『五色の心 [黒と白]』作者:風時 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角19504.5文字
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ねぇ、僕の桃色。僕だけのものだよ。

















「のそーりのそーり」
 なんかウゴウゴしてる桃色な髪の生物が僕の横でわけのわからない言葉を発して芋虫のように前進している。
「たかしちゃんもやるのー。のそーりのそーり」
 しかもなにやら僕にもやれ、といっているような気がする。気付かない振りしておこう。っていうか結構面白い動きだから見ているだけなら問題ない。うん。
「たかしちゃ――ん」
 呼んでいるような気がする。気のせいだ。読書しているから空耳が聞こえるんだな。向こうの世界にはまりすぎて。そうなんだな。
「……うぐうぐ…、たかしちゃんの意地悪。あたしちゃんがこんなに呼んでるのに…」
 ついには泣きまね。でも僕は読書をしている。…気にしない。こいつは演技が上手いんだ。僕は絶対に気にしちゃだめだ。いつもだまされるんだから。
「たかしちゃんはあたしちゃんのことなんて嫌いになっちゃったんだね、あたしちゃんのことなんて本に書いてある一文字にも敵わない存在なんだね。…あたしちゃん、かなりショック。泣いちゃうもん。あたしちゃんもたかしちゃんのこと嫌いになるもん!」
 そんなことを言って、ついに本気で泣いてしまった。…仕方ない。僕は桃色が泣いているのを見るのが好きじゃない。
「僕はそんな動き、したくないんだよ」
 僕が声をかけると、桃色生物が僕の背中にのしかかってきた。
「ふふ、嘘泣きだよー。そうやってあたしちゃんを心配してくれるたかしちゃんがいっちばん好きなんだよねっ」
 にこにこ。そうだ、こいつは感情の激しい振りをして実はただ演技が上手いだけなんだ。…なんで僕はいつもだまされるんだ? さっき、同じこと思ったような気がする。学習能力、僕無いのかな? ま、いっか。
「そ」
 僕はまた本に目をずらす。その気配を察知してか、桃色が僕の目を塞ぐ。
「何するんだ」
「ほっといたらたかしちゃん、また本に目をやっちゃうでしょ? あたしちゃんだけを見てくれるように目隠しっっ!!」
 いや、目隠しとかお前さえ見えねーよ。
「あたしちゃんはたかしちゃんがダイスキだからねっ。それだけは絶対覚えてなきゃダメなんだからねっ」
「へぇ」
 気の無い返事を返してみた。
「…そんな返事イヤっっっっっ」
 怒られた。ついでに背中に鈍い痛み。蹴ったな。
「痛い。じゃあどういえばいいんだよ」
 よっ、と桃色が目から手を離した。そしてやたら芝居口調でこういった。
「鈴、お前だけが唯一無二に僕を愛してくれる存在だ。そんな存在が俺は好きだ!」
 いつから僕はそんなに熱い人間になったんだ。一人称、俺だし。僕、自分のことを俺なんて言ったこと無い。
「そーいったら、あたしちゃんが返す言葉は決ま」
「へぇ」
 僕は桃色が何かを言い終わる前に言葉を無理やり言葉を挟んでみた。
「…なんであたしちゃんの話を無理やり邪魔するの!」
 ちょっと怒った。可愛いかもしれない。
「いつも言うだろ。同じこと」
 ほっぺたがぷくっと膨らんだ。怒ってる。うん、可愛い。ぷくっと膨らんだほっぺたを潰したい衝動に駆られるがそれは後一歩ととどまる。それをやってしまうと変態っぽくなってしまう。
「でもあたしちゃんの話はさえぎってほしくないの!」
 あ、そう。という言葉をたまには飲み込んでみることにした。怒る顔も好きだが喜んで笑う顔も好きだ。
「………僕の唯一無になる存在、鈴、そんな鈴が僕は好きなんだ」
 さっき、こんなこと言ってたなぁ、と思い出しつつ言ってみる。みるみる桃色の顔が明るくなるのがわかった。…ちょっと、面白い。
「あたしちゃんは絶対にたかしちゃんを離さない! あたしちゃんは、たかしちゃんだけを愛し、たかしちゃんも、あたしちゃんだけを愛することをここに誓う。よって、あたしちゃんとたかしちゃんは夫婦なのっっ」
「却下」
「え――――――!!」
 悲鳴。狭い僕の家で大声出されるのは辞めてほしい。ほら、足跡が聞こえる。僕の部屋の前で止まるさ。

コンコン

戸が叩かれる。まぁ、来てくれる人は僕の嫌いな人じゃないから良いんだけど。どっちかというと好きな人。
「入るぞ」
 りりしい声とともに超漆黒色した超ショートヘアーの美人なお姉さんがやってくる。凄く日本人らしい。というかなんか、くの一なイメージ。
「…やっぱり鈴嬢ちゃんだったか」
 はっとため息をつく。鈴と霧さんは全く持ってあわない。っていうか仲悪い。霧さんに鈴を紹介したのも、鈴に霧さんを紹介したのも僕なんだけど。
「あーー、またきた、霧おばさん」
 僕が止めるまもなく霧さんにおばさん呼ばわり。まだ二十代中盤なのに。僕からみれば霧さんはまだまだいける口だね。年上専用ってわけじゃないけどやっぱり年下よりは年上が良いな。さっぱりとした感じの若く見える霧さんは僕の好みのタイプじゃない、と否定は出来ない。まぁ、ストライクゾーンではないけど。
「ジャリンコが人におばさん呼ばわりするのは早いんじゃない?」
 顔が引きつる霧さん。…僕は何もしてないのにこの二人に両挟み。霧さんはわからないけど、桃色は僕が霧さんを好きだと思ってる。好きなわけじゃないけど。それに別にまだ僕は鈴の持ち主じゃないんだけど。鈴は僕のものだけど。
「ジャリンコだってー!! 使う言葉が古いよおばさん♪」
 こういう口げんか、はっきり言って桃色は強い。多分霧さんが弱いんだろうけど。僕が桃色に負けない、ってことはそうなんだろう。鈴、お願いだから霧さんをキレさせるなよ。心の中で呟く。霧さん、怒らせたら結構怖い。
「あれ? 今でもジャリンコって言葉、使うの知らなかったの? とんだ常識はずれだね」
 確実に青筋が立ちつつある。僕の部屋でこんな激しいバトル、しなくたって良いのに。できれば外でしてほしい。ま、無理な願いだけど。
「常識はずれー? …今時そんな浴衣着た超ショートカットの良い年したおばさんの方が確実に常識はずれだと思うんだけどねー」
 桃色はにーっこりとした作り笑顔で出来得る限りの毒舌の嵐。霧さんが懐に手を伸ばす。…乱闘はやめてほしいな。
「鈴嬢ちゃん、死にたい?」
「えへへ、たかしちゃんの前であたしちゃんが死ねるなら悔いは無いけど、でもあたしちゃんが死ぬ前にたかしちゃんが死なない限りあたしちゃんは死にたくなーーい。それにあたしちゃん、まだたかしちゃんと夫婦になってないんだもん。おばさん、何で今そんなこと聞くの?」
 よくわからねーよ。理由が。それに…、最後の質問はヤバいなぁ。
「…そう、そんな死にたいんなら、あたしが殺してやるよ!!」
 あ、キレた。懐に伸ばしていた手には手裏剣が握られている。…今日は短剣じゃないんだ。桃色鈴は舌をべーっと出して腰からベルト代わりに使っているチェーンを抜き取る。………僕の部屋、壊れそうだなぁ。ま、いつものコトか。
「鈴嬢ちゃん、やる気かい?」
「霧おばさんがあたしを殺そうとするからですー」
「ならやったる…よ!」
 あ、手裏剣投げた。桃色がふと体をそらして避ける。狭い家の壁に刺さる。…この部屋、壁薄いけど隣の部屋まで貫通してないかなぁ?
「飛び道具なんて危ないんだからー」
 そういいながら今度は鈴がチェーンを霧さんの手首に巻きつけようとするが霧さんが手首の変わりに持ち直した短剣をチェーンに持っていかせる。
「あやや…!」
 誰かの名前のような悲鳴を上げてチェーンの先についた短剣を避けてそれを武器として霧さんに刺そうとする。
 それも霧さんは見事に避ける。…しかし、3畳の部屋でよくもここまでの攻防戦を繰り広げられるな、僕にダメージ無しで。
 そのとき、霧さんの手首から鮮血が迸った。畳に血が広がる。違うことを考えていた僕にはそのときなにが起こったのかはわからなかったけど、比較的いつものことだ。
「へへ、あたしちゃんの勝・ち☆」
 にっこにこで言う。僕は桃色を無視して霧さんの処置を始める。まずは止血。薄い傷だからハンカチのような厚めの布を押し当てれば大丈夫。血が止まったら今度は消毒をして簡単に包帯手当てをする。あー、でも見事にリストカットみたいな傷がつくもんだ。急所を狙える戦闘能力の高さは、流石に鈴、というところだろう。霧さんだって剣道二段の強さを誇っているけど狭い部屋の鈴には敵うはずがない、か。
「たかしちゃん! なんであたしちゃんを構わずに負けた霧さんを助けるのーっっ!」
 無視。
「たかしちゃんてばっっ」
 無視。一生懸命最後の手当てを終える。もちろん霧さんも鈴に無視だ。
「たかしちゃーーん!」
 あ、泣きそうになってる。けど無視。
「たかしちゃん、あたしちゃん泣いちゃうよ、いいの?」
 すっごく良くないけどいーや。たまには。
「…たかしちゃんの、バカァ…!」
 あ、ついに泣き出した。後ろから嗚咽が聞こえる。僕の大切な桃色がなく声なんて聞きたくないけど今日は別にそこまで機嫌が悪くない。
「たか。うるさいから泣き止ませて来い」
 幾分冷静になった霧さんが言う。…命令されたら断れない。
「鈴」
「…ッヒ…たかしちゃんの、バ、バァカァ…!!」
 派手に泣いている。可愛い。可愛い鈴は大好きだ。僕はそっと鈴に近づいて後ろから抱いてやる。
「ほえっっ!?」
 桃色の髪をびっくりしように振り乱して拒否する。何故だ。っていうか髪がこそばゆい。
「たかしちゃん、ダメなの、たかしちゃんがはぐなんてダメなの、ダメダメなの!」
 暴れる。泣き終えたようだが僕は逆らわず離してやる。すると今度はくるっと振り返った鈴は僕に抱きついてくる。そうか、鈴は抱かれるより抱くのが好きなんだ。
「たかしちゃんだーーいすき」
「僕は嫌いだけど」
「あたしちゃんがたかしちゃんを好きだからそれでいーの♪」
「あっそう」
 僕は鈴から離れてまた霧さんの治療に専念し始める。桃色は満足したように霧さんの血が付いたチェーンを磨く。鈴最大の武器だ。
「悪いな、たか」
 …霧さんに謝られた。謝るのは鈴のはずなのにあいつは謝ろうともしない。…待て。
「鈴」
 ぱぁっとした笑顔で後ろから僕の肩にのしかかる。
「な・ぁ・に☆」
 …いや、星はいらねーよ。
「霧さんに謝れ」
「えーーーー!!」
 だから悲鳴は辞めてくれ。
「何で何で何でー? あたしちゃん悪いことしてないよ!」
「傷、つけただろ」
「あ……、ごめんなしゃい」
 ちょっと困ったように謝る。こういう風に潔いところが好きだ。
「…まぁ、私もちょっと感情的になったな。悪い」
 仲直り。まぁいつものコトだけど。
「でも霧姉さんにたかしちゃんはあげないからねーっ」
 とか言いながらベーッと舌を出す。…僕から見たら可愛い表情なんだけどなぁ。
「たかはお前のものじゃないだろう」
「あたしちゃんの物っ」
「それは違う」
 ついに口を挟んでしまった。
「はぅぅっっ!」
 何だその反応は。
「僕はお前のものじゃない。でも鈴、お前は僕のものだ。わかってるね?」
 鈴にはにっこり顔でコクリコクリと二度頷く。わかってるならいいんだけどさ。
「…お前のその独占欲、私は脱帽だよ」
 霧さんが呟く。…僕は聞こえない振り。


 しばらくすると霧さんは帰っていった。まだ読んでいない本があるそうだ。僕も霧さんから借りた本、まだ読み終えてないな。結構面白いのに。
「そういや鈴、お前どうして来たんだ?」
「用も無くて来ちゃダメー?」
「いや、別にいいけど、お前なら」
「ふふふ、本当はあるよー」
 先にその用事を言え。
「とーっても大事な用件なのっ」
 だったら早く言えよ。
「あのねあのね」
「うん」



「……………たかしちゃんここから出たいでしょ?」
「いいや」
「やっぱりそうだよね、嫌だよね」
「嫌、ち」
「だよねだよねっ。だったらね、だったらね、これからたかしちゃんはあたしちゃんと一緒に住むのですっっ!!」



 僕は訂正をするのも忘れていた。「いいや」を「嫌」に聞き取られたのも「嫌」って言ったのは嫌じゃないって意味で「嫌」って言ったのを訂正するのも忘れていた。
「…僕がなんで鈴と住むんだ?」
「いいじゃん、そのうち一緒に住むんだから☆」
 そういう問題かよ。
「あ、あ、でもね。たかしちゃんとあたしちゃんだけじゃないんだよ」
「何人?」
「あたしちゃんとたかしちゃん入れて五人」
「男女比は」
「男の子二人の乙女三人なのですっ」
「誰」
「たかしちゃん、とおるちゃん、るいっち、あさぴょん」
「誰だよ」
「えー、多分たかしちゃん知ってるよ?」
「正式名称でお願いできますか?」
「うー、良いよ。まずは宝田孝ちゃん。もちろんたかしちゃんのことね。それからそれからー、知己竜ちゃん。これはとおるちゃんね。同じ小学校だったはずなんだけどなーーー」
 僕が小学校を卒業したのは四年前。確かに知っているはずだ。
「あ、でも竜ちゃん小学校一年生の入学式の次の日にアメリカに転校したからもしかして知らないかも!」
「絶対知らないな」
「そして、あたしちゃんこと周防鈴! たかしちゃんの未来のお嫁さんになるべき最高最上の最年少少女!」
 …僕と同じ年だろうが。
「で、で、るいっちが、狩野涙禾ちゃん。通称るいっち。あたしちゃんの大切な大切なオトモダチでコスプレマニアの天才さん」
 凄い子だなぁ。でもコスプレってことはロリータとかやるのかな? …だったら嬉しいかもしれない。
「で、東條浅葵。通称あさぴょん。あたしちゃんあさぴょん好きじゃなーい」
 …あぁ、アサキか。
「あんなクールな子嫌い。っていうかたかしちゃんの雰囲気の似てるよね。…あれあれ?そういえばたかしちゃんとあさぴょんって同じガッコじゃなかったっけっっ! ハイスクール!」
 …変な英語。
「まぁ、同じ高校だよ。お前は高校、行かなかったんだもんな」
「あたしちゃん勉強嫌いだもーん。ガッコ行かなくても就職は四歳のころから決まってるしね☆」
 確かに。お前ほど将来がはっきりしている十六歳なんて滅多に居ないだろう。まぁ、僕の桃色は特殊で以上でおかしいだけなんだけど。それは僕もアサキも同じ。類は友を呼ぶって言うし、多分その竜っていう男も涙禾っていうか女も似たような感じなんだろうな。
「たかしちゃんもあたしちゃんと同じ場所で全然働けるのに」
「僕は鈴ほど戦闘能力は無いよ」
「補佐能力のプロじゃん」
「それしか出来ない、の間違いだね」
「ふふ、でもこれで五色そろったね」
「五色?」
「まずはあたしちゃんの桃色」
 それだけ髪が桃色ならそうだろう。服もピンクがやたらに多いし。
「で、たかしちゃんの白」
 …まぁ、何時も白装束で髪の色まで普段は脱色してる僕が桃色のことをとやかく言えないか。
「で、で、アサぴょんの緑」
 …珍しい遺伝子変異の緑色の瞳。あわせて染めた緑色の髪。
「だったらとおるちゃんの黒」
 大方いつも黒装束なんだろうな。僕の逆か。
「それならもちろんるいっちの青」
 青い服でも着ているんだろうか。
「あ、るいっちは常に爪が青くて服が青くてメイクが青くてカラコンで蒼いんだよ」
 結構な変人だ。
「へぇ。たしかに五色だ」
「でもねでもね、あたしちゃんはもう一色欲しかったの」
「何色?」
「イエロー」
「あぁ、確かに。足りないといえば足りない色だ」
「…髪が黄色な人なんて」
「居ないよ」
 遮ってみた。だけど今度は鈴が怒らなかった。ちょっと残念。

「あれ、ところで僕承諾したっけ」
「うん」

 したらしい。…ま、いっか。霧さんと離れるのは辛いけど別にここが良いってわけでもないし。霧さんにならいつでも会えるだろう。まぁ他の住人なんか話した回数も指が軽く余ってしまう。零の人さえいる。
「ほら、行くの」
 僕は少し考える。
「…僕はここにいるよ」

 しばらく桃色は黙っていた。そして何か口元でぼそぼそと呟くと僕にいつものように抱きついてきた。
「たかしちゃんダーイスキ☆」
 …いや、それはわかっているんだけど。
「だから…」
 何故にかなりな衝撃が背中に走るのでしょうか。
「……拉致るのです☆」
 最後にみた桃色の笑顔は最高に可愛かった。


















たかしちゃん。白はたかしちゃんの色だよね?


















 目が覚めたとき、僕は見たことも無いところに居た。天井はそこまで高くなく、全く持って広い部屋の中心に寝そべっていた。僕のアパートではない。僕のアパートはもう少し広くて、もっと荷物がいっぱいあったはず。壁は薄く、床も薄く、天井は低かったけど。それに床が畳ではなくフローリングだった。…やっぱり僕のアパートじゃない。
「あ、孝君、おはようございます」
 聞きなれない声。桃色の声でも霧さんの声でもない。誰だ?
 ゆっくり体を起こしてふと横を見ると、見慣れぬ白衣娘がいた。しかも眼鏡。なかなか可愛い。っていうか可愛い。ストライクゾーンじゃないか。ただ特殊なのが真っ青な瞳にやたら強い青色のメイク。そしてところどころにつけている青色のエクステだ。ショートボブの髪にやたら多い青色は彼女の目の色と合っていてそれもなかなかだと思ったが。
「…僕は君を知っているかな」
「多分知らないと思いますよ」
 にっこりとした笑顔で言われると心臓の鼓動が早くなる。やっぱりこの子、タイプだ。
「なんで君は僕の名前を知ってるのかな?」
「私の親友に聞いたからです」
 にこにこにっこり。
 やたら笑顔な子だなぁ。ちょっと怖くなってくるぞ。
「その親友って、僕にスタンガンとか向けてここまで拉致って来た人?」
「そうですね。そしてそれを作った張本人が私です」
 にこにこにっこり。
 …こんな可愛い子が…。ちょっと残念だった。
「じゃあ、もしかして君が涙禾ちゃんかな?」
「そうです。是非、涙禾、とお呼びください、孝君」
 孝君、なかなか新鮮な愛称だ。…何故皆僕を苗字で呼ばないのだろう。まぁ、そんなこと堂でも良いか。
「じゃあ、涙ちゃんがいいかな。呼びやすい」
「はい、それで結構です」
「聞きたいんだけど、何歳?」
「えぇと、十七です」
 年上。まさにストライクゾーンピッタシ。っていうかどんぴしゃ。いや、ここではそういう問題じゃないな。
「あの、桃色…、じゃなくて鈴は?」
「あぁ、鈴ちゃんなら出かけました。竜君を拉致るっっ! とかと意気込んでましたけど」
 …犯罪行為に手を染める中学生、とかって新聞載らなきゃいいけど。
「ところで孝君」
「何?」

「…役割、何ですか?」

 さっぱり意味が分からなかった。役割…? なんのコトだろう。
「どういうことかな?」
「私は根本的に癒し。ただ傷を治したりするだけなんですけど。あと武器作成、情報操作の役割です。孝君は?」
 ……あいつ、一体何をやらかす気で五色集めたんだ。
「多分あいつは僕を補佐に使おうとして、だと思う」
「…補佐、ですか。…どんな?」
「まぁ、たとえばそうだね、君が情報操ったとしよう。その操った情報を僕が鈴のためにその情報を最大限に生かす。それが基本的にやること。他には、まぁ鈴のボディーガード。後方からの援助。そういう感じ。あいつが何をしようとしてるかは知らないけど多分僕のことはそのうちわかるよ」
「じゃあ、浅葵と言う方は…?」
「…アサキは根本的に作戦立て。頭脳明晰な彼女にはそれが適任だと思う。あとは、前線に出てのナイフ使いかな」
 そう。アサキも、鈴も、もちろん僕も幼少の頃の小学校が同じ。あの学校入学できた、ということも竜という少年も、もちろん、戦闘要員としての才能が認められたんだろう。
「涙ちゃん」
「何でしょうか?」
「…小学校は、桐朋小中学校ではないよね?」
「えぇ、もちろんです」
「何処出身かな?」
「…わかっているんじゃないですか?」
「スタンガンなんて作れる、といえば、清祥学園、ってところかな」
「ご名答、ですね。そしてもちろん竜君も、ですよ」

 僕らが住むこの世界には、知られていない学校が、一つや二つ、否、十や二十はあるだろう。その中でも秘密事項として扱われている名門学校が二つある。戦闘能力、そしてそれを駆使する頭脳を鍛える学校、行く行くは海外の軍隊エリート、もしくはその学校の教師、そして群を抜いて素晴らしい者は、その学校の組織に組み込まれ、法外な仕事を請け負うこととなる。その学校が『桐朋小、中学校』。もう一つの『清祥小、中学校』では青少年の健全な育成。なんてことを基にしているが中に入るとスパイ活動、ハッキング、クラッキング、そして法外な武器の作成を教わるためにある学校だ。ここを卒業した生徒の半数以上は組織の機械操作担当、もう半分が裏の世界で生き抜く犯罪者となっていく。その二つの裏名門の生徒五人集めて、桃色は一体どうする気なんだ?
「涙ちゃん」
「なんでしょう?」
「鈴が何しようとしているかは知ってる?」
「ええ」
 知ってるのかよ。
「多分知らないのは僕だけだと思うから聞いておく。僕らは何をするんだ?」
「サバイバルゲリラバトル、ですね。上手くいけば、私も、もちろん孝君も、そして他の三人もCECDCに入れるのですから。私としては大賛成ですね。あの組織なら、人を蘇生させることくらい簡単に出来るでしょうから思いっきり出来ますし。私の武器も精一杯使っていただけそうですしね。…ただ私得意の情報操作の意味があまり為さないのが少々の不満ですが。……私が活躍するのは入ってからのようですね。孝君は、A隊希望ですか?I隊ですか? 意外とM隊とかですか? 私はS隊かM隊、もしくはH隊希望です」
 ……知らない単語の縷々と並んでいた。もしこれが耳で聞くわけではなく、書いてあったとしても僕にはわからないだろう。特に裏組織や裏世界の情報は、清祥ではどうか知らないが、最低でも僕の通っていた桐朋、そして普通の公立高校では全く持って教えてはくれなかった。もし教えてもらっていたら、卒業後はまっすぐそちらの道に堕ちていたかもしれないが。…そう考えると教えてもらわなくて良かったような気もする。僕は桃色と生活するために生きているんだ。桃色の就職先がボディーガードと完全に決定した以上、最低でも僕が裏の世界に入るわけにはいかない。桃色がいたから僕は桐朋に入ったのだから。僕だけが陽の当たらない道を歩くわけにはいかない。風当たりの強い陽の当たる道を一人で歩かせるわけにはいかないし。それよりもさっぱりわからない。
「……ごめん、ちょっといいかな?
「はい、何でしょうか?」
「…CECDCって何?」




 絶句。
 涙ちゃんがここまで表情を堅くする。もしその表情から声が聞こえてくるとしたならば「何故知らないの?」という感じだろう。
 そんな有名なことなのだろうか。
 しばらするとやっと我を取り戻した涙ちゃんがゆっくりと口を開いた。
「本当に、知らないんですか?」
「うん」
「本当のホントですか?」
「うん」
「嘘ですよね?」
「うん」
「あ、やっぱりそうですか!」
 あ、間違えた。つい乗りで「うん」と答えてしまった。……ま、いっか。
「いや、本当に知らないんだよ。CECDCって何なのかな?」
 涙ちゃんの表情がまた変わる。眼鏡を掛けている上に結構なポーカーフェイスだからわからなかったが、類ちゃん、驚いた顔が結構可愛い。その上、ポーカーフェイスと見せかけて結構表情がころころ変わる。…桃色ほどじゃないけど。
「…わかりました、本当に知らないようなので説明しますね。
 CECDCとは、犯罪組織撲滅委員会、名門潰しの略です。

 …………。

 しばらく待ってみたが次の言葉がやってこない。もしかして説明終了なのかな?
「それだけ?」
「ええ」
 あっけらからんと答えられた。
「じゃあ、CECDCとは具体的に何をやるの?」
「そうですね…。Aでは暗殺、IではPW解析など、それからMではマシン、まぁコンピューターとか制御装置とかをハッキングしたりクラッキングしたり、そんな感じです。それからSがスパイ。進入操作、ですかね。それからHが癒し、です。傷を治したり病気を治癒したり。それぞれの頭文字の部署でやることは変わります」
 なるほど。……ん? 犯罪組織撲滅委員会、名門潰し…、名門!?
「もしかして名門潰しって、あの二校を潰すのが目的?」
「ええ、そうですよ」

 僕が卒業したあの中学校について、少し語ってみよう。いけ好かない先生やら偉そうな先輩、そして何かかんかおかしかった同級生、そして桃色、アサキ。全てを語れといわれて即興にぱっぱと語れないくらいの素晴らしい頭脳は持っていない僕だから上手くはいえないが、嫌いだったな。面白くなかった。
 桐朋中学校。小学校と中学校が同じ敷地内にある。一応学校として存在しているくらいなのだから勉強はもちろんしている。…軽くだが。
 授業の殆どは実践訓練が多い。戦闘能力を高めるための学校だろう。まさしく。しかしその実態を知る親は殆どいない。完全寮制のこの学校で全てを秘密裏に勧めていくことなど至って簡単。そして中学校の卒業間際。ここであったことの一切を外に洩らさない、という誓いを立てさせられる。僕も然り、だ。その誓いを破ることなどお茶の子歳々だが後々が怖い。あの学校は集団組織であるわけであり、またの名を暗殺学校、と呼ばれている。桐朋中の生徒は教師に従順である。実際、教師と生徒ではかなり力量が違う。教師ももちろん桐朋中のOB、OGである。そこで受けた訓練について詳しくは語れないが、それぞれにあった武器を探し、それをプロのエキスパートと呼べるまで訓練していく。鈴はそれがチェーンだった。アサキはナイフ。そして僕は……
「孝、君?」
 不審な目で僕の目を覗く。
 僕はどれだけ長い間余計なことを考え込んできたんだろう。あからさまな不審な眼差しから考えるにかなりの時間だったのだろう。
「あぁ、ゴメン。なんでも無いんだ」
 確かになんでもない。ただの独り言、ただの独白だ。
「ところでそのサバイバルバトルって一体な」




「ただいま到着―――っっ。流石にとおるちゃんは一人じゃ無理なのーーーっ」




 やったら高い良く知る声。今の台詞から考えるに竜、という人を拉致って着たらしい。多分僕と似たような手法でだろう。……抱きついては居ないはずだ。
「たかしちゃんたかしちゃん、手伝って手伝って」
 繰り返しに繰り返し。言われる間も無く僕は手伝う。玄関に青年…、否、少年が倒れていた。僕よりもちょっと上だろう。
「…お前、担げるだろ」
「抱っこだったりおんぶだったりしたら簡単だろうけどけどー、抱っこは抱きつき、おんぶは抱きつかれ。たかしちゃんが怒るじゃーーん」
 確かにそれは怒るかもしれない。なら仕方が無い。僕が少年の足を持って部屋の中に連れ込む。そして僕が寝ていた部分に寝かせる。……ちょっと起きてきたときの表情が楽しみだ。僕も性格悪くなったのかな。
「ふふふ、まさか涙ちゃんとたかしちゃんでちゅーとかしてないよね?」
 するかよ。
「えへ、ごめんなさいね、鈴ちゃん」
 えと、待て。
「エーーーーーっっ!! るいっち、るいっち、あたしちゃんにもちゅーしてなの、ちゅーしてっっ」
 何故だ。
「あたしちゃんだってたかしちゃんとちゅーしたいけどちゅーしたいって言ったら怒るからなのっ。だから間接チュー」
 心読まれた。…その前に辞めてくれ。
「いいですよ」
 良くねーよ。
「ホントッ!? んーーーー」
 目を瞑って唇差出やがった。僕の目の前で桃色の唇なんて奪わせない。…たとえ相手が女の子でも。
「鈴ちゃん、冗談ですよ」
 腰を浮かして鈴を救おうとしたところで笑いながら制止の声。
「ふふふ、よかったー。あたしちゃん以外とちゅーとかしちゃだめなんだからねー」
 にっこりにこにこ極上の笑み。天使のようだ。……桃色が倒した死体のような竜、だかという人が居なければ。
「に、し・て・もっ」
 てってとてってとと竜、だかという人の頭の上に立つ。

「おーーーきーーーろーーーーーっっっっ」

 何故。何故今こんなに巨大な声を出されなければいけないのか。っていうか桃色の何処にこんな声がだせるんだろう。考えさせられるよ。まぁ、ここはどこなのかもさっぱりだけど防音効果くらいはあるんだろうな。……まさかお隣が怒ってやってきたりはしないだろう。僕のアパートのようには。鈴は涙ちゃんと一生懸命竜、だかという人を起こそうとしている。それを横目に見ていると


コンコン


 まさか…………、苦情?
 僕が玄関に近づいていくとき、鈴の呟きが聞こえた。
「あさぴょんかなぁ…」
 鈴のトーンが下がった。鈴の勘は当たる。それは正しいのだろう。
 僕がマンションの玄関らしき扉を開けると、そこには異常遺伝子の少女、浅葵ことアサキがいた。
「よう」
 声のトーンは低いテンションの鈴よか低い。
「ここで、いいんでしょ」
 疑問、というより確認。僕はとりあえず頷く。仲が悪いわけでは無いけど素晴らしく良いってわけでは全く無い。
「周防、あたしん部屋、何処」
 あまり機嫌のよろしくなさそうな声でちょっと低めの鈴に聞く。
「あさぴょんの部屋はこの隣の部屋―。『浅葵』って書いてるからわかるよ」
「ども」
 そういってさっさと荷物を置きに言ってしまった。

「今のがあさぴょん? かーえーじゃん」

 聞きなれない、アサキよりもまだ低い、というか男性の声が聞こえた。僕の声じゃない。…ということは竜、だかって人か。
「お、君がたかしちゃんか。呼びづらいな」
 それもそうだ。
「たーくん、でどうだ?」
「拒否」
「……じゃたっちゃん」
「無理」
「たかっち」
「不可」
「じゃあたー兄」
 …無言で否定してみた。
「お、良いのか。じゃあたー兄な」
 …………肯定の意味に取られてしまった。ま、いっか。
「じゃあ僕は君の事をなんて呼べばいいのかな?」
「あ、僕はとーちゃんで」
「嫌」
「…竜で」
「竜か、良い名だね。そう呼ばせてもらうよ。…一応聞くけど同じ年で清祥卒業だよ、ね?」
「あ、何だ知ってんのか。そうだよ。…ただ俺はたー兄よか二つ下。…つまりまだ中二。清祥学園在学中」
 ………すげぇ。中学生がここには居る。犯罪、では無いはずだ。
「ふふふ、とおるちゃんともるいっちともあさぴょんともあたしちゃんとも皆と仲良いんだね、たかしちゃんはっっ」
 あ、テンションが元に戻ってる。
「じゃあ、一応居間に集まって、作戦会議―――!!」
「はいっ」
「作戦会議って何だよ、つーかここ何処?」
「僕も良くわからないんだけど、説明してくれる?」
 僕と竜がわけわかんない顔でいると鈴は「ふふふ」と笑いながら言った。

「ふふふ、面倒だから会議中に暇があったらねー」

 さて、僕と竜は説明してもらえるのか。乞うご期待! …なんて雰囲気じゃねーだろ。


















 俺が黒? …まぁ黒は好きだけど。


















「たー兄たー兄」
やっぱり僕より少し上に見える二歳下の少年が声を掛ける。…まず僕より年上っぽいというのは身長とファンションだ。…黒装束とは聞いていたがこんなにスタイリッシュな黒装束は黒装束と呼んでいいのだろうか。ピッタリとした感じの黒い皮のズボン、そしてハイネックなトレーナー。そして軽く羽織っている短めのジャケット。…カッコいい。髪も僕みたくただ切っただけ、というよりはう腰眺めで前髪が目にかかる。そして少しだけ立たせるようにしているカッコ良い髪形だ。僕には出来そうもないけど。
「…たー兄?」
 返事もせずに考え込んでしまった。いけないいけない。
「何?」
「俺さぁ、何も出来ないんだけど」
 ……えと? 何が出来ないんだろう。
「俺さぁ、清祥中の二年じゃん。実践訓練うけんの、今年からなんだよねー。つまり俺は何の役にも立たないってコト。で、俺は何すりゃ良い?」
 何故それを僕に聞くのか。作戦係はアサキのはずだ。僕じゃない。しかも先ほど何も出来ないと言われてキレてたのは誰だろう。
「アサキに聞いてくれよ。僕は作戦担当じゃない」
「あーちゃんこえーんだもん。すーとかは何考えてるかよくわかんねーし。るーはるーで敬語で『はいー、そちらの方はアサキさんにでも聞いてくださいね』とか超笑顔で言うんだぞ? …たー兄しか相談できる相手がいないじゃねーか。」
 あぁ、そういうこと。しかも竜、地味に声真似が上手い。
「小学校の頃の専門は?」
「吹き矢と針」
「たとえば?」
「ツボっつーのかなぁ。急所を狙って針とか吹き矢を撃つ。それくらいしかできねーよ。他の技は本当にこれから」
 二年、か。僕とは逆だ。小学校時代に全ての実戦経験は終え、中学校から知識だった。やっぱり知識が優先か、実践が優先か、学校によってかなり違うのだろう。
「遠距離タイプ、だね」
「俺?」
「うん」
 ちょっと考えてる。後ろでこそこそやるよりは前線で戦いたいのだろう。
 ところでどうしてこんなことを僕と竜で話しているのかというと、話は少し遡る。ここに鈴や涙ちゃん、そしてアサキがいない原因もそこにあるのだから。








「あたしちゃん達はね、CECDCの試験にうけるのですよーっ」
 広い居間にあった大きめのちゃぶ台くらいの高さの机を囲んだ作戦会議は、鈴のそんな一言から始まった。僕の右隣が桃色。反対に緑。緑の左に青。桃色の右に黒。五色が向かい合って話し合っている。
「CECDC!? んな俺無理だよ! 在学中だぜ? 今」
「とおるちゃんの事も何とかするから任せときなさい☆」
 ズビッと親指を立ててウィンク。僕から見たら可愛らしい表情だけど竜の気持ちもわかる。任せておけないだろう。
「鈴さん……、って呼びづらいな、すーでいい?」
「良かったり良かったり」
 一回で良い。
「じゃあすー、どんな試験なんだ?」
「それは私が」
 そういう説明関係は涙ちゃんが担当するらしい。
「簡単簡潔に言ってしまうとただの『戦闘』ですね。情報を駆使し、作戦を多様し、武器を操って敵を倒す。それだけの話です」
「ふーん」
 竜は納得したらしい。…僕は納得しないけど。
「鈴、ちょっと良い?」
「何何? たかしちゃん」
「何処でやるの?」
「外だと思うよ」
 そりゃそうだろう。
「詳しい場所で言うと、北海道の山地です。中央にある石狩山地。その広い空間が私たちの戦いの場面です。もちろん石狩山地の中でもかなり範囲は絞られています。十勝岳、という山の山域のみ、となっております。流石に東京の大都会で大っぴらに出来るものではありませんので」
「…北海道かぁ、旨い牛乳飲めるな」
 そういう問題かよ。
「ねぇ、そこであたしはどんなことすればいいわけ」
「アサキさんは作戦立て、それから前衛でのナイフ。それから私の治癒の補佐をしていただきます」
「理に敵ってるね。で、周防。あんたはどんなことが出来るの」
 抑揚がかなり少ない言葉使い。特に機嫌が悪いわけではない。いつもこんな感じだ。
「あたしちゃんはチェーンとナックルしかできないよ。あたしちゃんは前衛でチェーンを利用した攻撃と、素手での打撃しか不可能なのー」
 アサキが納得したように自分用のパソコンにデータを打ち込んでいく。かなり速い。
「たかしは分かる。中陣トラップ補佐」
 僕はゆっくり頷く。確かに僕のできる最大のことだ。
「それから、涙禾は情報操作と武器作成、同じくして癒し。ってところか」
「ええ、その通りです」
 にっこりと頷く。
「そっちのガキは、見た目からして足手まとい」
「なんだと!?」
 竜には言うことが無いらしい。もともとアサキは呂律の回る毒舌饒舌の嵐を持った美少女だ。それと同時に竜はかなりの口下手らしい。それでいて気性が荒い。クレイバーには扱いやすいタイプだろう。
「俺だって出来る!」
「へぇ、そう」
「………これでも清祥の学生だぞ」
「あたしは桐朋のOG。文句ある?」
 竜は何もいえなくなった。
「あんたにも役割は作っといてあげるからあたしに任せといて」
 一時静まる。確かにそれだけ切れ味のある言葉でザクリザクリと竜の心を傷つけたらいくら竜といえども喋らなくなるだろう。
「と、とにかくですね、わからないことは聞いてください」
 沈黙を破ったのは涙ちゃんだった。こういう険悪なムードは嫌いらしい。
「僕、全てが良くわからない」
 とりあえず素直に言ってみた。
「だろうねだろうね、あたしちゃんよりも全然、本当に全然裏の世界に精通してないんだもん。桐朋卒業生のくせにー。確実に闇の世界に行く気ナッシングもナッシングだよねっ。何もなしっ☆」
 「ふふふ」と含み笑いで微笑む。…はっきり言って僕のことをけなしているようにしか感じられない。
「で、たかしちゃんのわからないことって何なの? 多分あたしちゃん答えられるよー」
 桃色がちょっと移動して僕の背中によしかかる。髪の毛が頬に触れてくすぐったい。まぁいっか。
「まず1つ目は鈴。なんで就職決まっているのにも関わらず裏の世界に行こうとするんだ? 僕はお前に何処までも着いていくって行っただろ。お前が堕ちるなら俺も堕ちるけどお前がわけも無く裏に行こうとするのは僕が止めなきゃいけない」
「ふふふ、そんなこと気にしてたの? たかしちゃん。あたしちゃんはね、たかしちゃんと一緒に裏に行きたいんだよ。でもたかしちゃん、あんまり裏の世界好きじゃないでしょ。だからあたしちゃん本当は一人でその就職先に決めようと思ってたんだけど、やっぱりあたしちゃん一人じゃ嫌だったから、皆と、そしてたかしちゃんと一緒に行きたかったの。……裏の方へ」
 なるほど。お前は裏と表、表を選んだけどやっぱり闇に行きたかったのか。…そりゃあ、あれだけの才能を褒められ続け、洗脳され続けた鈴が表の世界に行くとは考えづらい。…僕の考えミスだったか。僕は鈴のやりたいようにやらせたい。それが僕の意思。……もちろん僕の目が届く範囲で。
「他には無いの?」
「あるよ」
 即答だった。こんな一つどころじゃない。もっと、もっとたくさんある。
「どうしてこの五人を選んだんだ? …わざわざ清祥の在学生なんか呼ばなくてもお前の仲良くて腕のいい友達がいるよな? ……それに、鈴とそう仲良いわけじゃないアサキまで」
「たしちゃんは、このメンバーが史上最強になると思わない??」
 それが答えらしい。他は何も言わずに笑っている。
「最強かもしれない。…でもわざわざそんな名門殺し、なんて呼ばれてるところに、その名門の学生なんか呼ばなくても」
「そこの学生が居なきゃダメだったんだよ。あたしちゃんだってそんな素晴らしく情報に富んでるわけじゃないもん。その学校に関する最新情報が欲しかったんだよ。…あさぴょんはこの世界に住んでる高校生の中で最高の知性と戦闘能力、運動神経がズバ抜けていると思ったのー。たかしちゃんと幸せに過ごすためなら私情なんかはさんじゃダメだんだとおもうんだねっ」
 そうあもしれない。僕と鈴、そして親友らしい涙ちゃんは抜きにしても残りの二人は「情報源」と「勝つため」の人。そう、鈴にとって僕以外は「それだけ」の人。……涙ちゃんもそれを和歌って付き合っているのかもしれない。
「他は他は?」
「一番聞きたいこと、CECDCはどんな仕事をするところ?」
「それはさっき、私が説明したと思うのですけど」
 控えめに涙ちゃんの声が入る。
「あ、いやそれじゃなくて『名門潰し』について聞きたい」
「ふふふ、いーよ、あたしちゃんが」
「あたしが説明する」
 鈴の言葉を遮ったのはアサキだった。
「周防、あんたの話は回りくどい。こういう単純そうで複雑な奴にははっきりさっぱりした回答を与えなきゃだめなんだよ」
 ……与えなきゃ、って、単純そうで複雑な、って、酷くないですか? アサキさん。
「あたしちゃんがたかしちゃんには説明するの!」
 キッとした目でアサキを見るがアサキは冷たい目で鈴を見る。少し構える鈴に目をあわせずにその前にいる僕と目を合わせる。
「名門潰し。これは至って簡単。ただあの学校を無くそうとしているだけだよ」
 簡単すぎてよくわからない。
「もう少し説明すると、名門学校の組織を潰そうとしているんだよ。あの組織は警察の裏に回ることすらある。一般には広まっていないけどあの学校の存在は公然の秘密。政治家も、警察も、何かあって手詰まりになると決まって『桐朋』やら『清祥』に依頼してくる。……つまり、悪いことしてる奴らにとってはその存在が『邪魔』ってこと。わかった?」
 良く分かった。……で、そんな組織にその『桐朋』やら『清祥』卒のまだまだガキな奴らが入れるのか。
「入れるよっ、もちろん」
 言葉に出していなかったのに。いや、出てたのかな?
「組織に加入しなきゃあたしちゃんとかたかしちゃんとかは凄い戦力になるんだよ。ただでさえあんな辺鄙な場所に合格できるような頭脳と戦闘能力を誇っている子どもたちだよ。しかもその中からその組織に入れる子を決めるんだから、その前でそっちのグループに引き込んでおけば組織の戦力不足。それと同時に組織に攻め込んでいける、っていう寸法なんだね」
 納得。つまりそこに鈴は行きたいわけだ。
「そこに入るのって、大変なの?」
「うん、大変だよー。だってだって、サバイバルバトルで勝ち残らなきゃダメなんだもんっ。組織を潰すためには、その組織に『入れなかった』子じゃなくて、その組織に『優遇される子』が必要なんだよ。だからそこで勝ち残れないような子は必要ない、ってわけなんだよね」
 かなりなるほどだ。それほどでもなきゃあの名門学校はつぶれない、と言う感じだ。
「たー兄」
「ん?」
「どうでも良いけどまだ中学生の俺より知識が無いってのはヤバいんじゃないか?」
 言われてしまった。
「たかしちゃんは仕方無いもーん。だってまずそっちの裏世界に興味が無かったんだよ。ずっと僕と一緒に表に行けるように退学届けを何回も出したくらいだよ」
 そうなのだ。僕は意外と学校に目をつけられていた。鈴とともにだが。鈴とのチームなら何でも出来ただろう。…鈴とセットでなくても僕の補佐能力はどんなチームにでも使える能力だったことは、自他共に認める事実だ。鈴は僕がいなきゃ修行さえやらないとごねったぐらいだか。……まぁそれは僕の能力ではなく僕の人柄、に関するほうだが。だから僕は鈴が表に世界に戻ると決めた時、ほとんど引っ張り込まれていた闇から必死に抜けてきたのだ。退学届けだけは受理されなかったが、高校も普通の公立に行くことが出来た。
「ほぇー。あんな良い学校、辞めようとしてたんだー、たー兄」
 良い学校なのかな。僕にはよくわからないけど。
「まぁ、僕からの質問はこれくらい。結構納得した部分が多かったよ」
「ふふふ、たかしちゃんの役に立てたー☆」
 なにやら嬉しそうにニコニコ笑っている。
 すると今度はアサキが立ち上がりPCに何かのデータを打ち込みながら話を始めた。

「じゃ、あたしは部屋に戻って計画、立ててても良いでしょ。…周防。手伝いお願いできる。それから涙禾は武具作成を今からヨロシク。できれば軽くて薄くて切れ味の良いナイフ一本と長めで腰から抜くタイプの短剣が一本。それから小さな投げナイフが欲しい」
「お手伝いー? 嫌じゃないよー。 あ、あ、あ、あ、あたしちゃんも欲しいなっっ、えとね、えとね、凄く長め、って言ってもそうだね、3m27cmがベストかな?? の出来れば黒のチェーン。それからそれから、今度は1m満たないくらいの、82cmが良いんだっっ、チェーンっ☆ それから、素手にはめる皮製のグローブ。甲に鉄を仕込めるのがベストなのですっ」
「俺も俺も。なるべく鋭い針、10cmのを120本。それから20cmを50。それから毒の調合が出来るならそれも2缶くらい」
「毒の調合は僕が。それからお願いしたいのは金属製の籠を5。ガスはあるから、後は護身用の銃を3丁とスタンガン2くらい。あ、銃弾はいらないよ。僕もそれくらいならオリジナルできるし」
「じゃあ薬剤系は全てたかしに任せればいいな。一応ここに必要な薬剤をリストアップしたやつ、印刷しとくから後で取りに来て。涙禾のは今渡す」
「わかりました、じゃあ今から浅葵さんの部屋にいけばいいんですね」
「うん、じゃ、あたしと鈴と涙禾は失礼させてもらうよ。薬剤系の取得は竜に任せる。調合はたかし。以上、終了」

 手っ取り早くちゃっちゃかと指示を送るとアサキは部屋に戻っていく。
「待ってよー」
 急いで鈴もアサキの後についていく。涙ちゃんもペコリと僕と竜に頭を下げてアサキの部屋に向かった。






 そして話は戻って僕と竜で会話をしていたということなのだ。
「にしてもたー兄」
「何?」
「薬剤なんてどうやって手に入れるんだよ」
「あぁ、インターネットだよ。今時ならなんでも手に入る。ただ、今更手に入れる意味もないけど」
 僕がそういって立ち上がると竜も立ち上がって着いてきた。
「は? どういう意味だよ」
 僕は自分の荷物を一旦置いた部屋に行く。多分ここが僕の部屋になるのだろう。家具、買い揃えなくちゃな。
「殆ど持ってるよ。それくらいの材料なら」
 軽く竜に説明しつつ、黒いかばんを開く。……鈴がわざわざ持ってきたんだろう。僕の道具たちを。危ないから触るな、って言ってあるんだけどな。
「これ、マジかよ………」
 竜が絶句した。

 これが、僕の秘密道具たちだ。
2005-05-02 15:06:55公開 / 作者:風時
■この作品の著作権は風時さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
今回は会話のリズムを消さないように。会話に内容を。
という感じです。
結構旨く書けたかなぁ?と思ってます。
アドバイス、感想、辛口、全て宜しくお願いしますっ

>甘木様
鈴のキャラが強すぎる…。確かにです。
しかし今回の章からそれぞれのキャラに関する章に入って行く予定なので、
少しずつ他のキャラが強くなるかな?と、思いつつ書いてみました。
アドバイス、有難う御座いますっ

>京雅様
唐突さ、ですか。
一度自分の作品だと思わずに読んで見ました。
なんとなく雑な感じと荒い感じが目立つなぁ、世界感が無いなぁ、と思い直しました。
次章からは丁寧に、かつ分かりやすく書くことに徹します。
アドバイス、有難う御座います!

>clown-crown様
書き方が、似すぎているでしょうか?(笑
かなり読み込んでいるので最近書くものが全てこうなってしまいます。
しかし仰るとおり、借り物感は書いているときからとても私自身感じていました。
もっと噛み砕いて、もっと自分のものに、自分らしさを出せるように頑張ります。
アドバイス、有難う御座いましたっ!
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