『13』作者:蘇芳 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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先日、十三年の間、家族同然に育った犬が、天寿を全うした。
看取れなかった。
だから死んでしまったという実感が湧かなかった。

俺はそれまで、死という物を間近で感じたことは無かった。
ただの概念として、当然の事のように受け取っていた。
生まれる、そして死ぬ。
何十億年という時間の中で、ただの一度も違えることなく繰り返されてきた自然の淘汰、命のサイクル。
テレビでは殺人、自殺の報道が引っ切り無し。
ドラマを見ればそこには美化された人の死。
ゲームをやれば当然のように死んでいく人、動物、人外の魔物。
人が創った死に囲まれて、実際の死というものに疎くなっていた。

そんな中で、十三年という生まれてから殆どの時間を過ごしてきた犬が、死んだ。
俺にとっての初めての、近しい者との別れ。
別れではない、もう絶対に会えない。
飯時になると唸ったり、学校から帰ってきたら尻尾を振って迎えてくれたり、他の奴らに取られまいと両前足でジャーキーを掴んで食う仕草も。
絶対に見れない。
 最期は眠るようだったと、預けていた獣医に聞いた。
酸素で満たしたテントの中で、呼吸を乱すことも無く、伏せの体勢でゆっくりと目を閉じて、眠るように逝ってしまった。
そう聞いた。
弟が泣いた。
母親が泣いた。
滅多に泣かない親父が泣いた。
姉貴は…俺達の前では泣かないで、部屋で泣いたみたいだった。
だから俺は泣かなかった。
なに、ただの安いプライドだ。
親父もお袋も姉貴も弟も皆泣いているなら、せめて俺だけでも泣かないでやる。
そんな事を思って、ただ込み上げる物を押さえ込んでいた。
 ただのバカだ。
肩肘張って強がる。
泣くべき時に涙を流さず、さも平静を装っている。
全く持ってガキ。しかも重度のバカ。
自分の事ながら腹が立つ。

翌日、すでに息絶えて冷たくなった『家族』が帰宅した。
僅かに緩んだ口元。僅かに濁った双眸。
そして明らかに、もう生きてはいない、否応なくも感じさせる雰囲気をまとって。
 ああ
 これが死ぬって事なのか
漠然とそう思った。
それでも涙は流れなかった。
ただ腹の底に黒い物が沈んだみたいで。
母親に促されるままに毛布に包まれた冷たい体を抱き上げて。

「あ……」

素っ頓狂な声を上げて。
ただ涙が不節操に流れて、もう動かない『家族』の体に落ちた。


十三年。
俺が16歳、姉貴が18歳、弟が12歳。
『家族』は俺とその兄弟の全部を見てきた。
小学校の入学、そして卒業。
中学校の入学、卒業。
高校入学まで。
終わって家に帰れば白い毛並みの『家族』がいて、尻尾を振って足元まで来た。
俺が学校をサボって家でテレビを見ながら、『家族』の頭を撫でたりもした。
足蹴にした事もあった。
 その十三年。
『家族』は色々な物を見てきた。
 抱き上げたその体は、生前の重みを、すっかりと失くしていた。

―生き物は死ぬと軽くなる。

何かの漫画で読んだ気がする。
嘘だな、そう思っていた。
まさか本当だとは思わなかった。
 抱き上げた体は弛緩していて、首は力なく項垂れて、なによりも軽かった。
抱かれるの下手だったから自然と、抱かない、というルールがあった。
それでも抱き上げることはあった。
その時は重く感じた、否、現に重かった。
でも今は軽い。
何かが抜けてしまったのだろうか。
『家族』は十三年分の重みを解いて逝った。
それを救いというか、無情というか。
 耐えられなくて、弟に『家族』を預けた。
弟も抱いた瞬間に泣き始めた。
親父も、姉貴も。
 ペットの供養をしてくれる寺がある。
その寺に連れていく間、車の中は静かだった。
ただぐじぐじと鼻を啜ったりする音が聞こえる。
寺についてからは線香をあげ、簡単な手続きを済ませて、住職の経を静かに聞いて家路へとついた。
帰りの車の中、『家族』がいない所為か、誰ともなく思い出話を始めた。
あの時はあーだった、こーだった。
覚えてない。
他愛の無い思い出話は、全部が『家族』に関係することだった。
家まであと少しというところでは、また悲しい沈黙が車の中を満たした。

これを読んだ人はまず思うだろう。
小説じゃない、それで? 
 なんて事は無い。
俺はただ自分が悲しくてしょうがないだけだ、この悲しみは誰かにぶつける物ではない。
ただ己の胸に留めておけば、それで良い。
そう、それだけの話。


実際の死を目の当たりにすれば装飾された言葉の無意味を知る。

実際の死を目の当たりにすれば装飾された言葉の救いを知る。

                           Thanks for R.F.
2005-02-06 01:39:20公開 / 作者:蘇芳
■この作品の著作権は蘇芳さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
まず、実話です。
二月三日。十三年間家族と同様に育った犬が他界しました。
脚色は一切していません。

これを読んでくださった方にもペットや肉親をなくした方がいるかもしれません。
そうでない人は、死というものを見返してもらいたい。

最後の2文は、一文目に対してのリアクションです。
無断で引用しましたことを深く陳謝すると同時に、どうかご容赦頂きたい。
この作品に対する感想 - 昇順
蘇芳さんは優しい人なんだろうな、と思います。何にせよ、生き物が死んだときに本気で悲しめる人ってのは、みんないい人だと思ってますんで。 話は変わりますが、俺も二学期の頭ぐらい前に、知人が生を全うしました。その時は空っぽの机の軽さが、哀しくて悲しくてしょうがなく。そして、その重さがとてつもなく重く感じました。その時のこと振り返ると、俺も安っぽいプライド持ってる奴だなぁ、と思います。暑いから(目から)汗がでんだよ、とか意味不明なコトバ言ってたような気がします。所詮、中坊なんだから泣けば良かったのになぁ、と激しく後悔しました。 最後の二文の引用場所が分かりません、よければ教えて下さい。 長くなり、誠に申し訳ございません。
2005-02-06 09:28:11【★★★★☆】むぅ
読ませていただきました。読んでいて実話だという感じがひしひしと伝わってきました。ペットが死ぬ経験はまだありませんが、自分は泣くのかなと考えさせられました(おそらく泣かない気がする こういう場合はやはり泣くのが正しいんでしょうかね? 何が正しいかは日とそれぞれかも知れませんが。最後の2文が強烈に胸に響きました。むぅ様と同じく、引用場所はわからないのですが、よい言葉だと思います。
2005-02-06 11:13:16【☆☆☆☆☆】影舞踊
愚痴同然の文章に感想頂き有難う御座います。最後の二文、引用場所は知人の方からです。それ以上は流石に言えないので、平にご容赦の程を。斯様な駄文に感想頂き、誠に申し訳ない。
2005-02-06 15:27:25【☆☆☆☆☆】蘇芳
お久しぶりです。読ませていただきました。ワタシも去年、小学生の頃からずっと飼っていた猫が亡くなったので、この主人公(蘇芳さん)がとても他人とは思えず、読んでいて痛かったです。その猫は生まれて間もなく捨てられていた野良猫で、それを自分が拾ってきて育てただけに、まさに自分の成長や家族の事を最期まで見届けていたと思えるんです。それを思い出して胸が詰まりました。実話ならではの説得力とでもいいますか、軽々しいコメントは出来ない作品ですね。皆さん同様、ラストの二文はとても印象的でした。
2005-02-06 16:34:10【☆☆☆☆☆】卍丸
リアルとのことですが、しっかり小説風に描写が書かれていると思いました。最後の二文も小説と非常にマッチしてて、印象深い締めになっていたと思います。実話とのことで、お悔やみ申し上げます涙。私の犬も9年目で人間で言えば、還暦を過ぎました。まだまだ元気ですが、若々しさは消えましたね。最近は綱を離してもあんまり駆け回らなくなって・・・。最後まで大事にしてやりたい家族です。まだ間がないので、落ち込んでいる最中だとは思いますが、元気になってくださいね^^では、笑子でした。
2005-02-06 23:47:36【☆☆☆☆☆】笑子
うう、染みます。『別れ』という言葉をあっさり否定するところに、私のようなすれっからしではない、作者様からのストレート・パンチを食らいました。私事ですが、愛犬はほんとに軽くなってしまう。馴れてくれた猫や、祖母や父などは、ずいぶん重たくなったようにも感じました。それらの事をもう『別れ』として納得できてしまう自分が、かえって疎ましくなってしまいます。
2005-02-08 06:14:51【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
自分の中で完結してしまった死を、見ず知らずの他人と共有するのは中々難しくて、無意識に避けてしまいがちなテーマですが。。。最後まで書ききっているところに、蘇芳さんなりの決別に対する強い想いがあったのかなぁ、と思います。この話を読み終わった後、もし自分がこういう立場にたった場合どうなるだろうか、今一度考えさせられました。不器用だけれど確かに伝わってくる。。。それが、読み手それぞれにそれぞれなりの考え方を喚起させてくれる良い作品だと思いました。
2005-02-09 04:08:46【★★★★☆】覆面レスラー
計:8点
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