『絶対正義・ヘキサグラム!』作者:ロジック / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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・1・ 
 
六束水無(むつづかみずな)は天涯孤独である。
 それは、彼の名が女子のようなそれであることで、なにかと「はじき者」にされてきたことの揶揄でもあるが、ここでの意味はもっと物理的なほうだ。
 例えば、父親は自分の趣味に忙しい。彼は当年47歳、だがいまだに「少年癖」が抜けない。朝の目覚ましは二世代前の「レンジャーもの」の主題歌。書斎の卓には、毎年増える変形ロボットが鎮座している。
 例えば、母親はそんな父親の全てを許す包容力を持つとともに、父親と同等の上等な趣味を持つ。然り、彗星をけなす輩は許さず。然り、黒部は、彼女のなかで永遠に勇者だ。韓国は彼女にとって、大韓民国の略称か、半島の南側であるということ以外の意味をなさない。
 つまりは、そういうところで「孤独」なのだ。親の形質はあくまで表層的な部分でのみ作用するのであり、人格を形成するのは彼の脳みそだ。彼の場合は、どちらかというとトラウマに近い。ベビーベットの上空を旋廻するのが「三分で戦えなくなる『あの』巨大宇宙人」の人形であり、子守唄は異様な節の付いた、効果音が妙に激しいアニメの主題歌だ。染色体に異常が起きなかったことだけが幸いである。
 
 六束家は、非常に裕福な家庭だ。悪趣味な父親は、彼の親から受けついだ「会社」という遺産を、それなりに上手くまとめている。彼の会社のいたるところに「それ系」のロボットや、ポスターが張ってあっても社員からのクレームは無い。なんということはなく、この会社の入社面接の際には、自分の熱い想いを社長にぶつけるのが第一条件なのだ。父親は男女共同参画社会に賛成する派だ、女性にも容赦はしない。現在この会社にいる女性社員は、みなその『登竜門』を抜けた、真の竜である。どれだけ優秀な人材であろうが、この「想い」を叫ばぬ人材は取らぬという。いわく「(仕事ではなくロボットに対する)情熱のないヤツは、マニュアル人間だ」と。
 母親は、父親こと社長の秘書だ。実に秘書らしい部分と、そうでない部分が混在した役職になっており。スケジュールには正確で、書類は一つも見逃さず確認する。ただ、社長が暴走したときには、それを煽り己も暴走するデマゴーグと化す。
 こういう人間がトップを勤めるのが『六束製薬』であり、『世界企業・ヘキサフィーム』だ。水無は、この超大企業の御曹司である。
 
 水無は自分のこれからの生涯を、いかに親とかかわらず生きていくかを考えつつ、電車に揺られている。
 早朝の電車の空気は妙に重い。たいして眠くなくても、眠ることがそこでのタスクのように思える。事実、彼の瞼はじわじわと下降を開始している。
 
 水無をのせた地方鉄道のおんぼろ車両は、赤子をあやす聖母マリアのように、彼を寝付かせつつ、彼の目的地である清音学園へと着実に近づいていく。

・2・
 『個体識別コード:AMF-pro01-hexagram;ALKALI』は待機命令の解除を、完全製造完了時点から、3年と7ヶ月8時間16分42秒で受信した。
 神経系システム、駆動系システム、両基本Dシステムには異変が見られず、起動準備の段階も極めて良好。神経系から派生した五感を、触覚、嗅覚、味覚、聴覚の順に、擬似人型フレームに、マイクロレベルで組み込まれた擬似感覚器にリンクさせていく。
 触覚からは、己が硬質素材の何かに横たわっていることがわかり、製造後から初の起動であることを考えると、擬似人型フレームを保護するための専用カプセルだと判断する。温度は極めて低温で保たれている。熱によるフレームの形質変化を防ぐためである。
 嗅覚からは、内鼻壁に4割のホルマリン、3割の液化酸素、残り3割は機械器官を擁護するための他元素構成物質の溶液が密着していることから、自律呼吸システムは使わず、外部からの操作で循環系を保っていたことが判断できた。
 味覚も嗅覚同様である。擬似脳いがいの全ての部分が、特殊溶液で満たされている。
 聴覚は、周囲の喧騒を伝える。ヘキサグラミンガリズムを駆使し、その喧騒が『極東:日本』の言語であることが解明。内容は、自分の擬態が起動することへの不安と期待だ。 最後に、視覚を起動する。後頭部に組み込まれた、頭部人工筋肉を制御する「AMON・システム」に、カメラアイの防護壁である化学樹脂ポリマーの収縮を実行するように電子をとばす。開眼する。

 そして、「律行動型擬人ロボット女-プロトタイプ01-ヘキサグラム;『アルカリ』」は、極めて人間らしく「目を覚ました」。

 そして、『六束製薬』『世界企業・ヘキサフィーム』の御曹司である「六束水無」は、車掌に肩をたたかれ「目を覚ます」。終点であった。

 溶液で満たされたカプセルの中からゆっくりと上半身を起こし、うつろな目で周囲を見回す。

 熱した薬缶に触れたかのように、シートから飛び起き、しばらくフリーズすると携帯電話の時刻表示を凝視する。点になった目で周囲を見回し、他に誰もいないことにやっと気付く。遅刻だ。

 起動第一声は、自己の存在理由の宣誓。初めて使う擬似声帯。電子で指示を送る。

 起床第一声は、自己の過ちを悔いる言葉。何度も言い、言い過ぎて条件反射のように唇からこぼれる、その言葉。

 「I・・・、わたす、ワタ、私、わたしは、『アルカリ』。私の存在理由は、私の主人殿、ヘキサグラムの嫡子を・・・、『六束水無』・・・『鍵』を、あらゆる脅威から・・・」

 「やばいやばいやばいやびっ!イテテ!!舌ぎゃ!舌キャンダ!今日遅刻したら保護者同伴の面接だよっ、それだけは、それだけは避けなければ・・・!僕の人格が疑われる!!ああっ、もう!誰でも良い、誰でも良いから・・・」


 「助く・・・ために、彼を助けるために、起動します」

 
 「助けてくれぇぇえ!!」

 初夏の空を完全に遮断した、地下施設のカプセルの中で、少女は誓う。機械の体に、人の心を込めて。

 初夏の空を切り裂くように、薄幸少年は全力で学び舎をめざす。己を助く天使の存在を知らずに。


 彼等の時間は、その時から加速を開始した。

 
                    
         
2005-04-29 03:46:27公開 / 作者:ロジック
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はじめまして。タイトルはバカッぽですが、内容はシャープにまとめていきたいです。
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