『比類なきゴーストライター』作者:サラ玉 / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角2002.5文字
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原稿用紙約5.01枚
「いやー、木下さん。『幻影の向こうに』大ヒットですねぇ。印税も相当入ってるんじゃないですか?」
 司会者がにやけた顔で木下に話を振る。
「そうですね、皆さんよく買ってくれますよ」
 木下は照れるように笑う。
「主人公の精神が破綻していくところなんか、鳥肌が立っちゃって。何か秘密でもあるんですか?」
 とあるタレントが口を開いた。木下は照れるように笑って、
「まあ……そこは企業秘密ということで」
 と、お茶を濁した。
「……それではお時間となりました。ええと、本日のゲストは木下昇さんでした。次週はバイオリニストの村山さんです。お楽しみに」
スタジオに拍手が響いた。

 木下はスタジオを出て、トイレに向かった。と言っても別に便意があるわけではない。トイレに入って奥から二番目の個室。木下がドアを開けると、中にごく普通のスーツを着た男がいる。
「あまり俺に近づくんじゃない! 気付かれる……」
 木下はふくらんだ茶封筒を男に渡した。
「どうだ、有名人はたのしいか?」
 男は封筒を懐にしまいながらそう言う。木下は顔を歪める。
「冗談じゃない……イヤミはやめてくれ」
 男は意地悪に笑った。いたずらっ子のような笑いだ。
「新しい原稿は、また後日送る。ご苦労さん」
 木下の肩をポンと叩いて、男はトイレを出ていった。木下はしばらく動かず、じっとしていた。

 木下はタクシーに乗るとまっすぐに自宅へ向かった。運転手は始めは気付かなかったが、バックミラーから後部座席の木下を見て話し掛けてきた。
「お客さん、もしかして木下昇さんですか?」
「そうですが」
 赤信号で止まる。
「うちの家内がね、先生のファンなんですよ。本も全部持っています」
「それはどうも……」
 動き出す。木下はため息をついた。
「お疲れですね、仕事、少し休んだらどうですか」
「ああ、そうしたいけどね。ファンを飽きさせちゃいけないから……」
 木下はまた、ため息をついた。
「格好いいですね」
 運転手がハンドルを切った。流れる眩しい夜景が目に焼きつく。

 自宅のマンションに着くと、ポストを開けて輪ゴムで束ねられたファンレターを取り出すと、
エレベーターに乗った。一人しか乗っていないエレベーターは静寂の中、機械音だけを響かせて昇っていく。時間がゆっくりと流れる。

 スーツからパジャマに着替えて、冷蔵庫からビールとさきいかを出した。そして、ソファーにどっかりと腰をおろして、一気に飲み干した。二十九インチの薄型テレビに見たくもない番組が流れて、自分が映っている。
「何が企業秘密だよ……」
 ふと、電話が鳴る。
「木下さん、あなた本当に小説を書いているんですか?」
 木下は電話を留守電にしているのを忘れていた。
「ネット上でゴーストライターがいるって専らの噂ですよ」
 急いで受話器を取ろうとしたが、持ち上げた瞬間切れた。木下は震える手でリダイヤルを押したが、公衆電話からかかってきたようだ。つながらない。
 翌日も電話が鳴った。
「どうして何も答えてくれないんですか?」
 昨日と同じ声。木下が受話器を取るが、また切れる。
 木下には誰にも自宅の電話番号を教えた覚えはない。ただ一人を除いて、
「宮島……」
 木下は電話帳から宮島の番号を探して、押した。
「はい、宮島ですが……」
 木下は思わず大声になった。
「オイ! 電話番号を公表したのはお前か?」
「なんだよ、急に怒鳴るな! 声からすると木下だな」
「お前しかいないんだよ、知ってるのは!」
 宮島は少し黙って、
「……なんでそんなことしなきゃいけないんだ? 俺は目立ちたくないからお前に代わってもらってるんだ」
 木下は少し安心した。あの電話と声が違いすぎる。
 その後も電話は続く。
「何も言わないなら、このことを公表しますよ!」
「最低です……ファンを裏切って……」
「信じてたのに……」
 木下は日に日にやつれていった。テレビ番組のほうはできる限りキャンセルして、家にいるようにした。勢いで何もかも話してしまいそうだったからだ。
「よう、元気にしてるか? 最近テレビで見ないけど、どうしたんだ? お前らしくない」
 宮島からだ。木下は例の電話のことを話した。
「そうか、それで……しかし気にすることはないんじゃないか? 証拠だってないんだろうし、好きに言わせておけばいい」
 木下のやつれた顔にに少し笑顔が戻った。
「そうだよな、はは……まったく。どうかしてた。心配かけてすまんな」

 部屋の中の暗がりに、見えない目と見えない耳があることに木下は気付かない。

 宮島はボイスチェンジャーを持って家を出た。 

2005-04-30 21:53:32公開 / 作者:サラ玉
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