていた。





/3

それから考えてみれば水を運ぶ道具もない事に気がついた。
手で汲むには時間が掛かる過ぎる。
バケツのような道具も当然のように存在していない。
そして僕は着ていたTシャツを脱いで水を含ませた。
日差しが皮膚を焦がしそうだったがこの際気にしてはいられない。
僕はTシャツに水を含んだまま岩場へと向かった。
岩場のくぼみを見つけてTシャツを搾った。決して多くの海水ではないが実験するには丁度良いぐらいの量だろう。
そしてこのくぼみで海水の蒸発の時間を計ろうと試みる。
この表面積でこれだけの量なら数時間もすれば水が完全に蒸発するだろう。
僕はずっと観察していた。
観察開始から飽きるぐらいの波音を数えた……

1555回の波が行き来した。
これを時間に変換してみる。一回の波に約4秒掛かっていると考える。

s=6220
6220秒

min=103.66
103.66分

h=1.727
1.727時間

少しだけ時間を掛けながらも暗算をする。
1時間と約42分が経過した……
これなら時間を数える事は出来るしかしそれでは意味がない。
いつも時間を数えてばかりいては他の思考が回るほど僕は器用に出来てはいない。
そして岩のくぼみに目を向ける。

「水が……減らない気がする。というか完全に減っていない…」

これだけの時間を掛ければ水が減っても可笑しくはない、いや。減る筈なんだ。自然界の法則であれば。
仮説が頭の中で浮上する。
ここでは現実の常識は通用しない、という事は……法則すらも通用しない…
目の前ある水がは蒸発しないように出来てる事を意味している。
それとも…魔法使いが魔法なるものを駆使して水を蒸発出来ないようにでも細工したのかもしれない。
可能性という閃きを生んでも次には消えている。
此処では時間と言う単位を使う事すら無駄なのかもしれない。
時間を忘れて無限を受け入れた方が随分と楽になるかもしれない。
でも……十数年と言う僕を作り上げてきた生活には時間が纏わり憑いていた。
その月日を忘れて時間を捨てるなんて事は今更出来ない。

思考の途中だったがココロの足音と共に声が聞こえた。

「成果はどう?」

そう言いながらも僕の表情から結果を知る事も出来ていただろう。
だがあえて聞いたのは確認の為だろうか?

「無理だったよ。やっぱり此処では現実の常識も法則も通用しないみたいだね」
「………そう…」

ココロは少し悲しそうな目をした、何故そんな目をしたのか解らない。
というか他人の心が理解出来る人間なんて存在しない。
どうして?と考えるのが間違いなのかもしれない。
誰にだって知られたくない事を持っている。もちろん僕だって例外じゃない。
でも……僕がそんな顔をしている他人をほっておけない性格をしているのも事実だ。

「大丈夫。きっと何か見つかるよ。ココロは心配しなくていいよ。僕は諦めたりなんかしないから」
「そうだね……ありがとう」

ありがとうの部分が小さく聞こえたのが少し気になる。
でも問う事は出来なかった、そんな目をした人にどんな声を掛ければいいかが解らないからだ…

そして僕たちは洞窟まで歩いて戻った。
洞窟の中はいつもと変わらず涼しい。外に何時かもいた所為か余計に涼しく感じる。
僕は座り込んで思考を巡らせる。
新しく設計を始めようとしても中々動かなかった…
何か、燻ぶるようなものを感じていた。それは記憶の中に存在している……
どれだ?どの部分が可笑しい?
その問いかけは自分にかけている。だから答えるのも自分だ。
探し出して、見つければ答えられる。
ココロが語った会話の内容の一つ一つを思い出している間に――――

何か……やっぱり違和感を感じる、正確には感じていたけれど気にならなかった。
気にする余裕なんかあの時にはなかったからだ。
でも今、冷静になって考えれば不自然な事だ……

「なあ、ココロ。僕の仲間、今どうしてるか解る?」
「―――え?どうしてそんな事を聞くの?私に解るはずないじゃない。」

ココロは慌てながらも答えた。
悲しい目はもうしていないみたいだった。
なるほど。僕程、嘘が苦手な人もいたんだなと1人で納得して可笑しくなってくる。

「だろうね……」
「その言い方…何か解ったの?」

これは解った言えるのだろうか……?これは切欠に過ぎない。
まだ解っていない、理解できていない。
もっと綺麗に処理しなければ解いたとは言えない。
だから……まだココロには言えない。
でも何か解った事は確かだから返事だけはしておく。

「まあね」
「何なの?教えてよ」
「ごめん。まだ、言えないよ」

ここからだ…本当の探し物をしなければいけない……
まだ、魔法使いの居場所は語れない。
大切なものを見つけてからでないといけない予感がする。
でないと大切な何かを失う気がする。







/b0

《私は雨が嫌いだ。》

目の前に写るは青い空と見事な水平線。
私はこの景色を見た事がある筈だと理解する。
今の私の中で聴覚だけが機能している。
波の音だけが聞こえる……他には何も聞こえない…
私の目には何が映っている現象は現実に存在していいのだろうか?

「ねぇ……ここ何処?」
「…………海だね」

それは解ってるよ。少し怒りながら声に出そうと思ったがしなかった。
何も考えられないのも仕方ないと思ったからだ。

私たちは同じだけど違う場所へと私たちは来てしまった。
正確には連れて来られたと言ってもいいだろう。魔法使いと名乗る背が高くて髪が長くて綺麗な女性に…
魔法なんて私は信じていなかった。でも目の前に見せられては疑う事も出来なくなってしまう。

「で、これからどうする?」
「出口が無い、誰もいない、何もない。どうすればいいと思う?」
「それを聞いたんだけどね…。まあ、いいや…」

素っ気無い返事をされたので私は自分のを考えを話した。

「とりあえず、魔法使いを探そう。連れて来たのだから何処かにいる筈だよ!」
「…そうだね。そうしよっか…」

考えても何も解らないのだから動いてみるしかないと思った。
そして歩き出そうとした時だった、後ろから声が聞こえた。
気配も足音も聞こえなかった、感じなかった。
ただ……不快感だけを感じる―――

「君達も……魔法使いに連れてこられたの?」
「君、誰?」

学くんは質問には答えずに自分から問いかけた。
勿論、学くんの発言はもっともだ。突然知らない少女に声をかけられたのだから…
誰のいないと思った空間には人が存在していた。それだけで私は嬉しかった。

「私の名前はココロ」

そして――――私たちの旅も始まった。





/b1

私たちはココロと名乗る少女から大体の説明を受けた。
質問をすればちゃんと答えを返してくれるのでココロと言う存在に感謝する。
整理するとこんな風になる。
この場所は擬似世界と呼ばれる魔法使いが創った空間である。
法則を言えば時間が止まっている、太陽が沈まない、空腹が無い、成長しない。
他にもあるみたいだけど自分達で調べたほうが早いかもしれない。
あ、後は現実の常識は通用しないと言う事、どういう意味かは解らないけれど重要みたい。
そして一番重要なのは此処から抜け出す方法だ。探すものは2つ、魔法使いと大切なものを探す事。
魔法使いというのは一度会ったから大体は解る、けど大切なものとは不確定でどんなものか想像がつかなかった。
最後に、この空間には私と学とココロの3人しかいないと言う事。

「その話は信用できる?」

声を出したのは学くんだった。発言したからには何かしら考えがあるのだろう。
学くんは頭が良い。だから私とは違う部分で疑問を持っているに違いない。
ココロも自信を持って返事をする。

「これだけは信じてもらうしかないわね」

学くんの顔を見てみるとまだ納得していなと言っているように見えた。
何か確信を持っているに違いないと私は直感で悟る。
それと喜びをかみ締めているような口元も見える。

「残念ながら信じられないね。ココロは言ったね?『消された人がいる』と…」

確かにココロは言った……
もう一度、言葉に出ると私にも理解出来てしまう。
何故、学くんがこんな事をココロに聞いたのかを―――

「………」
「何故、消された人の記憶まで消えるという事が解るんだ?」

私が聞き流していた言葉を解析し、理解していた。率直な感想は凄いと思った。
何が一番凄いかと言うとこの状況で冷静さを保てる事が一番の凄さだと思う。
そして私もココロの言葉を思い出してみると他にも同じ状況であるココロが何故知っているのか?という部分が見つけられた。
こんな情報の無い空間では一つ目の情報を基本にして考えてしまう。
此処で学くんが気づかなかったらその基本が変わる事はなかっただろう。

「………」
「一つ目の探し物は見つけたよ。魔法使いはココロ。君だね」

学くんは自信を持ってココロを指差した。
まるでそれは自分が探偵にでもなったかのような気分だろう。
指を指された少女は俯きながら不気味な笑みを浮かべる…
顔が見えないからはっきりと解らないが笑みを浮かべている様な気がするのは事実だ。

「ばれちゃったね」

その笑みは笑顔とは言えない。怖い――――
私よりも年下に見える少女を私は怖れた。
本能が言っている、引け!と……

「君は私を見つけた一人目の人だ。まさか、こんなに頭が良い人ばかりだなんて思わなかったよ。」
「生憎、なぞなぞは得意でね。それで魔法使いさん、どうなってるの、この世界は?」

私は2人の会話についていけなかった…言葉を挟むなんて到底出来ない…
ただ、聞いている事しか出来なかった。
気がつけば私の体は学くんに一歩近づいている。それだけこの少女は怖れているに違いない…

「この世界は出られないよ。もう一つの探しものを探し終えるまでは」

この声が……ココロの声とは思えない。
ココロ=魔法使いは決定しているしかし今喋っているのはココロではない。
変な日本語になってしまうが魔法使いが喋っているんだ。

「それなら――――」

学くんが次の質問をしよとしたが間に言葉を挟まれて続きを言えていなかった。

「君達にサポートは必要ないね。探しものを見つければ解放する。それだけは守るよ。もっと楽しんでくれなきゃ、灯路君も楽しんでいるよ」
「ま、まさか……灯路も此処にいるのか!?」

「そうだよ。まあ、此処とは違う此処だけどね。彼も悩んでいるよ、そして探している。これ以上のヒントは要らない、それじゃあ頑張ってね」

ココロの体が笑みを浮かべながら手を振る。
そして、その体から強烈な光が放たれる。
私たちは反射的に目を閉じてしまう。魔法使いに此処に連れてこられた時のように―――
聴覚には学くんの声だけが聞こえる。

「待てよ!!!」

そしてココロから言葉が返ってくる事はなかった。
目が正常に動く頃には勿論ココロの姿は確認できない。
気がつけば学くんに近づいていただけではなかった事に気がつく。私の手は学くんのTシャツを強く握り締めていた。

「学くん……」
「大丈夫だ。灯路は頭が良いし行動力もある。きっと見つけられるさ……」

そうだね…灯路くんも学くんと同じくらい頭が良い。
それはテストなどの点で現れるものじゃない、人として、生きるという考えが優れている。
それに……人生経験は私たちなんかよりも豊富だと思う。
だからきっと切り抜けられると私は信じる。信じなければいけない!

「俺たちは探すべきものを探そう!」
「うん。そうだね」

私は私に出来る事をすれば良い。それが精一杯の努力であれば報われる。
それが私が信じている未来、先は自分が起こす。
運命なんか信じない、全ては自分が招いた結果だとして……





第5話≪届くまで追いかける≫


魔法の定義とは何だろう?

空を見上げながら考てみる。

答えは出なかった……


/b1

《求めるのは力よりも知。》

そして私たちの探しものは一つになった。
それは学くんが見事な推理力を発揮してくれたお陰たった。
ビックリせずにはいられなかい。学くんがこれ程の推理力を持っていたなんて…

「それにしても凄いね。私は言葉の殆どを聞き流しちゃったよ」
「まあ、趣味で推理小説とかよく読んでるし。それ以上にあのタイミングでココロが現れるのは不自然過ぎたからかな」

確かに学くんは本を読むのが大好きだった。
何を読んでいるかは知らなかったが見ているからすれば、それは殆ど活字中毒で、文字があるなら何でも読んでいるようにも見える。
つまり、文字と言葉に関しては得意分野なのだろう。私と違って国語は得意だし…
ちなみに私は本なんて漫画しか読まないから到底出来ない事だと思う。

「それじゃあ。ココロちゃんがこの世界の説明をしている時から疑ってたの?」
「そうだよ。俺はちょっと捻くれてるからね」

まあ、幼い頃からの友達である私から言わせて貰えばちょっとじゃないけどね…
決して履歴書に書けない特技を上げるなら人の『揚げ足を取る』なんて考えていた。
そして私たちはこれからの歩き方を話し合った。

「とりあえず、魔法使いは見つける事が出来た。これからすべき事は大切なものを見つける事だ。和香菜の大切な物って何?」

何だろう……?お気に入りの服?音楽のCD?
でも、こんな物が答えになる筈がない。それに大切なものと言うほどの物でもない。
他にも考えてみたが上手く思いつく事が出来なかった。

「わからないや…。学くんは何か考えがあるの?」
「勿論あるよ。でも、教えられない。これは人から言われて気づいたらいけないんだ。自分で見つけないと駄目だと思うから」

今の言い方も少し捻くれていると感じてしまう自分がいる…良く言えば優しさ?でもないか……
学くんは捻くれているからこそ常識に囚われない考え方を生み出すことが出来ている。
それは私には出来ない事であって学くんを形成するにあたっては必要不可欠な要素だと思う。
少なからずその言葉を私は正しいと思ってしまう。

「わかったよ。考えてみるね」

時間を掛けてもいいだろう。自分の本当に大切なものを問われているなら偽る必要もない。





/b2

現実の時間に換算して言ってみれば数日が経過した。と思う…
その間は私は考え事をしては睡眠を取っていた。
私が考え事をしている間も、寝ている間も学くんは何か作業をしている。
時間を計ろうとしているのか、砂時計を作ろうと試みたり、水を蒸発させようとしていた。
でも、上手く行かずに嘆いているのもよく見る。
学くんは頑張っている、使える限りの思考を使ってこの難問を解こうとしている。
その難問は魔法使いを探す、大切なものを見つけるとは違う。
魔法と言う名の幻想を捕まえようとしているのだろうと私は感じている。

「学くんもそろそろ。休んだら?」

この世界でも疲労は蓄積する。そもそも人が活動するにはエネルギーを消費する。
しかし、消費したエネルギーを摂取しなくていいという矛盾。

「あ、ああ……そうするよ」

学くんは、まだ探求が足りないような気持ちだろう。
それは顔つきから容易に想像できた。学くんも……そのルックスは良いんだけどな。
気に掛かることがあるとすれば私とは正反対の性格だ。
そして学くんは私の座っている日陰まで歩いてきて隣に座った。

「何か解った事でもある?」
「そうだな、時間を計れるものでも作ろうとしたんだが魔法使いが手を回したのか、時間という概念が存在していないのか上手く行かないんだ。」

なるほど、時計ね。ここじゃ太陽の位置で時間を知る事も出来ない。
時間が解らなければ区切りが効かない、区切りがなければずるずると時間を進めてしまう。
ゴールの無いマラソン。無限に続く小説。
どんなものにも飽きが存在する限りこの世界にも飽きと言う名の諦めも存在している。
この世界に生きた人が私たち以外にもいるならば諦めたに違いない…

「ねぇ。もし、この擬似世界を諦めてるとどうなると思う?」

唐突に思いついた言葉だった。答えを期待して聞いたわけでもない。
でも学くんは口に拳を当てて真剣に考え始めた。
口に拳を当てるのは深い思考を使う為の癖だと思う。
不覚にも私はその癖を見て頼もしいと感じてしまう。

「なるほど……。そうだな………」

なんて1人で納得されてしまう。少しは私にも説明してもらいたいものだ。
それから私の存在なんか忘れたかのように考え込んでしまう…
いったい、何を考えているか、私には想像すらつかない。
そんな私に学くんは考えが纏まったのか顔を上げて私の方を見た。

「それだよ。流石、和香菜だ。ここを抜け出す方法があるとすればそれだ」

いつもそうだ……自分だけ納得して話を進めようとしてしまう。
その所為で頼もしく思った自分を情けなく思う…

「もうちょっと説明してくれない?少しも解らないって…」

学くんは私の呆れた顔を見たのか説明を始めてくれた。

「俺はいつのまにかこの世界を、魔法を肯定してしまっていた、それが間違いだったんだ。魔法によって引き起こされていると。しかし、今起きている状況を否定するとどうなる?」
「えーと…。今私たちが体験している事はどう説明するのか、に突き当たるね」

よって否定しる方法はなくなる。今の体験は実際に起こっている。
それは体が感じて脳が判断している。
だからこれを否定する事は出来ない、つまり魔法の肯定にも繋がっている。
でも、学くんは別の考えがあるみたいだ。

「うん。よく理解してる。でも―――魔法が本当に実在すると思うか?」

それが最大の疑問だ。今更問われても困る…




/1


《一言で言うと、跳。》


「ねぇ。魔法って何だと思う?」

僕は突然、疑問になった事をココロに質問した。
魔法、それは何だろう?科学では出来ない事?それとも擬似世界を創りだす事?
そもそも今起きている事は魔法と言う奇術でくくれるのか?

「どうして……灯路くんがそんな事を聞くの?」

「―――え?」

一瞬――――言葉に詰まったのは事実だ。
いつもと同じようにココロに話しかけたつもりだった…
しかし、いつもとココロの対応が違う、違和感を感じてしまう――――

「皆、この世界が嫌いなんだね……」

解らなかった。何が解らないかも解らない…
一番解らないのが…突然、ココロが涙を流し始めたからだ…
僕の心が何故か痛む。ギシリと音を立てて感情を刺激する。グラリと視界が揺れる。脳髄が正常を保てない…
見慣れぬ涙というものにはこれ程の影響力が存在している。

「皆、この世界から逃げ出す事を考えている。この世界は楽しむ場所、辛いはずはないのに……」

さっきからココロの語っている言葉も違ってきている。
皆と言う表現を使っている。この空間には僕とココロの2人しか存在していない。
その上で皆と使っている以上他にも僕と同じ状況の人たちがいるに違いないと肯定付ける。
それと同時に僕は理解した。どうして魔法使いココロがこの世界を創ったのかを――――
この世界は楽しむために創られた、ココロは孤独を生きてきた魔法使い。
ココロは楽しむことなく生きてきた、だから……遊びたかったんだ。

間違っていた、僕は――――楽しまなければいけなかった。
探しものを見つけると言う前提で楽しまなければならなかった。
だって……此処は太陽が沈む事がない、ずっと遊んでいられる空間だ。
だから、僕はこの言葉を言った。

「ココロ……何して遊ぶ?」

ココロは涙目で僕を見る。痛む、刺激される――――思い出される――――あの事故……
涙という存在が僕の記憶の中でイメージを繋げる。
ギリギリと音を立てながら足元から近づいてくる、僕を狩ろうと待ち構えている…
孤独と言うなの使者が記憶の中から最悪の思い出を証明する。
そして…ココロの目は語っていた。『どうしてと?』
今更、理由を聞くのは間違いだろうと思ったが指摘はしない。
必要なのはココロが楽しむ事、楽しめればそれで解決する。

「何でもいいよ。遊ぼう、砂の城でも作る?それとも泳ぐ?」

僕は出来る限りの優しい声をだした。僕は出来る限りの笑顔で対応する。
ココロは答えない、僕の目を見ながら何も答えない。それは心理を読もうとしているのか…
だから創られた笑顔は崩せない、今終わってはいけない…まだ続けなければいけないと――――
そしてココロは返事をしない。だから僕が話さなければいけない。今、やっと語る事が出来る。

「ココロに僕の大切なものを教えようか?」

此処に来て解った大切なもの。
いや…此処に来る前から解っていた。解っていたけど近くに居すぎて理解出来ていなかったんだ。
これが……僕の、いや…僕たちの答えだ。

「それは――――仲間だ」

この言葉は笑顔では言えなかった。気がつけば真面目な顔をしている自分に気がつく。
仲間、それは翔輔、学、和香菜。僕と共にいてくれた仲間。信頼出来て、一緒にいると楽しくて…
思い出したら、会いたいと思ってしまう。そう思った頃には孤独は何処かに去っていた…

「やっぱり……気づいてたんだね」
「気づくも何も、大切なものと聞かれた時に最初に思い浮かんだのが仲間だったんだ」

そしてこの大切なものには続きがある。
ここで終わらしてはいけない、続きを語らなければ終われない。
仲間はこの3人だけではない。

「そして――――ココロも僕の大切な仲間だ」

短い間だけど…、いや実際は長いのかもしれない、でも短い間と過程しよう。
一緒に考えた、一緒に行動した。一緒に話した。一緒に――――
これだけで十分仲間と言えるのではないか?仲間とは信頼出来る他人の事を言う。
そして僕はココロを信頼している、魔法使いであろうとも…ココロが既に仲間だと自信を持って言える。

「ココロから見て、僕は仲間と言えない?まだ―――僕が信頼できない?」

ココロは小さな声で言った。『ずるいよ……』
微かにしか聞こえなかった…タイミングが悪ければ聞き逃していただろう。
何がずるいのか僕には解らなかったが解る必要もないだろう。

「ううん。信用…いや。信頼出来るよ。灯路君は私の仲間―――――」

その言葉で思い出した。小さい頃に母さんが言ってくれた言葉。
『人の路を照らす灯かりになりなさい。灯路の名前にはそう意味をなのよ。』
そう………なれるとは思えなかった。
僕なんか、ちっぽけな存在が人の路を照らせるとは思えなかった。
自分の路も知らないのに、人の路を照らせるとは思えなかった。
でも…今の僕ならココロの路に灯かりを与える事が出来ると確信めいた感情がある。
そして――――ココロは語り始めた。

「私は――――」




/xxx0

魔法、それは人の心を映し出す鏡。
望めば繋がる、望まねば繋がらない、届くか、届かぬか、それは努力と才能が解決する。
限界があるなら超える、無理と知れば諦めない。
少女はそうして生きてきた。それが彼女の魔法使いとしての生き方であり、路だった。
辛く、孤独で、他を寄せ付けることのない存在、魔法使い。
他は追い抜くための通過点でしかなかった。だから1人で十分だった。他に執着する好意は無意味だと理解していたから。

そして、全ての他を追い抜いた時、彼女は思い出す事になった…

生きた路の中で唯一、純粋だった子供の頃に見た景色を――――
雲ひとつない空、青く澄み切った海、綺麗な砂浜。
ここで遊びたいと望んだが、叶わなかった。
束縛された子供時代に遊んでくれる友もいなかった。
血の通った親なんて名ばかり、一人前の魔法使いに育てようとする事しか考えない大人だった。
その親のお陰で魔法使いになれたのだから今では少しは感謝もしているが、結局は他に過ぎない。
親ですらも彼女にとっては通過点、才能と言う反則が全てを凌駕する。

孤独な時代を生きた彼女は再びこの地を訪れた。唯一純粋な思い出を頼りにしながら……
文明から取り残されたかのような田舎町。この淀んだ世界の一部とは感じられない景色。

それも―――――数年前までの話。

この浜辺はリゾート地としての開発が進んでいた。
溢れかえる人員、運び込まれる文明の機器。
来年の夏には自然を一切感じさせない景色へと変わってしまうだろう…
そして私は世界としての流れを感じた。

「もう、ないのね。私が見たかった景色は――――」

だから創った。それだけの術を彼女は身に付けていた。
それは魔法。心を映し出す鏡。少しだけ時空と空間を曲げたに過ぎない。
擬似世界を創ってから長い間待つ必要もなかった。
経験した長い孤独に比べれば些細な一時、そして迷い込んできた4人の少年と少女。
彼らにはリゾート地としての開発は見えない。
既に擬似世界へと迷い込んでいるのだから……
私は考えた、この世界で遊んで欲しい。
私が幼少時代に叶わなかった事を体験して欲しい。
この世界ならばそれが経験出来る、故に魔法。

彼女は悪役になる為に3人の少年達に言葉を投げかけた。

「私は魔法使い―――――」



2005-05-22 15:00:16公開 / 作者:旅びと
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■作者からのメッセージ
これを書いた後に「やっちゃった…」って思いました。まあ、書いた事は仕方ないですね。
この作品に対する感想 - 昇順
続き読ませていただきました。まず、連載物は毎回別物として投稿しないで、前回投稿分に編集で書き込んで投稿しましょう(利用規約にも書いてありますので御一読下さい)。作品は相変わらず子供のころの懐かしい夏っていう感じのいい雰囲気がありますね。前半部分が文末が「〜た。」で終わるものが多く、やや単調に感じました。でもココロが出てきてからはテンポが良くなりました。灯路が迷い込んだ「魔法使いの庭」の描写がもう少し欲しいです。現実世界と魔法使いの庭がまったく同じ物なのか(人がいなくなっただけなのか)、それとも日差しとか波の音とか些細な部分が違うのか、細かい情報なんかも欲しいです。長々書いてすみません。では、次回更新を期待しています。
2005-05-08 10:18:26【☆☆☆☆☆】甘木
拝読しました。私も新参者故強くは言えませんけれど、最近多いみたいですから、連載を編集でってのはお気をつけ下さい。きっとまとめたほうが読み手も読み易いと思われます。淡い雰囲気を出しているのは改行のせいかも知れませんが、それをなくすと途端に短い小説に見えてしまうので、(ので、と言うか基本的に)言葉を増やしてみて下さい。内容自体は好みなので、もっともっと肉をつけてほしいと願っております。では次回更新待ってます。
2005-05-08 11:32:41【☆☆☆☆☆】京雅
続き読ませていただきました。少々から口で書かせていただきます。今のところ題材の面白さと作品を覆う雰囲気で楽しく読んでいますが、やはり全体的に描写の少なさが目立ちます。登場人物の描写が少なく私のようなテレビやマンガが情報メディアの中核をなしている人間には、会話や雰囲気だけではキャラクターのイメージをつくり辛く感情移入が弱くなってしまいます。灯路の心情ももっと欲しいです。まったく同じ海でも他人がいる海と、ココロしかいない海では感じるものが違うと思います。そのあたりを描くと灯路が恐れる孤独を読者に強く伝えることができると思います。長々失礼なことを書いてすみませんでした。では、次回更新を期待しています。
2005-05-08 22:42:40【☆☆☆☆☆】甘木
続き拝読しました。文章的な事で御座いますが、やはり描写は少ないですね。短い漫画を読んでいるくらい、さらっと流れていってしまいます。もっと想像し得る情報を書き込んでくれたらさらに感情移入やこんな場面なんだろうと思えます。内容的な事で、こういう不思議な物語は個人的に好みです。時間軸と時間、うーん、真理を知りたいですが未だ無理ですよね。では次回更新も期待しております。
2005-05-09 04:32:08【☆☆☆☆☆】京雅
そうですね、展開しましたね。まあ魔法使い=ココロではなくココロも魔法使いに造られた感じもしますが、流れ的にね。内容自体はそこまで語らなくてもいいと思います。ただ文章が、時折読み難い箇所がありました。誤字脱字もそうですが。あ、そうそう。「可笑しい」は「おかしい」のほうがいいですよ?個人的な意見です。描写も足してほしいのですが、構成が淡淡としてるかな。淡い雰囲気は確かに出てますけどね。長長と失礼な事を書き綴りました、申し訳御座いません。まだまだ長くなりそうなこの物語の次回展開に期待しております。
2005-05-21 02:17:26【☆☆☆☆☆】京雅
続き読ませていただきました。この世界が現実の世界の法則で縛られていないことを説明していたのは非常によいと思いますが、ややくどすぎ、そのため物語のテンポも悪くなっていたように感じました。灯路が一生懸命に時間や日にちという概念を模索する気持ちは分かりますが、書き方が淡々としているため一生懸命という感じが伝わりづらかったです。長々と失礼なことを書いてすみませんでした。では、次回更新を期待しています。
2005-05-21 20:25:03【☆☆☆☆☆】甘木
続き読ませていただきました。ここで物語は終わりなのでしょうか? ここで終わっても良いぐらいですね(問題は解決していないけど)。魔法使いの想いの世界だったんですね。でもこれまでの描写が弱かったのでせっかくの美しさが生きていなかった感じがしました。辛口の感想で済みません。
2005-05-22 18:18:19【☆☆☆☆☆】甘木
拝読しました。学君の思考があまりにも端的で脈絡がないというか……スムーズに行き過ぎている感じ、がしました。物語のほうは楽しみましたよ、状況のからくりも見させてもらったし。魔法が題材だからというわけではなく、これまでの流れや描写から、ここにきても未だ現実感に足りていない印象があります。今までも感想で書いてきましたが、淡さ、これが際立ってますね。好き勝手失礼な事を語りました、ご容赦ください。(たぶんある)次回更新を待っています。
2005-05-22 21:10:59【☆☆☆☆☆】京雅
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