『おちる日々』作者：片瀬 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約5.69枚
　少しだけ、苦しいにおいがした。胸いっぱいに吸い込むと、むせてしまうようなにおい。冬のにおいは、いつも苦しい。一生懸命なにおいがする。
　いつものあぜ道を自転車で走ると、新しく生えてきた草と、霜がおりて枯れかかっている草をつぶしてしゃりしゃりと音を立てた。
　あぜ道を抜ければ、すぐに潮のにおいに変わる。
　
　
　海。広くて、自分たちには何も出来ないことをいやというほど教えてくれる場所。それゆえ潔くて、千紗子は中々気に入っている。でも砂浜はきらいだ。だって足の指のあいだに砂が入るから。
　小さいころ、海のむこうはすぐ手に届くぐらいに近いものだと思っていた。絶対に、水平線にたどり着くことはできるのだと。港には小さな漁船が群れをなしている。あんな漁船で、水平線までどうして届こう。
　
　
　先に由を好きになったのは、佳代だった。何かあるごとに由のほうをみる佳代は、とても可愛らしい。由に笑いかけられると頬を染めてみたり、うん？と首をかしげたりするしぐさは、同性の千紗子が見ても文句なしに可愛いくらいなのだ。
　

　でも、私はどうだろう。千紗子はうなる。少し浅黒い肌で、鼻はちょっと上を向いていて、目はただくりっとしているだけで、ちっとも可愛くない。髪の毛も佳代ちゃんみたいにさらさらじゃ――しかもかたくて直毛で少しもまとまらない――ない。でも、千紗子も由を好きになってしまった。それは致し方がないと思う。
　

　恋とはおかしなものだ。すれ違いが重なって、それは偶然となり、必然となる。しかし、必然なしに偶然はなりたつはずもなく、運命という壁が立ちはだかっている。
　運命(そう聴くと、ベートーヴェンを思い出すのは私だけなのだろうか)（だだだだーんっ、だだだだーんっ、と頭の中で習ったばかりの交響曲五番が流れる）。言葉にするだけでもむずがゆく、くつくつと笑い出したくなる。ばかみたい。でも、ちょっとだけ信じてあげることにした。目の前に由が現れたから。
　

　佳代ちゃん、由くんにふられたんだってえ、と目をまんまるくした友達が千紗子の前に来たのは、つい先月のことだった。二人は『抜け駆け禁止』協定を組んでいたというのに、卒業が押し迫っていて焦っているのか、佳代は勝手に告白してしまったのだ。信じていたのは自分だけだったのだ。
　告白！千紗子にとってそれはとても恥ずかしい響きなのだった。その告白を、軽々とやってのけたのが由だ。二月のとても寒い日――記憶が正しければ、その日の晩ご飯はお父さんの好きなかき鍋だったはずだ――に、彼は確かになんでもない顔で言ったのだ。チサが好きかも。片仮名的な、硬い響き。チサ。名前を呼ばれるだけでむずがゆくなってしまう。


「来ると思った」
「俺も」
　にいっと白い歯を出して笑う。そこが千紗子は好きだ。ちょっととがった八重歯も、ぎざぎざした奥歯も。ついでに言ってしまうと、ハスキーな声も。


「後ろ乗れば」
　ほら、と由が後輪を突き出す。千紗子は困ったように肩をすくめ、重いよ、と笑った。いいから、と無理に乗せて、ペダルをこぐ。ゆるゆると、景色が移り変わっていく。
　海沿いを走る。もっとも、ずうっと整備されていないでこぼこ道なので、二人でおしりが痛いだの、頭痛がするだの、色々喚きながら走った。毎日こんな道を走ったら、ぢになっちゃうよねえ。
　

　あの可愛い佳代が、目をつりあげて千紗子を睨んだのは、卒業式の予行演習の前の日だった。先生に言いつけられた、学級掲示の撤去を地味に行っていると、後ろのほうであの可愛らしい(でも密かに、千紗子は甘ったるい声だとも思っていた)声が、聞こえたのだ。ちさちゃん、あのね。振り返ると、いつもの佳代の顔ではなかった。あの、うん？と首をかしげる女の子ではなかった。怖い、少しくるってしまった女の顔だった。それ以来、佳代とは口を利いていない。
　

　そっと、どちらも気づかぬうちに、自然な流れでお腹に腕をまわした。まるで由のお腹は千紗子の腕を待っていたかのようになじんだ。まるで何年も前からこうして走っているようだった。二人とも何も言わなかった。背中に鼻をくっつけると、少しだけ由の家のにおいがした。まったく苦しくないにおい。一度だけ、お邪魔したことがある。玄関にはお母さんが生けた花と、家族の集合写真――お父さん、お母さん、お兄ちゃん、由、ワイヤーホクステリアのプー助(いつ聴いてもなんともまぬけな名前だと思う)が並んで座っている――が立てかけてある。やはり、その写真の由も、八重歯を出して笑っている。
　海岸のはしっこのほうへ行くと、この地域一帯を見渡せるようになっている。丘は目の前だ。田んぼと、木と、家と、海と、自分たち。それしかなかった。何て小さい町なのだろう、とびっくりした。目のはしからはしへと移り変わっていく景色に思う。いつ、ここから逃げられるのだろう。やりきれない思いになって、少しだけ腕の力を強めた。


「卒業だね」
　自覚はなかったが、いつもより遠くで聴こえた自分の声は、涙声だった。由は何も言わない。


「逃げられたらいいのにね」
　なぜだか、一緒に、とは言えなかった。まだ、丘のてっぺんは見えない。ゆるやかな坂は、だらだらとどこまでも続いているような気がした。由の顔をみると、向かい風を受けて、少し鼻が赤くなっていた。草と潮の入り混じったにおいがした。
2005-03-12 08:08:13公開 / 作者：片瀬
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■作者からのメッセージ
初めまして、片瀬と申します。
初めて小説らしきものを書きました。
小説と呼べる代物ではないですが、ご指摘・ご感想をお待ちしております。
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして、オレンジと申します。読ませていただきました。読みやすかったです。ただ、題名の「おちる日々」が一体何処からきた物なのか解りませんでした。なので、主題があちこちへと飛んでる印象を受けました。卒業がテーマなのか、由との恋愛がテーマなのか、恋とは何ぞやという事か、縛られた自分達の解放なのか、友情と愛情についてなのか、どれも少しづつ引き合いに出されていますが、それぞれがこの話のテーマでない様な感じです。何となく焦点がぼやけて見えてしまいました。次回作も頑張ってください。失礼しました。
2005-03-11 17:33:37【☆☆☆☆☆】オレンジ
うーん……？と言う感じです。ていうかお初です。貴志川です。まあ、それはいいです。感想は「うんうんうん……あ、終わった」って感じで、いきなりぶった切られたような印象を受けました。結局、この話で何を伝えたかったのか、どう思って欲しかったのかがあまり読者側に伝わってこないと思います。改行が少なすぎて、「おお、いつの間にか話し変わってる！？」ってのも……多すぎるよりはよっぽどマシですけどね（笑　文に伝えたいことがたくさんあるのはわかりますが、もう少し改行とかあってもよかったかな〜と。でもSSでの改行ってなやみどころですもんね、俺も長々と続けることが多々ありますので（苦笑　
でも文章は非常に上手く書かれていると思います。一つ文に関しては非常に良いイメージを受けました。文章の構成が上手くなればとてもいい感じになると思います。次回作期待します。
2005-03-11 19:03:10【☆☆☆☆☆】貴志川
オレンジさまへ
ご指摘、ありがとうございます。
読みやすかった、と言って頂けて嬉しいです。
題名は、その場でつけたものだったので、的外れだったかもしれません……！
これからは、じっくり練ります。
今、自分で何度か読み直したのですが、確かに焦点がぼやけているなあ、と感じました。今度は、ポイントをしぼって、細かく描写していけたら、と思います。
次回も頑張ります。よろしければ、次回作もご覧いただけると嬉しいです。
2005-03-11 19:26:50【☆☆☆☆☆】片瀬
貴志川さまへ
ご指摘、ありがとうございます。
とてもありがたく拝見しました。
やはり焦点がぼやけてしまったみたいで……(汗)。
自分でも、どうにか長くしようと色々詰め込みすぎたような気がします。
これからは、テーマを絞ってみます。
改行については、私も悩んだので(汗汗)……。
もう少しすっきりとしたレイアウトを目指します。
これからは、文章の構成をよく練って書く事を心がけます。
アドバイス、本当にありがとうございます。
また書く気になりました！また講評をいただけると嬉しいです。
2005-03-11 19:30:54【☆☆☆☆☆】片瀬
拝読させていただきました。とりあえず、これは余韻を楽しむタイプの小説ですね。恋愛小説といううよりは、もう義務教育をとっくに終了した自分にとっては、青春のほろ苦い切なさを描いたトータルな小説だったように思えました。
なので、ただ恋愛というう焦点に絞ることをしなければ、これはこれで巧く成立していると思います。ただ、如何せん短すぎます（爆。もう少し、主人公達の置かれている状況と、内面を押し下げれば、もっと共感できた事でしょう、と。改行については、自分はこんなもんでいいと思うんですが、どうなんでしょうか。まあ、如何せんインターネット小説が横書きであるが故の難しいところですね。小説として書くか、インターネット小説として書くか、と。それでは。
2005-03-11 21:24:59【★★★★☆】ささら
初めまして、読ませていただきました。厳しい意見になってしまいますが、ご容赦を。まず、主題がわかりませんでした。何か一つにテーマを絞って書いたほうがいいかと思います。それから、文章中で一人称、と三人称がバラバラに使われているので、正直読みにくかったです。「あの可愛い佳代が」「いつもの佳代ちゃんの顔ではなかった」など、ちゃん付けしたりしなかったり等。また、「その重さが、妙に心地よいのだった。後ろに好きな人がいる重さ。命の重さ。」ここは千沙子視点ではなかったのも、気になりました。(唐突でしたので)。ラストの「逃げられたら〜」は、何から逃げられたらという意図なのか。すいません、わからなかったです。
長く辛口なことを書いてしまい、ご気分を害されたなら謝ります。次回からは甘口でいきますので。他の皆様方が読みにくいとは言っておらず、(読みやすいとも言っておられる)ので影舞踊の個人的な読解力の問題かもしれません。もう少しボリュームを持たせて、詳しく恋愛模様を描いていけばラストは綺麗にまとまっていたと思います。片瀬様の次回作も期待しておりますので。(駆け出しの言うことです。本当にご気分を害されたなら、深く謝罪いたします。
2005-03-11 21:50:37【☆☆☆☆☆】影舞踊
ささらさまへ
ご指摘ありがとうございます。
そもそも恋愛小説ではなかったのかもしれません……(汗)(部類わけが下手ですみません)
青春小説としては成り立つ…ということで
やはり、ジャンルを選ぶということも大切なのですね。
描写不足で感情移入しにくい点は、私の力不足です。
もう少し、自分の作品を冷静になって読んでみようと思います。
そして、改行の点は、自分がネット小説を書きたいのか、小説を書きたいのかをはっきりさせて書きたいと思います。
ためになるご指摘、ありがとうございました。
今後、ご指摘いただいた点に気をつけて、創作に励みたいと思います。
次回作もご覧いただけると嬉しいです。
2005-03-11 22:24:12【☆☆☆☆☆】片瀬
影舞踊さまへ
ご指摘、しかと拝読させていただきました。
いえ、厳しいご指摘でも、いただけるなら嬉しいです。ありがとうございます。
(気分を害するだなんてことは……！)(その前に、私の作品を最後までご覧下さってありがとうございます)
はい。主題は、やはり他の方からもご指摘をいただきました。
トータルな青春小説として書くか、ちゃんと主題を絞って書くか。
それをきちんと決めずに書き散らかしてしまったのがいけなかったと思います。
今からでも書き直したいです……！
(皆様からご指摘を頂いて、やっと見えてきたこともあります)
一人称・三人称の使い分けもまだまだ訓練が必要でした。
「その重さがー」は、今読んでいて私も気づきました。
ああ、よっぽど自分の文章に酔っていた(というか完成したことに興奮していた)のかもしれません。恥じ入るばかりです。
「逃げられたらー」も、今思えば説明・描写不足だったな、と。
こんな日常から逃げ出したい！という意味だったのですが、今ご指摘いただいた部分を読み返すと、日本人的思考(一から十を読み取る)で書いていたように思います。次回の課題点にします。
ボリューム、そして一人称・三人称の使い分け、描写不足は次回作まで、改善できるよう精進いたします。
そ、そんな謝罪だ何て……！
お気になさらないで下さい、とても参考になりました！
次回作もご覧いただけると嬉しいです。
2005-03-11 22:35:03【☆☆☆☆☆】片瀬
初めまして甘木と言います。読んだ印象は「後を引くが残る話しだなぁ」です。いいウイスキーを飲んだ後のようにフレーバーが続く、その部分は気持ちが良い。でも実は読んでいながらテーマが分からないままでした。短い話しに山盛りのテーマで、私にはどれが片瀬さんが一番言いたいことなのかつかみかねました。テーマを絞って書かれた方が（もう少し描写も増やして）綺麗な話しになるのではないでしょうか。勝手なことばかり書いてしまいすみません。次回作も期待しています。
2005-03-11 23:00:22【☆☆☆☆☆】甘木
初めまして、トロヒモです！自分はこの話しを読んでみて、片瀬さんが何を言いたいか…より、この作品を書きたかった気持ちが伝わったような気がします。きっと、テーマがまとまらなかったのは、書きたい気持ちをただたんに、このパソコンにうっていたのかなぁ、と思いながら読んでました。次作も片瀬さんの良い所をふんだんに使ったすばらしい作品を期待しています。
2005-03-11 23:23:39【☆☆☆☆☆】トロヒモ
甘木さまへ
ご指摘有難うございます。
そんな素敵な比喩を頂いてよろしいんでしょうか……！？
はい。やはり色々話を詰め込みすぎてしまったようです。
何か一つにポイントを絞り、そのことについて、細かく描写する練習をしなければ、と反省しております。
次回作では『成長した』といわれるよう、精いっぱい精進したいと思います。
次回作もご覧いただけると嬉しいです。
2005-03-12 07:58:07【☆☆☆☆☆】片瀬
トロヒモさまへ
ご指摘、ありがとうございます。
確かに、書くときに少し感傷的になってパソコンに向かってしまったような気がします……。
小説は日記ではないですもんね。反省です。
これからは、自分の良いところを生かせるよう(そして悪いところをカバー出来るよう)、文章の構成や描写などに精進したいと思います。
次回作、「成長したね！」って言われるよう頑張ります。
次回作もご覧いただけると嬉しいです。
2005-03-12 08:02:08【☆☆☆☆☆】片瀬
初めまして。読ませていただきました。そこで一つ。ん……？あの一人称と三人称の使い分けの拙さは、片瀬さんの高等表現で青春を描いたのではなかったのか？と。思春期的な混濁したような意識を描写するとこういった混沌とした作品になるのではないか、と勝手ながら曲解させていただきました（汗　でも感想のところを読んでみるとそういうわけじゃなかったんですね。でも僕は僕なりに青春の拙い恋愛を思い浮かべてなかなかいい感じの気分にさせていただきました。一人で酒が飲めるような（おっさん臭っ　片瀬さんの今後に注目させていただきます。それでは。
2005-03-12 12:12:00【★★★★☆】恋羽
計：8点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。