『白の温度』作者:イオ / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約8.6枚

俺は、雪を知らない。

その感触とか、冷たさとか、見る事すら叶わない。
俺の住んでいる此処には、美しい冬の魔法は届かない。
“白”は、俺の上には降らない。

…遥。

でも、お前が教えてくれた。
お前の手紙は、一生懸命、俺に伝えてくれた。

氷みたいに冷たいんだよ。
見た目より堅いんだ。
積もったら、まるで白い絨毯みたいだよ。

お前が、俺に見せてくれたんだ。



遥とは、数年前に雑誌の募集で知り合った。俺と同い年と云う事と、性別も同じと云う事。そして何よりかなりの豪雪地帯に住んでいると云う事で、選んだ。生まれてこのかた一度も雪を見たことの無い俺にとって、東北地方は憧れの地だった。
遥も、沖縄に住んでいる俺に興味を持ってくれたらしく、直ぐに返事をよこしてくれた。字の綺麗さに驚いた記憶がある。
それから、ずっと文通を続けている。
話題は専ら近況報告と、そして何より雪の事。遥の教えてくれる“雪”は、その度俺の胸をときめかせた。遥からの手紙が、いつも楽しみだった。
いや、“雪”の所為だけじゃ無かった。
遥自身が、凄く優しかったから。
実際逢ったわけじゃない。声を聞いた事も、顔を見た事も無い。でも、遥の手紙からはいつも遥の暖かさが滲み出ていたんだ。
字や、文章の端々から。
春の日差しの様な暖かさが、滲み出ていたんだ。

親友、だった。
手紙のやり取りしかやった事、無いけど。
俺と遥は、確かに“親友”だった。
何でも話せて、何でも分かり合える。
そんなかけがえの無い、存在だった。


そして、それはそんなある日の事。

遥が、持病の療養の為、沖縄に来ると云う知らせが舞い込んだ。



正直、驚いた。
長く文通を続けているけど、沖縄に療養に来なければならない程の持病を持っていたなんて、遥は云わなかった(正確には書かなかった)。
『宇良 倖尋様』
これで「うら ゆきひろ」と読む。俺の名前だ。そう書かれた封筒を、俺は握りしめて病院へと向かっている。この封筒は、数日前に届いた遥からの手紙で、病室の番号なんかが明記されている。万一忘れた時の為に持っていた。
301号室。
本当は、頭からこの番号が離れないのだが。


『藤乃宮 遥 様』

「…ふじのみや、はるか」
白いドアに書かれた優美な名前を、口に出して読んでみる。
超がつく程方向音痴の俺が無事病院にたどり着けたのも、多分俺と遥の間に存在する友情のお陰か。なんて、少し照れくさい事を考えてみた。
小さく、深呼吸をする。
そして俺は、遂にドアノブに手をかけた。


…びっくり、した。
本当に、人間じゃないんじゃないかと思ってしまった。
俺の“親友”が、こんなに綺麗だとは思わなかった。

「は…るか…?」
恐る恐る、声をかける。
その声に気づいた遥は、ゆっくりとこっちを向いて。

「…倖尋」

優しく、微笑んだ。
白くて、綺麗で。まるで、

見たことのない、雪の様に。



「いや、遥ー俺真剣しかんだー!!やーでーじ美人だからよー」
「…倖尋、何喋ってんのかわかんない」
…失礼した。
先ほどの俺の言葉を訳すると、「遥、俺本当にびっくりしたよ。お前、本当に美人だからさ」となる。同化政策の影響で、方言を喋れる人はかなり少ないとは云っても、やはり訛りは生じてくる。
俺と遥は、最初こそ少し気まずかったものの、すぐに打ち解ける事ができ、今はこうやって思う存分話している。遥は、手紙の印象そのままのいい奴で、俺の話を聞く時の表情から言葉使いから、俺とは全然違う。何だか、凄く優雅だ。
それに、時折見せる笑顔といったらもうそこらの女子なんかよりよっぽど綺麗で、心臓が跳ね上がりそうになる。遥が女なら、間違いなく惚れるだろう。
俺は嬉しくて、楽しくて、時間が経つのも忘れて遥と話した。
友達の話。趣味の話。そして、やっぱり雪の話。
実際に遥の声で聞く“雪”は、手紙なんかよりずっと綺麗なものに思えた。
写真でしか見たことのない風景が、俺の中で動き出した。
俺の中で、雪が降り出した。


遥は、何でも教えてくれた。
明らかに俺より頭の出来がいいので、勉強を見て貰う事もあった。テストが近くなってからは、毎日の様に遥の病室に通っている。
そんな俺を、遥は嫌な顔一つせずに受け入れてくれた。別に、俺は遥以外により所が無いわけじゃないけど、遥が笑ってくれるだけで、俺はひどく安心できたんだ。
でも。
そんな遥でも、一つだけ教えてくれない事があった。
遥の、病気の事。
聞いても、聞いても、遥は「大したものじゃないよ」と云ってはぐらかすだけで。
詳しい事は、何も教えてくれなかった。
その度俺は不安だった。もしかして相当重いんじゃないか、とか、危ない状態じゃないんだろうか、とか。
でも、その不安を消してくれたのも遥で。
遥が笑ってくれると、その不安はすぐに消えた。「大丈夫だよ」。その言葉一つで本当に大丈夫な気がした。


「ねえ、倖尋」
いつの日か、遥が云った。
「雪はね、天使になってしまった人が、地上に残してきた人の幸せを願って降らすものなんだって。天使の涙って説もあるけど」
それは遥がいつもしてくれる、雪の話だった。
「…じゃあ、沖縄はどうなんだよ」
「さあ…台風とか多いからね。それが雪の代わりなんじゃない?」
俺の質問を、遥は軽くかわした。
「…信じる?」
真顔で、遥は尋ねた。
いつもはしない、真剣な表情だった。何故か答えられなかった。何故かは、わからなかったけど。
「ねえ、倖尋」
次に遥が云った言葉。
今でも、忘れられない。


「もし僕が死んだら、倖尋の為に雪を降らせるよ」


…その時何故泣いたのか、その時はよくわからなかった。
ただ、寂しかった。
無性に、寂しいと云う感情だけが、心に溢れた。


…遥。
今なら、わかるよ。
何故俺が、遥の質問に答えられなかったか。

今なら、遥。

お前の質問に、答えられるよ。



ひどく、胸騒ぎのする日だった。
朝から不調で、得意の体育でも上手く活躍出来なくて。
やけに、不安だった。
そして、そんな俺の不安を肯定するかのように。

家に着いた瞬間、

電話の、ベルが鳴った。




「はる、か……?」

横たわっていた。
白い部屋で。白いベッドの上で。白い服を着て。

眠っていた。
遥は、綺麗に綺麗に眠っていた。

白くて、綺麗で。
まるで。

見たことのない、雪の様に。

春と引き替えに溶けてしまう、雪の様に。




遥の葬式は、遥の希望だったらしく沖縄で行われた。
俺は参列しなかった。できる状態じゃなかった。
遥との別れなんて、したくなかった。

遥の両親が、帰り間際に俺に封筒を手渡した。
遥からの、最後の手紙だと云う。
白い封筒には、遥の綺麗な字で俺の名前。
『宇良 倖尋様』
最後まで「様」つけなくていいのに。
遥らしくて、俺は笑った。



“ 倖尋
 
 君が、僕の生きる支えでした。

 君が、僕の生きる意味でした。

 逢えて、良かった。

 僕の願いが、叶いますように。
   
             遥 ”



短い四行詩の様に綴られたそれは、素っ気なくて、淡泊で。
でも、凄く暖かくて。

枯れたと思っていた泉が、再び湧き出した。
涙が、止まらなかった。


「…え」
俺は思わずそんな声をあげていた。
手の甲に、慣れない冷たさを感じたからだ。

上を見上げると、それは一つ、二つ。
俺の上へ、舞い降りてきた。
俺の手のひらに降りては溶けていく。白い、魔法。

「…遥…?」


遥が笑った、気がした。


…信じるよ、遥。
残して来た人への思いが、雪を降らせる事。

お前が、俺の為に降らせてくれた事。


…遥。

お前の願い、叶ったよ。



〜Fin〜
2005-02-04 20:37:24公開 / 作者:イオ
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■作者からのメッセージ
此処まで読んで頂き、有り難うございました。早速二作目書いてしまいました。
自分天使モノ好きなんでしょうね…。

沖縄県民だからこそ自分にしか書けない“雪”を書いてやろうと意気込んで書きました。…空ぶってないといいですが(汗)

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この作品に対する感想 - 昇順
話の筋は追えるのですが、もう少し色々な説明を加えても良い気がしました。もっと雪が降ることにリアルさがあれば良いかな、とも思いました。
2005-02-04 22:32:28【☆☆☆☆☆】メイルマン
計:0点
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